ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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ヴァージニア達が目的地に辿り着きます。
ですが、一悶着あったようで……。


第26話 捕らえられたリーフ達

 マザー・ブライトリーは食事中ずっと上機嫌だったが、その後、武器を彼らに届け、

 四人が出発の準備を始めた時、彼女の心に何かが浮かんだのは明らかだった。

 彼女は唇を噛み、リーフ達の方へ身を屈めた。

「こう言うのは辛いけど、競技会やリスメアについて悪い知らせを広めるのは好きじゃないわ。

 でも、みんなには伝えなきゃいけない。

 優勝者はもちろん、本戦進出者でさえ、町を出る途中で、不幸になる事があると聞いてるわ」

「つまり、盗賊に襲われるという事ですね?」

 バルダの言葉に、マザー・ブライトリーは落ち着かない様子で頷いた。

「金貨は大きな誘惑よ。秘密の道を通って宿から出たらどう? 裏口があるわ。

 地下室から続く通路を通って行けるわ。

 アップルドリンクの樽をそこから運び込むけど、

 知る人はほとんどいないし、裏通りは狭くていつも人影もないわ。

 誰にも気づかれずにこっそり抜け出せるから、ウィンクするくらい簡単ですよ」

「ありがとうございます、マザー・ブライトリー」

 リーフは温かくマザー・ブライトリーの手を握りしめながら言った。

「あなたって、本当に『いいやつ』ですわね!」

 

 地下室からの通路は長く、低く、暗く、

 吐き気を催すほどのアップルドリンクの匂いが漂っていた。

 一列になって足を引きずりながら進む四人の靴は石畳の上でガタガタと音を立て、

 バルダはほぼ腰を折り曲げていた。

 残りの金貨は持ち運びやすくするために三人で分け合っていたが、

 それでもベルトに重くのしかかっていた。

 その日の戦いで既に筋肉痛になっていた四人は、すぐに体が硬直し、不快な思いをした。

「宿屋に泊まって朝出発すればよかったのに」

「でも、リスメアにもう1時間もいるなんて考えられませんわ」

「私も」

 ジャスミンが長い沈黙を破って呟いた。

 彼女の腕に寄りかかっていたクリーが、甲高い声で同意した。

「少なくとも目的は達成できた。これで残りの旅費を賄うだけの金が手に入った。

 それどころか、それ以上だ」

 バルダは少し間を置いてから、ぎこちなく付け加えた。

「よくやった、ジャスミン」

「確かに」

「あの時のジャスミンはかっこよかったですわ~」

「かっこいい、なんて恥ずかしいわ。ジョーカーがお母さんを馬鹿にしたの。

 私を怒らせたのよ。わざとね。私に我を忘れさせて、観客の前で演技を披露させたかったのよ」

「それなら、ジョーカーは自分を騙したんだな。

 結局、ジョーカーが負けて、ジャスミンが勝った。その事を考えて、後は忘れろ」

「あっ、前に光が見えますわ! ついにこの呪われたトンネルの出口に着いたみたいですわ!」

 四人は太陽を見て、真っ直ぐに立つ事を切望しながら、急いで前進した。

 マザー・ブライトリーが言ったように、通路は低い扉で終わっていた。

 扉の下の隙間からかすかに光が差し込んでいた。

 しかし、バルダが閂を引き、扉が開くと、溢れんばかりの陽光が通路に注ぎ込んだ。

 歓迎すべき眩しさに目も眩みそうになり、涙を浮かべながら四人は一人ずつ扉を潜っていった。

 

「あっ!! まさか……!!」

 ジャスミンが気づいた時には、四人の姿は既になかった。

 

 リーフが正気に戻ると、何か粗末で悪臭を放つ布――恐らく古びた袋――が覆っていた。

 頭がズキズキと痛み、猿ぐつわをかまされ、手首と足首には重い鎖が繋がれていた。

 リーフは自分が激しく揺さぶられ、ぶつかっている事に気づいた。

 声が聞こえ、チリンチリンと鳴る音、そして蹄の踏み鳴らす音が聞こえた。

 自分が荷馬車の荷台に乗っている事に気づいた。

 リーフを襲った何者かは、リーフをリスミアから連れ去ろうとしていた。

 

(まずい、ベルトはどこだ?)

 恐怖に震えながら、リーフは鎖に繋がれた手を腰まで引きずり、

 服の下で見慣れた連なったメダルの形に指が触れた時、安堵の呻き声を上げた。

 財布も武器も消えていたが、デルトラのベルトは無事だった。

 リーフを捕らえた者達は、まだそれを見つけていなかった。

 彼の呻き声に応えて、鎖がカチャカチャと鳴る鈍い音と、

 隣から二つの溜息、そして少し離れたところからくぐもった叫び声が聞こえた。

 バルダ、ジャスミン、ヴァージニアもリーフと一緒に荷車に乗っていた。

 リーフは途方もなく安心したが、もちろん少なくともどちらかが自由であればもっと良かった。

 そうすれば、救出の望みが少しでもあったかもしなかったが……。

 

 荷車の前方から、くすくす笑う声が聞こえた。

「ダニが目覚めたぞ、8号」

「もう一度叩くべきか?」

「やめた方がいい。配達時に良好な状態である事が条件だ」

「こいつらは手間をかけるほどの価値があるとは思えないな」

 最初の人物が唸り声を上げた。

「大きいのは大丈夫かもしれないが、他の三匹は最悪だ!

 特に痩せこけた雌の奴は。私の目を守れ! 影の王国の闘技場では5分も持たないだろう」

 リーフは固め、雨音と共に、耳を澄ませて恐怖感を抑えようとしていた。

「2号、面倒な事を言うのは我々の仕事ではない」

 もう一人の声が答えた。

「影の大王様に報告するのはあいつであって、俺達ではない。最初からそう教わっている。

 マザー・ブライトリーが物資を供給する。我々がすべき事は、それを無傷で届ける事だけだ」

 リーフは頭に血が上るのを感じた。

 隣で、バルダが息を詰まらせるような声を上げた。

「ダニが我々の音を聞いたんだ」

 もう一人が2号と呼んでいた人物がくすくす笑った。

「どうでもいいだろ? 誰にも言わないだろう?」

「それとも、あの黒い鳥が噂を広めると思ってるのか?

 まだそこにいるぞ。我々のすぐ後ろにいる」

 二人は笑い、荷車はガタガタと音を立てて進んだ。

 

 旅は幾時間も続いた。

 リーフは眠ったり、目を覚ましたり、また眠ったりを繰り返した。

 外はますます寒くなり、暗くなり、そしてまた雨が降り始めた。

 リーフを包んでいた袋はびしょ濡れになり、リーフは震え始めた。

「そろそろ止まってダニを覆っておいた方がいい」

 8号は唸り声を上げた。

「奴らに食べ物と飲み物を与えないと、奴らが死んでしまうぞ。

 そうなったら泥沼に落ちてしまうぞ」

 荷車は道から大きく外れ、ついに止まった。

 リーフは自分が荷車から引きずり出され、地面に乱暴に投げ出されているのを悟った。

 激しい痛みが頭を駆け巡り、リーフは声を上げてうめいた。

 顔に打ち付ける冷たい雨だけがリーフの意識を保っていた。

「気をつけろ、この馬鹿者!」

 8号が怒鳴った。

「何度聞かなきゃいいんだ。

 ブライトリーが報告書に骨折の件を書いてないのに、こっちも闘技場にいるんだぞ!

 剣闘士の革衣を纏ってブラールと戦い、一生を終えたいのか?

 あいつをテントの下に連れ込め、早くやれ!」

 もう一人はぶつぶつ言った。

 暗闇からその人物の顔と肩が浮かび上がり、屈んでリーフの脇を掴んだ。

 その時、リーフの最悪の疑惑が確信に変わった。

 彼らを捕らえていたのは、影の大王のしもべ――影の憲兵団だった。

 

(ブラール? 一体何なんですの……? あいつら、わたくし達をどうするつもりですの……?)

 

 影の憲兵団は木の一番低い枝の間に油を塗った布を張り、

 捕虜のための簡素なシェルターを作っていた。

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは寒さに震えながら、

 このテントの下に身を寄せ合っていた。

 リスメアからずっと四人を追いかけてきたクリーは、ジャスミンの肩に腰掛けた。

 しかし、クリーは四人を助ける事はできなかった。

 逃げる見込みはなかった。

 四人の足枷は地面に打ち込まれた鉄の杭に固定されていた。

 影の憲兵団は猿ぐつわを外し、水とパンの切れ端を与えた後、立ち去った。

 暗闇と雨の中、リーフは彼らが荷車の下に這い込み、そこで眠るつもりのようだったのを見た。

 

「鎖で重くなっていると食べられないわ」

「まるでけだものみたいに言ってますわね」

「黙ってろ、さもないと命令があろうとなかろうと、黙ってうごめく砂に突き落とすぞ!」

「たった1時間前に砂漠を通過したばかりなのに」

「リーフ、ベルトは安全か?」

「ああ」

「聞こえたか……?」

「ああ。うごめく砂からそう遠くはない。だが、今の俺達にはこの知らせはあまり役に立たない。

 マザー・ブライトリーは上手く騙した」

「バカだと思ってたわ」

 ジャスミンは苦々しく呟き、フィリに小さなパンをちぎってあげた。

「でも、宿屋の秘密の出口は罠だったのよ」

「あいつは競技大会で、金貨を餌にして騙してましたのね!」

 ヴァージニアの言葉に、リーフは拳を握りしめた。

「最強の戦士達をおびき寄せ、実力を見せつけるには、これ以上の方法があるはずがない。

 それに、愛しいマザー・ブライトリーはいつもそこにいて、決勝進出者ができるだけ多く、

 全てが終わったら大人しく捕らえられるように仕向けている」

 バルダは嫌悪感を込めて首を振った。

「街道で聞いたんだが、優勝者はほとんど二度と戻ってこないって。今、理由が分かった。

 奴らは金を平和に使うために逃げたりしない。

 影の王国に連れて行かれて、群衆を楽しませるために野獣や仲間と戦って死ぬんだ」

「そして、その金貨も、優勝者のメダルさえも、再び使われるために奪われるのよ!」

「ホント、酷いですわね!」

 雨は小降りになり、荷馬車の下からいびきが聞こえてきた。

 影の憲兵団は眠っていた。

 四人は新たな焦燥感に駆られ、脱出しようともがき始めたが、

 心の中では皆、無駄だと分かっていた。

 

(……お願い!)

 三人はとっくに諦め、うとうとと微睡んでいた。

 ヴァージニアは何とかして、この鎖を一生懸命に外そうとした。

 その時、クリーが驚いたように甲高い声を上げ、背後から小枝が折れるかすかな音が聞こえた。

 

「じっとしてろ! 俺が言うまで、口を利いたり動いたりするな。

 お前達の荷物と武器は既に安全な場所に置いてある。

 さあ、鎖を解くから、できるだけ静かについて来い!」

 しばらくして、予期せぬ解放に驚いた四人は、洞窟の陰で踵を返して座り込み、

 助けてくれたジョーカーを驚愕の眼差しで見つめた。

 ジョーカーは苛立ちを隠せず、四人の感謝を振り払った。

「よく聞け。時間はない。俺は影の大王に立ち向かうと誓ったレジスタンスのリーダーだ。

 しばらく前から競技大会を疑っていた。見た目通りのものではないと確信していた。

 ここに来た目的は、内側から何が起こっているのかを確認する事だった。

 お前の存在が俺の計画を狂わせた。お前を追い払おうとしたが……」

「ちょっと待ってくれ! じゃあ、僕達を部屋に閉じ込めたのは」

「ああ、その通りだ。そして苦労の甲斐なく傷ついた」

 ジョーカーは顔をしかめ、首元の布に触れた。

「お前が競技に参加するのを止めようとしたんだ。お前を守るために」

「何故だ?」

「トムの店で初めてお前を見た時、何か気になる点があった。

 自分の用事で急いでいたので、そこに居られなかった。

 だがそれ以来、どこにいても、四人の旅人――

 修道女と男と少年と黒い鳥を連れた野育ちの少女――の噂を耳にするようになった。

 この旅人達が行くところ、影の大王の悪事が正されるという」

 リーフはバルダの腕を掴んだ。

 もし四人の噂が広まれば、影の大王が気づくまでどれほどの時間がかかるだろうか。

 恐らく、全く時間がないだろう。

 しかし、ジョーカーを信用するかどうかまだ決めかねているジャスミンには別の考えがあった。

「あなたが私達を捕らえさせたのよ。

 決勝戦の後、あなたはこっそりと逃げ出したけれど、立ち去らなかった。

 宿屋に隠れて様子を見て、助けようともしなかった」

 ジョーカーは肩を竦めた。

「他に選択肢はなかった。あの罠の仕組みを突き止めなければならなかった。

 あの獣のようなグロックを優勝者にするつもりだったんだ。

 でも、お前のために用意した薬入りの飲み物を飲んだんだ、お嬢ちゃん。

 俺が計画していたように、奴に負ける代わりに、

 お前に負けたふりをする方法を見つけなければならなかったんだ」

 ジャスミンは身を起こした。

「あなたが本当に負けたと思ったんだけど。それとも、壁に頭をぶつけて、

 ほとんど意識を失いながら滑り落ちたと私が思うのは間違っているかしら?」

 ジョーカーの険しい顔が緩み、半笑いになった。

「お前には分からないだろうな?」

「もし捕まったのがグロックだったら、君はグロックを助けたのか?」

 リーフが不思議そうに尋ねると、ジョーカーから笑顔が消えた。

「質問しすぎだ。確かなのは、今すぐ奴を助けるという事だ。

 明日、奴とネリダという女がお前達の後を追うだろう。

 どちらか一方を逃がさずに放つ事はできない。残念だ」

 ジョーカーはしばらく物思いに耽りながら雨の中を見つめ、それから再び三人の方を向いた。

「そう遠くないところに一団が待っている。

 その中には、競技会で俺を助けてくれた少年、デインがいる。

 デインがお前達を、我々が拠点としている山へと導いてくれるだろう。そこなら安全だ」

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは互いに顔を見合わせた。

「感謝している。この申し出を悪く思わないでほしい。

 だが、残念ながら君の申し出は受け入れられない。旅を続けなければならない。

 やらなければならない重要な事がある」

 ジョーカーは眉をひそめた。

「何であれ、今は諦めろ。影の憲兵団を殺そうとする危険は冒せなかった。

 奴らが下で眠っている間に、荷車から武器や物資を盗むだけでも十分危険だった」

「奴らが金を盗んだみたいですわね」

「ああ、奴らが盗むのを見た。だが、奴らの主はそんな事は気にしない。

 奴が狙っているのはお前だ。

 奴らが目を覚ましてお前がいなくなったと知ったら、お前がどこへ行っても追いかけるだろう。

 お前が見つかるまで休む事はないだろう」

「ならば、あなたの要塞に奴らを誘導しない方がまだマシですわ」

 ヴァージニアはぷいっと向こうを向いた。

 バルダは剣とリュックサックを背負い、洞窟から這い出そうとした。

 ジョーカーはバルダの肩に手を置いて止めた。

「俺達は大勢で、基地には憲兵団に対処する方法がある。お前らも一緒に行け。

 俺達の目的より重要な事があるだろうか?」

 バルダとヴァージニアは微笑みもせずに、手を引っ込め、洞窟から這い出した。

 ジャスミンとリーフも後を追った。

 外では雨がまだ降り続き、空は真っ暗で星は一つもなかった。

 

 ジョーカーが影のように静かに四人の傍に現れた。

「さあ、行け。だが、今夜、俺が話した事は誰にも言うな。

 さもないと、影の王国へ行けばよかったと後悔する事になるぞ」

 ジョーカーは何も言わず、水滴の落ちる茂みの中へと姿を消した。

 

「よくもあんなに脅かされたわね!」

 ジャスミンは息を呑んだ。

「どうやら、怒っているみたいだ」

 リーフは酷く意気消沈していた。

 頭痛がし、寒気がして、ジョーカーと険悪なまま別れた事を後悔していた。

「奴は滅多に人を信じない男だと思う。それでも奴は俺達を信じてくれた。

 今は、そうするのが愚かだったと後悔している。俺達も奴を信用しないだろうから」

「そうでなかったらよかったのに」

「奴は貴重な味方だっただろう。だが、危険を冒すわけにはいかない。

 ジョーカーは我々の秘密を守らせてくれないだろう。それに、至るところにスパイがいる。

 奴の仲間でさえ安全ではないかもしれない。後で、もし俺達の旅が終わったら……」

 クリーは苛立たしげに甲高い声を上げた。

「先に進まなければ、何も得られないわ。もうすぐ夜明けよ」

「でも、どっちへ行けばいいんだ?」

 リーフは苛立ちながら辺りを見回した。

「自分達がどこにいるのかも分からないし、星さえも導いてくれない」

「クリーの事を忘れてるわね。クリーは私達の後をついてきたのよ。

 私達がどこにいるか、ちゃんと知ってるのよ」

「まあ、流石ですわ!」

 クリーがひらひらと前を飛びながら、四人は歩き始めた。

 間もなく、雨で増水した小さな小川を見つけた。

 四人はそこに飛び込み、水が自分達の匂いを隠してくれる事を願いながら、

 できる限り水しぶきをあげて川底を進んだ。

 皆、傷つき、気分が悪くなり、休みたいと切望していた。

 しかし、影の憲兵団が自分達を追いかけてくるのではないかという考えが彼らを突き動かした。

 ヴァージニアも彼らと命懸けの鬼ごっこをしたのだ、笑えるわけがない。

 

 夜明けが訪れ、太陽も雲間から弱々しく顔を出した。

 しばらくして、彼らは水たまりだらけの荷車の轍がびっしりと残る狭い道に着いた。

 道の向こう側には木の柵があり、その向こうには低い灰色の丘が連なる石畳の道が続いていた。

 クリーは柵の柱に飛び寄り、せっかちそうに羽ばたきながら左へ跳ねた。

「柵に沿って歩けば、少なくとも足跡は残らないわ。早く!」

 気を取り直して、三人は道を飛び越え、柵をよじ登り、柵に沿って歩き始めた。

 ジャスミンは柵の上でバランスを取り、

 ヴァージニア、リーフ、バルダは真ん中の柵に足をかけて、ぎこちなく進んだ。

 しばらくすると、三人は十字路に着いた。

 柵は角を曲がると、灰色の丘陵地帯に消えていくように、ずっと続いていた。

 そして、角柱のすぐ脇には、風化した巨大な石が立っていた。

 リーフと同じくらいの高さだった。

 そこには文字が刻んであったが、あまりにも昔の事だったので、

 文字の多くは消えてしまっていた。

 

 おそれよ うごめく砂を

 死は 岩壁の内にひそみ

 大いなる力は あらゆるものを

 無辺の砂の中心へ ひきよせる

 しかばねの下 生者は れ

 役割のままに  みあげるのみ

 

「うごめく砂。危険だ!」

 バルダは目を細めて石を見つめた。

「そこまでは判読できるが、小さな文字が何を言っているのかは分からない。

 風雨で文字があまりにも多く削り取られている」

「うーん、よく分かりませんけど……砂漠は大体、快適ではないですわね」

「でも、それは分かっていたと思うわ」

 ジャスミンの頭は現実的なことでいっぱいだった。

「あの文章に『岩壁』とあるから、砂漠は丘のすぐ向こうにあると思うわ。

 でも、そこに行くには平原を横切らなきゃ。

 石が足跡を隠してくれるかもしれないけど、匂いを隠せるはずがないわ」

「仕方ない」

 リーフは柵を乗り越え、感謝の気持ちを込めて反対側の地面に飛び降り、強張った指を曲げた。

「それに、僕達はとても慎重に行動してきた。憲兵団はもう僕達の足跡を見失ってるはずだ」

「それは当てにならん」

 リーフとヴァージニアも地面に飛び降り、

 しばらくしてジャスミンも飛び降りて加わり、出発した。

 ほとんど走り出すように、むき出しの地面を何度も振り返りながら。

 希望に満ちた言葉なのに、リーフはヴァージニア達と同じくらい頻繁に振り返った。

 影の憲兵団が静かに後を追ってくる事、

 目に見えないまま飛んできて背中で破裂する恐ろしい火ぶくれ弾の想像に、鳥肌が立った。

 あの弾丸はヴァージニアが掠っただけなのに、ダメージを受けてしまったのだから。

 

 太陽が雲の向こうにゆっくりと昇るにつれて、

 気温は上がり、湿った地面から湯気が立ち上り始めた。

 前方の灰色の丘もすぐに霧に包まれた。

 四人が到着して初めて、そこは普通の丘ではなく、

 何千もの巨大な岩が積み重なってできた高い自然の壁、詩にある「岩壁」である事が分かった。

 四人は登り始め、すぐに下の地面が見えなくなった。

 周囲は全て白く染まった。

 空気は重くなり、全ての音が鈍くなった。

 四人は慎重に一歩一歩、岩の山の頂上まで登り、それからさらに慎重に反対側へと降り始めた。

 

 地面に近づくと、耳に何か音が響いた。

 低く唸るような音だ。

 あまりにも微かで、リーフは最初、気のせいかと思ったほどだった。

 そして次の瞬間、何の前触れもなく、リーフは雲の下にいた。

 リーフはゆっくりと岩から目を離し、その向こう側を見渡した。

 息が詰まり、額に汗が滲み出た。

 四人はうごめく砂に辿り着いた。

 うごめく砂は、その名の通り、深く乾いた砂しかない。

 見渡す限り、高くそびえる赤い砂丘が、低く陰鬱な黄色の濁った雲の天井の下に広がっていた。

 生き物の気配は微かに見えたが、低く唸るような音が辺りを満たし、

 まるで空気さえも生きているかのようだった。

 リーフは最後の数個の岩を滑るように降り、

 足はざらざらとした柔らかな空気の中に沈んでいった。

 恐怖感がリーフを包み込んだ。

 どんな味覚や匂いよりも、強く、そして現実の感覚だった。

 

(オパールが未来予知してくれたんだ。あの恐怖が本当になるなんて……!)

「無理よ」

 ジャスミンはリーフの傍らに飛び降りながら言った。

「宝石がここに隠されているなら、絶対に見つからないわ!」

「無駄骨だって事ですの!?」

「待ってくれ、宝石が近づくとベルトは暖かくなる」

 バルダはジャスミンに念を押し、ヴァージニアはイライラしていた。

 彼もまた、砂漠の大きさに理性を失うかもしれないが、それを認めようとはしなかった。

「砂を区画に分け、一区画ずつ探すんだ」

「何ヶ月もかかるかもしれないわ! 何ヶ月も、いや、何年もかかるかもしれないわ!」

「駄目だ」

 リーフは静かに言ったが、三人はリーフの方を向いた。

 彼は声を落ち着かせようと必死だった。

「この宝石も他の宝石と同じだ。恐ろしい番人がいる。その番人もとっくに僕達に気付いている」

 リーフは静かで人知れず静かな砂丘を見つめながら、そう言った。




次回はうごめく砂を冒険します。
こんな世界に転移したらハードモード待ったなしですね。
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