死んでからが本番なコナン世界の転生者 作:たるたる
俺は転生に気づく前のこの世界の「俺」の記憶がなかったように、幼少期の記憶もないのだ。
そう、いつの間にかだった。
いつの間にか俺は
本当にそれ以前の記憶はない。
誰かに誘われて組織に入ったのか、それとも宮野姉妹のように親が所属していたからその引継ぎとしてなのか、それらの理由ですら俺自身も知らないのだ。
しかし、それでも俺は比較的組織に貢献していたと思っている。
何か大切な事情があるわけでもなく、そしてスパイとして潜入して組織に気に入られようとしてたわけでもなく、ただただ懸命に働いて成果を残していたのは俺ぐらいだろう。
おかげでコードネームまで貰えることができたのは昔の俺からしても目から鱗だった。
ちなみに何をしていたかというと主にプログラムや機械システム関連だ。
さらにちなみにだが、プログラム関連は原作では宮野志保が携わっていた薬品開発と同程度に重要視されていたらしい。
……もちろん、組織に所属していた頃の俺は原作での知識なんてなかったので、「何でこんなに高待遇なんだろう?」とずっと思っていたのは記憶に新しい。
俺が組織から命令されていたのはそういうデスクワーク関連だったので殺しなどの重大な犯罪には手を染めたことはない。
そのおかげで俺は組織に所属しているにも関わらず、ある程度マシな倫理観を持っていたと自負している。
よくコードネーム持ちから話されていた仕事内容にドン引きしていたのは秘密だ。
組織に所属していた頃の俺はまさに社畜そのものだった。
そんな俺の癒しこそが、宮野志保だったわけだ。
俺は組織の中ではかなり若かった。
原作時点で僅か十八歳だった宮野志保ほどの若さではなかったが、それでも組織の中で青二才呼ばわりされるのが日常だったレベルの若さではあったのだ。誠に遺憾である。
だからこそ、年齢が近い宮野志保と関わるのは必至であった。
初めて会った時の会話は特段思い出深いものではないはずなのだが、何故だか今でも覚えている。鮮明に、だ。
「あなたが……組織でも有数の技術者。コードネーム──アルヒ」
「……そんなあなたは、組織でもトップクラスの頭脳を持つとされる科学者──シェリーですか」
彼女の顔は不機嫌そうだった。
なんでだ? 褒めたのに。
「……聞いてた話とあまり変わらないようね」
「……その聞いてた話っていうのは?」
興味本位で聞いたのが間違いだった。
「間抜けそう……そして、組織っぽくないわ」
まさか悪口を言われるとは思わなかったので目を見開いてしまった。やはりと言うべきか……俺は組織内で舐められているみたいだった。
それに、組織っぽくないってなんだ?
別に俺は組織に対して忠誠心が高いというわけではない。それこそ、ジンみたいな狂信者と称すべき驚異的な忠誠心なんて持っていないのだ。
だから、別にそれを言われても嫌だというわけではないのだが……言う相手間違えたら殺されるぞ……
そんな感じで戸惑っている俺を見ると、シェリーは小さく笑ってこう言った。
「あなたとは仲良くなれそうね」
俺はどう返事をするべきか迷った挙句、結局何も言葉を発することができなかった。
何でもないような会話だったが、転生に気づく前はよく思い出していた会話だ。
そこからだった。俺が宮野志保と頻繁に関わるようになったのは。
直接話す以外にも電話で連絡をし合うこともあった。……大半が仕事の話ではあるが。
宮野志保と話す以前に俺は組織内……だけでなく組織外にも友達なんていなかったから、かなり新鮮な思いをさせてもらった。
馬車馬のように働いていた俺にとって、宮野志保と関わるのは絶好の餌そのものだったのだ。
次第に俺たちは仕事仲間というより、友達という関係になっていった。
シェリーというコードネーム呼びから、宮野志保という名前も教えてもらった。
そして、お姉さんがいるということも知らされたのだ。
対して、俺はそのような話は一切できない。
何せ幼少期の記憶がないもので、家族がわからなければ俺自身の名前も知らないのだ。
一応、自身のことは「怜」と呼ぶことはあるが、別に親から決められた名前でもないし、苗字なんてものもない。
その旨を彼女に話したところ、彼女にしては珍しく驚きを隠せないと言った感じの雰囲気を醸し出していた。
彼女曰く、親の功績などもないのにその年齢でコードネーム持ちになるのは前代未聞らしい。
……あまり考えたことはなかったが、まあそうなのかもしれない。
そんなこともありながら、俺たちは親交をさらに深めて行った。それこそ、たまに食事に行くほどの仲の良さになっていた。
そして、いつだったか彼女の姉である宮野明美と会う場面もできた。
ある日、久しぶりに二人で食事をしようとファミレスで待ち合わせをしていたのだが、俺が彼女よりも遅く到着したところ何と宮野明美がいたのだ。
俺が驚いて宮野志保の方を見てみるとどこか申し訳なさそうな顔をしてたのは面白かった。
どうやら宮野姉妹が話していた内容の中に俺の話が上がることも多かったようで、一度でいいから俺を見に行くと言って聞かなかったらしい。
宮野志保はさすがに止めたみたいだったが、宮野明美の行動力は別格である。成す術がなかったらしい。
……今思えば、彼女は『10億円を盗め』という黒の組織自身も絶対無理だろと思っていた命令をマジに実行した人なのだ。行動力の化身すぎる。
そんなこんなで宮野明美に出会ったわけだが、その場は彼女による俺への質問攻めが繰り広げられていた。
第一声が「付き合ってるの?」だったのは今でも忘れない。宮野志保はブチ切れていた。
いろいろと宮野明美からの質問を答えていくうちに彼女の人となりがよく理解できた。
彼女のトーク術はなかなかのもので、質問だらけだったのに話していて疲れなかったし、急速に仲が深まっていく感覚もしていた。
そんな感じで俺たち三人は仲良くなっていき、たまに三人で集まって食事をしたりすることもあった。
宮野明美はかなりフレンドリーな人なので、今まで宮野志保と話していた時は仕事関連の話が多かったが、彼女のおかげでプライベートの話も多くするようになっていった。
そのことがさらに俺たちの親交を深めて行ったのは確実だった。
そんな関係が続いていき、時が経った。
ある時、宮野明美と二人きりで話す場面ができた。宮野志保には内緒という条件付きで、だ。
「今日は来てくれてありがとうね。志保には、内緒にしてくれた?」
「はい、このことは話してませんよ。……それで、今日はどういう……」
俺はなぜ宮野明美が俺だけを呼んだのかは全然わからなかった。
今日はいつもみたいにファミレスかレストランで食事をするものだとは思っていたが、彼女がどうしてもと言ってきたので、勧められたパンケーキ屋で話を聞いている。
「……私はそろそろ大きな仕事をしなければいけないの」
「……もしかして──」
俺は彼女の大きな仕事という言葉に違和感を持った。
それと同時にある出来事を思い出したのだ。
それは、コードネーム『ライ』の裏切りの発覚だ。
ライこと諸星大は宮野明美の勧誘によって組織に加入した存在で、瞬く間にコードネーム持ちに昇進した優秀な奴だ。
しかし、ライはこの前にスパイであることが発覚してしまった。
そして、その存在を勧誘した宮野明美は現在、危ない立ち位置にいるというわけだ。
俺はそれを語ろうとするが、彼女に止められてしまった。
「……そのことについてはいいの。私だけで何とかするわ。……それよりも、話したいことがあるの」
「……なんでしょうか?」
なんだか嫌な予感がしてくる。
「志保のことを……守って欲しいの」
彼女の表情は真剣そのものであり、覚悟が決まった目をしているのが分かる。
そしてその目からは覚悟以外に悲哀の色も見える気がする。
間違いない。彼女は命を失うことも視野に入れている。
そして、そんな危険を冒してでも妹を助けたいという決意に満ちていた。
「明美さんは……大丈夫なんですか?」
「私のことはいいの。……それで約束、してくれる?」
彼女はこちらの方を向いて縋るように上目遣いをしている。
……ここまで大切な話をするなんて予想してなかった。しかもパンケーキ屋で、だ。
その答えは最初から決まっていた。
「もちろんです。……俺は志保を、死んでも守るつもりでいます」
俺の冗談も交えながらの決意表明に彼女は笑って喜んでいた。
「怜くんがいるなら心配ないわね。安心して任せられるわ!」
これが俺と宮野明美がした最後の会話だ。
この後、俺は自分が転生していることに気がついた。
そこからの流れは知っての通り、だ。
俺はみすみすと殺されてしまい、現在の幽霊の姿になったわけだ。
……以前、俺は未練なんか無いのになぜ幽霊になったのだろう?と疑問を呈したことがある。
しかし、前提から間違っていたのだ。
『宮野志保を守る』という約束こそが俺の未練だったのだ。
それだけじゃ無い。俺は宮野明美だって守りたかった。
彼女を死なせたくなんてなかった。
でも、過去を忘れてしまった俺は過ちを犯してしまった。そして、結果的に宮野明美を助けることができなかった。
その後悔が、俺の未練をさらに強くしたのだ。
……ようやく、思い出すことができた。大切な思い出であり俺の使命。
そして今、最大の敵が目の前にまで来ている。
だが、もう決して宮野明美のような結果になんてさせはしない。
……同じ約束を二度もしてしまったしな。
宮野志保を救う
なんとしても叶えなければならない。
△
思い出した。
ようやく……思い出せたのだ。
そこからの行動は早かった。
もう時間もない。
「──明美さん! ここはお願いします!」
「──! あなた、今の呼び方……!」
宮野明美が何か言っているが今は状況が状況だ。急がなければ。
俺は扉への力が一瞬弱くなった瞬間、扉を通り抜けてガス室の反対側へと走り抜ける。
そして、それと同時に──
タッタッタッ──
「! 兄貴、今の足音……人払いは済んでますし間違いねぇ! あれはシェリーのですぜ!」
「……急ぐぞ」
ジンたちは引っ掛かってくれたようだ。
流石に幽霊が音を出してるなんて考えが思い浮かぶはずもないだろう。
よし、とりあえず上手いことはいったぞ。
流石にジンは用心深いようで、こちらの方向へ走り出す前にガス室の鍵はしっかりと閉めており、もしもまだ中にいた時のケアも忘れていないようだった。……やはり、強敵だ。
ジンたちがガス室から離れれば宮野志保にも逃げる余裕ができるだろう。
(少しでもいいから、なんとか時間を稼がないと……!)
俺はジンたちが違和感を持たないようにできるだけ自然に足音を鳴らしていく。
だが、どれだけ違和感なく足音を鳴らそうとしても、いないはずの宮野志保をずっと誤認させるのは無理がある。
(……もう、次の時間稼ぎのフェーズに移るべきだな)
俺は足音の方向を廊下から、ある実験室の方向へと切り替える。
もちろん案はある。
ジンたちを実験室におびき寄せ、二人が入ったタイミングで扉を完全にロックする。
幽霊となった今、ものを通り抜けることができる手というのは何よりも武器になる。この実験室は電子ロックが搭載されている。
上手いこといじって少しの時間ショートを起こして開けなくさせることなんてのは容易だ。
(……さて、掛かってくれるか?)
「兄貴! 奴はここへ入って行きやしたぜ!」
「……」
ウォッカはここへ入ってくれた。
……さて、ジンはどうだ?
「……ガス室に戻れ」
「えっ? それはどういう訳で……」
「もたもたするな」
ジンはウォッカを鋭くにらみつけ、ガス室への帰還を命令する。
……まずいぞ。これは間違いなく──
「へ、へいっ」
「………」
──バレているなっ!
しくったか……いったいどこで!?
俺はなぜこんなにも早くジンにバレてしまったのかを考える。
このまま謎を残してしまうのは危険だ。こっちの手札が少ない分、謎はできるだけ残したくない。
(考えろ……俺が出した足音の違和感は……)
俺はさっき見た宮野志保の姿を思い出す。何か手掛かりは……足音……。
(……そうか、わかったぞ。……靴だ。宮野志保がしていたのはヒールだった。本来ならもっと甲高い音が鳴るはずなのか……)
しかし、俺が鳴らしていた足音はスニーカーなどの種類の柔らかい素材の音だった。決してヒールのような固い音は出していない。
まさか、そんなところから推測されるとは……。
(くそっ、やられたな。……もう、この部屋に閉じ込めることは諦めた方がいいな)
一応、ジンはこの部屋に入ってきてはいるが、ここまで予測されてしまっていたら閉じ込めるなんて無理がある。
足止めはここで終了か……
(いや……まだだ。俺の姿がジンに見えていない以上、何かやれることはあるはずだ)
俺はそう思って近くにあるものを一瞥する。
すると、近くに注射器があることに気づいた。何が入ってるかわからないが組織が関わっている薬だ。人間に刺したら面白いことが起こるかもしれないな。
そう思い、俺は注射器に手を伸ばそうとする。
そして、注射器を持ち上げた瞬間──
──バァンッ
(──な、なんだ!? 注射器が……破裂した!?)
いや、違う。これは……狙撃されたんだ!!
俺は慌ててジンの方を見る。
「……やはりな」
ジンは注射器に銃を向けながらこっちを見ていた。
いや、正確には俺は見えていないはずだ。
ただ確実なことがある。
この場において最悪ともいえる事実だ。
(ジンには……幽霊のこともバレている……本当に、最悪だな)
そうだった。
宮野明美が殺される直前、俺はジンの銃に相当な力を加えたのだ。そこでジンが気づかないはずはないのだ。
その時から勘づいていたに違いない。
何者かはわからないが、妨害してくる存在が確実にいることに!
(……だが、お前だけが出し抜いたなんて思うなよ……!)
俺は隠し持っていた
できるだけ使いたくはなかったが……この状況になれば仕方がない。
「……チッ、ウォッカのか」
俺が取り出したのはウォッカが持っていた銃だ。
バレないように拝借していたんだが……どうやら、さすがにこれは見抜けなかったらしいな。
銃は重いし、打った時にかなりの衝撃がある。
正直言って幽霊としては扱いづらい武器だ。しかし、幽霊の存在がジンにバレているこの状況、そしてこの実験室という舞台では遠距離武器は重宝する。
ちょっと物を動かしただけで勘付くジンの観察眼なら近距離で対処しようにも不可能に近いだろう。
もう、やるしかない。
(……さぁ……ジンとのリベンジマッチだ)
想像もしなかった一騎打ちの火蓋が切られた。
△
もうジンにバレて痛いことなんて何一つ無い。
俺は銃を両手で持ち、しっかりとジンへと向きを合わせようとする。
……やはり、かなり重い。
記憶を思い出してから、俺の幽霊の力は絶好調ではあったが、実銃自体そこそこの重さがあるのに加えて狙いを定めるために固定しなければならないとなると、かなりの集中力がいる。
「………」
ジンは本来ならありえないはずの銃が空中に浮いて見えるという現象にも動揺一つさえ見せない。
やはり……強敵だ。組織にいたころの記憶がひしひしと蘇ってくる。
(……狙うはまずあそこだ)
ジンに向けて発砲してもどうせ効果がない。
黒の組織にいたころを思い出しても、ジンに傷を負わせた人の数はあまりにも少ない。狙いがわかりやすい攻撃なんて冷静に対処されて終わりだ。
それで銃を奪われでもしたら成す術が無くなってしまう。
本命を狙うのは相手が隙を見せてからだ。
そして、それまではその隙を作るのに尽力しなければならない。
俺は最初の一発目を発砲した。
そして、その一発目はもちろんジンではない。俺が狙ったのは照明の配線部分だ。
「……チッ、目くらましか」
配線部分を破壊したことでこの部屋全体の照明器具が作動しなくなった。
これでジンの注意を引けたらいいんだが……さすがにまだ難しいか。
だが、暗闇というのは幽霊の専売特許だ。暗闇で見えにくくなるなんてことはないのだから。
人間の目には暗順応という機能がある。
当たり前だが暗闇の中では目は見えにくくなる。しかし、しばらく時間がたてばその暗闇に慣れるはずだ。
その機能こそが暗順応だ。
これは人間であればだれでも起こる機能。
したがって、急に光が無くなった今、ジンは数秒間だけ暗闇に慣れる時間が必要なはず。今のジンは隙を見せているはずだ。
(よしっ、狙うぞ。本命を──!!)
突如、俺の手から銃が吹っ飛んだ。
そして、その銃は実験室の隅の壁に当たって、机の上を散らかしながら落っこちた。
さっきまで力を加えていたはずのものが刹那で消えてしまったことから、俺の体は体勢を崩してしまう。
俺は慌ててジンの方向へと視線を合わせた。
(嘘、だろ。この一瞬で狙撃されるなんて……)
ジンの目は依然としてこちらの方を捕らえたままだ。そして、その銃口はさっきまで俺が銃を持っていた位置に向けられている。
……ジンにはこの目くらましも意味をなさないみたいだ。
ジンは俺が抵抗する術を失ったのを確認した後、ゆっくりと俺が吹っ飛ばされた銃の方向へと歩みを進める。
(……まずいぞ。さっきの注射器のことを鑑みるにジンの視界で物を動かせば確実に狙撃される! 今、銃を拾ったとしても狙撃されて無駄に終わるだけだ……!)
しかし、このまま銃を見逃してしまうと、俺の抵抗手段は全くと言っていいほどなくなる。
いや正確には、ジンに通用する手段を使うには銃は必要不可欠なのだ。
だからこそ、ここで奪われるわけにはいかないのだが……
(……だめだ!今の俺からは何もできることはない……!)
万事休す、か。
……実を言うと、そんなことはない。
まだジンには見抜けていない手段……というよりも、罠が一つだけ仕掛けられている。
文字通りの、最後の手段だ。
(……頼む。間に合ってくれ……!)
もう、ジンが放り出された銃にたどり着くにはあと数歩だ。ジンの右手はすでに目の前の銃を手に取ろうと伸ばしている。
残りはあと一秒もない。
コツ……コツ……
ジンの右手と銃の距離はあと数センチ。そのときだった。
──ピッピッピッ
この静寂した実験室内には大音量ともいえるほどの大きさの電子音が実験室内に響き渡った。
そう、俺があらかじめ仕掛けておいたタイマーだ。
「──!」
その電子音はジンに致命的な隙を与えるには十分すぎるほどの効果を発揮した。
(──よくやった! これで、銃を奪える!!)
ジンの相手は見えない敵なのだ。
もちろん、どこにいるかを探るためには物が動くことだけに気を付ければ良いはずはない。
照明が壊れて目が見えにくくなっていること、そして俺が立てていた足音も踏まえると、
俺はそれを逆に利用した。
わざと足音を立てたのは、宮野志保の場所をかく乱するためなのはもちろんのこと、ジンに耳にも意識を集中させるためでもあったのだ。
暗順応と同じだ。以前と違う環境には適応する時間が必要だ。
つまり、さっきまでの静寂の場からこの場違いな電子音を鳴らすことは、ジンにとってあまりにも予想外の出来事かつ適応するための時間がかかること。
集中力を削るための決定的な要素になりえるということだ。
(照明を切るときのは上手いこと行かなかったが、今回の場合は違うようだな……!)
俺はジンの目を盗んで目の前にある銃を奪った。
「──なにっ」
しかし、さすがのジンだ。すでにこのタイマーが罠であることに気が付くと、こっちの方向へ振り向こうとしていた。
だが、もう間に合わない。
俺はすでに本命へと銃口を向けていた。
(これで……俺の勝利だ……!)
俺は引き金を引いた。
──ピーッピーッ! 火事です火事です
先ほどの静寂、そしてタイマーによる電子音に比べても、はるかに大きいけたたましい音が鳴り響いた。
それも実験室内だけじゃない。この研究所全体に、だ。
「……そういうことか。最初からそれが狙いだったか」
俺が打ち抜いたのは
最初からジンなんて狙っていなかった。何度も言うが、ジンを狙ったところで対処されてしまうか、ちょっとした傷を作るだけで終わるのが関の山だろう。
本命は、火災報知器。そして、それに伴う──
「……チッ、通報されたか」
──そう、火災が起きたことによる通報だ。
この研究所内の自動火災報知設備は火災通報装置と連動されている。
つまり、俺が狙撃したことによって誤作動を起こしている天井の感知器は、火災が起きたと誤認して火災通報装置に信号を送信し、すでに最寄りの消防署へと通報されているのだ。
消防署へと通報してしまえば、消防隊員がこの研究所内に入ってきて、ジンたちが宮野志保を探すのは極めて困難になる。
(……これが俺の、最後の策略だ。ジン)
何度だって言おう。
俺の目的は『宮野志保を助ける』だ。
最初からジンを撃とうなんて考えてもいない。
俺が最初からずっと考えていたのは、「どう足止めしようか?」そして「どうしたら宮野志保を探すのを困難にできるか?」だけだ。
そして、その計画は成功を収めたのだ。
(……これで、宮野志保が逃げるだけの時間は十分稼げたはずだ。あとは……)
俺はひとまず安心だと肩の力を抜いたと同時にジンの表情が見えた。その表情は獰猛さを隠そうともしない鋭い眼光と不敵な笑みを浮かべた邪悪な顔だった。
(……なんだ? まだ、何かあるのか?)
俺がジンの笑みを考えようとした瞬間、ジンが左手をポケットの中に入れているのに気付いた。
「──フッ……甘いな」
ジンが手を入れているポケットが少しだけ動いた。途端、けたたましい爆音があたりを覆いつくした。
(──な、なんだ!? 今の爆音、研究所内か!?)
爆音はそこら中から聞こえてくる。今も音はとどまることがなく連鎖的に爆音が続いていることがわかる。
おそらくジンがポケットの中でいじっていたのは爆弾のスイッチだ。
宮野志保をガス室に閉じ込めた後に、俺が意識を失っている間に研究所のそこら中に爆弾を仕掛けたのだろう。
やはり……石橋を叩きすぎて壊すほどの慎重さを持っているという話は本当だな。
ジンは爆弾がしっかり作動したことがわかると、まるですべてが予定通りだったかのように迷いなく実験室から出ていった。
……最後の最後でやられたな。こんな隠し玉を持っていたとは……。
(くそっ、さすがに宮野志保はもう避難していると思うしかないな。……今から探そうにも不可能に近い)
だとしたら、宮野志保の手助けは宮野明美に任せて、俺は俺の目的を果たした方がいいだろう。
俺は宮野志保が使っていた実験室の方向へと駆けて行った。
今の俺ができることの中で、後々に一番影響を与えそうなのは俺の想像の範疇では
俺は宮野志保がもともといた実験室に辿り着き、その部屋の中を見てみた。
……よし、まだ爆弾の被害は無さそうだな。
俺は宮野志保が使っていた机に上にあったはずのあるものを探そうとしていた。
……あったぞ!
(よし……これで俺の役目は終わりだ。……あとはこれを無事に届けるだけ──)
俺が仕事を終えたと同時ぐらいに再び轟音が鳴り響いた。しかもかなり近い。
このままいけばこの部屋にもいずれ爆風と炎が襲ってくることは間違いないだろう。
俺は幽霊であるから全く問題はないが、今俺が持っているものはただじゃ済むはずがない。
もう、さっさと脱出しなければならない。
俺はガラスを割って、目的であるものを大切に持ちながら、この研究所内からどんどんと離れていった。
ジンとの一騎打ちシーンはかなりの時間構成練ったので少しでも良かったと思った方は高評価をお願いしたいです!