犯罪王の黒くて青い春   作:POTROT

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天国のような地獄の犯罪王

 トリニティ総合学園はゲヘナと同じくかつては二大校、現在は三大校の一つに数えられるが、正確には複数の学校や組織が統合して結成された一つの巨大派閥である。

 リュウタロウが元いた世界で例えるならば、EUをそのままひとつの国としてカウントしたようなものだ。

 そうであるが故に、その領域は極めて広大で、生徒数も多い。

 ゲヘナと双璧を成すと呼ばれるに相応しい、キヴォトスで最も強い力を持った学校の一つであると言えるだろう。

 

 そんなトリニティの校風であるが、ゲヘナのそれとは全くの真逆である。

 ゲヘナが自由と混沌ならば、トリニティは規律と秩序と言ったところか。

 全体的に優雅なお嬢様学校と言った具合の雰囲気であり、その治安は極めて良好。

 遠目に覗いてもあらあらうふふと、少女たちが優雅に茶と甘味を嗜む姿が見られる。

 

 また、立ち並ぶ店もそれに合わせたようにいかにも格式高そうな高級店ばかり。

 店構えからして、以前は極めて普通な一般人、そして現在は薄汚れた犯罪者としての価値観を持つリュウタロウを遠ざけるような高級オーラが滲み出ている。

 正直なところ、リュウタロウは早くもこの場所に来てしまったことを後悔し始めていた。

 

 しかし、ここはキヴォトス。

 人の居るところに悪意あり。

 どうせこの場所にも悪徳が溢れているのである。

 であるのならば、リュウタロウが動かないわけにも行くまい。

 

「……ふむ」

 

 しかし行動を開始する前に、リュウタロウは身なりを整える必要があった。

 ヒナとの戦闘により、変装に使っていたコートが穴だらけになっていたのだ。

 こんな状態でトリニティの街を歩けば、余計な注目を集め、要らぬ顰蹙を買う事になるには火を見るよりも明らかである。

 最低限の格式ある服装と、それと何でもいいから銃の一つが欲しいところだ。

 

 とは言え、そう望んだところですぐにそんなものが用意できるわけもない。

 その辺のブティックやらガンショップから略奪すれば一発でなのだろうが、悪徳でない店から略奪を働くのはリュウタロウの犯罪王としてのポリシーに反する。

 であるならば、どうするか。

 考えられる手段は主に三つだ。

 

 一つ。一旦トリニティを諦め、他の自治区で良さげな服と銃を見繕う。

 二つ。幸いにも金はある程度あるので、襲われたと言う体にして正面からいい服を買う。

 三つ。悪徳なブティックを見つける。

 

 最も確実なのはやはり一つ目であろう。

 二つ目もまぁ悪くはないが、しかし確実に顔を見られる事になるので、リュタロウとバレてしまう可能性もある。そうなれば面倒だ。

 三つ目は……まぁ、うん。あってくれればいいなぁという希望的観測である。

 

「……仕方あるまい」

 

 暫くの長考の末、リュウタロウは一つ目を選ぶことに決めた。

 折角トリニティ自治区まで来たわけであるが、出戻りだ。

 まぁ、格式高い店はドレスコードがあり、更には予約制である事がほとんどである。

 仕方が無かったと諦めるしかあるまい。

 

 となれば、次はどこへ向かおうか。

 連邦生徒会とか言うのがあると言うD.U.に行くのもアリであるし、一瞬だけブラックマーケットに戻ると言うのもアリだ。

 どちらにせよ、少なくともある程度の格式ある服は手に入れられるだろう。

 それからまたすぐにトリニティに戻ればいい。

 

「……う、うぅ……」

 

 スマホを開き、地図を確認していると、何やら近くから苦しそうな声が聞こえた。

 そう、ちょうど流れている川の方からだ。

 

「いかん!」

 

 地面を蹴り、急いで河原の方へ出る。

 すると、そこにいたのは溺れてこそいなかったものの、その全身を水に濡らし、純白の制服を泥で汚した、トリニティ生の姿だった。

 

 近くに駆け寄れば、リュウタロウは少女がいかに満身創痍であるかを理解する。

 顔には痛々しい青痣が浮かび、制服はズタズタに切り裂かれ、爪は剥がれて血が流れている。

 そして、その体は極めて冷たい。

 きっとつい先程までこの川を流されて来たのであろう。

 見れば、それを示すかのように川の方からこちらの方へ這ってきたような跡が見られた。

 ただでさえ今は冬だ。早く温めてやらねば、このまま死んでしまうやもしれない。

 

「……っ、これは……!」

 

 そうしてリュウタロウは急いで濡れた制服を脱がそうとして……両足を固定するようにして結ばれた縄に気が付いた。

 瞬間、リュウタロウの脳裏に浮かぶのは二つの可能性。

 いじめ、あるいは自殺である。

 だがしかし、自殺であるのならばこれほどまでに必死に生きようとした形跡が見られるわけもない。

 よく見れば、この制服も何やら鋭利な刃物のようなもので斬りつけられたようである。

 となれば、即ち────

 

「いや、それは今ではない」

 

 リュウタロウは今すぐにこの川を遡り、このような事をしでかした下手人を殴りつけてやりたい衝動に駆られたが、最優先はあくまでも人命である。

 縄を引きちぎり、制服を脱がせてから自らのコートを着せ、そしてあたりの枯れ草を集めて火を起こした。

 勿論火種は圧倒的身体能力による摩擦力で用意したものである。

 

「……うぁ、あ、あれ……」

 

 そうして暫くすれば、少女が目を覚ます。

 少女はまず自らの状況に驚き、そして目の前の男が例の犯罪王である事に取り乱し、しかしその犯罪王こそが自らの命の恩人である事を悟ると、すぐに大人しくなった。

 

「えと、その……ありがとう、ございます……?」

「礼はいい。何があったかを話してくれ」

「は、はい! その……」

 

 少女が話したのは、何とも胸糞の悪い話であった。

 

 まず、彼女の親はとある会社の社長であったらしい。

 事業もある程度は順調で、金に余裕があり、そうであるからこそトリニティに通う事が出来た。

 だが、数ヶ月ほど前に事業が失敗。

 経営は傾き、遂には倒産してしまったのだと言う。

 

 ……その結果、彼女の学校内での地位は底辺に堕ちた。

 と言うのもこのトリニティという学校、本人の家柄が重要なステータスの一つとされているらしく、そうであるが故に彼女の築き上げた地位は会社と共に崩れ去ったのである。

 

 そこからはひたすらに悲惨であった。

 連日彼女を襲う陰湿ないじめの数々は日々エスカレートするが、親に相談しようにも無駄で、学校に相談しようにもまともに取り合われず、そっと退学を勧められるのみ。

 その時点で退学すべきだったのだろうが退学しようにもどうにも踏ん切りがつかず、ずるずると学校に通い続け……そして最終的に、このような殺人未遂にまで発展した、と。

 

「わ、私、ずっと、辛くて、苦しくて、どうすればいいかわからなくて……!」

 

 ポロポロと涙を流し、心情を吐露する少女。

 その様を見て、リュウタロウは深い葛藤に悩まされる事になる。

 

 リュウタロウとしては、今すぐにでもそのゴミクズ共を叩きのめしたくて叩きのめしたくてたまらない。

 目の前の少女を苦しめた畜生共に天罰を下してやりたい。

 地獄よりも更に苦しい責め苦を食らわせてやりたい。

 

 だが、リュウタロウはそうする事が出来ない。

 何故ならば彼は犯罪王であり、犯罪王として生徒に手を出す事はできないからである。

 そう、リュウタロウは悪徳な大人を粛清することができようにも、しかし悪辣な生徒を処断する事はできないのだ。

 

 別にここで戒めを破り、少女達を殴りに行く事は極めて簡単である。

 だが、そうする事で、犯罪王の冠は生徒に手を出したと言う泥を被ってしまう。

 そうなって仕舞えば、もはやリュウタロウは犯罪王を名乗れない。

 犯罪王は悪徳な大人の敵で、弱い生徒の味方であるからこそ犯罪王なのである。

 

 しかし、だからと言って目の前の少女を放置することもできない。

 犯罪王は弱い生徒の味方なのである。

 このまま戻ったところでまた酷い目に遭う事が確定しているような子に、口先ばかりの安寧のみを与えて帰すなど、出来るはずもない。

 

 正しく二律背反である。

 犯罪王は、初めて大きな壁にぶち当たったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……すみません、もう、帰りたくないんです。暫く……私の心が落ち着くまで、ご一緒させてくださいませんか? 私に出来る事ならば何でもします」

 

 震えた声でそう言う少女の願いを聞き入れ、リュウタロウは彼女を連れてD.U.への道を辿る。

 途中で彼女に適当な服や靴を幾つか見繕いつつ、数時間。

 その間にもリュウタロウはずっとどうするべきかを考えるが、しかしリュウタロウの中で答えは出ない。

 

 このまま彼女を協力者として引き入れて、有耶無耶にしてしまおうか。

 いよいよ困り果ててそんな考えが浮かんで来るも、しかしリュウタロウはすぐに頭を振ってその考えを捨て去る。

 

 きっとトリニティにおいて、このような問題は珍しいことではないのだ。

 前の世界でもいじめは大きな問題となっていたし、女子校の、特にお嬢様校のいじめがえげつない事は様々なサブカルチャーにおいても常識である。

 

 つまるところ、彼女らは踏み台が欲しいのだ。

 良家のお嬢様としてプライドの高い彼女らは、少しでも自らを華やかに見せたい。

 そうであるからこそ、対抗馬は引きずり落とし、足蹴にしたい。

 自分以外の華の悉くを踏みつけ台無しにする事で、自らの華やかさだけを引き立てたい。

 

 だから、やる時は徹底的にやる。

 絶対に、絶対に。もう二度と再び咲く事がないように。

 完膚なきまでに。完全に。

 折れ曲がり、ひしゃげ、潰れるまで。

 

 きっと、トリニティに渦巻く悪意はそう言う類のものであるに違いない。

 そしてその中に大人達の悪意は無いのだ。

 大人達の悪意が介在する余地は元より無く、仮に悪意を持って接したとしても、より強く、圧倒的な力に擦り潰されてしまうから。

 

「……む?」

「え?」

 

 ピーン、と。

 リュウタロウの頭上に電球が浮かぶ。

 

 力、そう、力だ。

 重要なのは力である。

 確かにトリニティ生は強い力を持っているだろう。

 だが、それはトリニティ生自身の力では無い。

 あくまでトリニティ生の家族の持つ力でしかないのだ。

 彼女とて、親が力を失ったから同時に自らも力を失ってしまったのである。

 

 となれば、トリニティ生自身を潰すのでは無く、トリニティ生のその親を潰せばいいのではないか。

 

 生徒は直接相手にせず、相手にするのはあくまで大人。

 そしてその大人は自らの娘が悪辣極まり無いいじめを働いたので、監督責任を負う必要があるとすれば、潰すだけの口実になる。

 そうして潰してやれば間接的に娘の方にも損害が及ぶので、十分な制裁であるとも言える。

 

 成程、完璧だ。

 更には犯罪王がいじめ犯相手にはそう言う対応をすると知らしめれば、親は娘にいじめを働かないよう教育し、娘もいじめを自粛するだろう。

 うむ、考えれば考えるほど完璧である。

 

「えっ、その……えっ、でっ、出来るんですか!? いや、その、私みたいなのが少しでも居なくなってくれればいいのは確かですけど……」

 

 被害者である彼女も乗り気なようだ。

 そうと決まれば、早速行動を起こすに限る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 D.U.である程度の服を揃え、被害者の少女も無事に事情を説明しつつ親御さんの元へ送り届けた後、リュウタロウはトリニティ内で本格的な行動を開始した。

 被害者の少女にいじめを働いたゴミカス共の実家を調べるのは勿論、他のトリニティ内の学校でも同じようないじめが起こっていないかを徹底的に調べ上げたのである。

 

 すると出るわ出るわ陰湿ないじめの数々が。

 教室の机に花瓶が置いてあったり、体操着がトイレに流されていたり、教科書がゴミ箱にぶち込まれていたり、上履きに画鋲が仕込まれてあったりと……典型的ないじめのオンパレードであった。

 当然、これだけでは済まされない。中には事故を装って熱湯を浴びせかけられたりとか、実家の経営する店の前にゴミが放置されるようになったとか、そう言う洒落にならないものまであった。

 

 調べているうちに何度リュウタロウの気分が悪くなった事だろうか。

 リュウタロウは数日で一気にトリニティのことが嫌いになった。

 ゲヘナより治安がいいとか、優美な雰囲気があるとか、そんなプラスポイントが意味を為さないほどにマイナスもマイナスである。

 

 更には正義実現委員会とか言うトリニティ版の風紀委員会の存在もマイナスポイントだ。

 正義実現委員会の方は正義なんて微塵も実現出来ていないくせに『自分達はトリニティの平和を守るエリート集団です』みたいな面をして街を闊歩しているところが気に食わない。

 何なら委員会の一部メンバーに関してはいじめを黙認しているようですらある。

 最悪だ。

 

 リュウタロウのトリニティの評価は、お嬢様学校から綺麗な肥溜めへと進化を果たした。

 中世ヨーロッパは街中が糞まみれであったと言うが、トリニティは街そのものが糞である。

 こんなもの、ブラックマーケットの方がまだ10億倍もマシと言うものだ。

 もはや街中を歩くことすら苦痛であった。

 

「だが、それもこれまでだ」

 

 10日目にして、リュウタロウの調査はようやく終了を迎えた。

  あとはこの溜まりに溜まったフラストレーションを爆発させる……もとい、悪辣なゴミカス共に、天罰を次々と下してゆく時間である。

 

 

 

 

 

 まず1軒目は高級時計店である。

 並ぶ時計はどれも煌びやで、かつ精巧な細工が幾つも施されているそれらは、一番安いものであっても一千万は下らない。

 それがずらりとショーケースに並んでいるのだから壮観だ。

 なので、それを纏めて叩き壊した。

 

「う、うわああああああああああああ!?」

「えっ、あっ、は、犯罪王だあああああああああああ!?」

 

 店内に悲鳴が迸り、数人居た客が大慌てで店を飛び出して行き、代わりに店の奥から顔を真っ青にして飛び出して来るのは店を任されていた機械人間。

 

「ほ、本当に……な、何故だ! この店は悪いことなど何一つとしてしていないぞ! その価格だって、正当なものだ!」

 

 機械人間が必死の形相で────と言ってもリュウタロウにはよくわからないので、きっとそうであろうという予想であるが────叫ぶ。

 どうやらリュウタロウの破壊する店の条件が悪徳を働いた事であるというものは、もう広く周知されているようだ。

 事実として、この店自体は極めて潔白である。

 だが。

 

「貴様の雇い主に伝えておくといい!! 『貴様の娘が陰湿ないじめを働いた』とな!!」

 

 店の周囲にいる人間にも聞こえるように、大声でそう告げてやる。

 そうすれば、にわかに野次馬がざわついた。

 

「上履きに画鋲を仕掛けたのだ! 針を扱う時計屋の娘として、自覚が十分にあるようだな!」

「なっ……お、お嬢様が……っ」

「ではな。しっかり伝えておけ」

 

 帰り際に蹴りでもう一つショーケースを破壊しつつ飛び出し、次の場所へ。

 

 次の標的はとある高級ホテルだ。

 創業から二百年という長い歴史を持つ由緒正しいホテルであり、一泊の値段は50万円近く。

 トリニティを代表するそんなホテルであるが、悲しいかな娘がいじめを働いてしまったばっかりに、リュウタロウの歯牙にかかってしまうのだった。

 

 とは言え、ホテルを利用している客に罪はない。

 流石にホテルの建物そのものを破壊するわけにもいかないので────

 

「あ、ああああああああああああああああああ!! れ、歴史あるの品の数々がああああああああああああああ!?」

 

 取り敢えず展示してあった高そうな物を大体破壊して、廊下やらロビーやらも滅茶苦茶にした。

 

「オーナーに言っておくがいい! 『貴様の娘は他人の物を蔑ろにするどころか、便所に流すような醜女である』とな!」

 

 そう言い捨てながら壁をぶち破り、次の場所へ。

 

 三つ目の標的は宝石展である。

 もう見るからに高級そうなものしかない。

 燃えるような輝きを放つルビーから、深淵を垣間見るがごときサファイアまで、自然の産んだ奇跡の幾つもがこの場に結集していた。

 商品の平均価格として一億円を超えるようなものばかりである。

 が、残念ながらこれらの宝石も、娘の悪事のばかりに壊されてしまうのである。

 

「っラァ!!」

 

 取り敢えずショーケースを破壊。

 展示されていたネックレスやらイヤリングやらが宙を舞い、そして俺の足に踏み潰されて、砕ける。

 

「なぁっ……な、何故、こんな……!?」

「この店の主人の娘のせいだ。聞いておいてくれ。『宝石商の娘は、宝石の硬さを人間で試すものなのか?』と」

「ば……かな……!?」

 

 勿論現実である。

 リュウタロウはその一部始終を見ていたのだから間違いない。

 殴られた方は頭から血を流していたが、階段から間抜けに転んだ事にされたのだ。

 胸糞悪い事この上なかった。

 

 壁を破壊して、またも次の所へ。

 まだまだ潰さなければならない店や会社が50軒近くある。

 そのうちの15軒程度はD.Uに本社が置かれているので、トリニティにあるものは今日中に全部漏れなく潰して、さっさとこの肥溜めから抜け出してやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しゅ、出動! 出動! 正義実現委員会は総員出動!」

 

 正義実現委員会本部は、まさに蜂の巣を突いたような騒ぎであった。

 何せ、あの犯罪王リュウタロウがトリニティの中に入り込んだと言うのだ。

 ゲヘナでの活動が途絶えてここ1週間近く何の音沙汰も無かったが、どうにも静かに潜伏していたらしい。

 

 ゲヘナで活動してくれる分には何の問題もないどころか、むしろ大歓迎であった正義実現委員会も、トリニティ内部で動かれればたまったものではない。

 銃を担いだ構成員達が、我先にと目撃情報があった場所に急行して行く。

 それは一年生期待のコンビ……剣先ツルギと羽川ハスミも同様であった。

 

「犯罪王リュウタロウ……ですか。……はぁ、どうしてこのトリニティに……あのままずっとゲヘナで暴れ続けてくれていればよかったものを……」

「…………」

「どうやらカイザーの私兵を単独で壊滅せしめたと言うのは事実のようですし、私たちでも勝てるかどうか……」

「…………」

「ツルギ?」

 

 ハスミは相方であるツルギの様子がおかしい事に気づく。

 何やら深く考え事をしているようだ。

 

「……いや、何でもない。行くぞ」

 

 しかし、ハスミが声をかけると、すぐに速足で出動して行ってしまう。

 

「ああ、待って下さい、ツルギ! 私が走るのが得意でないことは、あなたも知っているでしょう!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 30軒目の運送会社のトラックの悉くを粉砕すると、流石にそろそろ感知されたようで、正義実現委員会の連中が押し寄せて来た。

 しかし、リュウタロウの身体能力を相手に追いつくことは叶わない。

 精々が遠くから銃を撃つのみだが、当たったとしてもリュウタロウは一切の痛痒を受けない。

 有効打を与える事のできないまま、リュウタロウは31軒目、32軒目、33軒目……と、次々と標的を破壊して行く。

 

 34軒目はレストランだった。

 三つ星にこそ届かないものの二つ星で知られる、トリニティ有数の有名店だった。

 そのシェフの娘が、制服をハサミでズタズタにしたのである。

 展示品は勿論、厨房は完全に破壊され、特に刃物の類は悉くが叩き折られた。

 

 35軒目はとある家具店であった。

 最上位の名家が調度品をオーダーメイドしに来るような、格式高い店だった。

 そのオーナーの娘が、机と椅子を窓から池に投げ落としたのである。

 店内は滅茶苦茶に壊され、道具の類は破壊された。

 

 そして36軒目。

 リュウタロウのトリニティにおける最後の標的であるそこは、楽器店であった。

 そこの娘が、無理やりハサミで髪を切り裂いたのである。

 なので、リュウタロウは少なくとも弦楽器は全て破壊してやろうと心に決めていた。

 

 そうして、リュウタロウがその店へ侵入しようとした瞬間。

 

「!!」

 

 ダァン、と。

 横合いから強かに打ち付けられ、吹き飛ぶ。

 ゴロゴロと地面を転がり、立ち上がってみれば、そこにいたのは二人の正義実現委員会の姿。

 

 二人とも黒い長髪に、赤い眼、背中からの羽と、共通した特徴を数多く持っていたが、それぞれが強烈な個性を放っていた。

 一人はやたらと猫背で、なんかよくわからんが血みどろのヤバい人であった。

 そしてもう一人は色々とやたらとデカいくせに制服のサイズがあっておらず、色々と見えている痴女かと見紛うようであった。

 

「犯罪王リュウタロウ。貴方を正義の名の下に処断します」

 

 失笑が漏れると言うものである。

 いじめを黙認して正義とは。どの口が言えたものなのだろう。

 ……否、違う。正義とは人それぞれが持つもの。きっと彼女らの正義には『いじめをは悪である』と言う項目が無いのだろう。

 

「ッ!」

 

 そんなリュウタロウの嘲笑を知ってか知らずか、デカい女の方が険しい顔でスナイパーライフルを構え、トリガーを引くが、リュウタロウはそれを首を傾げて避ける。

 

「きえええええええええええええええッッ!!」

「……!」

 

 そこに突貫してくるのは猫背。

 遊戯王のマリクを思い起こさせるようなエグい顔で二丁のショットガンをぶっ放して来る。

 成程、痛い。どうやらコイツもヒナやネルの同類のようだ。

 何にせよ、まともに相手をするのはやはり無駄。

 猫背の横をすり抜け、楽器店の方へ。

 

「させません!」

 

 瞬間、リュウタロウの被害に突き刺さる狙撃。

 それは非常に強力であったが、しかしヒナの銃撃にも到底及ばない。

 必殺の大口径はリュウタロウの体勢をほんの少し崩しただけで、足止めをするに足りなかった。

 

「な、何なんださっきから……なっ、は、犯罪王……や、やめろおおおおおおおおおお!?」

 

 遂にリュウタロウの魔の手が楽器店に及ぶ。

 名器であったはずの商品の数々は、その悉くが破壊されてしまった。

 

「くっ……!」

「……………」

 

 その光景を見て悔しげに歯噛みするデカい方と、静かに観察する猫背。

 リュウタロウは銃を構える二人の横を通り過ぎ、トリニティを出てD.U.の方に向かおうとする。

 

「……何故だ?」

「……ふむ?」

 

 猫背の方の質問に、リュウタロウは足を止める。

 

「何故、お前は暴虐の限りを尽くす? 私利私欲のためではないのだろう。ならば、何故だ」

「分からんか? お前達と一緒だ。お前達と同様に、俺は俺の正義を為しただけだ」

「馬鹿な!」

 

 デカい方が反応する。

 

「我々の正義を、正義実現委員会を侮辱するつもりですか!?」

「そんなつもりは毛頭ない。お前らにはお前らの正義があり、俺には俺の正義がある。それだけだろう」

「破壊と略奪が含まれる正義など、認められません!」

「そうだな。俺もいじめを容認する正義など認められない」

「何を……ッ!」

「黙れ、ハスミ」

「ツルギ!」

 

 食ってかかろうとしたデカい方を──ハスミというらしい──猫背が──こちらはツルギと言うらしい──止める。

 

「今日、狙った場所にはどのような法則性がある」

「いじめを働いた生徒の親が営業している場所だ。生徒を直接攻撃するわけにはいかんのでな」

「そうか」

「そうかではありません! 親が経営する場所を潰すなどっ……それが、どれだけの影響を与えるか分かっているでしょう!?」

「分かっているからこそやったのだろう」

 

 ツルギが淡々と告げる。

 うむ、道理が実によく分かっているようだ。

 これがつい先程猿叫を上げながらマリク顔で突っ込んで来た人間と同一人物とは思えないな。

 

「……それがお前の正義か」

「そうだな。俺はこれを以て正義とする」

 

 互いに、無言。

 しばらくの間、睨み合いが続く。

 

「…………行け」

「ツルギ!」

「元よりそのつもりだ。また、縁があったら会うことになるだろう」

「くっ……ま、待ちなさい!」

 

 苦し紛れの一撃を避け、D.U.へ。

 早急に、残りの15軒も片付ける。

 悪辣の報いは、確実に受けてもらわねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツルギ! 何故逃したのです!」

「……もともと、勝てる相手ではなかった」

「っ……ええ、それは認めます! 認めますが、しかし増援を待てば……!」

「無理だ。勝てない」

 

 ハスミとツルギが言い合う。

 と言うより、ハスミが一方的にツルギを詰る。

 

「戦ってもいないのに、そんなことが────」

「ハスミ。お前は裸足で歩く生徒を見たことがあったな」

 

 ハスミの発言を遮り、ツルギが一言差し込んだ。

 

「それは……っ」

「見たことがないとは言わせない。私も一緒に見た」

 

 そう、彼女達は、裸足で街を歩く生徒を見かけたことがある。

 指先を真っ赤に変え、血の跡を残しながら、寒々しく石畳を歩く生徒を見たことがある。

 つまるところ、そう言うことだった。

 

「あの者に正義があると。認めるのですか、ツルギ」

「わからん。だが、少なくとも、私達にはどうしようもなかったことを、アレは成し遂げたのだろう」

 

 ゲヘナの校風が自由と混沌なら、トリニティの校風は規律と秩序。

 確実にそうであると分かっていても動けない事は、いくらでもある。

 彼女らの正義は、規律と秩序に縛られた範囲の中でしか身動きが取れないのだ。

 

「帰るぞ」

「……………わかりました」

 

 斯くして、犯罪王リュウタロウはトリニティから去った。

 トリニティに、深い深い爪痕を残して。




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