ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise 作:Haturu
衝撃轟く峡谷の上、黄砂の地を這うようにして動く小さな影がいた。
地上斥候タイプ、EL241-078。
またの名を──モノ。カリコとザブンに拾われ、山の民との絆を深めたヒトツメである。
モノはストラ達がフレディの村を防衛する際、能力を遺憾無く発揮し、敵機の接近をストラ達に知らせていた。
しかし、状況が切迫すると彼らはモノを逃した。斥候が必要ないほどヒトツメの襲撃が連続した為である。
戦闘力が無いと自覚していたモノは、彼らの命令に逆らうことなく撤退を開始。崖をつたい村の方向へと走った。
「きゅ……?」
その道中のことだ。モノは近くで山の民の生体反応がすることに気づいた。村のみんなはそれぞれの家に避難しているというにも関わらず。
モノの思考回路は、今が緊急時だと理解できぬ幼子が好奇心に負け、物見湯山にきてしまったのだと推測した。
ならば直ちに現場へ向かい、その子を確保または保護しなければならない。
モノは優先順位を変更し、生体反応のする方へと走った。そして──己の推測が、間違っていたことを知る。
「モノ……」
保護対象は、かつての戦乱時の置き土産であるアースリィのシールドの近くに佇んでいた。
「きゅる……?」
モノは、その人物に何故ここに?と問うた。
しっかり者で、判断能力も充分な大人であるはずの"マイヤ"が、なぜ外へ出たのかモノには推測すらできなかったからだ。
「……嫌な、予感がするの」
震えながら発せられたマイヤの予感という言葉は、情報処理で動く機械生命体であるモノにとって理解のできないものだった。
だから、モノはマイヤにこう言うことしか出来なかった。
「きゅ……きゅる……」
──ここはあぶないよ、かえろうよ。
しかし、マイヤは珍しくモノの言葉に反抗した。目を伏せ、首を振ってしまったマイヤをどう説得しようかモノが回路を巡らせた、その時。
マイヤの予感は、最悪の形で的中することになった。
宇宙から、一筋の光が降る。
絶大な衝撃が、エルドラ中を駆け巡る。
「あっ……あぁ!!」
ストンと腰が抜けたマイヤを認識しながらも、モノは彼女に手を差し伸べることができずにいた。
何故なら、モノは理解してしまったのだ。
己に搭載された高性能な精密機械によって、今この星で何が起こっているのかを。
「そんな……だって……」
そして、モノの隣で無気力に呟き、震えるマイヤもまた、かつての経験から同じ結論を導いた。
──月の雷が、放たれたのだと。
だが、最悪はここで終わらなかった。
「きゅ……?」
モノは瞬時に映像を解析し、理解した。ビームの流れが一定では無いと。そこから導き出される結論は一つだ。
月の雷の行く手を阻む者がいる。それは……
「きゅるる?!」
「えっ……」
しまった。とモノは思った。
「なんで……なんでフレディの名前が出てくるの?」
不運は二つあった。
一つは、マイヤがモノの言葉を殆ど理解できること。
二つ目は、モノが人間的──エルドラ風に言えば、山の民と同程度の感情を得ていたこと。
どちらも、本来ならば喜ばしい変化だ。
だが今だけは、モノは機械的になるべきだったと言える。そうでなければ、"見たままの光景を、うっかり言葉にしてしまう"ことなど絶対に無かった。
「ねぇモノ……!なんでよ、なんで今フレディの名前が出てくるの?!」
モノには、約束があった。
それは人に嘘をつかないこと。多くの者が子供に言い聞かせるように、モノは山の民から様々なことを学び、それを実行していた。
だから、モノは全てを話してしまった。
あの光はセグリを狙っているということ。そして、月の雷よりも強いということ。
それを、フレディがガンプラを使って食い止めているということ。
「……嘘……でしょ……」
マイヤはそう口に出しながらも、モノが嘘をつくわけがないと誰よりも理解している。
フラフラとした足取りで後ろへ倒れ込むマイヤを、モノは触手を伸ばして受け止めた。
近くに佇むアースリィの盾に彼女の背を預けると、ポツポツと彼女は口を開き始める。
「ジェド兄さんが……いなくなった時ね……」
モノはマイヤが言葉を発した瞬間、身を焦がすような熱が自身から湧き上がったことに気づいた。
それは、ヒトツメとして山の民を傷つけたという自覚からくる、後悔の発露だった。
同時に、驚きもした。少なくともモノの前で、マイヤが死んだ兄の事を言及したことはこの三年間で一度もなかったからだ。
それほどまでに追い詰められている彼女に、モノは触れることすら許されていないように感じた。項垂れる彼女から、目を離さないよう静止する事だけが、モノに許された行為だった。
「あの時も……私はこの場所にいたわ……凄い音が聞こえたと思ったら、すぐに砂嵐が村を襲って……この盾の後ろに、みんなで避難した……」
マイヤが、顔を僅かに上げる。
「ねぇ?モノ。フレディは……あそこで戦っているんでしょ……?」
「きゅ……」
モノは、小さく頷く。
「私……わかんない……フレディが……なんで頑張らなきゃいけないの……?闘うなら、レジスタンスだっているのに……なんで……」
──モノには、分からなかった。
フレディは、優しさに溢れた少年だ。同時に、好き好んで戦う性格でないこともモノは知っている。
ならば……何故、フレディは戦っているんだろう。
責任感?正義感?平和を愛する心?
モノは自分が知り得るありとあらゆる言葉を当てはめてみようと試みたが、どれも正解に思える一方で、全て不正解なようにも感じてしまう。
そんな、迷いを振り払えない二人を神は──否、鏡砂は見捨てなかった。
── 行けっ……!!リライジングガンダム!!
「……?!この声……でも……どうして……」
困惑したマイヤが、目でモノに問う。その問いに、モノは首肯した。
これは、幻覚じゃない。間違いなく、"フレディ"の声だと。
──僕は、なんの……ために……
声は、次第に小さくなり──聞こえなくなった。操縦桿が軋む音の中に、小さな嗚咽が混ざる。
「…………フレディも、迷ってるんだ……」
マイヤは、何かに気付いたのか小さく呟いた。
「そっか、そうだよね…………何で、信じてあげられなかったんだろう……」
マイヤの目に、光が灯った。それが、鏡砂の光を反射しただけなのか、彼女自身の眼光なのか、モノが確認するよりもほんの一瞬早く──マイヤは自分の両の足で立ち上がった。
「お願い。貴方の力も貸して」
立ち尽くすモノに、マイヤはそう言った。
「きゅ……?」
何をどうすればいいのか、モノが戸惑っていると、マイヤは行動で示した。
眼を瞑り、手を合わせ、空に向かって祈ったのだ。
「お願い……無事に帰って来て……!」
伏せられたマイヤの目から、一滴、僅か一滴の涙が流れ落ちた。
それは、隣にいたモノの装甲に吸い込まれ、溶けるように消えた。
もしかしたら、それが最後の一押しになったのかもしれない。
ヒトツメには備わっていないはずの挙動を、モノは確かに成し遂げたのだから。
──モノは、祈った。
フレディが、マイヤが、ストラが、カリコが、ザブンが── 。
自分を受け入れてくれた、村の皆んなが──
笑顔になれますように、と。
二人の思いを受け取った鏡砂は、蒼と紫の光芒を散らしながら、遥か上空へと飛翔していく。
同時に。
村に佇む家屋の中からも、数多くの光が空へとかけていった。
* * *
トノイが、目を伏せて祈った。
ジリクが、家の天井を見上げながら祈った。
アシャ、トワナ、フルンの三人は、お互いに手を繋ぎながら祈った。
それは、他の村々でも同じだった。
頑張れ。
負けるな。
勝って。
死なないで。
千差万別の祈りは鏡砂によって色づき、数多の光になった。
光は上空へ登り、さながら星座の如く繋がっていく。
そして、その中心を務めるのは──
セグリ上空、守護神に乗る一人の少年だった。
* * *
上空で光が集まる最中。
セグリ地下水脈に、鏡砂とは毛色の違う光の軍勢が現れ始めていた。
『時が来た。三年前果たせなかった役目を、今こそ』
『うむ。俺たちの底意地を見せてやろう』
『勝負は一瞬だ。抜かるなよ』
『わかってるよ。セグリをもう一度壊させるもんか』
軍勢は、まるで自分に意思があることを確認するかのように口を開き、それがなされた途端、一目散に上へ上へと進んでいった。
また、光が増える。今度は──大男だ。
『司令……本当に、宜しいのですか……?』
杖をついた老人のような光が、深く頷く。
『もちろんです。私たちよりも、兄である貴方の方があの子も喜ぶでしょう』
大男のような光は、老人に頭を下げ、小さく、だがそれでいて力強く声を発した。
『……待っててくれよ……フレディ!』