ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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ここからしばらくヴァージニアの出番はありません。
予定外の展開になってしまいましたからね。
「ヴァージニアとデルトラクエスト」というタイトルなのにさらわれるという……。
でも概ね原作通りの展開になると思います。


第16話 さらわれたヴァージニア

 目が覚めると、太陽は高く昇り、クリーが彼らを呼んでいた。

 リーフは伸びをして欠伸をした。

 長距離走のせいで筋肉は硬直して痛み、足も痛かった。

「交代で寝るべきだったな」

 バルダは呻きながら起き上がり、背中を楽にした。

「国境にこんなに近いのに、安全を当てにするのは危険だった」

「みんな疲れていたのよ。それにクリーが見ていたわ」

 ジャスミンは飛び起き、既に林の中をうろついていた。

 体が硬直しているようには感じなかった。

 ジャスミンは一本の木の荒々しい幹に手を置いた。

 頭上では、かすかに葉が揺れていた。

 ジャスミンは頭を横に傾け、耳を澄ませているようだった。

「木々によると、今でも荷車がこの道をよく通るらしいわ。馬に引かれた重い荷車よ。

 でも、今日はこの先には何もないわ」

 再び出発する前に、ララド族からもらったパンと蜂蜜と果物を少し食べた。

 フィリは自分の分と、好物であるハチの巣を一切れずつ食べた。

 それから先に進もうとした時、ヴァージニアの姿がない事に、三人は気づいた。

ヴァージニアがいない!?

「くそっ……夜の間に、何者かが誘拐したんだ……!」

「すぐに助けなきゃ……うぐっ」

 恐らくヴァージニアは、リーフ達が寝ている間に、さらわれてしまったのだろう。

 リーフがヴァージニアを助けようとすると、足の痛みがリーフを襲った。

「ダメよ! 足が痛いのに急いじゃ!

 ヴァージニアは強いわ。ヴァージニアを信じて、足の痛みを治しに行きましょう!」

「……ああ、そうだな」

 

 しばらくして、トムの店に案内する看板が見つかった。

「トムが足の痛みに効くものを売ってくれればいいのに」

「看板には『旅人のために売っている』と書いてあるな。きっと売っているぞ。

 でも、お金があまりないから、本当に必要なものだけを選ばなきゃな」

 ジャスミンはリーフとバルダをちらりと見た。

 彼女は何も言わなかったが、リーフはジャスミンが少し足早に歩き始めた事に気づいた。

 明らかに、店がどんなところなのか知りたがっていた。

 一時間後、三人が曲がり角を曲がると、木立の真ん中から、

 稲妻のように長くギザギザした金属の形が突き出ているのが見えた。

 その形の側面には、巨大な金属の文字が突き出ていた。

 不思議に思いながら、彼らは歩き続けた。

 その場所に近づくにつれ、木々が馬蹄形に並び、

 奇妙な小さな石造りの建物の側面と背面に群がっているのが見えた。

 金属の文字を支えるギザギザの部分は、まるで雷に打たれたかのように、

 尖った屋根の真ん中にまで突き出ていた。

 明らかにここはトムの店だったが、一見すると、物を買う場所というよりは宿屋のようだった。

 建物と道路の間には平らな空き地があり――荷馬車が何台か停められるほどの広さだった――

 あちこちに、動物が飲むための大きな石の水槽が置いてある。

 ドアの片側には大きなショーウィンドウが光り輝き、

 ガラスには店主の名前が鮮やかな赤い文字で上から下まで、

 まるで旅人が通った煙突の看板や道標のように並んでいた。

「このトムって人、自分の名前を人に知らせるのが大好きなのね」

「じゃあ、どんな店なのか見てみようか」

 二人は開けられたスペースを横切り、店のショーウィンドウを覗き込んだ。

 そこには鞄、帽子、ベルト、靴、靴下、水筒、コート、ロープ、鍋やフライパン、

 その他たくさんの品物がぎっしりと並んでおり、リーフには見覚えのないものもあった。

 不思議な事に、値段もラベルも何も書かれていなかったが、真ん中に黄色い看板があった。

「一体どんな店なんだろう……?」

 

 店に入ると、ドアに取り付けられたベルがチリンと鳴ったが、誰も出迎えに来なかった。

 三人は薄暗い中でまばたきをしながら辺りを見回した。

 外の明るい陽光の後では、混雑した店内は酷く薄暗く感じた。

 床から低い天井まで伸びる棚の間を、狭い廊下が走っていた。

 棚には商品が所狭しと並んでいた。

 奥には埃っぽいカウンターがあり、帳簿、秤、そして金庫らしきものが散らかっていた。

 カウンターの後ろには、さらに棚とドア、そしてもう一つの看板があった。

「トムはお人好しな男だ」

 バルダは辺りを見回しながら言った。

「ほら、今頃ここに来て、好きなものを盗んで、また出て行けただろうに」

 自分の主張を証明するため、バルダは一番近くの棚にある小さなランタンに手を伸ばした。

 しかし、持ち上げようとしたが、ランタンは動かなかった。

 バルダは驚いて顎が外れそうになった。

 引っ張ってみたが、無駄だった。

 リーフが笑い転げ、ジャスミンがじっと見つめる中、バルダはついに諦めた。

 しかし、ランタンから手を離そうとしたが、離せなかった。

 バルダは悪態をつきながら、必死に手を引っ張ったが、指は固く引っかかっていた。

「ランタンが欲しいのですか?」

 三人が激しく飛び上がり、くるりと振り返った。

 背が高く痩せた男がカウンターの後ろに立っていた。

 帽子を被った男は腕を組み、大きな口を歪めて嘲るような笑みを浮かべた。

「これは何だ?」

 バルダは怒鳴り、空いている方の手をランタンに突きつけた。

「トムがお人好しではない男だという証拠ですよ」

 カウンターの男は言い、さらに笑みを強めた。

 彼は長い指をカウンターの下に差し込み、

 恐らくボタンを押したのだろう、バルダの手が突然離れた。

 バルダは後ろに飛び退き、リーフとジャスミンに勢いよくぶつかった。

「さて」

「トムは何を見せてくれるんだ? もっと言えば、トムは何を売ってくれるんだ?」

「長くて丈夫なロープが欲しいんだ」

「それと、足の痛み止めがあればね」

「あるか?」

「もちろんありますとも。旅人のためのものなら何でも。看板を見ませんでしたか?」

 トムはカウンターの後ろからそっと出て、棚から細いロープを一巻き取った。

「これが私の最高の品です。軽くて、とても丈夫。銀貨三枚で、あなたのもの」

「ロープ一本に銀貨三枚は、ぼったくりだ!」

 バルダは激怒したが、トムの笑顔は揺らがなかった。

「ぼったくりではありませんよ。商売です。こんなロープは他にどこで見つかるのでしょうか?」

 ロープの片端を掴み、トムは手首を軽く捻って残りのロープを上に投げ上げた。

 ロープは蛇のようにほどけ、天井の垂木にきつく巻き付いた。

 トムはロープの強さを見せつけるように引っ張った。

 そして再び手首を捻ると、垂木からロープがほどけてトムの手に戻り、

 落ちていくにつれて綺麗に巻き付いた。

「インチキだ!」

 バーダは睨みつけながら唸ったが、リーフはロープに釘付けになっていた。

「買います!」

 バルダの肘が肋骨に当たるのも、

 ジャスミンが疑わしげに眉を顰めるのにも構わず、興奮して言った。

 トムは両手を擦った。

「坊ちゃんは、掘り出し物の品がお分かりですね。さて。他に何をお見せしましょうか?」

 リーフは興奮して辺りを見回した。

 まるで、ヴァージニアがさらわれた事は、すっかり忘れたかのようだった。

 もしこの店にまるで生きているかのように動くロープがあるなら、

 他にどんな素晴らしいものが隠されているというのだろうか。

「全部見せてください!」

 リーフの態度にトムは満面の笑みを浮かべた。

 ジャスミンは落ち着かない様子で身動きをした。

 天井が低く、混雑した店が気に入らないのは明らかだった。

 トムもあまり好きではなかった。

「フィリと私はクリーと一緒に外で待つわ」

 ジャスミンは踵を返して店を出て行った。

 それから1時間はあっという間に過ぎた。

 トムはリーフに、足が痛くなるのを防ぐクッション付きの靴下、

 角が曲がって見える望遠鏡、自動で洗う皿、シャボン玉パイプなどを見せた。

 天気を予測する機械、紙のように見えるが水を加えるとパン一斤に膨らむ小さな白い種、

 決して錆びない斧、地面から浮かぶ寝袋、火おこしビーズ、

 その他にもたくさんの素晴らしい品を見せた。

 徐々にバルダは疑いを忘れ、様子を伺い、質問をし、そして参加し始めた。

 トムが話し終える頃には、すっかり心を奪われ、リーフと同じように、

 買える限り多くの素晴らしい品々を手に入れたいと熱望していた。

 素晴らしい品々が揃っていて……旅を楽に、安全に、そして快適にしてくれるだろう。

 ついにトムは腕を組み、後ろに下がり、二人に微笑みかけた。

「さて、何を売ってくれる?」

 トムの品物の中には、例えば浮き袋のようなものは、

 リーフとバルダの有り金全てより高価なものもあった。

 しかし、他のものは買えるもので、どれにするか決めるのは難しかった。

 結局、彼らは自動巻き取りロープに加えて、膨らむとパンになるマジック・ブレッドの袋、

 どんな水でも飲める粉末の瓶、そしてクッション付きの靴下を選んだ。

 山積みになったものはがっかりするほど少なく、火おこしビーズの瓶やシャボン玉パイプなど、

 もっと面白いものをたくさん脇に置かなければならなかった。

「もっとお金があればいいのに!」

「ああ!」

 トムは帽子を少し後ろに押しながら言った。

「それなら、交渉できるかもしれませんね。私は売るのと同じくらい買うのも好きですから」

 トムはリーフの剣にずる賢そうな視線を向けたが、リーフはきっぱりと首を横に振った。

 品物は欲しかったが、父親が自分達の鍛冶場で作った剣は手放さなかった。

「マント、少し汚れてるな」

 トムは肩を竦めて、何気なく言った。

「でも、もしかしたら何かくれるかもしれないな」

 今度はリーフが微笑んだ。

 トムはどんなに無関心に見えても、

 リーフの母親が織ってくれたマントに特別な力がある事をはよく知っていた。

「このマントは着る人をほとんど透明にする事ができるんだ。何度も命を救ってくれた。

 残念ながら、これも売り物にはならないだろう」

「ああ、残念ですね」

「仕方ない」

 トムは火の玉と電球を片付け始めた。

 その時、店のドアのベルが鳴り、見知らぬ男が入ってきた。

 男はバルダと同じくらいの背丈で、同じように力強く、

 長く絡まった黒髪とぼさぼさの黒髭を生やしていた。

 片方の頬にギザギザの傷跡が走り、褐色の肌に青白く浮かび上がっていた。

 リーフはジャスミンが男の後を追って中に入っていくのを見た。

 ジャスミンはドアにもたれかかり、ベルトの短剣に手を添えていた。

 明らかに、ジャスミンはトラブルに備えているようだ。

 見知らぬ男はリーフとバルダに軽く頷き、棚から自動巻きロープを掴み取ると、

 二人の前を通り過ぎ、埃っぽいカウンターに身を乗り出した。

「いくらだ?」

「銀貨一枚でございます」

 リーフは目を大きく見開いた。

 トムはロープの代金は銀貨三枚だと言っていたのだ。

 リーフは抗議しようと口を開けたが、その時、バルダの手が手首に触れた。

 バルダは顔を上げると、同伴者の視線がカウンター、

 見知らぬ男の手が置かれている場所に釘付けになっている事に気づいた。

 そこには見知らぬ男が埃に描いた絵があった。

 影の大王に立ち向かうレジスタンスの印だった。

 それは、嘆きの湖へ向かう道中で、何度も壁に刻まれているのを見てきたあの印だった。

 カウンターにそれを描く事で、見知らぬ男はトムに合図を送った。

 そしてトムはロープの値段を下げて応えた。

 男はトムの手に銀貨を投げ、トムはそれと同時に袖でさり気なくその印を拭った。

 全てはあっという間に起こった。

 リーフが自分の目でその印を見ていなかったら、

 まさかそこに印があったとは信じなかっただろう。

「嘆きの湖で、川の向こうの領土全体で、奇妙な出来事が起こるという噂を聞いた」

 見知らぬ男は立ち去ろうとしながら何気なく言った。

「テーガンはもういないと聞いている」

「本当ですか? 私はただの貧乏な店主で、そんな事は何も知りません。

 道端のイバラは、相変わらず生い茂っていると聞いています」

「あの棘はテーガンの魔法のせいではなく、百年に渡る貧困と怠慢の産物だ。

 デルトラ国王の棘と、みんながそう呼んでいる」

 リーフの心は沈んだ。

 秘密の印を作った事で、この見知らぬ男は影の大王に抵抗する決意を固めていた。

 しかし、リーフ自身もかつてそうであったように、デルトラの国王と王妃を憎み、

 デルトラ王国の災難を彼らのせいにしていたのは明らかだった。

 何も言えないのは分かっていたが、通り過ぎる男をじっと見つめずにはいられなかった。

 男は微笑みもせずに視線を返し、店を出て行き、

 ジャスミンの横を通り過ぎながら、ドアをくぐった。

 

「今のは誰だった?」

 トムは帽子をしっかりと頭に乗せてから答えた。

「この店ではトム自身の名前しか出てきません。こんな厳しい時代だから、その方がいいのです」

 リーフは再びドアの音を聞き、振り返るとジャスミンが出て行くのが見えた。

 危険が去った今、彼女は落ち着かなくなり、再び新鮮な空気の中に出ようとしたのだ。

 バルダとリーフが、見知らぬ男がカウンターにつけた印に気づき、理解したのだろう。

 トムは突然火の玉と電球を手に取り、小さな品物の山に加えた。

「お代はいりませんよ」

 二人が驚いてトムを一瞥すると、トムは言った。

「トムは旅人ならいつでも喜んでお手伝いします。ご覧の通りです」

「正しい道を行く旅人ならば、だろう」

 バルダは微笑んだ。

 しかしトムは、眉を上げただけで、支払いを求めた。

「お役に立てて光栄です」

 リーフとバルダが金を渡すと、トムは言った。

 トムは素早く硬貨を数え、頷き、金庫にしまった。

「それから、おまけはどうしたんですか?」

「窓の看板には……」

「ええ、もちろん。贈り物です」

 トムはかがみ込み、カウンターの下を手探りした。

 立ち上がると、小さくて平たいブリキの箱を手にしていた。

 トムはそれをリーフに渡した。

「求めざるは、得られざる。それがあなたのモットーですか?」

「いや、僕もそうだ」

 リーフは箱を見た。

 掌にすっぽり収まるサイズで、かなり古そうに見えた。

 ラベルの色褪せた文字には、ただ「水食い虫」と書かれていた。

「何だい?」

「説明書は裏に書いてありますよ」

 突然、トムは立ち止まり、耳を澄ませた。

 それからカウンターの後ろからこっそりと店の裏口から飛び出した。

 慌てていたためドアを開けたままにしていたため、リーフとバルダもトムの後を追った。

 驚いた事に、ドアは白い柵で囲まれた小さな畑に直結していた。

 その畑は高い木々に囲まれ、道路からは完全に見えなかった。

 柵の傍には三頭の灰色の馬が立っていて、

 その上に座って馬を撫でていたのはジャスミンで、肩にはクリーが乗っていた。

 トムは腕を振りながら柵に向かって大股で歩いた。

「お願いだから、動物達に触らないでください! 大切なものですから」

「傷つけてなんかいないわよ!」

 ジャスミンは憤慨して叫んだが、手を引っ込めた。

 馬達はがっかりして鼻を鳴らした。

「これは、馬だ! 馬に乗れたらどんなに旅が速くなるだろう?」

 リーフはゆっくりと頷いた。

 彼はこれまで馬に乗った事がなく、ジャスミンもきっとそうだろう。

 だが、きっとすぐに習得できるだろう。

 馬に乗ればどんな敵にも、影の憲兵団にも、追いつく事ができるだろう。

 

「馬を売ってくれますか?」

 トムに追いつくと、リーフは尋ねた。

「例えば、買ったものを全部返品したら、それで十分ですか?」

「交換と返金は一切認めません」

「何を言ってるの? 『買う』と『売る』って、一体何なの?」

 トムは驚いてジャスミンを見つめた。

「お嬢さん、お友達が馬に乗りたいらしいですよ」

 まるでジャスミンを小さな子供に説明するかのように、トムは説明した。

「でも、もう交換してくれるものは何もないありません。

 金は他の事に使ってしまいました。それに」

 トムはリーフのマントと剣に目をやった。

「他には何も交換しないんですよ」

 ジャスミンはゆっくりと頷き、その言葉に納得した。

「もしかしたら、交換できるものがあるのかもしれないわね。宝物がたくさんあるのよ」

 彼女はポケットの中を探り始め、羽根、編み紐、石、二本目の短剣、

 そして沈黙の森の巣から持ってきた歯の折れた櫛を順に取り出した。

 トムは微笑みながら首を横に振ってジャスミンを見ていた。

「ジャスミン!」

 リーフは少し恥ずかしそうに呼びかけた。

「どれも……」

 するとリーフは顎が外れそうになった。

 バルダは息を呑んだ。

 トムは目を大きく見開いた。

 ジャスミンが小さなバッグを取り出し、無造作にひっくり返していたのだ。

 金貨がこぼれ落ち、ジャスミンの膝の上に輝く山を作っていた。

 もちろん、とリーフは最初の驚きが過ぎ去った後、思った。

 ジャスミンは沈黙の森で倒れた多くの影の憲兵団から金貨を奪ってきたのだ。

 リーフは、ジャスミンが木の上の巣に隠した宝物の中に、

 大量の金貨と銀貨があるのを実際に見ていた。

 しかし、ジャスミンが森を出て旅の仲間に加わった際に、

 それらのいくつかを持ってきた事には気づいていなかった。

 リーフは今までそれらのことをすっかり忘れていた。

 ジャスミンにとってはただの美しい記念品だったため、

 ジャスミンはそれらについて口にしなかったのだ。

 数枚の金貨が地面に跳ねた。

 バルダは急いで拾い上げたが、ジャスミンはほとんど見ていなかった。

 ジャスミンはトムを――トムの輝く瞳を――見つめていた。

 彼女は売買の仕組みを理解していなかったのかもしれないが、

 貪欲さを見ればそれを理解していた。

「気に入ったの?」

 ジャスミンは金貨を一掴みしながら尋ねた。

「ええ、気に入りましたよ、お嬢さん」

 トムは少し落ち着きを取り戻して言った。

「とても気に入りました。では、馬と交換してくれますか?」

 トムの顔に奇妙な表情が浮かんだ。

 まるで金への欲望が別の感情と葛藤しているかのような、苦悩に満ちた表情だ。

 まるで計算し、リスクを天秤にかけているかのようだった。

 ついに、トムは決断を下したようだった。

「馬は売れませんね。あの馬達は――他の人に売る約束をしています。

 ですが――もっといいものがあります。こちらへ来てくれるなら……」

 トムはリーフ達を畑の片隅にある小屋へと連れて行った。

 小屋の扉を開け、中へ招き入れた。

 片隅で干し草をむしゃむしゃ食べているのは、とても奇妙な姿をした三匹の生き物だった。

 馬と同じくらいの大きさだったが、首は長く、頭はとても小さく、耳は細く垂れ下がっていた。

 そして何より驚いたのは、足が三本しかないこと。

 前脚が太く、後ろ脚が細いのが二本だった。

 まるでペンキをはねかけたかのように、全身に黒、茶、白の斑点が不均一に散らばっており、

 蹄の代わりに、大きく平らで毛むくじゃらの足があり、それぞれに幅広の二本の指があった。

「あれは何だ?」

 バルダは驚いて尋ねた。

「マドレットです」

 トムは一頭をこちらへ向けようと大股で歩み寄った。

「この品種の馬としてはまさに見事なものです。王に相応しい馬ですよ、旦那様。

 まさにあなたと仲間達にぴったりです」

 リーフ、バルダ、ジャスミンは不安そうに顔を見合わせた。

 歩く代わりに馬に乗れるというのは、とても魅力的だった。

 しかし、マドレットはひどく奇妙に見えた。

「名前はヌードル、ザンジー、ピップです」

 愛情を込めて、トムはマドレットの広いお尻を順番に叩いた。

 マドレット達は全く動じる事なく、干し草を噛み続けた。

「大人しいようだな。でも、走れるのか? 速いのか?」

「そう! 風のように速い! しかも力持ちです。どんな馬よりもずっと強い。

 それに忠実です。ああ、彼らの忠誠心は有名です。

 それに、ほとんど何でも食べ、重労働で元気に育ちます。

 この辺りでは、マドレットは誰もが選ぶ馬です。

 でも、手に入れるのは大変です。本当に難しいのです」

「いくらで売りたいんだ?」

「三頭で金貨21枚でいいですよね?」

「15枚でいいか?」

 トムは驚いた顔をした。

「15枚? 我が子のように大切な、こんな素晴らしい馬に?

 可哀想なトムから金を奪うの? 乞食にするの?」

 ジャスミンは心配そうに言ったが、バルダの顔は微動だにしなかった。

「15枚だ」

「18枚です! 鞍と手綱も付けて。さて、これ以上の値段は考えられませんね?」

 バルダはリーフとジャスミンをちらりと見た。

 二人は力強く頷いた。

「分かった」

 

 こうして取引が成立した。

 トムは鞍と手綱を取り、リーフ、バルダ、ジャスミンがマドレットに荷物を積むのを手伝った。

 それからマドレット達を小屋から連れ出した。

 マドレット達は奇妙な揺れ方で動いていた。

 前脚が先に踏み出し、後ろ脚がそれに続いて一緒に揺れていた。

 トムが柵の門を開けると、馬たちは野原から出て行った。

 三頭のマドレット達が彼らの行くのを見守っていた。

 リーフは胸が締め付けられるような後悔を感じた。

 トムとの駆け引きに興奮して、マドレットとヴァージニアの事を忘れていたのだ。

 こんな奇妙な、のたうち回る生き物達ではなく、馬に乗って去っていけばよかったのに。

 気にしない、と彼はヌードルの汚れた背中を軽く叩きながら自分に言い聞かせた。

 いずれこの馬達に慣れるだろう。

 旅の終わりには、きっと彼らにすっかり愛着を感じているだろう。

 後になって、リーフはその事を思い出す事になるのだ――苦々しく。




これだけではヴァージニアが流石に可哀想なので、
次回はヴァージニアの回想シーンを入れておきます。
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