ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise 作:Haturu
息をする。口元にピタリと布が吸い付く。
呼吸のたびに伸び縮みする布製の袋は、私の視界を完全に奪っていた。
そのせいか、変に聴覚が敏感になってしまう。
隣から聞こえる私以外の呼吸音。
それに加えてモーターのような駆動音。
時たま聞こえる地面に岩を叩きつけたような音。それと同時に私の体が上下に必ず揺れる。
おそらくだが、私は今レジスタンスのトラックに乗車している。
というのも私はあの洞穴でシンラに布を被せられた後、そこから一切の視覚情報が得られていない。
布の縫い目を通り抜けてくる光が段々と弱まり、一度強い眠気に屈した後、また光を感じるようになったので、丸一晩この状態で過ごしたのは間違いない。それを後押しする証拠として私の体は酷く強張っている。
「苦しくないか?」
不意に隣から声が聞こえた。あんまりにも突然だったのでほんの一瞬、言葉の意味がわからなかったが、すぐにそれが私に対する心配の言葉だと気づく。
「大丈夫……ですけど少し体が痛いです」
「悪いな、後少しで着くからもう少し我慢してくれ」
妙に聞き覚えのある声の主は言葉を続けた。
「セグリに着いたら、アンタは多分牢屋に入れられる。その後のことはわからないが……正直に話してくれるなら俺たちもアンタに酷いことはしない。上にもそう掛け合っておく。」
そこまで聞いて声の主がレジスタンスの中の一人、先日、私が後ろから襲ったトラックの運転手だという確信を得た。
仕方がなかったとはいえ、こちらが暴力を振るったのは言い逃れのできない事実だ。
にも関わらず、被害者の彼は私のことを気遣ってくれている。それが尚更私の罪悪感を刺激した。無意識のうちにすいません、と懺悔にしては控えめな声が漏れ出る。
「気にするな、一飯の恩だ……けれどあんたの仲間は恩知らずというか、大分アレだな」
「大分アレ?」
オウム返しをした私に彼はため息をついた。
なぜだか、そのため息には失望ではなく、同情の意が込められていた気がする。
そう感じた私の予感はほぼ的中していた。
「シンラ……って言ったか?アイツ逃げたぞ。」
「え?」
「俺たちが寝てる間に消えてたんだわ」
「………」
「アンタは良い奴だよ。俺が保証する。だから気を落とすな……な?」
念を押すような語尾。今度は間違いなく同情だろう。
視界は真っ暗。お先も真っ暗になり呆然とする私を憐れんだ彼は、セグリに着くまで矢継ぎ早に励ましの言葉をくれた。
* * *
水上都市というだけあって、セグリの街並みは昨日まで滞在していた村の様相とはかけ離れていた。
まず、建物の作りが明らかに違う。石造の建造物が建ち並び、踏みしめる地面もまた、名称不明の石によって舗装されている。
人の往来も段違いだ。老若男女が街中を闊歩しており、売店で買い物をする人や立ち話をしている人もいた。
人の数も建築物の数も、エルドラに来る前にGBNで訪れた『カテーラ』の街以上だ。
中でも中央にそびえ立つ石造りの古城は古めかしさを感じさせながらも、圧倒的な存在感を発しており、あまりの迫力に感嘆の声が漏れ出てしまう。
「うわーっ、凄いな……」
「黙って歩け!」
「は、はい……」
呑気な私にイラついたのか、隊長は大袈裟に怒鳴った。突然の怒声に反応した周囲の目線がこちらに向けられる。
いくら大人しくしていても、貸し与えられた薄茶色のフード付きのマントを羽織り(流石に布袋は外してくれた)手首を縄で縛られている私の姿はさぞ凶悪犯のそれに見えただろう。
ピリピリしている隊長にレジスタンスの隊員たちも一切口を開くことなく、私の後ろを歩いている。
隊長があからさまに怒りを露わにしていることと、いつの間にか逃げ出したあの小さな悪魔、シンラは無関係ではない……と思う。
だが、同時に疑問もあった。なぜシンラは逃げ出したのかということだ。
どうせ逃げるのなら、レジスタンスを懐柔し、セグリへの案内役を務めさせる理由など無い。
きっと、逃げ出したのを含めて、何か考えあっての行動だろう。
というか、そうであってほしい。
私情と願望の入り混じった推測を頭の中でこねくり回していると、目の前を歩く隊長が不意に止まり、あわや彼の背中と追突しそうになる。
鼻先が彼の上着を掠めたかと思うと、隊長は急に大通りから逸れた裏道に進み始めた。
不思議に思いながら、黙って彼の後ろについていく。
数分間、迷路のような薄暗い裏路地を歩き、着いたのは地下に続く階段だった。
階段は重厚感のある格子戸と仰々しい南京錠によって、簡単に出入りが出来ないようになっている。
やけに厳重な作りになっているなと思ったが、その理由は階段を下るとすぐに分かった。
揺らめく松明の光が僅かに通路を照らし、傍には石と鉄で組まれた小さな部屋が立ち並んでいる。
ーー牢屋。項垂れる囚人も、荘厳な看守も誰一人見つけることはできなかったが、その作りは明らかに人を捕らえ、拘束することを目的としていた。
階段から100メートル程歩いた後、レジスタンス達は数ある牢屋の中からひとつ選び、私をそこに押し入れた。
手縄に続いて足枷もつけられ、立派な囚人となった私を見て、隊長は少し肩の荷が降りたようなホッとした顔をしたが、すぐにいつもの強面に戻り何も言わずに立ち去った。
気のいいトラックの運転手も、その時だけは私を決して視界に入れず、隊長の後を追って、歩いてきた通路とは反対に進み、消えていった。
「…………」
牢屋に備え付けられた唯一の家具である粗雑なベットに腰を掛け、私はこれからの身の振り方をどうしようかと悩んだ。
とりあえず状況を整理しよう。
私達の最終目標はスルトの打倒……のはずだ。よくよく思い返してみればシンラに言われるがまま行動してきたために、具体的な目標など意識してなかったのだが、村長と話した時にシンラがそのようなことを発言していたような覚えがある。
スルトは今レジスタンスのトップに君臨しているらしいので、このまま捕らえらていたら対面する機会があるかもしれない。
もう一つの目標は監禁されているというフレディの救出。
牢屋に着いた時は、フレディと接触出来るかもなどと淡い予想をしていたのだが、今のところ牢屋に人のいる気配はない。
どちらにせよスルトの所在は不明なので、今優先すべきはフレディの救出……なのだが、こちらもセグリに監禁されていると言う情報だけで、具体的な居場所は分からない。
そもそもシンラは何を企んでいるのだろうか。
伝言の一つでも寄越してくれていたら、何か行動を起こせるのに……
ーーーあっ。
伝言、そうだ!伝言だ!
私は寝そべっていたベットから飛び起き、腕が動くことを確認してから、意思を込めて五指を空中に走らせた。
ヴッン、という控えめな音と共に空中に文字が映し出される。
それはパラメータやアイテムストレージを可視化したステータスウィンドウ。
メールボックスには未読のメールが一通あると示すアイコンが表示されている。
件名は無し。差出人はシンラ。
「やっぱり……」
メールにはセグリの全体マップが添付されており、文面ではフレディ救出の計画が開始時刻を含め、事細かに指示されていた。
曰く、特定の時間になったらレジスタンスを引きつけるから、その隙にフレディを探しだし、脱出せよとのこと。
つまりシンラは逃げたのではなく、囮になる為にやむなく離脱したということだ。パートナーの裏切りが偽装だったことを確信したことで一抹の不安は消え去り、ほっと胸をなでおろす。
救出作戦の開始時刻は既に十分後に迫っていた。
指示の通り、アイテムストレージから拘束具の破壊に使えそうなものを探す。
ウィンドウが使えるとなると、やれることは無限大、牢屋からの脱出など朝飯前だ。
レジスタンスがかつてビルドダイバーズと共に戦ったのなら、ガンプラの民が虚空から物を取り出せることを知っていてもおかしくはないはずなのだが、その割には警備が甘すぎる。
だが、理由はどうあれチャンスはチャンス。『カテーラ』で購入していたサバイバルナイフをストレージから取り出し、柄を口で咥え手縄に少しずつ切り目を入れて、断ち切る。
「……よしっ!」
あとは足枷を壊して、牢屋から出れば晴れて自由の身だ。だが、手縄と違って頑丈そうな金属でできた足枷や牢屋をナイフ一本で破壊するのは流石に無理と判断する。
ストレージには拳銃が入っていた。ナイフと違い買った覚えはないが、シンラが用意してくれたのだろう。
しかし、屋内かつ物音がないこの状況では、発砲音はどうやっても響く。レジスタンスに脱走を認知される前に、ここから離れなくてはいけない。
私は意を決して拳銃の引き金を引いた。
予想通り、耳を貫くような爆音がターン、ターンと二発分、監獄に響き渡る。
時間との勝負だ。私はマップを開きながら、人を閉じ込められそうな場所へと走り出した。
まずはこの監獄にフレディがいないかを隈なく探す。居なかった場合、レジスタンスの本拠地であろう古城に潜入する必要が出てくるが、できればこの監獄にいて欲しい。
ずらりと並ぶ牢屋の中を一つづつ走りながら確認する。だが、人影は一向に見つからず、マップの示す牢屋の数が残り十個を切った。
(そんな上手い話はないか……)
その時だった。突然、未確認の牢屋の中から2本の腕が飛び出してきたのだ。
腕は私の外套の端をガッチリと掴み、そのあまりの引っ張る力に私はぐらりと体勢を崩しかける。
「ヒロトっ!!助けに来てくれたのか?!」
ーーヒロトって誰だよ!そもそもアンタが誰!!
不気味な雰囲気からの突発的なホラー展開に、思わず声を荒げ叫びそうになったが、飛び出してきた腕の主は私の顔を確認した瞬間、自身の勘違いに気づいたようで、戸惑いながらも手を離した。
「す、すまねぇ……あんまりにも服装が似ていたから……」
牢屋の奥にいる人物が申し訳なさそうに肩をすくめた。暗がりではっきりとは見えないが、赤橙色の毛並みと大きめの垂れ耳が、彼がエルドラの民であることを示している。
「も、もしかして……貴方がフレディさん……?」
「いや、俺はカリコ……って、フレディの事知ってんのか?!」
「えぇ、トノ……彼の父親から救出を依頼されまして……」
私がそう言うと、カリコの顔が少し明るくなった。彼は牢屋の中に振り返り、私が寝ていたのと同じデザインのベットに向けて声をかける。
よく目を凝らすと、ベットは二つあり、カリコが声をかけている方には人が寝転んでいた。
「おい、起きろよ!ザブン!助けが……助けが来たぞ!!」