犯罪王の黒くて青い春   作:POTROT

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如何にして彼は犯罪王と呼ばれたか。

 独り。道端で、男が死に瀕していた。

 末期の栄養失調であることは、誰の目に見ても明らかだ。

 眼窩は窪み、頬はごっそりとこけ、肌は水分を失って乾いている。

 頭上に弱々しく光る光輪さえ無ければ、きっと誰もがその男を餓死者だと断じたことであろう。

 

 彼はずっとそこに居た。

 ある日突然現れてから、もう何十日も彼はそこで項垂れていた。

 しかし誰も彼が立ち上がった姿を見た者はいないし、動いた姿も見ていない。

 本当にただじっとそこに座り、ただ呼吸を繰り返しているのだ。

 

「…………」

 

 大人も、子供も、彼に関わろうとしない。

 その存在があまりにも不気味で、怖かったからだ。

 

 かと言って、ヴァルキューレや連邦生徒会に撤去の依頼を頼む者もいない。

 その道が無法市たるブラックマーケットの一角に存在するからだ。

 

 故に彼は何にも邪魔をされる事なく、ただ孤独を享受していた。

 ただ独りで、ひたすらに、そうあった。

 

「……………………」

 

 何もせず、何も考えず。

 今日も、無為に時間だけが過ぎて行く。

 

 

 

 

 

 

 男は、瀬治山リュウタロウは、学生であった。

 日本の■■県のとある公立の高校に通う、なんて事ない一般的な学生であった。

 行きたくないと思いながら電車に乗り、したくないと思いながら勉強し、ただ部活動は思い切り楽しむ、そんなごく一般的な高校生であった。

 

 彼の生活に、悪い点など何一つとして無かった。

 健康的な生活という面に関して、若干の夜更かし以上に彼の生活に欠点は無かった。

 最大限危険から遠ざかる生活として、彼の生活は満点と言って差し支えなかった。

 

 だからそれは、事故であった。

 彼の最大限の注意力を以ってしてもどうしようもないような、理不尽な不幸であった。

 

「────────…………は?」

 

 通学の途中。気が付けば、彼は見知らぬ土地にいた。

 身につけているものは身に纏った制服のみ。

 荷物の類はその悉くが忽然と消え失せ、その代わりと言わんばかりに頭上に輝くのは黒い光輪。

 

 周囲を見渡せば様々な形の紋様の光輪を浮かべた少女たちが銃を担いで歩き回り、二足歩行の獣たちがスーツを着て闊歩し、天を仰げばこれまた巨大な光輪が蓋をするように広がっている。

 

 なんという事だろう。

 彼はキヴォトスの地に、ブルーアーカイブの世界に取り込まれてしまったのだ。

 しかし悲しいかな、彼はブルーアーカイブを知らなかった。

 そういうゲームがある、と言う情報以上の何一つをも、彼は持ち合わせていなかった。

 

 故に彼はどうしようもなかった。

 金はなく、身分を証明できるようなものは何一つとしてなく、銃社会の中で犯罪を犯す事のできるような度胸も持ち合わせていない彼は、ただ道の隅で縮こまるしかなかった。

 

「どうしてこうなった? どこなんだここは?」

 

 彼の問いに答えるものは誰もいない。

 冷たい風が無常に吹く。

 

「帰りたい……俺を家に帰してくれ」

 

 彼の願いを聞き届けるものは誰もいない。

 そのまま時間は過ぎて空は茜に染まり、やがて黒に落ちる。

 

「……………腹が減った」

 

 暗闇の中で、リュウタロウは独りごちる。

 既に10時間以上何も口にしていないリュウタロウの体が、強烈な空腹を訴える。

 彼は行動することを自らの肉体に強いられていた。

 

「……………………クソが」

 

 しかし、動こうとする肉体を抑えつけるのは無限に湧き出す恐怖だった。

 彼の恐怖は肉体から来る本能的な生存の欲求を上回ったのだ。

 だが、それも仕方ないというものだろう。恐怖だって立派な生存欲求の発露なのだから。

 とは言え、この場において、その恐怖は実に致命的であった。

 恐怖故に、彼は道端で野垂れ死ぬことを決めてしまったのだ。

 

「………………」

 

 激しい飢餓は彼の肉体と精神を大きく蝕んだ。

 今にも死んでしまいそうだと、リュウタロウは何度もそう感じた。

 しかし、いくら時間が経過しようと彼は死ななかった。

 何日が経過しようと、彼の体を死が襲うことは一度としてなかった。

 七日が経過して、彼はようやく自分が死なないのではなく、死ねないのだと気付いた。

 

 極度の飢餓状態に陥った体でも、リュウタロウは何故か自由に動くことができた。

 しかし体が自由に動こうと、極度の飢餓はリュウタロウの心に確かな傷を作っていた。

 もはや全てに絶望したリュウタロウに、生きる希望など欠片も無かったのだ。

 

 だからリュウタロウは思いつく限りの自殺を試してみた。

 だが、あらゆる手段を用いても彼は死ぬことができなかった。

 

 飛び降り────体は無事だが、地面が陥没した。

 溺死────苦しさは一切無く、水中で睡眠を取ることさえできた。

 焼死────制服が多少焦げただけだった。

 失血死────どのような手段を用いても血を流せなかった。

 首吊り────無駄だった。

 轢死────車の方が吹き飛んだ。

 

 これだけでなく、彼は自分の知識にあるすべての自殺の方法を検討し、実行してみた。

 だが、リュウタロウの自殺はどれも失敗に終わった。

 どの方法を取ろうと、リュウタロウの肉体は変わらず健在だった。

 そこまでやって、リュウタロウは自分が不死に該当する存在と化していることに思い至った。

 そう気付いて、リュウタロウの心は完全に折れた。

 

「…………もう、いい」

 

 心折れたリュウタロウに、もはや何かをする気力など残されていなかった。

 だから青ニートという不死に絶望した先達に倣い、彼も道端に腰掛け、何もしないことにした。

 その力をうまく使い、生き延びようという考えはついに浮かんでこなかった。

 そうしてそのまま、リュウタロウは考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、アンタ、生きてるのか?」

 

 リュウタロウがようやく思考能力を取り戻したのは、誰かに話しかけられてからだった。

 ギシリと軋む体を動かし、顔を上げて前を向けば、そこにいたのは3人の少女達。

 格好から見て、不良の女版……いわゆるスケバンであるとリュウタロウは判断した。

 そして各々がやはり頭上に光輪を浮かべ、その手には銃を握っている。 

 

「……生きているとも。ああ、生きているさ。クソッタレが」

 

 久々に体を動かして、その事実を実感する。

 生きていた。やはり死ねていない。そしてこの現実は夢でもなんでもない。

 その事実に怒りが浮かび、しかしそれも無意味だとすぐに沈静化する。

 

「……あー……えっと……大丈夫なのか?」

「何がだ」

「その、空腹とか……」

「……ああ、そうだったな。忘れていた」

 

 もはやリュウタロウの体は人間のそれではなかった。

 あれほどあった空腹感は彼方へと消え去り、一切の睡眠を取らずとも全くの眠気を感じない。

 完全に人間として破綻してなお、彼は生きていた。

 

「忘れてたって……」

「いつまで経っても死ねなくてな……あ」

 

 そこで、彼は一つ自分が試していない自殺の方法があったことを思い出す。

 

「すまんが、銃を一瞬だけ貸してくれないか」

「え?」

「拳銃でいい。小さければ小さいほどいい」

「ええと、まぁ……少しだけだぞ」

 

 そう望めば、彼女達のうちの1人が拳銃を渡してくれた。

 いわゆる自動式拳銃というやつだ。

 サイズはリュウタロウの手の平よりも一回り大きい程度で、黒光りする銃身には至る所に傷がついている。

 きっと使い込まれているのだろう。

 

「……ここを引いてから撃つのだったか?」

「いや、そこじゃねぇ。こっちの……そう、それだ。それを下げる」

「成程な」

 

 彼女から操作法を教わり、あとはトリガーを引くだけとなった拳銃の銃口を、リュウタロウは自らのこめかみに押し当てた。

 

「はっ?」

 

 そのまま勢いよくトリガーを引き、バァンと景気のいい破裂音が鳴る。

 その音は、人一人の命を十分に奪い得るだけの力を秘めていた。

 しかしその刹那、リュウタロウを襲ったのはほんの軽い、衝撃とも言えないような衝撃。

 こめかみから銃口を離せば、熱の籠った銃弾が実にあっけなくポロリとこぼれ落ちた。

 

「ふぅむ……これでも駄目か……」

 

 もはやわかりきっていた事であったが、しかし若干の期待を持たされてしまった分落胆がある。

 人殺しのための道具でさえ、ついにリュウタロウを殺せなかったのだ。

 

「おいおいおいおいおい! なにやってんだ!」

 

 拳銃を貸してくれたスケバンが、慌てた様子でリュウタロウから拳銃をひったくる。

 まぁ、当然だろう。いきなり目の前で人間が自殺を図れば────

 

「弾が無駄になっちまっただろうが!」

「…………ん?」

 

 あれ、何か思っていた反応と違った。

 彼女が怒っているのはリュウタロウが自殺を図ろうとしたことでは無く、銃弾が一発無駄に使われてしまったことだった。

 

「オイアンタ、替えの弾は持ってんだろうな!?」

「ああ、いや……すまん。持ち合わせがない」

「じゃあ金でいいや。100円もありゃいい」

「金も無い」

「はぁ!?」

 

 にわかに、3人のスケバン達が色めき立つ。

 

「なんなんだアンタ、勝手に人の銃撃っといてよぉ!」

「テメェがそんなに払いたくねぇっつうんなら、無理矢理にでも払わせてやんよぉ!」

「自分に撃つくらい銃弾が好きなんだろ!? それじゃあコイツも喰らっておきな!」

 

 そう言って少女が取り出すのは、いわゆるスナイパーライフル。

 全長1mはゆうに超えるだろうそれの銃口をリュウタロウの頭へと標準すると、彼女は一切の容赦なくその引き金を引いた。

 しかし、リュウタロウが感じるのは精々ピンポン玉を投げつけられたかの如き感触。

 大口径の巨大な銃弾すらリュウタロウに傷一つつけることなく、ごとりと地面に落ちた。

 

「なっ……」

「嘘だろ!? この距離……しかも当たっただろう!?」

「当たったな」

 

 当たったが、何ともなかった。

 それだけだった。

 

「じゃあコイツならどうだぁ!」

 

 金髪の少女が構えるのは、回転式の6つの銃口が備えられた、いわゆるガトリング。

 その一斉砲火が嵐の如くリュウタロウの体を襲うものの……

 

「……マジかよ」

 

 やはりリュウタロウは何も感じない。

 ただ制服に幾らかの穴が空いただけで、座ったまま何の身じろぎもしない。

 この分では爆弾の類も悉く駄目だろう。

 核爆弾でも使えばわからないのだろうが、そんなもの使うわけにもいかないし、まずどこにあるかもわからないというものだ。

 

「……申し訳なかったな。無駄な弾丸を使わせた」

「えっ……あっ、ほっ、本当だぞテメェコラァ! どうしてくれんだ!?」

 

 思い出したかのように、彼女達はメンチを切り出す。

 しかし先程までの勢いはなく、更にはその額には汗が滲んでおり、もはや虚勢を張っていることなどバレバレであった。

 

「どうすればいいかわからん。決めてくれ」

「あぁ!? ……あ〜……ちょっと待て」

 

 リュウタロウの言葉に、彼女達は円陣を組んで話し合いを始めた。

 もはやリュウタロウには何もかもがどうでもよかった。

 だから彼女達の要求にもしやる価値を感じたのならばその通りにすればいいと思ったし、そうでなければまたついさっきまでと同じように座っていればいいと思った。

 

「よし、それでいこう」

 

 暇を持て余すこと数分。

 ようやくスケバン達の中で方針が決定したらしい。

 彼女達は再びリュウタロウの前へと立ち、彼にこう突きつけた。

 

「お前、私たちの舎弟になれ」

「……成程」

 

 舎弟。舎弟か。

 つまり彼女達のパシリになれ、と。

 

「ふむ」

 

 さて、どうだろう。

 まぁ少なくとも、ここでじっとしているよりかは幾分か有意義か。

 もはやすっかり諦めていたが、もしかしたら彼女達に従っているうちに家に帰る手段も見つかるかもしれない。

 リュウタロウはそう考えた。

 

「わかった。そうしよう。俺は何をすればいい?」

「私たちの命令には絶対服従。それだけだ」

 

 実にシンプルかつ曖昧だ。

 だがまぁ、実際不良の上下関係なんてこんなものであろう。

 

「おら、スマホ出しな」

「?」

「何ってお前、連絡先だよ連絡先。モモトークくらい知ってんだろうが」

「すまん。スマホもない」

「はぁ!?」

 

 リュウタロウの舎弟としての最初の仕事は、スマホの確保になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、リュウタロウがスケバンたちの案内のもとスマホを契約し、舎弟として働き出して2、3週間が経過した頃、分かったことがあった。

 それは、リュウタロウには犯罪の才能があるということだ。

 

 彼女達はまずリュウタロウに万引きを命じた。

 リュウタロウはそれを難なく成功させた。

 それもブラックマーケットの、警備の厳しい商店で、だ。

 

 次に、彼女達はリュウタロウに強盗を命じた。

 そこはとある美術品のオークション会場であり、警備は極めて厳重かつ武装も一級のそれであったが、しかしリュウタロウはそれすらものともしなかった。

 リュウタロウは美術品を完璧に略奪した。

 無論、銃はもらっていないので、素手である。

 

 そして次に、彼女達はリュウタロウに銀行強盗を命じた。

 とある大企業が運営するものだ。下手に手を出せば、一生続く奴隷生活が待っているだろう。

 無論、警備はオークションのそれと同様か、それ以上に厳重である。

 そしてこれ的当然の如く、リュウタロウは強盗を完璧に成功させてみせた。

 

「存外、楽なものだな」

 

 そう言えるのはリュウタロウの身体能力が常軌を逸しているのもそうであるが、やはり大きな要因はその精神性の大きな変化だろう。

 一度全てに絶望し、全てをどうでもいいと感じた彼の精神に、犯罪を躊躇する心などもはや欠片としても残されていなかったのである。

 

 そしてそれだけの事をしでかしておいて、誰にも知られないなど出来るわけもない。

 彼の顔写真は大々的に出回り、超凶悪な指名手配犯として彼は一躍有名人と化した。

 

 

 

 

 

 彼が有名人と化したことで、最も迷惑を被ったのは彼の姉御分であるスケバンの3人である。

 彼の力強さに調子づき、銀行強盗を命じて、一気に数十億という大金を手に入れた彼女達は更に調子付いたが、すぐにその鼻っ柱はへし折られることになる。

 賞金稼ぎ達の襲撃である。

 

 リュウタロウとの関係性を知られていた彼女らは、連日連夜リュウタロウの賞金を目当てに襲撃をかけてくる連中を相手にしなければならなくなったのである。

 そして残念なことに、彼女らにはそれが出来るだけの精神力も戦闘力もない。

 

 彼女らはすぐに根を上げた。

 手元に残った金で学籍と住居を購入し、リュウタロウとは縁を切った。

 スマホも変え、連絡先も変えた。

 彼女らは、真っ当な学生に戻ったのだ。

 

 ブラックマーケットには、賞金首となったリュウタロウだけが残った。

 

 

 

 

 

 

「……意義は、あったな」

 

 とある廃ビルの一室で、リュウタロウは独りごちる。

 意義とは何の意義か。数々の犯罪行為のである。

 彼の犯罪行為は確かに底辺にいた彼女達を真っ当な……と言っていいのかはわからないが、少なくともまともな生活ができる程度には押し戻した。

 

 元はと言えば何もしないよりかは有意義であるかと思って始めたことだった。

 だが、自分自身の力で3人の人間を救ったと考えれば、何だか気分がいい。

 この世界に来て初めて、リュウタロウは喜びを感じたのだ。

 

 それは、リュウタロウにとってひどく大きいものであった。

 突如として見知らぬ土地へと連れ去られ、不死の体へと変えられ、絶望したリュウタロウは、常に心に不安と孤独を抱えていた。

 精神性が大きく変容してしまったとしても、それは同じだった。

 だが、遂にそれを慰める術を見つけたのである。

 となれば、リュウタロウはそれに縋る他になかった。

 

「……しばらくは、これを続けるか」

 

 この世界に来てリュウタロウが理解したことであるが。

 この世界の大人は皆碌でもない。

 探せばまともな大人もいないことはないのだろうが、少なくともこのブラックマーケットの大人にまともなのはいない。

 

 大人達により、数多くの子供達が苦しんでいて、それを救えるのなら、救ってやろう。

 そうすれば、リュウタロウはリュウタロウでいられる。

 

「ならば、そうなれるようにしよう」

 

 無論、そんなことは犯罪行為である。

 救うなど、正当化も甚だしい。

 だが、思春期真っ盛り、モラトリアムの真っ最中にあったリュウタロウにとって大事なのは、それによって自らの存在を肯定できるかどうか、それだけであった。

 

 

 

 

 

 

 リュウタロウは犯罪の限りを尽くした。

 時に盗みを働き、時に暴行を働き、そして時には破壊の限りを尽くした。

 

 現金輸送車を丸ごと盗んだりした。

 飲食店を爆破してみたりした。

 企業のオフィスに殴り込みをかけ、書類とパソコンを全て燃やしてやったりした。

 

 ただ徹底したのは、善良な大人と生徒は巻き込まないことだった。

 ひたすらに悪徳な大人達だけから利益を巻き上げ、それを貧困に喘ぐ不良達や浮浪者達に分け与える。

 そんな事を続けていた。

 

 だが、1ヶ月も経てば幾つか問題点が見えてくる。

 

 まず第一に、悪徳な連中が大人しくなり始めている事だ。

 リュウタロウという抑止力に目をつけられないため、悪徳な大人達は悪行を自粛するようになってしまったのである。

 こうされて仕舞えば、リュウタロウは攻撃を仕掛けることができない。

 

 そして第二に、賞金稼ぎ達が増えすぎている事だ。

 数々の犯罪行為により、今やリュウタロウにかかった賞金は10億の大台にその手をかけており、そんな超高額の賞金はまるで誘蛾灯の如く賞金稼ぎ達を引き寄せた。

 別にただそれだけならばよかったのであるが、問題は賞金稼ぎの多くが生徒だという点である。

 生徒に手をだしたくないリュウタロウにとっては、そこが大きな問題だった。

 

 最後に第三が、リュウタロウを頼りにして怠惰を貪る者が出始めてしまったという点である。

 これに関しては完全にリュウタロウの失態だ。

 魚を与えるのではなく魚を釣る方法を教えよ、と言うのは常識だっただろうに、リュウタロウは魚を与えるような真似しかしていなかったのである。

 

 リュウタロウには、これら3つの問題点を解消する必要があった。

 故に、リュウタロウは決意した。

 そう、ブラックマーケットを飛び出る決意である。

 

 聞けばこのキヴォトス、このブラックマーケットほどではないにせよ、どこもかしこも似たような悪徳な大人や貧困に喘ぐ不良達が大量にいると言うではないか。

 であれば、このブラックマーケットを飛び出し、いい具合にキヴォトス中を回りながら悪徳な大人を叩きのめすのもアリであろう。

 

 

 

 

 

 

「……そう思ったわけだが、お前はどう思う」

「いや知らねぇよ」

 

 相談を持ちかけたのは、最近何だか仲良くなった(気がする)常連の賞金稼ぎ、美甘ネルである。

 メイド服にスカジャンとか言う奇抜なファッションであるが、顔も性格もいい。

 いわゆる「元ヤンのママ」って感じだ。

 

「誰が元ヤンだコラ」

「現役だったか」

「そう言うことじゃねぇ」

 

 ったく、と。実にやりにくそうに彼女は頭をかく。

 ちなみに彼女は普段は二人組であり、もう1人だいぶ乳のデカい、大型犬のような印象だが恐ろしいほどに強いのがいる。

 今日はなんか別の任務だか何だか知らんがいない。

 

「……で? ブラックマーケットから出るっつー話だったか」

「ああ。そうだ。お前はどう思う」

「いいんじゃねぇの? お前が決めたことなんだったらそれで」

「何か悪影響は予想できるか?」

「お前の力で抑えられてた連中がここぞとばかりに動き出すだろうなぁ」

 

 まぁ、ちょっと前に戻るだけだ、と。ネルは付け加える。

 その辺に関してはリュウタロウも予想がついているところだ。

 きっとリュウタロウがいなくなったと言うことがわかった瞬間、連中は大喜びで悪徳の限りを再開するところだろう。

 かと言ってリュウタロウがブラックマーケットに留まり続ければ、他の悪徳な大人達は普段通りに悪事を続けるだけだ。

 

「……手が足りんな」

 

 リュウタロウが世界中どこにでも瞬間移動できる力でも持っていればよかったが、生憎とそんな便利なものは持ち合わせて居ない。

 

「ままならないものだ」

「そりゃそうだろ。この世界はそんなもんだ」

「違いない」

 

 肩をすくめ、くつくつと、2人して笑う。

 リュウタロウにとって、こうしてこの世界でようやく数人出来た気の合う他人と会話をする時間は、実に楽しいものだった。

 

「決めたぞ、ネル。俺はここから違う場所に移る」

「おー、そうか。んじゃ、会う機会も少なくなるな」

「今生の別れというわけでもない。それに俺のやることはいちいち派手だ。俺の足跡を辿るくらい、お前には簡単だろうよ」

「私もそんなに暇なわけじゃねぇ。まぁ、任務で近くに行くようなことがありゃあ会いに行ってやるよ」

「そうしてくれ」

 

 そう言ってリュウタロウは立ち上がり、ブラックマーケットの中心地の方へ。

 

「……何するつもりだ?」

「最後の一仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイザーコーポレーション、と言う会社がある。

 キヴォトス全域にその手を伸ばす大企業であり、インフラにも深く関わっているが、しかしやっている事がグレーゾーンスレスレで、法にこそ触れていないものの何百人、何千人、何万人もの生徒を食い物にするカスだ。

 そんな会社の経営する闇銀行、カイザーバンクがこのブラックマーケットにある……そうなれば、もうぶっ壊すしかないと言うものである。

 

 しかし、リュウタロウはこの銀行を長らく放置していた。

 それはカイザーコーポレーションの業績が生徒含む善良な者たちの生活の大きな助けになって居たからだ。

 光には影が伴うもの。

 百のために一を切り捨てることも時には必要。

 そんな理屈を理解して居たからこそだった。

 

 ただ、少し前。リュウタロウはこんな話を耳にしていた。

「流石の犯罪王も、カイザーには手を出せない」と。

 そしてその噂こそ、犯罪王の名声に歯止めをかけているものであった。

 

 故にこそ、少し前からリュウタロウはこれの破壊をブラックマーケットでの最後一仕事としようと考えていた。

 カイザーバンクを完全に破壊し、その威容で以て、しばらくの間の抑止力としようと考えたのだ。

 

 そして、今がその実行の時である。

 

「────退け」

 

 床を踏みつけ、蜘蛛の巣状の亀裂を作ってやれば、カイザーバンクの利用者たちが我先にと出入り口から逃げ出し、店内には警報が響く。

 

「う、うおおおおおおおおおおおおお!!」

「死ねぇえええええええええええええ!!」

「邪魔だ」

 

 行手を阻む警備員を拳の一つで壁にめり込ませ、リュウタロウは奥へ奥へと歩を進める。

 

「止めろぉ!? あいつを止めろぉおおおおおおおお!」

「信用問題になるぞ!? 被る不利益は考えるだけでも恐ろしい……そして我々は粛清対象だ!」

「PMC! 砂漠に駐屯しているPMCの軍をここに!」

 

 ごちゃごちゃ言っている社員たちも皆沈める。

 機器の類は全て破壊する。

 徹底的に。とにかく徹底的にだ。

 

「これが金庫か」

 

 そうして破壊の限りを尽くしながら奥へ奥へと移動すれば、巨大な金属扉が現れる。

 それこそハリウッドの映画で見るような、アレだ。

 

「そ、そうだ! だが、きちんとした正規の手順でなければ、仕掛けられた爆弾が作動するぞ! そしてその正規の手段を知っている私も、お前の力には屈さない! 残念だったな!」

 

 そう喚くのは、リュウタロウに引きずられる、でっぷりとした機械人間である。

 しかし爆弾か。成程、鉄板だ。

 

「威力は?」

「少なくともこの金庫の中身と周辺は木っ端微塵だ! 開けた人間は、間違いなく吹き飛ぶ!」

「ほう」

 

 だが、生憎と今のリュウタロウの目的は金銭ではない。徹底的な破壊である。

 爆弾など、むしろ好都合であった。

 パッと、機械人間を解放する。

 

「あ、諦める気になったか……!」

「いいや、そんなわけがないだろう。今からこの金庫を爆破する。死にたくなければ逃げろ」

「んなっ、ばっ、馬鹿な! そんなことが、できるはずが……」

「出来ないとでも?」

「〜〜〜〜〜〜ッ! く、クソッ!」

 

 機械人間が逃げる。

 さて、これで邪魔者はいなくなった。

 

「ふぅー……ッ」

 

 拳を構え、腰を落とす。

 精神を統一し、狙いを定め、筋肉を流動させて────

 

「ハァッ!」

 

 裂帛。

 拳が金庫の扉を大きく歪ませ、吹き飛ばし、そして一瞬後に爆弾が作動。

 派手な音を立てて金庫の周辺が爆炎に包まれる。

 

「……ふぅ」

 

 紙幣の類は悉くが燃え、金の類は砕け散った。

 そして、やはりリュウタロウは無事である。

 

「……しかし、思ったよりも地味だったな」

 

 そりゃあ金庫の金を盗まれるのを防止するためなのだから当然と言えば当然の話であるのだが、建物を倒壊させるほどでは無いようだ。

 仕方がないので、リュウタロウは自力で建物を破壊することにした。

 そうしてリュウタロウの拳がコンクリートを砕き、鉄筋を壊してゆけば、割とあっさりカイザーバンクは倒壊した。

 

「……ほう」

 

 瓦礫の中からリュウタロウは歩み出る。

 外に出れば、リュウタロウには何百もの銃口が向けられて居た。

 エンブレムを見る限り、カイザーの私兵だろう。こちらを向く戦闘ヘリもそうだ。

 

『……よくもやってくれたな。リュウタロウ。……いや、ここまでのことをしてくれた敬意を払い、犯罪王と呼んでやる』

 

 そうリュウタロウに呼びかけるのは、ホログラムに映った機械人間だ。

 格好は勿論、ボディの作りから見ても、明らかに他の機械人間とは格が違う。

 恐らくカイザーのボス的存在の1人であり……それだけだった。

 

「……それで?」

『特に話すことはない。大人しくしておけばよかったものを、我々に手を出したことを後悔しながら、苦しんで死ね』

 

 ホログラムの機械人間が手を振り下げた瞬間。

 カイザーの私兵たちは一斉掃射を開始する。

 

 さて、そこから繰り広げられたのは、やはり一方的な蹂躙劇であった。

 千の軍隊は一の最強に手も脚も出ず、戦闘ヘリや戦闘ロボすら彼の足元にひれ伏した。

 

「うわああああああああああああああ!?」

「嘘だろ!? こっちが一体何人がかりだと……うっ、うおああああああああああああ!?」

「そ、操作が、操作が効かない! 押さえ込まれて……ああああああああああああああ!!」

「にっ、逃げろぉ!? 勝てるわけがないっ、勝てるわけが……うわあああああああ!?」

 

 怒号。爆発。怒号。悲鳴。爆発。怒号。怒号。爆発。爆発。爆発。悲鳴。爆発。悲鳴。爆発。悲鳴。悲鳴。爆発。爆発。悲鳴。爆発。悲鳴。怒号。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。爆発。爆発。爆発。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。爆発。悲鳴。爆発。爆発。悲鳴。悲鳴。怒号。爆発。爆発。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。爆発。悲鳴。爆発。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 

 何千、何百ものギャラリーの前で、軍が1人の暴力に蹂躙される。

 ある者はその光景に悪魔を見出し、ある者は天使を見出す。

 それ程までにその光景は残酷で、鮮烈で、凄絶だった。

 

 カイザーの私兵が全滅するのには、数分もかからなかった。

 後に残ったのは死屍累々の瓦礫の玉座。

 そして頂点に座するのは壮健のリュウタロウ。

 

 こうして犯罪王の名は、確固たるものになった。

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