ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

エメラルドを取り戻し、いよいよ残るベルトの宝石は二つ。
ヴァージニア達は変身怪物オルに襲われるが、レジスタンスの少年デインが助ける。
一行はデインを連れて、レジスタンスのアジトで作戦を話した後、
これ以上影の大王に目をつけられないためにもジャスミンはヴァージニア達と別れた。
ヴァージニア達は六つ目の宝石を探すべく、リバークイーン号という船に乗る。
リバークイーン号でヴァージニア達はジャスミンと再会するが、盗賊やオルが船を襲い、
デインはさらわれ、リーフ達は捕らえられてしまう。
ただ一人盗賊から逃れたヴァージニアはクリーの力を使って何とかリーフ達を助けたが、
魔物の洞窟の怪物グルーを見て短期記憶喪失になってしまう。
リーフ達は知恵を働かせてグルーから逃れ、アメジストを取り戻すのだった。


いましめの谷
第44話 再び現れた鬼女


 辺りは暗く、静まり返っていた。

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは影のように夜の闇の中を進み、

 トル川は四人の傍らを静かに流れ、その神秘を保っていた。

 安全のため、昼間の旅は避ける事にしていた。

 しかし、夜は危険を孕んでいた。

 松明で道を照らす勇気もなく、月は雲に覆われていた。

 闇が四人を包み込むように、徘徊する敵もまた闇に覆われるだろう。

 そして、闇はそれ以上のものを隠す。

 穴、岩、溝、木々、茂み、そして目印さえも隠す。

 一歩一歩が未知への道だった。

 

 どこか先に橋がある事を四人は知っていた。

 そこに辿り着けば、ついに四人に多くの悲しみをもたらした川を渡る事ができる。

 そして、デルトラのベルトの最後の宝石、

 偉大なダイヤモンドが眠るいましめの谷へと歩み始める事ができるのだ。

「この暗闇の中、橋を気づかずに通り過ぎるのは簡単そうだ」

 皆、トル川の事を考えるだけでも嫌悪したが、

 その暗い水が必ずや目的地へと導いてくれると信じ、川のすぐ傍に留まった。

 リーフは片手で、服の下に隠したデルトラのベルトを握りしめた。

 しかし、ベルトの力はどんなに強くても、

 目の前の暗闇を見通そうと目を凝らすリーフの力にはならなかった。

 

「もうすぐよ」

 ジャスミンが突然、呟いた。

 リーフは、かすかに青白いものがリーフの方を向くのを見た。

 ヴァージニアは辺りを見渡す。

 ジャケットの中に丸まったフィリは、小さく眠そうな声を上げた。

 クリーはジャスミンの肩の上で静かに姿を消し、黒い羽根は暗闇に飲み込まれていた。

「ジャスミン、見えますの?」

「見えないわ。でも、人や動物の匂いがするし、橋は村のすぐ向こうだったわよね?」

 ジャスミンは息を切らして言った。

 四人は忍び足で進み、ついに開けた地面を進んでいた。

 リーフは左手にそびえ立つ、より濃い黒壁の影が見分けられるような気がした。

 恐らく武装した村人達が夜警として壁の後ろに立ち、危険を察知していたのだろう。

 トル川を航行する盗賊や、岸辺を徘徊する盗賊達にもかかわらず、

 村が今もなお持ちこたえているのは、そのためかもしれない。

 物音を聞けば、影の憲兵団は捜索し、容赦なく即座に襲いかかるだろう。

 川沿いの悲惨な例から、躊躇えば全てを失う危険に晒されるという事を、

 四人は学んでいるはずだ。

 

 四人は息を切らしながらも、軽やかに進み続けた。

 壁の向こうの安全な木立に辿り着くや否や、月を覆っていた雲が晴れ、地面が光で満ちた。

 ジャスミンは息を呑んだ。

「運が良かったわ。もしあの出来事がほんの少し早く起こっていたら……」

 バルダはリーフの腕を軽くつつき、前方を指差した。

 木々の間から、リーフは橋を見た。

 それはすぐ近くにあり、月明かりに照らされて静かだった。

 長毛のヤギの小さな群れが橋の周りに群がっていて、

 立っているヤギもいれば、草の上で休んでいるヤギもいた。

「まあ、こんなにヤギがいるなんて……」

 橋は荷馬車が通れるほど頑丈で幅も広かった。

 大きな看板が橋の脇に立っていた。

 看板の文字は薄れていたが、リーフはまだ文字を判別できた。

 それは、トーラに向かう看板だった。

 リーフの心臓がドキドキと高鳴った。

 デルトラの国王と王妃に忠誠を誓う、西の大都市。

 王位継承者にとって理想的な隠れ場所だ。

 トーラは近いはずだ。

 だが、つい数日前、川沿いに海岸まで下った時、都市の気配はなかった。

 当時、リーフは気に留めていなかった。

 他に心配事がたくさんあったからだ。

 しかし今、それは実に奇妙に思えた。

 トーラは間違いなくトル川沿いにあるはずだ。

 その名前自体が、どこかに繋がっているように思えた。

「トーラは川からかなり離れたところにあるはずだ」

 明らかに同じ事を考えていたバルダが呟いた。

「でも、少なくとも遠くから見えなかったのは奇妙ですわね」

 リーフは頷きながら、まだ謎に頭を悩ませていた。

「もしかしたら夜に通り過ぎたのかもしれない。だから明かりがないんだ。

 いずれにせよ、いつか訪れる事ができるかもしれない――いましめの谷へ向かう途中でね」

「報告によると、少なくともベルトが完成するまではそんな事はしないようにと言ったらしいわ。

 デインが気を付け……」

 ジャスミンは唇を噛みながら言葉を切った。

 ヴァージニア、リーフ、バルダも黙り込んだ。

 最後に見た、盗賊がいた海岸の洞窟で縛られていた無力な少年の記憶が四人の脳裏をよぎった。

 デインはトーラへ行く事を切望していたが、今となっては、もう二度とそこへは行けない。

 今も、盗賊達はデインを連れて川を遡っている。

 数日後には、デインは影の憲兵団に引き渡されるだろう。

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは、デインを救えない事は分かっていたが、

 デインの悲しげで怯えた目が、皆の心を悩ませていた。

 デインは全力を尽くして逃げようとするだろう。

 しかし、影の大王の黄金を狙う武装した悪党の一団に一体どんな望みがあるというのだろうか。

 ジャスミンは、まるで忌まわしい考えを振り払うかのように首を振り、

 橋の傍のヤギ達へと視線を向けた。

「ヤギ達を驚かせないように、ゆっくり進まなきゃ」

「きっと人に慣れているんだろうね」

 リーフはヤギ達をじっと見つめた。

 小さな角が輝き、長く滑らかな毛並み。

「でも、月が輝いている今のうちに、姿を見せておかないと。

 暗闇で近づいたら、驚いちゃうからね」

 リーフは一歩前に進み、そして急に立ち止まり、目を見開いた。

 ヤギの一匹に異変があった。

 体が波打っているように見え、風船の帆のように膨らんでいた。

 リーフとヴァージニアは素早く瞬きをした。

 もう一度見ると、ヤギは以前と全く同じだった。

 しかし――バルダが腕を掴むのを感じ、もう一匹のヤギが震え、姿を変えた。

 頭が上向きに伸び、体が震え、そして元の姿に戻った。

 その時、リーフは悟った。

 デインが「ゆらぎの時」と呼んだものを、リーフはたった今、見たばかりだった。

「オルだ!」

「えっ?」

「あれはヤギなんかじゃない、オルだ!」

 四人が群れの真ん中に足を踏み入れそうになった事、

 そして四人が危うく死にそうになった事に気づき、リーフの胃はひっくり返った。

「奴らは大勢で橋を見張っている。どうすればいい?」

 バルダは苛立ち、歯を食いしばった。

「誘導するのはどうですの?」

「ヴァージニア、オルが多すぎて無理だ」

「じゃあどうすればいいんですの!」

「そういえば、海岸へ行く途中に橋を渡った時、向こう側にたくさんの水鳥が止まっていた。

 きっともっと多くのオルがいただろう。その時は気づかなかったが。

 そしてきっと、今もそこにいるはずだ」

「じゃあ、進まなきゃ。橋を迂回して、オル達に見つからないように川を渡るんだ」

「でも、他に方法はないのよ! 泳げないの、知ってるでしょ。

 たとえ泳げたとしても、あの殺人ミミズが……」

「泳げないけど、船はある」

 バルダが静かに口を挟んだ。

「渡るお金はある。あるいはいかだを作る。20体のオルと戦うよりはましだ」

 来た時と同じように静かに、四人は川から這い上がり、橋を大きく迂回して上流へ向かった。

 時折、木々の隙間から、月明かりの下でじっと待っているヤギ達の姿がちらりと見えた。

 そのヤギの群れの中に角が生えた女性がいる事に、ヴァージニアは気づいた。

 

 夜が明けると、雲間から太陽がやっとの事で顔を出した。

 村と橋は遥か彼方にあった。

 四人はぼろぼろの茂みの下で身を寄せ合い、食事と休息のために立ち止まった。

 クリーは飛び立ち、虫を捕まえ、窮屈な翼を広げた。

 リーフが先に見張りをしていた。

 彼はマントを羽織り、楽に過ごそうとした。

 目はチクチクしていたが、眠ってしまうのではないかと心配はしていなかった。

 体は緊張でびくびくしていた。

 時間がゆっくりと過ぎていく。

 クリーは戻ってきて、茂みの一つの低い場所にねぐらをつけた。

 不機嫌な夜明けは、どんよりとした朝へと変わった。

 リーフの頭上には雲が低く垂れ込め、刻一刻と厚くなっていった。

「雨が降るだろう」

 リーフは憂鬱に思った。

 走り回る動物達が緑の中に細い道を作っていたが、

 今は動物の姿は見えず、リーフはそれに感謝した。

 オルが徘徊する場所では、あらゆる生き物が怪しい存在だった。

 そしてジョーカーは、生物以外にも変身できるAオル、

 影の大王の邪悪な術の完成形が存在すると主張した。

 もしその話が真実で、そのような存在が本当に存在するなら、

 クリーが腰掛けている茂み、あるいはリーフの足元の小石こそが、隠れた敵かもしれない。

 いつ何時、恐ろしい変容が始まるか分からない。

 影の大王の刻印を核に持つ、白く揺らめく亡霊が出現し、四人を圧倒するかもしれない。

 安全な場所などどこにもないし、何も信用できない。

「大丈夫ですわよ、リーフ」

 リーフは唇を舐め、心を掴む恐怖を抑えた。

 ヴァージニアはそれに気づいたのか、リーフを優しく撫でる。

 それでもリーフの身体は骨の上で震えているようだった。

 リーフは服の下に手を滑り込ませ、腰に重く巻いたデルトラのベルトを探った。

 指先は六つ目の宝石、アメジストへと移った。

 指先をそこに置き、その魔力がリーフの体内を流れるにつれて、

 震えはゆっくりと収まっていった。

 どうにかして船を見つけられる、とリーフは自分に言い聞かせた。

 しかし、それでもリーフは、自分達が網に捕らわれているという感覚から逃れられなかった。

 影の大王がゆっくりと、ゆっくりと引き寄せている網を。

 

 午前遅く、バルダが目を覚まし、リーフとヴァージニアが眠りについた。

 午後半ばに目を開けると、空は鉛色に染まり、大地は息を呑むようだった。

 起き上がると、頭が鈍く痛んだ。

 眠りは深く、夢は混乱し、不安を掻き立てる。

 バルダとジャスミンは荷物をまとめていた。

「リーフ、ヴァージニア、準備ができたらすぐに出発した方がいい。

 ここは夜と同じくらい暗いし、真夜中になるまで待っていたら、すぐに雨が降り始めてしまう」

「海岸へ下る途中で見かけたもう一つの村は、そう遠くないはずよ」

 ジャスミンは茂みの向こうの陸地を覗き込みながら言った。

「日が暮れる前にそこに着けば、誰かを説得して川を渡ってもらえるかもしれないわ」

 リーフとヴァージニアは怒りがこみ上げてきた。

 寝ている間に二人は話し、自分抜きで計画を立てていたのだ。

 きっと皆、二人が寝坊だと思い、起きるのを待ちわびていたのだろう。

 二人がどれほど疲れているか、知らないのだろうかとリーフは思っていた。

 何時間も寝ていたのに、まだ酷く疲れていた。

 一週間寝ても満足できないほどだ。

 リーフはすぐに、自分の苛立ちがまさにその疲れから来ている事に気づいた。

 ジャスミンの重たい目と、バルダの顔に刻まれた深い灰色の皺を見つめた。

 二人はリーフとヴァージニアと同じくらい疲れ切っていた。

 リーフは無理矢理笑顔を作り、頷き、ヴァージニアと共に自分の持ち物をまとめ始めた。

 そして、四人が小屋を出た、その時だった。

 

「ここにいたか。影の大王様に逆らう者は」

「オサ!」

 鬼族の女性、オサが姿を現したのだ。

 彼女の眼は闇に染まっていた。

 オサの正体が影の大王に洗脳されたワソだという事を四人はとっくに知っていた。

 だが、ヴァージニアは今度は、物怖じせずに身構えた。

「今度は逃がしませんわよ、ワソ。大人しく元に戻りなさい!」

「影の大王様に従うのならな!」

「お断りよ!」

「ならば、今度は本気でいくぞ!」

「望むところよ!」

 ジャスミンは短剣でオサを攻撃するが、オサはひらりと身をかわす。

 その隙にリーフはオサを剣で斬りつけた。

「ぐっ……! だが、私は本気だ!」

「きゃぁっ!」

 オサは素早く銃を抜くと、ジャスミンに発砲した。

 銃弾を腹に食らったジャスミンは吹っ飛ばされる。

「こいつ、格闘技じゃなくて武器も使えるのか!」

「私は本気だと言っただろう」

「それはこっちも同じだ!」

 バルダは大きく剣を振り下ろす。

「そんな攻撃は当たら……」

「ワソ! 元に戻りなさい!」

「ぐはっ!」

 ヴァージニアはオサに体当たりを繰り出し、怯んだところでバルダの攻撃が当たった。

 リーフ達はオサを攻撃するが、どれもかわされ、当たった時もギリギリの攻撃だった。

 それでもオサの体力を確実に削った時、オサは再び煙玉を取り出し、煙に紛れて逃げ出した。

 

「また逃げられましたわ……」

「あの目……本気で俺達を殺そうとしているようだな」

 バルダはオサの闇に染まった眼を思い出して呟く。

 恐怖の山で出会った時とは違う、影の大王のしもべそのものである闇の眼。

 もう、完全に洗脳されているのではないかと、バルダは怪訝そうな顔をする。

「ワソは助かりませんの?」

「ヴァージニア、諦めちゃダメだ。君の友達は絶対に助ける。何があっても、絶対に!」

「そうですわよね! ワソは絶対に助かりますわよね!」

 根拠のない自信かもしれない。

 だが、リーフの表情を見ると、ヴァージニアは不思議と勇気が湧いてきた。

 ここまで六つの宝石を取り戻したのだから、絶対にワソは助かる、そう信じるようになった。

 

 次の村に着く頃には、辺りはさらに暗くなっていたが、まだ夜は更けていなかった。

 四人は壁の開いた門を慎重にくぐり抜けた。

 そこは廃墟と化していた。

 石造りでないものは全て焼け焦げていた。

 残った壁には、「フィン」「ナック」「ミルン」というおなじみの名前が走り書きしてあった。

「奴らはここに勝ち誇って名前を書いたのよ。盗賊じゃなくて、王様だと思って。

 奴らが叫びながら死んでくれた事を嬉しく思うわ」

「俺も」

「……」

 リーフとヴァージニアは同意したかった。

 かつてなら、そうするのは容易だっただろう。

 しかし、特にミルンが魔物の洞窟で恐怖に震えながら、

 恐ろしい運命を辿った事を考えると、どうにもできなかった。

 復讐は最早甘美なものには思えなかった。

 あまりにも多くの苦しみがあったのだ。

 リーフとヴァージニアは背を向け、廃墟を捜索し始めた。

 しかし、何も見つからなかった。

 この死の淵には、人も動物も残っていなかった。

 避難場所も、船もなかった。

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは重い気持ちで、ゆっくりと先へ進んだ。

 

 雨は真夜中に降り始めた。

 最初は土砂降りで、彼らの手や顔が刺すような痛みを感じた。

 やがて雨脚は次第に勢いを増し、全身ずぶ濡れになり、骨まで凍えるほどだった。

 クリーはみすぼらしくジャスミンの肩にうずくまっていた。

 みすぼらしいフィリは、ジャスミンの服の中に頭を隠した。

 四人は泥と暗闇の中を、川を渡るのに役立つものがあれば何でも探しながら、用心深く進んだ。

 しかし、木はなく、低い茂みがあるだけだ。

 岸には丸太や板材が打ち上げられていない。

 通り過ぎたものはどれもいかだに使えそうになかった。

 夜明けになると、四人は落ち葉の下で何とか身を守り、不規則に休んだ。

 しかし、数時間後、四人が横たわっていた地面に水が流れ始めた。

 四人はよろめきながら立ち上がり、再び歩き始めた。

 

 こうして時は過ぎていった。

 三日目の夜が明ける頃には、

 四人は増水して堤防を溢れさせていた川を渡る方法を探すのをやめていた。

 雨で昼間でも対岸は見えなかったが、リーフとバルダは、もう下流へ向かう途中で、

 四人の進路を阻んだ広大な葦原の向かい側にいるはずだと分かっていた。

 たとえ何かが渡れる場所を見つけたとしても、ここで渡るのは無駄だろう。

 二人は苦い経験から、このぬかるみの中をもがきながら進むのがどんなものかを知っていた。

「泳ぐのも無理っぽいですし……」

「この恐ろしい川は、いつまでも私達の行く手を阻むのかしら?」

 ヴァージニアとジャスミンは、再び休憩のために立ち止まりながら、呻いた。

「この雨はいつまでも止まないのかしら?」

「もう少し進めば、はばひろ川がトル川に合流する場所の向かい側に着く。

 少なくともあそこに木があるのは分かっている。雨宿りをして、雨が止むまで休む事はできる。

 火を灯し続ける事もできるかもしれないわ」

「……そうですわね」

 三人は、湿っぽく冷たい暗闇の夢を見ながら歩き続けた。

 そして、とても長い時間が経ったように思えたが、ジャスミンは突然立ち止まった。

「どうしたの?」

「シーッ! 聞いて!」

 ジャスミンの濡れた手がリーフの袖を掴んだ。

 リーフは眉をひそめ、集中しようとした。

 最初は、雨音と増水した川のせせらぎしか聞こえなかったが、やがて声が聞こえてきた。

 荒々しい怒鳴り声と、叫び声だ。

 四人はゆっくりと前進した。

 すると、そう遠くない先に、点滅する光が見えた。

 木々に隠れていたため、今まで見えなかったのだ。

「やった、これで休める」

 リーフはついに探し求めていた隠れ家に辿り着いた事に気づいた。

 しかし、既に他の者達がそこに辿り着いていた。

 光は枝に吊るされたランタンだった。

 暗い影が周囲を動き回り、時折視界を遮るたびに、光は揺らめいていた。

 声は次第に大きくなった。

「おい、戻るぞ! 考えれば考えるほど、確信が深まる。

 ナックとフィンを戦利品と二人きりにしちゃダメだった。

 戻った時に、まだ二人がそこにいるとどうして言えるんだ?」

 木立の中の人影は、デインを川の上流、

 影の憲兵団の元へ連れて行こうと出航した盗賊達なのだろうか。

(一体何をしてるんですの? もうずっと上流にいると思ってましたのに)

「ナックとフィンが待ってるはずだ、グレン」

「何を言おうと、あのちっぽけなレジスタンスの奴を、

 船に乗せてやった金の分け前を要求してくるだろう」

(まさか、デインの事ですの?)

 リーフとヴァージニアは木々の向こうの川を見ようと目を凝らし、

 船の青白い帆を畳んだ姿がちらりと見えたような気がした。

 船は岸にかなり近いところに停泊しているに違いない。

 そして、デインがそこにいた。

「ラビン、お前は騙されやすい馬鹿だ!」

 グレンと呼ばれた男が叫んだ。

「もし俺が正しいなら、ナックとフィンは金塊の事で頭がいっぱいのはずだ!

 そうでなきゃ、どうして俺達だけで川を上らせたんだ?

 ジョーカーという男を本当に恐れていると思うのか?

 こいつは他のレジスタンスのろくでなしと変わらないのか?」

「雨が降り始めたら止まったに違いない。

 川の流れが速すぎて、流れに逆らって進めなくなったのかもしれない。

 奴らは雨宿りのために岸に上がったんだ」

「それなら、手漕ぎ船がここ、川岸にいるはずよ」

 ジャスミンは息を切らして言った。

「ナックとフィンが裏切るはずがない!

 そんな事を言うなんて、グレン、あんた自身が裏切り者だよ。

 気をつけな! ミルンに何が起こったか思い出せ!」

 女が怒鳴り声を上げると、他の声も怒りの声で言った。

「脅すな、ババァ! お前の記憶はどこだ?

 洞窟の囚人の一人が、フィンがこっそりと大きな宝石を見つけたと言っていたのを

 覚えていないのか? もし本当だったらどうする?」

 男は唸り声を上げた。

「魔物の洞窟で見つかった宝石か?」

「ああ、そうだ、きっとその通りだろう!

 そんなおとぎ話を信じるなんて、グレン、お前は頭が弱いのか?」

「その醜い口を閉じろ、ラビン!」

「口を閉じろ、この馬鹿!」

 グレンの声は怒りに満ちていた。

 轟音、突然の激しい動き、そして苦痛の呻き声が上がった。

「なんてこったい!」

 何かがランタンにぶつかると、明かりが激しく揺れて消えた。

「近寄るな!」

「どうして、お前は……」

「あの女から手を離せ!」

 他にも数人の怒りの声が上がった。

 そして突然、森が爆発するような音に包まれ、残りの乗組員も戦いに加わった。

 雨音にかき消され、叫び声や呻き声、鋼鉄のぶつかり合う音、

 枝が折れる音、地面を叩く音や悲鳴が響き渡った。

「川へ! 早く!」

 足首まで雨水に浸かった船は、川岸で揺れていた。

 最後の盗賊達が岸に上陸した際に、陸に引き上げられたに違いない。

 しかし、その後川の水位が上昇し、船は流されてしまった。

 木に繋がれていなければ、流されていただろう。

 バルダが縄を解くのに要した時間は僅かで、

 四人は船に乗り込み、クリー族が羽ばたきながら後を追った。

「間に合うか?」

 バルダがオールに掴まる頃には、四人は既に深い水の中へと進み始めていた。

 木々からの叫び声や悲鳴が、雨音を突き破っていた。

 そう遠くないところで、海賊船が錨を下ろしていた。

 船体側面の二つの舷窓が目のように光っていた。

 リーフは今までそれに気づかなかった。

 必死に船の底から水をすくい取りながら、リーフは船の甲板を覗き込み、動きの兆候を探した。

 ヴァージニアは必死でリーフに掴まっていた。

 

 一方、バルダはオールで苦労していた。

 しかし、バルダは熟練した手腕を持っていなかった。

 増水した川の水が船の周りをうねり、バルダのあらゆる動きを阻み、船を下流へと押し流した。

「バルダさん、どうですの?」

「流れが強すぎる! 船に辿り着けるかどうか分からない」

 バルダは額から濡れた髪を振り払いながら怒鳴った。

「絶対に!」

 ジャスミンは叫んだ。

 その時になって初めて、リーフは自分がいかに必死にデインを助けたいのかに気づいた。

 ジャスミンはこれまで何も言わず、災難に直面した時はいつも冷静さを保ち、

 デインの死を受け入れているように見えた。

 しかし今、デインがすぐ近くにいる。

 デインを置き去りにするなんて考えられなかった。

 リーフは歯を食いしばり、バケツを投げ捨て、漕ぎ手席へと這っていった。

「道を空けろ!」

 リーフはオールを掴んでバルダの横に体を寄せた。

 ヴァージニアもまた、リーフを手伝った。

 リーフはこれまで漕いだ事はなかったが、数日前に盗賊達が漕ぐのを見たことがある。

 盗賊達がやった事を自分も真似できると思った。

 バルダと共に、前に屈み、後ろに引いて、また屈み、また引いた。

 オールにかかる余分な重みが効き始めた。

 ゆっくりと、苦痛を伴うように、船は海賊船に近づいていった。

 その時、叫び声が聞こえた。

 岸からではなく、船そのものからだった。

 リーフとヴァージニアは辺りを見回した。

 甲板に人影が立っていて、必死に手を振っていた。

 それはデインだった。

 デインの傍らでは、小さな人影が跳ね回り、手に持ったランタンを激しく揺らしていた。

 リーフは、それがデインがポリパンと呼んでいた奇妙な小さな泥棒の生き物だと気づいた。

 盗賊達はデインと一緒に船内に置き忘れたに違いない。

 そして、どういうわけか、デインはその生き物に自分を解放させたのだ。

 デインは、片端が船の甲板に繋がれた縄の束を持ち上げ、

 まるで投げようとするかのようにそれを振り始めた。

「ほら!」

 ジャスミンは両手を差し出し、よろめきながら立ち上がった。

 船は危険なほど揺れていた。

「座れ! お前が俺達を倒してやる! リーフ、ヴァージニア、漕げ!」

「ええ!」

 ヴァージニアは集中して漕いだ。

 その時、ジャスミンが叫び声を上げ、

 クリーが甲高い声を上げると、船はガタガタと揺れ動いた。

 リーフは再び肩越しに振り返った。

 海賊船の黒い影が、舷窓から光る目を覗かせながら、すぐ近くに迫っていた。

 デインが縄を投げ、ジャスミンがそれを掴んだ。

 揺れる二艘の船の間に、細い縄をしっかりと張ってあった。

 切れてしまいそうだったが、軋み音を立てて細くなっても、切れる事はなかった。

「持たない!」

 ジャスミンは既に危険なほど船首に身を乗り出し、頭のすぐ下で水が泡立っていた。

 フィリは肩の上で恐怖に震え、どうする事もできず、落ちるのを恐れていた。

 クリーはヴァージニア達の傍で、

 パニックに陥って甲高い声を上げながら、バタバタと動いていた。

 バルダはオールを落とし、リーフ達の方へ駆け寄った。

 彼は力強い手で縄の重みを受け止め、力強く引っ張った。

 船はうねりに揺れ、もがき苦しんだ。

 リーフとヴァージニアはオールを握りしめ、流れに抗おうと必死だった。

「戻れ、デイン! 乗るぞ!」

 バルダの叫び声が聞こえた。

 リーフは再び危険を冒して振り返った。

 デインはポリパンをすぐ後ろに従え、

 船の側面から、光り輝く舷窓の両目の間にぶら下がった縄梯子を必死に降りていた。

 ポリパンにはまだランタンが灯っていた。

 それはまるで第三の目、ちらちらと揺れ動く目のようだった。

 しかし――リーフは雨の中、目を細めた――他の二つの目も同じようにちらちらと輝いていた。

 そして確かに、前よりもずっと明るく輝いていた。

「おい、デイン! この船は小さすぎる。俺達は――」

 デインはきっとその声を聞いたのだろうが、気に留めなかった。

 バルダは向きを変え、片手で梯子にしがみつきながら、飛び降りる準備をした。

 髪は水で流れ、頭に張り付いていた。

 ランプの光に照らされた顔は絶望に満ちていた。

 頭上のポリパンがガタガタと音を立て、揺れ動き、梯子をパニックに陥れたように揺らした。

 その時、リーフは煙の匂いを嗅ぎ、理解した。

「火事だ!」

 リーフがその言葉を口にした瞬間、船底のどこかから轟音がした。

 舷窓が砕け散り、炎が噴き出した。

 船の側面に大きな亀裂が入り、その隙間は猛烈な炎で満たされた。

 雨は燃え盛る木にぶつかり、シューという音を立てて蒸気を立てた。

 デインとポリパンは一緒に跳ね上がり、手漕ぎ船に激突した。

 船は横に傾き、大きな波が側面を襲い、

 リーフとヴァージニアは後ろに投げ出され、オールが引きちぎられた。

 

「いたたたた……」

 船は再び元の位置に戻った。

 船はうねりに翻弄され、急速に横に流れ、二人の乗客と船内の渦巻く水の重みで沈んでいった。

 転落に愕然としたデインは、座席に崩れ落ちた。

 ジャスミンは必死に水を汲み、リーフとバルダは慌ててオールを掴もうとした。

 ヴァージニアはふらつきながら三人に同行した。

 ポリパンは船首にしがみつき、悲鳴を上げた。

「ちょっと、ポリパン!?」

 ポリパンは船の事を熟知していた。

 この船に何が起こるか、あまりにもよく分かっていたのだ。

 川岸から怒りの叫び声が上がった。

 盗賊達は音を聞き、船が失われた事に気づき、炎を目撃した。

 リーフは、厳しい表情で船を安定させようとしながら、

 再び灯したランタンの光に自分達の影が跳ねるのを見た。

 しかし、その小さな光は、船が炎と化した地獄絵図に比べれば取るに足らないものだった。

 上から雨が降り注ぎ、下から激しい水が流れ込む中で、

 炎が燃え盛るというのは信じられない事だった。

 しかし、火は甲板の下で発生し、制御不能な勢いで倉庫へと燃え広がった。

「ポリパンだ!」

 デインは叫び、体を起こした。

「甲板の下の船室にランタンを投げ込んだんだ。油が入っている。

 雨と盗賊のせいで暴れちゃったんだ!」

「油……!? まさか!!」

 愛するキャラメルへの渇望も、

 ポリパンを噛む事への渇望と同じなのかもしれない、とリーフは思った。

 あの炎の原因はランタンと油だったのだ。

 舳先にしがみつく、甲高い声を上げた腕の長い人影を見つめながら。

(リバークイーン号から降りなければよかった……)

「沈みたくなかったら、船から離れろ!」

 バルダは雨音にかき消されながら叫んだ。

 リーフとバルダは再びオールに手を伸ばした。

 しかし、ぎこちない二人の努力はほとんど無駄だった。

 危険な横滑りを止めるものは何もないようだった。

 ジャスミンが素早くオールを抜こうとするたびに、さらに多くの水が船体から跳ね上がった。

 ヴァージニアは必死に水を払い除けた。

 ポリパンは悲鳴を上げ、恐怖で目が曇った。

 すると、何の前触れもなく、それは突然舳先から飛び出し、

 リーフとバルダに向かって飛びかかり、二人を押しのけてオールを掴み取った。

 バルダは罵りながら、その船に飛びかかった。

「こいつは僕達よりずっと上手に漕げる。みんなを救えるんだ!」

 ポリパンは巧みにオールを二回振り、船を方向転換させた。

 それから背を曲げ、力強い腕を振り上げ、船は漕ぎ始めた。

 船はついに熟練の手に委ねられたと悟ったかのように、

 温かいバターをナイフで切るように波を切り裂き始めた。

 あっという間に燃え盛る船から離れ、まっすぐ川を渡っていった。

 

「何とかいけますわね」

 ジャスミンとヴァージニアは水をかき続け、

 船の底から水がゆっくりと引いていくにつれて、スピードを上げた。

 間もなく燃え盛る船は、遥か後ろに追いやられた。

 四人は前方にはばひろ川の広くまっすぐな水面とそこに架かるアーチ状の橋がある事を知った。

 さらに前方には、水が出会う場所という寂しげな村と、

 「リバー・クイーン」の看板が掲げられた小さな桟橋もあった。

 フィリは興奮して喋り、空気を嗅ぎながら言った。

「もうすぐよ! もうすぐ岸よ!」

 ポリパンは振り返り、茶色くカチカチ鳴る歯を剥き出しにした。

 腕は一瞬たりとも動きを止めなかったが、暗闇を見つめるその目は燃えるように輝いていた。

 二つの川の増水が混ざり合い、水が四人の周りを渦巻いた。

 船は勢いよく前進した。

 まるで渦潮を切り裂くようだ、とリーフはシートにしがみつきながら思った。

「ポリパン、大丈夫ですわよね。信じますわ!」

 しかし、ポリパンは漕いでいなかった。

 オールを捨て、その場から飛び降りたのだ。

 舳先へと飛び上がり、ジャスミン、デイン、

 ヴァージニアを飛び越えて暗闇の中へと消えていった。

 ドスンという音と、走る足音が聞こえた。

「桟橋よ!」

 ジャスミンは激しく船から身を乗り出し、

 古い桟橋の支柱、リバー・クイーンの看板を支える柱を掴んだ。

 しかし、激しい水流は、ジャスミンが掴まる前に船をさらっていった。

 そして船は回転しながら川に流されていった。

 引きずられていたオールの片方が水に深く食い込み、

 引き抜かれて渦巻く潮に飲み込まれ、消え去った。

 バルダはもう片方のオールに飛びかかったが、手遅れだった。

 彼が掴む前に、それはもう片方のオールの後をついてしまっていた。

 そして、四人は何もできなかった。

 ただ、不安定な船の側面にしがみつく事しかできなかった。

 危険な水流にさらわれていく彼らを。




ヴァージニア達はヤギに化けたオルを迂回したので、
ワソをどうやって出すか考えた結果、こうなりました。
最後の魔境に行こうとしたヴァージニア達は、あの町に辿り着きます。
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