最近、トラブルに巻き込まれる事が増えた気がする。今までだって何度も面倒毎に出くわす事はあったが
「持ってるモノを全部出しな。上着に隠してるのとバイクに積んであるやつも残さずだ」
旅人がガソリンスタンド脇のコンビニの廃墟で休憩していた所、遠くからおんぼろのトラックが黒煙を棚引かせながら近付いてきたと思ったら、廃墟の手前で停車した。そのまま黙って見ている間にトラックから数人の男女が武器を持って降りてくるなり旅人を取り囲んだのである。
集団のリーダーらしい中年の女性が擦れた喉から出した威圧感を帯びた低い声色で命令してきた時には大体何が次に起こるかの予想は付いていた。
彼等は恐らく近隣の集落を拠点とした
「こんな荒れ野の真ん中でショボい旅行者に追い剝ぎ?サルべージャーって暇なんだね」
「口答えをするな。さっさと手を動かしな」
「この浮浪野郎めスカしやがって。ジャス、撃っちまおうぜ」
大抵サルべージャーという連中はその仕事柄貪欲で、邪魔者や部外者を嫌うのは何処でも同じだが、強盗紛いの事をやる所を旅人はあまり見た事がなかった。何かを勘違いされているのかも知れないが、兎に角彼等は気が立っているようだった。
「うるさいよヘック。仕切ってんのはアタシだ。口出しするんじゃないよ」
「僕、この辺じゃ未だなんにもしてないよ。誰かと間違えてない?」
「お前もうるさいね!モノを置いて行きゃあ殺さねえって言ってんだ早くしないかい!」
自分の手に握った貧相な筒のトリガーを引きたくて仕方が無いらしいメンバーの男がウズウズしだすとリーダーがそれを咎め、同時に探りを入れようとする旅人に荷物を明け渡す様に促してくる。少なくとも知識によれば大抵の自警団は余裕があれば被疑者を居住地まで引っ張っていって見せしめに殺す。やはり強盗かも知れない。
「コイツは今日一日で随分俺達のモノを盗んだんだ、剥いて奴隷商かチョップ・ショップに売っちまおうよ。それが妥当だ。聞いたか、お前の死刑が決まったぞ」
「だから勝手に仕切るんじゃないよ!アタシ達は人狩りじゃない。大体運ぶまでコイツを見張れるのかい?」
「綺麗なバイクだな?盗んだのか」
「バラすか?それともそのまま…前のは駆動系が悪いのがバレて逆に安かったからな」
様子見と時間稼ぎにちんたらと上着以外の身に付けているものを外している間にも口論を繰り返しているし、既に何人かは荷物に気を取られて目を離し始めていた。
「あのボロいリグで『涙の海の港』に行けるつもりなの?出来もしない事をちらつかせるのが通じるのは三下までだよ。それに何て言った?君達のモノだって?この辺のガラクタの事かい?それとも此処に有った燃料?ペットボトル一本分くらいしかなかったけど。普通ゴミ山を牛耳ってるなら見張りを置くよね?君らはただの食い詰めの漁り屋だろ。西の方のジャンクヤードを乗っ取った連中にも同じ事が出来るんでもないなら因縁をつけないで欲しいもんだね」
追いはぎ風情にこの世界ではすでに曖昧な所有権の概念と罪と罰について説かれた為に少しカチンときた旅人は、手短に済ませてしまおうと思い挑発的な言葉を放ってみる。思い通りに挑発に乗ったリーダー以外のサルべージャー達は怒りを露わにして騒ぎ出した。
「お前等浮浪のズルい所はそれだ!『デブネズミ』共に嗅ぎ付けられる間も無くゴキブリやカラスみてぇに何もかも掻っ攫って行きやがって、俺達はただ指咥えて見てるだけだ」
「お前等みたいに失うものも無ければやり方だって変えられたんだ!俺には食わせなきゃならねえ仲間がいるんだ!これしかないんだ!」
握った武器を振り回しながら自分に言い聞かせる様に叫ぶ同業者達の様子に危機感を覚えた様子のリーダーの制止が効く前に発破をかける必要があると判断した旅人は薄ら笑いを浮かべて挑発を続けた。
「連中に目を付けられるが怖いから動けない癖して通りすがりの弱い相手に八つ当たりしてるだけだろ。気持ちは分かるけど情けないとは思わないの?君らみたいなのを腰抜けって言うんだよ。その細腕とへっぴり腰に捕まるのろまなんてそうそういないよ…ああ、駄目だそれじゃあ僕がのろまって事になる。取り消しだ」
「言わせておけばつけ上がりやがって、もう良い、俺達が何をできるか思い知らせてやる!」
「挑発に乗るんじゃ」
女が待ったを掛ける前に、最初に青い錆の浮いた水道用の長いパイプを振り上げて駆け寄ってきた男を自分から出迎えるように受け止める。そのまま片脚を引っ掛けてバランスを崩させると、くるりとサルべージャー側に反転させて取り上げたパイプで首を圧迫する。生木の枝を折る様な音が男の頸から聞こえると、瞬時に片腕を背後に戻して上着の下に隠していた左脇腹のホルスターから利き腕で自動拳銃を抜いた。慌てて銃を構えた男女二人に二発ずつ弾丸を叩き込む。
「撃つな、撃つな!マーヴィンに当たっちまう」
「もう死んでるよ!」
「撃て!」
一瞬で三人を殺された直後、狙いを定めるのもままならない様子で残されたメンバー達が銃を乱射する。その時までカラスの鳴き声と乾いた風に支配されていた暮れの荒野が、連続する破裂音で満たされた。盾にしていた故・マーヴィンを投げ捨てた旅人がガスメーターの裏に隠れると、幾らかはコンビニの背後に駆けてゆく。遮蔽物に突き刺さり、未だ地面にこびり付いているコンクリートの上を飛び跳ねる散弾の音が鼓膜を裂きそうで、思わず旅人は顔を顰めた。銃撃が途切れる度に顔を出し応射する度にコンビニ前に残ったサルべージャー達は撃ち殺された。
目の前の最後の相手を仕留め終えた旅人はピストルをホルスターにしまい、右のホルスターから予備のピストルを取り出す。スライドを引いて撃鉄を上げる。コンビニ裏から障害物の側面を突こうと飛び出したサルべージャーにまた二発撃った。武器を構えたまま裏の様子を伺おうとすると、土埃を上げて駆けだす男たちの背中が見えた。
「表の連中は、ジャスは?」
「とっくに死んでる!トラックまで走れ!」
武器を放り出して必死に逃げる彼等に、旅人は背後から、短い発射感覚で、丁寧に銃弾を浴びせた。最後の一人が倒れた後、旅人は拳銃を握ったまま転がっている追い剥ぎ達の生死を確認して回る。大抵は死んでいたか自力で動く事は困難で、すぐに緊急措置を施さなければ死にそうな様子だった。ただ一人、リーダー格だった女は太腿から血を流しながら激痛に悶え、悪態を吐いていた。
「クソ、クソ、クソ!間抜け共が、お前らのせいで」
「お馬鹿さん達を使う立場って苦労するんだね。でもさあ、多少おつむが良かろうがそっちに勝ち目はなかったかな」
彼女の前にしゃがみ込むと、その辺の死体から分捕った太いワイヤーで銃創のある左太腿の付け根を凄まじい腕力で以て縛り上げた。更なる激痛に額に脂汗を滲ませ悲鳴を上げるリーダーの口に、腰のベルトに取り付けていたスキットルを開けて如雨露で水を注ぐ要領でだばだばと酒を注いだ。激しく咳き込む様子の彼女にはそれから見向きもせず、漁り屋たちの乗って来たトラックに近づくと、転がっていた死にかけの一人を踏み台によじ登る。そのままフロントにしがみつくとボンネットを手でこじ開けて、中に手を入れて何かを探った後、燃料タンクも物色した。その後キーの差さっていないそれを、運転席にはみ出していたコードの断端同士を数回接触させてエンジンに点火すると飛び降りた。きたねえ車、と呟いて上着と手を叩く。そのまま靴の音を立てて近づくと、太ももを抑えながら女が視線だけを寄越して来る。
「脚のそれ、応急措置だから。どっかで見てもらわないと死ぬかサイアク切り落とさなきゃなんないよ」
「は、はー、見逃す気かい?お優しいこったね。一息に止めを刺したらどうだい」
旅人は目を細めて未だに強気に振舞うリーダーを見下ろすと、彼女に肩を貸して、半ば担ぐ形でトラックまで引っ張ってゆき、そのまま運転席に載せてしまった。
「さすがに自分で運転しては貰うけどね」
態々医者に連れて行ってやる義理はない。リーダーは舌打ちをすると、シフトレバーを操作しハンドルを両手で握った。彼女はトラックを発進させ、のろのろと来たときと同じ様に黒煙を棚引かせて暗くなる地平線の向こうに走り去る。暫くトラックが残していった油の臭いを嗅ぎながらその様子を眺めていた旅人は、直ぐにバイクのヘッドランプに覆いを付けて出発の準備を始めた。暗くなってきたのに死体漁りをするべきではないし、此処にはもう長居するべきではない。又因縁を付けに来られても困る。それに、急がなければならない。
ヘルメットを被り、目元を守る為にサングラスを掛けると、バイクにまたがる。そのままトラックとは逆方向にエンジンを吹かしに吹かしながら走り出した。しかし、途中で口の方を噴き出しそうになった。
――――見逃すだって?優しいだって?何時か仕返しに来るかもしれない追い剥ぎを?自警団連中にどう口八丁で言い訳をするか分からない連中を?身元の分からない連中になら何をしても良いと思ってる奴等を?
ガソリンスタンドから十分遠ざかった後、其処から更に向こうから、煙が上がった。少し遅れて爆発音。トラックのボンネットと燃料タンクに仕込んだ発火装置と工業用爆薬が一斉に作動したのだ。リーダーの強がった顔を想像しながら、更にスピードを上げた。
「恨みなさんな。最初に仕掛けたのは君らなんだから」
数人の強盗を瞬く間に撃ち殺し、最後の一人を助ける素振りを見せながら欺き爆殺した旅人……