氷室古織の分裂 mottoⅢ   作:苗根杏

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#4 土産話

『な〜ァんか、暴走って安直よねェ』

『僕の前でそれ言う?』

『2作続けてだからこそ安直なんだろ』

『言ってる場合か!! 揃いも揃って!! いいから逃げるよッ!!』

 

 その場でただ1人冷や汗をかいている部長が、みんなを連れて逃げようとこちらに飛んでくる。比喩ではなく、羽を使って実際に飛んでいる。使い勝手いいなあ、その武器。

 

『逃げる……か』

 

 とりあえず攻撃をしてからじゃあないか、それを言うのは。

 

『“我らが旗艦”』

 

 俺は怪物と化した古織に、5連グミ打ちを放つ。

 

 エネルギー弾は古織の前足に無事着弾し、氷の身体が少し削れる。が、すぐにそれは再生し、むしろその傷跡からトゲを生やす。

 

 四つん這いのモンスターは、攻撃が来た方角、つまり俺の方をぎょろりと睨む。そのままノーモーションで、俺に向かって氷のしぶきを放出する。

 

 力が制御しきれていないのか、水混じりの、みぞれのようなものが津波のように襲い来る。

 

『麻琴!!』

『ぐぁぁッ』

 

 杖を前に構え、俺はバリア技の“非現実のサクラは、かくも満開に咲く。”を唱えて防御する。

 

『くっそ……何だあの攻撃……!』

 

 桜色のバリアはみぞれの波に耐えかねてギシギシと音を立てる。

 

 逃げていた光良さんが、方向転換して俺のところに駆けつけ、『“持戒波羅蜜(じかいはらみつ)”!!』と叫ぶ。すると、大きな光を放って三節棍の鎖が縮み、やがて大きな棍棒になる。

 

 先程の花火のように、バットの要領で攻撃を受け流し、無効化する。

 

『古織自身に攻撃の意思はないッ。ただ、リベンジ欲と向上心の塊なだけなんだ』

 

 光良さんは古織をかばうように、俺にそう語りかける。その目は未だ、怪物の中心にいる古織を見つめているが。

 

『マイナスに働いちゃってるってことね……』

『でも、それだけであんな風になる?』

 

 部長に抱えられた柊が、いくらなんでもデタラメな暴走だと化け物を一瞥する。

 

『あれは古織のパッションとイマジネーションそのもの。つまり、擬似的に叉紋されたようなものなんだ、あれは』

 

 まるでそんな経験が過去にもあったかのように、光良さんは語る。なるほど、つまりはHANAKOや巨大化柊みたいなもんか。

 

 化け物がうなり、光良さんを光良さんとも認識しきれていないのか、吼えると同時に動き出す。ズシン、と腹に響く振動と共に縦横無尽に暴れだす。

 

 俺らは彼女の周りを走り回り、どうにか攻撃を避ける。しかし幾度かの痛手は避けられない。部長の羽はいつの間にかボロボロになり、バラダギ先輩も何故生きているか分からないくらいにダメージを受けている。

 

 周りにいた生徒だって何人も再起不能になり、光を伴いゲキバトル世界から消えていく。山科と水無月も、踏み潰されそうになりながらもなんとか逃げているようだ。

 

『恨まないでやってほしい』

 

 力なく、だがハッキリと光良さんは走りながら言う。

 

『今、一番苦しんでいるのはアイツだ』

 

 その言葉を聞いた瞬間、一人が足を止める。振り上げられた古織の尻尾の真下で、だ。

 

『バラダギ先輩ッ!!?』

 

 先輩は両手を上にして、振り下ろされる尻尾を直に受け止める。

 

『くっ……ぐ……おおおおおッッッ』

 

 無茶だ。俺は彼に駆け寄り、加勢しようと魔力を貯める。だが彼は俺を蹴って、それを拒否する。

 

 強い威力のキックに、地べたに這い蹲る俺は『やめてくださいッ!! 死にたいんですか!!』と叫ぶ。しかし。

 

『るせェ〜〜〜〜ッ!!!』

 

 俺らのいる方と反対の方向に、バラダギ先輩は尻尾をいなす。

 

 息も絶え絶えの中、古織の尻を焦点の合っているのかいないのか分からないような目で睨んで彼はぶつぶつと呟く。

 

『どいつもこいつも、俺が……』

 

 血まみれの拳を胸にドンと叩きつけ、彼は自分を鼓舞するようにも言う。

 

『俺が上に立って、お前ら全員守ってやる!!! それが、俺の(エゴ)だ!!!』

 

 それだけ言って、彼は立ったまま白目を剥く。

 

 ただ、彼の心は死んではいなかった。その証拠の曲が、爆音で鳴らされる。

 

 

04 Limited Sazabys

『My HERO』

 

 

『バラダギ……!!』

麗翠(れいすい)!! 治療だ!!』

『この人なら大丈夫そうな気もしますけどねェ……』

 

 柊は慌てて、麗赤──ではなく、前に言っていた麗翠と言うらしき、緑色の服をまとった柊にそっくりなもう1人と共に、バラダギ先輩に治癒エネルギーらしきオーラを当てる。

 

 いつの間に入れ替わったのか、やる気のなさそうな目をした敬語の麗翠は、『ヒーロー……ですかァ』と、ぼそりとつぶやく。

 

『大したもんですねェ。他人のことしか考えていないうえに、そんな自分のことしか考えてないでしょう、アレ』

『僕を救ってくれた時のように……ってことですね……バラダギ先輩ッ』

『あれでも助けようとしてるんですよね……やれやれ、根っからのヒーロー気質であの性格ってェ、ぶっちゃけ矛盾しすぎじゃあないですかァ?』

 

 柊にトドメを刺したのも、あの後の俺とかおちゃんの勝負を見守ってくれたのも、山科と水無月と戦っていたのも。思い返せば、あれもこれもだ。すべて彼は味方のために……。

 

 蹴られた腹の痛みもひかないうちに、光良さんが俺の後ろから出ていき、駆け出す。

 

『オレだって!!!』

『……光良……』

 

 三節棍をタオルのように首からぶら下げ、両手を空に掲げて、光良さんは『“叉紋”ッ!!!』と叫ぶ。

 

 彼は役に身を委ねるのではなく、どちらかといえば役の言葉を自分が代弁するという演技法、『自分100%型』の使い手で有名だ。よりパッションを要求される『自分0%型』よりも、“叉紋”においては不向きだと聞いたが、ここ大一番で果たして何を出す、光良さん。

 

 一瞬、カッと光良さんの両手が光る。光が止んだその頃には、彼の手にはふたつの何かが握られていた。

 

 背中を向けている光良さん。その右手には、アンテナのついた機械のようなもの。左手には、人形? いや、プラモデルらしき何かがあった。

 

 彼は右手の機械をガラケーのように開く。そして中のボタンを操作すると、そのプラモデルは背中の大きなブースターを使い、暴れる古織に飛んでいく。

 

『あれって……!?』

 

 俺、部長、柊、そして麗翠が同時にハッとする。ああ、アレは。間違いない。そうだ、アレだ。目を合わせて頷く。

 

『“CCM”……それと……!!』

『ぷッ、“プロトゼノン”〜〜〜〜ッッ!!?』

『サイバーランスの技術の粋を集めた超高性能機……ッ』

 

 黒と紫の重装甲に、禍々しいツノ。飛び出した白いボサボサの髪の毛。演算処理能力は、海道ジンの速すぎるCCMさばきにも対応する通常のLBXの7倍の性能。

 

 あの日、なぜプラモが出ないんだと嘆いた、俺らの青春の機体。

 

『オーレギオンとかキラードロイド出せばよくないですかァ……!?』

『しかもプロト……何のつもりだ、光良』

 

 そうだ、あのLBXは『プロトゼノン』。後継機のゼノンの方が性能が高いうえに、あのLBXの出た初代ダンボール戦機から次々と続いていくシリーズの機体の方が、当然だがスペックは上だ。

 

 せめてゼノンであれば。もしかして見ていないのか? アニメ。死ぬほど面白かったのに。そう思っていた俺らは、光良さんの操縦をハラハラしながら眺める。

 

 彼は仁王立ちで、後継機ではオミットされてしまったプロトゼノン特有の飛行機能を存分に活かして、古織の周りを飛び回らせる。

 

『これにしたのには、明確な理由がある』

 

 なにっ。その静かな一言に驚く俺らには目もくれずに、光良さんはいつの間にか踏み潰されそうになっている水無月を見る。

 

『いくぞ』

 

 プロトゼノンは飛行速度を増し、斜め下にストンプしようとしている古織の左前足の下に潜り込む。

 

 そして、その足を正面から手で受け止める。ブースターの火は鋭く、大きくなり、少し押されつつも水無月の手前で静止する。

 

『あれはまさかッ!?』

『リニアを止めた時の……!』

 

 そう、再現だ。

 

『うおおおおおおおおおおッッ』

 

 生き残った他の演者も歓声をあげる。みんな、やっぱりダンボール戦機も光良さんも好きなんだな。

 

 そんな同世代の視線を一点に集め、光良さんはニヤリと笑う。あんた、とことんエゴイストだぜ。

 

『止めた────────ッッ!!!』

『反撃……開始だ』

 

 

 ────────────

 

 

『改めて、瀬田薫だ。よろしくね、子犬くん』

『……ウス。よろしくお願いします、薫先輩』

 

 俺はしばらく走った、フィールドの端とも呼ぶべき山の中で、薫さんと手合わせをすることになった。

 

 なぜここまでして俺と戦いたいのかは、俺すら知らんが、こちらとて強者と戦えるなら本望。ホイホイついてきてしまった、ってわけだ。『しずく』に知られたら、怒られるかもな。

 

 周りの木はいちいち大きく、ホールケーキアイランドや空島を彷彿とさせる。

 

 こんなゾーンがあったとは。前にも似たようなところに来たが、こんなにファンタジー色の強いフィールドは初めてだ。

 

 そんな薄暗い森を眺める俺に、薫さんは『行くよ』とだけ言い、前かがみになって突進してくる。

 

 俺は片方の刀、『千本桜』を抜いて、彼女のレイピアを真正面から受け止める。片手は柄をしかと握り、もう片手は開いて反りに当てる。

 

 鈍く重い金属音が、森にこだまする。俺は薫さんの突進に押され、山道を後ろ向きに滑走する。正面には薫さん。後ろには大きな大きな樹。どうにかしてみせろってか。

 

『打撃……おっも』

『その割には笑顔だね』

『強いヤツと演れるのは、いつだってワクワクするでしょう』

 

 はは、と笑う俺。薫さんは『その通りだ』と肯定してくれる。

 

 なればこそ、とばかりに、薫さんは“シェイクスピア四大悲劇・オセロー”を放ってくる。

 

 その技は予習済みだ。レイピアの先を伸ばしてくる、あなたらしくもない不意打ち技。この人、本気だな。

 

 一応、薫さんの技には段階がある。“オセロー”とは、シェイクスピア四大悲劇の二段階め。一段階めを“ハムレット”と位置づけている彼女にとって、この技は『軽くヤル気になった時の技』である。

 

 そこらの演者なら、四大悲劇の序段である“ハムレット”の超スピードで簡単に殺せるからな。

 

『“テンペスト”……』

 

 悠長にも分析をしている俺の横を、『星』が過ぎった。イトカワのような、ゴツゴツとした岩ではない。俺らが星を描けと言われてほとんどが第一に描くであろう、五芒星だ。

 

 俺はそれに気を取られ、背中から思い切り大きな樹に叩きつけられる。叫びそうになるほど痛い打ち付けに耐えかねて、俺は首近くまで刀を押される。

 

『タテガミがないから気づかなかったかい?』

 

 ウィンクをした薫さんは、その目から出したのであろう星を俺の頬に掠めて言う。

 

『私はライオンだ』

 

 暖かいものが頬を伝う感触がした。それを見て笑う薫さんは、空いている手を俺の後ろの樹に当てる。壁ドンの体勢だ。

 

 あなた、麻琴先輩が好きなんじゃあなかったのか? それとも普段からこんなことをしてるから、子猫ちゃんが増えるのか……? 

 

『……あんたがライオンなら、俺はカバさんになるね。ライオンの牙に小鳥はとまらないぜ』

 

 顔のいいライオンに、俺はフォルゴレの受け売りを言い放ち、もう片方の刀である『桜ノ雨』を抜く。

 

 それと同時に、俺は刀に炎を宿し、樹に突き刺す。

 

 ごうっ。ごうっ。乾いた空気の中、火はあっという間に燃え広がり、俺ごと炎に包まれる。薫さんは咄嗟にその場から二、三歩後ろへと下がる。

 

 分かったよ。あんたがそのつもりなら、俺だって。

 

 俺の演技の型は『自分50%型』。役と自分の二人三脚。役を出しすぎず、自分を出しすぎず。俺の強すぎるエゴを抑えつつ、時には役に身を委ねることもできる型だ。

 

 今、そのパーセントが49、48、と下がり始めている。本来はパーセントを下げることはおろか、50%で維持することすら普通の演者には極めて難しいとされているが、これは俺のニッチな特技だ。俺が優れた演者であるわけではない。

 

 炎から出てきた俺の皮膚は、焼けただれることはおろか、トリトリの実、モデル“不死鳥(フェニックス)”の炎が如く、傷を再生させる。

 

 服は炎と一体化して、触ることすら許さぬほどの高温と光を放って、俺は薄暗い森に立つひとつの光となる。

 

 炭となって倒れる大樹。しかし、俺は燃え尽きることはない。あんたらを倒して、ナンバーワンになるまでは。

 

『これは……儚いね。まるで蝋燭のようだ』

『先輩の卒業祝いだよ。届いてるといいな』

『そうだね。彼女たちも……』

 

 薫さんは、ふと考えに浸る。そして、人差し指を立ててこちらにこんなことを聞いてくる。

 

『キミは、何のために舞台に立っているんだい?』

『あァ……?』

 

 どうせなら、このドガバキフォーム並のレアな俺の姿について聞けよ。しずくにすら見せたことないんだぞ、この姿。あんたがやるっていうから、こ、ああっ、お、お前ッ。このやろうッ。

 

 もどかしく足をバタバタしつつ、俺は短絡的になってしまっている自覚のある思考回路で、シンプルで分かりやすい答えをはじき出す。

 

『楽しいからだ。アツいからだ』

 

 具体的に言うなら、その楽しんだ先の結果すべてを俺は望んでいる。名声、注目、あわよくばスカウト。そして猛者と渡り合う力。成功経験。

 

 楽しんで目立つ! 俗的かつ純度の高い欲望を胸に、俺は今日も刀を振るう。

 

『あんたみたいな人と戦えて、楽しいよ』

 

 けっこう。俺のお世辞でもなんでもない感謝にそう答えて、薫さんは俺に襲いかかる。二本の刀で受け止めたレイピアの重さは、先程よりも増している。

 

『私は、強くなるためだ』

 

 強くなること、そのものを目的としている? 強くなった先の結果ではなく、強くなっていくことが目的なのか? 

 

『ゲキバトル界で、ですかい。それとも演劇で?』

『いいや。私自身が、常に強くありたいんだ』

 

 答えになっていないような答えを言い、薫さんは“リア王”の筋力強化で俺の上へと飛び上がる。

 

 そこから繰り出されるは、ハイヒールでの乱撃、乱蹴。俺は思わず『ありがとうございます!!』と連呼し、それをモロに受けてしまう。

 

 女の人に踏まれると、本能的に感謝が出てきてしまうんだ。踏まれる場所はどこでもいい。ただ、できればヒールのついた靴で顔を踏んで欲しい。そう、今の技は俺にとっちゃご褒美だ。

 

 薫さんはヨダレを垂らす俺には目もくれず、というか俺を直視せず、俺の刀の連撃を受け流す。

 

『私はずっと弱かった……かおちゃんだったんだ。そこから王子たる瀬田薫になるため、私は仮面を被って舞台に上がった。舞台でなら、私は王子様になれた……もっとも、今ではいつもだけど』

 

 日本刀『千本桜』を握った俺の手をつかみ、ぐいと身体を寄せる薫さん。おでこがぶつかり、少し叫べば唾が飛んで当たるくらいの距離だ。

 

 彼女は笑みを絶やさず、『私を救うため、私に演劇を教えてくれた師匠がいるんだ。キミと同じように』と言う。

 

 驚いた。そこまで知っているとはな。コマーシャルはしていないつもりだが、風の噂というのはどこまでも届くらしい。

 

 黄砂のように鬱陶しい噂を聞いたのであろう彼女に、俺は『……俺にとっての“蛇崩神楽”がいるのか?』と聞く。

 

『ああ。その名は、“白鷺兆”……千聖のお兄様だ』

 

 ぎょっとしてしまう。兆って、あの『高校演劇第二世代』のかよ。白鷺千聖の兄として、ではなく、その圧倒的なエゴとパッション、そしてイマジネーションで高校演劇界に名を馳せた、英雄のひとり。

 

『だから私は、絶対に……負けちゃ、いけないんだッ!! 師匠のためにも、そして……私に敗れた全ての人のためにもッッ!!』

 

 俺に至近距離で叫ぶ薫さんの言葉は、もはや俺には向いていなかった。彼女の二つ名である“荒唐無稽の一人芝居”を、全身で表しているな。

 

 彼女の言葉は、自分への鼓舞。そして、今まで散っていった相手への鎮魂歌でもあるのだろう。俺は光良さん達の顔を浮かべ、同じくらい、いや、彼女を超えるほどの声量で叫ぶ。

 

『俺だって、屍の上に立ってるんだ!!』

 

 いつの間にか俺らは武器を手放し、手四つで組み合う。もはや技術ではなく、互いのエゴ比べ。そして、純力量(ちから)比べである。

 

『千聖に!! ちーちゃんに追いつくためにッ!!』

『親父を!! 穂村燃を超えるためにッ!!』

 

 燃える俺と、涙を流す薫さんは、かけがえのないものを浮かべながら張り合っていた。

 

『『負けてたまるかッ!!!』』

 

 

Creepy Nuts

『パッと咲いて散って灰に』

 

 

 足元を蝕む氷にも、しばらく気付かずに。

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