一行を待っていたのは、希望か絶望か?
「こ、ここは……どこですの……?」
閉じたまぶたの間からピンク色の光が差し込む。
ヴァージニアは、混乱の中で目を覚ました。
恐怖で身動きが取れなかった。
最後に覚えているのは、船が何かにぶつかり、回転し、
そして狂ったように渦を巻きながら暗闇へと突き進む音だった。
ヴァージニアは今、目を覚ましていた。
雨は止み、恐ろしい夜は過ぎ去った。
「ここが……天国ですの……?」
ヴァージニアは目を開けた。
頭上の空はピンク色で、夜明けだ。
ヴァージニアはゆっくりと起き上がった。
目の前には湖があった――ガラスのように滑らかな巨大な湖。
リーフとジャスミンはヴァージニアの隣で眠り、頬をベンチの硬い板に乗せていた。
クリーがその傍らで見張りをしていた。
バルダはそう遠くないところに横たわり、ゆっくりと呼吸をしていた。
そして、デインは船首に座り、その黒い瞳は驚きに満ちていた。
「……あれ?」
リーフは起き上がると、唇を濡らした。
「ここはどこだ?」
「何が起こったんですの?」
「何かにぶつかったんだ。洪水でできた砂州だと思う。
きっと本流から離れた水路に流されたんだ。
だから、もっと下流に流されずに、この大きな湖に流れ込んだんだ」
「でも、トル川の傍に湖はなかったはずですわ!」
ヴァージニアは自分の目が信じられず、首を横に振った。
それでも、遠くに川の広い帯が海へと流れていくのが見えた。
「かつては湖があったらしい。そして今、洪水のせいで、また湖になった。分からないのか?
ここが葦原だ、ヴァージニア。今、湖のほとりにあるものを隠す霧もない」
デインが指差すと、リーフとヴァージニアは振り返った。
そして、二人のすぐ後ろには、乾いた大地と広大な光の揺らめきがあった。
「トーラだ」
ヴァージニアとリーフはまばゆい光に目を細め、ついに塔や小塔、壁のきらめく形を捉えた。
驚きのあまり、最初は建物そのものが何らかの魔法によって内側から輝いているのかと思った。
しかし、その輝きは早朝の太陽の光が、
磨かれた無数の白く硬い表面に当たっているせいだと気づいた。
ヴァージニアとリーフは涙で濡れた目をこすりながら目を逸らした。
街をはっきりと見る事は不可能だった。
それでも、その静かで手つかずの美しさに、
戸惑いを覚えると同時に畏敬の念に満たされるには十分な光景だった。
「トーラは大理石の山から魔法で彫り出したんだ。
完璧だ――全てが一枚岩で、ひび割れも継ぎ目もない」
デインの声はより強く、より深く響いた。
ヴァージニアは不思議そうにデインをちらりと見て、
デインが背筋を伸ばして座っているのに気づいた。
リーフとヴァージニアがデインを知ってから一度だけ経験したように、
デインは突然、より年老いて、より誇り高く、より弱々しく見えた。
口元は引き締まり、目は輝いていた。
まるで仮面が顔から外れ、無防備になったかのようだった。
ヴァージニアの視線を感じ、デインは素早く背を向けた。
「今が街に入るのにちょうどいい時間だ。まだ早い時間だ。
ほとんどの人はまだ起きていないだろう」
返事を待たずに、デインは静かに船の端まで忍び寄り、岸に上がった。
船はゆっくりと揺れた。
ジャスミンとバルダは目を開け、驚いて起き上がった。
「よし……大丈夫だ」
「わたくし達は安全ですわ。洪水で湖が再び満ちましたわ」
「そしてどうやら、トーラに着いたみたいだ」
デインがしたように、ヴァージニアは指差した。
そして、ほんの少し前にリーフ自身がしたように、
バルダとジャスミンは振り返り、煌めく光の中へと瞬きした。
「やっぱりトーラは川の上にあったのね!」
「少なくとも、川の傍の湖の上には、ですわ」
「それで、デインは俺達が止められずに落ち着いてあの場所まで歩いて行けると思っているのか?
トーラは敵に操られている」
「ワソと同じですの?」
ヴァージニアは眉をひそめた。
「ジョーカーがそう言っていた。
だが、もしかしたら本当の事を言っていたのかもしれないと、少し疑念を抱き始めている。
街ははっきりとは見えないが、門には影の憲兵団の姿は見えない。壁には影の大王の痕跡もない。
損傷も破壊も、散乱したゴミもない。それに、とても平和だ、バルダ。
影の憲兵団が制圧した街が、こんなにも平和だったなんて、今まで見た事があるか?」
バルダは乾いた口を手で拭った。
「まさか? トーラの魔法は、影の大王さえも撃退できるほど強力だったのだろうか?
もしそうだとしたら、リーフ……」
リーフの心臓は興奮で高鳴っていた。
「もしそうだとしたら、デルトラの世継ぎがそこにいるかもしれない。僕達を待っている」
「そうですわね。そうしたら、ワソと一緒に元の世界に帰れますわよね!」
ヴァージニアは元の世界に帰れると思い、希望を抱いた。
街は四人の前に静まり返り、光に包まれて待ち構えていた。
湖畔は、何もなく、四人を誘うように広がっていた。
しかし、リーフがそこに足を踏み入れた瞬間、リーフの興奮は消え去り、恐怖に襲われた。
頭を下げ、リーフはゆっくりとデインの後を追った。
恐怖と格闘し、その恐怖を理解しようとした。
それは生まれながらの警戒心なのか、外見に反して敵が潜んでいるかもしれない場所に、
半ば目がくらんだ状態で飛び込む事への抵抗なのか。
トーラの強力な魔法そのものへの恐怖なのか。
それとも、その時がほぼ確実に来た今、デルトラの世継ぎに会うのが怖いからなのか。
リーフは頭を上げ、衝撃と共にデインが岸辺に近づいているのを見た。
孤独な人影はほんの一瞬躊躇い、眩い光の中へと歩みを進め、姿を消した。
リーフは目を細め、再び涙が溢れ視界がぼやけ始めた後、目をこすった。
「デイン、どこにいるんだ」
リーフはよろめきながら前に進み、剣を隠すためにマントを体に巻き付けた。
敵に見えてはいけない、とリーフは混乱しながら思った。
「リーフ!」
「何してますの!」
バルダとヴァージニアの鋭い呼び声が聞こえ、三人がリーフを見失った事に気づいた。
マントの糸一本一本が煌めき、光に包まれていた。
リーフは呼び声に応え、待った。
バルダ、ジャスミン、ヴァージニアはすぐにリーフの元にやって来て眩しい目を両腕で覆った。
三人は一緒に街の城壁への最後の数歩を歩いた。
徐々に三人は光と一体となり、最早眩しさは感じられなくなった。
四人は岸辺に辿り着いた。
トーラが、その壮麗さを余すところなく纏って四人の前にそびえ立っていた。
デインの言う通り、トーラは大理石の山から魔法によって彫り出されたもので、
全てが一枚岩で、罅割れも継ぎ目もなく、完璧だった。
三人、特にヴァージニアは畏敬の念に打たれ、しばし立ち止まった。
そして、悪意がない事を示すために両手を前に差し出し、
街の入り口である巨大な白いアーチをくぐり抜けた。
たちまち、三人は身を切るような寒さに襲われた。
まるで冷たく澄んだ水の深い浴槽に浸かったかのようだった。
一瞬、時間が止まったように思えた。
リーフは自分がどこにいるのか、何をすべきなのか、全く分からなくなった。
我に返ったリーフは、眩しい目で見ていた事に気づいた。
アーチは単なる入り口だと思っていたのだが、想像以上に分厚かった。
街へとまっすぐ進むのではなく、リーフ達は、こだまするトンネルの陰に立っていた。
滑らかな白さが四人の周囲を曲線で囲んでいた。
クリーはジャスミンの腕の上で軽く揺れながら、甘い声でコッコッコと鳴いた。
「あれは何だったの?」
「あの感覚ですの?」
リーフは不安そうに首を横に振った。
しかし、リーフは恐れていなかった。
それどころか、これまでの人生で経験したことのないほどの安らぎを感じていた。
四人はゆっくりとトンネルの出口まで歩き、ついに街の明かりの中に出た。
ローブを着た人影は彼らを迎えようともせず、
冷笑しながら四人の前に飛び込んでくる影の憲兵団もいなかった。
静寂は不気味だった。
四人のブーツの音が、広く輝く通りにこだました。
リーフは横を向き、服をまくり上げてデルトラのベルトを見た。
ルビーは相変わらず明るく輝いていた。
だからまだ危険ではないのだ。
しかし、エメラルドは完全に色を失っていた。
恐怖の山で怪物ゲリックが襲った時と同じように、それは鈍く、生気を失っていた。
「ここに邪悪がいるのだろうか。それとも……」
「どうしましたの? リーフ」
「何でもないよ」
四人は歩き続けた。
ホールや家々、塔や宮殿が、四人の両側に輝きを放っていた。
高い窓や開いた扉からは、豪華なカーテンや絹の絨毯、上質な家具が見えた。
窓辺のプランターには、あちこちで花が咲き誇り、蜂がブンブンと飛び交っていた。
果樹は大きな鉢植えで育ち、中庭を囲むように茂っていた。
中庭には、食べ物や飲み物のテーブルが並び、噴水から水が噴き出していた。
しかし噴水の傍に座ったり、木の手入れをしたり、食べ物を食べたりする者は誰もいなかった。
通りを歩く者も、家の窓から外を覗く者もいなかった。
絹の絨毯の上に立つ者も、上質な椅子に腰掛ける者もいなかった。
街は完全に無人だった。
「まるで水の交わる場所みたいね」
「違うぞ、ジャスミン。水の交わる場所は廃墟だったんだ。
でもここは――なんと、たった5分前に人が去ったばかりみたいだ」
バルダは肩越しに振り返った。
「トーラの魔法って、一体どれほど強力なんだ?」
「もしかして姿を消したのかもしれませんわね。それに、デインはどこですの?」
首筋の毛が逆立つような思いに駆られながら、四人は人影のない大理石の道を進んだ。
ついに、四人は街の中心にある巨大な広場に辿り着いた。
そこでバルダの疑問の少なくとも一つは解決した。
そこにデインがいたのだ。
広場を取り囲むように、高い柱で飾られた大広間があった。
中でも最大の広間は、広々とした階段の頂上に立っていた。
一番上の段には彫刻を施した箱が置いてあった。
それは場違いに見えた――まるで何かの目的のために運ばれ、
そのまま放置されたかのようだった。
しかし、デインは階段を登っていなかった。
デインは広場の中央にそびえ立つ巨大な大理石の塊の麓にしゃがみ込んでいた。
リーフはすぐに、それがデルの城の絵画で父親が見たと説明した石だと分かった。
しかし、石の頂上からは緑色の炎は揺らめいておらず、石は罅割れていた。
ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンが、
デインに向かって闊歩しても、デインは微動だにしなかった。
デインの鈍く希望のない目は、石に釘付けになっていた。
「……間違いありませんわ。デインは邪悪な存在……」
「え……?」
ヴァージニアの言葉にリーフはポカンとし、同時にデインの耳が僅かに動いたような気がした。
大理石には言葉が刻まれていた。
ギザギザの罅割れが、まるで傷のように石を貫いていた。
我らトーラ族 デルトラ国王アディンと
その全ての子孫に 永遠の忠誠を誓う
その誓いの破られし時 我らの街の命たる 炎の大岩は砕け
我らもまた 永遠の追放に甘んじる いましめのために
リーフは、死んで砕けた岩を見つめていた。
エメラルドの力について述べた『デルトラのベルト』の言葉をようやく思い出し、
心が沈んでいった。
名誉の象徴であるエメラルドは、邪悪の存在や誓いが破られる時、輝きを失ってしまう。
何が起こったのか、これ以上の証明は必要なかった。
「トーラは誓いを破った。だが、何故だ?」
苛立ちと失望の呻き声をあげ、バルダは立ち去った。
しかし、ヴァージニア、リーフ、ジャスミンはまだバルダについていく事ができなかった。
リーフは、デインの肩に手を置いた。
「起きろ、デイン。ここには目的のものは何もない。トーラは空っぽだ。
全ては魔法が守っているが、命は空っぽだ。きっと、ずっと長い間、そうだったのだろう。
だから湖は土砂で埋まり、街は川から切り離されたんだ」
しかし、デインは悲しそうに首を横に振った。
「そんなはずはない。長い間、待っていたのに」
デインの顔は引きつり、深い影がかかっていた。
ジャスミンはデインの隣に跪いた。
「デイン、どうしてトーラに来たの? 本当の事を教えて!」
「両親はここにいると思っていた。母さんはいつも言っていた。
もし離れ離れになったら、トーラで会えるって。
ここには家族がいて、ボク達を匿ってくれるって」
デインは拳を握りしめた。
「ジョーカーに話したんだ。
1年前、農場を襲った盗賊に見殺しにされたボクを見つけた時だ。誰にも言うな、と言われた。
両親がトーラに着いた時、息子がレジスタンスにいる事が知られたら危険だから」
「どうして知られてしまうんだ?」
「ジョーカーはレジスタンスにスパイがいると恐れている。少なくとも、そう言っていた」
デインは崩れ落ちた石を見上げ、苦々しい目で見つめた。
「でも、トーラにはスパイがいっぱいいて、影の憲兵団とオルが蹂躙しているとも言っていた。
嘘をついていたんだ。
嘘の約束をして、ボクを遅らせていた間、ずっと、街が無人で、
ボクがそこに抱いている期待が偽りである事を知っていたんだ」
デインは震えるように深く息を吸った。
「要塞には絶対に戻らない。絶対に」
デインは頭を下げ、二度と上げなかった。
リーフはデインを見た。
デインはぼんやりと、かつてはデインが、
自分の問題を全てジョーカーのせいにしていた事に苛立っていたかもしれないと気づいた。
結局のところ、デインはジョーカーの捕虜ではなかったのだ。
いつでもレジスタンスを離れ、トーラへ一人で向かう事もできたのだ。
しかし、リーフは今、苛立ちを感じていなかった。
ただ静かな後悔が満たしていた。
リーフは少しの間、その事を思った。
「見ろ!」
バルダの声に違和感があった。
リーフは顔を上げ、バルダが大広間の階段を上ってきたのを見た。
バルダの背後には優美な白い柱が空へと伸びていたが、バルダは下を見つめていた。
手に持った、開いた彫刻を施した箱を。
「行きなさい。私とヴァージニアはここに残るわ」
「えっ、わたくしまで?」
「そうよ、とりあえずね」
リーフは立ち上がり、広場を横切り、階段を上った。
バルダはリーフに見せるように箱を差し出した。
中には無数の小さな羊皮紙の巻物が入っていた。
リーフは一つを取り出して、広げた。
「ブランドン王の手紙か」
リーフは箱の中をかき分け、他の巻物も拾い上げては眺めた。
署名を除けば、どれも同じだった。
リリア女王の署名もあれば、エンドンの父であるオルトン国王の署名もあった。
中にはエンドン自身の名前を記したもののもあった。
「これは父さんが見せてくれたメッセージと同じだ。
デルの民が王に要望や不満を送った時に受け取ったメッセージだ」
「トーラの民も要望や不満を送ったようで同じような返事が返ってきた。
デルの民と同じように、彼らも見捨てられたと感じたのだろう。
だから最後のメッセージが届いた時……」
バルダはリーフにくしゃくしゃになった紙切れを二枚手渡した。
「これも、箱の中に入っていた」
その紙切れはメモの半分だった。
リーフは半分を合わせ、走り書きしたメッセージを読んだ。
トーラの民よ
デルトラのベルトが失われ、城は影の大王の手に落ちた
友の助けにより、我は王妃と、これから生まれる子と共に城を逃れた
汝ら、古の誓いを果たし、我らを保護されよ
返書は同じ伝達使に渡したまえ
即刻の返答を望む
デルトラ国王 エンドン
リーフはメモを見つめた。
「どんな使者だ?」
「鳥だろう。クリーのようなカラスだろう。ほぼ間違いなく。
かつてデルにはたくさんいたし、その賢い性質から王の鳥とみなされていた。
だから、魔女テーガンはカラスを憎み、喜んで食べていたのだろう」
「トーラ族がメモを引き裂いた。助けを拒み、誓いを破った。
どうしてそんなに危険を冒したんだ?」
バルダは肩を竦めた。
彼の顔は失望で重く、青ざめていた。
「広場の石はアディンの時代のものだ。トーラ族は最早その言葉を信じていないのかもしれない。
だが、古代の魔法は依然として強力だった。
メモを引き裂いた瞬間、トーラ族は破滅したのだ」
バルダは手に持った彫刻を施した箱を見下ろした。
「リーフ、これは君の父が予想していなかった事だ。
国王と王妃は、トーラからの返事が届くはずよりもずっと前に、急いでデルを去った。
旅の途中で連絡が来るだろう、トーラの魔法が旅の助けになるだろうと、
きっと思っていたのだろう。だが、計画は失敗に終わった」
「だから、父さんはずっと、世継ぎはトーラで安全に僕達を待っていると信じていたんだな」
「それが父の秘密だった。父は、我々がここで、それも旅の早い段階で会うと思っていた。
覚えているか?
父の計画は、いましめの谷を最後の目的地ではなく、最初の目的地にする事だった。
もしそうだったら、魔物の洞窟へ向かう途中で、間違いなくトーラを通り過ぎていただろう」
リーフはベルトに手をかけた。
それはリーフに勇気を与えた。
「トーラに隠れる計画は失敗したかもしれないが、
どういうわけかエンドンとシャーンは別の安全な場所を見つけたんだ。ベルトは完全だ。
父は、相続人がどこにいようとも、生き延びるという意味だとおっしゃった。
ベルトが完成すれば、道を示してくれるだろう。
父はそうおっしゃった。俺達は父を信じなければならない」
バルダは半分に切ったメモを彫刻が施された箱に戻し、
蓋をしっかりと閉めて、箱を階段に戻した。
リーフが顔を上げると、バルダは眉を潜め、大きな広場とそれを囲む建物、巨大な柱、
鳥や獣の彫像、花で溢れかえる彫刻の壺などを見渡していた。
「デインはどうだろうか」
リーフはバルダが何をしているのかと思った。
割れた石の上に、まだ内なる悲しみに閉じこもり、うずくまっているデインと、
その傍らに蹲っているジャスミンと、立っているヴァージニア以外、何も見えなかった。
「街が空っぽなのに、どうしてこんなにも完璧で完全なままなんだ、リーフ?
どうして略奪者やゴミ漁りどもは破壊しなかったんだ?
海賊、山賊……奴らが思うがままにこの場所を略奪するのを、何が止めたんだ?」
リーフは箱を指差した。
「あれさえも芸術作品だ。商人にとっては大きな価値があるだろう。
街にはきっとそういうものが溢れているだろう。なのに誰も盗んでいない。何故だ?」
リーフは静かに言ったが、広場はリーフの声を反響させているようだった。
「誰もいませんわね……」
ヴァージニアの言葉に、リーフは背筋に寒気が走るのを感じた。
「トーラは……守られているとでも思っているのか?」
「リーフ! バルダ! ヴァージニア!」
ジャスミンはまだデインの傍らにしゃがんでいた。
彼女は急いで手招きし、二人は階段を駆け下り、広場を横切って二人の傍らへ駆け戻った。
デインは頭を上げなかったが、二人が近づいてくる音は聞こえていたに違いない。
ジャスミンは毛布をデインに巻き付けていたが、それでもデインは震えていた。
「デインは動かないわ」
ジャスミンは不安そうに囁いた。
「震えが止まらないし、水も飲まない。本当に心配よ」
デインの青白い唇が開いた。
「お願いだから、ここから連れ出してくれ。もう耐えられない。お願い――連れ出してくれ」
その瞬間、ヴァージニアはデインが「邪悪な存在」だと確信した。
あれほどトーラに行きたがっていたのに、
そのトーラで体調を崩すなんて、明らかにおかしいと思ったからだ。
エメラルドは邪悪を感知する力を持っており、
先の章でデインがヴァージニアの奇跡を拒んだという事は……?