ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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デルトラの七部族は、たとえ姿形が違っても、ヒトである事に変わりません。
何故なら、影の大王に立ち向かうために、アディンに宝石を授けましたから。
ただ、悪党も七部族の中にはいるわけで、これもやっぱりヒトですよね。


第51話 七部族の秘密

 ヴァージニア達は音もなく荷物をまとめ、空き地からこっそりと抜け出した。

 たちまちヴァージニア達は小川に沿って谷の端へと向かっていた。

 登って逃げようとするのは愚かな事だと分かっていた。

 崖はあまりにも急峻で、石が散らばっていて滑りやすかった。

 木々の下は冷たく薄暗かった。

 至るところで、トーラ族が自分達で作ったシェルターの下に寝そべっていた。

(もし目を覚まして私達がいなくなっていたら、あの人達はどう思うんだろう?)

(でも、逃げるしかありませんわ)

 ゼアンの善意の助言に従い、友情が今や不確かな二人に、大切な秘密を漏らしてしまったのだ。

 リーフはもっと用心深く行動しておけばよかったと、酷く後悔した。

 ファーディープが谷の訪問者達は敵か味方かと尋ねた時、ゼアンは言った。

「私達には分かりません」

 何故トーラ族は、デインとジョーカーが、

 善意の持ち主か悪意の持ち主か見分けがつかないのだろうか。

 きっと、どちらか一方、あるいは両方が心を隠すのに長けていたからだろう。

 これはただの癖で、全くの無邪気なのかもしれない。

 あるいは――

 

――私にはたくさんの計画がある……。

 

 邪悪な囁きが、リーフの心の中で悪臭を放つ霧のように渦巻いた。

 リーフは前を見て、谷の端がもうすぐそこだと気づいた。

 岩だらけの崖の間の空間が狭まりつつあった。

 ジョーカーとデインが通ってきた狭い峠に近づいていた。

「谷の入り口に何かいるわ」

 ジャスミンは息を切らして言った。

「どうやら、何かが行く手を阻んでいるみたいだ」

 そして確かに、リーフは小川の向こう側に横たわる大きな影を自分の目で見る事ができた。

 リーフが忍び寄ると、それはキャラバンだと分かった。

 運転席には毛布にくるまった男が横たわり、静かにいびきをかいていた。

「ルーカスはデインとジョーカーと一緒に来たに違いない。

 もし彼らが戻ってこなければ、間違いなく谷へ追いかけなければならないだろう」

 バルダは息を切らして言った。

 キャラバンは、ヴァージニア達の前に巨大な塊となって現れた。

 後部ドアは岩だらけの崖に押し付けられていた。

 ルーカスの鼻先で通り過ぎなければならない。

 しかし、ルーカスはまだ毛布の下で静かにいびきをかいていた。

(起こさないように……)

 ヴァージニア達はキャラバンのほぼ向かい側にいた。

 いびきが止まった。

 リーフは運転席に丸まった包みを見た。

 それは静かで、完全に静止していた。

 あまりにも静かだった。

 リーフの心臓は凍りつくようだった。

 

 その時、突然、恐ろしい唸り声が響き、毛布が揺れ始めた。

 まるで中の体が膨らみ、倍の大きさになったかのようだった。

「ここだ!」

 木々の間から声が空気を切り裂いた。

 リーフは振り返ると、ジョーカーがこちらに向かってくるのが見えた。

 キャラバンの座席で、何かが巨大な獣のように唸り声を上げた。

 熱く、荒い呼吸が、ますます大きくなっていった。

「スカール、戻れ!」

 ジョーカーは叫んだ。

「大丈夫ですの、ジョーカー!?」

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンを、

 乱暴に木々の中に押し戻し、彼らの前に立った。

「俺は平気だ!」

 ジョーカーが叫ぶと、ゆっくりと唸り声は消えていった。

 リーフが再びキャラバンに視線を集中した時、毛布の下の姿は元の大きさに戻っていた。

 彼が見守る中、それはまるで再び眠りに落ちたかのように寝返りを打った。

 ジョーカーはヴァージニア達を来た道を急がせ始めた。

「一体何を考えているんだ? 死にたいのか?

 もし俺が目を覚まして、お前達がいなくなっていたのを見つけていなかったら……」

「あなたが谷の番人にペットの怪物を置いたなんて、どうして分かるの?」

「それで、僕達は好きにやっていいんじゃないのか?」

 ジャスミンは激怒して目を背けた。

 リーフは怒りと衝撃で煮えくり返っていた。

 ジョーカーの目が細くなった。

 それからジョーカーは踵を返し、小川を下り始めた。

「今は谷に留まった方がいい。俺だって、ルーカスにまた一、二時間迷惑をかけるのは嫌だ。

 それに、ゼアンとピールもお前に会うのをとても楽しみにしている。何か話があるらしいぞ」

 

 ヴァージニア達が再び空き地に到着した頃には、夜が明け始めていた。

 ゼアン、ピール、ファーディープ、そしてデインは小さな焚き火を囲み、

 ファーディープの巣から滴る蜜が滴る熱々の平たいケーキを朝食にしていた。

 ジョーカーと共にヴァージニア達が近づいてくると彼らは顔を上げたが、何も質問しなかった。

 もしかしたら、答えが得られない事は分かっているのかもしれない、

 とリーフはヴァージニア、ワソ、バルダ、ジャスミンと共に焚き火の傍に立った。

 リーフは複雑な感情を覚えた。

 戻らなければならなかった事への憤り、トーラ族が何を言うのかという好奇心、

 そしてそれがジョーカーとデインにも聞かれるかもしれないという苛立ち。

 それでも、ジョーカーはヴァージニア達をスカールから救ってくれたのだ。

「戻ってきてくれてよかった」

 ゼアンはケーキの皿をヴァージニア達に押し付けながら言った。

「あなた達と話し合いたい事があるのです」

 ゼアンは言葉を止め、ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンが、

 ジョーカーとデインをちらりと見るのを見て眉をひそめた。

 リーフは腰のベルトを握りしめた。

 アメジストの静けさとダイヤモンドの力強さがリーフの中に流れ込んだ。

 そして突然、何をすべきか悟った。

 ヴァージニア達は、仲間に何の疑いも抱いていないかのように振る舞わなければならない。

 どんな犠牲を払ってでも、リーフの夢を通して得た知識は秘密にしておかなければならない。

 これこそがヴァージニア達の力となるのだ。

 リーフはゼアンに微笑みかけ、さりげなくケーキに手を伸ばした。

 ゼアンは少し安心したようで、再び話し始めた。

「リーフ、あなたの父はベルトがあなたを世継ぎに導くと言っていました。

 しかし、あなたの父は読んだ事しか知りません。

 そして、恐らくそれだけが全てではないでしょう」

「どういう意味ですか?」

 リーフはケーキを一口食べながら、眉を潜めて尋ねた。

 それは舌の上で温かく、甘かった。

「この本――『デルトラのベルト』は歴史書であって、助言ではない。

 著者は、いつかベルトから宝石が剥がれ落ちるとは予想もしていなかっただろうし、

 もしそうなったらどうすべきかも知らなかっただろう」

「ベルトは偉大な神秘と魔法の宝庫です。宝石は戻りました。

 ですが、それだけでは不十分なのかもしれません」

 すると、集団の端からくぐもった声が聞こえた。

 デインは何か言いたげに身を乗り出していた。

「……どうしましたの、デイン?」

 いつものように、デインは顔を赤らめた。

「考えていたんだ――ベルトをどうやって作ったのか、そしてその後に何が起こったのかを」

 デインは黙り込み、沈黙しているジョーカーを不安そうに見つめた。

「どうですか?」

 ゼアンは励ますように促した。

 彼女の目は興味深そうに鋭く輝いていた。

 リーフの肌がうずき始めた。

 どういうわけか、彼らは重大な出来事の瀬戸際にいるのだと、リーフは感じていた。

 リーフは『デルトラのベルト』を取り出してパラパラとめくった。

 すぐに探していたものを見つけた。

 鍛冶屋のアディンが七つの部族それぞれを説得し、

 それぞれの宝石をベルトに加えさせたという記述だ。

 

 部族達は当初、疑念と警戒心を抱きつつも、

 自らの土地を守りたいという強い思いから、一つ一つ同意していった。

 宝石がベルトの一部となるにつれ、その部族は力を増していった。

 しかし、人々はその力を秘密にし、時機を伺っていた。

 

 そしてついにベルトが完成すると、アディンはそれを腰に巻き付けた。

 それは太陽のように輝いた。

 すると、全ての部族がアディンの元に結集し、大軍を結成した。

 そして、彼らは力を合わせ、敵を土地から追い払った。

 

 リーフはゆっくりと、本の言葉を声に出して読み上げた。

「勝利はベルトだけでなく、七部族の結束とアディンへの忠誠にかかっていた。

 そう考えているのか、デイン?」

 読み終えるとピールはゆっくりと言った。

 デインは頷いた。

 ジョーカーは不思議そうにデインを見た。

「いやはや、デイン、君はなかなかの学者だな。

 農家の息子が、どうしてデルトラの歴史をそんなに詳しく知っているんだ?」

 デインはたじろいだが、怯む事はなかった。

「ボクの両親が教えてくれたんだ。

 両親は、いつかデルトラが自由になるという希望を決して失わなかった。

 デルトラの歴史を忘れてはいけないと言っていたんだ」

(それって本当ですの?)

 ジョーカーは肩を竦めて顔を背けたが、リーフは暗い瞳にかすかな光を見たような気がした。

「あなたの両親は本当に賢かったようですね、デイン。

 あなたの母はトーラ族の血を引いていましたね? お名前は?」

「……ヤーンだった」

 デインは震えているように見えた。

 リーフにはほとんど聞こえないほど小さな声で言った。

「『である』ではなく、『だった』だ。何故死んだかのように話すんだ?」

「申し訳ありません。そのつもりはなかったのですが……」

「それで七つの部族はアディンとベルトの下に団結したのか。

 どうしてそれが、俺達にとって重要なんだ?」

「誰にも分からない」

 ジョーカーは立ち上がり、背を向けてヴァージニア達から少し離れた。

 デインはリーフを必死に見つめた。

「リーフ、旅の途中で助けられたはずだ。デルトラ中で、影の大王に立ち向かう人々に出会った。

 きっとまた助けてくれるだろう。キミを……」

 デインはジョーカーを一瞥したが、再び声が枯れてしまったようだった。

 リーフは深呼吸をした。

「デインの考えでは、デルトラの統一はベルトの魔法の一部を形成したという事だと思う。

 デインは、七つの部族をもう一度一つにまとめるべきだと考えている」

 最初に沈黙を破ったのはジャスミンだった。

「でも、七部族は太古の昔にいたのよ。少なくとも私はそう聞いてるわ」

「きっと今はとっくに消え去っているかもしれない」

「いいえ、そうではありません。

 確かに、デルトラの多くの人は、自分がどの部族から来たのか知らないでしょう。

 トパーズを宝石とするデル族は、遠くまで広がりました。他の部族も同様です」

「でも、変わらない部族もいる。例えばトーラ族。それにグノメ族も」

「グノメ族は七部族の一つだったのですか?」

 リーフの心臓がドキドキし始めた。

「確かに。あの大きなエメラルドはグノメ族のお守りだったんです」

 リーフは驚いて首を振った。

 ファ・グリンとグラ・ソンはこの事について何も言わなかったからだ。

 リーフはポケットを探り、グノメ族への餞別を探しブーロンの小さな木箱を取り出して開けた。

 「この証を送れば、グノメ族が来るだろう」と、

 皆が畏敬の念を抱きながら金の矢尻を見つめる中、リーフは静かに言った。

「実に頼もしい友を得たな」

「これで三つの部族が揃ったな。他の部族はどうじゃ?」

「ララド族は古代の部族だ!」

「もしかしたら……?」

「ええ。ララド族を知っているのですか?」

「ララド族の一人、マナスが嘆きの湖でルビーを見つけるのを手伝ってくれたんだ。

 あのルビーはララド族の石だったに違いない!」

 リーフは再びジャケットを探した。

 今度は紙と鉛筆を探した。

「ドール族はどうなったんですの?」

「奴らの祖先は海の向こうからデルトラにやって来た。

 ずっと昔の事だが、アディンと七部族の時代より後の事だ」

 結局、聞いているのか、リーフは考えながら、書き始めたリストに走り書きした。

 馬鹿げた事を言っているふりをするが、それでも離れられない。

「平原族は別の部族でした。彼らの宝石はオパールでした。

 それから、はばひろ川上流域とその先にはメア族が住んでいました――」

「彼らのお守りはラピスラズリだった!」

 リーフが書きながら口を挟み、ゼアンは頷いた。

「七部族の最後の部族、ジャリス族がこの辺りに住んでいた。

 彼らは全ての部族の中で最も荒々しく、優秀な戦士だった。彼らの宝石はダイヤモンドだった」

 リーフはリストを掲げた。

 

 デル族:トパーズ:沈黙の森

 ララド族:ルビー:嘆きの湖

 平原族:オパール:ネズミの街

 メア族:ラピスラズリ:うごめく砂

 グノメ族:エメラルド:恐怖の山

 トーラ族:アメジスト:魔物の洞窟

 ジャリス族:ダイヤモンド:いましめの谷

 

「ずっと、この冒険で導かれているように感じていたんだ。

 僕達はきっと、全ての部族の人々に会ったはずだ」

「最後のジャリス族を除いてね」

「ここへ来る途中、誰にも会いませんでしたわ」

「誰も見かけなかった」

 ジョーカーはヴァージニア達の方を向いて言った。

「影の大王が来た時、ジャリス族は猛烈に領土を守った。

 だが、影の憲兵団はジャリス族を女子供関係なく皆殺しにした。逃れたのはほんの僅かだった」

「ジョーカー、あなたも歴史に詳しいのね」

「ジャリス族の軍隊を育てようと思ったら、きっと失望するだろう」

「軍隊はいりません。軍隊は一目瞭然で、一網打尽にされるでしょう。

 必要なのはたった七つの魂、かつて皆の利益のために宝石を集める事を許した部族の真の末裔が

 ベルトに手をかけ、デルトラへの忠誠の誓いを新たにしてくれる事です」

「ああ!」

 リーフは大きな希望の波を感じながら叫んだ。

 デインは何も言わなかったが、デインの目は輝いていた。

「トーラ族はたくさんいましたわ」

「リーフと俺はデルトラの出身だ。ララド族やグノメ族は知っている。

 だが、平原族はどうだ? メア族は? ましてや……」

「わしはメア族じゃ」

 ファーディープは静かに言った。

 皆の視線がファーディープに向けられると、ファーディープは顎を上げた。

「リスメアはアディンの時代以前から、わしの一族の故郷じゃった」

「平原族はどうだ?」

「ネズヌクの人々は平原族の末裔に違いないわ。私達の友人であるティラがいるもの」

 バルダは首を横に振った。

「ティラがネズヌクから逃げようとしたら、間違いなく殺されるだろう」

「デイン? もしかして、君の父さんは平原族だったのか?」

「いや」

 デインは嗄れた声で言った。

「ボクが住んでた農場はここからそれほど東にはなかった。父さんの先祖はデルの出身だが……」

 デインは懇願するようにジョーカーを一瞥した。

 ジョーカーは溜息をつき、集団のところに戻ってきて、疲れた呻き声を上げて座り込んだ。

「運命が導いたと言っていたな。そんな話は信じられないが、たまたま近くに平原族がいるんだ。

 奴の家族は……珍しいが、それでも平原族の出身だ。きっと喜んで助けてくれるだろう。

 奴と、奴の兄弟がな」

「ルーカス?」

 ジョーカーの顔に嘲るような笑みが浮かんだ。

「スカールもだ。どちらか一方だけじゃ、もう片方はあり得ないだろう」

「なおさらじゃ!」

 ファーディープは心から叫んだ。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは顔を見合わせた。

 彼らは全く確信が持てなかった。

 しかし、ファーディープは既に口を開いた。

「あとはジャリス族を見つけるだけじゃ」

「あなたもここで私達を助けてくれると思います。

 ジャリス族の話は、あなたの知り合いから聞いたと思います。

 逃げ出したジャリス族の一人。そうじゃないですか?」

「確かにそうだ。もしお前が奴を欲しければ、手に入れてあげよう。

 奴は間違いなく、この会合を盛り上げてくれるだろう。ルーカスと同じくらいに」

「本当に?」

 ファーディープは満面の笑みで尋ねた。

「ああ、そうだ。奴は魅力的な男だ。グロックという名の、魅力的な男だ」

「グロック!?」

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは恐怖に震えながら叫んだ。

「グロックは無理よ!」

「じゃあ、ジャリス族は無理か。グロックは俺が見た唯一のジャリス族だ。

 他の奴は皆、死んでしまったと思う。グロックも同じ考えだ」

「それでは、このグロックがどんな方であれ、仲間に誘いましょう。今、どこにいるのですか?」

 ジョーカーは再び溜息をついた。

「デルトラ近郊のレジスタンス拠点、ベタクサ村だ。あそこでは問題を起こしていた。

 ベタクサ村はもっと……閉じ込められている」

「つまり、七人ですね。

 ジョーカー、あなただって、今や私達が導かれている事を認めざるを得ませんね」

 ジョーカーの厳しい顔の皺が深くなった。

 そして、ジョーカーは決意したようだった。

「お前はかつて、時が来たらデルトラのために共に戦うと言ったな。その時が来たようだな。

 もしかしたら、俺が望むような方法ではないかもしれないが……」

「あなたの助けなんて必要ないのかもしれないわ! 考えた事ある?」

「考えたとは言えないな。まさか、そんな愚かな事をするなんて思わないだろうな」

「確かに、考えた事はない」

 バルダはジャスミンに眉を潜め、黙るように警告した。

 ジョーカーの口元が苦笑いに歪んだ。

 

「では、計画を立てよう。まず、ララディンと恐怖の山に秘密のメッセージを送る必要がある」

「どうやって?」

「それは俺がやる。レジスタンスにも役に立つ仲間がいる。集合場所はベタクサ村にしよう」

(どうしてジョーカーは私達をこんな危険な場所に行かせたいんだろうね)

 ワソは不安がこみ上げてきた。

 ベタクサ村はレジスタンスの拠点だから、という疑念が頭の中で囁いた。

 そこではジョーカーの言葉が法なのだ。

 明らかに、バルダもまた疑念に満ちていた。

「どうしてベタクサ村なんだ?」

「世継ぎが見つからなければ、この全てが無駄になりそうだ。

 だから、隠れ家と思われる場所に近ければ近いほど良い。

 エンドンとシャーンはデルからトーラへ旅していたが、

 トーラからの聖域拒否のメッセージを受け取る前に遠くまで行かなかったはずだ。

 すぐに送られたのだろう?」

 ゼアンとピールは頷いた。

 トーラの破られた誓いを痛烈に思い出し、二人の顔は影を落としていた。

 しかし、ジョーカーには感情を吐き出す暇はなかった。

「王国は危険に満ちている。王妃は子供を期待していた。

 ならば、二人はデルといましめの谷の間のどこか、近くに避難した可能性が高い」

 リーフの背筋に震えが走った。

 彼らの冒険は大きな円を描いて、世継ぎがいる可能性が最も高い地域へと戻ってきた。

 デルの西のどこか。

 エンドンとシャーンが人知れず子供を育てる事ができる、静かな場所だ。

 何かがリーフの心の片隅でぴくりと動いた。

 それほど遠くない昔に聞いた記憶だ。

 リーフはそれをなかなか思い出せなかった。

「だが、ここに留まった方がましじゃ。

 ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミン、

 そして洗脳が解けたというワソが隠れ場所から動けば、影の大王の注意を引くじゃろう」

「ルーカスのキャラバンに隠れて移動できるわ。

 それに、ジョーカーは疑っているようだけど、影の大王の捜索は西に集中しているはずよ」

 明らかに行動を起こしたがっているジャスミンは言った。

「念のため確認しておこう。お前の身長と肌の色はバルダとほぼ同じだ。

 そしてお前の民の中に、こいつらに似た奴が三人いるはずだ」

 ジョーカーはピールの方を振り返り、ヴァージニア、ワソ、リーフ、ジャスミンを指差した。

 ピールは眉を上げて黙って頷いた。

「囮が必要だ。トル川の近くに姿を現すように。

 男、少年、黒い鳥を連れた少女、修道女、そして……鬼。

 ルーカスが服を用意してくれるが……」

「それ、危険だと思うけど」

「危険と対峙するのは君達だけか? 計画は巧妙だ。そしてトーラ族が実行するのは当然だ。

 もし逃げる必要があるとしても、

 せめてその原因となった大きな過ちを償おうと努力する事はできる」

「いつか君はトーラに戻れるだろう」

「もしかしたら、世継ぎの許しがあれば、きっと呪いは解けるでしょう。

 でも、まずは世継ぎを見つけなければなりません。そして私達も自分の役割を果たしましょう」

 ゼアンはリーフ、ジャスミン、ヴァージニア、ワソを注意深く見つめた。

「あなたの友人のルーカスには、そんなマントや武器はないでしょう。この布は非常に希少です。

 トーラの織機に相応しいものです。どうやって手に入れたのですか?」

「このマントは、母さんが作ってくれたんです」

「わたくしのメイスも、神様から授かりましたわ」

 リーフはマントのざらざらした生地に触れた。

 ヴァージニアもメイスを握りしめる。

 ゼアンは驚きに眉を上げた。

 リーフは喜びと痛みが入り混じったかすかな感情を感じた。

 母親の技への誇り、そして、母親への不安。

 

 その日の残りの時間は、ぼんやりと過ぎ去った。

 リーフが後になって思い出した時、記憶に残っていたのはただ一枚の絵だけだった。

 デインはルーカスを迎えに急ぎ、ファーディープが食料を詰めている。

 囮に選ばれた若いトーラ族、クリス、ローラン、テティ、シルフィの熱心な顔。

 ローランの絹のような髪がジャスミンのようにカールして絡まっている。

 クリスの長い黒髪がリーフの髪に合わせて切ってある。

 テティは頭巾を被り、シルフィは角の髪飾りを身に着けている。

 金色の鏃がリーフの掌に、カラスが木々の中で静かに待っている。

 それから、ルーカスの荷車が谷を進んでいく。

 ルーカスは頷きながら、バルダが書いたメッセージを読み、

 ファーディープの蜂の巣の傍に一人座り、ぶつぶつと呟きながら埃を吸い込んでいる。

 蜂達が木々の梢を覆う霧の中を群れを成して舞い上がり、はばひろ川へと疾走していく……。

 

 夕方、五人が空き地に入ってくる。

 大柄で粗い髭を生やした男、長いマントを羽織った少年、頭巾を被った修道女、

 角が生えた女性、そして腕にカラスを乗せた野育ちの少女。

 まるで鏡を見ているようだ。

 ジョーカーは満足そうに頷いている。

 ゼアンは誇り高く背筋を伸ばし、恐怖で瞳を曇らせている。

 ピール、クリス、ローラン、テティ、シルフィは家族と抱き合い、危険な旅へと出発する。

 

 夜、重く息苦しい空気。

 ゆっくりと眠りに落ち、そして夢を見る。

 必死に探し求める夢、走れない足、縛られた手と盲目の目。

 ヴェールで覆われた顔と微笑む仮面がずれ、蠢く恐怖の姿を現す。

 そして、全てを覆い尽くすように、深紅と灰色の塊が這いずり、

 その中心には悪意に満ちた闇が脈打っている。

 

 ――影の大王を呼んでいる。




次回は七部族が集まりに向かいます。
しかし、そこにも危険が待ち受けていて……。
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