芸術家ってイメージするならみんなはどんな人を想像するだろうか。
見た目はパレットを持った髭モジャのオッサンから、夜中に月を見上げて詩を呻く病弱な乙女だろうか。
中身はレオナルド・ダ・ヴィンチみたいに、天才すぎて人間じゃなくて宇宙からの留学生なんじゃないかと思うような奴か、はたまたゴッホみたいに耳を切り落とす情熱と狂気を兼ね備えた危険人物なのか。
どれでもいいし、どうでもいいか、この話。
結局所詮はその人の個性であって、芸術家に決まりはない。芸術に決まりがないように。
さっきの話は忘れてくれていいよ。
でも、目の前の女の子が見た目も中身も間違いなく芸術家だろう。決めつけてもいい。
言ってる事が数行前と違う?でも見てくれ、この
髪はまるで虹色、恐らく染めてるのではなくて絵の具で染まってるんだろう。それに話しかけたのにこちらを見向きもせずにスケッチしてる。まるで僕らはいないかのように。こんな見た目と中身が絵で出来てる人間は、笑ってしまうほど芸術家という人種なのだろう。
というか、あの絵を見て、ここにきて正解だな。この学校の校舎の中でもここは特に海が良く見える。
「シンシ先輩、なんで無視されて笑顔なんですか。」
別に、目の前の人間が芸術家の代名詞みたいで面白いだけ。あと無視はされてないよ。
「いや、話しかけても我関せずって感じですよ。嫌われてるんじゃないですか?」
クラスでもいつもこんな感じだ。嫌われてないと思うよ。
「そうね。」
「……本当に喋りましたよ。声小さくて、風に消えそうなくらいですけど。」
小声で耳打ちしなくてもわかるよそんなの。化野だって知ってるだろ、独野さんは無口なんだよ、極端に。だから返事に時間がかかるんだ。
「いやでも、さっきのは無視でしょう。」
一応クラスメイトとして独野さんの肩を持つとね、彼女はとても優しいんだ。孤高かもしれないが孤独ではない。部活だって真面目に通ってる、別に特選組なら部活に入らなくても絵ぐらい余裕で書けるのにだ。つまり、彼女は普通にいい人だ。そんなすぐ、人を無視したりしないよ。時間をかけて言葉を選んでるだけだ。
「いや、わかりませんよ。調べた事はありますけど、そんな友達情報知ってる人初めてですから。」
彼女と友達かは僕わからないけどね。独野さん的にはどう?てかごめんね、絵描いている途中に。
「いいよ。邪魔ではない。」
それはどうもありがとね。一応聞くけど僕の事わかる?クラスメイトなんだけど。わからなくてもいいけど、僕は解決屋でね。美術室の絵のこと聞きたいんだけどさ、まずあの絵は君が描いたの?
「はいといいえ。」
僕の事はわかってて、絵を描いたのは自分じゃないのか。
「うん。」
ありがとう。君にしては速すぎる返事な辺り、確信があるんだね。一応聞くけど、誰が描いたかわかる?
「わからない。」
だろうね、君の絵と言われて怒ったのは、盗作に対する怒りとかかな?
「…………あの絵見た?」
初めて彼女が筆を止めた。いつも無表情な彼女にしては表情筋が動いているし、初めてまっすぐ僕を見た。
答えておくとあの絵を見たかと言えば、それはすごく見た。写真に撮って何度もね。ああ、証拠だからだよ。僕は絵に惚れるタイプじゃない。
「ならわかるでしょ。私の絵じゃない。私はあんな変な書き方しない。色もあんな汚くない。真似してるのはわかるけど、あれじゃ猿真似じゃん。私の絵をあれと勘違いされるのは腹が立つ。私の絵は私1人の絵だよ。他の人のじゃない。だから怒った。」
――なるほどね。
「いや、先輩。よく『なるほどね。』だけで済ませますね。てか滅茶苦茶喋るじゃないですか。しかも早口で。」
言ったろ、彼女は優しいんから言葉を選んでるんだ。怒ると、言葉を選ばないなんて、子供も大人もみんな同じ人間の性質だ。
「そう……なんですかね?」
そうなんだよ。そう首をかしげるな、極端な人間てのはこんなものんだ。
ごめんね、独野さん。嫌な事聞いて。じゃあ、あの絵の元は無事なの?
「ない。なくなった。」
「先輩、盗難事件も追加ですよこれ。この事件めちゃくちゃ難しくなってるじゃないですか?」
偽物置いてるってことはそっちが目的で、壊された方はカモフラージュか。器物損壊から盗難、刑法で考えれば罪が少し重くなったかな。どっちも高校生がしそうなくらいの悪事ではあるけれど。
まぁ解決することには変わらないんだ、安心してくれ独野さん。
「いい。描いてる途中だし。絵はたまになくなる。気にしてたら次描くの遅れる。だからいい。描き直す。そのために来た。」
それは随分と殊勝な心掛けで、芸術家としては素晴らしいんだろうけど、いかがなものだろうか。
なら他の人が絵に触れることはある?
「ない。嫌だし。完成したらある。もういい?」
そう言う独野さんの腕は、まるで絵を描きたいと物申すように震えてる。
ならここらで一応最後に聞くけど、恨まれたりいじめとかはない?
「ない……でも、人の感情、よくわからないから。」
いやいや、よくわかってると思うよ。よくわからないものに優しくしようとして、それを実践している。
僕なんかより、よっぽど人間出来てるし、感情というものを理解してるように見えるよ。
「そう。ありがとう。」
こちらこそだ。僕たちはもう行くよ、邪魔して悪かったね。
「……ばいばい。」
ああ、ばいばい。
困ったな。わかってはいたんだけれど。疑問は増えるばかりだ。
なんでも知ってそうで、なんでも解決できる先輩が、決めつけはよくないとは言っていた。
確かに、部員達が口を揃えてあの絵は彼女の絵だと言っても、当の本人は初めから否定していたのだから、独野さんの絵と呼ぶのは決めつけだったのだろう。なんとなくだけど、先輩はこうなることをわかってた雰囲気があるんだよな。
頭を掻いて叫びたい気分だ。学校の階段ってのはやけに声が響くからスッキリするだろうな。
「先輩、難しい顔してますけどここからどうするんですか?」
目の前の、化野という情報屋はこっちに視線を向けながら聞いてくる。
どうもこうも、振り出しに戻ったならまたやり直しさ。だから次のところへ向かってる。というか、よくこっち向いて話せるな。階段だぞここ。
「記者は見逃すなんて事絶対しない職業ですからね。どんなところでも、360度対応してるもんなんですよ世の中。」
そんな世の中聞いたこともないけどな。
「で、どうするんですか?そもそも謎を解決するどころか謎が変わってますし。破損から盗難に。というかこれ普通に警察案件な気がしますよ。だって、独野さんの絵って一枚いくらか知ってます?とりあえず、向こう10年は部費を気にせずじゃぶじゃぶ使えるくらいの額ですよ。壊れたとしてもいくらの値がつくか。」
知ってるさ。でも見ただろ、あの感じ。そもそもどうでもいい、自分の作品を勘違いされるのは嫌で怒るが、盗まれたら取り返すより次描く方がいい。あれじゃ警察は来てくれない、知ってるだろこの学園都市法で決まったルール。
「学園都市内で法的解決が必要な場合、被害者本人の希望もしくは、自治会・生徒会・職員等それに並ぶ責任者による判断があった場合は外部組織の関与を認める。ですかね。」
素晴らしい、流石情報屋だ。
いやしかし、こう改めて聞いてしみじみと感じるけど、やっぱこの学校というか島のシステムはイカれてる。いくら独立してるからって、許可がなけりゃ国営組織すら手を出せないなんて、正気とは言えないだろ。なによりそんなものを放置というか認めて、無視しているこの国もさ。治外法権の歴史を知らないのかね。僕が教えようかな、文科省指定の教科書で。まぁ、嫌味を考えても仕方ないんだけどさ。
つまりは、彼女が気にしないなら警察はお呼びできない。だから解決するなら自分達でだ。
「でもぶっちゃけ、風紀委員の科学班とかに期待すべきじゃないですか?まだ進展は全然ないみたいですけど、あそこのメンバーならもう少し証拠は出てくるでしょうし。」
それもそうだけど、それには時間がかかるだろう?そしたら、美術室はしばらく閉鎖じゃないか。
「いや、でも解決するなら仕方なしじゃないですか?」
今回の解決は江ノ来間さんの悩み、江ノ来間さんの今の悩みは美術部の再開だよ。できるだけ早くね。事件の解決はそのための手段であって目的じゃないんだよ。極論、風紀委員を黙らせて美術部の活動が再開できればそれでもいい。
「なるほど……。」
とりあえず、受けた依頼は達成する。風紀委員をおちおち待ってられない理由はそれかな。それに、風紀委員に負けた感じがしてムカつくだろう?
「それはシンシ先輩の事情でしょう。私には関係ないですし。」
なら、カミサマが風紀委員に後れを取っていいのか?解決屋の屋号はほとんどカミサマの専用だぜ。解決屋の負けはカミサマの負けだ。
「何してるんですか先輩!走りますよ!風紀委員に後れを取るなんて、神や仏が許そうが、私が許しませんよ!これは私達の今後が左右されるんです!」
お前、単純すぎないか。まぁ働くなら何でもいいけど。それじゃあ、追加の仕事だ情報屋。
「なんですか、悪いこと考えてますか?」
なに、我ながら人使いが荒いなってな。まぁ情報を持ってきてほしいだけだ。先輩も困ったら戻ってくるよう言ってたし、とりあえず部室集合で頼む。
「いいですけど、なんの情報ですか?」
そら情報だよ、事件に直接的な。時間的にもそろそろだろう?
部室に舞い戻った瞬間、視界に飛び込んできたのはソファーに身を横たえる先輩の姿だった。眼鏡を外した表情は、僕たちが大慌てで学校を駆け回ってるのとは逆で、まるで非日常が彼女には無縁なようにも見える。まぁ、そもそも先輩にとって部室とは仮眠室のようなものだ。眠りに落ちるのが日常茶飯事――習慣というか習性と言ったところだ。
にしてもこの人、本当にカミサマと呼ばれているが、その理由はこの見た目もあるんだろうな。先輩の長髪はまるで淀みなく流れる川面のごとく広がって、水辺で体が浮き上がっているようにも見える。
神々しい、ついつい手を伸ばしそうになるほど。
しかし、僕の手を止めたのは自分の理性でも誰か人でもなくアラームだった。先輩のスマホからアラームが鳴った。響いた。そして僕が止まった。
「んっ…………ああ、後輩君
まるで僕が戻る時間を正確に知っていたような口ぶり。何でも知っているかのようなこの先輩に未だに驚く自分もいるが、そんなことは知ったところではないと言わんばかりに話を続けてくる。先輩とはもう一年の仲だが、慣れないものである。
「とりあえどうなったのかな?意外な事実が出てきて、推理は振り出しに戻るって感じになったかな。それとも案外解決しちゃった?」
そうはいかないのが、先輩と僕の違いなんですかね。
まぁ言ってしまえば、あの絵は偽物で、本物は盗まれてました。独野さん本人から聞けました。おかげで矛盾点が増えまくりですよ。
「なるほどね。一応聞くけど化野ちゃんから新情報とかはないの?」
ないですね。
「まぁそっちは気長にかな。この学校監視カメラは結構あるし、何かは出てくるだろう。いやしかし、私のアドバイス通りになったね後輩君。」
先輩は知っていたんですか?
「別に知らないよ。ただそういう可能性もあるとはわかっていただけさ。なんならその可能性の方が高いのかなと思ったりもしたけどね。」
正直教えてほしかったですよそれ。
「そうしてあげたいのも山々なんだけどね、これは君に必要な事だから。君は私に憧れているだろう。私の背中に憧れ、手を伸ばし、追いつき、追い抜きたいんだろう。ならそうは簡単に教えられない。そのために始めた解決屋だ。君が成長するためのね。私は後輩君のためなら鬼や悪魔だってなるよ。なんせ後輩を導くのが先輩だからね。頑張りなよ、私の
ありがとうございます。弱音吐いててすいません。
「いいさ、段々と成長する子はかっこいいよ。さて、じゃあ私もそろそろちゃんと働かないとね。一応、後輩君に追い抜かれる予定はないからね。」
その日は突然やってきますよ。当然です。僕が頑張りますから。
「楽しみだ。何年かかってでもいいからね。私の想像を超えてくれ。」
ええ、いつか必ず。
「では後輩君。依頼はきっちとこなさなければだしね。新たな情報も聞けたし、ここからは少し手伝いだ、先輩の素晴らしい背中を見せてあげよう。」
先輩の背中、9割髪しか見えないですけどね。
「後輩君、こんな綺麗な滝のような私の髪に見惚れくれてもいいんだよ。滝が流れ落ちていくように、私に堕ちてくれてもね。」
もう十分先輩の魅力は伝わってますよ。それより先輩のお話しを聞かせてください。
「なんだ折角乗ってあげたのに。まぁいいや、絵が偽物についてなところからだね。いやなに簡単だ、絵の具だよ。」
絵の具ですか?
「ほら君触れただろう。私の髪についた絵の具。」
ああ、たしかに触った…………ああ、少しはわかりましたよ。自然すぎて気付きませんでした。
「今気付くなら偉いよ後輩君。そうだ、たしかに美術室で絵の具が付くことなんて何も不思議じゃない。美術室なら当たり前だ。だけど、絵の具が垂れていた、つまり乾いていない絵の具が付いたんだ。でも今日は部活を中止、つまり絵の具を使う訳ない。そして最低でも昨日の部活から半日立っていてそれ以降出入りもない。絵の具にもよるだろうけど、垂れるほど乾いていないには無理のある時間だ。」
つまりは、部活前の時間に誰かが絵の具を使ったと。
「ああ、恐らく朝。速くとも始業時間前かな。そしてあの絵に使っただろう。他の部員が仮に自分の絵に使ってたなら、隠す必要はないし、それに朝自主的に活動したなら鍵の管理記録でわかるはずだ。借りた人は学生証だから、それなら江ノ来間ちゃんが把握してるはずだ。」
消去法で偽物を描くような後ろめたいやつくらいしか候補がいないと。確かに理にはかなってますが、そもそも美術室で偽物を描く必要あります?
「いい指摘だね。単純に、制作途中だから本物を見ながらじゃないと再現できないという風にも考えられる。」
でも、それならあそこまで正確に描く必要はない。
「ああそうだ。誤魔化しのために壊すなら、真ん中を1回切るだけよりぐちゃぐちゃにしてしまう方がいいに決まってる。多少それっぽさがあれば、あとはなくなった絵から状況判断で独野さんの絵が壊されたとなる。時間稼ぎならむしろこちらの方がいい。それに前もって準備をしていたのは確実なんだから、もっと大きめに損傷させればわざわざ、書き足す必要はないだろう。本来誰もいないはずの美術室に長居は避けたいはずだ。それこそ偶然部員が来るかもしれないんだ、リスクが増えるだろう。まぁ十分撹乱はされたから杞憂かもしれないけど、犯人は変な感じだよね。というかちぐはぐな犯人だよね。」
たしかに、今の話の通りならおかしいところは多い。犯人の動機が絵の価値だとして、制作途中の絵を盗むのは合理性がある。なにせ彼女の絵は完成すれば巨万の富に変わる。しかし、それは同時に管理も厳しくなる。価値と扱いは比例する。なら盗むなら比較的価値の低い、つまりまだ管理が緩い制作途中の絵を盗みやすい。独野さんの絵なら制作途中の絵でも十分な価値があるだろう。合理的だ。しかしその合理性があるのに、偽物の用意の遠回りとか、リスク背負う必要はない非合理的な部分が目立つのだ。
「犯人象がよくわからない。まぁ人の絵を盗む時点で私にはよくわからない人間だけど、ここは前提の犯人の動機が絵の価値ってところが間違えてると考えるのが自然かな。」
なら犯人動機は別にある。でも最初の恨みやら嫉妬による嫌がらせにしては、犯行内容がよくわからないですよね。
「ああ、よくわからないんだ。多少は予想することもできるけど、これ以上は流石に妄想かな。それにまだ不思議も残ってるよね。」
指紋のことですか。
「よくわかったね、褒めてあげよう。指紋、風紀委員の子達は指紋を調べて本人以外だと3人出た。つまり4つ、作者の指紋があるのは当たり前だ。だけど、偽物なら作者は別人のはずでしょ?」
偽物なら独野の指紋が出るのはおかしい。だって本人が書いていないんだから。
ではあれは本物だったのか?しかしそれは本人から明確に否定されているはずだ。
「そこは、ついた人達に聞いてみようじゃないか。それに盗んだならまだ不思議なところもあるけど、それは宿題としようか。」
先輩は眼鏡をかけながら、少し不敵に笑う。
まさかな、と一瞬思ったけれど扉の向こうから数人の足音が聞こえてくる。
本当にこの人はなぜ人が訪れる時間をピンポイントで把握しているのだろうか。寝転がっている先輩は眼鏡をかけてどや顔をこちらに向けてくる。正直こう言うところは憧れよりも畏怖とかの方が大きいかもしれない。
そうして近づいてくる足音、止まったと思うと同時に扉が開く。化野香が息を切らしながら入ってきた。
「連れてきましたよ先輩!まさか、情報屋に人を連れてこさせますか普通!私情報屋ですよ!人攫いじゃないですからね!」
いや職業は間違えてない。情報屋なんだから、情報源を探して手に入れるのも仕事の内だろう。
とは言葉には出さないけれど、やってきた後ろには三人の情報源、いやさっきまで聴取されていた、容疑者候補のあの三人が不機嫌そうにいた。
「さあ、後輩君。ここから一気にスパートをかけるよ。なにせ目的は早期解決だからね。20ページ後くらいには犯人を指差すシーンにしたいね。犯人はお前だ、てね。」
岡崎望、篠原勝也、木原桜の三人が立っていて、揃いも揃って不機嫌そうな顔をしている。風紀委員の聴取を終えたばかりだろうに、いきなり連れてこられたことに戸惑いと苛立ちが混じっているのが見て取れる。そんな彼らの様子をよそに、先輩はソファーから体を起こし、眼鏡をかけ直しながらニヤリと笑う。
「化野ちゃん。よく連れてきてくれたね。いい仕事だ、今度からは人攫いも頼むよ。」
「いや、カミサマ先輩! 私は情報屋であって、人攫いじゃないって言ってるじゃないですか! 風紀委員の所まで行って、『ちょっと借りるだけだから!』って無理やり引っ張ってくるの、めっちゃ気まずかったですよ!」
いくら聴取が終わってるからってよくそれでよく連れて行くことができたな。頼んだのは自分だから言うのも変な話だが、風紀委員のとこから出てきたら連れて来てくれたらぐらいのつもりだったんだが。
「先輩が言ったんでしょ!風紀委員に負けたくないと、だから頑張ったんですよ!だからその少し引いた目と態度やめてもらえます!?」
ああ、悪かった。ありがとうな、またお礼するよ。
「絶対ですからね!」
絶対だよ。それより今は一旦、皆さんのお話を聞かせてもらおうか。
「そうだね後輩君。ではよろしいかな、お三方。私は文芸部部長兼解決屋の水萌綾。噂くらいは知ってるだろうけどね。まぁ今回の事件について聞きたいんだ。解決のためにね、最速で行かせてもらおう。」
「話も何も、俺達は何も知らない。風紀委員にもそう言った。てか解決屋の事もカミサマの事も知っているけど、あんたらが聞いてもどうにもならんだろ。風紀委員がちゃんと調べればわかる。わからなくても独野ならいちいち被害を訴えもしないだろ。」
篠原勝也、美術部にしては随分と大柄な男から口を開いた。しかし、随分とイライラしているな。ありもしない疑いをかけられば誰だってそうか。
というか、急に連れてきてこんなに話してくれるだけ親切だ。カミサマの信用度もその理由ではあるんだろうけど。
「でも、指紋は出たんだろう。ここの三人は。無関係とは言いづらいんじゃないだろうか?」
「カミサマさんよ、美術室のものなんだから触れることくらいあるだろう。あの絵に触った覚えはない。」
まぁその通りではあるか。美術室にあって不自然なものならともかく、絵なんて誰が触って持ってても不思議じゃない。そもそも、三人呼ばれて風紀委員から出てきてる時点でベタベタと同じ指紋が出てきたわけでもないだろう。もしそうだったら最重要容疑者としてもう少し絞られるだろう。
「私も、特に覚えはありません。」
「えっと…………私も。」
岡崎望、木原桜の二人もまた続くようにそう答える。
「先に言うと、君たちを疑ってるわけじゃないよ。疑ってるのは風紀委員の方で、私たちはただ解決したいだけさ。美術室を早く使えるようにね。江ノ来間ちゃんの頼みでもあるし、後輩君の頑張りもあるしさ。指紋が出たから犯人じゃないというのはよくわかる。どんなに疑わしくとも証拠が十分でなければ不起訴処分というのは当たり前だからね。ではさ、情報源、いや証拠品の諸君に聞きたいことがあるんだけどね。」
先輩、名前を知ってるでしょう。失礼ですよ。
「ああ、ごめんなさいね。篠原さん、岡崎さん、木原さん。なぜ君たちなんだ?数十いる美術部員でなぜ君たちの指紋だけなんだ?」
「…………どういうことだよ?」
先輩、篠原くんが困ってますよ。もう少し順序だてして話すべきですよ。
指紋がついてしまうことがあるだろう。しかし絵は誰でも触るものじゃない。なら触れた人の中で傾向や共通点はあるかもしれない。
数十人いればこの3人以外の人の指紋がついてる可能性の方が高いだろう。その中でのこの3人になった理由だ。正確に言えば独野さんもだけど。
「どんな共通点だよ。」
三人とも独野さんには色々と感じているところがあったという意味では共通点がある。特に二人は色々と思うところがあったそうだ。そもそも独野さん、製作中は絵を人に触れさせないようだし、偶然として扱うには雑な話だからね。
「後輩君の言う通り、偶然だけで片付けたくないね。」
「ああ、もういいよ。」
ため息をつきながら、先ほどとは変わり篠原くんは随分と物分かりが良い言い方だ。というか諦めているといったところだろうか。
まぁ、怒りは長く続くものでないって言うし、顔を見ると疲れていそうだしな。なんだか申し訳なくなってきたな。
「とりあえず、あの指紋が付く理由だね。改めてだけど触る機会っていつなんだい?」
「普通にだよ。保管室に運ぶときとか広いところじゃないから後から来た奴の持ったりとかもするし、あとは新しいキャンバス自体運ぶ時とかな。新しくキャンバス部費で買った時とか、管理室のとこの倉庫室に取りに行くし、その時とかいろんなやつが触るだろ。」
確かにいくら人に触れさせないからと言っても、自分の絵になる前の白紙の状態で触っていた可能性はある。
「ならあの二人と一緒に運んだのかい?」
「大きい画材とかなら運びはしただろうな。他の人とも運ぶことはあるし絶対ではないぞ。まぁでも、岡崎とは他より話すし、一緒に運ぶことは多いだろうな。木原もそうだけど美大志望組はわりと固まってるからな。部長もこっちにいるから頼まれて他の部員よりはそういう場面は多いから他のやつらよりは指紋もつくんじゃないか。」
落ち着いてみれば出てくるもだ。美大志望組、という共通点か。確かにそれならこの3人の指紋がついてる理由にはなる。
「他の二人はどうだい?」
「確かに篠原とは運んだことあるはずよ。いつかまでは流石に覚えてないけど。」
「私も…………あるかもです。」
これで指紋がついてる理由は説明できた。完璧な説明でもないし、穴だらけの論理だけれど、一旦はそれでいい。そしてもう1つ聞いてないこともある。
「じゃあ、篠原さん。それに岡崎さんもだけど、正直独野さんのことは嫌いかな?」
先輩は抜け目なくそれを問う。2人の顔は対照的だ。篠原くんは、先輩の顔をしっかりと見つめているけど、岡崎さんは下を向いている。別にやましいところがなくても聞かれて困るだろうから何も不思議な事じゃない。特にあんな事件が起きた後だし。
「俺は嫌いだよ。絵は尊敬してるけどな。人間性の部分は正直あんまりだ。デッサンの批評も出すだけで勉強するって感じじゃないしな。好きではないだろう。」
「私もです。絵はすごいですけど、人に興味ないっていうか。態度がね。」
なるほど、情報通り両方嫌いなわけだ。しかし、この絵のことは尊敬してるって感じや態度は、嫌がらせの犯人としても盗みの犯人としても少し犯人象とは遠いようにも思える。
「なら逆に木原さんは?」
「私は独野さんのこと尊敬してます。絵もよく参考にさせてもらってますし。」
そういえば、彼女は信者とも言うべきレベルであったな。彼女もまた犯人像とは遠いところだ。
「なら、聞きたいだけど君たちより、独野さんにご執心な子達はいるのかな?」
「それはどういう?」
「いや、君たちが独野という芸術家を意識していることはよくわかる。なら逆に君たちより彼女を意識している人間はいるのかなって。」
「わからないですけど、私達よりはいないんじゃないですかね。憧れてるならいくらでもいるでしょうけど、意識してるのは私達くらいな気はします。順位で勝とうとしてるのは私と篠原くらいしかいないですし。真似しようとするのだって木原さんくらいしか見たことない。」
天才を意識している。確か江ノ来間さんが、天才と戦おうとすると疲れるのも仕方ない、とか言っていたな。この人たちは美術部の中でも技術だけでなく人としての出来もいい人達なのだろう。正直容疑者とは考えにくい。というより犯人ではないだろう、ここまで嘘をついてる様子もない。
「じゃあ、あの絵のことどう思う?」
「細かいことは置いておいて、いつも通りすげーよ。前のやつ見せてもらった時も同じ感想だけどな。」
「篠原に同じく。相変わらずという感じ。」
「私も……すごいなと。というかどの作品も色使いが独創的なんですよ。独野さんの絵は私には絶対に思いつかないような世界が広がってるんです。どの作品も、独野さんにしか描けない魂みたいなものが感じられて、毎回感動します線の一本一本にまで意味があるみたいで、見てるだけで引き込まれちゃうんですよ。私、彼女の絵を見てから、自分の描き方がちっぽけに思えてきてしまって。独野さんの絵には自由があるんですよね、ルールに縛られない強さがあって、憧れます。キャンバスの中で生きてるみたいで、ただの絵じゃなくて命そのものって感じがします。なんならあのお身体も……あぁ一度近くで見たとき、筆の動きが頭から離れなくて、夢でも追いかけてました。なんだかんだ私に絵の事アドバイスしてくれるし、独野さんの才能って、美術部の誰とも比べられない特別な輝きがあるんです。例え絵が誰かに切りつけられようとその輝きは失われないんです。」
この子さっきまで物静かって感じなのに急に喋り出しただな。そういうところまで独野さんのことリスペクトしなくてもいいだろうに。
しかし流石信者、他2人は僕らに合わせて簡単に言ってくれたが彼女は一から十まで全て言ってきた。一息で、なんなら一瞬変な性癖開示してたよなこいつ。
でもこれでより確実になった。
「そうだね木原さん、実はあれ偽物だからその感覚が正しいのかはさっぱりだけど、憧れを持つのは素晴らしい事だと思うよ。いやあれは本人が認めてる、偽物だけどね。本物は盗まれたようだ。」
おい2度言ったぞこの人。どうするんだこの空気。
見てみろよ木原さんの顔。みんな先輩の事見てるから気づいてないだろうけど、驚きすぎて海から引き揚げたばがりの魚みたいに目が飛び出てるよ。えっ、こわ。本当に飛び出ててないか?
「どういうことだよ?」
「いや、まぁいいや。君達が偽物って知らなかったのは事実だろうから、3人が犯人としての線はだいぶ薄くなったね。おめでとう。」
先輩は無視して話を進める。そして、口に出していなかった情報。あの絵が偽物なこと。
別に指紋の件だって、あの程度の話で簡単に済む話じゃない。可能性の話であって、必ずそうやって指紋がついたわけでもないだろう。これだけで犯人じゃないとするには少し厳しいかもしれない。でも、目の前でこうして話して確率でいえば下がったようにも思える。特に木原さん辺りはね。
「君達が犯人じゃないないなら誰だろうか。あの絵が偽物で、あれを描ける学内の人間なら間違いなく美術部だろう。例えば木原さんなら描けるのかな?確か画風もかなり独野さんをリスペクトしているんだろう?」
呼びかけられ声に木原さんはやっと口を閉じて首を横に振る。
「あんなの無理よ。言ってるでしょ、レベルが違うの。あのレベルが描けるのはそれこそ本人か、それか部長くらいのものよ。美術部が見ればすぐわかるような偽物くらいしか無理。どんなに上手くやっても違和感を覚えられるくらいの偽物しか描けないと思う。あの絵を見たなら、あなた達もそれくらいわかるでしょ?」
岡崎は失笑というべきか、呆れたような表情で言葉をかけてくる。彼女からすれば、そのくらい常識の話ではあるのだろう。
こっちの方で言えば、カミサマに頭脳で似たようなことできるかって話だしな。それは無理だ、間違いない。
「なるほどわかったよ。芸術には疎くてね。つまり偽物を描けるの江ノ来間ちゃんくらいだと。本人が書いてしまうと本物だしね。」
と、それもまた常識だろうと言わんばかりに先輩が口に出す。
確かにそれは突飛な考え方と言えない状況になっているだろう。この三人が違うとなると容疑者候補の条件は大きく変わる。
指紋よりもシンプルな要素、偽物をかける唯一の人間。江ノ来間さんが犯人か、共犯者かはわからないが関わっているというのは確かであるだろう。
「それこそありえないだろう。なんで部長がわざわざ独野の偽物を描いて、しかも壊すし、盗む。動機がないだろう。というかそもそも、仮に描いたのが部長だとして、俺たちと独野しか指紋が出てないのはおかしいだろう。」
篠原くんの言っていることはよくわかる。というか彼は以外に頭が回るな。そうだ、指紋が無いのはおかしいだろう。しかし、じゃあここにいる人が犯人か、それとも実は独野が犯人でしたという大どんでん返しがくるだろうか。それもあるかもしれない。けどすでに状況は二転三転してしまった。推理でこんなことを言うのもなんだけど、物的証拠がなくてwも、状況証拠はあるんだから疑わないというわけにはいかない。
「うんうん、篠原さん。私もそう思うよ。ということで聞いてみたいんだ。本人にさ。なので呼んでくれない?私クラスメイトの連絡先全員知らないんだよね。」
「え?」
よければ感想、お気に入り等よろしくお願いいたします。
次話で完結です。結構さっぱり終わらせます。探偵じゃなくて解決屋なので、そんなものです。明日出すと思います。