ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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番人の名前を当てましたが、番人は本当に、そういう名前なのでしょうか。
そして、ヴァージニア達はダイヤモンドを無事に取り戻せるのでしょうか。
ここがヴァージニアとデルトラクエストの最大の「盛り上がり」となるでしょう。


第49話 最後の宝石

 扉が静かに開いた。

 ガラスのテーブルと黄金の棺が待っていた。

 しかし、ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは恐怖でその場に立ち尽くしていた。

「そんなはずはないわ! 番人はエンドン国王にしては年老いすぎてるわ!

 まるで時の流れのように老けているわ!」

「彼は16年間も、影の大王のしもべとして生きてきたのか……」

 リーフは陰鬱に言った。

「悪がエンドンを内側から蝕んでいる。今や父さんでさえ、エンドンを見分けられないだろう」

 もし父親が、友人の死を知ったらどんな思いをするだろうかと考え、胸が痛んだ。

「ジャードはいつもエンドンは弱いと言っていた。

 愚かで弱々しい。世間から守られ、おべっかと権力に慣れていた。

 それでもジャードはエンドンを愛し、守ろうとした。

 ……ジャードはエンドンを城から、そして確実な死から救った。一体何のためにこんな事を!」

「トーラが助けを拒否するなんて、父さんはどうして知っていたんだ?

 エンドンが闇に堕ちて、失ったもの全てを取り戻すと、どうして父さんは知っていたんだ?」

「エンドンと呼ぶな」

 バルダは呟いた。

「奴はもうエンドンではなく、番人だ。そして、何も取り戻していない!

 騙され、利用されたんだ。愛されず、孤独……」

「……でも……」

 ジャスミンは息を呑み、目を見開いて警戒した。

「あの人は孤独よ。孤独よ! 王妃はどこ? 世継ぎはどこ?」

 ヴァージニア達は黙り込んだ。

 衝撃のあまり、一瞬、他の考えは頭から消えていた。

 しかし今、ヴァージニア達はジャスミンが真に重要な疑問を捉えている事に気づいた。

「父さんはシャーン王妃は強いと言っていた。強く、そして勇敢だった。

 甘やかされて育った城のお飾りのような姿とはまるで違う。

 もしかしたら、エンドンが影の大王の教えを聞き入れ、

 番人となり始めたら、一緒にいる事を拒否したのかもしれない。

 もしかしたら、子供を連れて逃げたのかもしれない」

 リーフは希望に輝く顔で彼らの方を向いた。

「もしそれが本当なら、シャーンと世継ぎがどこかで無事に暮らしているなら、

 エンドンがどうなろうと関係ない。

 世継ぎこそ、僕達がずっと探し求めていたんだ」

「その世継ぎは一体誰だと思いまして?」

「それは……」

 その時、宮殿のどこかで、足音と低く唸るような音が聞こえた。

「早く!」

 リーフはヴァージニア、バルダ、ジャスミンをすぐ後ろに従え、小さな部屋へと急いだ。

 ヴァージニア達はテーブルに近づき、その前に立った。

 しかし、リーフが手を挙げるよりも早く、ドアの向こうから音がした。

 番人がそこに立っていた。

 皺だらけで傷ついた顔は、驚きと怒り、そして困惑と誇りに歪んでいた。

 番人の背後では、怪物達が唸り声を上げていた。

「それで、わしの名前を見つけたのか。驚いたか?」

「少しはね」

 番人は冷笑した。

 しかしリーフは、赤い瞳の奥に、渋々ながらも敬意の煌めきを見たような気がした。

「他に一人だけ、そうしてくれた者がいる。

 そして、奴は――真実に耐え難く、この部屋に入って賞品を受け取る事を拒否した。

 奴はわしを呪いながら谷を去った。

 奴と奴の大義が何であれ、わしの所有物が汚したものは一切欲しくないと言ったのだ」

 リーフはハッとして、その男が誰なのかを悟った。

 デルトラ中をはるばる旅し、大義のための同盟者と武器や物資の資金を探した男。

 「いましめの谷に来るな」とヴァージニア達にあれほど辛辣に警告した男。

 デルトラの戦いは王も魔法も使わずに戦わなければならないと、常に辛辣に言い放った男。

 探求は無意味だと、あれほど断言した男。

「ジョーカーだ」

「……」

 リーフの言葉に、隣でヴァージニア、バルダ、ジャスミンが硬直するのを感じた。

 番人はジョーカーを嘲笑った。

「わしは奴の名前を知らなかったが、奴はついにわしの名前を知った。

 奴が留まらなかったのは残念じゃ。

 奴の内には、わしの心を温め、わしの怪物達を喜ばせるような、苦悩と憎しみがあった」

 番人は髭を撫でながら、ヴァージニア達を狡猾そうに見つめた。

「お前達も奴の例に倣って逃げるのか?」

「いや、そうはしない。ダイヤモンドを持って帰るんだ」

 リーフは黄金の棺に手を置いた。

 扉から番人の赤い目が見つめ、首筋が熱くなった。

 父親の友人エンドンが、醜い番人に変わってしまった。

 そしてジョーカーはずっとそれを知っていた、とリーフは怒りを込めて思った。

(それでも、ジョーカーは僕達に言わなかった。ジョーカーは自分以外、誰も信じない男なんだ)

 扉の前の怪物達はすすり泣き、唸り声を上げた。

 リーフは、怪物達がリーフの怒りを感じている事を知っていた。

 それは怪物達にとって、肉や飲み物のようなものだった。

 どうでもいい事を考えている場合ではなかった。

 リーフは留め具を押すと、棺の蓋が勢いよく上がった。

 そしてその奥、黒いビロードのベッドの上に、大きなダイヤモンドが煌めいていた。

 リーフはその宝石を掴み取り、くるりとくるりと振り返り、しっかりと握りしめた。

「出て行け! 宝物を持って、行け!」

 谷へと続く扉が勢いよく開いた。

 霧が部屋に流れ込み、柔らかな溜息の声が混じった。

「リーフ!」

 バルダはリーフを扉の方へ引き寄せようと促した。

 しかしリーフは、顔に血が上るのを感じながらも、踏みとどまった。

「どうしてここに留まる? 勝っただけでは足りないのか? わしを嘲笑うまでか?」

「お前は僕達を騙したんだ」

 リーフは怒りに震える声で叫び、掌の上で輝く宝石を差し出した。

「この宝石はダイヤモンドかもしれない。でも、デルトラのベルトのダイヤモンドじゃない!」

「箱に入っている以上のものは約束していない!

 はっきり言ったではないか、『賞品を持って帰っていい』と。それだけだ」

「宝物はデルトラのベルトのダイヤモンドだと言ったじゃないか」

「本当の宝石は、最初にこの部屋を見せてくれた時、ここにあった。だが今はもうない」

 番人は怪物達の唸り声を無視して一歩前に進んだ。

「もしかして、誰かが盗んだんですの? わたくし達がパズルを解いている間に?」

「別の宝石と入れ替えた。

 たとえお前達がわしのゲームに勝ったとしても、本当の宝物は失われないようにするためだ」

 番人は目を細めた。

「どうしてそんな事が分かるんだ?」

「僕がどうやって知ったかは問題じゃない。重要なのはお前が嘘をつき、ズルをしたという事だ。

 ルールを守る事ばかりに気を取られているお前が」

「それで、ルールに従ったのか?」

「そうだ! 宝石を箱から取り出して、霧の中に隠しておいた。

 代わりに置いた宝石は、お前達の欲深さを十分に満たしてくれるだろう」

 怒りに喘ぎながら、番人は彼らに向かって歩み寄った。

 番人のペット達は足元で唸り声を上げた。

「だが、わしが背を向けた途端、ダイヤモンドが隠し場所から盗まれたのじゃ。

 犯人はゲームを断り、谷を去ったふりをした者じゃ!」

「ネリダ?」

「大変ですわ! 急いで追いかけなくちゃ!」

「あ、待って、ヴァージニア!」

 ダイヤモンドを不正な手段で得れば、必ず報いを受ける。

 もしかしたらネリダが大変な目に遭っているかもしれないと、ヴァージニアは大急ぎで駆けた。

 

「行ってしまったか……。ヴァージニアは無事なのか?」

「大丈夫だと思う。ヴァージニアはダイヤモンドを盗んでいないから」

 

 ヴァージニアは大急ぎで宮殿を出て、ダイヤモンドを盗んだネリダを追いかけた。

 まず、ヴァージニアは持ち前の直感を生かして、ネリダが逃げたと思われる道を見つけた。

 ここからはネリダの足取りを慎重に追わなければならない。

 危ない場面もあったが、ヴァージニアは何とかネリダの追跡に成功。

 ネリダの姿が見え始めるも、眼前に広がる深い谷がヴァージニアの行く手を阻む。

 だが、予想に反し、追跡は成功。

 道に迷いそうになりながらも、ヴァージニアは諦める事なく、ネリダを追う。

 しかし、道に迷ってヴァージニアは一時的にネリダを見失ってしまった。

 それでもヴァージニアは走り続け、再びネリダとの距離を詰め、最後のスパートをかける。

 だが、ネリダの足が速く、ヴァージニアは大きく後れを取り、

 ネリダとの距離が再び開いてしまった。

 それでもヴァージニアは諦めずにネリダを追い続けるが、

 ヴァージニアはあと一歩のところで、ネリダを見失ってしまった。

 最早、ここで戻る余裕は、ヴァージニアにはなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 その時、番人と怪物を倒したと思われる、

 リーフ、バルダ、ジャスミンがヴァージニアに合流した。

「どうしたんだ、ヴァージニア?」

「ネリダを……ネリダを見失っちゃいましたの。捕まえて、話を聞こうと思ったのに……!」

「そんな……。でも、今ならまだ間に合うはずだ。急いで追いかけよう!」

「え、ええ!」

 

 しかし、無情にも息絶えたネリダが、小川に仰向けに横たわっていた。

 ゆっくりと流れる水が、何も見えないネリダの目に触れ、

 頭をぶつけた岩の上で髪が波打っていた。

 冷たい掌には、大きなダイヤモンドが握られていた。

「ネリダ……間に合わなかったですわ……!」

「そうだ。この女は小川を渡っている時に躓いて、頭をぶつけて溺れ死んだのだ。

 ……ダイヤモンドを盗んだ罰が下ったのだ」

「その声は……ワソ……!」

 その時、ネリダの死体の後ろから、女性――影の大王に洗脳されたワソが姿を現す。

 ワソは手を挙げると、先程まで息絶えていたはずのネリダが、ゆっくりと起き上がった。

 しかし、ネリダの眼には光がなく、虚ろにヴァージニア達を見据えている。

「死者を操る術ですの!?」

「その通り。こいつが死んだら私の手駒として利用するつもりだったからな。

 さあ、決着をつけるぞ、ヴァージニア!」

「死者を冒涜するなんて……操られているとはいえ、許しませんわ!」

「ああ。ネリダを弔うためにも、解放しよう!」

「コロス……リーフ、コロス……」

 ヴァージニア達は武器を構えて、ワソとゾンビになったネリダに戦いを挑んだ。

 

 影の大王に洗脳されたワソと、ゾンビになったネリダとの戦いは苦戦の一方だった。

 いくら宝石が六つ揃っているとはいえ、防戦しかできなかった。

 しかも、相手はさらに強くなっていて、リーフ達の傷は確実に増えていった。

 二度、三度斬りつけても、全く手ごたえはなかった。

「何とか助けないと!」

 ジャスミンは短剣を投げてゾンビになったネリダを攻撃し、

 リーフは走ってゾンビになったネリダを斬りつけた。

「吹き飛べ!」

 ワソは刀に魔力を付与し、リーフを思い切り切り裂く。

 その衝撃で、リーフの手から剣が弾き飛ばされた。

「しまった!」

「取りに行く前に治しますわ! 光あれ!」

 ヴァージニアは回復の奇跡で、武器を取りに行こうとしたリーフの傷を癒す。

 リーフは走って剣を取り戻した後、バルダと共にネリダのゾンビを斬って倒した。

 ワソは刀で舞うようにリーフとジャスミンを斬りつけ、

 ヴァージニアは回復の奇跡をリーフに使った。

「このままじゃ埒が明かない。確か、ワソは操られていると言っていたな。

 もしかしたら、デルトラのベルトの宝石を使えば、ワソを元に戻せるかもしれない」

「リーフ……」

「みんな、隙を作ってくれ。僕が、ワソを元に戻す!」

「仕方ありませんわね」

 ヴァージニアは弾き飛んだリーフの剣を、リーフ目掛けて投げつけた。

 リーフがそれを受け取った後、バルダはワソに斬りかかるが、ワソには当たらなかった。

「そろそろ終わりにしよう! 闇よ、我が刃となり……」

「はぁぁぁぁっ!」

 リーフはワソが呪文を詠唱している隙に、ベルトを外し、ワソの身体にベルトを巻き付けた。

 ワソがデルトラのベルトを見た瞬間、ワソの全身をラピスラズリとダイヤモンドの光が包む。

 そして、ワソの身体からウネウネした何かが飛び出すと、どこかに消え去った。

 呪文の詠唱が途切れ、刀が手から滑り落ち、鈍い音を立てて地面に転がる。

 ワソの目はゆっくりと瞬きを繰り返し、次第に元の色を取り戻していった。

 

「……私は一体、何を……?」

「ワソ! 元に戻りましたのね!」

 ヴァージニアの顔が、ぱっと明るくなる。

 ワソは、呪文を唱えていた時の響きとは全く異なり、戸惑いを帯びていた。

 その瞳には最早狂気の色はなく、微かに残る疲労感と、純粋な困惑だけが宿っていた。

 正気に戻ったワソの顔から、影の大王の呪縛が消え去っている事を、

 リーフは、はっきりと見て取った。

 ヴァージニアは大急ぎでワソに駆け寄った。

「あぁ……ワソ……やっと、戻ってきましたわ……!」

「わっぷ、ヴァージニアってば、苦しいよ……!」

 ついに再会したワソを、ヴァージニアはぎゅっと抱きしめる。

 長い間、離れ離れになっていたのだから、その嬉しさは格段のものだろう。

「でも、どうして私がここにいるの?」

 しかし、何が起こったのか、ワソには分からなかった。

 それについてはリーフが説明した。

「ラピスラズリとダイヤモンドの力で、影の大王の洗脳が解けたんだよ」

「えっ……じゃあ、私、ずっと影の大王のために戦っていたって事なの?

 ヴァージニアを貶めていたって事なの? 私、私は……!」

 その時、ワソの身体はふらりと傾いた。

 先程の戦いで疲れていたらしく、ワソは今にも倒れそうになったのだ。

「大丈夫ですわ、今はゆっくりお休みなさい。これからは、ずっと一緒ですわ」

 ヴァージニアはワソに向かって、優しくそう言った。

 

「ごめんよ、ネリダ。もう少し早かったら、君は助かったのに」

 そして、リーフは倒れているゾンビのネリダに悔しそうに話す。

 ネリダはゾンビになりながらも、必死で自我を保ちながらリーフに口を開いた。

「リーフ……ワタシハ……アナタタチト……イッショニ……ボウケン……シタカッタ……。

 オカネヲ……カセイデ……コキョウニ……シオクリ……シタカッタ……。

 ダイヤモンドヲ……ヌスンダトキ……ムクイガ……クダルナンテ……オモワナカッタ……。

 イキテイタト……オモッタノニ……コンナ……コトニ……ナルナンテ……オモワナカッタ……。

 デモ……リーフタチガ……タスケテクレテ……ヨカッタ……。

 コレデ……ワタシハ……ジユウニ……ナレル……」

 そう言って、ネリダだったゾンビは倒れ、元の死体に戻った。

 

「さあ、これで七つの宝石は全て揃った」

 リーフがベルトを地面に置くと、霧がリーフの周りを渦巻き、影と囁き声で満たされた。

 六つの宝石が鋼鉄のメダルの上で輝いていた。

 最後のメダルは満たされるのを待っていた。

 リーフが水から滴るダイヤモンドを持ち上げると、ベルトは腰の辺りで熱くなった。

 カチッという小さな音と共に、ダイヤモンドは本来あるべき場所、所定の位置に滑り込んだ。

 

「やっと、デルトラのベルトの宝石を全部取り戻しましたわ!」

 ついにベルトは完成した。

 息を呑むような静寂が一瞬訪れた。

 それから再び囁き声が始まった。

 今度はさらに大きく。

 霧は渦を巻き、柱や螺旋を描きながら地面から立ち上がり、

 まるで生きているかのように木々の間を這い上がった。

 そして霧が立ち上るにつれ、澄んだ空気の中で人影が瞬きする。

 男も女も子供達も、戸惑いながらも喜びに満ちた表情で、温かくなる手、

 ゆっくりと色づいていくローブ、そして互いを見つめ合っていた。

 その時、大きな割れる音がした。

 ガラスが割れるような音がした。

 一瞬にして、谷間は色彩と眩い光に満たされた。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンが再び見渡すと、

 何百人、何千人もの人々が、青い空の下、木々の間で喜びに浸っていた。

 彼らは最早灰色で、漂うような、虚ろな顔ではなく、

 色彩と温かさ、そして生命力に満ち溢れていた。

 ほとんどの人々は背が高く、細身で、長く滑らかな顔をしており、

 つり上がった眉毛の下には暗い瞳が輝いていた。

 黒く絹のような髪が背中に垂れ下がり、ローブの深い袖が地面を撫でていた。

 リーフは、自分の目で見た光景をほとんど受け入れる事ができず、

 驚きのあまり彼らを見つめていた。

 番人の言葉を思い出した。

 彼らはトーラの失われた民だったのだ。

 

 ヴァージニア達は群衆の中を歩き、至るところで彼らは手を差し伸べていた。

 しかし今、その手は開いており、生命と感謝に満ちていた。

 リーフが生きていた頃からトーラの民はいましめの谷を彷徨っていたが、

 年老いる事も、変わる事もなかった。

 老いも若きも、彼らは誓いを破ったあの日と全く同じ姿のままだった。

 ヴァージニア達は彼らの間を歩き回り、彼らの堕落の物語を何度も繰り返し聞いた。

 トンネルの魔法は長きに渡りトーラを悪から守ってきたため、

 トーラの民は自分達も都市も完璧であるように完璧に成長し、

 どんな決断も正しいと信じるようになっていた。

 エンドンからの伝言が届いた時、彼らはそれを他の全ての事と同じように考えた。

 情熱もなく、憎しみもなく、怒りもなく。

 しかし同時に、温もりもなく、愛もなく、憐れみもなく。

「その決断は信頼を裏切るものには思えなかった」

 幼い子供の手を引いた若い男が呟いた。

「賢明で、正しい判断だった。我々にとって王は異邦人だったからだ。

 アディンと共にデルへ行ったトーラ族や、その後にデルへ行ったトーラ族でさえ、

 とっくの昔にデルの宮殿生活の一部となっていた。

 彼らは最早我々の都市間の架け橋ではなくなっていたのだ」

「ですが、私達自惚れのあまり、我々の力の基盤となっている魔法を忘れてしまいました」

 背が高く背筋を伸ばした、緋色のローブを纏った老婆が溜息をついた。

「古の誓いとそれに伴う呪いは、今もなお強力でした。私達はそれを当てにしていませんでした。

 当時は前ばかり見ていて、決して後ろを振り返る事はなかったからです。

 あれから、私達はより良く学びました」

 

 ヴァージニア達は木々の間を抜け、宮殿の空き地へと歩いていった。

 群衆は静かに後を追った。

 空き地に近づくにつれ、リーフは夢を見ているような感覚に苛まれた。

 今にも目が覚めるかもしれない。

 今にも宝石のように輝く宮殿と、

 渦巻く霧の中から赤い目でこちらを見つめる番人の姿が見えそうだった。

 しかし、宮殿はまるで最初からなかったかのように消え去っていた。

 その代わりに小さな木造の小屋があった。

 周囲には花や野草が生い茂り、戸口には髭を生やした男が立っていた。

 粗末なガウンを羽織り、腰には結び目のついた紐を巻いていた。

 男の悲しげな目がリーフの目と合った。

 二人の目は見覚えがあった。

 男の腕には黒い鳥が止まっていて、手には小さな灰色の毛皮の束が乗っていた。

 リーフが一言も発しないうちに、ジャスミンは歓喜の叫び声を上げて駆け寄ってきた。

 するとクリーがジャスミンに向かって飛んできて、

 フィリは飛び跳ねながらジャスミンを迎えに来た。

 霧が晴れた瞬間、二人は崖っぷちから降りてきた。

 新しい友と共に辛抱強く待っていた。

 しかし、ジャスミンの姿を見た今、クリーもフィリも、もうこれ以上待つつもりはなかった。

 

 五人は再び一緒に、見知らぬ男の傍らに歩み寄った。

「あなたは隠者。そして、あなたは番人だ」

 男は胸に手を当て、まるで敏感な場所に触れるように、心臓に近づけた。

「もう違う。お主のおかげじゃ」

「でも、あなたはエンドンではないですよね?」

 リーフは既に答えを知っていたが、声に出して聞きたかった。

「わしの名前はファーディープじゃ。確かにかつては裕福だった。

 尊敬されて、とても満足していた。しかし、王ではなかった。

 ここから遠く離れたリスメアで、ただ宿屋を営んでいただけじゃ。

 盗賊が町を襲撃し、家族は殺され、宿屋は奪われた。

 どうやら、影の大王はそれを必要としていたようじゃ」

 ヴァージニア達は顔を見合わせた。

「宿屋チャンピオンの事ですか?」

「知っておるのか? 宿屋チャンピオンはかつてわしの宿じゃった。

 わしは昔からゲームが好きじゃった」

 ヴァージニア達が身震いする中、ファーディープは悲しげに口元を歪めた。

「今ではリスメアのゲームは変わっていると聞いた。

 宿屋もずっと大きくなって、わしの時代とは全然違うやり方で、違う理由で運営しておる」

 ファーディープは深く溜息をついた。

「しかし、当時は影の大王の計画をわしは知らなかった。

 全ては奴がデルトラを支配するずっと前に起こった事じゃ。エンドンが国王になる前に。

 わしはこれから何が起こるのか、何も知らなかったし、気にも留めなかった。

 リスメアを抜け出し、安息と避難所を求めてこの谷に逃げてきたのじゃ」

 ファーディープは頭を下げた。

「しかし、わしは平穏を得られなかった。

 わしの悲しみと怒りは、それらを最も巧みに利用しうる者が感じ取り、利用した」

「私と同じだね……」

 ワソはファーディープを見てそう呟く。

 影の大王に洗脳されていた時の事はほとんど覚えていなかったが、

 これだけは何となく理解していた。

「最初は、そやつがわしの問題を引き起こしたとは知らなかった。

 後に、贈り物が降り注ぐにつれ、そんな事は問題ではなくなった。

 わしはこう思った。自惚れ、嫉妬、悪知恵、そして欲張りな心がわしの中で育っていった。

 そして時が経つにつれ、わしは――お主が見た通りの者になったのじゃ」

 ファーディープは再び胸に手を当てた。

「でも、どうしてあなたのゲームは、あなたの名前をエンドンだと思わせたの?」

「どうしてその名前が扉を開いたの?」

「影の大王がそう望んだのじゃ。

 最初から、奴はダイヤモンドを求めてここに来る者を騙そうとしていたのじゃ。

 エンドン国王が闇に堕ち、影の大王のしもべになったと考えるなんて。

 番人として、わしはその考えを――面白いと思った。

 そしてお主に言ったように、わしは昔からゲームが好きじゃった。その部分は変わっておらぬ。

 お主が来るまで、あの傷だらけの男、ジョーカーだけが、このパズルを解いていた。

 そして、ジョーカーに与えた影響は、我が師匠が期待していた通りのものだった」

 ファーディープはトーラ族が集まり、互いに囁き合っている場所を一瞥した。

 彼は肩を竦め、彼らと話をしようとした。

「でも、はっきりと分かった事があるわ。

 影の大王は、エンドン自身ではなく、エンドンの世継ぎが重要だと知らないのよ」

「あるいは、たとえ知っていたとしても、僕達もそれに気づいている事を知らないんだろうね」

 ファーディープと人々がヴァージニア達の方へ向かってきた。

「休めるうちに、わしらと一緒にいてほしい。贅沢はできない。

 だが、谷には今、皆が食べられるだけの食べ物がある。そして、友情も豊富じゃ」

 ファーディープはやや堅苦しい口調で言い、前に出た。

「それだけで十分贅沢だ」

「ゾンビになっていたネリダを埋葬しなきゃいけませんし、話したい事もたくさんありますわ」

 ヴァージニアがそう言うと、ファーディープは安堵の溜息をつき、全身が震えた。

「たとえお主がその考え自体を嫌がっていたとしても、責めたりはせぬ。

 民もわしを許してくれたのじゃ。予想以上じゃ。そしてわしが受けるに値する以上のものじゃ」

「心から許します」

 群衆の先頭にいた、太った青い服を着た女性が言った。

「あなたの過ちはただの盲目でした。私達も同じです。

 あなたが許す限り、私達はここに留まり、感謝します。

 他にどこにも行くところがないのですから」

「トーラはいつものように完璧です」

「ずっと待ってるからね!」

 ワソは笑顔で手を振った。

 しかし人々は残念そうに首を横に振った。

「私達は二度と元には戻れません。街の心臓である石は砕け、炎は消え去った。

 誓いは破られ、悪は二度と消える事はない」

「そんな事はないよ! デルトラの世継ぎが見つかれば、平和は戻るでしょ!」

「あっ、それは僕が言いたかった事だぞ、ワソ!」

 一瞬、リーフは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 そして、腰に巻いた重々しいベルトに再び触れた。

 隠れ場所は必ず見つける、とリーフは自分に言い聞かせた。

 それがどこにあろうと、どんなに遠くても。

 最早、ヴァージニア達は導き手なしではないのだ。

 ベルトは完成した。

 そして、それはヴァージニア達に道を示してくれるだろう。




ネリダは原作通りここで退場ですが、ヴァージニアの介入でルートが少し変わりました。
いずれにしろ、ワソはここで助けると決めていました。
ラピスラズリの幸運を司る力が、ダイヤモンドの力で強くなって奇跡が起こり、
ワソを洗脳から解放したというわけです。
原作での不遇な宝石を、こういう形で役立てたかったのです。

次回は第一部の最終章「帰還」です。
宝石を全て取り戻したヴァージニア達は、世継ぎを探せるのでしょうか?
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