俺とみんなの過去と現在   作:曽良紫堂

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幡中羽金2

 お互いの表情の変わらないにらめっこを続け、俺の通園初日は終了した。迎えに来た母さんに友達はできたかと聞かれて大層困った覚えがある。

 困った俺は、友達になりたい子はできた!なんて元気良く誤魔化した。実際、恋ちゃんとは仲良くなりたかったからね。その時は名前も分からんかったけど。

 

 まあ、俺なら直ぐに打ち解けて仲良しになるなんてちょちょいのちょいよとか、根拠のない自信に満ち溢れていたのは確かに良く覚えている。

 しかし、そんな簡単に事が運ぶなら恋ちゃんは孤立してなどいない。

 当時の恋ちゃんは俺の想像以上の難敵で、俺は想像以上に浮かれポンチのアホだったのである。

 

 

――――

 

 

 翌日から俺の恋ちゃんに対する勝手な戦いが始まった。

 朝から教室の隅で昨日と同じ体勢をしている彼女を見つけると、その目の前に陣取って元気良く挨拶をする。

 

「おはよう!」

「…………」

 

 当然挨拶なんか返って来ない。なんなら目線すら合わない。

 

「俺名前、幡中羽金っていうんだ。お前は?」

「…………」

 

 当時、クソガキだった俺はめげずに自己紹介をして、こともあろうに恋ちゃんに対してお前なんてのたまって返答を求めた。まあ反応なんかあるわけない。

 

 今でも彼女にお前なんて言ってしまった日には、自分で自身を罰さなければならないだろう。そのくらい恋ちゃんをお前呼ばわりすることは罪深いのだ。

 

 それはさておき、二手。たったの二手で俺は恋ちゃんへのアプローチ手段を失っていた。

 

 クソザコ!あまりにもクソザコ!

 

 などとオッサンのナレーションとざわざわという幻聴が聞こえそうなくらいクソザコだった俺は、昨日の根拠のない自信をあっさり打ち砕かれた。

 そんな風にどうしたらいいのか分からずに狼狽えていた俺を見かねたのか、先生が話し掛けてきてくれたんだ。う~ん、控え目に言って女神かな?

 

「羽金くん。恋ちゃんの事はそっとしておいて、他のお友達と遊んでみたらどうかな?」

「う~ん。……嫌!」

 

 優しい雰囲気の可愛い先生がやんわりと恋ちゃんに関わんなボケと優しく誘導してくれたのだが、空気の読めないド阿呆の俺氏、なんとこれを断り勝負を続行。

 先生と恋ちゃんの迷惑なんぞ省みず、そのまま無限にらめっこへ突入したのだった。

 

 

――――

 

 

 それから連日、ルーティーンのように恋ちゃんに挨拶と自己紹介をしてから目の前に居座り、双方無言で見つめ合うという奇行が始まった。まあ見つめ合うといっても、目線は全く合っていなかったのだが。

 

 最初は色んな先生や園児達が止めるよう、直接間接問わず言葉を掛けてきたのだけど、その一切を断り恋ちゃんに執着する俺に呆れたのか気持ち悪がったのかは知らんが、次第に誰にも何も言われなくなった。

 いつしか俺と彼女がいる場所は一種の不可侵領域として機能しており誰も近寄らず、例え雨の日で外に出られない園児が騒ぐ室内でも、そこの一角だけは平穏そのものだった。

 

 誰も干渉してこないその間、俺は思う存分可愛いを摂取しており常にハッピーハッピーであった。自覚はなかったが、俺はわりとこの頃から面食いだったのかもしれない。

 

 

 俺からすればハッピー、他人からすれば不気味、恋ちゃんからすれば……はちょっと良く分かんない空間が出来てから数週間も経つと、息子の奇行を知りつつも優しく見守っていた親も流石に黙っていられなくなったのか、小言を言われることが増えた。 

 

 曰く、もっとお友達を増やしたらどうか、その子は嫌がっていないか、なんて色々と言われたがその全てをスルーして、その日も俺は朝から恋ちゃんに日課となっていた挨拶をした。

 

 

「おはよう!」

 

 元気良くにこやかに挨拶をする。返事は期待してなかったからよっこいせと彼女の前に座り込み目線を上げると、不意に目があっている事に気がついた。

 ワオ!初めて目が合ったななんて呑気に考えてたら、次にはこの一月(ひとつき)ずっと不動だった唇が動き、鈴の音を鳴らしたような可憐なお声が耳に飛び込んできた。

 

「ねえ。なんで幡中はずっとわたしを見てるの?」

「……はぇ?」

 

 あんまりにも突然かつ可憐な声に気を取られて内容は入ってこなかったし、バカみたいな反応しか出来なかった。

 そしてこれが俺と恋ちゃんとのファーストコミュニケーションだ。

 

 ……正直、今でもやり直したいと思っている後悔の一つであった。

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