ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise   作:Haturu

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彼女のネガイ

「なぜ、私は……」

 

衛星基地内部の薄明かりに照らされたモニタールームで、ぽつりぽつりとうわ言を呟く影があった。

 

彼は星の守護者であり、複製品であり、今はスルトの肉体を奪った略奪者。

 

その名を、アルといった。

 

姿こそ違えど、虚しくモニターを見続けるその背中は、数年前のヒトツメの主たるアルスに近しいものがあった。

 

しかしながら、アルはアルスとは全く異なる生命体である。

 

記憶の一部こそ共有しているものの、スルトやザック、セレーナとの日々はアルスの複製に過ぎなかったアルに奇跡と言って差し支えない変化を促していた。

 

──願くば、その変化がアルにとって幸せなものであったのならば……エルドラは再び戦火に包まれることにはならなかっただろう。

 

「私は……何故……一人なのです……」

 

3人がアルに与えた変化。それは世には喪失という名で知られている。

 

自殺願望に取り憑かれたザックとセレーナの死は、アルの電子で構成されたシナプスに強く焼き付いてしまった。もう二度と、こんな思いはしたくない。そう思ったアルに残されたのは、スルトただ1人。

 

だからこそ、アル/私は、一人ぼっちのスルトに自らを融合させるという過剰なまでの支援を提案し、実行させたのだ。その甲斐あって、スルトは無事に生き延びることができた。

 

──なのに。なのに。なのに!

アル/私と一心同体になったはずのスルトが、レジスタンスという新しい居場所を見つけたその瞬間。

 

私/アルは、再び喪失を感じた。

 

私/アルの知る。

 

私/アルだけが知る。

 

"私"のスルトという存在が消えてしまう!!

 

だから、その繋がりを、"私"は必死に守った。

 

ヒトツメと協力しながらスルトを唆し、レジスタンスを分裂させた。あの衛星基地を襲った悍ましい黒い龍の羽すらも、使い物にならなくしてやった。

 

だが……奴らが現れてから全てが狂い始めた。

 

黒い巨人とそれを従える女。

 

異界からの来訪者。

 

恐るべき略奪者。

 

奴らの奇妙な術からは、"彼"の体を取られないようにするのに精一杯だった。

 

短い時間とはいえ、心を通わせた友を次々と理不尽な理由で失ったアルは、孤独に苛まれることになった。

 

──憎い。

 

──憎い!

 

──憎いぞ!!

 

──奴らさえ居なければ!!

 

「取り戻す……!絶対に……!私のスルトを……!」

 

アルはいつしか、思考を口に出し叫んでいた。 誰も居ない部屋で、明かりひとつない部屋で、威嚇する獣の如く。

 

アルの抱く憎しみは、本質的にはアルスと似通っていたのかもしれない。だが、明確に異なる点が幾つか存在した。

 

「見つけた……!」

 

無数に散らばったモニターの一つを凝視し、アルは口角を大きく歪ませた。室内に先程の金切り声とは打って変わった歓喜の声が響き渡る。

 

アルはアルスと違い、ある二つの感情を得ていた。

 

一つは、大切なものを奪われたという失敗からくる、恐れという名の感情。

 

もう一つは、自らの至らなさに憤る怒りという名の感情。

 

その二つの負の感情は、幸か不幸か根源的には劣化コピーでしかないアルに、オリジナルのアルス以上の思考力をもたらした。

 

具体的には、基地の守りを極限まで捨て、エルドラの大気圏近辺に大量の斥候を用意するという奇策に打って出たのだ。

 

その結果、ビルドダイバーズの時とは違いシンラたちを乗せたクアドルンは、大気圏突破前に捕捉されてしまった。

 

* * *

 

作戦の第一段階である大気圏突破は、今となっては見通しが甘かったとしか言いようがない。

 

銃弾が、ビームが、爆発兵器が──殺意の塊であるそれらが、視界を埋め尽くさんとする勢いで放たれ着弾するたびに聴覚を大きく揺らす。

 

レーダーが映し出す敵機の数は当初の予想を軽く凌駕していた。どれだけ無視して駆け抜けても第二、第三の包囲網が待ち構えている。

 

「まだか……!まだなのか!クアドルン!」

 

シンラの叫びが暴風の中に虚しく散る。名前を呼ばれたクアドルンすら、唸り声を上げる程度の余裕しかなかった。

 

クアドルンの持つ絶大な加速力によって宇宙との距離は刻一刻と縮まっている。

 

しかし、敵の銃火を避けるために直線的に動けないのが起因し、本来の予定よりも大幅な遅れが出ていた。

 

穴ひとつない網のような陣形を組んでいるヒトツメたちは、そんな私たちの焦りを嘲笑うかのように各々の武装からありったけの火力をこちらに差し向けた。

 

シンラのレールガンとクアドルンの雷撃がかろうじてそれを防ぐ。だが、撃ち漏らしたヒトツメの攻撃は、確実にシンラやクアドルンの体に微々たるダメージとして蓄積されていた。

 

「タツカ!援護を──」

 

シンラの台詞が言い終わるよりも前に私は叫んだ。

 

「ダメです!射角足りません!」

 

現在の私たちの武装は、その大部分をファンネルが占めている。そして、クアドルンの加速とファンネルのマニューバには天と地ほどの差が存在している。無理に打ち出したところで回収不能になるだけだ。

 

かろうじて出来るのはバックパックとの接続状態でトリガーを引くことのみ。それも加速で引き離した後続のヒトツメへの牽制程度にしか使えない。

 

私は無意識のうちに下唇を噛んでいた。血が流れたことに構いもせず。自身の役立たずさに腹が立つ。

 

『埒があかぬ……!強引に突破するぞ!』

 

痺れを切らしたクアドルンが上がった息を整えることなく叫んだ。

 

「あぁ!……頼む!」

 

シンラがレールガンを腰にマウントし、クアドルンの背を両手でしっかりと掴んだ。

 

『行くぞ!』

 

突如、凄まじい圧力が体全体を襲った。Gだ。 私は操縦桿をこれでもかと握った。そうでもしなければ、そのまま後ろへ投げ出されてしまう。

 

クアドルンは光になった。尾を引いた光芒はヒトツメたちを置き去りにし、一直線に宇宙へと向かう。

 

だが、ここで一泡吹かせられるほどヒトツメたちも甘くなかった。

 

手持ちの武器が役に立たないと判断するや否や、それらを投げ捨て、捨て身の妨害を仕掛けた。

 

ヒトツメたちの体にクアドルンがぶつかるたび、僅かながらの減速感が訪れる。

 

『ぐぉっ……!』

 

その時、一筋の火線がクアドルンの肌を焼いた。

 

「クアドルン!」

 

「クアドルンさん!!」

 

私とシンラが同時に叫んだ。

 

『……問題な──』

 

クアドルンの押し殺した声は、ヒトツメのさらなる追撃によってかき消された。肉が火で炙られる音を何倍にも強めたかのような生々しい着弾音が私の耳を突く。

 

役立たずの命でクアドルンの加速力を封じながら、ビームでじわじわと嬲る。グロテスクなまでに洗練された、至極合理的な作戦。

 

「くそっ……!」

 

シンラが吐き捨てるように毒づいた。

 

そうすることでしか、目の前の、誰にとっても凄惨な光景を受け入れられなかったのだろう。私とて、声に出さずとも同じ気持ちだった。

 

そんな私たちを慮ってか、クアドルンが声を張った。

 

『この程度……!』

 

強がりなのは明らかだ。が、傷ついた体と羽でもう一段階速度を上げる。

 

大気圏突破まで残り数百km。その半分を、クアドルンは一息に飛び越えた。ヒトツメの攻撃が、嘘のように穏やかになっていく。

 

なおも追撃をしかけるヒトツメを背部の格納状態のファンネルで対処しながら、私は大声で叫んだ。

 

「大気圏抜けます!3……!2……!1……!」

 

ゼロ──そう言い切るよりも少し前に、ゾッとするような悪寒が背を這い回った。それと同時に、ある既視感を覚える。

 

似たような経験を私は過去にしている。

 

確か、それは。

 

"ユナクのアースリィに狙撃され、致命傷を負った時"

 

刹那で思案したその時、まるで答え合わせだとも言わんばかりにヒトツメがステルスを解き、姿を現した。

歪んだ空間から現れたその姿は、何たる偶然か、ユナクが乗っていたアースリィと全く同じだった。

 

ビームシュートライフルU7の銃口からは強烈な光の塊が顔をのぞかせていた。射角や偏差を整え終え、後は引き金を引くだけと見える。

 

「……っ!」

 

クアドルンが、虚になっていた目を剥いた。肉体的、精神的にも疲弊しており、回避は不可能。

 

つまり私たちは、ヒトツメたちの術中にまんまとハマってしまったのだ。

 

「ファンネル!」

 

私は間に合わないと分かっていながらも、最後の抵抗として叫んだ。脚部から二つのWファンネルがガコン、とロックを外す。

 

──カチ。

 

聞こえるはずのない、トリガーを引く音が、ひと足先に耳を貫く。

 

敵のトリガーは然るべき役割を果たし、握るライフルの銃口から増幅されたエネルギーが束になって放たれた。

 

世界の秒針が、止まりかける感覚。だが、ビームは刻一刻と残酷なまでに進んでいった。私のファンネルはまだ、射線に割り込めていない。

 

ヒトツメの乗る英雄の模倣品が、ツインアイを何度も瞬かせた。無機質なはずの兵器に仕留めてやったぞ、と言う悦びが浮かぶ。

 

ビームが進む。真っ直ぐ、殺意を込めて。ただひたすらに。

 

『させない!』

 

突如、何者かの声が響いた。幼さを残す少女の声。この場にいる誰かの声ではない。

 

それと同時に、クアドルンとビームの距離が数メートルに近づいたその時、"何か"がその光を遮った。

 

ビームの生み出す光芒が、幾重にも裂ける。威力を散らされた火線が辺り一体を照らし、消滅。

 

何が起こったのか、周囲にいる者全てが状況を飲み込めずにいた。私がビームが外れたという結果を理解した途端、誰よりも早くシンラが腰のレールガンを抜く。

 

「らあっ!!」

 

短い叫びと共に放たれた二発の銃弾は、続け様に敵機のライフルに命中し、誘爆した。

 

無重力が彼の負担を抑えたのか、数秒の合間にクアドルンは止まることなく宇宙を進んでいった。振り返ると、ライフルを失ったヒトツメが呆然と立ち尽くしている。

 

「あれは……」

 

ヒトツメの近くに、電流を迸らせながら浮遊する物体があった。僅かに回転しながら宇宙を進むその物体の表面は、黒く爛れている。あれがヒトツメのビームを遮ったのだ。

 

運良くデブリに当たった──とは到底思えなかった。

 

「あっ……」

 

微回転する物体が、焼け焦げた肌を背にした。

それが表なのか裏なのか、今となっては分からないが、そこにはビームが当たる前の姿がありありと見て取れる。

 

ぱっと見の印象は、SF世界の棺桶といったところだ。くすんだ白色の装甲に、光を失った円環状のモールド。

 

「そうか、思い出したぞ。あれは……」

 

「何か覚えが?」

 

「あぁ……セグリでクアドルンの羽を修理した時に、あんな形をしたデータ履歴があった。名前は確か……"ネプテイトアーマー"」

 

「ネプテイト……」

 

馴染みのない単語だ。発音としてはネプチューンが一番近いが、おそらく造語だろう。

 

そうしている合間にも、ネプテイトアーマーはエルドラの重力に添いながら、あたかも衛星のように動いていった。

 

「……ありがとう」

 

遠く、空の彼方へ、そっと呟く

 

ネプテイトアーマーがエルドラの影に隠されるその瞬間、なぜか金髪の少女の笑顔が、脳裏に浮かんだ。

 

──あれは、何だったんだろう?

 

 

 

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