ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

ヴァージニア達は最後の宝石ダイヤモンドがあるいましめの谷に行こうとしたが、
影の大王に洗脳されたワソが再び襲いかかる。
ヴァージニア達はワソを退けた後、船に乗って盗賊にさらわれたデインを助けるが、
船が大雨に巻き込まれ、ヴァージニア達はトーラの街に辿り着く。
誓いが破られた事を知ったリーフはショックを受けるが、世継ぎが必ずいると信じた。
その後、ヴァージニア達は勝手に同行したネリダを置いていましめの谷に向かった。
ヴァージニア達は番人のゲームに勝利したが、賞品のダイヤモンドはネリダが盗んでいた。
ようやくヴァージニア達はダイヤモンドを発見するが、
ネリダは不正を嫌うダイヤモンドの魔力で命を落とし、さらにワソまで待ち受けていた。
ワソはヴァージニアと決着をつけるべく本気を出し、最後の戦いを挑んだ。
そしてついにヴァージニア達はワソを正気に戻し、全ての宝石を取り戻すのだった。


帰還
第50話 集いし七つの宝石


 ヴァージニア達はついに全ての宝石を取り戻し、影の大王の洗脳からワソを助けた。

 デルトラのベルトは完成した。

 七つの宝石が、鋼鉄の煌めくメダリオンの中で再び輝きを放っていた。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは、

 かつていましめの谷であった、陽光に照らされた美しい場所を歩いていた。

 頭上の青い空では、クリーが風に乗って航海していた。

 邪悪な霧が晴れて以来、多くの鳥が谷に戻ってきており、

 追放されていたトーラの民は生ける屍から解放され、

 エンドンを名乗っていた邪悪な番人はかつての隠者ファーディープの姿に戻っていた。

 ヴァージニア達は勝利を収めた。

 しかし今、デルトラの世継ぎを見つけなければ、

 全ての努力が無駄になるという事実に直面しなければならなかった。

 ヴァージニア達はベルトが世継ぎへと導いてくれると信じていた。

 しかし、今のところ何の兆候もなかった。

 

 溜息をつきながら、リーフは持っていた小さな青い本をパラパラと開いた。

 この『デルトラのベルト』は、番人の宮殿の破壊を生き延びた数少ない品の一つだった。

 リーフは何度も読んだ文字を再び見つめた。

 

 それぞれの宝石には独自の魔力あり

 七つを合わせると、個々の宝石よりも遥かに強力な力を発揮する

 アディンが最初に作り、アディンの真の世継ぎが身に着けた、

 デルトラのベルトだけが、敵を倒す力を持つ

 

「リーフ、もう一度読んでも何も変わらないと思うけど」

「世継ぎを見つけなきゃ――それもすぐに!」

 ジャスミンはベリーを摘み、フィリに渡した。

 谷にはたくさんの小さな毛皮の生き物が群がっていた。

 しかし、どれも小さなフィリよりも大きく、

 フィリは恥ずかしそうにジャスミンの肩に留まり、不思議そうな目で辺りを見回していた。

「どこを見ればいいのかさえ分かれば!」

 バルダは落ち着きなく動いた。

「もうここで兆候を待っているわけにはいかない。いつ……」

 バルダは顔を上げ、突然眉をひそめた。

 リーフ、ヴァージニア、ワソもまた顔を上げ、ほんの数分前まで澄み切った青空だった場所に、

 渦巻く霧が立ち込めているのを見て驚いた。

 鳥達は旋回し、甲高い声を上げていた。

 ジャスミンは鋭くクリーに呼びかけた。

 クリーは群れから抜け出し、彼女に向かって猛スピードで飛んできた。

 同じ瞬間、リーフはファーディープが近づいてくるのを見た。

 ファーディープと共にいたのは二人のトーラ族だった。

 背が高く髭を生やした男のピールと、背筋を伸ばした深紅のローブを纏った老女のゼアンだ。

「恐れるな! トーラ族達は再び雲のベールを織り、谷を覆い尽くそうとしている。

 影の大王に、わしらが自由になった事を知られてはならない」

「でも、あの生き物達はどうなるの?」

「私達の霧は、決して生き物を傷つけません。柔らかく、甘い。

 魔法が戻ってきた今、私達は多くの事ができます」

「一番望んでいる事を除いては。トーラの元へ戻る事を除いては」

 ピールは真剣な顔で言った。

「確かに」

 ゼアンは視線をヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンに向けた。

「それでも、私には希望があるのです」

 リーフはファーディープにちらりと目をやった。

「ファーディープは何も言っていませんよ、リーフ。

 でも、谷が変化する直前に見たものは覚えています。

 あなたは貴重なものを運んでいる――我々、みんなを救えるものを。

 ですが、あなたは悩んでいる。私達はそれを感じている。助ける事はできないのですか?」

 リーフは躊躇った。

 秘密主義の癖が強かった。

 だが、もしかしたら、トーラ族が助けてくれるかもしれない。

 ヴァージニア、ワソ、バルダ、ジャスミンがリーフの傍らで身動きし、

 四人もまた信頼したいという衝動を感じているのがリーフには分かった。

「気づいてください。トーラ族の一人に話す事は、全てを話す事と同じです。

 私達は互いに秘密を持たない。ですが、それが私達の強みです。

 私達は多くの知識を持ち、記憶は長いです」

 リーフは服の下で重くなっているベルトに触れた。

 しかし、リーフが一言発する前に、ゼアンとピールは硬直した。

「見知らぬ者が谷に入ってきている!」

 ピールが小声で言った。

「小川に沿って急いで歩いている」

「友達か?」

 ファーディープが急いで尋ねた。

 ゼアンは困惑したように首を横に振った。

「分かりません。オルなら、大抵は感じ取れます。邪悪な者達もそうでしょう。

 ですが、彼らは心を閉ざしています」

 霧が濃くなるにつれ、光は薄れてきた。

 リーフは決意した。

「彼らに会いに行こう。そして、その途中で話そう」

 

 谷底の緑の中を歩きながら、ヴァージニア達は長い間、隠してきた秘密を打ち明けた。

 声に出して言うのは奇妙な感覚だった。

 しかし、トーラ族がベルトの光景に息を呑む中、リーフは恐怖を感じなかった。

「アメジストです」

 ゼアンは紫色の宝石に優しく触れながら囁いた。

「トーラ族の宝石、真実の象徴です」

「どういう意味?」

「だって、トーラ族は、デルトラのベルトを初めて作った時、

 アディンに宝石を捧げた七部族の一つだったのですよ」

「アメジストが魔物の洞窟、トーラのすぐ近くにあったのは、きっとそのためだろう。

 ベルトから奪われた宝石は、元の場所に戻りたがった。

 できる限り、それを運んでいたアクババの意志を曲げたのだ。もしかしたら……」

 二人の人が前方の小川の曲がり角を曲がった。

 一人が叫び声を上げ、走り出した。

 リーフは驚いたが、それがデインであり、一緒にいた男がジョーカーだと分かった。

「デイン!」

 ジョーカーは怒鳴った。

 デインは後ろから見やり、飛びかかった足取りはよろめき、速度を落とした。

「あら、この子は私達の一人によく似ていますね。髪も、目も……」

「デインの母親はトーラ族の血を引いているんだ。

 両親は一年前に影の憲兵団にさらわれ、今はジョーカーと共にレジスタンスで働いているんだ」

 二人の訪問者は今、完全に静止していた。

 ジョーカーは頭上の雲をちらりと見た。

「大丈夫じゃよ、ジョーカー。ここにいるお主の仲間は無事じゃ。

 霧はわしらを守るためだけのものじゃ」

 ジョーカーは用心深く近づいた。

 ファーディープの顔を探ると、ジョーカーの顔も曇った。

「お前が!」

「違う!」

 ジョーカーは唸り声を上げ、剣に手を伸ばすが、リーフは慌ててジョーカーを止めた。

「この人はファーディープだ。敵じゃない。もう、番人じゃない」

 リーフがジョーカーを知って以来初めて、ジョーカーは困惑した表情を浮かべた。

「説明する事がたくさんあるだろう!」

「その通りだ」

「どうしてこの場所の事を私達に隠していたの?」

「俺は全力でいましめの谷へは近づかないように警告したはずだ!」

 ジョーカーは少し立ち直り、唸り声を上げた。

「俺が実際に訪れたと言えば、状況は改善しただろうか?

 いや! 俺がそこから逃れられたのなら、お前もそうできると考えたはずだ」

「そうかもしれないわ。でも、ジョーカー、隠しすぎは良くないわ!

 番人はエンドン王だと信じていると、どうして言わなかったの?」

 デインの恐怖の溜息を無視して、ジョーカーは険しい笑みを浮かべた。

「俺にだって、少しはいい気分だ。

 この呪われた谷を去る時、民に王の死を決して口外しないと誓った。

 奴らは十分に苦しんだ。王が死んだと信じ込ませる方がずっとましだと考えたのだ」

「それなら、影の大王の思う壺に嵌ったわけか。私みたいに……」

 ワソは、溜息をついて頭を下げた。

「王の事を忘れさせ、デルトラに対する自身の支配を決して破られないようにしたいのだ」

 ジョーカーは殴られたかのようにたじろいだ。

 ゆっくりと手の甲で額をこすり、目を隠した。

 デインは無表情でまっすぐ前を見つめていた。

 しかしリーフには、その静かな仮面の裏に、様々な感情が葛藤しているように見えた。

 しばらくして、ジョーカーは手を下ろし、

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンをまっすぐに見つめた。

「お前達がここに来た理由は分かっている。お前達の目的は果たしたのか?」

 ヴァージニア達は沈黙を守った。

 ジョーカーの顔に影が差した。

「もしかしたら、俺を信用しない方が賢いかもしれない。

 お前の立場だったら、俺も沈黙を守るだろう。来い、デイン」

 ジョーカーは隣に硬直して立っているデインに言った。

「俺達はここでは必要とされていない。いや、求められていないようだ」

「待ってください!」

 ゼアンの言葉に、ジョーカーは微笑みもせずに振り返った。

「今、疑念や対立に身を任せる余裕はありません。

 アディンの時代に、我々は団結して、

 影の大王とその忌まわしい軍勢を我らの地から追い払いました。

 団結すれば、今こそできます」

 ゼアンはヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンの方を向いた。

「友人同士で秘密にしている時間は過ぎました。あなた達は追われています。

 そして、次に何をすべきか分かりません。

 私達の目的を共有する全ての人々の才能と経験が必要なのです。

 今こそ、ついに、信頼すべき時が来ました」

 

 ヴァージニア達はファーディープの小屋の横の空き地に戻った。

 そこで、蜂が花々の間をブンブンと飛び回り、太陽が沈む中、物語は再び語られた。

 リーフがついにベルトを見せると、デインは息を呑み、震えながら後ずさりした。

「キミには何か大きな目的があると思っていた」

 しかし、リーフはジョーカーを見ていた。

 ジョーカーの表情は変わっていなかった。

「お前が話してくれた事のいくつかは、既に推測していた事だ」

 ジョーカーはついに呟いた。

「俺のようにこの地を旅した者なら、

 デルトラの失われたベルトの伝説を耳にしない者はいないだろう。

 お前がそれを探していると信じるようになった――

 だが、それが善なのか悪なのかは分からなかった」

 ジョーカーの口元が引き締まった。

「今となっては、お前が我々の目的に反する行動を取っていると疑っていた事を後悔している。

 だが――」

 ジョーカーは痩せた褐色の手で、もつれた髪をかき上げた。

「本当にこれが――この現実の伝説が――デルトラの助けになるなんて?

 もしかしたら、遠い昔、俺にとって暗い時代なら、そんな話を信じていたかもしれない。

 だが、現状は――」

「信じて!」

 ジャスミンは声を荒げた。

「影の大王自身がベルトを恐れている。そもそも宝石が盗まれ、隠されたのはそのためよ!」

 ジョーカーは思案するようにジャスミンを見つめた。

「影の大王はお前が宝石をいくつ持っているか知っているのか?」

「あいつがまだ恐怖の山、魔物の洞窟、

 そしてこの谷に辿り着くまでには至っていないと考えていると確信していますわ」

「希望は計画の根拠にはならない」

 ジョーカーはぶっきらぼうに言った。

 ヴァージニアは苛立ちを覚えた。

 彼女だけではなかった。

「ジョーカー、私達もあなたと同じくらい分かっているわ!」

「確かな知識をこれほど歓迎する人はいない!」

 三人を見回し、ゼアンは溜息をつき、立ち上がった。

「さあ、休みましょう。朝になれば、頭が冴えてきます」

 ゼアンとピールが静かに空き地を去ると、

 ジョーカーは肩を竦めて、持ち物のある場所へと大股で歩き出した。

 デインは急いでジョーカーの後を追った。

 ファーディープは小屋に戻り、食事の準備を始めた。

「ジョーカーは気まずい味方だ。だが、希望よりも事実を求めるのは正しい」

「ならば、事実を教えてやろうじゃないの!」

「リーフ、夢見る泉の最後の水を使いますの?」

「それは……」

 リーフはゆっくりと頷いた。

 本当に必要な時のために水を温存していたが、その時が来たのは間違いない。

 もしリーフが再び牢獄に囚われた父親を訪ねれば、

 邪悪なファローが牢獄にやって来るかもしれない。

 そうすればリーフは影の大王がどれほど多くの事を知っているかを知る事ができるだろう。

 しかし、もしファローが来なかったら……。

 リーフは、しなければならないことを悟り、心が沈んだ。

 両親を訪ねる危険を冒すことはできなかった。

 代わりに、リーフは魔法の水を使ってファロー自身を追わなければならなかった。

 

 ずっと後になって、リーフは暗闇の中でじっと横たわっていた。

 瞼は重く、頭は眠気と戦っていた。

 リーフは恐怖に怯えていた――これから何を見るのか、怖かった。

 ファローは一体何者なのか。

 リーフは分かっていると思っていた。

 ファローが父親に言った言葉が、リーフの脳裏にこだました。

 

―人が死ねば、必ず別の者が現れる。我が主はこの顔と姿が気に入っている。

 

 リーフは初めて聞いた時は、それが何を意味するのか分からなかった。

 だが今、リーフはそれを痛切に理解していた。

 ファローは、ジョーカーが影の王国で耳にしたAオルの一人だった。

 影の大王の邪悪な術がこもった、完璧で忠実なオルなので、誰も見分けがつかない。

 生物だけでなく、無生物にも変身できるオル。

 リーフの想像を遥かに超える邪悪さと力を持つオル。

 エンドン王の首席顧問であるプランディンも、そのような存在の一人だった。

 リーフはそれを確信していた。

 彼の姿に似せて作られたファローは、プランディンが成し遂げた影の大王の仕事を引き継いだ。

 リーフは落ち着かず振り返った。

 シャーン王妃がプランディンを城の塔の窓から突き落としたのだ。

 Aオルは、その完璧さのために代償を払ったのだ。

 人間と同じように死ねるのだ。

 リーフは目を閉じ、意識を空っぽにした。

 夢見る水に身を委ねる時が来た。

 ファローの世界を訪れる時だ。

 

 硬く輝く白い壁、ゴボゴボと泡立つ音。

 そして隅には、背が高く痩せた人影――ファロー――が、

 不気味な緑色の光を浴びて震え、骨ばった腕を高く掲げていた。

 口は頭蓋骨の顎のように大きく開き、両隅には泡が詰まっていた。

 目は反り返り、白目だけが光り輝き、恐ろしい。

 リーフは恐怖の叫びを堪えたが、誰にも聞こえていない事は分かっていた。

 胃がむかむかしたが、目を反らす事はできなかった。

 

――ドン! ドン!

 

 大きな心臓の鼓動のような音が部屋中に響き渡り、リーフは激しく飛び上がった。

 緑の光が消えた。

 ファローの長い腕は両脇に垂れ下がり、頭は前に倒れた。

 

――ドン! ドン!

 

 リーフは両手で耳を塞いだ。

 しかし、その音は依然としてリーフの体を震わせ、心を満たし、歯をガチガチ鳴らした。

 耐え難いものだった。

 しかし、それはリーフを駆り立てるように感じた。

 それはリーフを呼んでいるようだった。

 リーフは部屋の中を必死に探し、音の源を探した。

 そして、それを見つけた。

 部屋の中央に小さなテーブルがあった。

 他のテーブルと見た目は変わらないが、ガラス面が厚く湾曲していて、水のように動いている。

 リーフは自分が引き寄せられるのを感じた。

 その動く表面を覗き込み、呼びかけに応じたいという衝動は、抑えきれなかった。

 しかし、息を切らしながら、ファローは隅からよろめきながら出て、袖から布を掴み取った。

 急いで顔を拭きながら、彼はテーブルによろめき寄り、

 テーブルに寄りかかり、波打つ表面を見下ろした。

 脈打つ音は弱まり、かすんでいった。

 波紋は煙のようになり、赤い縁取りをしていた。

 そして、灰色と赤の奥深くに、空虚な闇があった。

 ファローはさらに身を乗り出した。

 暗闇から声が聞こえた。

 死のような静寂。

 

「ファローよ」

「はい」

 ファローは震え、口の中にはまだ乾いた泡が点在していた。

「私を裏切るのか? あの女のように」

「いいえ」

「ルミンは、追放された地での楽しみのために与えられたものだ。

 だが、そのせいで義務を怠るなら、剥奪するだろう」

 ファローの視線は緑色の光が降り注いだ隅へと走り、それからテーブルの表面へと戻った。

「私は義務を怠ってはいません、大王様」

「では、何か知らせがあるのか? 鍛冶屋のジャードがついに白状したのですか?」

 胸が締め付けられ、リーフは恐怖のあまり両手を握りしめた。

「いいえ、私は……」

「誰か一緒にいるのか?」

 驚いたファローはくるりと振り返り、部屋を見渡した。

 鈍い目が、背後で微動だにせず立ち尽くすリーフを捉えた。

「いいえ、そんなはずはありません。ご命令通り、私以外この部屋に入る事はできません。

 ワソも既に用済みですし」

「私は……何かを感じた」

 渦巻く影の中心の闇は、巨大な瞳孔が見開かれるように、大きくなっていった。

 リーフは石のように立ち尽くし、息を止めて心を空っぽにしようとしていた。

 影の大王はリーフの存在を感じ取った。

 邪悪な精神が部屋をうろつき、リーフを見つけ出そうとしていた。

 リーフはその悪意を感じ取った。

「ほら、誰もいないでしょう?」

 ファローが縮こまり、冷酷な唇を震わせているのを見るのは、なんと奇妙な事だろう。

「分かった。続けろ」

「私は――鍛冶屋は本当に何も知らないのではないかと思うようになりました。

 飢えと苦痛にも動じない。妻が死ぬか失明するかという脅威にも、彼は口を開かなかった」

「そして彼女は?」

「どちらかといえば、彼女は夫よりも強い。

 自分を苦しめる者を罵倒しますが、役に立つ事は何も言いません」

 リーフは頬を伝う熱い涙を感じたが、それを拭おうともしなかった。

 彼は体を硬直させ、心と思考を切り離そうとした。

「それなら、ファロー、奴らはお前を馬鹿にしたな」

 暗闇から声が囁いた。

「奴らは有罪だ――我々が疑っていた事全てにおいて。

 奴らの息子は三人のうちの一人だ。間違いない」

 ファローは口をあんぐり開けた。

「奴らの息子が王様と一緒ですって? ですが、私がそう示唆した時、鍛冶屋は笑いました。

 その笑い声は本物だと断言できるほどでした」

「そうだった。少年と旅をしていたのはエンドンではなく、バルダという名の城の衛兵だ。

 ジャードはきっとお前の間違いを面白がっていたに違いない」

 ファローの顔は怒りに歪んだ。

「奴は罰を受けるでしょう! そして女もだ。生まれてこなければよかったと願うでしょう!

 私は――」

「何もするな!」

 氷のようなシューという音が響き、ファローは硬直して動かなくなった。

「ファロー、お前は人間の農民の中で長く暮らしすぎて、

 奴らと同じように考えるようになったのかもしれない。

 あるいは、ルミンを使いすぎて、我が手から授かった脳が弱ってしまったのかもしれない」

「それだけは!」

「ならば、あの女のように、私に従え。お前は私の創造物であり、私に従う事だけが使命だ。

 私の言う事を正確に聞け。鍛冶屋と女を安全に守るのだ。奴らが必要だ。

 生きている間は、奴に対抗するために利用できる。死んでしまえば、奴には何もできない」

「姿を変えた存在は――」

「奴は偉大なトパーズを身に着けている。

 哀れな死者の霊は、この世を去った瞬間に奴の前に現れる。

 姿を変えた存在は奴を欺く事はできない。そして、私が召喚した奴らもな」

 影の大王が召喚したのは、ヴァージニアとワソである。

 沈黙が訪れ、ファローは再び口を開いた。

「五人は今どこにいるのか、伺ってもよろしいでしょうか?」

「見失った。今のところは」

「しかし、私はあなたの……」

「自分に関係のない事は考えるな、ファロー!

 好奇心は人間のものであって、お前のような者のためのものではない。分かったか?」

「はい、大王様。

 しかし、私は自分のために尋ねたのではなく、あなたの計画を心配していただけです。

 三人と異世界人は奇跡的にベルトを取り戻すかもしれません。

 そしてそれは……あなたを不快にするでしょう」

 言葉は謙虚だった。

 しかし、リーフは伏せられた目に小さな反抗の火花を見たような気がした。

 もしかしたら影の大王もそれを見ていたのかもしれない。

 灰色の縁を渦巻く赤が燃え上がり、シューという音に狡猾な響きが加わったからだ。

「ファロー、計画はたくさんある。一つが失敗しても、また一つは成功する。

 私の命令に忠実に従えば、遅かれ早かれ、奴の両親と好きなように戯れる自由を与える。

 そして、もしエンドンがついに縮こまった頭を上げて隠れ場所から這い出してきたら、

 エンドン自身ともだ」

 リーフの背筋に寒気が走った。

「それで、三人と異世界人は?」

 ファローは貪欲そうに尋ねた。

 長く低い笑い声が上がった。

 赤い渦巻きは深紅色へと深まった。

「ああ、嫌だ。三人と異世界人は、不快だ」

 

 リーフは目を覚ました。

 心臓はドキドキと高鳴り、胃が締め付けられるような感覚だった。

 口の中には酸っぱい味がした――恐怖と悲惨の味が。

 どれくらい眠っていたのかも分からなかった。

 月光はまだトーラの雲の間からかすかに差し込み薄暗く神秘的な輝きで空き地を満たしていた。

 リーフは心臓の鼓動が静まるまで、じっと横たわっていた。

 それから、他の眠っている者達を起こさないように、

 リーフは静かにヴァージニア、ワソ、バルダ、ジャスミンを起こした。

 長年の訓練で培った経験で、三人はすぐに目を覚まし、警戒し、武器に手を伸ばした。

 ワソも遅れて、武器を取った。

「大丈夫! 危険はない。眠りを邪魔して申し訳ない。でも、話さなきゃいけないんだ」

「何が起こったの?」

 リーフはジョーカーとデインが横たわっている場所をちらりと見て、

 さらに声を低くし、見聞きした事を語った。

 彼は震える声を抑えるために唇を噛み締め、全てを話そうとした。

 ヴァージニア達は最後まで静かに耳を傾けた。

「つまり、奴は私達を私と同じ目に遭わせようとしているんだ」

 リーフはワソを一瞥した。

 バルダとワソの拳は握りしめられ、その顔は悲しみと怒りに満ちていた。

 ジャスミンはリーフの腕に手を置いた。

「少なくとも今は、あなたのご両親が無事だと分かったわ、リーフ」

「それに、ジョーカーもあの態度が和らぐかもしれない」

「影の大王はわたくし達の居場所を知らないんですのよ」

「……」

 バルダは頷くが、影の大王に洗脳されていたワソは黙っていた。

「そして、明らかに、エンドンとシャーン、そして彼らの子供がどこにいるかも知らないみたい。

 私達が世継ぎの隠れ家へ連れて行ってくれると思っているのよ」

 リーフの胃がむかむかした。

「もしかしたらそうなるかもしれない」

「他に何が分かったの?」

 ヴァージニア達は茫然とリーフを見つめた。

 リーフは唾を飲み込み、言葉を続けた。

「バルダ、影の大王が君の正体を突き止めた。しかも僕の名前も知っている。

 どうしてそんな事が? まさか……」

「レジスタンスの拠点にスパイが潜んでいなければね!」

 ジャスミンは真実に気づいた。

「バルダの名前が皆に知られたのは、ジンクスが拠点でやった事よ。

 それに、監禁されている間にリーフと私とヴァージニアの名前をデインが教えたに違いないわ」

「あの人達はその危害に気づかなかっただろうね」

 リーフは唇を噛みしめた。

「そして、誰かが――拠点の誰かが影の大王と接触した。

 デインが、ジョーカーが、レジスタンスにスパイがいると疑っていたと教えてくれた。

 これが証拠だ」

「グロック!」

 ジャスミンは嫌悪感を込めて言った。

「あるいはジンクス本人かもな」

「スパイは誰にでもなり得るよ」

「ああ」

 リーフは、眠っているデインとジョーカーの姿を再び見ながら言った。

「それは誰でもいいんだ」




ここにスパイがいるのは確実です。
それが一体誰なのか、分かりますかね?
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