ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise 作:Haturu
「フレディ!フレディ!!」
「うっ……」
まどろみの中に溶けていく意識を、自身の名を呼ぶ少年の声が掬い取った。
目が覚めたフレディは、いつの間にか体が横になっていたことに気づく。全てが夢だったのかという疑念が、一瞬彼の頭を過る。
が、落ち着いて周りを見渡してみれば、そこは記憶の中にあるガンプラのコックピットで間違いなかった。
その証拠として、モニターの映像はセグリを上空から見下ろしている。
記憶と違うのは、合体が解除されコアガンダムの状態に戻っていることと、そのフレディ機を抱えながらネプテイトガンダムが空中で静止していることの二つか。
鼻にじんわりと痛みがあることを除けば、フレディの体にも問題はない。
おそらく、限界に近かった体が作戦成功の余韻で休息に入ってしまったのだろう。
鼻の痛みはきっと、気を失った瞬間、端末にでもぶつけてしまったのだ。その衝撃で、リライジングとの合体も解除されたのだとフレディは推測する。
よろめく足をなんとか落ち着かせて、フレディは立ち上がった。杖代わりに操縦桿を握ると、目線の少し下あたりに人の顔を写すウィンドウが現れる。
不安と焦りを混ぜ合わせた表情をしているその人を安心させるため、フレディは口を開いた。
「僕は大丈夫です……!ヒロトさん!」
フレディが声を発すると、ネプテイトに乗るヒロトは胸を撫で下ろし、詰めていた息を吐いた。
「ごめん……フレディ……俺が、俺たちがもっと早く来ていれば……!」
ヒロトの言葉は、フレディの予想通り謝罪から始まった。それを否定しようと、すぐさま言葉を紡ぐ。
「ヒロトさんが謝る必要なんてないです!!こうして来てくれただけでも……僕は……すごく……」
嬉しい。そのたかが三文字の発声を、突如発生した爆発音が妨げた。
「……?!何が……!?」
急いでモニターを凝視すると、セグリから北に500メートルほどの地点、爆発が起きたであろうその場所で、黒い煙がもくもくと上がっている。
その場所には覚えがあった。ブリーフィングで、地雷原として注意喚起されていた場所。
強硬派が苦し紛れに仕掛けていた地雷が、その役目を果たしたのだ。
爆発はそれで終わらなかった。断続的に、耳を塞ぎたくなるような爆音が連なっていく。誤作動の可能性が限りなく低くなったその時、それは煙の中から現れた。
くすんだ灰色の装甲に身を包み、紫色の眼を忙しなく動かす巨人の群衆。個性と呼べるものは、下半身の構造とその手に握られた凶器のみ。
「そんな……!まだ……ヒトツメが……!!」
ヒトツメが武器を下ろしていない。それは、宇宙の首領の悪意が未だ顕在だということ。
機体から立ち昇る無機質な敵意は、3年前と何も変わらないように思えた。
ヒトツメの集団は煙を体で薙ぎ払い、一目散にセグリへと向かう。
「ッ……!」
無意識に鋭い息を吐いたフレディは、手慣れた動作で操縦桿を動かした。
が、コアガンダムは動かなかった。否、動けなかったというべきか。
「あっ……」
フレディは遅まきながら、コックピット壁面のインジケーターに、赤色の警告文が表示されていることに気づいた。異惑星で使われているという、エネルギー残量が無いことを示す文字。動かなくて当然だ。
見かねたヒロトが回線を繋ぎ、フレディに言い聞かせる。
「フレディ。一度、基地に戻ろう」
「で、でも!ヒトツメが!」
ヒトツメとセグリの彼我の距離は、既に200メートルを切っていた。もう幾分の余地もない。それなのに、ヒロトはあくまでも冷静に、落ち着いた声で言った。
「大丈夫。あとは"俺たち"がエルドラを守る……行こう、みんな!!」
その時、フレディの視界の隅で、レジスタンス基地の最高高度に、淡い光を発する物体が映る。
吸い寄せられた目線の先には、フレディが分離させたリライジングのパーツ群があった。
それらはヒロトの鼓舞に呼応したかのように、かつて聖獣の間と呼ばれた場所へと吸い込まれていった。
「あっ……」
フレディの喉から、無意識の感嘆が漏れる。
光は正義の盾になり、白翼の竜に変わり、神弓の巫女となり……そして、乙女の写し身と、その鎧を形作っていった。
別々の塊だった光が、互いに融合したその瞬間。"五つ"の御神体が、流星の如く空に弾かれていった。
* * *
突如始まったセグリへの侵略に、ただ一人抗う者がいた。
「──らあああああッ!」
ちっぽけな小銃を抱え、レジスタンスの一般兵が慟哭と共にトリガーを引く。
頼りない発射音を鳴らしながら、ビームはヒトツメの装甲に辿り着き──なんの成果も残さず、消滅。
「くそったれがあぁぁぁ───!!」
兵士は毒づきながら、ただひたすらにトリガーを引いた。
何故、こんなことをしているのか。それは彼本人にも分からなかった。待機場所からヒトツメたちが見えた途端、彼の体は無意識に動いていた。
頭の中に、走馬灯じみた水上都市での思い出が駆け巡る。
──無力な自分に耐えられなくて、レジスタンスに入った。残酷な現実を変えたくて、闘うことを選んだ。
しかし、主戦力──ガンプラに乗れることはついぞ無かった。才能が無かったのだ。
彼は役立たずなりにせめて故郷に骨を埋めようと、危険を承知でセグリに残ることを志願した。
そして、予想通り……月の雷は放たれた。が、諦めた命は、奇跡によって紡がれた。
──なのに、なのに、なのに!!
兵士は、けたたましい走行音を鳴らすヒトツメを両の眼で睨んだ。
こんな形で、自分は、セグリは壊されてしまうのか。これでは、かの少年の奇跡は無駄になったようなものではないか。
逡巡した兵士の網膜に、ヒトツメが映る。彼が迷いに囚われている一瞬の間に、ヒトツメは目前にまで迫っていた。
「ちくしょう……!」
殺される恐怖と蹂躙される故郷への想いが溢れ、目元から水滴として地に落ちる。
当然、ヒトツメがその様子を見て手を緩めることはない。振り上げられた戦斧の軌道は、とてつもない速度で頂点に達した。
だが、その斧が振り下ろされることはなかった。
彼とヒトツメの間に乱入者が現れ、ヒトツメの両腕を、長くしなる尾で切り捨てたからだ。
「な、何が……」
巻き起こった旋風の余波で、尻餅をついた兵士に乱入者が声をかけた。
「防衛、ありがとうございました。後は僕たちに任せて、退避をお願いします!」
若さと威厳が両立した、不思議な声。乱入者が発したその声を、兵士は以前、聞いたことがあった。
* * *
ヒトツメの進行が、止まった。
ヒトツメたちが乱入者を、一筋縄ではいかない相手──つまり、圧倒的な強者だと判断したからだ。
兵士がその場を離れたことを確認した乱入者、エクスヴァルキランダー/パルウィーズは、遅れて到着した相方に向かって指示を飛ばした。
「僕が戦線を切り開きます!ヒナタさんは、後方で援護射撃を!」
「う、うん!じゃなくて……はい!」
初々しいヒナタの様子に、パルは数年前の自分の姿を重ね、微笑む。
「落ち着いて行きましょう。ヒナタさんには絶対に敵を近づけませんから…………行くよ、モルジアーナ!!」
主の呼びかけに、白翼の聖竜は騎士の姿となって応えた。一拍の間を置いて、パルが再び叫ぶ。
「……ガンドランザムッ!!」
コマンドを承認したモルジアーナは、金属を高速で擦り合わせたかのような加速音と共に胸部装甲を変形させた。
陽の光に照らされていた白銀の装甲が、赤く、血を思わせるほどの真紅に染まっていく。
「ギイィ!!」
しかしパルが動き出すコンマ数秒前に、近くにいた3機のヒトツメが一斉に動いた。
三機一体のフォーメーション、いわゆる『ジェットストリームアタック』の陣形を組み、ガンドランザム発動時の一瞬の隙を狙ったのだ。
ヒートサーベル代わりの斧が、モルジアーナの頭部に振り下ろされた、その瞬間。
紅竜の如きオーラが、モルジアーナの全身を包んだ。
「……ッ!!」
無音の気合いと共に、パルが動いた。
紅の疾風と化したモルジアーナの刹那の一撃が、ヒトツメたちの首をまとめて切り裂いていく。
音もなく分かたれたヒトツメの三つの頭部は、ごろりとまとめて地面に転がった。
「ギ」
彼らが断末魔を発するよりも早く、パルは次の狙いを定めていた。モルジアーナの虹彩が、幾重にも重なった残像を描く。
かつてシンラはフレディ救出の際、数に勝るレジスタンス相手に負傷者を作ることで対応していた。足手まといを作れば、その分敵の動きが妨げられるからだ。
だが、酷似しているこの状況下でパルはその選択肢を捨て、それよりもシンプルかつ大胆な方法を選んだ。
すなわち、"一撃で仕留め続ける"こと。
「──セアアァッ!!」
パルの裂帛の気合いが、竜の咆哮じみたガンドランザムのSEと重なる。
音すらも置き去りにして、モルジアーナが戦場を駆ける。戦闘開始から数分。セグリ周辺のヒトツメは僅かに残るばかりになった。
しかし、ヒトツメたちもやられっぱなしではなかった。モルジアーナのGNガンブレイドが、何十回目かの凶刃を放った、その時。
ガキンッ!
「……ッ!!」
モルジアーナの小ぶりな剣が、激しい金属音を鳴らしながら後方へ大きく弾かれる。
戦闘開始から十分足らず。モルジアーナの攻撃が塞がれたのは初めてのことであった。
パルの実力をもってすれば、後ろへのけぞった機体を持ち直し、反撃を差し込むのは容易だっただろう。
だが、パルはヒトツメの首元に狙いを絞っていた。そこが、中のヒトツメを"傷つけずに"機体を無力化できる唯一の場所だったからだ。
残った僅かなヒトツメたちは、それを良いことに爆発しなかった仲間の亡骸を担ぎ、見え透いた攻撃を凌ぐための防壁として使ったのだ。
攻撃を防いだヒトツメは、今までの鬱憤を晴らすかのように間髪を入れずに反抗を開始。横薙ぎの戦斧が、モルジアーナに迫る。
パルは動かなかった。盾による防御も考えなかった。SDタイプの背丈を優に超える巨大な斧が、モルジアーナを傷つけんとした、その時。
武器が握られたヒトツメの腕、その関節を矢が穿った。
ダラリと垂れたヒトツメの腕を、持ち直したモルジアーナが切り、そのまま背後に周り首を落とす。
「助かりました!ヒナタさん!」
遥か後方、美しい立ち姿で一矢を放ったヒナタに、パルが感謝を送った。ヒナタは、作法として許される範囲で僅かな頷きを返す。
ヒナタのガンプラ──ガンダムプリステスは、ヒロトが作ったライジングガンダムに、オリジナルの巫女服を模した紅白色のアーマーを着せた機体である。
武装は原型機から流用したビームボウただ一つ。だが、ヒナタのリアルでの弓道の経験がプリステスの一芸を必殺の威力に仕立て上げていた。
「大丈夫か?!ヒナタ!」
レジスタンス基地から出撃してきたヒロトのアースリィに、ヒナタは急いで回線を繋ぎ、話す。
「うん!……フレディ君の様子は?」
「ムランさんに任せてきた。少しだけど話せたし、大丈夫……だと思うけど……」
「大丈夫だよ!絶対!」
表情に影が刺したヒロトに、ヒナタはできる限り明るい声で口を開いた。その気遣いを察したヒロトは、心の中で感謝の言葉を言う。
「……予定通り、俺は東の方の村へ救援に行く。ここは任せてもいいか?」
「もちろん!」
ヒナタの朗らかな笑みに引っ張られたのか、ヒロトの口元が僅かに緩んだ。
「……すぐに戻るから。パルも頼んだぞ!」
「ええ!任せてください!!」
前線から届いたパルの声を受け止めたヒロトは、コアガンダムを宙へ踊らせた。そのまま機体を地球のような蒼さを宿したアーマーに乗せ、宣言通り東へと進む。
ヒナタは戦闘中であるにも関わらず、ついヒロトを載せたコアガンダムの背中をまじまじと見つめてしまった。
段々と小さくなっていくその背には、人の思い、彼の優しさや強さが詰まっている。
だから、ヒナタは彼に想いを寄せるのだ。
──私も負けてられないな。
互いに高め合う、幼馴染の二人。
戦友とも言える二人の少年少女は、今までもずっとそうしてきた。
そして、恐らく──これからも。
三年前の弓神事の記憶を辿りながら、ヒナタが更なる一矢を放つ。
プリステスのビジュアルはありません。原型機が手に入る可能性が限りなく低いから……コアガンダムを素体にしようかとも思いましたが、ヒナタはヒロトとイヴの思い出に割り込んでくるような子じゃないと思うんですよ。