最近、夢が変わった。
真っ赤な霧の中、私と乙姫は言葉を交わす。
でも、その中身はもう“会話”とは言えない。
彼女の声が、歪む。
言葉にならない“感情”の塊が、胸を焼く。
“ここ”にいられる時間が、短くなっている。
乙姫はもう、弓美という器に負荷を与えすぎているのだ。
同化の進行が限界に近づいていた。
⸻
現実でも、身体の異変は明らかだった。
鏡に映る自分の目が、時おり金属のように鈍く濁る。
皮膚にうっすらと浮かぶ、幾何学模様のような銀のライン。
感覚の鈍さと鋭敏さが交互に襲う。
それでも、私は日常を演じていた。
それがどれだけ不自然でも。
それが、どれだけ偽りでも。
私は、まだ“人間”でいたかった。
⸻
ある日、商店街の福引きで、私はライブのチケットを当てた。
特賞――ツヴァイウィングのライブ。天羽奏と風鳴翼、今をときめく二人組。
どこか、皮肉だと思った。
ほんの数日前、私はこの二人と肩を並べて戦った。
誰も私の名前を知らず、誰も私を覚えていない。
けれど、私の中では確かに“出会った”。
迷った末に、私はライブに行くことにした。
理由なんて、なかった。
ただ、あの二人が歌う場所に、自分がいたかった。
⸻
ライブ会場は熱気に満ちていた。
眩しい照明。轟くベース音。
ファンの歓声と、ツヴァイウィングの凛とした立ち姿。
「……やっぱり、本物はすごいね」
乙姫の声が、うっすらと響いた。
『彼女たちは“命を削るようにして歌ってる”』
ステージ上で、奏が目を細めて観客を見渡した。
まるで、その視線が一瞬だけ、私に止まったような気がした。
⸻
その瞬間――空気が変わった。
会場に響く“異音”。耳をつんざく金属音。
空間が歪み、銀の霧が立ち上る。
ノイズ。
客席が悲鳴に包まれた。人々が逃げ惑う中、私は静かに立ち上がった。
背中が疼く。ザインのコアが熱を持ち始める。
「行くよ、乙姫」
『待って――』
「……っ!」
展開――その言葉を言いかけた瞬間、胸に強烈な痛みが走った。
力が、暴走を始める。
脳に焼き付くような光景が、波のように押し寄せる。
自分が、自分でなくなる――
⸻
その時、乙姫の声が叫んだ。
『――ダメッ!』
眩い光が身体を包む。
私は初めて見る映像の中に落ちていった。
重圧が、背から抜ける。
展開された装甲は、以前のザインではなかった。
禍々しい銀白の装甲は消え、代わりに淡い蒼の装甲。
より簡素に、洗練されたフォルム。
マークエルフ。
私は、唖然とした。
「なんで、これ……」
『ザインは、もう……あなたを壊す。
……だから、私が……制限したの』
乙姫の声が、遠ざかっていく。
まるで、夢の中の存在が現実から離れていくように。
⸻
ステージでは、奏がノイズに囲まれていた。
私は、ただの“観客”としてその光景を見ていた。
「……違う。私は――戦う」
制限された身体で、私は駆け出す。
エルフの軽さが身体に馴染む。動きは遅い。力も弱い。
だけど、それでも。
「離れて!」
私は蹴り込み、ノイズの核を断ち切った。
奏がこちらを見た。
目を見開いて、そして笑った。
「アンタ……やっぱり、あの時の……」
その瞬間、彼女は何かを悟ったようだった。
⸻
次の一撃が届く前に、奏は覚悟を決めたように槍を上へ向ける。
「待て、奏ッ! その出力は――!」
私は、息を呑んだ。
奏の身体が光に包まれる。
すべてを照らす、命の輝き。
彼女は、歌うために生まれてきたんだ。
そう思った。
彼女の声が響いた。
命を削る絶唱が、ノイズの群れを吹き飛ばす。
人々を、守るために。
この世界に、たしかに生きた証を刻むように。
⸻
戦いが終わった後、私は残骸の中に立っていた。
そこに、奏の姿はなかった。
ただ、風が吹いていた。
「……消えた、んだね」
『……ええ』
乙姫の声が、静かに答えた。
『彼女の歌は、消滅でも、破壊でもない。
自分を“渡す”ためのもの』
私は、空を見上げた。
どこかで、彼女の声がまだ響いている気がした。
⸻
そして――その日を境に、乙姫は姿を見せなくなった。
夢の中にも現れず、クロッシングも、声も、途絶えた。
「乙姫……?」
呼びかけても、返事はなかった。
彼女は、私の“存在”を守るために、ザインの深奥に眠ったのだろう。
そして私は、誰にも気づかれないまま、
また一人、“知られざる戦士”として世界に取り残された。
この主人公にヒロインはいる?
-
乙姫
-
響
-
いらない