ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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恐怖の山の部族との対決、なお話。


第34話 グノメ族との攻防戦

 数時間後、彼らは深い闇の中で身を寄せ合って立っていた。

 壁に固定してあった松明を消していた。

 燃え盛る空気は、決して失うわけにはいかないものだった。

「きっと脱出口があるはずだ。きっと!」

「まぁ、そんな事もありましたわね」

 リーフは疲れていたが、何とか脱出できると勇気を振り絞っていた。

 ヴァージニアは、くすくすと笑いながら呟いた。

「グノメ族が来るに決まっている。少なくとも、俺達を馬鹿にするために来る。

 誰も笑わない冗談に何の意味がある? その時がチャンスだ。奴らが来た隙に脱出しよう」

「うん、ちゃんと準備しなきゃね。でも、いつ来るの? どうやって?」

「家にいたら、夢で見る事ができるのに」

 背後から小さな声が聞こえ、四人が振り返ると、プリンがそこにいた。

 プリンは隅にうずくまり、恐怖で目を見開き、両手をしっかりと前に組んでいた。

「もしみんなと一緒に家にいたら、湧き水を飲んで、グノメ族を思い出し、

 どこにいても夢に見る事ができたのに。私達は見た事があるわ……」

 声がかすれ、全身が震え始めた。

 リーフが叫ぶのが聞こえ、プリンは恥ずかしさで顔を覆った。

「ごめんなさい。壁の中に入った事がないの。嫌いなの」

 フィリは不安そうに喋り始めた。

 ジャスミンはプリンの傍に行き、プリンの腕を抱き寄せた。

「恥ずかしがらないで。私も閉じ込められるのが何よりも怖いのよ」

「わたくし達も、あいつらに捕まった事がありますわ」

「とても疲れているようだな。さあ、横になって寝ろ。湧き水がなくても夢を見る事はできる」

「でも、湧き水があれば、夢はもっと役に立つよ!」

 リーフは思わず叫んだ。

 皆が好奇心を持ってリーフを見る中、リーフはニヤリと笑って水筒を掲げた。

「覚えてないのか? プリンが言ってくれるまで僕は覚えてなかった。

 キンを出てからずっと、小川の水を飲んできたんだ。瓶は今も満杯だ――夢の泉の水で!」

 リーフの眠りの霧の中から、夢がゆっくりと鮮明に浮かび上がってきた。

 揺らめく光、踊る色彩、鈍いざわめき、たくさんの足音、カチャカチャ、チリンチリンという音……。

 そして、恐ろしいほど大きく、衝撃的なほど耳障りな、こだまのような大きな声が、こだまのように響き渡った。

 

「もっとだ、もっとくれ」

 リーフは目を完全に開き、目の前の悪夢を見つめ、反抗し、

 よろめきながら後ずさりして岩壁に体を押し付けた。

(夢を見ているんだ。ここにいるのは魂だけだ。魂は僕を見る事はできない!)

 リーフの心臓は激しく鼓動し、胃はむかむかした。

 眠りに落ちた時に何を期待していたとしても、これは明らかに違った。

 洞窟があるだろうとは思っていたが、それほど巨大ではなかった。

 この巨大な空間の天井は、きっと山の頂上までそびえ立っていた。

 宝物があるだろうとは思っていたが、それほど多くはなかった。

 金と宝石の煌めく大きな山が、壁から壁まで洞窟を埋め尽くし、

 まるで流砂の砂丘のように丘をながめ、谷へと落ち込んでいた。

 山頂で見たグノメ族を見られるだろうとは思っていたが、

 グノメ族が這いずり、逃げ回り、縮み上がり、怯えている姿を見るとは思ってもいなかった。

 だが、洞窟の中央にうずくまり、肉を滲ませる巨大な塊。

 貪欲に歪んだ邪悪な瞳、転がった宝石や金塊の上に無造作に広がるぬるぬるした爪の足。

 これはリーフが予想もしなかった、想像を絶するものだった。

 それは巨大なヒキガエルのような怪物だった。

 恐怖の山に隠された、恐怖だった。

 

 グノメ族は巨大な怪物の周りを這い回り、

 その皮膚から脂ぎった汗の滴のように滴り落ちる粘液を大きなガラス瓶に集めていた。

 彼らは皆、手袋をはめ、滲み出る粘液から十分に離れ、瓶を慎重に扱っていた。

 この粘液は毒に違いない、とリーフは思った。

 そして、ハッとして、グノメ族の矢を致命的にする毒の源はここにあるに違いないと悟った。

 リーフが見守る中、さらに二人のグノメ族が、

 黒く輝くベリーらしきものを山盛りに盛った巨大な金のボウルの重みに耐えながら、

 小走りで近寄ってきた。

 二人はヒキガエルの前に跪き、頭を下げた。

 ヒキガエルの長く赤い舌が蛇のように伸び、黒い塊の中で丸まり、

 ボウルの中身の四分の一をすくい上げた。

 怪物がごちそうを巨大な口に持ち上げ、

 グノメ族と足元の宝物に無造作に破片を散らすと、リーフの胃がむかむかした。

 餌はベリーではなく、ハエだった。

 何千匹、いや何万匹もの、太って死んだハエだ。

 

 あっという間にボウルは空になった。

 ヒキガエルは怒りのしわがれた唸り声を上げた。

「もっとくれ」

 跪いていた二人のグノメ族は怯えたように顔を見合わせ、縮こまった。

「失礼しました、偉大なるゲリック様」

 左側の、ぼろぼろの茶色のジャケットを着た、しわくちゃの老人が口ごもりながら言った。

「しかし、繁殖用の洞窟からもっと集めるには、もう少し時間がかかるかもしれません。

 すぐに手に入る分はなくなってしまいました」

「何だって? 消えたのか? 誰が責任を取るのだ?」

 年老いたグノメ族は全身が震えていたが、ようやく言葉を絞り出した。

「偉大なるゲリック様、今日はいつもよりたくさん食べただけでございます。

 準備が足りなかったのです。わたくしめは……」

 ゲリックと呼ばれたヒキガエルは、何の前触れもなく唾を吐きかけ、

 悲鳴が年老いたグノメ族の言葉を詰まらせた。

 年老いたグノメ族は地面に倒れ、苦痛に身をよじった。

 怯えたグノメ族は、悲しみと恐怖に泣き叫びながら、

 年老いたグノメ族の傍らにうつ伏せになり、息を引き取った年老いたグノメ族を抱きしめた。

 他のグノメ族は呆然と見守っていた。

 リーフは、ある顔には罪悪感を込めた感謝の表情を見た。

 襲われたのは自分達ではなく、年老いたグノメ族の方だったからだ。

 別の顔には悲しみと怒りが浮かんでいた。

 しかし、ほとんどの顔には、ただ鈍く、空虚な絶望が浮かんでいた。

 

「恐怖の山の状況は、俺達が考えていたものとは違ったな」

 背後からバルダの声が聞こえた。

 驚いてリーフは振り返ると、ヴァージニア、バルダ、ジャスミンが近くに立っていた。

 影のようにぼんやりと輪郭が揺らめいているように見えたが、リーフには、はっきりと見えた。

 ヴァージニアとジャスミンは嫌悪感と怒りで顔面蒼白になっていた。

「酷い。こいつ、沈黙の森でウェンバーがウェンを支配したように、グノメ族を支配してるわ。

 でも、もっと酷い。食料のためじゃなくて、自分が楽しむために殺したわ」

「こんな邪悪な事をする奴は十中八九、影の大王か、そのしもべですわ。……でも、ワソは……」

 ヴァージニアは影の大王のしもべになった友人を思い出すが、

 彼女は影の大王に洗脳されているだけだと思って首を振った。

「俺達が探している宝石はここにあるはずだ。でも、どうやって見つければいいんだ?

 洞窟には宝石が山積みになっている」

 リーフは首を振り、一瞬でも自分達の冒険を忘れる事ができた事に驚いた。

 しかし、リーフはすっかり忘れていた。

 ゲリックにすっかり気を取られていたのだ。

 今、リーフはデルトラのベルトが肌に触れて温かくなるのを感じた。

 五つ目の宝石はここに、この洞窟にあるが……。

「あの牢獄から抜け出さなければ、宝石を見つける事は到底できないわ!」

「待て、話を聞くんだ。それが俺達がここにいる理由だ」

 年老いたグノメ族の遺体を、泣きじゃくる仲間が引きずり出すのを、リーフ達は見守った。

 他のグノメ族はゆっくりと、ゲリックの粘液を集めるガラス瓶の手入れに戻った。

 瓶が一杯になるたびに、二人のグノメ族がそれを運び、

 仲間達が立っている近くの扉を通っていった。

 

「かつて私達は誇り高き民だった」

 リーフは、通り過ぎるグノメ族の一人が嫌悪感を込めて呟くのを聞いた。

「かつてはこの宝を所有し、山は美しく、実り豊かで、私達のものだった。

 今、私達はイバラの巣の奴隷となり、ヒキガエルのためにハエを養殖している」

「グラ・ソン、何か話したか?」

 荒々しい声が洞窟に響き渡った。

 さっき話しかけたグノメ族は慌てて振り返った。

「いいえ。いいえ、ゲリック様。

 少なくとも、私が話したとしても、侵入者達は墓のトンネルに安全に閉じ込めており、

 逃げられないとだけお伝えしたのです」

「奴らは死ぬに決まっている!」

「ああ、奴らは死ぬのです、偉大なるゲリック様」

 もう一人のグノメ族が前に出て赤い髭を撫でながら言った。

「我々の中で愚かな者達は、奴らの弱々しい脱出の試みを見て楽しんでいました。

 しかし、奴らが明かりを消してしまったので、遊びは終わりです。

 朝までには空気不足で死んでしまうでしょう。

 それから繁殖用の洞窟に引きずり込み、ハエに食べさせましょう」

 グノメ族は満面の笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。

「そしてもうすぐ、ハエを捕まえるでしょう。素晴らしい進歩ではないでしょうか?」

 ゲリックは、ほとんど微笑んでいるようだった。

「リ・ナン、お前は賢いな。

 だが、どうやら、約束通り、俺様の食べ物を時間通りに運んでくれるほど賢くないようだ」

 声は低く、嗄れた。

 だが、どういうわけか、これは一番大きな咆哮よりもさらに恐ろしいものだった。

 その目は悪意に輝いていた。

 赤髭のグノメ族は後ずさりし、唇にまだ残っていた笑みは恐怖の唸り声へと硬直した。

「リ・ナン、お前は罰を受けるに値する。だが、お前は俺様の役に立つ。だから許してやろう。

 あるいは許さないかもしれない。考えてみる。

 その間、残りの惨めな奴隷どもを養殖場に連れて行き、そこで今夜は一緒に働け。

 明日はハエが十分に集まるだろう。さもなければ、お前は罰を受ける事になるだろう」

 リ・ナンは扉に向かって小走りした。

 宝の山に躓きながら、他のグノメ族に続いて来るよう合図した。

 たちまち洞窟は静まり返った。

 満足したゲリックは、より心地よく腰を下ろし、唇に散らばったハエを舐めた。

 目を半分閉じ、大きな頭を下げた。

 その時、リーフは鈍い緑色の石が額にめり込んでいるのを見て、

 恐怖に震えながら、それが何なのかを悟った。

 エメラルド、名誉の象徴、デルトラのベルトの五つ目の宝石。

 

 四人は牢獄の重苦しい闇の中で、一斉に目を覚ました。

 まるで悪夢から目覚めたかのようだった。

 皆が共に見た悪夢だ。

 それでもなお、四人は自分が見たものが現実である事を、あまりにもはっきりと知っていた。

「何か役に立つものは見つかったの?」

 プリンが、四人が動き出す音を聞きながら、熱心に尋ねるのが聞こえた。

 ジャスミンは這って立ち上がった。

「明かりを消す前に、グノメ族が私達を見ていたことが分かったの」

「おかしいですわ。この呪われた牢獄には、どこにも隙間や穴などないはずでしてよ」

 ジャスミンとヴァージニアは手探りで壁、屋根、そして床まで調べ始め、

 プリンに続きを話すのはリーフとバルダに任せた。

 二人はできる限り優しく話したが、話し終える頃には、プリンは再び恐怖に震えていた。

「そんな話は聞いた事がないわ。グノメ族の休憩所や小道は草木が生い茂り、

 グノメ族は病弱なほど青白く見えるのよ。

 グノメ族はほとんどいつも地下にいて、

 矢に使うゲリックの毒を集め、ゲリックの要求に応えているの」

「君の言う通りだと思う」

 ジャスミンが怒りに震えながら足を踏み鳴らすのが聞こえた。

「何も見つからない!」

「ほんの小さな隙間さえも、ですわ」

「もし隙間があれば空気があるはずだ。なのに空気はない」

「でも、奴らはわたくし達を見ていましたわ! 大勢が同時にわたくし達を見て笑ってましたわ」

「あのグノメ族のグラ・ソンは、まるで窓から覗くくらい簡単なことのように言っていたわ!」

 バルダはくぐもった叫び声をあげ、急いで立ち上がった。

「ああ、そうかもしれない!」

「どういう意味?」

「ここには窓がありませんわ!」

「窓は見えない」

 バルダはリーフの脇をすり抜け、鏡に指を当てた。

「以前、旅人が奇跡を見たという話を聞いた事があるんだ。

 片側が鏡で、もう片側が窓になっているガラスがあったんだ。

 酒場でタダ酒をもらうために、大袈裟な話をしているだけだと思った。

 でも、もしかしたら俺が聞き逃しただけだったのかもしれない」

「真相を確かめる方法は一つしかない」

「その通りだ」

「今がその時だ。武器を抜いて下がれ」

 リーフは樹皮の盾の一つを鏡に押し当て、重いブーツを振り下ろし、力一杯蹴りつけた。

 鏡は粉々に砕け、牢獄の向こうの部屋に落ちていった。

 隙間から眩い光が溢れ出た。

 光と空気、そして酷く不快な臭い。

 四人は盲目的に前に進み出ると、息が詰まった。

 足元では割れたガラスが砕ける音が響いた。

 

「何?」

 ジャスミンは鼻に腕を当てながら咳払いした。

「それに、あの音は何ですの?」

 しかし、四人の目は既に光に慣れ始めており、部屋の中の様子を見て胃がむかむかした。

 巨大な網の檻が壁に並んでいた。

 檻の中には、何百万匹ものハエが、

 悪臭を放つ腐った食べ物の山の周りをブンブン飛び回っていた。

「養殖場の一つだ。早く逃げよう。グノメ族がいつ現れるか分からない」

「ワソを操るだけじゃなくて、グノメ族を奴隷にするなんて……!

 影の大王は本当に邪悪ですわ!」

 四人はドアへと急ぎ、薄暗いトンネルへと出た。

 腐敗臭はまだ漂っていた。

 右手のどこかから声がこだまするのを聞いた。

 四人は左に曲がったが、少し歩いたところで目の前の扉が勢いよく開き、

 二人のグノメ族が大きな木箱の片端を持って駆け出してきた。

「……見つかった!?」

 四人は凍りつき、それから後ずさりし始めた。

 赤髭のリ・ナンが辺りを見回し、四人を見つけると、箱の片隅を落としながら叫んだ。

 箱が石の床に激しくぶつかり、割れると、リ・ナンはよろめき、怒りの雄叫びを上げた。

 箱からは死んだハエが、不気味に光る流れとなってこぼれ落ちた。

「侵入者が逃げている!」

 リ・ナンは悲鳴を上げた。

 彼は頭を後ろに反らせ、山腹でグノメ族がキンを撃っていた時に使っていた甲高い、

 ゴロゴロという鳴き声を上げた。

 たちまちトンネルは、両方向から響く足音で満たされた。

「下がれ!」

 バルダが叫んだ。

 四人は先程出たばかりの繁殖洞窟の扉を目指して走った。

 すぐ近くにあったが、到着する頃にはトンネルの両端は走り回るグノメ族がたくさんいて、

 弓を構えて四人に迫っていた。

 ヴァージニア、リーフ、バルダがプリンを洞窟の中に押し込んでプリンを追いかけると、

 既に矢が飛び交い始めていた。

 三人は無事だったが、ジャスミンはそう幸運ではなかった。

 ジャスミンが扉を飛び越えようとした時、悲鳴を上げ、グノメ族は勝利の雄叫びを上げた。

 彼女は洞窟の中によろめきながら入り、扉に倒れ込み、勢いよく扉を閉めた。

 バルダは飛び上がって矢を差し込んだ。

 リーフはジャスミンを掴み、脇に引きずり下ろした。

 ジャスミンは震える矢を掌から引き抜きながら、地面に這い降りた。

 

「ジャスミン! まさか、あなた、毒をもらったんですの!?」

 ヴァージニアは負傷したジャスミンを見て驚く。

 傷は軽かった。

 矢は皮膚のすぐ下に刺さっただけだった。

 しかしジャスミンは仰向けに倒れ、目をぎゅっと閉じ、毒が体中を駆け巡る苦痛に喘いでいた。

 リーフとバルダは、無力感と悲しみに打ちひしがれ、ジャスミンの上にかがみ込んだ。

 フィリは呻き声を上げ、クリーは悲鳴を上げた。

「あの魔法の薬でジャスミンを助けないの!?」

「君の分で最後だったんだ」

「そんな……」

「……わたくしが何とか治しますわ」

 プリンは震えながら後ずさりした。

 ヴァージニアはジャスミンの前に立ち、精神を集中する。

 ジャスミンの目が開き、白い唇の間から呟いた。

「自分を責めないで。私達はあなたの民に恩義があるのよ。プリンはたった一人だけ」

「ジャスミンもたった一人だけだ」

 バルダの顔は悲しみで引きつっていた。

 グノメ族は扉に辿り着き、扉を蹴り、叩きつけていた。

「よくもジャスミンを……!」

 バルダは立ち上がり、剣は手に輝き、目は燃えていた。

 しかし、ヴァージニアはバルダにこう叫んだ。

「バルダさん! わたくしが治しますから、落ち着いてください!

 慈悲深き神よ、どうかこの者より毒をお清めください……!」

 ヴァージニアは、ジャスミンの肩に手を当てて呪文を唱えた。

 以前にもプリンを救ったこの解毒の奇跡をまた使うなんて、とヴァージニアは思った。

 この奇跡はあらゆる毒を取り除くので、ゲリックの毒にも効くかもしれない。

「大丈夫ですわ。絶対にわたくしがジャスミンを治しますわ」

 ヴァージニアの言葉にバルダは頷き、再び扉の方を向いた。

 プリンは何も言わず、ジャスミンの短剣を取り、忍び寄り、バルダの隣に立った。

 バルダはプリンを一瞥し、手を振って追い払おうとしたが、

 プリンは首を横に振って動かなかった。

 グノメ族は今、何か重いもので扉を叩きつけ、息を整えて叫び声を上げていた。

 扉の閂はガタガタと音を立て、木材は砕け始めていた。

 長くは持ち応えないだろう。

 バーダは剣を手に、厳しい表情で立ち、待ち構えていた。

 彼の隣には、恐怖に怯え、目を見開いていたプリンがいた。

 扉にぶつかるたびにジャスミンは顔をしかめたが、それでも踏みとどまった。

 ジャスミンはベルトに指を絡ませたまま、死んだように動かなかった。

 リーフは頭を下げ、彼女の耳元で囁いた。

「ジャスミン、ヴァージニアが助けてくれたんだ。毒と戦え!」

 リーフは息を切らして言った。

 ジャスミンの表情は変わらなかった。

 しかしリーフとヴァージニアは、日に焼けた指がほんの僅かに動いたのを見たような気がした。

 ジャスミンはヴァージニアの奇跡の効果があり、リーフの声を聞いていたのだ。

 

 またもや大きな音がして、木が割れる音がした。

 クリーは警告の叫びを上げ、バルダの元へ逃げた。

 プリンは恐怖で悲鳴を上げた。

 リーフは振り返ると、扉が激しく震えているのが見えた。

 蝶番は壊れかけ、閂は半分外れていた。

 あと一撃、いや二撃……。

 リーフの隣で、ジャスミンが長く低い溜息をついた。

 ジャスミンの目が眠そうに開いた。

 リーフとヴァージニアの心臓は躍った。

 目が澄み渡り、最早痛みに満たされていないのを見て。

 しかし、ジャスミンは酷く弱っていた。

「リーフ! ヴァージニア! 奴らが突破してきた!」

「わ、分かりましたわ……」

 ヴァージニアは、ふらつきながらもメイスを構える。

 リーフはジャスミンの盾をジャスミンの前に立て、

 ジャスミンを少しでも守ろうと、扉へと駆け寄った。

 震える木にぽっかりと開いた穴から、グノメ族のニヤニヤした顔と、煌めく斧が見えた。

 バルダは剣を振り回し、グノメ族の手足が忍び寄る穴を突き刺していた。

 ヴァージニアはグノメ族を殺さないようにメイスを振り回した。

 プリンは二人の傍らで、ジャスミンの短剣で勇敢に突き刺していた。

 これまでは侵入を防いでいた。

 しかし、間もなく扉が完全に崩れ、内側に落ちていくだろう。

 そうなれば、グノメ族は決壊したダムに水が流れ込むように、その上を駆け抜けるだろう。

 そして全てが失われるだろう。

「プリン! ジャスミンのところへ行け! ジャスミンと、できればフィリを守れ」

 リーフはプリンがリーフの命令に従うために急いでいるのを代わった。

 ヴァージニアとバルダはグノメ族を撃退する事をやめなかったが、

 ジャスミンがまだ生きていると知った今、二人の顔は、より一層決意を固めていた。

 ドアの向こうから甲高い怒声が響いた。

 リーフには聞き覚えのある声だった。

「愚か者ども! お前らは勝てない! 今すぐ降伏すれば、慈悲を与えてすぐに殺してやる。

 しなかったら、苦しませてやる!」

 それは、ゲリックのために働く事に不満を漏らしていた労働者、グラ・ソンだった。

 リーフは唇を舐めて叫び返した。

「グラ・ソン、ハエ集めをする代わりにここで遊んだら、

 ゲリックが怒るんじゃないかと心配してるのか?

 ああ、かつてグノメ族が自分達の主人だった時代があったんだ」

「それに、恐怖の山の広間がゴミ収集車みたいな

 悪臭を放っていなかった時代もあったと聞きましたわ」

「そして、宝物をヒキガエルの粘液で覆っておらず皆の羨望の的だった時代もあった」

「黙れ! ゲリック様が我々を強くしてくれた!」

 リーフには赤髭のリ・ナンの声だと確信していた別の声が聞こえた。

「ゲリック様がやって来て、影の大王とそのしもべから我々を守ってくれると申し出た。

 毒を使う事を許可してくれたが、ある条件があった。

 厳しい条件だったが、我々は喜んで受け入れた。ゲリック様の毒が我々を強くしてくれたのだ」

「ああ、そうだ。そいつはキンを追い払うのに役立った。

 おかげで今、君達の道やグノメ族の休息地は、

 ブラールが待ち伏せる棘だらけのブーロンの木々に覆われている。そいつは君達を奴隷にした。

 おかげで今、君達はゲリックに仕えて昼夜を問わず働き、

 半ば飢え、命の危険を感じながら働いている。実に素晴らしい取引をしたな」

「つまり、あなた達は知らず知らずのうちに、邪悪に加担していましたのよ!」

 扉の外は静まり返っていた。

 ヴァージニア、リーフ、バルダは顔を見合わせた。

 

「君達の主人を倒すなら、手伝ってあげるよ。もう一度自由になりたくないのか?」

 リーフは幸運を祈って指を交差させながら叫んだ。

 また長い沈黙が訪れた。

 

「どんな武器もゲリックを殺せない」

 ついにその時が来た。

 グラ・ソンの声は絶望で鈍っていた。

「ゲリックの皮膚は厚すぎて、剣も矢も刺さらない。斧でさえも効かない。

 俺達の自由を勝ち取ろうとした勇敢な行動で、多くの人が死んだ」

「そして、ゲリックの毒には誰も耐えられない」

 もう一人の年配の声が響いた。

「このファ・グリン、グノメ族の長が告げる。おぬしも自分の目で、

 仲間の身に何が起きたのかを見ただろう――手に負えた小さな矢傷を通してだ」

「私に何が起きたの?」

 力強く、笑い声のような声が響いた。

 扉の外で唖然とした沈黙が訪れると、ヴァージニア、リーフ、バルダは振り返った。

 ジャスミンが三人の後ろに立ち、プリンの肩に寄りかかっていた。

 彼女は青白く弱々しく見えたが、三人にニヤリと笑いかけた。

「大丈夫よ! ヴァージニアのおかげで、毒は治ったわ、ファ・グリン!

 あいつは私達を殺す事はできないけど、私達にはあいつを殺すのに十分な武器があるのよ」

 ジャスミンは体を揺らしながら言葉を止めた。

 それからジャスミンは必死に頭を上げ、再び声をかけた。

 以前と変わらず自信に満ちた声で。

「助けが必要か? もしそうなら、武器を置いて、仲間を送り込んでくれ。話がある」

 

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミン、そしてグノメ族の代表者三人、

 グラ・ソン、リ・ナン、ファ・グリンとの会合は、1時間以上続いた。

 その間、プリン、クリー、フィリは養殖場の片隅から静かに見守っていた。

 誰もグノメ族を信用しておらず、ファ・グリンが明らかにキンの皮で作った

 フリンジ付きの服を着ていたという事実も、四人の考えを変える事はほとんどなかった。

 当初、話し合いは難航し、怒りがこみ上げてきた。

 しかし、リーフが予想していた通り、

 グラ・ソンは心の底でゲリックを倒すチャンスを逃すまいと決意していた。

 ヴァージニアの奇跡による回復に驚いたファ・グリンに、リ・ナンも折れ、決断に至った。

 グノメ族の助けを借りて、ヴァージニア達はゲリックを打ち倒す。

 その見返りに、自由と、ゲリックの額に埋め込まれた鈍い緑色の石を手に入れるのだ。

「お粗末な報酬だな」

 年老いたファ・グリンは疑念の眼差しで呟いた。

「ところで、どうしてそれがそこにあると分かったんだ?

 ゲリックの額に石が現れたのは、ほんの16年ちょっと前だぞ」

「私達にはそういうことを知る術があるわ。

 私達の魔法がどれほど強力か、自分で見た事がないの?」

「ゲリックは石で強力な呪文を唱えると聞いている。

 それに、これはとても大きい。きっとそれが欲しい理由だろう?」

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは頷いたが、

 ファ・グリンが納得していないのが分かった。

 明らかに、彼らはまだ信用できないようだった。

「ゲリックはもう眠っているでしょう。この時間に宝の洞窟に入るのは禁じられています。

 もしゲリックが目を覚ましたら……」

「あいつは目を覚ましませんわ。もし目覚めたら、苦しむのはわたくし達ですわ。

 お願いだから、道を示してください」

「宝の洞窟に入る? 盗むものを好きなだけ選べるのか? いや、そんな事はない」

「いずれにせよ、我々も一緒にいた方がましです。

 もし計画が失敗すれば、最終的にはあなたと同じくらい大きな代償を払う事になります。

 ゲリックはあなたを逃がした罪を我々になすりつけるでしょうから」

 リーフはリ・ナンを一瞥した。

 赤髭のグノメ族は何も言わなかったが、ふさふさした眉毛の下の目は、

 石のように警戒心が強く、冷たかった。

 

「分かった。了解だ。我々七人で洞窟へ向かう。ゲリックの死か、我々の死か……どちらかだな」

 リ・ナンは振り返り、蠅の檻を見回した。

 皺だらけの顔には、恥と嫌悪感が浮かんでいた。

「もし成功すれば、この汚物を穴から一掃できる。

 たとえ失敗しても――少なくとも二度と見なくて済む。私は、喜んで危険を冒す」




次回は恐怖の山のボス、ゲリックとの対決となります。
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