ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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タイトル通りにヴァージニアが活躍します。
関係ないですが、ニンダイは昨日は寝てたので今日に見ました。


第41話 ヴァージニア、借りを返す

 二日後、四人は岸辺に立ち、広大な、泡の散りばめられた青い海を眺めていた。

 風が四人の服を引き裂き、髪をなびかせた。

 寒さと空腹に苛まれた旅の間、

 四人は川の向こう岸に城壁で囲まれた村をいくつか見、橋さえも渡った。

 しかし、盗賊の気配はどこにもなく、今なお、盗賊の船はどこにも見当たらない。

 海を見た事のないジャスミンにとって、海は新鮮な光景であり、驚異の源だった。

 ヴァージニアもまた、海への憧れから少しはしゃいでいた。

 リーフにとって、それは最初、故郷の息吹のようだった。

 しかし、景色はそうではなかった。

 影の大王が長らくデルの民にこの海岸への立ち入りを禁じていたからだ。

 音と匂い、そして唇に感じる塩の味は、痛々しいほど馴染み深いものだった。

 しかし、ほんの数分後には、その感覚は消え去り、一種の嫌悪感へと変わった。

 ここはデルの海岸ではなかった。

 この海岸は、風と打ち寄せる波の音以外は、何もなく静まり返っていた。

 生き物の気配は微塵もなかった。

 波立つ水面に魚が跳ねる事も、砂の上をカニが走り回る事もなかった。

 そして、視界に飛び込んできた鳥はクリーだけだった。

 

 リーフは、足元に這い寄ってくるシューという音を立てる泡に、身を縮めていた。

 この海に、トル川の汚物が全て流れ込んでいた。

 その清らかで輝く水面は嘘だった。

 その下には、川が長きに渡り背負ってきたあらゆる汚物と悪が転がっていたのだ。

 深い場所では殺人虫がうごめき、死骸を餌に、壊れた船の残骸の上を這い回っていた。

 リーフの左側にある細長い砂地の端、

 やつれた顔のように見える岬の下には、魔物の洞窟があった。

「どうしましたの?」

「何でもない」

 リーフは急に顔を背け、右手の河口を振り返った。

 渦巻く水の向こうには、平らで滑らかな岩の麓から聳え立つ、

 もう一つの陰鬱な岬へと続く砂地が続いていた。

 リーフが見守る中、岩から高く突き出た水しぶきが空へと吹き上がった。

 まるでそこに潜む巨大な生き物が、口いっぱいに水を吐き出しているかのようだった。

 ジャスミンは驚いて息を詰まらせた。

「怖がらなくていい、あれは噴気孔だ。母さんがそう言っていた。

 水は岩の下のトンネルを力強く通り抜け入ってきた場所から遠く離れた穴から噴き上がるんだ」

「全然怖くなかったわ。驚いただけよ、ほんの一瞬だけ。

 でも、あっちに行かなくて済んでよかったわ」

(こっちも、わたくし達にとってはあまり楽しくないんですけどね……)

 四人は濡れた砂の上を歩き始めた。

 風が耳元で吹き荒れた。

 前方の岸辺は荒涼としていて、岬が脅威に満ちていた。

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは長い間、用心深く行動してきた。

 離れ離れになる事も耐え、忍び寄り、隠れてきた。

 しかし、影の大王のしもべ達がきっと見張り、

 待ち構えているであろうこの場所では、姿を現すしかなかった。

 隠れる場所などどこにもなかった。

 そして、迫り来る危険を警告してくれるベルトももうない。

 リーフはバルダを一瞥し、この二日間に何度も感じたのと同じ、深い落胆を覚えた。

 バルダは頭を下げて歩いていた。

 まるで、いつ危険が空から襲い掛かってくるか、

 砂の下から湧き上がるかなど忘れてしまったかのようだった。

 リーフは、前を闊歩し、目を見開いてあちこちを飛び回るジャスミンと、

 辺りを見渡すヴァージニアの後を、大人しくついていく。

 盗賊の地図を思いがけず見つけた事で、ヴァージニア、リーフ、ジャスミンは、

 新たな活力が湧いていたが、バルダは考え込み、引きこもってしまったようだった。

 川を下る間、急ぐように促す以外は、ほとんど口を利かなかった。

 ヴァージニア達が希望や不安を語る間、バルダはただ耳を傾けていた。

 明らかに、バルダは何か考えているようだった。

 それは誰にも言えない何かだった。

 リーフが危険を冒しても、バルダは文句を言わなかった。

 ジャスミンが川岸に打ち上げられた破片を拾うために立ち止まっても、

 バルダは何も言わなかった。

 実際、バルダはあまりにも辛抱強く、優しく、リーフは居心地が悪くなり、

 あの気難しいバルダの唸り声をもう一度聞きたくなったほどだった。

 ヴァージニアが考え事をする中、ジャスミンは後ろをちらりと見た。

 リーフは、バルダが俯いているのに気づき、額に皺が寄っているのに気づいた。

「なんか、バルダさんの様子がおかしいですわ……」

「もしかして病気なのかしら? それとも、単に気を失ってしまっただけ?」

 リーフは首を横に振った。

「これまでも状況は絶望的だったけど、バルダは常に頼りになる存在だった。今回は違う。

 もしかしたら、何か大きな災難の到来を予感しているのかもしれない」

 リーフが恐れていた通り、ジャスミンは鼻を鳴らして首を振った。

「バルダは魔法の力なんてないわ! 未来を見通せないわ!

 たとえできたとしても、既に起こった事以上に大きな災難があるの?」

 ジャスミンは再び険しい顔つきで前を見た。

 四人はもうすぐ岩場にたどり着こうとしていた。

 クリーを呼び寄せ、ジャスミンは寒さから肩を竦め、バルダが追いつくのを待った。

 風に引き裂かれた崖が彼らの頭上で険しく見えた。

 岩は残酷な峰へとそびえ立ち、そして暗い穴だらけの裂け目へと崩れ落ちていた。

 波が打ち寄せ、四人は水しぶきを浴びながら、滑りやすい岩場を慎重に渡り始めた。

 それでも、盗賊も、他の敵の気配もなかった。

 奇妙だな、とリーフは不安に思った。

 

 その時、リーフは洞窟を見つけた。

 リーフが立っている場所のすぐ先の崖にぽっかりと口を開けていた。

 暗く、秘密の口。

 波の届かない、両側はギザギザの岩に隠されていた。

 リーフはヴァージニア、バルダ、ジャスミンに手招きし、

 三人は静かに洞窟の入り口へと忍び寄った。

 冷たく湿った空気が二人の顔に吹き付けた。

 それはまるで海の息吹のようだった。

 塩と死の匂いが混じった息吹だった。

 ジャスミンの服の下に隠れていたフィリが、すすり泣いた。

 彼女はフィリを落ち着かせるために手を差し伸べ、薄暗い場所へと移動した。

 ヴァージニア、リーフ、バルダもすぐに後を追った。

 リーフはまばたきをし、薄暗い光に目が慣れるのを待った。

「おかしいですわ、誰もいない……?」

 しかし、リーフが慣れるよりも早く、ヴァージニアは洞窟に生命がいない事を悟った。

 生き物が息をする場所が、これほど完全に静まり返っているはずがない。

 それでも、まるで危険が迫っているかのように、ヴァージニアの肌はチクチクと震えていた。

 突然、ジャスミンが鋭く息を吸い込み、バルダが低い呻き声を上げるのが聞こえた。

 バルダは腰帯から短剣をひったくった。

 そして、四人が先に見たものを目にした。

 地面にぽっかりと穴が開いた。

 不気味な暗闇へと続く穴。

 周囲に積もった砂を見れば、ごく最近誰かが掘った事が分かった。

 至るところに重々しい靴の跡があった。

 砂の中に半分埋もれた紙があった。

 リーフはそれを拾い上げた。

 盗賊の地図の複製だった。

 リーフは震える声でメッセージを読み上げた。

「え……つまり、ジョーカーはわたくし達を裏切ったんですの?」

「まだ遅くないかもしれない。もしかしたら盗賊達は宝石を見つけていないのかもしれない。

 番人が奴らを殺したのかもしれない」

「それは望みすぎだと思う」

 バルダは砂の中からもう一つの物を拾い上げた。

 真珠貝でできた小さな箱だった。

 蝶番は、まるで荒々しく貪欲な手で引き裂かれたかのように壊れていた。

「奴らは宝石を持っている。宝石とベルトを持っている。もう遅すぎる。もう終わりだ」

「駄目だ! 追いかけて見つけなきゃ!」

 リーフは手に持っていた紙をくしゃくしゃにした。

「騙されるな。これほどの富を手にした盗賊達は、川に戻る必要はないだろう。

 今頃は遥か沖合へ出て、ジョーカーからできるだけ距離を置き、取引相手を探しているだろう。

 我々の手が届かないところにいる」

 バルダはリーフの肩に優しく手を置いた。

「痛手だが、立ち向かわなければならない。俺達の旅は終わった。デルに戻らなければならない。

 よく考えろ、リーフ。これで両親は解放され、城に行って姿を現す事ができる。

 君の父親が言ったように、ただ逃げたふりをすればいい」

「……おかしい。バルダさんがこんな事を言うはずがありませんわ……」

 ヴァージニアが不安そうに呟き、ジャスミンはずっと黙っていた。

 リーフはジャスミンとヴァージニアを一瞥した。

 ジャスミンは洞窟の反対側に、じっと立っていた。

 クリーはジャスミンの腕に彫像のように座っていた。

 ジャスミンの顔は影に覆われていたが、ジャスミンの手には何かが輝いていた。

 リーフの冷たさがこみ上げてきた。

 ジャスミンは短剣を抜いた。

 するとすぐに、蛇が襲いかかるように、背後に忍び寄っていた何者かが飛びかかってきた。

 バルダは、大剣がリーフの胸を貫き、苦痛の咆哮を上げながら両腕を振り上げた。

 リーフは自分の叫び声が洞窟にこだまするのを聞いた。

 耳鳴りがし、胸が締め付けられる思いで、

 リーフは短剣を手に振り返り、襲撃者に飛びかかろうとした。

 そして、リーフは顎を落とした。

 そこに立っていたのは、息を切らし、やつれた顔で、

 倒れる体から血まみれの剣を引き抜いた、もう一人のバルダだった。

 リーフは慌てて振り向き、地面に倒れたその姿を見た。

 顔が溶け、体が崩れ落ち、もがき苦しむ塊になるのを見て、胃がむかむかした。

 ピンク色の髪の女性のダンスパートナーの長く曲がった手が白い闇の中から現れ、

 すぐに白い水鳥の頭と、リーフの知らない多くの目と口が続いた。

 旅を諦めさせたバルダは、オルが変身していたのだ。

 

「やっぱりオルだったんですのね!」

「まさか!」

 背後でバルダの声が響いた。

「どうして騙されたんだ?」

 あの、見覚えのある、苛立った唸り声を聞いて、

 リーフは喜びの叫び声を上げて短剣を落とし、バルダの肩に腕を回した。

「落ち着け」

 バルダは落ち着かない様子で言ったが、バルダは身を引かなかった。

「洞窟の入り口であなたを見た時、信じられなかったわ!」

 ジャスミンはバルダのところに飛びかかり、今度はバルダを抱きしめた。

「どうしてこんな事になったの?」

「オルは俺が死んだと思った。でも、俺はそう簡単には死なない。

 岸まで這い上がって、君の足跡を辿れるだけの体力を回復するのに長い時間がかかった」

「ある足跡は僕を困らせた。でも、ここに辿り着いて理解した」

 リーフは、洞窟の底にただ泡立つ水たまりと化したオルの残骸を見て、嫌悪感に顔をしかめた。

「分かっていたはずだ! あれが盗賊とオルから逃げた話をしていたじゃないか!

 なのに、バルダ、君はピンク色の髪の女に変身したオルが姿を現す前に、

 船から落ちてしまったじゃないか。どうして知っていたんだ?」

「だから、あれがあんなに静かで大人しかったのも無理はないわ!」

「あれはバルダさんの姿や声を真似て、

 わたくし達の言葉からわたくし達の事を学ぶ事ができましたわ。

 でも、どう振る舞えばいいのか分からなかったんですの。

 あなたが本当はどんな人なのかを知る暇もなかったんですのよ!」

 バルダは眉を上げた。

 ヴァージニアとジャスミンは自分の言葉があまりお世辞ではなかった事に、手遅れに気づいた。

 ジャスミンは慌てて二本目の短剣を拾い上げ、ブーツに押し込んだ。

 ヴァージニアも、ぺこりと頭を下げた。

「俺は生まれつき物静かで優しい方ではないかもしれないな、ヴァージニア、ジャスミン。

 でも、小さな問題が一つあるだけで、旅を諦める気にはなれないよ」

「小さな問題だって!? 盗賊達が六つ目の宝石とベルトを持っている!

 しかも、遠くにいるんだぞ!」

「どうして遠くにいると分かるんだ? オルがそう言ったから?

 もしかしたら、今この瞬間も、岬のすぐ近くの湾に隠れているかもしれないぞ」

 バルダは砂の穴を指差した。

「もし奴らが宝石を見つけたなら、なおさら良い。

 怪物と対峙するより、奴らから宝石を手に入れたいからな」

 オパールが見せた吐き気を催すような幻覚が、リーフの脳裏に浮かび上がった。

 突然、新鮮な空気が恋しくなった。

 リーフは振り返り、洞窟からよろよろと飛び出した。

 ニヤニヤと笑う男の腕の中に、まっすぐに飛び込んだ。

 鉤鼻はリーフの顎に届きそうになり、黄ばんだ歯は鋭く削られ、獰猛な瞳は勝利に輝いていた。

 

「リーフ! バルダさん! ジャスミン!」

 盗賊はたった二人だけだったが、リーフの喉元に剣を押し付けられ、

 バルダとジャスミンは降伏するしかなかった。

 ヴァージニアは何とか逃げ出したものの、一人で追いかける自信は彼女にはなかった。

 残酷にも縛られたリーフ達は手漕ぎボートに引きずり込まれ、

 クリーがリーフ達の頭上を無力に舞い降りていた。

「洞窟で何かが動いたと言っただろうな、ナック?」

 歯を削られた男は早口で言った。

「上陸してみる価値はなかったのか?」

「いい遊びになるだろうね」

 リバークイーン号でジャスミンを捕まえた、男の連れである大柄な赤毛の女が同意した。

 女はジャスミンの髪に指を絡ませ、意地悪くジャスミンの頭を後ろに引っ張り、

 自分の顔をじっと見つめた。

「目上の人を蹴っちゃいけない事を分かってるのかい? この岸に侵入した奴はこうなるんだ。

 あんたに会いたがっていた小さなペットだよ。そうだろ、フィン?」

 男はくすくすと笑って同意した。

 ボートに乗り込むと、コートのボタンを外した。

 刺繍の入ったベルトを締めていた。

 リーフが、そのベルトに目を留めている事に気づき、笑みを浮かべた。

「懐かしいのか? 驚くには当たらない。見た目より重いぞ? 確かに上質だ!

 だが、お前が行くところでは必要ないだろう」

 そして、まだ笑いながら、男は船に腰を下ろした。

 

 一方、何とか逃げ切ったヴァージニアは、リーフ達をどうやって助けるか考えていた。

 ヴァージニアは荒波が打ち寄せる岸辺を駆けながら、焦燥感に襲われていた。

 リーフ、バルダ、ジャスミンを盗賊に奪われた今、彼女は一人きりだった。

 だが、じっとしている時間はなかった。

 盗賊達は確実にリーフ達をどこかへ運んでしまうだろう。

 岩陰に隠れ、ヴァージニアはじっくりと策を練った。

 盗賊達の船まで泳ぎ着くには無理がある。

 だが、盗賊達がどこへ向かっているかを突き止めれば、

 一歩先を読んで行動する事ができるかもしれない。

 

「ネズミの街での借りを、今度はわたくしが返す番ですわ。

 リーフ、バルダ、ジャスミン、必ずわたくしが助けに行きましてよ」

 

 波の向こうの静かな水面に到達すると、ボートは方向転換し、リーフ達が来た道を戻り始めた。

 クリーは頭上の風と戦い、フィンとナックは流れに逆らって体を張った。

 ついにリーフ達は潮吹き穴の反対側に進み、岩肌を慎重に避けた。

 するとそこには、浅瀬に揺れる盗賊の船が、岬の巨大な洞窟に隠れていた。

「ついて来ないで、クリー!」

 ジャスミンは空に向かって叫んだ。

「もしついて来たら、一生待つんだけどね」

 手漕ぎボートが洞窟に滑り込むと、

 リーフは残りの盗賊達が水面上の巨大な岩棚で飲食しているのを見た。

 ポリパンは皆が注文した皿を運びながら、あちこち走り回っていた。

 何かが違う、とリーフは思った。

 慌ただしく、不機嫌そうに見えたが、それだけではなかった。

 リーフは少しの間、考えた後、別の事に気づいた。

 デインは隅にしっかりと縛られて横たわっていた。

 彼の隣にはもう一人の囚人が横たわっていた。

 ぴったりとした青いコートを着た男だ。

 ナックとフィンは歓声で迎えられた。

 リーフ、バルダ、ジャスミンはしばらく押され、嘲笑された後、

 デインともう一人の男と共に投げ倒された。

「あいつらの叫び声は耳に心地よく響くよ!」

 ナックは群衆の方へ威勢よく戻りながら叫んだ。

「でも、お腹がいっぱいならもっと美味しいよ!」

 ナックが去るとすぐに、リーフはフィリがジャスミンのジャケットから抜け出し、

 ジャシミンのブーツへと駆け寄るのを見た。

 小さな生き物は渾身の力で隠された短剣を引き抜こうとしたが、

 それはフィリの力では到底及ばなかった。

 デインの疲れ果てた目は悲痛で暗かった。

「もしキミ達が生きていたら、きっとボクを助けに来ると思っていた。

 最初はそうしてくれると祈った。それから、そうしないと祈った。

 今、ボクが恐れていた事が現実になった。キミは奴らに捕まった」

「僕達はどうするんだ?」

「分からない。だが、グルーという何かの事を言っている」

 青いコートを着た男は恐怖に呻いた。

 デインは男を一瞥した。

「ミルンだ。奴らはミルンを裏切り者と呼んでいる。

 ナックを殺そうとしたが、ナックは連れてきたのは愚か者だと言った」

(もしかして、ナック、フィン、ミルンって、村を襲ったあの盗賊なのか)

 ポリパンはリーフ達の周りを嗅ぎ回っていた。

 今、リーフの胸に顔を押し付け、すすり泣いた。

 リーフはそれを押しのけようとした。

 その臭いは酷いものだった。

 それは何かを思い出したが、何の事か思い出せなかった。

「まだ影の憲兵団に引き渡すつもりなの、デイン?」

「ああ、激しい議論はあったけど。ミルン達はその計画に賛成だった。

 でもナックとフィンは恐れていた」

「恐れているのか? 何も恐れていないようだが……」

 リーフは焚き火を囲んで笑っているナックとフィンを見た。

 デインの顔に奇妙な、困惑した表情が浮かんだ。

「ジョーカーを恐れているんだ。

 もしジョーカーが、レジスタンスを裏切った事を知ったら、

 奴らの命は灰の一握りにも値しないとフィンが言っていた。

 だから、ジョーカーは奴らを一人ずつ追い詰め、決して逃げられないようにするだろう」

(盗賊達がここにいる理由が分かったよ。ジョーカーを恐れているんだ)

「今夜出発する。ナックとフィンは行く気がない。二人は戦利品を持ってここに残る。

 残りは俺と一緒に川を遡り、恐怖の山の近くの憲兵団と合流する」

 ポリパンは再びリーフを引っ掻いた。

「どうしたんだ? 僕に何の用だ?」

 リーフは怒りを込めて言い、身をよじりながらポリパンから逃れようとした。

 その時、突然、リーフは悟った。

 最初は首を横に振ったが、やがて頷いてから飛び去った。

 バルダとジャスミンは気に留めなかった。

 二人はデインに集中していた。

 リーフは唇を噛みしめていた。

 盗賊達の言葉にまだ混乱し、動揺している様子だった。

「ジョーカーの事を知っていると思っていた。どうやらほとんど何も知らなかったようだ。

 フィンがジョーカーの事を話していた、まるで普通の人間を超えた力を持っているかのように」

「じゃあフィンはバカね!」

 ジャスミンはきっぱりと言った。

 皆がジャスミンを見返すと、ジャスミンは顎を上げた。

「リスメアでジョーカーと戦ったのを覚えているわ。

 あの時、ジョーカーの危険を感じて、理解したの。

 ジョーカーは自分が生きようが死ようが気にしない。

 ジョーカーが受けてきた苦しみは、顔だけでなく心にも傷を負っている。

 今、ジョーカーの心にあるのは、怒りと苦悩と冷たさだけよ」

「だから、ジョーカーには失うものは何も残っていないんだな」

「それがジョーカーを恐るべき敵たらしめているのよ。それがジョーカーの力の源よ。

 でも、私にはその力は欲しくないわ」

 ジャスミンは手を伸ばしてフィリの柔らかな毛皮を撫でた。

 

 ヴァージニアは洞窟にあった隠し通路を通り、

 リーフ達が捕まっている場所にこっそりと忍び寄った。

 そして、リーフ達を縛っている縄を取り外すと、

 リーフはヴァージニアに気付いたのか、ヴァージニアの方を向いた。

「ヴァージニア? どうして……」

「しー。クリーが教えた事は内緒ですわ」

 縄は何とか外したものの、ここからすぐに逃げると、あっさり盗賊達が気づいてしまうだろう。

 しばらくすると、ポリパンが早口で近づき、リーフの袖を焦らしながら引っ張った。

「それを僕の服の下に着せて。それから……」

 今度は、バルダとジャスミン、そしてデインも見ていた。

 リーフは、ポリパンがぶつぶつ言いながら刺繍の入ったベルトを腰に締めると、

 周りが目を見開くのを見た。

 バルダ、ジャスミン、デインがフィンに目を丸くするのが見えた。

 フィンは盗賊達と飲食を共にしており、自分が盗まれた事には全く気づいていない。

「ポリパン、君は本当に立派な泥棒だな」

 リーフは横に転がり、

 ポリパンがポケットから欲しいものを取らせる――ルーカスから買った小さな袋だ。

 ポリパンは光沢のある茶色のキャラメルの包みを開け、口に放り込み、幸せそうに噛み始めた。

「このキャラメルはポリパンの大好物らしいな。ポリパンは盗賊達と一緒に行ったんだ。

 リバークイーンの船長のように、盗賊達が報酬としてキャラメルを蓄えていない事を。

 たまたま僕が持っていてよかったじゃないか?」

「ジャスミンのブーツにもう一本の短剣がある。

 ポリパンはそれを取り出して、後で使うもう一つの短剣と交換してくれるか?」

 ポリパンは激しく首を振った。

「もう試したよ。でもポリパンはそこまで踏み込めないって。

 ナックとフィンには絶対にバレないって言ったじゃないか?」

「「ああ(ええ)!」」

 バルダとジャスミンは二人で同意した。

 それでもポリパンは首を振り、リーフのポケットに羨望の眼差しを向けた。

「それで、ベルトを返せって言ったんだ」

 リーフはデイン以外の場所を注意深く見ながら言った。

「バルダ、君がくれたから、僕には価値があるんだよ」

「もちろん。それで、もう一つの小さな宝物は?

 ほんの一、二日前に見つかった可愛い宝石? 小さな真珠貝の箱に入っていたもの?」

「ポリパンは聞いた事がないみたいだ。フィンは内緒にしてると思う」

「宝物?」

 急に興味津々になったミルンは寝返りを打ち、充血した目で二人を睨みつけた。

 デインもまた片肘を立てて見つめた。

 リーフは自分の行動が賢明かどうか分からず、無謀にも突き進んだ。

「地図は持っていたが、到着が遅すぎた。フィンはもうそこにいた。待て! 見せてやる」

 リーフはポリパンに話した。

 狂ったように噛み、喜びの笑みを浮かべると、ポリパンはもう一つのポケットに手を突っ込み、

 リーフが洞窟の底で見つけた地図を取り出した。

 小走りでやってきて、ミルンの前に地図を置いた。

 それからリーフの元へ駆け戻った。

 リーフは再び転がり、二つ目のご褒美を受け取った。

 ミルンは目を細めて紙を見つめると、唇が動いた。

 そこに書かれた言葉、

 特に側面のメモ――「ジョーカー」と書いてあるメモ――を読み取ったのだ。

 ほんの一瞬、リーフは黙っていた。

 それから冷笑しながら、再び仰向けに転がり、顔を背けた。

 リーフが不思議に思う間もなく、リーフは乱暴に引きずり起こされた。

「ゴミを捨てる時間だ!」

 フィンはニヤリと笑い、リーフの襟首を揺すった。

 食べたり飲んだりして顔を赤らめた他の盗賊達は、リーフ達に群がり、

 洞窟から海まで続く滑らかな岩の上へと引きずり始めた。

 ヴァージニアは気づかれる事なく、彼らの後ろを歩いて行った。

 残されたデインは、縛られたロープに抗いながら、無力に呻き声を上げた。

「いいか! フィンは君を騙した! 分け与えていない宝物を持っている!

 素晴らしい宝石を見つけたんだ!」

 リーフは声を振り絞って叫んだ。

 突然、辺りが静まり返った。

「おや?」

 ナックがフィンを一瞥しながら、厳しい声で尋ねた。

「素晴らしい宝石だって? どこで見つけたんだい?」

「魔物の洞窟だ!」

 リーフは叫んだ。

 驚いた事に、ナックとフィンを含め、周りの人達が甲高い声で笑い始めた。

「ああ! じゃあ、あんた達はまた一つ見つかるかもしれないね!

 グルーが喜んで手伝ってくれるよ。もっと長く楽しみな」

 岩に開いた丸い黒い穴から巨大な岩を押しのけ、石が擦れる音がした。

「いい狩りだ!」

 フィンが唸った。

 次の瞬間、腰を突き飛ばされた。

 そして頭から穴に落ち、闇の中へと落ちていった。




最初は盗賊という脅威に驚いたヴァージニア。
けれど、捕まった仲間を見過ごせないため、クリーと協力したのです。
次回は魔物の洞窟の怪物と遭遇し……。
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