氷室古織の分裂 mottoⅢ   作:苗根杏

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#6 セツナトミライ

『なんとかならんのか!』

『今考えてるでしょッ』

 

 麻琴先輩と麗紅先輩を、まず見つけた。続いて部長、光良さん。そして……誰だアレは。何か光ったかと思えば、中からSSSS版グリッドマンと、フェザーグランプリコーデか? 他にも何人か見覚えのあるロボットや戦士が出てきた。

 

 おいおい、あんな無茶な“叉紋創着”が出来るってこたあ、ありゃ成田だな。これは只事ではなさそうだ。

 

 遠くに見える現場は、思っていたよりも混沌としていた。バラダギ先輩から聞いたよりも大勢の演者が、遠くから見ると逆になんだかよく分からない、大きな怪物と戦っている。

 

 形容するなら、龍? しっぽもあるし、顔だってモンハンに出てきそうだし。

 

『“ラクリマ・クリスティ”!! 幸せに埋もれて動けなくなっちまえ!!』

 

 麗紅先輩が、何人もいる人格のひとり──黄色いから麗黄だろうか──を繰り出し、怪物の前足越しに衝撃波のようなものを浴びせる。

 

 なるほど、麗赤のように触れて精神攻撃をするパターンか。しかし、その怪物は古織が叉紋したものなのか、まずもって特殊な耐久性を持っているのか、まるで効いていないようだった。

 

『なんで!?』

『幸せが増幅しないッ』

『……今の古織には、幸せがないのか……?』

 

 光良さんが辛辣なことを口にする。あるだろ。少しは。

 

 いや、あんなに暴走しているんだから、喜びや嬉しさというものが一切無くなっていたとしても不思議ではないのか。

 

『古織。お前はずっと、焦って、悩んで……悲しみを胸に、戦っていたんだな』

『……光良さん……』

 

 遠くから眺める俺にも気付かずに、『オレは先輩失格だ』と独りごちる光良さん。あんた、それ考えられてる時点で、よっぽど部活の先輩としては良い人だと思うんだけど。

 

 古織。お前の気持ちは俺にも理解できる。厳密には少し違う悩みだが。

 

 俺は生まれてからずっと、父・『穂村燃』を重ねられて生きてきた。自分自身を見て貰えなかったのだ。ハイパー千両役者を父に持ち、なんなら母だって高校演劇では名を残した人物だ。

 

 父方の祖父も、戦後間もない中でヒーローショーを開発し、戯曲に関しての才能もあり、舞台に生きた人だった。俺はそんな恵まれた親にすくすくと育てられた。

 

 暮らしに不自由もしなかった。家がとんでもなく広いわけでもなければ、両親は仕事の金はほとんどインディーズの劇団に落としている。

 

 それでも俺は、虹ヶ咲学園という学費も安くない学校に行き、ほとんど親の金でオタ活をし、今でも恨んでいるはずの親に飯を食わせてもらって、幸せに暮らしている。

 

 だが、そんな幸せが、俺にとっては呪いだった。

 

 ああ、古織。先程お前の悩みが分かると言ったが、すまない。取り消させてくれ。俺はこの話を聞いた奴から『お前の悩みが分かる』だなんて言われたら、胸ぐらを掴んでぶん殴りたくなる。

 

 分かってたまるか、ってな。俺を苦しめた奴が、俺を幸せにした家族だなんて。一番近くにいる、一番何でも話せるような仲のいい家族が、演者としての俺にとって一番の壁なんだ。

 

 望まぬ幸せは、降りかかるというより襲い来るという方が正しい。俺はそれを中学生の時、演者になってようやく気づいた。燃を重ねられ、家柄で見られ、妬まれ、恨まれ……穂村の血を俺自身が妬み、恨み、そしてようやくだった。

 

 彼女がどんな悩みを持って、どんな苦しみをもってして、どんな悲しみをもたらされて、今そうなっているのかは知らない。自分のものではないからだ。

 

 ただ、古織。これが終わったら、話くらい聞かせろよ。誰も予期せずにこうなったんなら、俺はお前のことを許せなくなっちまう。こんなにさせてしまった俺たちのことさえも、だ。

 

 話さなければ分からない。気持ちは、目に見えないから。こうして思えば当たり前のことなのに、忘れてしまう。バカだな、俺。

 

 だから、さ。これが終わったら、打ち上げでも何でもいいから、聞かせろよ。お前をこうさせた何かを。無理に具体的には話さなくてもいい。でも、俺らはお前のことを可愛く思っているからな。

 

 みんなの後輩、古織のかつての姿を思い出し、俺は腰にさげた刀の頭に手を添える。そろそろこの崖も凍り始めてきた。ヤツの能力か。

 

 後ろで薫さんとバラダギ先輩の吐く音が止んだ。そろそろ出発できるかな。山の高台、崖のようになっているところで、俺は車のボンネットに座りながら伸びをする。

 

『行きますかあ』

『……運転、変わってくれ……』

『できるんですか?』

『できない……』

 

 バラダギ先輩のこんなに情けない声は初めて聞いた。

 

『俺、大学行ったら絶対免許取る……』

『今なくちゃ……ダメじゃあないかい』

 

 薫さんの言う通りである。せめてゲーセンでイニDか湾岸でもやってりゃ変わってたんだろうけどな。

 

『申し訳なさそうな顔くらいしたらどうだ……』

 

 申し訳ないとは思ってるさ。年上ふたり連れ回して、車酔いさせてるんだよ。そりゃあ申し訳ないという言葉しか出ない。

 

『じゃあ、ちゃちゃっと終わらせましょうか』

 

 そう言って運転席に戻ろうとした時。

 

『光良さん!! 危ないッ!!』

 

 そんな声が響いてきた。

 

 慌てて崖下の戦場を見ると、片腕まるごとと脇腹の一部をもっていかれた、麻琴先輩が倒れていた。

 

『……麻、琴……?』

『みつ、よ……し、さん……逃げ……』

 

 俺らはすぐに車に乗りこみ、崖から飛び降りる。

 

『麻琴ぉぉぉおおおおッッ』

『バカ!! 逃げるぞ光良!!』

 

 部長が麻琴先輩ごと光良さんを抱えて、高く飛ぶ。怪物はシン・ゴジラのように背中からビームを出し、それを追跡する。なんだよその技。凍らせるだけじゃねえのか。

 

 光良さんの悲鳴が響き渡るフィールド。辺りは一面凍りつき、鎮座するは氷の怪物。満身創痍の演者たちは、必死に逃げ回っている。

 

『くそっ』

『ここまでか!』

『間に合わなッ……』

 

 させるかよ。俺は麻琴先輩に、遅れた詫びを心の中で言いながら、冬の花をかけていたプレーヤーのボタンを押す。

 

 

Aya Emori

『My Way』

 

 

『!?』

『曲が……かかった……?』

『なんだ!? 誰か、どこかにいるッ!?』

 

 ま〜だ気づかないのかよ。俺はここだぜ。

 

 よし、そんならバラダギ先輩。気づかせるためにも、やっておしまい。

 

『言われなくても!! “ワイオミング・ハウリング”!!!』

 

 フェアレディZが着地すると同時に、屋根に乗っていたバラダギ先輩はクラッカーどうしをぶつけ合い、その音をこれでもかと響かせる。

 

 莫大な範囲を対象としたこの技は、まともな演者でなければ鼓膜が破裂してしまう。どうせここまで生き残ってる奴は耐えられるだろう。そう思ってのこの技か。

 

 氷のバケモノも思わず動きを止めて、クラッカーのぶつかる音が反響する中で縮こまる。

 

『グオオオオオオ……ッ』

『ぐっ……!? 古織まで苦しんでるぞッ』

『こ、このバカうるさい声と音は!! ……やはりッ!!』

 

 フェアレディZを見て、ピンと来たらしい麗紅先輩の顔が明るくなる。

 

『立て続けにやっちまえ、薫さん』

『ああ。シェイクスピア四大悲劇、そのひとつ……“オセロー”』

 

 助手席のドアを開け、走っている途中の車からレイピアが伸び、先端が怪物に突き刺さる。

 

 瞬時にそのレイピアを縮め、薫さんは怪物に猛スピードで向かっていく。そして足に向かい、『シェイクスピア四大悲劇、そのひとつ。“リア王”』と唱える。

 

 筋力が強化された薫さんは、その細っこい身体にめきめきと力を入れ、怪物を持ち上げ、ひっくり返してしまう。背中から打ちつけられたそいつは、カブトムシのようにうねうね動きながら痛がる。

 

『おいバケモン!! 俺はここだぜ!!』

 

 車を怪物の前で止めると、バラダギ先輩もそいつに向かって、我慢していたトイレに行く時のように、彼をおさえていた線がはち切れたようにも走っていく。

 

 そんなひっくり返った怪物の、ちょうど心臓辺り。俺は目撃した。ああ、なるほどな。

 

『って、これ古織自身かよ! やべぇ〜ッ!!』

 

 イカれてんな。こりゃすごい、イルってやつだ。

 

 体勢を立て直そうとしてもできないまま、こちらにビームを吐く、全身が氷の怪物。そいつの胸の中には、両手を広げて氷漬けになった古織が眠っていた。

 

『花火!!』

『少年ッ』

『……花火……』

 

 俺はよく分からないビームをなんとか避けながら、車を走らせる。下が地面なのでスリップしっぱなしだが、なんとか上手く避けられている。が、時間の問題だろうな。

 

『へえ。そゆこと……アツいじゃあねえか』

 

 俺はアクセルを刀の鞘で押し、ドアを開け、その鞘を起点に横に飛び出る。そして。

 

『“一刀流・火葬曲”!!!』

 

 日本刀“桜ノ雨”でイル古織の頸を狙う。俺の手から出た炎をまとった刀は、氷と激突。

 

 しかし、一本ではやはり適わないか。解かすことはできるものの、途中で刀が止まり、炎が消えてしまう。まずもって氷の強度がえげつないな。

 

 光良さん、部長、麻琴先輩に麗紅先輩、バラダギ先輩や他の虹ヶ咲学園・海老原学院生徒。これほど豪華なメンバーが揃っていながら、応援を要請するほどの強敵なだけある。

 

『OMG! 彼女、硬すぎるよ!』

『ええ!? TenZさん!?』

 

 拾ってくれてありがとう、部長。

 

『すみません! お待たせしましたッ!』

『ありがとう、花火!!』

『オラァッ!! 麻琴先輩には触れさせんぞ!!』

 

 麗紅先輩が麗翠で俺を回復しつつ、麻琴先輩を抱えて逃げてくれる。部長も羽根ミサイルのホーミングで追い討ちをかける。

 

 さあ、このぶっとい頸をどうしてやろうか。もしくは中の古織ごと斬ればいいのか? そうするにはまず刀を……。

 

『古織は!!』

『ッ!?』

 

 そんなことを考えている俺に、光良さんが叫ぶ。

 

『……古織は悪くない……無事に、救ってくれ……』

 

 すっかり弱々しい光良さんを見て、俺は彼にとって古織がどれだけ大事なのかをすぐに察する。

 

 可愛い後輩だもんな。たとえ正々堂々、俺と一騎打ちしていたとて少しは嫌だもんな。

 

 ああ、分かったよ。あんたが俺に頼ること自体、不服であることくらいは顔を見れば分かるし。要求くらいは聞いてやらないとフェアじゃないよな。

 

 俺は刀に再び炎を纏わせ、光良さんに向かい笑ってみせる。

 

『たまにはワガママ言わないとですよね』

『す、すまない……花火……』

『いいんですよ。光良さんにも、あいつにも世話になってますんで』

 

 さて、どうしようかね。とりあえず足だけでもいけるか。痛覚が共有されてたらすまない、と俺は左後ろ足に向かって斬りかかる。

 

『“二刀流・愛音昏音(アイネクライネ)”』

 

 刀の持ち手と刀身を分解して飛ばす技だが、古織はなんのこれしきと氷を発生させる。その氷に刀が受け止められる。ちくしょうめ。

 

『ぐぐぐっ』

『う……そぉ……』

『花火でも刃が通らない……!!?』

 

 彼女の氷が硬いのなんのって。部長たちも思わず驚いてる。

 

 俺は慌てて刀身を自分のところに戻し、タゲを取ってしまったのだろうか、どうやらスゴく怒っているように追いかけてくるのでひーこら逃げる。

 

『違うんです! キーボードが湿気てて足がナイフでオフアングルすぎるだけで!』

『GONさんの言い訳だ!?』

 

 部長もストリーマーそこそこ追ってるんだな。

 

『……本気出せば、このくらいやれますよ』

 

 古織を傷つけないくらいに力加減をするのが難しいだけで。

 

『“一刀流”』

 

 俺は納刀し、“千本桜”の方のみに手を当てる。完全に体勢を立て直した古織は、俺に向かって突進してくる。

 

『“火葬曲・居合ノ型”』

 

 鞘の中で、みるみるうちに“千本桜”はその温度を高め、その鞘ごと燃えていく。添えられた俺の手も、じわじわとヤケドをしていき、しだいには腕までも燃えていく。

 

 先程の薫さんとの立ち会いでボロボロになり、“叉紋”した服が、また燃える。

 

『グオオオオ────……』

『疾ッッッ』

 

 雄叫びをあげて襲いかかってくる怪物に、俺は身動ぎもせず、ただただその場に立ちとどまる。

 

 そして、間合いに入った。俺の身体の中心から半径50cm。今にも怪物が俺を踏みつぶそうとしたその時。

 

 ゲキバトル世界に、ひとつの閃光が走る。それはやがて炎となり、俺を包み、襲い来る右前足ごと覆う。

 

 俺は皆のところに振り返って、少し刀身の見える刀を再び鞘へと納刀する。そして、炎に包まれた足の部分はあっという間に水蒸気へと変わる。

 

『ほらな』

『ッ……!!』

『やはり彼がメタかッ』

 

 俺が体勢を崩した古織の陰で、赤いものが床に撒かれた。いや、敷かれたのか? 

 

 何かと思えば、それは赤いカーペットだった。

 

『まだ生きているのかい? 私のまーちゃんは……』

 

 その上を堂々と歩くは、うちの先輩しか眼中にない羽丘の王子。目は心做しか虚ろであり、その視線が向く先は、動かない麻琴先輩。

 

『瀬田……薫……』

『薫サマー!!』

『かおちゃん!!』

『カーペットはどこから……!?』

 

 薫さんは彼の片方だけになった手を取る。俺は薫さんと麻琴先輩、そのアダムの創造が如く再会に釘付けの皆を護衛する。

 

『車で来たんだ、ヤバ。無免許じゃん……ていうか、なんか……』

『顔色悪いんじゃあないかぁ〜?』

『フフフ、そんな事は……うっ』

 

 麗黄は薫さんをからかいつつも、背中をさする。

 

 彼女はうっすら青い顔のまま、『まーちゃん、ごめんね。遅くなった』と麻琴先輩に語りかける。

 

 そのまーちゃんって呼び方は何なんだ。大鶴義丹じゃあないんだから。ただ、彼女らしくもないその呼び方が、ふたりの関係性をそのまま表しているのは確かだった。

 

『今、キミのために皆が戦っている。先程もそうだったが……キミには皆が期待して、皆が頼っている』

『……薫』

 

 部長が腕の中から麻琴を降ろすと、それを薫さんが受け取る。

 

『私の卒業前、最後の舞台だ。キミがいなくちゃあ困るんだよ』

 

 薫さんもまた3年生。今回の春葬が終われば、高校演劇を引退する。

 

 演劇学科のある芸術学部を有する大学に行くとのことだったが、演劇自体を続けるにしても、高校演者人生はここで終わり。薫さんとしても、周りの人々としても、ここで死なれたら夢見が悪い。

 

『だから……どうか、起きておくれ……みんなのヒーロー……』

 

 ヒーロー、か。羨ましいな。俺もあのくらいの先輩になりたいもんだ。

 

 実際、麻琴先輩は、麗紅先輩と並ぶ虹ヶ咲の主戦力だ。部長が抜けたら、その先輩ふたりが部を引っ張っていくだろう。今の部長とバラダギ先輩のように。

 

『ッ……まーちゃん……』

 

 こんなに弱々しい薫さんは初めて見たぞ。麻琴先輩、一体彼女と何があったんだ。外伝作品の話なんか知ったこっちゃあないが、流石に心配だぞ。

 

 そろそろ起きてやりなよ、先輩。まだ再起不能(リタイア)状態になってないってことは、死んじゃいねェだろ。

 

『…………かおちゃん……?』

『!!』

 

 ほらな。俺が“二刀流・愛言葉Ⅱ”でもう片方の前足を切り落とした直後、その言葉が俺の耳にも届いた。

 

 名前を呼ばれた薫さんは、涙を流しながら麻琴先輩を抱きしめる。

 

『良かった。無事だったんだね』

『それは……身体が消えない時点で気づけ……』

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