存在と虚無の彼方に響く歌   作:のうち

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第1話 “彼女”の名を知らずに

 私は、誰だ?

 

 天井を見上げたまま、私はそんな問いを浮かべていた。

 知らない天井。見覚えのない部屋。真新しい制服がクローゼットにかかっている。

 

 目覚めた時、私は名前を忘れていた。

 ……いや、違う。この世界の“私の名前”が思い出せなかった。

 

 鏡の中にいるのは、見知らぬ少女。

 けれどその中に、自分ではない“誰かの顔”がぼんやりと重なる感覚があった。

 

 ――前世の記憶。

 唐突に蘇ったそれは、無理やり押し込まれたように違和感だらけで、それでも「これが私だった」と理解できてしまった。

 

 生まれ、育ち、そして……死んだ。

 通学路で事故に遭い、意識を失い、暗闇に沈む寸前で何かを呟く声が聞こえた気がする。

 

 だけど、それ以上はなかった。

 神様の声も、転生特典も、そういったお決まりのやり取りは存在しなかった。

 

 私はただ、“気づいたら”ここにいた。

 板羽弓美という少女の身体に。

 

 

 生活は既に始まっていた。

 学校もある。身分証もある。周囲も私を「弓美」として扱う。

 けれど、板羽弓美の記憶だけが私の中には存在しなかった。

 

 前世の記憶はある。だが、今世の情報は空白。

 だから、私は彼女のふりをするしかなかった。

 

 「おはよう」と声をかけられれば笑い返す。

 給食の好き嫌いも、彼女の癖をなぞるように選んだ。

 すべてが借り物のようで、虚ろだった。

 

 そして、気づいてしまった。

 この世界が、自分の知る「現代日本」とはどこか違うということに。

 

 異常なまでの厳戒態勢。都市部の一部でのみ流れる特殊警報。

 “特異災害”という言葉。

 ……そして、ときおり耳にする「ノイズ」の存在。

 

 意味がわからない。だけど、胸の奥がざわついた。

 なぜか、私の中にあるものが――それに反応するのだ。

 

 

 最初の異変が起きたのは、それから一ヶ月後の放課後だった。

 人気のない裏通りを歩いていた私の目の前に、それは現れた。

 

 空気が歪む。音が消える。銀の霧。

 そして、ありえない姿の怪物――ノイズが、そこにいた。

 

 恐怖で脚がすくむ。声も出ない。

 私は……死ぬのか?

 

 そう思った、その瞬間。

 

 「展開――マークザイン」

 

 私の口が、勝手に言葉を発していた。

 

 身体が光に包まれる。

 見たこともない装甲が、腕を、脚を、背中を、包んでいく。

 それはまるで、**私を守るように現れた“鎧”**だった。

 

 ――私が願ったわけじゃない。

 それでも、力は宿っていた。

 

 目の前のノイズに向かって、私は拳を振るった。

 鋭い衝撃と共に、ノイズは粒子となって霧散した。

 それは一瞬だった。

 

 

 けれど、戦いが終わった直後――私は異常に気づいた。

 

 手のひらが、僅かに透けている。

 皮膚の内側に、金属の網のようなものが浮かんでいる。

 

 「……なに、これ……?」

 

 震える指。息が浅くなる。

 それでも、どこかで理解していた。

 

 この力は、代償を伴う。

 

 その夜、私は久しぶりに“あの夢”を見た。

 

 真っ赤な光に包まれた少女が、こちらをじっと見つめていた。

 かすれた声が、ゆっくりと形を成す。

 

 『……あなたは……それを……使ってはいけない……』

 

 それは、警告だった。

この主人公にヒロインはいる?

  • 乙姫
  • いらない
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