ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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デルトラ七部族が集まって、影の大王に立ち向かう。
これは大昔を再現していますよね。


第52話 それぞれの部族

 キャラバンは荒れた道でガタガタと揺れた。

 車内は薄暗く、息苦しかった。

 ワソ、ヴァージニア、リーフ、バルダ、ジャスミンは、何時間も座り込み、

 手綱の音、車輪のきしむ音、そして二人の歌声に耳を傾けていた。

「むかし むかし そのむかし まぬけな オルがいたんだぜ ホイ」

「まぬけといっても そこはオル しょうたいバレれば おそろしい~♪」

 全員が揃って旅をするのは注目を集めすぎると判断した。

 デイン、ジョーカー、ファーディープ、ゼアンは陸路で移動していた。

「ルーカスとスカールは、必要であればお前達を守るのに十分な力を持っている」

 リーフはジョーカーの言葉が真実だと確信していた。

 それでも、キャラバンの先頭の運転席で歌を歌っている、

 奇妙な兄弟の姿を想像すると、身が竦む思いがした。

 バルダは訓練された兵士らしく、この機会を利用して眠っていた。

 敷物の山に寄りかかり、まるで柔らかなベッドにいるかのように心地よくうとうとしていた。

 ヴァージニアとワソは、安心したようにぐっすり眠った。

 しかしジャスミンはすっかり目が覚めていた。

 クリーはジャスミンの隣でうずくまり、憤慨したように羽を逆立てていた。

 フィリはジャケットの中に潜り込んで眠っていた。

 再び歌声が上がると、ジャスミンは眉を潜めた。

「陽気なのはいいけれど、あんなに馬鹿げた歌を歌わなきゃいけないの?」

 ヴァージニアとリーフは同意の溜息をついた。

 思わず、その愚かな言葉に従っている事に気づいた。

 リーフはぴんと背筋を伸ばし、目を見開いた。

 歌が決してナンセンスではない事に、リーフは突然気づいた。

 ルーカスはずっと、リーフ達にメッセージを送っていたのだ。

「もうすぐ外に出て、足を伸ばせるよ。この先に木々があるし、オルもアクババも姿を見せない」

「なんか、リーフの様子がおかしいわね……」

 ジャスミンはリーフを見つめ、眉を潜めた。

 明らかに、リーフは正気を失いつつあると思った。

 

 遠くで、丸々とした老婆が、

 しわしわのリンゴのように赤くしわくちゃの顔をして、澄んだ水面に身を屈めていた。

 老婆の頭の周りには、黒い蜂の群れが群がり、老婆は耳を澄ませていた。

 老婆の下の水面には、大きな銀色の魚がぶら下がっていた。

 口から泡が噴き出し、水面に奇妙な模様を描いていた。

 老婆は背筋を伸ばし、向きを変え、肩にかけたたくさんの肩布を下ろした。

 蜂達は老婆の前で渦を巻いた。

 彼らが空中に描いた模様は、水面に浮かぶ泡の跡を真似ていた。

「それで。あんた達はよく学んだね。

 南の蜂達から、魚達へ、そしてあんた達へと伝わったんだ。さあ、行きな!」

 そして蜂達は飛び立った。

 羽音を立てる黒い矢のように、その伝言を運び続けた。

 

 ジンクスは西のレジスタンスの拠点から現れ、冷たい風に震えた。

 空は澄み渡っていたが、青い空に黒い点が浮かぶカラスの群れだけが目に入っていた。

 ジンクスは目を覆い、彼らをじっと見つめた。

 オルだとしても、オルは普段あんなに高く飛ぶ事はない。

 しかし、群れは恐怖の山に向かっていた。

 突然、ジンクスは群れの中央に小さな閃光を見た。

 まるで太陽が何か輝く金属に当たったかのようだった。

 しかし、オルが、いや、鳥が、そんなものを運んで一体何をしているというのだろうか。

 きっと疲れているんだ、とジンクスは思った。

 欠伸をしながら、ジンクスは洞窟に戻った。

 

 店主のトムは、店の横に構えた小さな酒場で、影の憲兵団にエールを出していた。

「今、ここにはたくさんいるな」

「仲間の中には、昨日までここにいた者もいるぞ」

 影の憲兵団の一人が、溢れんばかりのマグカップに手を伸ばしながら、唸り声を上げた。

「奴らは西へ向かうよう命じられている」

「他にも大勢いる。我々は北東に留まらなければならない。

 運が悪いと、本当の戦いを見逃してしまう」

「戦いですか?」

 他のマグカップを回し飲みしながら、トムの痩せた顔に満面の笑みが浮かんだ。

「4号、喋りすぎだ」

 もう一人の影の憲兵団が呻き、トムは眉を上げた。

「トムは脅威なんかじゃない! ただの貧乏な店主じゃないか?」

「貧乏な宿屋の主人だって! このエールは泥みたいな味がする」

 大きな笑い声の中、店のベルが鳴った。

 トムは席を外してドアをくぐり、後ろ手にドアを閉めた。

 店内では、寒さを凌ぐために防寒対策を万全に整えた男女が待っていた。

「こんにちは! 何かお探しですか?」

 トムが尋ねると、女性は何も言わず、カウンターの埃にレジスタンスの印をつけた。

 トムはカウンターの下から包みを取り出すと、さりげなくその跡を払い除けた。

「これがご注文の品ですね」

 トムは包みを女性に渡し、それから酒場のドアにちらりと目をやった。

「お知らせがあります」

 客達がトムの方へ身をかがめると、トムは早口で話し始めた。

 恐怖の山の高地で、グラ・ソンはカラスの群れが近づいてくるのを見て、弓に矢を仕込んだ。

 グノメ族達は、影の憲兵団が影の王国へ持ち帰るためのガラス瓶を山の麓に置いていた。

 瓶の中の液体が猛毒ではなく、水とブーロンの樹液になっているという事実は、

 影の憲兵団がその火ぶくれ弾を使おうとして初めて気づく事だった。

 もしかしたら、ついにその時が来たのかもしれない。

 カラスは、影の大王がグノメ族の裏切りに気づいた最初の兆候なのかもしれない。

 もしそうだとしたら、準備はできている、とグラ・ソンは厳しい表情で思った。

 グラ・ソンは背後で物音が聞こえ、振り返った。

 しかし、そこにいたのは一族の末っ子、プリンだけだった。

「鳥ね! カラスが……」

「見た事があるわ」

 グラ・ソンは唸り声を上げた。

 群れは今、旋回して近づいてきた。

 グラ・ソンの矢が弦に強く引っかかった。

 その時、一羽の鳥が他の鳥達から離れ、グラ・ソンに向かって急降下してきた。

 そのくちばしには、太陽の光を受けて金色に輝く何かがあった。

 鳥が着地するよりも早く、グラ・ソンは叫んでいた。

 合図が来たと叫んでいた。

 

 マナスはララディンの菜園で作業していたところから頭を上げ周囲に群がる虫を叩き落とした。

 そして、じっと見つめた。

 虫はハエではなく、蜂だった。

 空気は蜂でいっぱいのようだった。

 マナスは痛む背中を慰めながら、眉をひそめた。

 蜂の様子がおかしかった。

 彼らは花の周りを舞っているのではなく、空をブンブンと飛び回っていた。

 群れをなして模様を描いていた。

 そしてその模様は……。

 

 マナスは顎が外れそうになり、スコップが手から落ちた。

 長い青灰色の指で、マナスは土に蜂が描く模様を、青空を背景に黒く描き始めた。

 マナスはかかとを下ろし、そこに書かれたものを読んだ。

 メッセージは明瞭だった。

「一人、友の元へ、急いで旅立て。自由のために!」

 

 幾日も過ぎ、ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは、

 キャラバンに閉じ込められ、ゆっくりとした日々を送っていた。

 ルーカスの歌声で、アクババが頭上を飛び、

 様々な姿のオル達がキャラバンの通過を見つめていた事を知った。

 しかし、キャラバンはアクババにとって見慣れた光景で、オル達は興味を示さなかった。

 オル達は見張りを命じられていたが、それはそのためではなかった。

 ルーカスは再び歌いながら、その知らせを伝えていた。

 数分後、キャラバンは止まり、後部ドアが勢いよく開き、ヴァージニア達は車から飛び出した。

 ちょうど日没を過ぎた頃、目の前には岩山がそびえ立っていた。

 幹線道路は丘を右に曲がって進んでいた。

 左に曲がる別の道があり、分岐点には標識が立っていた。

 リーフはそれを読んで喉が詰まった。

「デルの道を通らなければならないが、それは未知への旅になるでしょう。

 私も何も知らないし、ジョーカーも知りません。

 ジョーカーはこの辺りではいつも陸路で旅をします。海岸線を隠す丘は危険だと言っています。

 でも、ジョーカーはそちらの方を好みます」

「私もそっちがいいわ」

「俺も」

「私も」

「わたくしも」

「でも、隠れていなきゃ。もしここで見られたら、西の囮の意味がなくなる」

 リーフはデルの道を見ていた。

 エンドンとシャーンは、脱出した夜、街からこの道を辿ってきたに違いない。

 シャーンが出産間近だった事もあり、陸路で行こうとはしなかっただろう。

 リーフはどんな様子だったか想像してみた。

 道は混雑していただろう。

 その夜、多くの人がデルから逃げ出した。

 リーフは、父親の悲しげな声を思い出した。

「アンナと私は、騒ぎの間、ずっと鍛冶場に閉じこもっていた。

 ようやく門を開けてみると、私達だけだった。

 友人も、隣人も、昔の客も、みんないなくなっていた。

 殺されたり、捕まったり、逃げ出したりしたんだ」

「そういう事は覚悟していました。でも、混乱は想像を遥かに超えるものでした。

 デルでの生活が再開するまでには長い時間がかかりました。

 それが再開した時には、私達は心の準備が整いました。そして、とても感謝していました。

 私達も、息子のあなたも無事だったからです。

 その頃には、あなたは生まれていて、私達の人生の光でしたから。でも……」

 アンナの力強い声は震えていた。

「でも、逃げた人達の事が心配でした」

 質素な作業服を着て誰にも気づかれず、

 エンドンとシャーンはパニックに陥った群衆の中に紛れ込んでしまっただろう。

 彼らは西へ向かう他の人達と共に、どんな恐怖に苛まれながら急いだのだろうか。

 そして、トーラの伝言を運ぶカラスが彼らの元に辿り着いた時、

 彼らはこのままではもう意味がないと悟ったはずだ。

 その時、彼らはどうしただろうか。

 道を外れ、隠れ場所を探した。

 エンドンは、ベルトが二度とエンドンにとって輝く事はないと知っていた。

 デルトラの唯一の希望は、我が子にかかっていた。

 エンドンとシャーンは、赤ちゃんが安全に産まれる場所を見つけなければならなかった。

 

「起きなさい!」

 リーフはジャスミンの鋭い声で目を覚ました。

「行かなくちゃ。今夜泊まる場所を見つけるのよ」

 リーフはキャラバンの方を向いた。

 しかし、リーフの心はまだ、自分が生まれる前の事、

 そして、知る由もない、避難場所を探している二人の絶望的な人々の事ばかり考えていた。

 

 翌日、出発すると雨が降りそうだった。

 しかし、ヴァージニア達はそんな事は気にしなかった。

 ルーカス日没前にベタクサ村に着くと保証してくれたおかげで、元気づけられたのだ。

 しかし、少し歩くとすぐに、ルーカスの悪い知らせが届いた。

 

「バルダ、これ……何?」

 キャラバンがガクンと止まった時、ワソが言った。

 そこには、たくさんの植物が生い茂っていた。

 ワソには何かが見えていたようだが、異世界人の彼女には分からず、バルダに聞いた。

「これはガブリ草という凶暴な植物だ。噛みつくと酷い出血をもたらす。

 だがどうせ、影の憲兵団より酷い状況にはならないだろう。

 それに、影の憲兵団が前方にいるらしい」

 キャラバンの扉が勢いよく開き、ルーカスが中を覗き込んだ。

「道が塞がれている」

「影の憲兵団が通る荷馬車を全部調べているに違いありませんわ」

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンが道に飛び出すと、

 ルーカスは角から樽を投げ出した。

 キャラバンはカーブの真ん中で止まっていたため、影の憲兵団からは見えなかった。

 しかし、キャラバンが動き出すと……。

 リーフは急いで脱出口を探した。

 片側には切り立った高い岩山。

 反対側には、深い森に覆われた丘陵地帯が広がっていた。

「丘へ向かってください。運が良ければ影の憲兵団に気づかれないでしょう。

 もっと先で合流しましょう。気をつけてください。石は扱いにくいから――」

 前方の道からかすれた叫び声が聞こえたので、ルーカスは言葉を切った。

 ドアをバタンと閉め、樽を抱えてキャラバンの前へと移動した。

「行きましょう。エールを持って、あなた達の喜びのために」

 ヴァージニア達はルーカスが運転席に登る音を聞いた。

 そしてキャラバンは動き出した。

 クリーは丘陵地帯へと舞い上がった。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、バルダ、ジャスミンは道端の溝に転がり込んだ。

「ガブリ草の姿は見えない、それが何であれ」

 バルダは野原を見渡しながら囁いた。

 確かに野原は全く何もないように見えた。

 唯一変わった点は、その鮮やかな緑色だった。

 それは、大きく平たい雑草が無数に生えている事によるものだ。

 まるで広葉樹を円形に重ねたマットのように、雑草は密集して生え、

 まるで草を窒息させているかのようだった。

 リーフは道の向こうを見渡した。

 キャラバンは影の憲兵団のすぐ傍まで来ていた。

 隊員は10人――まるで集団だ。

 道は倒木が塞いでいた。

 ゴミの山、空の樽、箱が至るところに転がっていた。

 明らかに、影の憲兵団はここで何ヶ月も勤務していた。

 きっと退屈して、娯楽に飢えているのだろう、リーフは心の中で沈んでいった。

「一体何があるんだ?」

「大きくて醜いダニと、それに匹敵する馬だ!」

 影の憲兵団がキャラバンの周りに集まり、ルーカスに視線を釘付けにすると大笑いが起こった。

「今だ!」

 バルダが小声で言った。

 リーフのマントに身を隠しながら、ヴァージニア達は一斉に前進し始めた。

 しかし、バルダはたちまちよろめき、くぐもった苦痛の叫び声を上げた。

 同時に、ジャスミンは息を呑み、膝から崩れ落ちた。

「どうしたの、二人とも!」

「うぐっ!」

 リーフ、ヴァージニア、ワソはくるりと振り返り、二人を助けようとしゃがみ込んだ。

 しかし、左手を下ろして身体を支えると地面が崩れ、何かに引っ張られて焼けるように痛んだ。

 リーフの手は平たい雑草の真ん中にめり込んでいた。

 その中心は広がり、リーフの腕を吸い込み、引きずり下ろしていた……。

 

きゃああああああああああああ!!

 ヴァージニアの叫び声と共に、リーフは必死に自分の手を振りほどいた。

 リーフの手は血まみれだった。

 雑草の真ん中は、赤い斑点のある、巨大な、たるんだ唇の口のように大きく開いていた。

 リーフは恐怖に震えながら、地面深く突き刺さった緑の喉に並ぶ凶暴な歯列を見下ろした。

「こ、これがガブリ草ですの!? うぐぅっ!」

「私は鬼だから大丈夫だったけど……噛まれたら相当痛いだろうね。ほら、ヴァージニア!」

「う、うぐっ……!」

 ヴァージニアはガブリ草に身体が食いちぎられそうになった。

 ワソは鬼族なので、ガブリ草に耐え、何とかヴァージニアを助けようと身体を引っ張る。

 かなり負傷したが、二人は何とかガブリ草から解放された。

 リーフの隣では、ジャスミンが挟まれた足を外そうと奮闘していた。

 フィリは恐怖に悲鳴を上げてジャスミンを助けようとしていたが、無駄だった。

 クリーはジャスミンの傍に飛び戻ってきた。

 バルダは彼らの後ろで苦悶のあまりもがき、両足が絡まって沈んでいった。

 リーフはジャスミンの腕を掴み、力一杯に抵抗した。

 ジャスミンの脚は血を滴らせながら自由になり、周囲のガブリ草が醜悪な口を大きく開けた。

 道から歓声が響き渡り、リーフは一瞬、見られたと思った。

 しかし、よく見ると影の憲兵団は野原に背を向けていた。

 影の憲兵団は樽の周りに集まり、ジョッキに酒を注いでいた。

「「バルダ(さん)!」」

 ジャスミンとヴァージニアは息を詰まらせた。

 バルダは地面に押さえつけられていた。

 四肢全てが捕らえられていた。

 首は力み、すぐ下にぽっかりと開いた脈打つ、貪欲な緑色の口から顔を背けようと必死だった。

 刻一刻と、バルダは沈んでいく……と思ったが、沈まなかった。

 リーフが下を見ると、バルダは淡い草の上に立っていた。

 そして、その草が平らな石を覆っている事に気づいた。

 ルーカスが石について何か言い始めた。

「石は見づらいみたいだ」

 リーフは苛立ちの呻き声を上げながら、野原に線を描く淡い斑点を見た。

 草は石を覆い尽くすかもしれないが、ガブリ草は深い土の中でしか育たない。

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、ジャスミンは今、石の上に立っていた。

 バルダは鮮やかな緑の塊の中に横たわっていた。

 しかし、石の列はバルダの脇を蛇のように走っていた。

「淡い斑点は安全だ! そこを下がれ!」

 ジャスミンが飛びついて従おうとしたので、

 リーフはベルトからロープをひったくり、後を追った。

 リーフがジャスミンのところまで来ると、

 ジャスミンはバルダを捕らえているガブリ草を激しく突き刺していた。

 ヴァージニアとワソも、メイスや刀で応戦している。

 植物は震え、少し後ずさりしていた。

 リーフはロープの端をバルダの胸の下に押し込んだ。

 それから、危険なほど体を傾け、反対側にロープを通し、結び目を作った。

 バルダの腕の下にしっかりと引っ張った。

「助けてくれ、バルダ!」

 リーフは息を切らし、渾身の力で引っ張った。

 バルダは最後の、苦悶の努力で、呻き声を上げて体を反らせた。

 やっと、バルダの腕は自由になった。

 服の袖は裂けて血に染まっていた。

 バルダの下には、貪欲な口が大きく口を開けていた。

 ジャスミンは嫌悪感に歯を剥き出しにし、バルダの足に絡まった葉を攻撃し始めた。

 リーフは再びロープを引っ張った。

 今度はバルダはほとんど助ける事ができなかった。

 引き裂かれた肉から血が溢れ出し、バルダはほとんど意識を失っていた。

 しかしついに、苦痛に満ちたゆっくりとした動きで、

 バルダの足は地面からゆっくりと抜け出し、バルダは自由になった。

 

「早く休ませますわよ」

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、ジャスミンはバルダを飛び石の上に転がし、

 半ば抱きかかえ、半ば引きずるようにして丘へと向かった。

 道からの騒音は、歓喜の轟音へと高まった。

 影の憲兵団は新たな娯楽を思いついたのだ。

 五人がルーカスを短剣の先で押さえつけ、

 残りの五人が馬をガブリ草が生える場所へと引っ張っていた。

 危険を察知したルーカスは、恐怖に叫びながら、後ろ足で立ち上がり、突進した。

 影の憲兵団は歓声を上げていた。

 ルーカスは影の憲兵団に「止まれ!」と叫んでいた。

 金色の髪を冠した巨大な褐色の姿は、

 押し寄せる灰色の制服を着た群衆の中にほとんど隠れていた。

 リーフの血が凍りついた。

「ジャスミン、もっと早く!」

 しばらくすると、背筋が凍るような叫び声が聞こえた。

 リーフとワソは顔を上げた。

 影の憲兵団は地面に倒れ込み、両手を目に当てていた。

 ルーカスはよろめきながら後ずさりし、眩い黄色の光を煙のように体から噴き出していた。

 その時、別の人影がルーカスの目の前に現れ、眩しい光の中で姿を現した。

 荒々しいダークブラウンの髪を持つ、金色の巨人。

「スカール」

 巨人の体は金色の毛皮に覆われていた。

 黄色い目は残忍な怒りに輝いていた。

 巨大な指先には、凶暴に曲がった茶色の爪が生えていた。

 スカールは怯えた馬に飛びかかり、安全な場所へと振り下ろした。

 そして、獣のように唸り声を上げながら、叫び声を上げ、

 身悶えする影の憲兵団を掴み上げ、人形のように揺さぶり、引き裂き始めた。

 ヴァージニア、リーフ、ジャスミンは恐怖に凍りついた。

 ルーカスが這い上がり、三人の姿を見た。

「一度動き出したら、止める事はできません! 早く離れてください!」

 

 木陰で安全な場所にいたヴァージニア、ワソ、リーフ、ジャスミンは、

 バルダの酷い傷に包帯を巻き、毛布で包み、女王蜂の蜂蜜を与えた。

 ヴァージニアは奇跡を使ったが、出血は止まらず、バルダは身動きもしなかった。

 雨が降り始め、びしょ濡れになり、凍りついた。

 リーフは必死に、避難場所を探した。

 するとリーフは驚きの声を上げた。

 そう遠くないところに、まるで祈りが叶うかのように、

 茂みにほとんど隠れた古い石造りの小屋があった。

 かつては飛び石が誰かの家へと続いていたのだ。

 クリーが不安そうに頭上を羽ばたきながら、

 ヴァージニア、ワソ、リーフ、ジャスミンはバルダを小屋へと引きずっていった。

 中は暗かった。

 小さな窓には土が張ってあったからだ。

 カビ臭く、不快な臭いが漂っていた。

 しかし、乾いていて、暖炉には小枝や枯れ草が積み重なっていた。

 ヴァージニア達はバルダを小屋の中に引きずり込み、ジャスミンは暖炉へと走って行った。

 ジャスミンはあっという間に火を起こした。

 乾いた薪がパチパチと音を立てて炎を上げた。

 小さな部屋の周囲に光がちらつき始めた。

 その時、リーフは隅に横たわるものに気づいた。

 二つの骸骨が壁に立てかかっていた。

 衣服の切れ端がまだ骨に、髪の毛が頭蓋骨にくっついていた。

 リーフは、ここに忍び込んできたのは男と女だと分かった。

 それから、ボロボロのショールにくるまれた女の腕の中に、小さな骨の山が一つあった。

 小さな赤ん坊の骨だ。

 

「まさか……死んでいたのか……?」

 リーフの額に汗がにじみ出た。

 無理矢理一歩、そしてまた一歩前に出た。

 男の足元には何かが転がっていた。

 平たいブリキの箱だ。

「駄目!」

 ワソの静かな声には恐怖がこもっていたが、リーフは止まらなかった。

 リーフは箱を拾い上げ、開けた。

 中には黒い文字で覆われた羊皮紙の切れ端が入っていた。

 目を細めて見ると、恐ろしい言葉が目の前を踊っていた。

 リーフは震えながら深く息を吸った。

「何なの?」

 リーフはメモを読み上げた。

 彼の声はか細く、知らない人の声のように聞こえた。

 

 トーラは私を見捨てた。

 寒い。食料も、助けてくれる友もない。

 愛する妻シャーンは死に、生まれた男子も世を去った。

 私もすぐ、二人に続く事になろう。

 偉大なるアディン国王の血は、私で絶たれる。

 デルトラ王国は、私と共に終わる。

 デルトラ最後の王、エンドン

 

 リーフは手の中で押し潰されたメモを見つめ、骨を見つめた。

 目の前の光景が理解できなかった。

 デルトラの世継ぎは、安全な場所で隠れてなどいなかった。

 ずっと前から死んでいたのだ。

「このエンドンは王に相応しくない男だったわ。気弱で気難しく、自分を憐れんでばかりいた。

 私がずっと恐れていたのはそれよ」

「ジャスミン、酷い事を言うな!

 このメモを書いた時、エンドンは愛するものを全て失って、絶望していたんだ」

「エンドンは自らの力で失ったのよ!

 もし、一度でも勇気を出して自分の力に頼っていれば、

 私の両親のように、彼らも生き延びたはずよ。

 ここには森がある。小川の音が聞こえた。ベリー類や野生の食べ物もあるわ」

「でも、違う! 手を握って楽をしてくれる人を探し続けていたエンドンは、

 自分自身や家族を助ける事すらできなかった。

 そして、この不毛の地で飢えと寒さに苦しみ、妻と幼い子供は亡くなった」

 女性の胸に置いてある、小さなボロボロの包みを見つめながら、

 ジャスミンとヴァージニアの目には涙が溢れていた。

「真実は永遠に分からないだろう。でも、一つだけ確かな事がある。

 ベルトを身に着ける世継ぎがいなければ、デルトラを救う事はできない」

 胸が締め付けられ、胃がむかむかする。

 バルダは死にかけている、とリーフは思った。

 始まる前から失われていた大義のために死ぬのだ。

 

(父さんと母さんは、どれほどの苦しみを味わってきたのだろう。

 全て、無駄だったか。もう、世継ぎはいないのか……?)

「もしかしたら、すぐ近くに世継ぎがいるのかもしれないね」

 リーフが絶望する中、ワソだけは、小声でそう言っていた。




ここでワソを、リーフの仲間として活躍させたかったのです。
全ての宝石を取り戻すまでワソは敵に回っていましたからね。
次回はレジスタンスの隠れ家に向かいます。
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