ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise 作:Haturu
轟音と振動。
ただでさえ色彩の薄い宇宙の背景が、奴の放つ必殺技によって、白と黒の2色に染まる。
「リライジング、バリア解除しました!」
閃光の中、自機の二倍はあろうかという巨体を睨みながら、私はこれでもかと声を張り上げた。
「クアドルンッ!」
聖獣の背に手をつけ、今度はシンラが叫ぶ。それが合図となり、クアドルンの雄叫びが宇宙を激しく震わせる。
私とシンラもそれを黙って見ていたわけではなかった。
シンラは両手でレールガンを構え、私は二つのライフルファンネルをレールガンの銃身に沿う形で展開する。
三者三様の気合いと共に、蒼雷、弾丸、粒子砲の三属性の攻撃が一筋の光芒に変化した。
何の思惑かバリアの展開をやめたリライジングの背部翼が、とてつもない規模の爆発に飲まれる。
が、しかし。
「……化け物め……!」
シンラの小さな呟きに、私は心の中で頷いた。
爆発によって生まれた黒煙はいまだ晴れていない。つまり、リライジングの損耗の有無はまだ視覚情報によって裏付けされていないことになる。
だが、一切揺るぐことのないグランドクロスキャノンの咆哮は、奴が大したダメージを負っていないことの何よりの証拠だった。
『掴まれ!』
クアドルンが翼を鳴らすと、機械と生物の双翼からとてつもない揚力が生まれ、風に乗ったかのような加速感が訪れる。
しかし、リライジングの前方は奴の必殺技によって妨げられているので、必然的に巡回ルートは奴の背後周辺のみ。だから、クアドルンも過度な速度を出そうとはしなかった。
それが、後の運命を大きく変えた。
クアドルンがリライジングの背後から右翼に移動しようとした、その時。
私はうなじの辺りにビリッと電流めいた衝撃を感じ、脳が意識するよりも早く叫んでいた。
「回避ッ────────!!」
余りに説明足らずの絶叫だったが、共に死線をくぐり抜けてきた二人の戦友には過不足なく伝わったようだ。
クアドルンが翼を激しく動かすのと同時に、シンラが武器を腰にマウントし、両腕で突起した鱗を掴む。
次の瞬間、クアドルンは音すらも置き去りにする速度で戦場から離脱した。コンマ数秒で広がった視界が、一つの現象を捉える。
アルのリライジングディザスターが、エルドラから飛び出した膨大なエネルギーの奔流に呑まれる、その瞬間を。
「フレディ……!」
私は無意識のうちに、ここではない場所で戦う友の名を呼んでいた。光の渦に巨影として浮かぶ敵機から目を逸らし、視線をエルドラの方へと向ける。
──やってくれたのだ。覆された前提をものともせず、フレディは奇跡を起こしたのだ……!
フレディが放ったであろうグランドクロスキャノンは、最後の足掻きと言わんばかりに一際強烈な閃光を放ち、乾いた音を立て消失した。
同時に、モノクロに染まっていた視界は段々と色を取り戻し、星々の輝きが再び網膜に浮かぶ。
「……まだ僕らの出番は終わっていないみたいだ」
シンラの言葉を理解した瞬間、私は自然と体が強張った。
モニターに映るは、満身創痍の巨神の姿。
リライジングディザスターは、フレディの砲撃をその身で受けてなお、機械としての形を保っている。だが、ダメージが抑えきれていないのもまた明白だった。
装甲の各所は焼け爛れ、あれほど攻撃を加えて傷一つつかなかった背部翼は右側が完全に消失し、もう片方もあと一枚を残すのみになっている。
「ギャルルアッ!!」
ダメージによってより化け物じみたシルエットになったリライジングディザスターが、悲鳴を思わせる咆哮を発した。
「挟撃する!」
シンラはそう宣言すると、クアドルンの背から飛んだ。機動力の落ちたリライジングなら、二方向から攻撃した方が良いという算段だろう。
クアドルンも同じ考えだったのか、何も言わずにリライジングの背後へと加速する。
「タツカ!ファンネルを!」
「はい!」
操縦桿を握り直し、武器スロットを開く。私が行使できる武装はこのたった数機のファンネルのみ。この戦場の中で最も火力が低いのは間違いなく私だろう。
やるしかないとは思いつつも、私は理性的かつ現実的な判断──つまり、『出来るのだろうか?』という不安を捨てきれずにいた。
リライジングの脅威は、何も必殺技だけではない。
散々苦しめられた鉄壁の防御に加え、凄まじい威力と射程を誇るビームソードがある。末恐ろしいのは、それらが奴の基礎スペックであるということ。
だが、何もかもが負けているわけではない。少なくとも手数はこちらの方が上──
その時、レールガンを構えていたシンラが、首を振りながら吐き捨てるように言った。
「──弾がない」
「えっ」
反射的に開いたままだった武装欄を一瞥すると、確かにレールガンのアイコンは赤くなっており、上から斜線とEMPTYの文字が刻まれている。
「ど、どうすんですか!?」
「……タツカ、ファンネルで奴の装甲を削ってくれ。破片を鏡砂に変えて、弾丸を作る」
──うわでた。シンラの無茶振り!
心の中でそう叫んではしまったが、それ以外に方法がないのもまた事実だった。刀を失い、レールガンすらも弾切れになったシンラは現状戦闘に参加することができない。
攻めあぐねた私よりも先に、リライジングが動いた。太い脚部は宙を蹴るように動き、私たちに迫る。
ビームを一身に受けた上半身と違い、下半身は比較的損傷が軽いようだ。息もつかぬ間にリライジングは大きく振りかぶり、ローキックを繰り出さんとする。
リライジングが弱体化したとは言え、こちらとて満身創痍、喰らったらひとたまりもない。防御は必須。
「ファンネルッ!!」
戦場に轟く絶叫。
その声は、私のものではなかった。似ても似つかない低く、太い──男の声。
リライジングの唸る脚部から身を守ろうと、大海を思わせる透き通った蒼色のファンネルが宙を舞う。
それらは盾のように組み上がったかと思うと、リライジングの蹴りを文字通り跳ね返した。
思わぬ形で攻撃を防がれたリライジングの巨体が、後ろに倒れ込むように吹き飛ばされる。
「あ、武器……」
目の前で起こった現象を飲み込めなかった私は、リライジングの欠けた装甲を見てあまり優先順位の高くない行動を起こそうとしてしまう。
「ほらよ」
再度聞こえた男の声。
声と同時に横から飛来した太刀は、星の光を反射し、空色に輝くとシンラの手元にすっぽりと収まった。
私とシンラはすぐに顔を横に向け、刀を投げたであろう人物の顔……否、機体を見た。
まず目に入ったのは、悪魔のツノを思わせる、黄金の頭部アンテナ。手には背丈ほどある大剣を抱え、装甲は蒼と白の2色。
機体の各所では、人体でいう骨──シンラと同じ、黒いガンダムフレームが顔を覗かせている。
役目を果たしたファンネルをガチンっ!と接続すると、その機体を駆る人物は私たちに回線を繋いだ。
「久しぶりだな、シンラ。それと……この前の嬢ちゃん」
***
──背中が、軽い。
確かに、今クアドルンの背中に乗る者はいない。
数秒前、挟撃を実行しようと搭乗者であったシンラが離れたのだから、重さを感じないのは当然と言える。
しかし、クアドルンは例えシンラたちが背に乗っていたとしても、戦闘の最中に幾度となくこの感覚に苛まれていた。
いや、この戦いに限った話ではない。
ムランたちと遠征していた時も。
アル/スルトの策に嵌り、翼を失った時も。
背中は、ずっとずっと軽かった。
その理由は、おそらく……
「ファンネルッ!!」
思考の迷宮に囚われていたクアドルンを、その叫びが現実に引き戻す。
──共に戦う少女の声が男のように聞こえるほど意識を投げ出していたのか。
クアドルンは、戦いの中で戦いを忘れた自分を恥じた。
だが、そんな事が些細に感じるほどの現象がクアドルンの目前で起こった。
リライジングが吹き飛ばされたのだ。背後に回ったクアドルンから見れば、リライジングが背を向け近づいてくる形になる。
あの揺れることのなかった巨神が、こうも容易く体勢を崩すとは。クアドルンは流れが此方に向いていると感じた。
ならばこのチャンスを、フレディが作り、連綿と続いたこの好機を逃すわけにはいかない。
そう覚悟しながらも、クアドルンは心の片隅で"もし"を考えずにはいられなかった。
あぁ、もしも私が一人ではなかったら。
背に彼を乗せ、共に宇宙を駆けることができたなら。
この一撃が、どれほどの威力になったのだろうか──
「行こう、クアドルン」
クアドルンは一度騙されている。
アル/スルトの『マサキの声や姿を模倣』するという奇策にまんまと嵌り、翼を失ったことで状況を取り返しがつかないほどに悪化させてしまった。
だから、クアドルンは最初その声を幻聴なのだと自分に言い聞かせた。
戦闘中に感傷に浸り、あまつさえ仲間の声を聞き違う弱い自分が生み出した幻だと。
だが、その時──。
ガシン!と……クアドルンの背に、重量が加わった。
──背中の違和感が、消えた。
この重さが。背に感じるこの頼もしい重みが。
彼の存在が幻ではない事を存分に語っていた。
『……あぁ!』
躊躇いと疑念を振り払いながら、クアドルンが、戦友に相槌を打つ。
「オオオッ!」
『グラァァッ!!』
共に戦い、共に苦しみ、共に足掻いた二人。
クアドルンとマサキは、堕ちた守護神に一撃を入れるべく、息のあった叫びを放つ。
* * *
私は、このガンプラを見たことがある。このガンダムバルバトスの改造機を見たことがある。
忘れもしない、はるか昔のことのように思える数日前。私はこのガンプラに乗せてもらった。
搭乗者はシンラと喧嘩し、行き場を失くした私を励ましてくれた見知らぬ男──ハルマ。
「なっ……どうして、君が……」
ここまで困惑した声を出すシンラを、私は初めて目にした。
私も思わず絶句してしまい、ハルマの言葉を待つ形になる。そこで彼が口したのは、意外な人物の名前だった。
「アカバネに感謝すんだな。アイツがマサキと知り合いじゃなければ、俺やビルドダイバーズが救援に来ることはなかった」
「アカバネが……?いや、だが、そもそもどうやってエルドラに……?」
シンラの言う通りだ。仮にアカバネがエルドラの危機を伝えたとしても、この惑星、それも宇宙に来るには幾つもの障壁がある。
だからこそ、私たちだけで事態を収めようとしたのだ。一体、彼はどのような方法でこの場に現れたのか。答えは、ハルマが話してくれた。
「運営もバカじゃない。お前が転移装置を作るよりも前から、エルドラの研究は進んでいたんだ……転移場所を選べる素敵な仕様付きでな」
つまり、こういうことだろう。
何処かのタイミングで、マサキという人物はアカバネがエルドラの存在を知っていることに気づいた。
アカバネからエルドラが危機に陥っていると聞いたマサキは、すぐさまビルドダイバーズに連絡。幸運なことにエルドラ転移の障害は運営が解決し、ここに至った。
この推論だとハルマが現れた事を説明できないが、発言からしてアカバネやシンラと浅からぬ関係があるのだろう。
「あ、危ないっ!」
言葉を飲み込むのに脳のリソースを使っていた私は、敵機接近のアラートに気づくのが一瞬遅れた。
熱と衝撃によって精悍なフェイスマスクを歪めたリライジングが、吹き飛ばされたお返しだと言わんばかりに猛然と迫る。
だが、それ以上リライジングが私たちに近づくことはなかった。
彗星を連想させる光の尾が、リライジングの背を穿ったからだ。
火花をこれでもかと散らしたリライジングは悶え苦しみ、彗星は勢いを殺して私たちの前で止まった。速度によって歪められていた姿が元に戻る。
「わり、助かった」
ハルマが回線を新たに繋いだ。私、ハルマに次ぐ3人目のダイバーが声を発する。
「再会の言葉を交わしたい気持ちは分かる。こんな状況なら尚更、な。マサキだ。よろしく頼む」
後半の私に向けられた簡素な自己紹介に、こちらも最低限の名前と礼を返す。
クアドルンの背に乗ったマサキの機体、ガンダムティルティウムはまさしく紫色の鎧を纏った騎士といった出立ちをしていた。
大槍を抱え、盾とランチャーを背部に担いだその姿は、少し前に私たちと戦闘していたゼルトゼロと酷似していたが、放つオーラに邪悪さなどは一切感じず、寧ろ高潔さが形になったような印象を抱かせる。
その強者特有の雰囲気に私が圧倒されていると、マサキはリライジングに向き直り、淡々と言い放った。
「お前がアルスとは別人な事を承知の上で……敢えて言わせてもらおう」
一拍の間を開け、マサキは声をさらに張り上げる。
「言ったはずだ。俺たちガンプラの民が何度でもお前を止めると!今ここで、その約束を果たす!!」
マサキの宣言に、アルは行動で答えた。
リライジングが"両腕"を限界まで広げ、拳が手刀の形を作る。
「……ッ!」
それが、先刻私たちを苦しめたビームソードの発生プレモーションである事は明白だった。背筋に形容し難い悪寒が走る。
「まずい……!」
シンラも同じ考えに至ったのか、掠れた声を発した。後発組であるハルマは何かを察したのか私に向かって問いただす。
「あの攻撃はビーム属性か!?」
「は、はい……!」
私の声を回線越しに聞いたハルマは、マサキと目線を交わし、頷く。
「……分かった、攻撃は俺たちで抑える。シンラ!分かってるよな?」
「はっ……!馬鹿にするな!」
威勢のいいシンラの発言にハルマは苦笑すると、ジャキッ!と大剣を鳴らし、リライジングに向かって突撃を仕掛けた。
「クアドルン、行けるか?」
『あぁ……共に行こう』
クアドルン、マサキペアもそれに続いた。リライジングから見てハルマが右、クアドルンたちが左へと向かう。
「わ、私は……」
微力ながらも力を貸すべきだろうと、私が操縦桿をにぎろうとした時、シンラが口を開いた。
「一閃だ。一閃で腕を切り落とす……タツカ。手を貸してくれ」
「……はい!」
私は操縦桿に手のひらを乗せ、全体をそっと包みこんだ。
同時に、体が何倍にも引き伸ばされたかのような不思議な感覚が訪れ、視界がどんどん広がっていく。モニターを通して見ていたはずの宇宙が、肉眼と遜色ないほどに近づき鮮明になる。
機械として動くシンラの体に私の五感を乗せるゼルトゼロとの戦闘時に発現したこの同調現象は、原理も効果も不明だが少なくとも確かな安心感を与えてくれる。
シンラは居合の形で刀を構えた。私も操縦桿を刀に見立て、全く同じ体勢を取る。
張り詰めた弦のような集中を為すため、私の瞼は自然と伏せられた。だが、不思議なことに、目の前の激闘の映像が脳内に流れ込んでくる。
その時、リライジングの腕から粒子が迸り、必殺の剣が形成された。奴はそれを間髪入れずに振り下ろす。
「オオオッ!!」
ハルマが裂帛の気合いを上げながら、四つの刃をもつ大剣をビームソードに振りかざした。
一瞬にして溶解すると思われた刃は、どこからか反発力を生み出し、リライジングのビームソードの動きをかろうじて止める。
錯覚ではあろうが、刃と粒子が触れ合う瞬間、ハルマの大剣が"燃えた"ように見えた。
「ハアァァッ!!」
『ジャァッ!!』』
クアドルンとマサキは、速度でリライジングに対抗した。助走もなしに加速したクアドルンの体は雷鳴を纏い、それらはマサキの構えた大槍の先端に収束していく。
その姿は、横向きに進む雷そのものだった。サンダーボルトと化した二人は、リライジングのビームソードに臆することなく触れ、ガアンッ!と爆発じみた音を響かせる。
この瞬間。
リライジングの両腕が、完全に動きを止めた。
「今だ!」
シンラが叫んだ瞬間、私の目はカッと見開き、
操縦桿を握っていたはずの腕はまるで透明な刀を振るうかのように閃いた。
コックピットの外で、私の動きをトレースしたシンラが居合を切る。
シンラによって握られた実態ある刀は、その威力を余すことなく宙に伝え、剣の軌跡はそのまま一つの飛び道具となった。
放たれた斬撃は宇宙の暗闇を切り裂きながら進み、リライジングの振り下ろされた拳に重なるのと同時に。
火花を激しく散らしながら、リライジングの拳がぬるりと切断された。斬撃は止まることなく進み、リライジングの肘辺りまで達する。
「ギィヤァァァァッ!!」
自身の絶叫がトドメを刺したのか、リライジングの肘から下、前腕に現れた一つの亀裂は一瞬にして広がり、バギィッという破砕音を鳴らしながら崩壊した。
「やった!!」
私の声が届いた筈もないが、リライジングはその両の目で私たちに殺意を向けた、ように見えた。
冷たい針に体を貫かれた感覚が訪れ、自然と体が身構える。
だが、腕の全長が二分の一以下になったリライジングが次に取った行動は──逃走だった。
それも、衛星基地のある方向へ一目散に去っていく。
『鏡砂で回復するつもりだ!!』
前方にいたクアドルンが、翼をはためかせながら叫んだ。その背中は瞬時にリライジングを追いかけ、小さくなっていく。
「追うぞ!シンラ!」
「分かってる!」
一歩遅れながらも、リライジングを追撃するべく私たちも衛星基地に向かう。
* * *
クアドルンの推論は、半分だけ正しかった。
何故なら鏡砂による装甲の回復──それは、アルの目的の一つでしかなかったからだ。
先刻の一撃で力の差は理解した。リライジングの性能を持ってしても、あの聖獣と四人のガンプラの民には敵わないだろう。
ならば、どうすればいい?
アルは考えた。
そして、ある一つの結論を出した。
勝つ必要はないと。
怨念によって歪められた彼の「孤独になりたくない」という悲願は、悲しいかな、かつてのアルスと同じく願いを妨げるガンプラの民や山の民の全滅にすり替わっていた。
それを為す方法が、一つだけある。
衛星砲だ。
撃つのではない。
"落とせ"ばいい。