ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise   作:Haturu

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烈日の涙②

元衛星砲がエルドラの大気圏に突入するまで

 

──残り6分14秒。

 

唯一の希望であるモビルアーマーの建造は、完成度99%の壁を越えられなかった。

 

鏡砂が足りなかったのだ。だが、今この場所には、鏡砂に変えられるようなものはない。

 

私自身の、仮初の肉体を除いて。

 

「君を……殺せというのか……!」

 

シンラのひどく震えた声が、宙に霧散した。対する私は何の慰めにもならない薄っぺらい言葉を吐く。

 

「一つになるだけですよ。死になんかしない……」

 

そんな言葉でシンラが納得するわけもなく、シンラは掠れた声でさらに続けた。

 

「同じことだ!君が消えて、僕が残る!まだ何とかなる……!他に……他に何か方法が……」

 

「待て」

 

その時、私の肩を後ろから伸びてきた毛むくじゃらの手が叩いた。私は振り向かずに口を開く。

 

「スルトさん」

 

「……忘れられたと、思ったぞ」

 

少し恨みがましい様子で、スルトが言う。

 

「まさか。気づいてましたよ」

 

状況が状況だったせいで結果的に無視する形にはなってしまったが、スルトが目覚めたのは、ハルマからバックパックを借り、移動していた最中のことだ。

 

背部から発生した絶大な揺れと振動はよほど応えたらしい。青ざめた顔で瞼を重たそうに上げるスルトは、私が肩を貸さなければ今にも倒れてしまいそうだ。

 

「スルト!起きたのか!?タツカを止めてくれ!」

 

私はスピーカーの電源をオフにした。これでこちらからシンラに言葉が届くことはない。

 

「スルトさん……お願いして、いいですか」

 

体の向きを変え、スルトと向き合う。

 

目に入ってきたのは、狼を思わせる、獣人タイプのダイバールック。文字通り憑き物が落ちたスルトは、初見の時とは打って変わった落ち着いた声で言った。

 

「本当に……それでいいのか?」

 

「はい」

 

スルトの毛並みの奥に佇む、藍色に澄んだ瞳が即答した私に向けられ、彼はそのまま何かを考え込むように唸った。

 

ちゃんとした状態の彼と話すのは、これが初めてだ。

 

正直、彼とは命を預けるような関係ではない。だが、そんな私でも唯一彼を信頼できるところがある。

 

「……私も、同行させてもらおう」

 

数秒の逡巡を終えたスルトが、小さく呟く。

 

私が理解できる彼の思い。それは、エルドラを壊し、歪ませてしまったという罪の意識だ。

 

もし、私が自分を鏡砂にするというアイディアを閃かなかったとしたら、彼は自ら志願し、喜んで鏡砂になっただろう。

 

シンラを実質的な親とする彼ならば、そうすると確信していた。自分を犠牲にしてでもケジメをつけるだろうと。

 

ならば、私の行動はそれを否定するものでなくてはならない。

 

"シンラ"が、一番傷つかない方法を選ばなければならない。

 

スルトの右手が、私の肩におさまった。もう片方の手で、彼はウィンドウを開く。

 

「待て!タツカ!!スルト!!」

 

何かを察したのか、シンラが外で悲痛な叫びをあげる。

 

この時。

 

私は生まれて初めて、確固たる意志を持って、シンラの命令に、真っ向から反発した。

 

スピーカーのスイッチを、ONに戻し……モニターを叩く。

 

「シンラ」

 

私は、今の今までずっと恥ずかしくて、殆ど心の中でしか言えなかった彼の名前を呼んだ。

 

「後を……頼みます」

 

私の肩を握るスルトの手が、次第に力強くなっていく。

 

視界がかすみ、ホワイトアウトするその瞬間。

 

目の前のモニターが、100%に達した。

 

***

 

ゴポッ。

 

それは、胸部から漏れた鮮血の音。

 

否、"僕"の胸から溢れた……

 

一握りの、鏡砂が発した音だった。

 

「あ……あぁ……」

 

赤い。

 

宝石のように煌めくはずの鏡砂が、今だけはグロテスクに赤く滲んでいるように見えた。

 

僕は、目の前に広がった輝く砂つぶを一心不乱になってかき集めようとした。MSサイズの大きな手を動かし、ザラザラとした触覚が指先に生じた、その時。

 

僕の体を、光の柱が包み込んだ。

 

胸から溢れ出た砂つぶやハルマのFFもまた、同じように光に呑まれたかと思うと、砂つぶよりも微細な粒子に形を変え僕の体に流れ込んでいく。

 

気がつくと、僕の体はさらに大きくなっていた。

 

背丈は二倍以上に伸び、フレームに貼り付けられただけの骨張っていた腕は太く、逞しくなっている。

 

Gラグナロク本来の仕様に戻った背部バックパックはファンネルをただそこに収めているだけ。一寸たりとも動くことはなかった。

 

最後の変化として、僕の手に武器が握られた。

 

それは、30メートルは超えたであろう今の僕の背丈にも勝る、巨大な剣。

 

血流じみた紅色のケーブルと過剰なまでのブースターが取り付けられたその姿は、まるで人の姿をした機動兵器をそのまま剣に仕立て上げたかのように思えた。

 

これが、G-Medeia。

 

幾つもの偶然が重なって出来た、最終兵器。

 

待ち望んでいたはずのその力を、僕は受け入れることが出来なかった。

 

──だって、だって。

 

この体はタツカと、スルトの……

 

その時、一抹の希望が頭に浮かぶ。

 

考えるよりも先に、僕は僕自身に問いかけていた。

 

人が、ガンプラになれるのだ。タツカやスルトが二重人格、三重人格として僕と会話したって、何も不思議じゃない。

 

前例だっているじゃないか。つい先程まで戦闘していた『リライジングディザスター』。同じ体に二つの魂が入ることを、僕は知っている。

 

だから、タツカは自分から鏡砂になったのだ。

 

そうだ。

 

そうに違いない。

 

全く、人騒がせなやつだ。

 

思わせぶりな発言も一種のパフォーマンスなんだ。全部終わったら、僕の必殺技で分離させればいいとでも思っているのだろう。

 

あれがどれだけ気を使うかも知らないで。

 

「タツカ」

 

僕は彼女の名を呼んだ。

 

僕の胸にいるはずの、彼女の名を。

 

返答はなかった。

 

──衛星砲、エルドラ落下まで4分27秒。

 

「スルト……」

 

僕は、彼の名を呼んだ。

 

長い間、苦労をかけさせてしまった、仲間である彼の名を。

 

返答はなかった。

 

 

衛星砲、エルドラ落下まで4分13秒。

 

 

「二人して……!僕を揶揄っているんだろ?!今はそんな場合じゃないって……!」

 

 

 

返答はなかった。

 

 

 

 

 

衛星砲、エルドラ落下まで3分52秒。

 

 

 

「聞こえてるなら……返事をしてくれよ……」

 

その時、僕の仮想の耳が、ある音を捉えた。

 

轟々と燃え盛る、スラスターの燃焼音。まだ焦点の定まらない視界が、デブリを押し潰しながら進む物体をかろうじて捉える。

 

元、衛星砲。

 

宇宙の静寂をかき乱すのは、それ一つのみ。

 

人の声は、聞こえなかった。

 

──衛星砲、大気圏突入まで、残り3分。

 

感覚と事実の両方で、僕は全てを理解してしまった。

 

いや、最初から分かっていた。

 

認めたくなかっただけなのだ。タツカもスルトも──この体に溶けてしまったという事実に。

 

死人は戻ってこない。

 

単純で、残酷で、覆そうとして──覆せなかった、この世の理、絶対のルール。

 

僕はまた"出来なかった"。

 

それを意識した瞬間、僕の胸を鋭い何かが貫いた。反射的に、その異物を抜こうと手が動く。

 

だが、可動域の狭まったこの巨体は、それすらも許さなかった。

 

いや。

 

この機械の体に痛覚など無い。

 

わざわざ目を使わなくとも、胸に物理的な何かが刺さったのではないことはわかる。

 

これは、僕の心の問題だ。

 

僕の頭はそれを分かっているはずなのに、透明の針に貫かれたかのような胸の疼きは、収まるどころか次第に強さを増していく。

 

その時、虚構の痛みに喘ぐ僕の真横を、衛星砲が横切った。

 

奇跡的にぶつかりはせず、視界の半分を砲台が埋める。

 

間近に迫ったその表面は、幾重にも傷ついているにもかかわらず、磨き上げられたガラスのような質感を保っていた。

 

──僕の顔を、映せるほどに。

 

「…………あ」

 

泣いている。

 

無機質なはずの瞳から。

 

緑色に発光する角張ったツインアイから。

 

きらきらと輝く液体が漏れている。

 

「っ……あぁ」

 

溢れる液体を抑えようとした腕は、後一歩という所でまたも可動の制約に阻まれた。冷たい金属質の磨耗音が、僕の嗚咽と混ざり耳障りな音を出す。

 

──衛星砲、大気圏突入まで、残り150秒。

 

涙は、止まることがなかった。

 

 

 

 

が、その時。

 

不思議なことが起こった。

 

涙が、燃えたのだ。

 

それも、ただ燃えたわけではない。

 

無重力に支配されていた筈の液体たちの動きは、何らかの意思を有したかのように揺らめき、互いに互いを重ね合わせ一つの大きな炎になった。

 

「な…………?」

 

僕はほんの一瞬、美しく輝く火の光に目を奪われた。その刹那の時間で、炎は僕の顔を仮面のように覆う。

 

──あたたかい。

 

感じたのは、それだけだった。

 

タツカやスルトが帰ってくる、そんな都合のいいことは、起こらなかった。

 

しかし。

 

それは、小さな奇跡というべき現象だった。

 

何故なら、設計者であるアカバネは、G-Medeiaにそんな無駄な機能をつけていないからだ。

 

たった、たった一つの、無駄だらけの奇跡。

 

だが、眼前を覆う美しく輝く炎は……

 

僕の折れかけた心を、紙一重で繋ぎ止めた。

 

「う………あぁぁ」

 

涙を流す感覚はそのままに、炎は燃えつきることなく瞬く。不思議なことに、炎で出来た涙の仮面は僕の視界を一片たりとも遮らなかった。

 

クリアになった宇宙の景色から、見失いかけていた大剣を見つけ、すぐさま手を伸ばす。

 

──後を……頼みます。

 

柄を握ったその瞬間、彼女らに託された世界の重さが、僕の両腕を沈ませた。

 

その意味を。その覚悟を。

 

──僕は……

 

地響きじみた衛星砲のスラスター音にも負けないほどの、気合いか泣き声かもわからない叫びが仮の喉から迸る。

 

「────う"あ"あ"あ"あ"っ!!」

 

両手で握った大剣は跳ねるように動き、磨き上げられた衛星砲の側面に突き刺さる。

 

大剣は、頑強な筈の衛星砲を薄氷を割るが如くの勢いで破壊していった。

 

コンマ数秒後、大剣を突き刺した場所を中心に、半径30メートルに及ぶ大穴が、爆発と共に形成された。

 

穴から内部に侵入すると、そこはただの暗がりだった。明かりと呼べるようなものは、穴から入った星明かりと僕の顔に張り付いた炎の仮面のみ。

 

それが、今の僕にはとても心地よかった。

 

全身から吹き出る全能感を、激昂した赤子のように振るう。

 

信念も無しに、ただひたすらに。

 

最早それはただの"作業"だった。

 

僕は、残された100秒余りを全て使い、衛星砲を破片に至るまで破壊し続けた。

 

タイムリミット、最後の数秒。

 

機械の肌に感じる虚構の熱が、全身に至った。

 

体が、重力に引かれていく。

***

 

「シンラ……!おい!シンラ……!!」

 

「う……」

 

目を覚ました場所は、何もない黄色い荒野だった。正確にいえば、その大地を削ったクレータの中に僕はいた。

 

普段の小さな姿に戻り、傷ついたG-Mediaの巨大な足裏に寄りかかっている。

 

僕の手を掴みながら叫ぶハルマを見て、僕は掠れた声で呟いていた。

 

「やぁ、ハルマ……君は、成功したんだね……」

 

「全く……無茶苦茶だ……!大気圏にまで一緒に突入しやがって……!!」

 

けど、とハルマは言葉を続けた。

 

「見ろよ!!お前がこの惑星を守ったんだ!」

 

ハルマは、目線で僕に空を見るように促した。

 

星明かりとはまた違った、暖かみのある輝きが一つ、また一つと空に浮かび消えていく。

 

流星群。

 

それは、タツカとスルト、彼らの犠牲によってできた衛星砲の残骸だった。

 

美しい流星群から目を離したハルマは、周囲に視線を巡らせた。

 

「あの子は何処だ?スルトもここに居るって、聖獣さんが……」

 

僕は、返答の代わりに自分の小さな指を背後に指した。鈍く光を放つ、自分のそして彼女らの半身であるG-Medeiaに。

 

「お前……まさか……」

 

ハルマが、ばっと顔を動かす。彼の眉が、きゅっときつい角度に動く。その顔の変化から読み取らずとも、彼の心情は明白だった。

 

僕はストレージを開き、中から一つのアイテムを引っ張り出す。

 

「撃てよ。ハルマ」

 

がしゃんと音を立て地に落ちたそれは、命を奪うための道具、拳銃。

 

「……どういうことだ」

 

ハルマの救援、運営の転移装置。

 

あまりにも出来すぎているとは思っていたけれど、彼の顔を見て、僕はようやく辻褄の合う推論を見つけることができた。

 

「君は、そのつもりで来たんだろう?ここなら、"脱走者"を殺して目くじらを立てる奴はいない……」

 

誰かの為に頑張るヒーローに憧れてしまったどうしようもない悪魔が、檻から抜け出し周りを巻き込んで過去のツケを払う。

これが、この物語の終着点だ。

 

僕の物語は、誰の為にもならなかった。

 

「……」

 

数秒の逡巡の後、ハルマは拳銃を拾いスライドを引いた。

 

トリガーに指をかけ、銃口を──空に向ける。

 

三発分の銃声が荒野に響いた。弾を全て吐き出した拳銃を力強く放り投げたハルマは、僕の首元を掴み、叫んだ。

 

「お前は……お前はっ……!!なんも変わってねぇな!!」

 

それは、僕の心を覗いたかのような叫びだった。許されるのなら、僕自身が叫びたかった心の絶叫。

 

「……あぁ!そうさ!その通りだよ!!僕は、成長したつもりになってたんだ!この星で罪滅ぼしをして……許された気になっていた!!けど……その結末がこれさ!神からの啓示だよ!タツカとスルトは、僕の愚行の犠牲になったんだ!!」

 

僕の口から一息で絞り出された言葉もまた、僕の心をそのまま書き写していた。

 

しかし、ハルマはそれを意外な形で否定する。

 

「違う!!俺が言いたいのは、そんなことじゃない……!」

 

「は……?」

 

「あの時からそうだ!死者の国を作るだの、人類の発展のためだのと……!!いい加減、素直になれよ!!」

 

ハルマが、さらに続けて言葉を放った。

 

「贖罪だの、犠牲だのと……気持ち悪いんだよお前の取り繕った高尚な言葉は……!!言え!!お前がしたいことは……シンラがしたいことは、何だ!!」

 

「僕は……」

 

先の言葉は出なかった。

 

僕の喉が、蝋に固められたかのように動きを止めたからだ。

 

言うべきではない。

 

言っていいはずがない。

 

理性が、僕の口を塞いでいた。

 

ハルマが、僕の首元からゆっくりと手を離す。

 

「あともう一つ……俺も運営も、お前を見捨てるつもりはない」

 

彼はそう言うと、懐から手のひら大の箱を取り出した。「HOPE」ラベルのつけられたその箱を、ハルマは勢いよく僕の胸に叩きつける。

 

「これは……?」

 

手に収まった箱を開ける。これ以上ないほど丁寧に梱包されたその中身は、箱の5分の1程度の大きさしか無いちっぽけな銃弾だった。

 

「ガンプラと一体化したダイバーを元に戻すワクチン……その予備だ。お前に使うはずの一本はあの子に使っちまったが……」

 

ハルマが、後ろに向かって顎をしゃくる。いつの間にか、クレータの縁にクアドルンとマサキが立っていた。

 

「あ………」

 

そこに居た人物は、彼ら二人だけではなかった。

 

存在するはずのない3人目。

 

それは、マサキの腕の中で泣きじゃくる"小さな赤ん坊"だった。体に、マサキの不自然に千切れたマントと同じ色の布切れを巻いている。

 

「あの子は……一体……?」

 

「リライジングのパイロットだ……コイツの意味がわからないほど、お前は馬鹿じゃないだろ」

 

ガンプラと一体化した者を分離させることができる銃弾。それを携え、エルドラに現れたハルマ。

 

「僕は……救われていいのか?」

 

僕は、答えが欲しくて彼に問うた。だが、彼は微かに首を横に振るだけで、僕の求めたものを提示することはなかった。

 

代わりに、彼は仕切り直しだと言わんばかりに口を開いた。

 

「……最後にもう一度聞くぜ。お前は、どうしたいんだ?」

 

「僕は……」

 

母に会う夢は、もう叶わない。

 

いや、最初から叶うものでもなかった。あのまま手段も目的も見失い、突き進んだ果てにあの人が待っているとはもう思えない。

 

でも……今はあの時とは違う。

 

タツカは、スルトは……僕に託してくれた。

 

僕は、幼子のような小さな脚で地面を踏み締めた。背後に佇むG-Medeiaに視線を向ける。

 

この時。

 

僕は、確固たる意志を持って僕が僕でいるための理屈を捨てた。

 

「会いたい…………」

 

けれど、それでも消せなかった感情を……

 

僕は、心に住ませたまま──

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