犯罪王の黒くて青い春   作:POTROT

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最先端都市の犯罪王

 あの人型との遭遇から一日。

 リュウタロウはブラックマーケットを荒らし回りながら、例の装置について調べていた。

 そして独自の調査の末、わかった事は以下の三点。

 

 一つ。出現させることのできるバリアは、防御手段としてしか使用できないこと。

 物体を切断したり、ONE PIECEのバリバリの実のように攻撃に転用したりできないと言う事だ。

 また、空中に出現させて足場にする、なんて事もできない。

 指定座標に出現し、解除しない限りその場に留まり続ける透明な板、という特徴で捉えればいくらでも応用がききそうなものだが、どうやら守ることにしか使えないようにプログラムされているようである。

 

 二つ。生徒であればこれを使用できること。

 何人か熱狂的なファンに実験に協力してもらったところ、大人に持たせても使えないが、生徒であるのならば問題なく使えるということがわかった。耐久力も据え置きだ。

 ただ使用後は少し疲れるらしい。

 リュウタロウはいくら連続で稼働させようが特に何も感じなかったが、しかしどんな弊害があるかわからない以上、連続使用は控えることにした。

 

 三つ。少なくとも、リュウタロウには理解不可能な代物であること。

 リュウタロウはこの装置を理解しようとして、諦めた。

 何せリュウタロウの持ついかなる知識と照らし合わせても、頭に思い描くだけで顕現と消滅を繰り返す質量を持った物質など存在しないし、そんな事を可能とする機構も存在しない。

 よってリュウタロウはこの装置を自らの頭上に浮かぶ光輪と同様、考えれば考えるだけ無駄な代物と判断した。

 

「……壊すか?」

 

 正直なところ、リュウタロウにとってはこれこそが最良の選択肢であるように思えた。

 そもそも大前提として、リュウタロウとしてはこんな装置いらないのである。

 それ事実は今までの実績が証明していた。

 

 当然、この装置自体は便利だ。

 本当に便利だ。まさにリュウタロウが欲していた物だと言っていい。

 

 だがそのプラス点を帳消しにして釣り合っているのがあの人型の胡散臭さと、この装置の得体の知れなさである。

 この装置には絶対に何かがあるのはリュウタロウにとって確信的であり、もはやその目的がこのどこにあるのかの問題であった。

 

 となれば、リュウタロウの取ることのできる最も良い選択肢は壊すか、そうでなければ誰の人の目にも触れない場所に封印するかの二択であった。

 

「……ぬぅ」

 

 しかしあの人型がリュウタロウと敵対したくないと言っていたのは事実のようだった。

 となればあの人型がリュウタロウにとって悪徳や悪辣を仕掛けて来ることはないだろう。

 確率は限りなくゼロに近いが、善意でこれを渡してくれただけかも知れない。

 何より……

 

「便利なんだよな、これ……」

 

 何かを守る、と言う点においてこのバリアは最強と言って差し支えなかった。

 リュウタロウの全力の一撃を喰らってもヒビが入る程度の耐久力は元より、ある程度の形をリュウタロウ自身が決めることができるのも素晴らしい。

 敵の攻撃から守りたいものを守る事ができるし、リュウタロウの攻撃からも守る事ができる。

 リュウタロウにとって、この装置は喉から手が出るほど欲しい代物だったのだ。

 

「………………」

 

 結局のところ、リュウタロウは装置を手放さない事に決めた。

 リスクは当然承知していたが、それを補って余りあるだけのメリットがあると判断したからであった。

 

 

 

 

 

 

 それから2日が経過して、リュウタロウが頼んでいた二つの品が完成した。

 

 まず最初に完成したのは服だ。

 下は黒いズボンが一着で、上は学ランとコートの2着。

 両方とも色は黒で、本当に金属繊維を何重にも編み込んで作った代物らしく、とても重い。

 一着10kg近くあるのではないだろうか。

 尤も今のリュウタロウにとって、10kgの服程度では重いとすら感じられないが。

 とにもかくにも耐久性は抜群である。

 

 そして見た目に関しては……まぁ、割と普通だ。

 学ランのボタンに彫られた意匠が死ぬほど精巧かつ美麗に作られた、美術品とすら言えるようなものであったりしたが、それ以外に特に語る点は無い。

 

 そんな事よりも銃の方だ。

 元よりリュウタロウがそう頼んでいたのもあるが、中々に凄まじい化け物銃が出来上がった。

 カタログスペックはこうだ。

『全長39.0cm、重量16.5kg、装弾数7、使用弾丸は.45ACP弾のオートマチック拳銃』

 元ネタと比べると若干重くなって、使用する弾丸が特製のものから市販品に代わったと言ったという具合だ。

 まぁ、入手のしやすさを考えると妥当である。

 それに特製弾丸でなくてもこの銃はえげつない化け物銃だ。

 

 何がえげつないって、そのサイズと重量である。

 全長39cm重量約17kgともなると、並の人間にはそもそも構える事すら難しい。

 

 ただでさえ約17kgとか言うふざけた重量があるのに加え、とんでもなく長い銃身がその重心を前に傾けまくっているものだから、すぐに銃口が下を向いてしまう。

 片手で持とうとすれば、たとえ100kgの握力があったとしても真っ直ぐに狙いをつける事はまず不可能だろう。

 なので片手でグリップを掴みながら片手で銃身を支えると言う、それこそサブマシンガンやアサルトライフルを構えるような形になる事は必至である。

 

 そしてやっと構えるところまで持って行けたとして、撃てばまぁ多分両腕がもげる。

 というか何なら両腕がもげるだけならまだマシな方だとすら言えるだろう。

 場合によっては肋が折れて肺や心臓に刺さって死ぬのではなかろうか。

 

 元ネタのジャッカルからしてウォルターに『人類には扱えない代物』と明言されているが、事実こんなものがまともな人間に扱えるはずがない。

 扱えるのはそれこそアーカードのような人外の化け物程度のものだろう。

 ちなみにリュウタロウはこれをアーカードと同じく片手撃ち出来た。

 丁度良い塩梅との事らしい。

 

 そして威力は当然の如く凄まじい。

 バリアの方はギリギリ無理だったが、厚さ20mmの鉄板は軽くぶち抜けた。

 これならば戦車は勿論、戦闘ロボや戦闘ヘリ相手にも十分に戦える。

 

 ……ただまぁ、これを実戦で使用する事は余り無いだろう。

 大抵の事に対しては普通にぶん殴った方が圧倒的に速いし正確だからだ。

 更に言えばこの銃は些かピーキー過ぎる。

 元ネタからして『とんでもない強度と再生能力を兼ね備える超人を再生能力ごとぶち抜き得る威力を兼ね備えた、至近距離での戦闘を前提とした銃』なのであるから、明らかに射程と威力がミスマッチを起こしているのである。

 拳銃として使うにしては強過ぎるし、狙撃銃として使うにしては精密性に乏し過ぎる。

 それこそアンデルセン神父が出て来た時くらいにしか使い道が無い。

 

 だがまぁそこはリュウタロウにとって何の問題もなかった。

 そもそもとしてこの銃を作ったのも格好付けのためである。

 確かに実用性も求めはしたが、一番重要なのは格好良いかどうかだ。

 その点、この銃はリュウタロウにとって満点と言って良いモノだった。

 

「よし決めた、お前は『ジャガーノート』だ」

 

 ご機嫌なリュウタロウが銃の銘を決める。

 どこかで聞き齧った、『破壊者』の意味を持つ言葉だ。

 標的どころか射手すらも破壊する銃の銘としては、相応しい名だと言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 早速とある廃ビルの一室でジャガーノートをバラし、手入れの際の確認をしていると、リュウタロウは何やらスマホがやけに騒がしい事に気がついた。

 一体何事だと振動するスマホをポケットから取り出せば、どこからか電話がかかって来ているらしい。

 当然リュウタロウはこのスマホで誰かに電話をかけたことなど無ければ、誰かにこのスマホの番号を教えたわけでもない。

 間違い電話か、さもなければ詐欺か。

 そう考えて画面をスワイプし、応答する。

 

『もしもし、こんにちは。リュウタロウさんですね?』

「!?」

 

 リュウタロウは驚く。

 スピーカーから聞こえて来るのは甲高く、聞き取りにくい機械音声だが、しかし確かにリュウタロウの名を呼んだ。

 となればこれは間違い電話ではなく、リュウタロウに向けてかけられたもの。

 しかし、いったい誰だというのだろう?

 

「……!」

 

 と、そこで、リュウタロウは数日前、ネルから言われたことを思い出す。

 となればこの電話口の先にいるのは、件の天才凄腕ハッカーか。

 

「……そうだ。俺がリュウタロウだ」

『はい、存じておりますよ、ええ。この天才病弱美少女ハッカーは何でもお見通しです。貴方がこの私を欲してやまず、昼も夜も眠れないと言うのも存じております』

「…………」

 

 リュウタロウはネルの言いたかっただろう事を、もうこの一瞬で完全に把握していた。

 アレだ。この電話口の先にいるハッカー、自己肯定感が天元突破してるタイプの変態だ。

 こういう類の輩には口先だけのタイプと本当にすごいタイプの二種類が考えられるが、しかし、ネルが紹介したと言う事は実際にこれだけの大口を叩いても誰も文句を言えないような実力の持ち主なのだろう。

 

 それに、そもそもこちらが協力を要請している身。

 ここは向こうの機嫌を損ねないようにしなければ。

 己を殺し、リュウタロウは口を開く。

 

「……そうだ。大体あっている」

『はい、そうでしょう。何せこの私は一年生の身でありながら「全知」の学位を獲得したミレニアムの頂点、超天才美少女頂点ハッカーですので。私を求めてしまうのは仕方のない事だと言えるでしょう。……ああ、あの犯罪王すら手を伸ばす……流石は断崖絶壁の高嶺に咲き誇る一輪の白いスイレン……』

 

 すごい。

 多分機械音声で身バレを防止しているのだろうが自画自賛をべらべら喋りまくるお陰で、個人を特定できそうな情報が飛び出て来た。

 しかも本人はそれに全く気付いていない。

 馬鹿と天才は紙一重ってそういう事なのだろうか。

 

『……さて、そんな高嶺オブ高嶺の花な私がわざわざ忙しい時間の合間を縫ってあなたにお電話差し上げたわけですが……早速本題に入ってしまいますと、協力する事自体は別に構いませんよ』

「本当か?」

 

 まさかの突然のOKサインにリュウタロウは驚く。

 まだまだずっと話が続くものだと思っていたからだ。

 

『勿論タダでとは申し上げません。あなただけが私の力を使うことができるというのは不公平にも程がありますので、こちらの要求にも肩揉みから戦闘まで引き受けて頂きます』

「……まぁ、そのくらいなら構わんが」

『おや、意外ですね。話に聞く犯罪王は強欲かつ傲慢で、この世の全てが自らの所有物であると豪語して憚らない危険人物というものでしたのに』

「誰だそれは」

 

 本当に誰だそれは案件である。

 いやまぁ確かにリュウタロウにも力を得てから多少は傲慢になった自覚はあるが、しかしこの世の全てを手に入れた覚えはない。

 確かに富と名声と力は手に入れたが、それ以外はからっきしだ。

 

『まぁ、良いでしょう。どちらにせよあの犯罪王を顎で使うことができる者など、この超極大天才病弱美少女ハッカー王である私くらいなものです』

「……そうか」

 

 リュウタロウはもう何でも良いからこの電話を切りたかった。

 漏れ出そうになる溜め息を必死に抑えるのは疲れるのだ。

 

『……ああ、しかし、せっかく私の力を使わせて差し上げるというのに、何の試練も無いというのは些か私の力を安売りしすぎですね。これはいけません。これでは私の丁寧に磨き込まれた100カラットのダイヤモンドの如き価値が泣いてしまいます』

「……」

 

 瞬間、リュウタロウに嫌な予感。

 

『そうですね……ああ、こういたしましょう。リュウタロウさん、もしどうしてもこの私の力を求めるというのでしたら、ミレニアムの何処かにいるこの私を見つけてみてください。そうすれば私は正式にあなたと契約を結んで差し上げましょう』

「……………………ミレニアムの何処かに?」

『ええ、ミレニアムの何処かに。時間制限は設けませんので、どうか必死に探してください』

 

 ポロン、と。軽快な音を立てて電話が切れる。

 リュウタロウは思わず手に持ったスマホを握り潰したい衝動に駆られたが、しかしすんでのところで思い留まり、ポケットにスマホを戻す。

 

「………………はぁああああああああ………………」

 

 そうして、特大のため息を一つ。

 

「……無理ゲーだろ」

 

 ミレニアムの何処かにいる特定の生徒を見つけ出す?

 冗談ではない。どれだけ大変な作業をさせるつもりだという話である。

 ゲヘナやトリニティほど広くはないが、あの自治区はとにかくビルが多くて縦に長いのだ。

 まぁどうせミレニアムサイエンススクールの校舎の周辺にいるのだろうが、それにしたって敷地は膨大であるし部屋数は膨大であるし地下は複雑であるし……

 しかもミレニアムの防衛システムを相手取りながら探せということだろうか。

 大変どころの騒ぎではない。

 

「…………だがなぁ」

 

 それで大天才凄腕ハッカーが手に入るというのなら、リュウタロウにやらない手はない。

 更に言うと、これは良い機会でもある。今までミレニアムでは本格的に活動していなかったので、そのハッカーを探すついでに悪徳企業を粛清すれば良いのだ。

 まさに一石二鳥である。

 そうと決まれば早速準備だ。

 

「コイツの初運用にもなるだろうか」

 

 そう呟き、リュウタロウは並べられたジャガーノートの部品を組み立て始める。

 10分後、リュウタロウはこれまた特注のホルスターにジャガーノートを納め、ミレニアムの自治区目掛けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ミレニアムに潜入し、ハッカー探しと同時に悪徳企業の粛清を始めたリュウタロウであるが、3日目の昼にしてリュウタロウは叫ばずにはいられなかった。

 

「治安、良っ! 悪徳、無っ!!」

 

 そう、そうなのである。

 このミレニアム自治区、最新鋭の警備ドローンや警備ロボットが四六時中センサーを光らせ、その上で最新鋭の防犯機能がそこらで作用しているので、他の自治区が比較にならないほど治安が良かったのである。

 

 またそれだけに飽き足らず、大人の悪徳も非常に少ない。

 これには恐らくミレニアムサイエンススクールの特徴が関係しているのだろう。

 と言うのも、である。ミレニアムサイエンススクールという学校は三大校に数えられるキヴォトスの中で最も力を持った学校の一つであるだけでなく、今まさにキヴォトスの最先端を征く研究機関であり、同時に開発機関でもあるのだ。

 つまるところ、この学校は使う側ではなく作る側なのである。

 

 そして反対に、ミレニアム製の機材やら何やらを買って使う側が企業だ。

 当然、作る側と使う側では作る側の立場の方が上。

 そのため企業はミレニアム生に強く出られず、生徒をカモにしたい悪徳企業は育たないのだろう。

 

 ただ完全に悪徳企業がゼロであるというわけではなく、レアメタルを装ってただの鉄を売りつける詐欺師や、似非科学に走ってゲルマニウムブレスレットとか言うわけわからん代物を売りつけるセールスマン、色々と屁理屈をこねくり回して支払いを踏み倒そうとする企業などは居た。

 数は少なかったが、漏れなくリュウタロウが潰しておいた。

 

 あと、この学校は生徒による悪辣も非常に少ない。

 それは生徒のほぼ全員が研究一筋で、いじめのために使う時間が無いからだろう。

 実に良いことである。研究に打ち込んで、是非とも良い結果を出して欲しいものだ。

 

「…………平和だ」

 

 いや本当に平和だ。

 悪徳も悪辣も無く、犯罪王による活動が要らないという点に関しては、間違いなく平和だ。

 ただ……うん。まぁ、それはあくまでも犯罪王基準の平和である。

 であれば、一般的な基準で見ればどうであるかというと……

 

「すみませぇえええええええええん! 止めて下さぁああああああああああああい!!」

 

 まぁ、暴走した発明品が火炎放射器を最大火力でぶっ放しながら歩道を爆走したりしている時点で、間違いなく平和とは言い難いだろう。

 そしてこのような事件は決して珍しいことではない。

 他にも1時間に2、3回くらいのペースで大爆発が起きたり、一日に一棟のペースでビルが崩れたりとえげつない。

 銃撃戦こそ起きていないものの、一日あたりの被害額の大きさならゲヘナにも比肩し得るだろう。

 

「後先考えないのが多すぎるんだよな、ここ……」

 

 ミレニアムの生徒達は天才である。

 天才であるが故にその発想力は凄まじく、そしてミレニアムにはそれを形にできるだけの機材と材料と人材が揃っているため、とにかく考えついたものを片っ端から作ろうとする。

 そして作っている最中に新たなアイデアが湧き出してしまい、今作っているものにドンドン機能を追加して……それが災いして爆発を引き起こしたり、あのような暴走兵器を生み出すのである。

 

 まさしく馬鹿と天才は紙一重という言葉の通りであり、その馬鹿のせいで周囲にかかる迷惑や被害は凄まじい事になっているが……そこに悪意が含まれていない以上はリュウタロウの粛清対象にはなり得ない。

 

「まぁ、俺の力が必要ない分には何でも良いか」

 

 現状はどうであれ、悪徳と悪辣が存在しないのは素晴らしい。

 何にせよ、リュウタロウにとっても暴力に頼らず解決できるのならそれがベストなのである。

 

「…………………………む」

 

 ふと気配を感じ、リュウタロウが空を見上げる。

 するとそこからリュウタロウを見下ろしているのは、まるで空飛ぶルンバが如きドローン。

 

「……見つかったか」

 

 先にも述べた通り、ミレニアムには四六時中警備ロボや警備ドローンが目を光らせている。

 その方面では有名人であるリュウタロウは、ミレニアムの学都に侵入した時点でその存在を捕捉され、それ以来ずっと機械によって追われ続けていた。

 向こうも無駄だとわかっているのか攻撃こそ仕掛けてこないが、観察を続けられ、リュウタロウの狙いがミレニアム生のハッカーであることを察知されると面倒である。

 そのため、リュウタロウは見つかる度に機械達を撒かなければならなかった。

 

「早いところ、目的を達成せねば……」

 

 地面を蹴り、ミレニアムの裏通りを疾走する。

 目当てのハッカーの居るであろう、ミレニアムのスタディーエリアに向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、頑張っているようですね」

 

 リュウタロウの予想通り。ミレニアムサイエンススクール・スタディーエリア、その地下の一室に、天才病弱美少女ハッカーこと、明星ヒマリは居た。

 目の前のモニターに表示されるのは、ミレニアム学区中のカメラに捉えられたリュウタロウの姿と、スマホをハッキングして得たリュウタロウの位置情報。

 生身とは思えない、圧倒的な速度で動くそのマーカーに、ヒマリは微笑む。

 

「ヒマリ」

 

 そんなヒマリの背後に近寄るのは、セミナー次期会長とも目される女、調月リオ。

 タブレットを片手に抱く彼女の表情は、酷く硬い。

 

「何でしょうか、リオ? この私の部屋にノックもせず入室とは。それだけの緊急事態なのでしょうね?」

「……わかっているでしょう、ヒマリ。私はセミナーとして、これ以上犯罪王に好き勝手させるわけにはいかないの。そのために協力してちょうだい」

 

 はぁ、と。ヒマリは嘆息する。

 相変わらずこの女には余裕というものがない。

 

「別によいではありませんか。犯罪王。どうせ潰されたのも、いなくなって困るどころか助かるような企業ばかりでしょう? それに、私が協力したところでどうなるというのです? 私が情報を提供すれば犯罪王を捕縛出来るとでも?」

 

 少し前に、ミレニアムの中で犯罪王の身体能力を解析したレポートが出回った。

 最高時速250km/h以上。パンチ力120t以上。キック力200t以上。防御力は50口径ですらまともなダメージにはなり得ない程で、催涙ガスや麻酔なども効かない。

 そして恐ろしいのは、これでまだ本気を出していないという点。

 こんな歩く災害とすら言えるような存在に、一体どう対抗するというのだろうか。

 

「そうね。でも、犯罪王がこちらを攻撃対象として見ていない以上、攻勢を続ければいつかは退去するはずよ」

「そうですね。では犯罪王への対処はそちらへ任せます。私も暇ではないので」

「…………ヒマリ」

 

 これ以上話すことはない。

 そう言わんばかりに再びモニターを向いたヒマリを咎めるように、リオは口を開く。

 

「あなたが犯罪王のファンだということは知っているわ。だけど、この問題は私だけではなくミレニアム中の────」

「────はぁああああああ…………」

 

 特大の溜め息で以て、ヒマリはリオの話を遮った。

 

「どうしてあなたはそうもデリカシーが無いのでしょうね? いえ、まぁそうであるからこそあなたらしいとも言えますが」

 

 呆れたように、ヒマリはリオを揶揄する。

 今度は、リオが小さく溜め息を吐いた。

 

「……ヒマリ。今はそんなことを言っている場合ではないの。早急に犯罪王リュウタロウのスマホをハックし、位置情報をリアルタイムで表示しなさい。これはセミナーからの命令よ」

 

 交渉が意味を為さないのなら、交渉はしない。

 見下しながら、どこまでも高圧的に、自身の立場を最大限に利用して、調月リオは命令する。

 それが最善であると、心の底から信じて。

 

「…………」

 

 そこに他人の心情など、一切考慮されていない。

 調月リオは、どこまでも合理的であった。

 

「…………いいでしょう。完了次第連絡しますので、今は下がってください。あなたがいると気が散ります」

 

 そうであるからこそ、反感を買う。

 リュウタロウの位置情報が表示されるウィンドウは、他のウィンドウに被されるようにして隠されていた。

 

「わかってくれて嬉しいわ。それじゃあ、頼むわね」

 

 そう言い残して、リオはヒマリの部屋から去った。

 

「……きっとあなたにはわからないのでしょうね。彼の価値が」

 

 閉ざされた扉を見つめ、ヒマリは独りごちる。

 それは呆れであり、同時に憐れみでもあった。

 

 瀬治山リュウタロウという存在は、半ば奇跡に近い。

 リュウタロウが居れば、何が出来るだろうか?

 リュウタロウにしか出来ないことが、幾つあるだろうか?

 上手く利用さえ出来れば、リュウタロウがもたらす利益は計り知れない。

 あのようなつまらない真似をさせるだけで放置など、一体どれだけの損失だろう。

 リュウタロウは排斥すべきではなく、仲間に引き入れ、利用すべきなのだ。

 

 そう思っていたからこそ、ネルから件の話が飛び出して来た時、ヒマリはがっつかないように自らを抑えるのに精一杯であった。

 あまりにも性急になりすぎて、リュウタロウに舐められるわけにはいかなかったからだ。

 このような試練なんてものを用意したのも、リュウタロウに舐められないためである。

 

 しかし、少々事態が大きくなりすぎた気もする。

 そろそろ収集をつけるべきだろう。

 

「そろそろ、ヒントでも出しましょうか。……いえ、ここはネルにお願いしましょう。彼女ならば、きっと上手くやってくれるはずです」

 

 意気揚々と、ヒマリは鼻歌混じりにキーボードを叩き始めた。

 

 

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