ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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デルトラのマスコット的存在? が仲間になります。


第30話 プリンを助けろ

 リーフは一歩前に出たが、腕を掴まれたので飛び上がった。

 それは眠気で目が腫れ上がったバルダだった。

 ヴァージニアとジャスミンがすぐ後ろにいた。

「あっちへ行け、リーフ」

 バルダは小声で囁いた。

「あいつらは休んで食べるところだ。

 あいつらが帰る頃には、俺達はとっくにいなくなっているだろう」

 リーフは激しく首を振り、泉の傍の人影に視線を釘付けにした。

「それはダメだ。プリンを助けないと」

 

 ヴァージニア、バルダ、ジャスミンが視線を交わすのを見て、

 リーフはきっと気が狂ったと思っているに違いないと思った。

「話は後だ。火ぶくれ弾はどこだ」

「取りに行きなさい、ジャスミン」

 ヴァージニアがそう言うと、ジャスミンは何も言わず木々の中へ消えていった。

 リーフが愚かだと思っているかもしれないが、

 剣だけを頼りに影の憲兵団に立ち向かうつもりはなかった。

 バルダとヴァージニアをすぐ後ろに従え、リーフは泉へと近づき、

 木から木へと駆け抜け、プリンが横たわるすぐ近くにまで来た。

「豚の朝食だ。これ以上の事はない」

「豚じゃない。足を見てみろ」

「何であれ、太っている。きっと美味そうだ」

 4号は背筋を伸ばし、水筒の蓋を外しながら泉の方へ歩み寄った。

「5号、ちょうどいいタイミングでこの水の臭いに気づいたぞ」

 声をかけ、水筒を傾けて振って、中身が空っぽである事を示そうとした。

 リーフはバルダとヴァージニアが鋭く息を吸うのを聞いた。

「奴らはカーンの群れの一員だ。まるで……」

「分かってる。リスメアで僕達を捕まえた影の憲兵団みたいにな」

 剣の柄の上で、手は滑りやすかった。

 4号と5号は、うごめく砂で他の影の憲兵団に何が起こったのか知っているのだろうか、

 あるいは推測しているのだろうか。

 2号と8号が残したところを引き継いで、群れの汚名を晴らそうとしたのだろうか。

 5号は手の甲で鼻をこすりながら、泉の仲間のところへゆっくりと歩み寄った。

「ここはダニの臭いがする」

 リーフは息を止めた。

「でも、こっちのは違う」

 4号は屈んで水筒に水を汲んだ。

「こっちの二人と、その仲間は真っ直ぐに進んだ。あのでっかい醜い奴、グロックって奴だ。

 足を引きずってる。一歩一歩匂いがする。ここに入ってきてないぞ」

 リーフの心臓は激しく鼓動していた。

 ジョーカーは計画通り、グロックとネリダを解放したのだ。

 4号と5号がグロックとネリダを捕まえたに違いない。

 リーフ達が脱走した後、2号と8号が追ったように、今、影の憲兵団は二人を追っている。

 影の憲兵団は二人とも泉の方を向いていた。

 今こそプリンを助けるだ。

 リーフとヴァージニアは慌てて肩越しに振り返った。

(早く来なさいよ、ジャスミン)

「日が暮れるまでには済ませる」

 5号は自信たっぷりにそう言うと、4号の横に跪き、自分の水筒を水に沈めた。

「奴らと、奴らを逃がした奴、そして奴を後悔させようじゃないか」

「奴とちょっと遊んでやろうじゃないか」と相手は同意した。

 二人は笑い、屈んで水を飲み、音を立てて吸い、舐めた。

 リーフは待つわけにはいかないと悟った。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 バルダの制止する手を無視して、リーフは開けた場所に飛び出し、

 ぐったりとしたプリンを掴み、引きずり始めた。

 

「大胆ですわ……!」

 その後、リーフは自分の愚かな軽率さを呪った。

 プリンは意識を失っていると思い込んでいたのだ。

 しかし、プリンは完全に意識があり、恐怖の苦痛に身動きもせずに横たわっていた。

 見知らぬ手が自分の体に触れているのを感じ、プリンは恐怖で悲鳴を上げた。

 影の憲兵団はたちまち飛び上がり、くるりと振り返った。

 口の中の水を飲み込みながら、水ぶくれと三角巾を水滴の滴る手に握っていた。

 リーフがプリンの上にかがみ込んでいるのが見えた。

 唸り声を上げながら、影の憲兵団はリーフ達に向かって突進してきた。

「リーフ! 逃げろ!」

「わたくしがいざとなったら相手しますわ!」

 バルダは突進してリーフを押しのけようとした。

 しかしリーフはその場に凍りついた。

 衝撃で口を開けていた。

 影の憲兵団が叫んでいたからだ。

 彼らはよろめき、立ち止まった。

 影の憲兵団の足からは根が生え、地面に這い込み、影の憲兵団を縛り付けていた。

 脚は引き寄せられ、しっかりとした幹へと固まっていた。

 影の憲兵団の体、腕、首は空に向かって伸び、

 青白い葉が滑らかな樹皮へと変わりつつある皮膚を突き破っていた。

 そして、瞬く間に二本の木が元の場所に立った。

 森に新しく植えられた二本の木――他の木々と同じように、静かで完璧な木々だった。

 ジャスミンが走ってきた。

 フィリを肩に担いでおり、フィリは恐怖に震えながら叫んでいた。

「岩が動き出した! こっちへ来るわ!」

「ホントですわ!」

 

 30分後、ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンはまだぼうっとしたまま、

 巨大な生き物達の群れの中に座っていた。

 フィリは目を大きく見開いて、巨大な生き物達を見つめていた。

 プリンは酷く不満を言いながら、母親の袋の中に入った。

「何度も言ったでしょう? 私達が目を覚ますまで大人しくしなさいって!

 何が起こったか見てごらんなさい。あの邪悪な奴らがあなたを殺していたかもしれないのよ!」

「お母さん、あの人達が水を飲んだのよ。きっと、飲んだわ」

 袋の奥からプリンはむっつり言った。

「あの人達があなたに危害を加える前に、まさか飲むなんて分からなかったでしょう!

 じっとしていなさい。あなたの脇腹は酷く傷ついてるわ」

「俺達も水を飲んだ!」

 生き物達から動かない木々を、ただただ驚いて見つめていたバルダが叫んだ。

 プリンは袋から頭を出し、髭をぴくぴく動かした。

「悪意のない者は、何の害もなく飲んでも構わない」

 プリンは教えられた事を淡々と繰り返していた。

 母親はプリンを尻目に、バルダの方を向いた。

「泉の水を飲んで無事だった時、あなたは心の優しい人だと分かりました。

 あなたが私達にとって危険ではないと確信して、昨夜は安らかな夢を見ました。

 まさか私達の子供が朝、あなたに危害を加えるとは思いもしませんでした。申し訳ありません」

 バルダとヴァージニアは頭を下げた。

「あの子を助けたのは私の友です」

 バルダはリーフを指差しながら言った。

「しかし、私にとっては、あなたにお会いできて光栄です。

 生きているうちに、キンに会えるとは思ってもいませんでした」

「今はもう、私達は絶滅危惧種なのです」

 プリンの母親の隣に立っていた年老いたキンが言った。

「わしらが山を離れてから……」

「恐怖の山! あなたはかつて恐怖の山に住んでいたでしょう? 何故去ったのですか?」

 リーフは、最早黙っていられなくなり、口を挟んだ。

 年老いたキンは立ち止まり、バルダを見た。

「見ての通り、わしも若者を預かっている」

 リーフの苛立ちをよそに、年老いたキンは言った。

「邪魔してごめんなさい。続けてください」

「恐怖の山のグノメ族は、いつもわしらを狩ろうとしていた。

 だが、グノメ族の矢は大した傷ではなかった。

 主な脅威は、影の王国からやってくる影の憲兵団とブラールの獣達だった。

 だが、ずっと昔に何かが変わってしまった……」

 声が途切れ、彼は頭を下げた。

「グノメ族は矢の先に毒を塗り始めたのよ。猛毒で、あっという間に苦痛を与えて殺したの。

 私達の多くが死んだのよ」

 プリンの母親はかすれた囁き声になった。

「恐ろしい時代だったわ。私は当時まだ幼かったの。でも覚えているわ」

 他のキン達は頷き、互いに囁き合った。

 明らかにキン達も覚えていた。

「ついに、残った数少ない者は、もう山には留まれないと決めた。

 この森はかつてわしらの冬の住まいだった。成長期の子供達にとって良い場所だった。

 今は一年中ここにいる。今、私達は山に行く。

 ブーロンの木々を眺め、小川のせせらぎを聞き、甘く冷たい空気の匂いを嗅ぐ事ができる。

 夢の中でだけね」

 悲しみが一同を包んだ。

 長い沈黙が訪れた。

 ヴァージニアとジャスミンは落ち着かなかったようにそわそわした。

 同時に、ヴァージニアは十中八九、グノメ族に毒を与えたのは影の王国の何かだろうと思った。

 

「昨晩、奇妙な夢を見たの」

 ジャスミンは、集まった人々に少しでも元気をもたらそうと、あからさまに言った。

「ジョーカーという男の夢を見たの。ジョーカーは人でいっぱいの洞窟の中にいた。

 少年デインもそこにいた――ネリダも、グロックも、他にも大勢いたわ。

 グロックはスープを飲んでいて、それを全部顎にこぼしていた。

 私は呼んだけど、彼らは聞こえなかった。まるで現実みたいだった!」

 年老いたキンはジャスミンを見た。

「分からないのか? 現実だったのだ」

 年老いたキンは言い、泉に向かって前足を振った。

「ここは夢の泉よ。

 飲み物を飲む時に心の中で思い描いたもの、あるいは誰かを、寝る時に霊となって訪れる」

「私達も毎晩山に通っているのよ」

 ジャスミンは信じられないといった顔をしていた。

「今のような山を見ると本当に心が安らぐわ。ブーロンの木々は生い茂っている。昔よりずっと。

 もちろん松ぼっくりは食べられないけど、少なくとも私達はそこにいて、一緒にいられるのよ」

「私は違うわ! あそこには行けないわ。見た事もないのよ! ここ以外、どこも知らないの。

 だから夢を見るものがないのよ。不公平よ!」

 母親はプリンに覆いかぶさり、ぶつぶつ言った。

 他のキン達は悲しそうに顔を見合わせた。

「夢で見たものが現実だったの?」

 ジャスミンは息を呑んだ。

「ジョーカー、ネリダ、グロックは無事にレジスタンスの拠点に辿り着いたんだな!」

 バルダは泉の傍に生えた2本の新しい木を満足そうに見つめた。

「これでもう、影の憲兵団に邪魔される事はない」

「マナスとララド族の夢を見た。地下都市の小川の傍に立っていた。

 彼らは歌っていて、全て順調だった。それは本当に良かった」

 しかしリーフは衝撃で茫然とし、黙って座っていた。

 リーフは自分の夢を思い出し、それが真実だったという現実にゆっくりと向き合っていた。

「わたくしは……ワソと一緒に、この世界を脱出する……」

 ヴァージニアは、ここから先は何も言わなかった。

 また影の大王が気づき、しもべをけしかけてくるかもしれないからだ。

 

 ついに、キンの群れは解散し、木々の下や向こうに生えている草を食べに去っていった。

「ここには草しかないのよ」

 プリンの母親は、重い子を袋に入れて懸命に働きながら、

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンに説明した。

「草は栄養たっぷりだけど、その甘さには飽き飽きして、ブーロンの木の葉や球果が恋しいの。

 この林の木の葉は食べられないわ。本当に生きているわけじゃないのよ」

 ジャスミンの腕に留まったクリーは、嫌悪感を込めて甲高い声を上げた。

「クリーは、木々が本来あるべき姿ではない事をずっと知っていたのよ」

 ジャスミンは身震いしながら周囲を見回した。

「木々が静かになっているのも無理はないわ。

 何世紀もの間、木々がここに、変わらずに立っていると思うと、恐ろしいわ」

「泉の試練を乗り越えたのは、俺達にとって幸運だった。

 そうでなければ、俺達も奴らと同じ運命を辿っていただろう」

「予知夢どころか、未来予知でしたのね」

 バルダとヴァージニアは厳しい表情で言った。

 リーフは長い間、口を利かなかった。

 最後のキンが去ると、ジャスミンがリーフの方を向いた。

「どうしたの?」

「ジャスミン、大丈夫だよ」

「そんなの、大丈夫じゃないわ」

「僕の母さんと父さんは……」

 リーフは言葉を止め、必死に唾を飲み込んだ。

「ジャードとアンナ?」

 バーダは警戒した様子で叫んだ。

 突然、リーフの顔色が変わり、恐怖に満たされた。

「夢を見たんだ!」

「リーフ……」

 ヴァージニアがリーフを心配する中、リーフはゆっくりと頷いた。

「鍛冶場は空っぽだ。門には影の大王の印がある。きっと……死んだんだ」

 衝撃と悲しみに打ちひしがれたバルダは、リーフを睨みつけた。

 それから口元が引き締まった。

「きっと死んではいない。ただ捕まっただけだ。希望を捨ててはいけない」

「影の大王に捕まるのは死ぬよりも酷い事だ。父さんは何度もそう言っていた。

 いつも教えてくれたのに……」

 言葉が喉に詰まり、リーフは両手で顔を覆った。

 ヴァージニアは自分が召喚された時の事を思い出し、不快そうな表情になった。

 ワソはあの時、影の大王に捕まって洗脳されたと思うと、頭がおかしくなりそうだ。

 ジャスミンはぎこちなくリーフに腕を回し、

 フィリは肩に飛び乗って柔らかな毛皮でリーフの頬を撫でた。

 クリーは悲しそうにコッコッと鳴いた。

 しかし、バルダは自分の恐怖と悲しみに抗い、離れて立っていた。

 ついにリーフは、真っ青な顔を上げた。

「帰らなきゃ」

「ダメだ!」

「嫌だ! 帰るんだ!」

 リーフは怒りに震えながら言い張った。

「こんな事を知っていながら、どうやって生きていけるというんだ?」

「リーフ、鍛冶場が空っぽだという事しか知らないだろ?

 ジャードとアンナはデルの城の地下牢にいるかもしれない。

 影の王国にいるかもしれない。隠れているかもしれない。

 あるいは、リーフが前に言ったように、死んでいるかもしれない。

 どこにいても、リーフはジャードとアンナを助ける事はできない。使命を忘れたのか?」

「使命などと言うな! ジャードとアンナは僕の両親なのに!」

「ジャードとアンナは俺の友だ。リーフが生まれる前からの、俺の大切な、そして唯一の友だ。

 もしジャードとアンナがリーフに何と言うか、俺には分かっている。

 きっと、俺達の使命は、二人の使命でもあると言うだろう。諦めないでくれと懇願するだろう」

 リーフの怒りは消え、鈍い悲しみが残った。

 彼はバルダの顔を見て、その厳しい表情の奥にある苦痛を見た。

「……すまない。そうだったね」

 バーダはリーフの肩に手を置いた。

「一つ確かな事がある。急いで恐怖の山に行かなきゃいけない」

「でも、急げますの?」

「徒歩では無理だ。だが、俺には計画がある」

 バルダの顔は悲しみに曇っていたが、それでも僅かに微笑んだ。

「空を飛ぶ、という事ですのね?」

 

 バルダはキンと長い間、話し合った。

 説得力のある議論だった。

 日没になってようやく、四頭のキンが四人を恐怖の山まで運ぶ事に同意した。

 同意した四頭はダリア、メリン、エルザ、ブルーナだった。

 この四頭はグループの中で最も体格が大きかった。

 メスのキンだけが乗客を運ぶ袋を持っていたからだ。

 四頭ともそれぞれ違う理由で同意した。

 ダリアは奇跡に惹かれたから、

 メリンは酷くホームシックだったから、エルザは冒険好きだったから、

 そしてブルーナはリーフがプリンを助けた事に恩義を感じていたからだ。

「彼女は私達みんなにとって大切な存在なの。

 あの山からここに引っ越してきてから生まれた、唯一の子なの」

「山の空気とブーロンの木々が育つには必要だからよ」

「ここではただ生きているだけ。

 私達の山なら、成長し、子孫を残す事ができる。ずっと前に帰るべきだったわ」

「死ぬために戻るだって? なんて馬鹿な事を言うのだ、メリン!」

 四人が戻る事に同意した事に激怒していた年老いたキンが、きっぱりと言った。

「もしお前とダリアとエルザとブルーナが恐怖の山に戻ったら、お前達はきっと殺される。

 そうなったら、わしらはさらに三頭の死を悼む事になる」

「ここでゆっくりと死んでいくのに、一体何の意味があるの?」

 大きな翼を掲げながら、ダリアはパチンと鳴いた。

「血統を継ぐ子供がいなければ、私達には未来がない。一族は終わりよ。

 ここに留まるより、大義のために早く死んだ方がましよ」

「私達には夢があるのよ」

「夢を見るのはもううんざり!」

「それに、私は夢なんて見られないのよ!」

 プリンは甲高い声で言った。

 彼女はエルザのところに駆け寄り、前足を組んだ。

「私を山に連れて行って、エルザ。そうすれば私も山を見る事ができるわ。

 そうすれば、あなたが夢を見る時、私も一緒に行けるわ」

 エルザは首を横に振った。

「あなたは一緒に来られないわ、小さな子よ。あなたはあまりにも大切なのよ。

 でも、考えてごらん。あなたは私達の夢を見る事ができるの。

 そうすれば、私達がどこにいて、何をしているのかが分かるわ。

 それは、あなた自身が旅をするのと同じくらい素晴らしい事じゃないかしら?」

 明らかに、プリンはそうは思っていなかった。

 母親の命令や懇願にも耳を貸さず、泣き叫び始めたのだ。

 ようやく母親がプリンを急がせたが、姿が見えなくなってからも、

 木々の間から言い争う声がこだまのように聞こえてきた。

 他のキン達は困惑した様子だった。

 

「自分が何をしたのか分かっているのか?」

 年老いたキンは眉をひそめ、ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンに呟いた。

「お前達が来る前は、ここは平和で幸せだった。

 今は我々の間に怒りが渦巻き、長老共々不幸になった」

「よそ者を責めるのはよくないわ、クレン。

 ダリア、メリン、エルザ、そして私は、自分の意志で山へ行く事に同意したのよ」

「その通りよ」

「それに、長老はここ数年ずっと同じ事を言ってるだけなのよ、クレン。

 歳を重ねるごとに、もっと同じ事を言うようになるわ。

 同年代の仲間がいないこの地での生活は、彼女には静かすぎるの。

 彼女はエルザによく似ているわ――活発で冒険好きなの」

「それに、私のように夢にうなされるような事もないのね」

 ダリアが口を挟んだ。

 彼女は明るい瞳をヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンに向けた。

「私の平和を乱してくれた見知らぬ人達に感謝しなくちゃ。

 今日、私はまた生きていると実感したの」

 クレンは背筋を伸ばして座っていた。

 年老いた顔、白い髭、色褪せた憧れに満ちた瞳を、山に向けていた。

 クレンがようやく口を開いた時、太陽は地平線の下に沈んでいた。

「もちろん、みんな、本当の事を言っているる。もしそうなるなら、そうなるしかない。

 ただ無事を祈るばかりだ。どうかお気をつけて、一刻も早く戻ってきてくれるよう」

「そうするわ。今、泉の水を飲んでおくけど、今夜はもう飲まないわ。

 そうしたら眠りが浅くなるわ。明日の朝、誰か起きてみんなに電話しなきゃ。

 夜明け前に出発しなきゃ」

 

 その夜、リーフはまた夢を見た。

 リーフは夢を見る計画を立てていた。

 夢の泉の水をたっぷり飲みながら、両親の事を思いながら。

 もし二人が死んでいるなら、向き合った方がいい、とリーフは自分に言い聞かせた。

 もし生きているなら、今こそ居場所を突き止めるチャンスだ。

 仲間達と寝床に就く準備をしていたリーフは、

 これから知る事になる出来事を想像して、言葉を失い、緊張した。

 ヴァージニア、バルダ、ジャスミンには何も言わなかったが、

 もしかしたらリーフの計画を察したのかもしれない。

 三人とも同じように沈黙し、おやすみを告げ、それ以上何も言わなかった。

 リーフは感謝した。

 これは一人で立ち向かわなければならない事であり、話しても何の役にも立たない。

 

 なかなか眠りに落ちなかった。

 長い間、リーフは眠れずに空を見上げていた。

 しかし、ついに夢の泉の水のせいで眠気がリーフを襲った。

 

 今回は、夢はほとんどすぐに始まった。

 リーフが最初に感じたのは、湿気と腐敗の臭いだった。

 すると、物音が聞こえてきた。

 遠くないところで、人々が呻き声や泣き声を上げていた。

 くぐもった声がこだまし、幽霊のように響いていた。

 辺りは真っ暗だった。

(墓の中にいるんだ)

 リーフは恐怖に震えながら思った。

 しかし、やがて目が暗闇に慣れ、地下牢の中にいる事に気づいた。

 頭を下げた人影が、隅の床に座っていた。

 それはリーフの父親、ジャードだった。

 自分が霊として牢獄の中にいる事をすっかり忘れ、リーフは叫び、

 倒れた人影に駆け寄り、その腕を掴んだ。

 リーフの手は、その固い肉体をまっすぐに突き抜けた。

 ジャードは悲しみに暮れて俯いたまま、何も聞こえず、何も感じていないようだった。

 熱い涙が目に浮かび、リーフは再び叫んだ。

 今度はジャードが身動きして頭を上げた。

 ジャードはリーフをまっすぐに見つめ、僅かに困惑したように眉をひそめていた。

「父さん! 父さん! 僕だよ! 聞いて! 何が起こったんだ?

 ここはどこ? 母さんは……?」

 しかし、ジャードは深く溜息をつき、再び頭を下げた。

「夢を見ているんだ」

「夢じゃない! 僕はここにいる! 父さん……」

 ジャードの頭が急に上がった。

 独房の扉の鍵穴に鍵が軋んだ。

 リーフは軋む音を立てて扉が開くと振り返った。

 そこには三人の人影が立っていた。

 長いローブを着た背の高い痩せた男と、その背後に燃える松明を持った二人の巨漢の警備員。

 リーフは一瞬パニックに陥り、自分の叫び声が聞こえたと確信した。

 しかしすぐに、新入り達もジャードと同じように自分に気づいていない事に気づいた。

「それで、ジャード!」

 長いローブを着た男は警備員の一人から松明を受け取り、独房の中央へと歩み寄った。

 炎の揺らめく光が照らすジャードの顔は鋭く、頬骨は深く影を落とし、薄い口元は冷酷だった。

「プランディン!」

 ジャードは息を呑んだ。

 リーフの心臓がドキドキと音を立てた。

(プランディンは確か、エンドン国王の首席顧問で、影の大王のしもべだ。

 でも、本当に死んだのか? まさか……)

 男は微笑んだ。

「プランディンじゃないぞ、鍛冶屋。プランディンという男は、16年以上前、

 我が主が王国を宣言した日に、まさにこの城の塔から転落死した。

 プランディンは不注意だった――あるいは不運だった。

 もしかしたら、何か知っているかもしれないな?」

「何も知らない」

「いずれ分かるだろう。だが、人が死ねば、必ず別の者が現れる。

 我が主はこの顔と姿が気に入っている。そして、私にそれを継いだのは。私の名はファローだ」

「妻はどこだ?」

 リーフは息を呑み、痩せた男は冷笑した。

「知りたいか? 質問に答えてくれれば、教えてやろう」

「どんな質問だ? 何故ここに連れてきたんだ? 何も悪い事はしていない」

 ファローは扉の方を向いた。

 そこには衛兵達が立って見張っていた。

「出て行け! 私は囚人とだけ尋問する」

 衛兵達は頷き、退出した。

 扉がしっかりと閉まるとすぐに、痩せた男はローブの襞から何かを取り出した。

 小さな淡い青色の本だった。

 それは『デルトラのベルト』、ジャードが城の書庫に隠していた本だった。

 リーフ自身も成長するにつれて何度も読み返し、

 ベルトと宝石の力について多くの事を学んだ本だった。

 リーフはこの男がそれを握っているのを見て見悶えた。

 ファローから奪い取り、この残酷な嘲りから父親を救いたいと切望した。

 しかし、リーフただ立って見ている事しかできなかった。

「この本は君の家で見つかったんだ、ジャード。どうやってそこに来たんだ?」

「覚えていない」

「もしかしたら力になれるかもしれない。それは私達も知っている。

 城の図書館から持ってきたものだ」

「若い頃、私は城に住んでいた。去る時に持ち去ったのかもしれない。何年も前の事だから」

 ファローは骨ばった指で本を軽く叩いた。

 冷酷な笑みがファローの顔から消える事はなかった。

「ジャード、主はお前が我々を騙したと思っている。

 お前は愚かな若い友人、エンドン国王と連絡を取り続け、最後には国王とその愚かな王妃、

 そしてまだ生まれていない子供を逃がす手助けをしたと思っている」

 ジャードは首を横に振った。

「エンドンは私を裏切り者だと信じ込むほど愚かだった。

 エンドンが私に助けを求める事は決してなかっただろうし、

 私も彼に助けを与える事はなかっただろう」

「そう思っていた。だが、今はそう確信が持てない。

 鍛冶屋よ、王国で奇妙な事が起こっている。主君が気に入らない事だ」

 リーフはジャードの俯いた目に、突然希望の光が差し込むのを見た。

 ジャードはファローをちらりと見た。

「我が主のしもべ達が倒され、我が主が大事にしていた品々も盗まれました。

 エンドン国王はまだ生きていると疑っています。

 王国を取り戻すために、最後の、無駄な努力をしているのではないかと疑っています。

 それについて何かご存知ですか?」

「何も。デルの他の皆と同じように私もエンドンは死んだと思っています。そう聞かされました」

「その通りだ」

 ファローは言葉を切った。

 それから身を乗り出し、床に倒れている男に顔と火のついた松明を近づけた。

「ジャード、息子はどこだ?」

 リーフの口の中はカラカラになった。

 ジャードが顔を上げるのを見ていた。

 愛された顔に刻んである、疲労と苦痛、そして悲しみの深い皺。

 それはリーフ自身の顔とよく似ている。

 リーフの胸は痛みを覚えた。

「リーフは何ヶ月も前に家を出て行った。鍛冶屋の仕事に飽き飽きしていた。

 街で仲間と奔放に過ごす方が好きだ。どこにいるのかも知らない。

 どうして彼の事を聞くんだ? 彼は母の心と私の心を傷つけたんだ」

 リーフ自身の心も、ジャードの勇気に胸が高鳴った。

 甲高く、不満げな声だった。

 最早傷ついた親の声ではなかった。

 いつも正直だった父親は、まるで生まれつき嘘をついているかのように、

 息子とその大義を何としても守ろうと決意していた。

 ファローは絶望に満ちたジャードの顔をじっと見つめていた。

(もしかして、騙されているのか?)

「あなたの息子と同じくらいの年頃の少年が、国中を彷徨い、

 我が主の計画を覆そうとしている四人の犯罪者の一人だと言われています。

 その少年には二人の少女と大人の男がついています。黒い鳥も一緒に飛んでいます」

「何故そんな事を言うのですか?」

 床に倒れていた男は落ち着きなく動いていた。

 ただ苛立っているだけのようだった。

 しかし、リーフは男をよく知っていたので、男が熱心に聞き耳を立てていた事がわかった。

 少女と黒い鳥の話に、男はきっと激しく動揺していたに違いない。

 ジャスミンとクリーの事、沈黙の森で何が起こったのか、何も知らなかった。

「この少年はあなたの息子かもしれない。

 あなたは足が不自由で、代わりに息子を無駄な探索に送り込んだのかもしれない。

 あの男は――エンドンかもしれない」

 ジャードは笑った。

 その笑い声は全く自然なものだった。

 当然の事ながら、とリーフは思った。

 バルダが繊細で用心深いエンドン国王と間違えられるなんて、馬鹿げている。

 ファローは薄い唇を固く結んだ。

 彼は松明の炎を下げ、笑う男の目の前で危険なほど揺らめいた。

「気をつけろ、ジャード。私の忍耐力を試しすぎるな。

 お前の命は私の手にかかっている。それも、お前だけのものではない」

 笑い声が止まった。

 リーフは歯を食いしばり、ジャードが再び頭を下げるのを見た。

 ファローはドアへと歩み寄った。

「今、言った事をよく考えろ。次にお前に会う時は、答えを期待して来る。

 もしお前が我々の疑惑通りの事をしたのなら、ただの痛みだけでは真実を語らせない。

 だが、愛する人の痛みの方が、もしかしたら説得力を持つかもしれない」

 ファローは拳を振り上げ、ドアをドンと叩いた。

 ドアが開き、ファローは後ろ手にドアを叩いて中に入った。

 鍵が回った。

 

「父さん!」

 リーフは壁に倒れ込む男に向かって叫んだ。

「父さん、絶望しないで。宝石は四つある。

 そして今、五つ目を探しに恐怖の山へ向かう。全速力で進んでいる!」

 しかし、ジャードは微動だにせず、何も見えない暗闇を見つめていた。

「彼らは生きている。生きている。そして成功している!」

 ジャードの目は輝いた。

 拳を握りしめると鎖がガタガタと音を立てた。

 

「ああ、リーフ、バルダ――幸運を祈る! 私はここで、精一杯戦っている。

 君も自分の戦いをしなければならない。私の願いと祈りは君と共にある!」




恐怖の山の部族の名前はアニメ版やゲーム版同様に「グノメ族」と表記しました。
その方が分かりやすいというのもありますが、メディアの都合つまり大人の事情もありますから。
次回は、ある人物の秘密が明らかに……?
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