ヴァージニアとデルトラクエスト   作:アヤ・ノア

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ついにジョーカーの正体が明らかになります。
デルトラの世継ぎは、本当に見つかるのでしょうか?


第56話 ジョーカーとジャスミン

 鍛冶場は暗く、荒涼としていた。

 門には影の大王の烙印が押されていた。

 しかし、隠れ家があり、暖かさと水があった。

 そして、今のところは、安全だった。

 ヴァージニア達は火を焚き、ジョーカーを毛布で包んだ。

 女王蜂の蜂蜜を与え、傷口を洗った。

 ようやくジョーカーは目を覚ましたようだった。

 瞼が瞬き、開いた。

 暖炉の炎が跳ね上がるのをぼんやりと見つめていた。

「どこだ……?」

 ジョーカーは嗄れた声で呟いた。

 彼は喉に手を当て、額の腫れに手を当てた。

「静かにして」

 ジョーカーは頭を向けて、その人物を見た。

 その人物の目は混乱し、誰なのか分からなかった。

「頭への打撃は酷かったみたいね」

 ジャスミンは落ち着きなく部屋の中を歩き回りながら言った。

「治さなきゃ」

「時間がない」

 バルダは窓辺に歩み寄り、カーテンの隙間から慎重に覗き込んだ。

「逃げた事に気づいたら、きっとここを探すだろう。すぐに動かなければならない」

 しかしリーフはジョーカーを見ていた。

 ジョーカーは部屋を見回し、眉間にしわを寄せて困惑した表情を浮かべ、

 テーブルや椅子、クッションをじっと見つめていた。

 まるでこの場所がジョーカーにとって見覚えのある場所のようだった。

 その時、ジョーカーはジャスミンの姿を見つけた。

 ジョーカーの顔が明るくなり、ジョーカーの唇が動いた。

「ジャスミン!」

「早く来い!」

 ジャスミンは火の傍に急ぎ、ジョーカーのそばにしゃがみ込んだ。

 ジョーカーは手を挙げてジャスミンの頬に触れると、ジョーカーの唇が再び動いた。

 言葉はかすかで、ほとんど聞き取れないほどだった。

「ジャスミン。お前は……俺の妻に似た気がする」

「えっ!?」

 ジャスミンは蜘蛛を振り払うかのように、ジョーカーの手を振り払い、飛び退いた。

「どうしてそんな事が分かるの? お母さんは死んだのよ!」

「ああ、俺の妻は……死んだ」

 ジョーカーの顔は悲しみに歪み、目には涙が溢れた。

 リーフの心臓は大きく跳ね上がった。

「ジャスミン……」

 しかし、ジャスミンはすすり泣きながら顔を背けていた。

 ジョーカーは目を再び閉じたが、再び口を開いた。

「奴らは……逃げる事を拒んだんだ」

 ジョーカーは呟き、まるでメモをくしゃくしゃにするかのように指を曲げた。

「俺達は……引き返さなきゃならない……デルの西ではなく東へ……」

 リーフは息を呑み、ジョーカーが遠い昔の記憶を蘇らせている事に気づいた。

 頭への一撃が、記憶が眠る扉の鍵を開けたのだ。

「俺達は……しなければならない。知らせによると……影の憲兵団が……西の道で待機している。

 女も皆殺しになった。俺達は東に……森に向かう。あそこで俺達を探そうとは思わないだろう」

 ジョーカーは立ち止まり、耳を澄ませているようだった。

 愛しい声が思い出の中で語りかけてくると、ジョーカーの口元は優しく微笑んだ。

 ジャスミンが振り返ると、涙が頬を伝っていた。

 フィリは小さく不安げな声を出し、クリーは悲しそうにコッコッと鳴いた。

 ジャスミンはぼんやりと肩に手を当ててフィリとクリーを落ち着かせようとしたが、

 その目はジョーカーに釘付けだった。

「危険なの?」

「ああ、愛しい人よ。でも今は全てが危険だ。俺達は気をつける。俺達は……生き残る。

 俺達の子供は無事だ。その時が来るまで、強く育ってくれ……」

 リーフの心臓は胸の中で激しく鼓動していた。

 息が苦しかった。

 リーフはバルダが窓から振り返り、不思議そうにこちらを見つめているのに気づいた。

 ジョーカーの頭が落ち着きなく動いていた。

「俺の愛娘……ジャスミン……」

 ジャスミンはジョーカーの手に自分の手を置いた。

「お父さん、ここにいるわ」

 ジャスミンは優しく言った。

 ジョーカーはもう一度目を開けようとしたが、瞼が重かった。

「お前は勇敢だけど、独りぼっちだった。鳥や動物以外に遊び相手はいなかった。

 森が用意してくれる玩具以外には玩具はなかった。本もなければ、慰めもなかった。

 そして多くの恐怖があった。何度も、俺達は自分が正しい事をしたのだろうかと自問した。

 自分達の選択を後悔はしていなかった。でも、お前がいなかったら……」

 ジョーカーの声は途切れ、再び眠りに落ちようとしていた。

「私は幸せだったわ、お父さん」

 ジャスミンは涙を拭った。

「あなたとお母さんがいたの。ゲームも、歌も、童謡も」

 ジャスミンはジョーカーの袖を引っ張り、ジョーカーを起こそうとした。

「絵が描いてあったから、特に好きだった詩があるの。お父さん、それをくれたの。覚えてる?」

 ジョーカーは何も答えなかった。

 ジャスミンは必死にジョーカーの手を離し、ジャケットのポケットの中をかき回し始めた。

 彼女の宝物が膝の上に散らばった――羽根や糸、歯の折れた櫛、鏡の切れ端、コイン、石、

 樹皮、紙切れ……ついに、ジャスミンは探していたものを見つけた。

 一番古い紙――汚れていて、何度も折り畳んであった。

 ジャスミンはそれを慎重に広げ、ジョーカーの意識を失った顔の前で振った。

「まだ持ってるわ」

「地図?」

 リーフは目の前の光景が信じられず、顔を上げてバルダの目を見つめた。

 エンドンの幼少期に詠んだ詩。

 城への秘密の通路を告げる詩。

 リーフの父がまさにこの部屋で、エンドンとシャーンの脱出の物語を語る際に繰り返した詩。

 これは否定できない唯一の証拠だった。

 そしてジャスミンはずっとそれを持ち歩いていた。

 リーフの心は、ベタクサ村で七部族がベルトに誓いを立てたあの瞬間へと戻った。

 その時、リーフは世継ぎがここにいる事を知った。

 震える指で、リーフは腰からデルトラのベルトを取り出した。

 リーフはジャスミンの腕に触れた。

 ジャスミンは苦悩の表情で彼の方を向いた。

 リーフはベルトを差し出した。

 ジャスミンはリーフの言葉を理解し、衝撃で目を見開いた。

「おい、ジャスミン、ベルトを締めろ!」

「ジョーカーはエンドンの事だ。お前は奴の娘だ。デルトラの世継ぎだ!」

「嫌よ!」

 ジャスミンは首を振り、身を引いた。

 クリーが甲高い声を上げて肩にひらひらと舞い降りてくると、

 ジャスミンは再び首を振り、リーフから逃げようとした。

「駄目! そんなわけない! やりたくない! できない!」

「できる! やらなきゃ!」

 ジャスミンは一瞬、反抗的にリーフを見つめた。

 すると、ジャスミンは顔がくしゃくしゃになったように見えた。

 ジャスミンは這って立ち上がり、待った。

 リーフはジャスミンのところへ行き、

 息を止めてベルトをジャスミンの細い腰に巻き付け、締めた。

 しかし何も起こらなかった。

 ベルトは光る事も、閃く事もなかった。

 何も変わらなかった。

 ジャスミンは大きく震える溜息をつきながら留め具を引っ張ると、

 ベルトはジャスミンの足元の床に落ちた。

「つまり、ジャスミンは世継ぎじゃないって事なんだね」

「取り消して、リーフ。間違っていたのは分かっていたのに」

「でも、間違ってるはずがない!」

 リーフはどもりながら言った。

「君が世継ぎなんだ!」

「もし私がそうだとしたら」

 ジャスミンは相変わらずの生気のない声で言った。

「ベルトについて私達が聞いた事は全部嘘になるわ。

 ジョーカー? お父さんが? ずっと正しかったのよ。

 私達は人生と希望をおとぎ話に託してきた。

 魔法を信じたいと願う人々のために作られた古い物語よ」

 バルダは椅子に崩れ落ち、両手で顔を埋めた。

 リーフは屈み込み、床からベルトを拾い上げた。

 腰に再び巻き付けると、感覚が麻痺した。

(なんでベルトが光らないんだ? もしかして、間違っているのか……? いや……)

 リーフは火から、静まり返ったバルダから、

 そして眠るジョーカーの傍らに跪くジャスミンから離れた。

(わたくし達が助けなかったら)

(リーフはどうなるんだろうね)

 ヴァージニアとワソは、リーフの後についてきた。

 リーフは部屋を出て、その奥の暗闇へと足を踏み入れた。

 それから手探りで自分の小さな部屋へと辿り着き、ベッドに横たわった。

 聞き慣れた軋む音が聞こえた。

 この部屋で最後に目を覚ましたのは、16歳の誕生日だった。

 その時、ここに横たわっていた少年は、まるで見知らぬ人のようだった。

 家の前から何かがぶつかり、叫び声が聞こえたので、リーフは驚いて飛び上がった。

「捕まえたぞ!」

 荒々しい声が叫んだ。

「あの娘だ!」

 リーフは剣を抜きながら、寝室のドアに向かってよろめきながら歩いた。

「ど、どうしたの!?」

「影の憲兵団だね!」

 ヴァージニアとワソも武器を持って身構える。

 ガラスが割れる音、罵声、重いブーツの音が恐怖と共に聞こえてきた。

 クリーが荒々しく金切り声を上げていた。

「鳥に気をつけろ!」

「ああ? この悪魔め!」

 リーフは必死に壁にしがみつき、音のする方へ手探りで進んだ。

「近寄らないで! ここにいるのは私達五人だけなのに、あなた達は10人もいるのよ!」

 リーフとヴァージニアは凍り付いた。

 ジャスミンは、邪魔をしても無駄だと警告していた。

 近寄らないように警告すると同時に、影の憲兵団には家の中に自分とジョーカー、

 そしてバルダの三人しかいないと思わせていた。

 苦痛の呻き声が聞こえ、鋭い平手打ちの音がした。

「これで噛み付くぞ!」

 影の憲兵団が唸り声を上げた。

「五人だ! ファローが言った通りだ。そして一人は意識を失っている。簡単に手に入るぞ!」

 笑い声が上がり、床に身体が引きずられる音がした。

 そして……静寂が訪れた。

 リーフは少しの間、待ってから、リビングルームへと忍び寄った。

 ヴァージニアはゆっくりと、ワソは手の甲に足を乗せて歩いた。

 暖炉の火はまだ明るくパチパチと音を立てていた。

 温かい光が、廃墟の光景を揺らめいていた。

 家具は乱闘で四方八方に投げ出されていた。

 窓は両方とも、割れていた。

 クリーはひっくり返った椅子に蹲っていた。

 リーフが近づくと、リーフは頭を回し、絶望的な叫び声を上げた。

「助けなきゃ……」

 リーフは指の関節が白くなるまで剣の柄を握りしめた。

 突然、リーフは冷たい怒りに満たされた。

 ヴァージニアとワソは武器をとりあえず抜いて、リーフを心配した。

「今、ここにいるのは僕とジニーとワソだけだ。だが、ここで終わるわけにはいかない」

「リーフ、今、わたくしを、ジニーって……!」

 その時、ヴァージニアはリーフが自分を「ジニー」と呼んでくれた事に驚いた。

 この愛称は、教会の神父やシスター、神学校の同級生しか言ってくれなかったはずなのに。

 親友のワソですら、言わなかったのに。

「……君を守りたかったからだよ。クリー……」

 リーフが腕を差し出すと、クリーはリーフの方へ羽ばたいた。

 ほぼ同時に、割れた窓から大きな鐘の音が聞こえてきた。

 

「タイミングが悪いね……」

「もうすぐ、あいつがくるかもしれませんわ……」

 リーフの胃がむかむかした。

 ヴァージニアとワソも、それが何を意味するのか何となく分かっていた。

 リーフは以前にもその鐘の音を聞いた事がある。

「クリー、ジニー、ワソ、民衆が城に集まっている。僕達もそこへ行かなきゃ。

 でも、一緒に壁の外に立つんじゃなくて、中に入るんだ」

「……分かりましたわ」

「私達は、絶対にバルダ達を助けるよ」

 リーフは暖炉へ歩み寄り、ジャスミンが敷物の上に落とした擦り切れた紙切れを拾い上げた。

 彼はそれを注意深く折りたたみ、ポケットに入れた。

 そして、ヴァージニアとワソは、リーフと共に、

 影の憲兵団に捕らえられたバルダ達を助けるために歩いた。




ようやくジャスミンとジョーカーの親子が再会しました。
リーフに「ジニー」と言わせたのは、ヴァージニアを守りたかったからです。
たとえ異世界人だとしても、彼女はリーフにとって大切な人物ですから。

そして、次回はついに、諸悪の根源・影の大王が現れます。
彼を撃退できるのは、デルトラのベルトを身に着けた世継ぎだけですが……。
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