存在と虚無の彼方に響く歌   作:のうち

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第9話 静寂の空に、声は届かない

 “あの夜”から、二年が経った。

 

 ツヴァイウィングは死んだ。

 天羽奏の絶唱と共に、ノイズの群れも、光に溶けた。

 

 ――でも、何も終わっていなかった。

 

 

 立花響は、駅前の広場に立っていた。

 その手には、供花と線香。

 

 花束は、わずかに風に揺れていた。

 誰も話しかけない。誰も、近づこうとしない。

 

 かつてあれだけ愛された少女が、今や“忌み子”として噂されていた。

 

 「ノイズ災害の生き残り」

 「あの夜、一人だけ生き残った少女」

 

 それはもはや、同情ではなく恐怖と差別の対象だった。

 

 

 響の祖母は、ある日突然倒れた。

 明確な原因はなかった。ただ、街で“あの子の家族”と指をさされ続けた結果――

 

 身体よりも、心が折れてしまった。

 

 祖母は、響にだけ言った。

 

 「響。あんたは悪くない。だけど、世間は……そうは思ってくれないんだよ」

 

 最後に残されたその言葉が、

 響の心を、深く沈めていった。

 

 

 一方――弓美は、夕暮れの街を歩いていた。

 

 ザインの力は、乙姫の眠りと共に沈黙を続けている。

 マークエルフの制限された力でさえ、今は必要なかった。

 

 ノイズの出現は、ここ最近、嘘のように減っている。

 

 「……何も起こらない。何も守れない」

 

 ぽつりと呟いた言葉に、返ってくる声はなかった。

 

 弓美もまた、あのライブ事件の直後、

 人知れずその場から姿を消していた。

 

 “unknown”は、忘れ去られた。

 

 誰にも必要とされないまま。

 守りたかった世界に、居場所を失ったまま。

 

 

 そんな弓美が、通学路の途中で目にした光景。

 

 歩道橋の上、響がひとり、立ち尽くしていた。

 見下ろす視線の先にあるのは――祖母の葬儀後、火葬が行われて埋葬された墓。

 

 響の目には、涙も、光もなかった。

 

 ただ、空を見ていた。

 そこに誰もいないと知っていて、それでも“届いてほしい”と願うように。

 

 

 (私だけが、生き残ってしまった)

 (どうして、私だったんだろう)

 

 心の奥から、黒いものが湧き上がる。

 優しさも、祈りも、もうどこかへ消えていた。

 

 代わりに残ったのは――

 他者を拒み、自分さえ信じられない、

 空っぽの器。

 

 それでも叫びたいと思ってしまう自分が、心底気持ち悪かった。

 

 

 弓美は、それを感じ取っていた。

 

 響から溢れ出す“共鳴”のようなもの。

 言葉を交わさずとも伝わる、苦しみと怒り。

 

 それは、かつて自分が感じたものと同じ。

 存在を拒まれ、力を封じられ、それでも心に“叫び”が残ってしまった少女。

 

 ――立花響。

 

 彼女の中にある“何か”が、確かに“目覚めようとしている”。

 

 

 その夜。

 弓美はノイズの気配を感じた。

 

 久しく忘れていた感覚――だが、それは確かだった。

 

 街の片隅で、再び霧が立ち上る。

 

 「来る……か」

 

 弓美は、ポケットから展開機を取り出す。

 胸に手を当て、力を呼び起こす。

 

 ザインの声は、もう聞こえない。

 乙姫の囁きも、風のように遠い。

 

 それでも――

 

 「まだ、私には……“やるべきこと”がある」

 

この主人公にヒロインはいる?

  • 乙姫
  • いらない
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