ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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ヴァージニア達が最初の目的地に行きます。
ここに行けば、旅の難易度は少しは下がる……かも、しれません。


第3話 沈黙の森の少女

 何時間も経って、まるで夢の中にいるような気分で、

 リーフとヴァージニアはデルから離れる道を東へ進んでいた。

 バルダは二人の横を、黙ってまっすぐに、力強く歩いていた。

 リーフが物心ついた頃からずっと、鍛冶場の門にうろつき、よろめき、

 ぶつぶつ言うあの廃人とは全く別人だった。

 彼らは、リーフが存在すら知らなかった壁の穴をこっそりと通り抜け、

 デルに気づかれないようにしていた。

 その穴は巧妙に偽装されていた。

 今や街も、両親も、リーフが知っている全てのものも遠く離れ、

 一歩ごとに、名前を聞くだけで恐怖で汗ばむ場所に向かっていた。

 リーフは自分に言い聞かせた。

(沈黙の森は話通り、とても恐ろしい場所だ。

 でも、地図にあったの他の場所も、同じように恐ろしいのは確かだ)

(だから脱出が大事ですのよ)

 この考えは、リーフを少しも慰めなかった。

 街を出てから最初の1時間は、リーフは剣、ヴァージニアはメイスに手を添えて歩き、

 心臓はドキドキしていた。

 しかし誰にも会わず、二人は長い間、

 バルダの長い歩幅に遅れずについていく事だけに集中していた。

 

 リーフは休憩を呼びかけるのも、最初に口を利くのも自分ではないと心に決めていた。

 だが、頭の中は疑問でいっぱいだった。

 彼らは、小さな道が主要な道から右に分岐し、

 小さな木の橋を渡って暗闇の中へと曲がりくねって行く場所に着いた。

 バルダは立ち止まった。

「ここが森への最短距離だと思う」

「曲がり角は僕が聞いた通りだけど、道標がないね」

 背の高い木々が周囲にそびえ立っていたが、葉は揺れなかった。

 ここは酷く静かな場所だった。

 まるで大地が息を止めて、彼らがどうするか決めるのを待っているかのようだった。

 一瞬雲が切れ、月明かりが彼らを照らした。

 辺りを見回すと、リーフは道端の地面に小さな白い光を見つけた。

 リーフは素早くそこへ行き、屈むとヴァージニアとバルダに手招きした。

「ここだ」

 リーフは興奮して叫び、枯れ葉をかき分けた。

「誰かが道を秘密にするために倒したんだ」

 道標は地面に平らに横たわり、ほとんど葉や小さな植物に覆われていた。

 リーフは最後の葉を払い落とし、その下にあるものを見て息を呑みながら踵をついて座った。

 

「へえ、隠し通路がありましたのね」

「誰かがこの道沿いの危険を他の旅人に警告しようとした。

 道を隠すためではなく、警告を隠すために標識が倒されたに違いない」

 リーフはゆっくりと立ち上がり、後ろをちらりと見た。

 突然、沈黙が重く重苦しく感じられ、リーフを圧迫した。

 リーフは、バルダとヴァージニアが眉をひそめて自分を見ている事に気づいた。

「この道を通れば、1日半は節約できるだろう」

「でも、まだ始まったばかりなのに危険ですわよ? といっても、この世界は危険ですけど」

「そうだよ!」

 リーフは突然、激怒した。

 彼の恐怖に気づいたバルダ、その恐怖を示したリーフ自身、

 そして何よりも、警告を巧妙に隠していた正体不明の敵に対して。

「もう僕を、これ以上子守扱いするな!」

「ちょっと、リーフ!?」

 リーフは枯れ葉を蹴りながら大声で言った。

 ヴァージニアは自分より年下の彼の、その様子に驚いた。

「近道は無駄にするにはあまりにも貴重だ。僕達は今、危険な事をしてるんだよ」

「結構だ。お望み通りに」

 バルダは振り返りながら言った。

 彼の声はいつものように穏やかで落ち着いていた。

 リーフには彼が喜んでいるのか、それとも申し訳なく思っているのか分からなかった。

 ヴァージニアは何となくだが、バルダの気持ちが分かった、気がした。

 

 三人は右に曲がり、小さな橋を渡り、進み続けた。

 道は曲がりくねり、狭くなり、暗くなっていった。

 両側には背の高い茂みが並んでいた。

 その葉は大きく、滑らかで、硬く、奇妙な淡い葉脈が濃い緑に映えてほぼ白く見えた。

 彼らが遠くまで行くとすぐに、リーフの首の後ろがチクチクし始めた。

 リーフは少し頭を回すと、目の端に葉の間から何かが光っているのが見えた。

 それは月明かりにきらめく赤い目だった。

 叫びたい衝動を抑えながら、リーフはバルダの腕に触れた。

「奴らが見える。武器を抜いて歩き続けろ。前を見ろ。備えるんだ」

「……ええ」

 リーフは言われた通りにしたが、全身が恐怖で震えていた。

 ヴァージニアも、メイスを構えながら、少しばかり震えていた。

 リーフとヴァージニアは別の一対の目、そしてまた別の一対の目を見た。

 そしてすぐに、道全体が燃える光の点で覆われたように見えた。

 しかし、まだ音は出なかった。

 リーフとヴァージニアは歯を食いしばった。

 武器を握る手は汗で滑りやすかった。

「奴らは何者だ? 何を待ってるんだ?」

 リーフが小声でバルダに言うと、後ろの道路を何かが走り抜けていった。

 ちょうどその時、振り向くと、茂みの中に消えていく生き物が見えた。

 それは、足と腕だけがあるような、曲がった青白い、這い回る怪物だった。

 リーフとヴァージニアの肌はゾッとした。

 

「二人とも、前を見ろ!」

 バルダは激しく彼の腕を引っ張って再び動かそうとしながら言った。

「言ったじゃないか?」

 そして鼻歌が始まった。

 最初は音は小さく、それは三人の周囲から聞こえてきて、空気を満たした。

 まるで飛ぶ虫の大群が突然道路を襲ったかのような、高くて呻くような音だった。

 しかし、虫は見えず、葉の濃い緑と、見守る目だけがあった。

 一歩進むごとに音はどんどん大きくなり、すぐに頭が音でいっぱいになり、

 耳が痛くなり、鳴り始めた。

 そして音は依然として高くなり、耳をつんざくような、耐え難いものとなった。

「この音、不快ですわよ!」

 必死にそれを遮断しようと、三人は耳に手を当て、頭を曲げて、

 足早に、もっと速く歩き、走り出した。

 三人の足は果てしない道にドキドキと響き、息は荒く喘ぎ、心臓は雷のように鼓動した。

 しかし、三人は何も気づいていなかった。

 ただ、脳を貫き、あらゆる思考を追い払う、どんどん大きくなる音の痛みだけがあった。

 

 三人はよろめきながら走り、よろめきながら、必死に逃げようとした。

 しかし逃げ場はなかった。

 三人は助けを求めて叫んだが、自分達の声さえ聞こえなかった。

 ついに三人は疲れ果てて倒れ、塵の中で無力に身悶えし、その声は高まった。

 葉がバタバタと音を立てた。

 熱く赤い目をした青白い、ひょろ長い怪物の群れが三人に向かって走ってきた。

 そして、すぐに三人は覆われた。

 

「……まさか、この世界にこんな怪物がいるなんてね」

 リーフとヴァージニアはゆっくりと目を覚ました。

 自分がどこにいるのか、どれだけの時間が経ったのかもわからなかった。

 耳に鈍い音がして、喉はヒリヒリしていて、体の筋肉が全て痛んでいた。

「生きてる……?」

 しかし、リーフはまだ生きていた。

 リーフは考えようと必死だったが、脳は濃い霧で曇っているようだった。

 最後に覚えているのは、小道をバルダとヴァージニアと一緒に走っていた時で、

 頭の中は音で破裂しそうだった。

 その後はただの空白だった。

「あれは、ただの夢だったのか……?」

 針のように鋭く、刺すような痛みが体中に走る夢。

 細くて硬い指で突かれたりつつかれたりしている夢。

 骨ばった肩に揺さぶられながら運ばれる夢。

 夜が昼に、昼が夜に戻る中、甲高いクスクス笑いや呟きが聞こえる夢。

 

 リーフは仰向けに横たわっていた。

 上空の高い枝の間から光が斜めに差し込んでいたので、今は昼、見たところ午後遅くだ。

 近くで呻き声が聞こえ、頭を回そうとした。

 その時、初めて、リーフは自分が動けない事に気づいた。

 

「……リーフ……!」

 リーフは手を上げ、足を動かそうとしたが、指一本動かす事さえできなかった。

 ……いや、リーフの体は、自分の意志で動く事を拒んでいた。

 

「何が起こったんだ? 教えてくれ!」

 リーフは恐怖で大声で叫んだ。

「奴らが俺達を刺したんだ。スズメバチが毛虫を刺すように、クモがハエを刺すように」

「刺した……?」

「命拾いしましたわね。身体が痺れているようですわ」

 ヴァージニアだけは運良く服で守っていたが、

 リーフとバルダは怪物に刺されて麻痺してしまったようだ。

「このまま奴らは俺達を食うつもりだ。警告を無視した俺が馬鹿だった。

 あの音に対抗できたのはヴァージニアだけだった。

 デルの衛兵がどうしてその事を話さなかったのか、俺には全く分からなかった」

「彼らは知らなかったのかもしれない。多分、あの音を聞いたら生きて話す人はいないから」

「リーフ、まさか俺を殺したのか!?」

「君のせいじゃない。僕達は一緒に旅をしたんだ。そしてまだ死んでない!」

「リーフ、バルダさん、わたくし達はどこにいるんですの?」

 ヴァージニアが震えながら言うと、答えは前よりもさらにゆっくりと届き、

 届いた時にはヴァージニアの心は恐怖で満たされた。

「奴らは俺達を遠くまで運んでくれた」

 バルダは弱々しく言った。

「そうだと思う? 僕達は沈黙の森にいると思うけど」

 リーフは目を閉じ、自分を襲う絶望の波と戦おうとした。

 そして、ある考えが浮かんだ。

「どうして? どうして僕達をここに連れて来たんだ? 彼らの故郷からこんなに遠い場所に?」

「それはね……」

 すると、森の中から新たな声が聞こえてきた。

 

「あなたはウェンにとってご馳走だからよ。

 奴らはあなたをウェンバーへの捧げ物として連れてきたわ。

 ウェンバーは新鮮な肉を好むから、日が沈む頃にやってくるでしょうね」

 上の木からざわめきが聞こえた。

 そして、蝶のように軽やかに野性味溢れる髪の少女がリーフの頭のすぐ横の地面に降り立った。

 リーフとヴァージニアは驚いて、少女を見上げた。

 少女はリーフと同い年で、妖精のような顔をしており、

 黒髪、斜めの黒い眉、そして緑の目をしていた。

 彼女はぼろぼろの灰色の服を着ていたが、妙に見覚えがあった。

 少女は彼の上に身を屈め、マントの紐をほどいていた。

「こんなところに女の子が一人でいるなんて、大丈夫ですの?」

「……それでも、助けに来てくれてありがとう」

「これは役に立つわよ、フィリ」

 リーフは、少女が自分に話しかけているのではなく、

 肩にしがみついている小さくて毛むくじゃらの、

 目を見開いた生き物に話しかけている事に気付いた。

「今日はここに来て本当に運が良かったわ。

 明日まで放っておいたら、この布、ボロボロになってたわね」

 少女は細くて日焼けした腕を一回押してリーフを横に転がし、彼の下からマントを引き抜いた。

 それから少女はリーフを後ろに転がらせて立ち上がり、マントを腕に無造作に掛けた。

 頭上から耳障りな叫び声が聞こえた。

 リーフは目を上げて、少女が飛び降りた木に止まっている黒い鳥、ワタリガラスを見た。

 頭を横に傾け、鋭い黄色い目で彼らを注意深く見ていた。

 少女はにっこり笑ってマントを持ち上げた。

「見て、クリー、巣に使う綺麗な新しい毛布を手に入れたわ。

 でも、私達はもう戻ってくるから、怖がらないでね」

 少女は立ち去ろうと向きを変えた。

 

「ちょっとお待ちなさい! それ、リーフのマントですわよ!」

「僕達を見捨てるな!」

「おいおい、ここに置き去りにしたら死ぬぞ!」

 ヴァージニア、リーフ、バルダは同時に怒鳴った。

 しかし、少女は既にマントを携えて姿を消していた。

 そして突然、絶望の真っ只中、

 リーフは蝋燭の明かりで根気強く布を織る母親の手を思い浮かべた。

 

「マントを返せ!」

 リーフは叫びながらも、それがいかに愚かな事か分かっていた。

 彼はもうすぐ、恐ろしい死を迎える事になる。

「あなた、泥棒ですの!?」

 ヴァージニアは空に向かって激怒して叫んだ。

「それは、母さんが僕のために作ったんだ!」

 一瞬の沈黙が続いた。

 すると、リーフが驚いた事に、少女が戻ってきて、

 もつれた髪の間から疑わしげに彼を見下ろしていた。

「あなたのお母さんがどうしてこのマントを作ったの? 影の憲兵は、お母さんを知らない。

 10人ずつのグループで、家で育てられるの?」

「僕は影の憲兵じゃない!」

「そうですわ、この格好で分かりませんの?」

「俺達はデルの街から来たんだ」

 少女は軽蔑して笑った。

「あなた達の変装では私は騙されないわ。デルの道を選ぶのは影の憲兵だけよ。

 その道は森以外にはどこにも通じないのよ」

 彼女は肩にしがみついている小動物を撫でるために手を上げ、声を強張らせた。

「あなたより前にも、多くの仲間がここに来て、奪ったり壊したりする生き物を探してたわ。

 彼らは自分の過ちを痛いほど学んだわ」

「随分と気が強いですわね」

「俺達は影の憲兵ではない。俺はバルダ、その仲間のリーフとヴァージニア。

 俺達が森に来たのにはちゃんとした理由があるんだ」

「どんな理由?」

 少女は信じられないといった様子で尋ねた。

「教えないよ」

 リーフがそう言うと、少女は肩を竦めて背を向けた。

 リーフは慌てて、少女の後ろで叫んだ。

「君の名前は? 家族はどこにいるんだい? ここに連れて来てくれないか?」

 少女は立ち止まり、もう一度リーフに振り返った。

 彼女はまるで今まで誰も彼女にそのようなことを尋ねた事がないかのように、

 困惑しているようだった。

 

「私はジャスミン。クリーとフィリが家族よ。ずっと昔、影の憲兵が私の両親を奪ったの」

 リーフの心は沈んだ。

 だから、ジャスミンを安全な場所まで運ぶのを手伝ってくれる人は誰もいなかった。

「やっぱり強いですわね」

「影の憲兵は恐ろしい敵で、君の敵でもある」

 バルダはできる限り冷静に、力強く言った。

「僕達が森に入ったのは、奴らを倒すための作戦だ。デルトラから影の大王を追い払うためだ。

 どうか助けてくれ!」

 少女が躊躇いながら、腕にかけたままのマントを指で触っている間、リーフは息を止めていた。

 そして、彼らの頭上で、黒い鳥が再び鳴いた。

 ジャスミンはそれをちらっと見て、リーフの胸にマントを投げ捨て、何も言わずに走り去った。

 

「戻ってくれ! ジャスミン!」

「ああ、行っちゃいましたわ……」

 リーフは力一杯叫んだ。

 しかし返事はなく、リーフが再び木を見上げると、鳥さえもいなくなっていた。

 リーフはバルダが無力から来る怒りで一度呻くのを聞いた。




ジャスミンのような女の子キャラって、私が確認した限りではありますが、
日本の女の子向けの児童書ではびっくりするほど少ないですよね。
ま、私の視野が狭いだけかもしれませんが。
そんなわけでヴァージニアには色々と言わせました。
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