存在と虚無の彼方に響く歌   作:のうち

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第8話 光の中で、彼女は歌った

最近、夢が変わった。

 

 真っ赤な霧の中、私と乙姫は言葉を交わす。

 でも、その中身はもう“会話”とは言えない。

 

 彼女の声が、歪む。

 言葉にならない“感情”の塊が、胸を焼く。

 

 “ここ”にいられる時間が、短くなっている。

 乙姫はもう、弓美という器に負荷を与えすぎているのだ。

 

 同化の進行が限界に近づいていた。

 

 

 現実でも、身体の異変は明らかだった。

 

 鏡に映る自分の目が、時おり金属のように鈍く濁る。

 皮膚にうっすらと浮かぶ、幾何学模様のような銀のライン。

 感覚の鈍さと鋭敏さが交互に襲う。

 

 それでも、私は日常を演じていた。

 

 それがどれだけ不自然でも。

 それが、どれだけ偽りでも。

 

 私は、まだ“人間”でいたかった。

 

 

 ある日、商店街の福引きで、私はライブのチケットを当てた。

 特賞――ツヴァイウィングのライブ。天羽奏と風鳴翼、今をときめく二人組。

 

 どこか、皮肉だと思った。

 

 ほんの数日前、私はこの二人と肩を並べて戦った。

 誰も私の名前を知らず、誰も私を覚えていない。

 けれど、私の中では確かに“出会った”。

 

 迷った末に、私はライブに行くことにした。

 

 理由なんて、なかった。

 ただ、あの二人が歌う場所に、自分がいたかった。

 

 

 ライブ会場は熱気に満ちていた。

 

 眩しい照明。轟くベース音。

 ファンの歓声と、ツヴァイウィングの凛とした立ち姿。

 

 「……やっぱり、本物はすごいね」

 

 乙姫の声が、うっすらと響いた。

 

 『彼女たちは“命を削るようにして歌ってる”』

 

 ステージ上で、奏が目を細めて観客を見渡した。

 まるで、その視線が一瞬だけ、私に止まったような気がした。

 

 

 その瞬間――空気が変わった。

 

 会場に響く“異音”。耳をつんざく金属音。

 空間が歪み、銀の霧が立ち上る。

 

 ノイズ。

 

 客席が悲鳴に包まれた。人々が逃げ惑う中、私は静かに立ち上がった。

 

 背中が疼く。ザインのコアが熱を持ち始める。

 

 「行くよ、乙姫」

 

 『待って――』

 

 「……っ!」

 

 展開――その言葉を言いかけた瞬間、胸に強烈な痛みが走った。

 

 力が、暴走を始める。

 脳に焼き付くような光景が、波のように押し寄せる。

 

 自分が、自分でなくなる――

 

 

 その時、乙姫の声が叫んだ。

 

 『――ダメッ!』

 

 眩い光が身体を包む。

 私は初めて見る映像の中に落ちていった。

 

 重圧が、背から抜ける。

 展開された装甲は、以前のザインではなかった。

 

 禍々しい銀白の装甲は消え、代わりに淡い蒼の装甲。

 より簡素に、洗練されたフォルム。

 

 マークエルフ。

 

 私は、唖然とした。

 

 「なんで、これ……」

 

 『ザインは、もう……あなたを壊す。

 ……だから、私が……制限したの』

 

 乙姫の声が、遠ざかっていく。

 まるで、夢の中の存在が現実から離れていくように。

 

 

 ステージでは、奏がノイズに囲まれていた。

 

 私は、ただの“観客”としてその光景を見ていた。

 

 「……違う。私は――戦う」

 

 制限された身体で、私は駆け出す。

 エルフの軽さが身体に馴染む。動きは遅い。力も弱い。

 

 だけど、それでも。

 

 「離れて!」

 

 私は蹴り込み、ノイズの核を断ち切った。

 

 奏がこちらを見た。

 目を見開いて、そして笑った。

 

 「アンタ……やっぱり、あの時の……」

 

 その瞬間、彼女は何かを悟ったようだった。

 

 

 次の一撃が届く前に、奏は覚悟を決めたように槍を上へ向ける。

 「待て、奏ッ! その出力は――!」

 

 私は、息を呑んだ。

 

 奏の身体が光に包まれる。

 すべてを照らす、命の輝き。

 

 彼女は、歌うために生まれてきたんだ。

 

 そう思った。

 

 彼女の声が響いた。

 命を削る絶唱が、ノイズの群れを吹き飛ばす。

 

 人々を、守るために。

 この世界に、たしかに生きた証を刻むように。

 

 

 戦いが終わった後、私は残骸の中に立っていた。

 

 そこに、奏の姿はなかった。

 

 ただ、風が吹いていた。

 

 「……消えた、んだね」

 

 『……ええ』

 

 乙姫の声が、静かに答えた。

 

 『彼女の歌は、消滅でも、破壊でもない。

 自分を“渡す”ためのもの』

 

 私は、空を見上げた。

 どこかで、彼女の声がまだ響いている気がした。

 

 

 そして――その日を境に、乙姫は姿を見せなくなった。

 

 夢の中にも現れず、クロッシングも、声も、途絶えた。

 

 「乙姫……?」

 

 呼びかけても、返事はなかった。

 

 彼女は、私の“存在”を守るために、ザインの深奥に眠ったのだろう。

 

 そして私は、誰にも気づかれないまま、

 また一人、“知られざる戦士”として世界に取り残された。

この主人公にヒロインはいる?

  • 乙姫
  • いらない
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