ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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彼らはここからどうやって脱出するのか、それを見守ってください。
ヴァージニアの出番もちょっとだけありますよ。


第19話 ネズヌク

「ネズヌクが穴に入って生き延びるなら、

 僕達も武器を持っていても持っていなくても生き延びるはずだ」

 リーフは振り返り、ジャスミンに手招きしたが、ジャスミンは首を振りながら後ずさりした。

「行かないわ。

 フィリがここで私を待ってると思ったけど、フィリは私がいなかったらこの街を去らないし、

 私もそのつもりよ」

「ジャスミン! 時間を無駄にする暇はない! バカな事はやめるんだ!」

 ジャスミンは澄んだ緑色の視線をリーフに向けた。

「あなたとバルダに留まるように頼んでいるわけじゃないわ。

 あなたは私抜きで旅に出たんだから、別にいいでしょ。

 もしかしたら、いずれにせよ、その方が良いかもしれない」

「どういう意味だ?」

「いくつか意見が合わないの。よく分からないんだけど……」

 その時、背後の赤い扉が勢いよく開き、ライが闊歩して入ってきた。

 黒い瞳は強い怒りに輝いていた。

 ジャスミンが動く前に、ライは力強い腕でジャスミンを掴み、持ち上げた。

「娘! 騙されんぞ。どんな魔法で牢獄から逃げ出したんだ?」

 リーフとバルダはライに向かって飛びかかったが、ライは鞭で二人を制止した。

「スパイめ! これでお前達の邪悪さが証明された。

 今、我々の厨房に侵入したのか――きっと、お前達の邪悪な生き物が導くためだろう。

 民衆がこれを聞けば、お前が幾千回死んでも喜ぶだろう」

 ジャスミンは抵抗したが、ライの握力は鉄のようだった。

 もしもこの場にヴァージニアがいたら、奇跡で助けてくれるだろうと思うと、歯がゆかった。

「逃げる事はできないぞ。

 今にも、清浄委員会のうちの何人かがこの扉の向こうで動き出している。

 お前達は奴らより先に死ぬだろう。奴らの叫び声を聞くのは楽しいだろうな」

 ライは鞭でリーフとバルダを叩きつけ、ゆっくりと、しかし確実に穴へと追い返した。

 

(もしかしたら……あそこに……)

 リーフの脳裏に、他の何よりも強く焼き付いた考えがあった。

 穴の暗闇の中には、本当に恐ろしい危険が潜んでいるのだ。

 そうでなければ、ライがリーフ達を穴へと追いやりながら、

 勝ち誇った笑みを浮かべるはずがない。

 この街にヴァージニアはいなかったので、あの中にヴァージニアがいるかもしれない。

 だとしたら、一刻も早くヴァージニアを助けなければならない。

 

 バルダとジャスミンは明らかに同じ結論に達していた。

 ジャスミンは悲鳴を上げ、ネズヌクの厚い衣服を爪で空しく引き裂いていた。

 バルダは腕を頭に巻き付けて守り、必死に踏ん張ろうとしていた。

 革の鞭がリーフの耳の周りで激しく鞭打たれた。

 リーフはよろめき、背を向けた。

 刺すような痛みで目に涙が浮かんだ。

 再び鞭が鳴り響き、温かい血が首筋と肩を伝って流れ落ちた。

 穴の暗闇が、彼の目の前にぽっかりと開いた……。

 

 その時、鈍く響くような音がした。

 そして突然、鞭の音も、刺すような痛みも消えた。

 リーフは振り返った。

 ティラはライの崩れ落ちた遺体を見下ろしていた。

 背後の台所のドアが大きく開いた。

 ティラの目は恐怖で曇っていた。

 左手には仲間の武器を握りしめ、右手には台所の棚からひったくり、

 ライの頭を殴りつけたフライパンがあった。

 自分の仕打ちに恐怖のあまり息を呑み、ティラはフライパンを勢いよく投げ飛ばした。

 フライパンは石にぶつかり、ゴツンと音を立てた。

 リーフ、バルダ、ジャスミンはティラの元へ駆け寄り、武器を受け取った。

 ティラはショックで体が動かない様子だった。

 思わず二人を守ろうと飛び出してしまったが、

 ネズヌクを攻撃した事は、明らかに恐ろしい罪を犯した。

「バルダ!」

 ジャスミンは慌てて囁き、指差した。

 赤い扉の取っ手が回っていた。

 バルダは扉に体を投げ出し、渾身の力を込めて寄りかかった。

 ジャスミンもそれに体重をかけた。

 激しいドンドンという音が鳴り響き、扉が震えた。

 

「逃げてくれ、ティラ」

 ティラは目を丸くしてリーフを見つめた。

 リーフはティラを台所の扉へと急がせ、押し通すと、背後から矢を放った。

 これで、赤い扉を突破しようとするネズヌクは、台所の人々の助けを借りる事はできない。

 運が良ければ、ティラは階段を登り、誰にも見られずに通路に辿り着けるだろう。

 リーフが再び振り返ると、バルダとジャスミンが倒れ、赤い扉が勢いよく開いた。

 彼は二人を助けようと飛び出した。

 その時、三人のネズヌクが隙間から突進してきた。

 眠りから覚めていながら、彼らは赤いスーツ、手袋、ブーツを身につけ、頭と顔を覆っていた。

 小さな部屋に飛び込んだ時、彼らの目は既に怒りに燃えていた。

 しかし、リーダーが床に倒れ、その上に三人が立っているのを見ると、

 彼らは咆哮を上げ、容赦なく鞭を振り下ろしながら突進した。

 リーフ、バルダ、ジャスミンは押し返され、三人の武器は虚空を無駄に切り裂いた。

 リーフは鞭が剣に巻き付き、手から離れると、苛立ちのあまり叫び声を上げた。

 今、リーフは無力だった。

 間もなく、バルダの剣も地面に叩きつけられる音が聞こえ、恐怖を感じた。

 今やジャスミンの二本の短剣だけが三人の唯一の防御方法だった。

 しかし、ネズヌクが押し寄せ、三人を隅に追い詰めた。

 鞭は恐ろしい切断機械のように空中で激しく回転した。

 

「止まって!」

 ジャスミンは鋭く叫んだ。

「あなたを傷つけるつもりはないわ! ただここから立ち去りたいだけよ!」

 ジャスミンの声は石壁に反響し、鞭の音よりも高く響いた。

 ネズヌクは怯むどころか、聞いたという素振りさえ見せなかった。

 しかし、誰かが聞いていた。

 赤い扉から灰色の毛皮の切れ端が飛び出してきて、喜びにカチャカチャと鳴き声を上げていた。

 

「フィリ!」

 ネズヌクは恐怖と嫌悪感に叫び、

 フィリが二人の間をすり抜けてジャスミンの肩に飛びかかると、よろめきながら身をかわした。

 ほんの一瞬の気晴らしだったが、バルダにとってはそれで十分だった。

 雄叫びを上げ、バルダは一番近くにいた二人の赤い服を着た男に体当たりし、

 渾身の力を込めて壁に向かって投げつけた。

 二人の頭が石にぶつかり、二人は同時に地面に崩れ落ちた。

 リーフは体を捻り、三人目のネズヌクを蹴り飛ばした。

 ブーツのすぐ上の脚に足が当たるのを感じた。

 男は叫び声を上げてよろめいた。

 リーフはフライパンを掴み、一撃で男を倒した。

 倒れた敵の死体を見ながら、リーフ達は息を切らしながら、

 ジャスミンがフィリに優しく歌っているところをちらりと見た。

「フィリが助けてくれたのよ」

 ジャスミンは嬉しそうに言った。

「なんて勇敢なの! 道に迷っていたのに、私の声を聞いて駆け寄ってきたのよ。

 可哀そうなフィリ。あんなに怖がって、あんなに危険な目に遭っていたのに!」

「怖がって、危険な目に遭っていたんだぞ! 俺達はどうなるんだ?」

 バルダは抗議するが、ジャスミンは肩を竦めて、フィリの毛を撫で始めた。

 

「これからどうすればいいのんだ? ライを入れて、ここにはネズヌクが四人いる。

 キッチンには二人いるのは分かっている。でも、九人のうち三人はまだ行方不明だ。

 どこにいる? どこに避難すればいいんだ?」

「トンネルで運試しをするしかない」

 バルダは剣を探しながら、厳しい表情で言った。

「他に逃げ道はない」

 リーフは穴を一瞥した。

「ライは、中にいるものが何であれ僕達を殺すだろうと思っていた」

「ネズヌクが生き残れるなら、俺達も生き残れるだろう。

 奴らは強い戦士だが、魔法の力は持っていない」

「……奴らの服を着ましょう」

 壁際の席からジャスミンは言った。

「奴らがこの場所にいる他の者達と服装が違うのは、きっと偶然じゃないかもしれないわ。

 穴を使えるのは奴らだけ。

 もしかしたら、闇に棲むあの生き物は、

 赤以外の色を攻撃するように訓練されているのかもしれないわ」

「そうかもしれない。いずれにせよ、ネズヌクの衣服を着るのは良い考えだな。

 俺達の服は、俺達が余所者だとバレる。正面から街を抜け出すのは無理だが、裏口なら……」

 三人は時間を無駄にせず、倒したばかりの三人のネズヌクの衣服を剥ぎ始めた。

 ジャスミンは素早く器用に作業を進めた。

 リーフは、沈黙の森で影の憲兵団の死体を何度剥ぎ取ったかを、

 ぞっとする思いと共に思い出さずにはいられなかった。

 ジャスミンは服や必要なものを手に入れるためにそうしていた。

 そして、今のように、一瞬の慈悲もなしに、手際よくそれをこなしていた。

 三人は手早く服を着替え、赤い衣服を自分の服の上に、靴を自分の靴の上に重ねた。

 ネズヌクはじっと横たわっていた。

 ぴったりとした白い下着が手首から足首までを覆っていた。

 彼らの頭は、街の他の人々と同様、丸坊主だった。

 

「今はそれほど危険には見えないわね」

 ジャスミンは赤い布を頭に巻きつけ、

 フィリが服の襟の下でしっかりとボタンを留めている事を確認しながら、厳しい表情で言った。

 リーフは焦りと心配を抱えながらも、ジャスミンを一瞥すると思わず笑みがこぼれた。

 ジャスミンはとても奇妙に見えた。

 ネズヌクの衣服はリーフにとっても、バルダにとっても大きすぎたが、ジャスミンの衣服は大きく、だぶだぶの襞になって垂れ下がっていた。

 手袋は問題なかった。

 どんなサイズにも合う、体にフィットする素材でできていたからだ。

 しかし、リーフはジャスミンがその巨大な赤い靴を履いて歩けるかどうか疑っていた。

 ジャスミンはそれを考えていた。

 靴を手に持ち、ライが横たわっているところへ駆け寄った。

 ジャスミンはライの手袋を外し、くしゃくしゃに丸めて片方の靴の爪先に押し込んだ。

 それから、ライの頭と顔を包んでいた布をほどき、もう片方のブーツに使った。

 ライは坊主頭を硬い床の上で転がしながら、ぶつぶつと呟いた。

「奴は目を覚ましてるわ」

 ジャスミンは靴を履きながら言うと、ベルトから短剣を抜いた。

「殺さないでくれ!」

 リーフは慌てて叫び、ジャスミンは驚いてリーフを一瞥した。

「どうして? もし立場が逆だったら、奴は私を殺してたわ。

 そして奴があなたを襲っていた時、あなたが殺せるなら、殺していたでしょう」

 リーフは説明できなかった。

 自分の命を守るために衝動的に人を殺す事と、

 たとえ敵であっても冷酷に人を殺す事とは全く違う、

 とジャスミンが決して同意しないだろう事は、リーフには分かっていた。

 しかし、バルダは突然叫び声を上げ、ジャスミンの傍らに歩み寄った。

 バルダはライの身体の傍らにしゃがみ込んだ。

「見ろ!」

 リーフはバルダの隣に立つ。

 ライの首の脇には、昔の火傷の醜い傷跡があった。

 その傷跡は、リーフがあまりにもよく知っている形――影の大王の印とそっくりだった。

「ライは印を刻まれたんだ」

 鈍い赤い烙印を恐怖の眼差しで見つめながら、リーフは息を詰まらせた。

「影の大王の印を押されている。なのに、ライはここで自由で力強く暮らしている。

 これは一体どういう意味だ?」

「チュルナイでは物事が見た目通りではないという事だ」

 バルダは厳しい表情で言った。

 彼は素早く他のネズヌクの遺体へと歩み寄った。

 影の大王の印は、誰の身体にも刻まれていた。

 厨房に通じるドアの取っ手がガタガタと揺れ、三人は鋭く見上げた。

 大きなノックの音がして、誰かが中に入ろうとしていた。

「また検査が終わったに違いないわ。料理人達が捨てる食べ物が入った箱があるわ」

 行く手を阻まれた事に気づいたドアの向こうの人々は、叫び声を上げ、拳を叩き始めた。

 ライはぶつぶつと呻き、瞼が震え、もうすぐ目覚めるところだった。

 バルダは飛び上がった。

「奴も連れて行こう。

 通路の奥に潜む何からでも、どうやって逃げればいいのか、奴に無理矢理教えてもらう。

 いずれにせよ、人質は役に立つだろう」

 三人は急いで鞄を背負い、ライを穴の入り口まで引きずっていき、暗闇の中へと押し込んだ。

 それから、一人ずつ、這って追いかけた。

 今は、下で何が待ち受けているかを考える暇などなかった。

 

 一方その頃、ヴァージニアは別の場所にいた。

 

「大蛇リア様、生贄でございます」

「……へ、蛇……!? ウネウネしてますわ……!!」

 そう言って、フードを被った人物は、ヴァージニアを大蛇に差し出した。

 ヴァージニアはその大蛇を見た途端、精神に異常をきたしてしまった。

 彼女はウネウネした生き物が苦手なのだ。

「生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄……」

「そう、貴様は素晴らしい生贄なのだ。

 本当は別の形で決着をつけたかったのだが……影の大王様の命令だ、仕方あるまい」

「……生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄」

 ヴァージニアはおかしくなりながらも、嫌悪感を覚えた。

 あのフードには影の大王の印が描かれていたので、その人物は影の大王のしもべなのが分かる。

 しかし、決着をつけるとはどういう事なのか、ヴァージニアにはまだ分からなかった。

「生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄生贄」

 ヴァージニアは、ぶつぶつと呟いたまま、何もしなかった。

 しかし大蛇が目を光らせた瞬間、ヴァージニアの意識は途切れた。

 

「残念だが、貴様は大蛇リア様に抵抗できずに食べられるだろう……」

 そう言って、フードを被った人物は突然、姿を消した。

 

 リーフは手袋をした片手でライの足首を押さえ、もう片方の手で通路の両側と天井を掴み、

 あまり急に動きすぎないようにしながら、慎重に斜面を滑り降りた。

 容易ではなかった。

 岩は薄い菌類の層で覆われており、指の下で滑り落ちて汚れてしまうからだ。

 通路は徐々に狭くなり大きなゴミ箱の一つが引っかからずに通り抜けられるほどの幅になった。

 リーフの鞄は天井に引っかかり続けた。

 後ろにいたバルダに警告するように叫びながら、

 リーフは肩からストラップが滑り落ちるまで身をよじり、鞄の下から滑り出した。

 鞄が自分の後を追ってくるのは分かっていた。

 斜面はますます急になり、制御不能に滑り落ちないようにするだけで精一杯だった。

 他の事も変わっていた。

 唸り声は大きくなり、リーフの耳と心を満たすように絶え間なく響き渡っていた。

 まだ完全には目覚めていないライを抱きしめるのは、ますます困難だった。

 ライは足を動かし始め、手で壁を掴み、頭を上げて時折トンネルの天井をかすめ始めた。

 そして下には光があった。

 かすかな光、月光にしては黄色すぎる。

 それはすぐに明るくなり、リーフは自分が斜面の底に着き、

 通路がもうすぐ平坦になる事に気づいた。

「準備しろ!」

 リーフはバルダとジャスミンに叫んだ。

 そしてほぼ同時に、何の前触れもなく、ライの体が身をよじり、ねじれ始めた。

 ライは悲鳴を上げ、足を蹴り、リーフの掴んでいた足首が滑り落ち、

 光に向かって滑り落ちていった。

 リーフは驚きで息を呑みながら、ガクガクと揺れるライの体が斜面の底に着くのを見た。

 しかし、それは止まらず、どういうわけか、動き続けていた。

 敵を視界から外さない事だけを考え、リーフは壁から手を離し斜面の最後の部分を滑り降りた。

 あっという間に平地に到達した。

 前方の通路は広くなり、天井から柔らかな光が漏れていた。

 ゴロゴロという音がリーフの周囲に響いた。

 足元の地面は最早トンネルの滑らかで硬い岩ではなく、

 もっと柔らかく、ゴツゴツとした何かだった。

 リーフの手の下でかすかに震える何か……そしてそれが動いていた。

 ライと同じように、地面そのものがリーフを運んでいた。

 赤い服を着た人影は少し先を這っていった。

 リーフは体を起こし、その人影に向かって走り、数秒で距離を詰めた。

 彼は身をよじり、もがきながら、ライを動かないように押さえつけようとした。

 転がり、もがく二人の体は通路脇の壁にぶつかった。

 リーフは足元にざらざらとした地面を感じた。

 ざらざらとした地面は、ゴロゴロと音を立てる事も、動く事もなかった。

 ライは背中を反らせ、叫び声を上げ、動かなくなった。

 その時、リーフは二つの事に気づいた。

 通路の中央は、目に見えない機械が動がしている道だった。

 そして、ライは死んでいた。

 リーフはその恐ろしい顔を見下ろし、

 ティラが語った「穴」から脱出を試みた他の者達の末路を思い出し、身震いした。

 叫び声が聞こえ、バルダとジャスミンが小道を駆け下りてくるのが見えた。

 暗闇から驚くべき速さで現れた。

「脇へ飛び降りろ! 動く帯は真ん中だけだ!」

 二人はリーフの言う通りにしたが、地面に足を踏み入れるとよろめいた。

 リーフの傍まで辿り着き、ライの遺体を見た二人は恐怖に息を呑んだ。

「どうしたんだ? 彼に何が起きたんだ?」

 バルダは身震いしながら呟いた。

 ライの掌と剃ってある頭頂部には赤い菌がびっしりと付着し、恐ろしい水ぶくれができていた。

 唇には泡が浮かび、顔は真っ青になり、苦痛に歪んでいた。

「毒ね!」

 ジャスミンが息を呑むと、ジャスミンは熱っぽく辺りを見回した。

「沈黙の森には、噛まれると……」

「ここには蜘蛛はいない」

 リーフは胃がむかむかしながら口を挟んだ。

 指が僅かに震え、ライの頭と手を指差した。

「通路の菌は……多分……素肌に触れると命に関わると思う。ライは引きずり回されて死んだ。

 ライは目を覚まし、自分がどこにいるのか分かった。でも、もう手遅れだった」

 吐き気を催しながら、三人は崩れ落ちた遺体を見下ろした。

「手袋と頭から包帯を外すだけで死ぬなんて知らなかったわ!」

「まさか。どうしてそんな事が言える?

 ネズヌクだけが、手袋と頭を覆う事で穴に入り、生き延びる事を知っている。

 俺達の服は菌まみれだ。どうすれば安全に脱げるんだ?」

 リーフはずっとその事を考えていた。

「毒は新鮮なうちにしか効かないと思う」

 リーフは自分の手袋を嵌めた手を見下ろしながら呟いた。

「そうでなければ、ネズヌクが民衆に危害を加えずに入り込む術などないだろう」

 バルダは肩を竦めた。

「君の言う通りだといいがな」

 背後でかすかな音がした。

 振り返ると、銀色のドラム缶の一つが光り輝く形で穴を滑り落ち、動く通路に止まっていた。

 ドラム缶は静かに止まり、彼らの方へと近づいてきた。

「料理人達が穴に逃げ込んだ事に気づかないように、台所を閉めたのよ。

 どうやら気づいてないみたい」

「まだだ」

 バルダは厳しい表情で言った。

「ネズヌクの寝床を捜索すれば、他に逃げ場がない事が分かるだろう。

 早く脱出方法を見つけなければならない。

 このトンネルを辿れば、丘の反対側に辿り着けると思う」

 ライの遺体をそのままに、三人は動く通路に飛び移り、それに沿って走り始めた。

 すぐに銀色のドラム缶は遥か後ろに残された。

 しばらく進むと、三人は前方にかすかな光を見つけ、

 顔に新鮮な空気を感じ、金属音と人の声が聞こえてきた。

 三人は再び動く通路から飛び降り、トンネルの壁に体を押し付けながら通路の脇を這い始めた。

 辺りはだんだんと明るくなり、声は大きくなった。

 奇妙な鼻を鳴らすような音も聞こえた。

 リーフには聞き覚えのある音だったが、それが何なのかは分からなかった。

 そして突然、リーフは前方に入り口を見つけた。

 動く通路はそのすぐ手前で止まり、

 銀色のゴミ箱が小さな群れとなって入り口に警備員のように立っていた。

 その向こうには木々の姿と灰色の空が見えた。

 夜鳥が鳴いていて、夜明けが近づいていた。

 リーフが見守っていると、三人の背の高い人影が大股で視界に入ってきた。

 それぞれがゴミ箱を一つずつ持ち上げ、視界から消えていった。

 

「ネズヌクだったのよ! 見たの?」

 リーフは困惑して頷いた。

(行方不明だった三人のネズヌクはここにいたのか。残飯をどうしているんだ?

 それに、あの鼻を鳴らすような音は何だ? 確かに聞いた事があるけど……)

 三人は壁際に身を低くして忍び寄り、門の隙間から覗こうと首を伸ばした。

 しかし、外の光景が目の前に広がると、三人は驚きのあまり立ち止まり、口をあんぐり開けた。

 ネズヌク達はゴミ箱を荷車に積み上げ、

 ガタガタと音がしないように、間に藁を丁寧に詰めていた。

 他に二台の荷車が待機していて、既に満載だった。

 そして、それぞれの荷車の車軸の間で楽しそうに鼻を鳴らしていたのは――小さな子供だった。

「ゴミ箱を運び去ってる! しかも、うちのマドレットを使って!」

 ジャスミンは首を横に振った。

「うちのマドレットじゃないと思うわ。よく似ているけど、まだら模様の場所が違うの」

 ジャスミンは門の角から覗き込み、体を硬くした。

「あそこにマドレットの群れが一面に広がっているわ。20匹くらいいるはずよ!」

 バルダは首を横に振った。

「うちのマドレットもきっといる。でも、あそこにいてもいい。

 命懸けでも、二度とマドレットには乗りたくない」

「そうね、私達の命はここから一刻も早く逃げる事にかかっているの。どうしたらいいと思う?」

 バルダとリーフは顔を見合わせた。

 二人の心の中には同じ考えがあった。

「ゴミ箱の間の藁が深いな。これで十分隠れられると思うよ」

「じゃあ、歴史は繰り返すんだな、リーフ。

 お前の父親が子供の頃にデルの城から逃げ出したのと同じように、ここから逃げるんだ。

 ゴミ収集車で!」

「でも、クリーはどうなるの? どうして私の居場所が分かるの?」

 まるでジャスミンの問いに答えるかのように、木から甲高い声が聞こえた。

 ジャスミンの顔が明るくなった。

「ここにいるわ!」

 その時、ネズヌクがまたゴミ箱を運び去るために戻ってきて、三人は視界から消えた。

 しかし、赤い服を着た者達が大きな荷物をよろめきながら立ち去るとすぐに、

 門の陰から三つの影が飛び出し、荷物を積んだ荷車に乗り込んだ。

 一人が貯蔵庫の間の藁の下に潜り込みながら木に合図を送ると、鳥がそれに応えて鳴いた。

 ネズヌクが仕事を終える間、三人は窮屈そうに身を潜め、じっとしていた。

 

「これで最後ですか?」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 裁判でリーフ達の弁護をしてくれた少女、ティラだった。

「そうみたいですね。もっとあると思っていたのに。厨房に何か問題があるに違いありません。

 でも、これ以上待てない。遅れてしまいます」

 ネズヌクが荷車に乗り込むと、軋む音がした。

 その時、三人が何かを叫び、荷車はガタッと動き出した。

 藁の下に横たわった三人の仲間には、灰色の空が点々と見え、

 時折、上空高く飛ぶクリーの姿が見えただけだった。

 ネズヌクが夜明け前にワタリガラスが飛んでいるのを奇妙に思ったとしても何も言わなかった。

 もしかしたら、クリーにさえ気づかなかったのかもしれない。

 三人はマドレット達をもっと速く飛ばす事に夢中になっていたのだ。

 

 リーフ、バルダ、ジャスミンは街から安全な距離まで来たら荷車から飛び降りるつもりだった。

 しかし、自分達の荷車が三台の真ん中にあるとは考えていなかった。

 そして、マドレット達のスピードも計算に入れていなかった。

 荷車は荒れた道でガタガタと揺れ、田園風景が流れていく。

 重い荷物を引いていながら、マドレットは驚くほどの速さで駆け抜ける。

 飛び降りようとすれば、怪我をしたり捕まったりするのは明らかだった。

「荷車が止まるまで待たなければ。まさか遠くへ行くはずがないわ」

 しかし、時間が経ち、夜が明け、ついに荷車は速度を落とし、ガタガタと止まった。

 眠くて混乱したリーフが、藁越しに用心深く彼らの居場所を覗き込んだ時、

 胃がひっくり返ったようだった。

 彼らはトムの店に戻っていた。

 そして、彼らに向かって行進してくるのは、影の憲兵団だった。




一難去ってまた一難ですが、これがデルトラの世界というもの。
ヴァージニアの故郷とは全く違いますよ。
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