俺という奴は、いい話と悪い話の二択ならば、どちらかといえば悪い方を先に聞いていい話に希望を持ちたいタイプ。だからその習性に従って悪い方から先に言わせてもらうと、その変化とは恋ちゃんのお口がわるわるになってしまったことである。
幸いにしてその口調で喋る相手は俺か快だけなので、問題は表面化していないのだが、裏を返せば恋ちゃんのお友達が未だにそれしかいないという証左でもあった。
逆に良い変化としては、俺に初めての男友達ができたということと、その男友達経由で
まあ、他にも
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ある日、俺は快のお誘いに乗って園庭でサッカーをしていた。一応、恋ちゃんも誘われてはいたのだけど、普通に嫌そうにしてたので俺だけが参加している。正直、俺も恋ちゃんと離れたくないからあんまり乗り気ではなかったのだが、少し前に親からもっと友達を作れと言われていたので友達づくりの一環として渋々参加していた。
不参加の恋ちゃんは教室の入り口に腰掛けて、俺たちがわらわらとボールに群がる様子を虫を見るような目で見ている。
そんな恋ちゃんに対して俺は本来の目的も忘れて、ここは一つ活躍して格好いいところを見せるぞぉ!と奮起して奮闘するのだけど、如何せん普通の運動神経しかない上にサッカー初心者の俺にはとっても荷が重かった。
一方、サッカーに誘ってきた快はというと、身体能力、運動神経ともに秀でているようで、どのポジションでも割りと器用にこなしていた。
ボールを持っても決して独り善がりのスタンドプレーなどすることなくパスを回し、お団子サッカー過ぎて若干有言無実と化し始めているポジションもどんどん交代することで、どんな下手くそでも楽しめるようにしている。そして、時にはドリブルで何人も抜き去りながらゴールを決めるという魅せプレイで園児達を沸かせていた。
顔が良く運動もできて、リーダーシップも有り、周囲に気配りもできる、それでいてキメるところはきっちりキメるという、一体お前は何ができないんだ?と言わんばかりのパーフェクトなイケメン野郎ぶりを発揮しているのだった。
――――
時は進み、チームという概念に喧嘩を売っているようなサッカーが終わると快が話しかけてきた。
「よお!サッカー楽しかったか?」
「まあまあね。でも
「……幡中は前からここにいるんだよな?」
「そうだけどなにか?」
「何で来てすぐの俺より友達少ないんだよ」
「……グハッ!」
グサッと来たね!グサッとね!
思わす喀血する仕草をしてしまうくらい急所を一突きだった。この勢いで倒れ伏そうか悩んでいる俺を快は呆れながら眺めている。
「
「刑事さんアイツは悪くねぇ!全部俺が悪いんだ!」
「誰が刑事だ。あと、その誰かのセリフばっかりの喋り方をやめろ」
「へへっ!スンマセン」
「キレるぞ?」
こんな風にふざけ合いながら連れだって教室へ向かうと、入り口に恋ちゃんが腰掛けているのが見えた。恋ちゃんは俺と快が一緒にいるところを見るととてつもなく嫌そうな顔をする。 そんな彼女とは逆に快がニヤリと悪い顔をした。
そして入り口に着くと、これ見よがしに俺へ話しかけてくる。
「そういえば俺の事、いつも
「そうだね」
「友達なんだから今度からは快って呼んでくれよ。俺も羽金って呼ぶから」
「えっ?いいけど、いいの?」
「おう!いいぜ、羽金」
「じゃあ、俺も快って呼ぶな。改めてよろしく、快」
かなり唐突に快と名前で呼び合う仲になった俺は、初めての事に浮かれウヘヘとだらしなくにやける。そして、そのにやけ面のまま何気なく恋ちゃんの方を向くと、ちょー不機嫌そうな恋ちゃんが俺を睨んでいた。
一気に浮かれ気分も飛んでいった俺は恐る恐る彼女に話しかける。
「あーっと、どうしたんお前?なんか不機嫌そうですけど……」
「……幡中。幡中は私の事はなんて呼ぶの?」
「……えーっと、それはどういう……?」
「ソイツのことは名前で呼ぶなら私は?と聞いています」
俺が受け答えをする度に段々と敬語かつ能面のような無表情になっていく恋ちゃんに、言いようもない恐怖を感じて隣の快に助けを求めようとそっちを見ると、ヤツは相変わらずニヤニヤと俺と恋ちゃんのやり取りを眺めていた。
俺の助けを求める目線に気づくと首を横に振り見捨てる。まるで自分でどうにかしろと言っているようだ。
クソッ!コイツ助ける気がないッ!まったく友達甲斐の無い奴だなッ!
手の平を返して内心で快に悪態をつき、狼狽えまくっている俺に恋ちゃんは続けて言う。
「ソイツの方を見ていないで私の質問に答えてもらえますか?」
「はいっ!ごめんなさい!これからはお前じゃなくて、花岳さんと呼びます!だから許してぇ!」
「……花岳さんですか?」
「はい!あっ、もしかしてちゃん付けの方がいいっスか!?」
「…………」
俺の回答は完全に不正解だったようで、恋ちゃんの機嫌は更に悪くなる。快はというと口元を押さえてクスクスと忍び笑いをしてバカ笑いするのを
「……幡中。私との付き合いはそこで笑いを堪えてるヤツより長いですよね」
「……?そうだね?ちゃんとお喋りできるようになったのは最近だけども」
「……それで、そこのヤツは名前で呼ぶんですよね?」
「そうだね。俺としても急だったから、まだ少し照れ臭いけども」
「……じゃあ私は?」
「花岳……さん……?」
「なんでだよッ!?このおバカッ!!」
「ひえっ!?何が!?」
唐突にぶちギレた恋ちゃんとそれにビビる俺。快はとうとう堪えられずに大爆笑をし始め、それが更に恋ちゃんの機嫌を損ねていた。
「そこ!バカ笑いするんじゃない!」
「ぶぁはっはっはっ!こんなの見せられて笑うなとか無理言うなよ!」
「くぅ~ッ!ねぇッ幡中!」
「は、はいッ!何でしょうかッ!」
恋ちゃんにキッと睨まれる快だが、そんなのモノともせずに笑い続ける。目尻から涙を溢すほど笑ってるから、いつもみたいな煽りとか関係無しに純粋に面白がってるんだろうけど、笑ってないでどうか俺を助けてほしいと思う。
恋ちゃんは快の反応に苦虫を潰したような渋面を作って唸ると、今までの付き合いで初めて見る勢いで急に俺へと向き直った。
再びビビった俺は、急いでその場で気をつけの姿勢をとって構える。
すると、顔を真っ赤にした恋ちゃんが言った。
「恋って呼んで!私も羽金って呼ぶから!」
予想外の事に俺が呆然として反応できないでいると、何をどう思ったのか恋ちゃんはじわじわと涙目になっていく。
「……ッハ!いや、泣かないで!ちょっとびっくりしてただけだから!ね?……れ、恋」
「……ちゃんは?」
ハッと気を取り直して、慌てながら宥めて名前を呼ぶ。
恥ずかしかったからちょっとどもっちゃったけど、ちゃんと呼べたぞ!とか思ってたら、恋ちゃんはむくれながらちゃん付けを要求してきた。さては結構余裕あるな?
「恋……ちゃん」
「うん!よろしく羽金」
「……あの……くんとかは付かないんスか?」
「うん!!付けない。なんで?」
「あっ……そうなのね……。いや、いいんですわ……気にしないで」
こうして、この時から俺は内心だけでなく正式に恋ちゃんの名前を呼ぶようになったし、恋ちゃんも俺の名前を呼ぶようになったのだった。
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今思えばこれも快が切っ掛けでもたらされた変化の一つだろう。そこは感謝せねばなるまい。
しかし、しかしだ!
快のヤツは俺たちがこのやり取りをしてる間も終わった後も、ずっと、ずぅ~と爆笑していやがった。
そして、笑われ続けたせいで不機嫌を通り越してキレた恋ちゃんに
このあと恋ちゃんを宥めるのが大変だったし、快が再び引っ越すまでしょっちゅうからかわれたので、俺としては正直なところ素直に感謝し辛い男であったのだった。