犯罪王の黒くて青い春   作:POTROT

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天才ハッカーと犯罪王

「……むぅ」

 

 機械達の追跡を振り切り、ミレニアムサイエンススクール・スタディーエリアに潜入したリュウタロウであったが、しかしすぐに行動を起こすことはできなかった。

 ミレニアムの誇る最新の防犯設備と警備システムを警戒したからだ。

 

 件のハッカーとの関係を誰にも知られるわけにはいかない以上、リュウタロウはハッカーの居場所を突き止めた上で、誰にも見つからず、更にはあらゆるシステムに引っ掛からずに目的地に辿り着く必要があった。

 そして再三言うが、ミレニアムはキヴォトスの最先端を行く研究機関にして開発機関。

 当然ながら配備された警備システムも防犯システムも最新鋭のそれに違いなく、どのような手段でリュウタロウを検知するのかわからない以上、迂闊な行動は命取りになる。

 故にリュウタロウは、最大限慎重に行動する必要があったのだ。

 

「まぁ、慎重に行動したからどうにかなるって話かは分からんが……」

 

 元々ごく一般的な学生であり、犯罪とは程遠い人生を送っていたリュウタロウの警備やら防犯やらのシステムに対する知識はゲームやアニメのそれ以外に持ち得ない。

 そもそも最新鋭の警備システムがどのようなものであるかも分からないのに、どのように突破すれば良いかなどサッパリであった。

 

「取り敢えず、ハッカーの位置を知りたいな」

 

 残念な事に、未だリュウタロウはハッカーの位置を特定できていなかった。

 この場を訪れたのも『まぁ多分スタディーエリアだろう』という実に曖昧な予想に基づいたものであり、全然この近くに居ないなんてことも有り得たし、本当にこの近くに居たところで詳細な場所は一切不明。

 だからこそリュウタロウは早めにハッカーの位置を知りたいところだったが、しかし残念ながらリュウタロウにその術は無い。

 

「……それこそ、こう言う時には味方のハッカーが協力してくれるのがお約束だが……」

 

 しかし生憎とリュウタロウにはオタコンも居なければエネも居ない。

 何なら今がまさにその味方のハッカーを得るための試練の最中である。

 リュウタロウは一切の電子的補助の無い状態で、この無理難題を突破せねばならないのだ。

 そして当然、ごく一般的な学生であったリュウタロウに、ごく簡単なプログラミング以上の電子的知識は無い。

 

「……さて、どうするか」

 

 となれば、リュウタロウはとことん物理的なアプローチを仕掛ける他なかった。

 しかしいかに物理的と言えど、全部破壊して更地にするとかそういう方法はダメだ。

 それは普通に見つかるからというのもそうであるが、犯罪王としてもあまり無意味な破壊行為は控えたかったからだ。

 

「……ふむ」

 

 そうなると、考えられるのは何になるだろうか。

 建物という建物、部屋という部屋を片っ端からローラーしていけばいいだろうか。

 ……いや普通に無理だ。時間がかかり過ぎる上に、まず見つかる。

 であれば、あからさまに重要そうな場所を絞り込んで突入するか。

 ……いや、そもそも重要そうな場所がどこなのかすら分からない上、重要な場所のセキュリティを突破できなければ確実に見つかる。

 

「難しいな」

 

 一応幾つかは可能性のありそうな考えが浮かぶには浮かぶが、リュウタロウのお粗末な知識から導き出されるハッカー捜索作戦は、結局どれも力押しにしかならず、侵入の時点で警備システムに引っ掛かるか、そうでなければ誰かに見つかる未来しか見えない。

 制限時間が存在しない以上、失敗しても運良く成功するまで侵入を試み続けるという方法も取れなくはないが……それは犯罪王的にスマートではないというものだ。

 

「俺もスネークのように出来れば良かったんだが……」

 

 まぁ、かの伝説の傭兵が活躍したのも、まだそこまでIT技術が発達していなかった時代の話だろうし、オタコンや大佐などのサポートがあったからこそであろうが、しかし段ボールをあそこまで見事に駆使して隠密を行い、目的地に潜入する技量は……

 

「……ん? 段ボール?」

 

 瞬間、リュウタロウに天啓が舞い降りる。

 

「そうだ、段ボールを使って、俺自身が荷物になれば良い……!」

 

 つまり段ボールの中にリュウタロウ自身が詰められることで、荷物として誰かに運ばれる形で侵入すればいい。

 ミレニアムは研究施設という特性上、荷物の出入りが激しく、その際に段ボールが使われる事は非常に多い。リュウタロウ自身も、ミレニアム生が段ボールに色々な機材やら材料やらを詰め込んで運ぶ姿を何度か目にしている。

 そして幸運なことに、今のリュウタロウには美甘ネルという内通者も居るではないか。

 これは行けるだろう。

 どこぞのゴーンも楽器ケースに詰まって日本の空港を抜けたのだ。リュウタロウだって段ボールに詰まればミレニアムのセキュリティくらい突破出来るに決まっている。

 侵入した後は……まぁ、ネルと考えよう。

 

「何にせよ、早速ネルに連絡を…………ん?」

 

 スマホを取り出し、モモトークでネルに今の話を伝えようとするリュウタロウだったが、しかし通知センターの表示から、何やらネルの方からモモトークに連絡が入っていることに気付く。

 どうやら十数分ほど前に送られていたらしい。

 万が一のことを考え、消音モードにしていたので気付かなかった。

 取り合えずロックを解除し、表示されたメッセージを読む。

 

『データセンターの北のモノレールの線路の下に来い 返信はするな』

 

 ……ふむ、成程。

 内容から察するに、どうやらネルはリュウタロウが連絡する前からリュウタロウに協力してくれるつもりだったようだ。

 実に有難い事だ。持つべきものはやはり頼れる友人である。

 さて、取り敢えず返信はするなとあるのでその通りにするとして、データセンター北のモノレールの線路の下、となると……

 

「……あそこ辺りか」

 

 リュウタロウは木の葉の隙間からデータセンターを探し、その北方に通るモノレールを確認する。あの下に来いという事らしい。

 かなり距離はあるが、まぁ隠れられそうな場所は幾つも見受けられる。

 順当に行けば誰にも見つからずに辿り着くことができるだろう。

 

「行くか」

 

 これはチャンスだ。みすみす逃す手はない。

 木から飛び降り、リュウタロウは移動を開始する。

 

 生徒の目を逃れ、茂みから茂みへ。木から木へ。

 たまにある実に前衛的なアートの陰に隠れながら、たっぷり20分かけてリュウタロウは指定の場所にまで辿り着いた。

 

「……?」

 

 上を走るモノレールの死角に入る事に留意しつつ、付近に居るであろうネルを探す。

 しかし、そこにいたのはネルではない誰か。

 ネルと同じようにメイド服を纏ってこそいるものの、ネルと比べて明らかに髪色が違う。

 彼女がオレンジならば、リュウタロウの視界の先に居る人物のそれはベージュ。

 更には身長も高ければ肉付きも全く異なる。

 女児のような体型ではなく、出るところの出た女性の体型だ。

 

「アスナ……いや、違うな」

 

 リュウタロウの脳裏に浮かぶのはベージュの髪にグラマラスな体型の大型犬の如き女。

 彼女も日常的にメイド服を纏っており、更にはリュウタロウとも十分以上に面識がある以上、ここにいてもまぁ納得はできそうなものだが、しかしどうにも違いそうだ。

 ちなみに主な判断材料は髪型と胸元の露出の差である。

 

「……ふーむ……?」

 

 メイド服を着ている以上はネルの関係者で、リュウタロウの事も承知しているのだろうが……

 

「まぁ、取り敢えず話しかけてみるか」

 

 折角ここまで来たのに、何もしないなどということは有り得ない。

 アレが罠であれ何であれ、まずは話しかけてみるべきだろう。

 もし罠であったとして……まぁ、その時はその時だ。

 ネルもミレニアムの生徒。彼女がそのような事をする人間では無い以上、そうであったならばそれは彼女よりも上の立場にいる誰かの命令によるものに違いない。

 仕方がないと割り切ろう。まぁ、多少恨みはするし、そのような命令を下した人間には相応の報いを受けてもらうが。

 

「……よし」

 

 意を決し、件のメイドの背後へ移動する。

 近づいて見てみれば、やはりアスナではなく、リュウタロウに見覚えの無い人物だった。

 第一印象として、あの二人よりも真っ当なメイドの雰囲気を纏っているように感じられる。

 ありとあらゆる場所に爆弾を隠しているのが本当にメイドかはさておき、少なくとも話は通じそうだ。

 

「おい」

「……おや」

 

 リュウタロウの呼びかけにメイドはピクリと反応すると、ゆっくり背後を振り返る。

 眼鏡越しに覗く髪と同じベージュの瞳は、驚愕で彩られていた。

 

「まさか、本当に犯罪王とのコネクションがあるとは……」

 

 リュウタロウはこの一言である程度を察した。

 恐らく彼女はネルの協力者で、何かしらの理由でこの場に来ることのできないネルが、リュウタロウのために彼女をここに置いたのだろう。

 彼女の様子からして、どうやら罠という事は無さそうだ。

 

「……不要だと思うが一応自己紹介をしておこう。瀬治山リュウタロウ、或いは犯罪王リュウタロウだ」

「これはどうもご丁寧に。私はミレニアムサイエンススクール新一年生、室笠アカネと申します。まだ正式にはC&Cに入部していませんが、この装いを纏う許可はいただいております」

「む」

 

 新一年生という単語に、リュウタロウはD.U.周りにいた時、周囲が卒業式がどうのと騒がしかった事を思い出した。

 あれから1ヶ月以上が経過しているのだから、春休みが終わり、入学式も済んで、新一年生が入学していても決しておかしくはない。

 ただ、そんな事は少なくとも今のリュウタロウには関係のない話だ。

 

「……ネルに呼び出されてここまで来たが、あいつはどうした?」

「ネル先輩を始めとしたC&Cの先輩方は、セミナーからの指示でミレニアムタワーに集められております。私がこの場に居るのは、私がまだ正式にはC&Cに加入していないからでして……」

「……成程」

 

 リュウタロウの記憶が確かならC&Cという部はネルとアスナも所属しているセミナー直属の武闘派メイド集団で、普段はバラけて各所での任務に勤しんでいる、という話だったはずだ。

 その全員が集められると言うのはつまりミレニアムの緊急時であると言う事に相違なく、そして現在ミレニアムに潜入している犯罪王リュウタロウは、最近懸賞金が50億にまで釣り上げられた世紀の極悪犯罪者であった。

 

「俺対策と言うことか」

「おっしゃる通りかと」

 

 むしろ逆にそれ以外の何があるんだと言う話である。

 

「はぁ……まぁ、それだけの事をした自覚はある。仕方あるまい」

「そうですね。50億の懸賞金など前代未聞です。かの狐坂ワカモでさえ懸賞金は3億を超えていないのですから、それだけ犯罪王の名は恐れられていると言えるでしょう」

「その割には俺の事を恐れていないように見えるが」

 

 リュウタロウが本格的に活動を開始してから今に至るまでの、おおよそ3ヶ月の間に、リュウタロウは何百人と言う人間から様々な強烈な感情をぶつけられて来た。

 その経験から、リュウタロウは目の前の人物が自分にどのような感情を向けているか、ある程度判断できるようになったのだ。

 特に恐怖心に関しては、完璧とも言える精度で察知することができた。

 そして、そんなリュウタロウの感覚に基づいて判断するのなら、アカネはリュウタロウへの恐怖心を一切抱いていなかった。

 リュウタロウはそれに対して、疑問を覚えずにはいられなかったのだ。

 

「えぇ、まぁ。犯罪王を恐れているのは主に何か後ろ暗い事のある者ですので。私どものような、犯罪王の恩恵を実感している者達にとってリュウタロウ様は、尊敬と感謝の対象ですらあります」

「む」

 

 アカネの回答を受け、リュウタロウは再びアカネを観察する。

 そう言われてから見てみれば、確かにアカネの視線には尊敬が混じっているようにも見えた。

 

「……あまり、好ましい事ではないな」

 

 リュウタロウとて己に尊敬と感謝を欲する心がある事を否定しない。

 だが、大衆に尊敬と感謝の念を向けられるのは、何か違った。

 犯罪王の称号は、畏怖の対象であるべきなのだ。

 

「お前は、どうすれば俺が一般大衆にも怖がられると思う?」

「取り敢えず目についた端から暴行と略奪を繰り返してみればよいのでは?」

「却下だ!」

 

 犯罪王からすれば論外も論外、ド論外である。

 無差別に暴行に略奪など、不良とか通り越してもう蛮族である。

 そんな犯罪王の冠を肥溜めに叩き落とすかのような暴挙が出来るわけがない。

 

「もっとこう……無いのか? 罪の無い一般人と生徒を巻き込まないヤツが」

「…………はぁ……そんなだから尊敬されるのですよ?」

「えぇ……?」

 

 酷く呆れた様子で、褒められているのか貶されているのかよく分からない台詞を吐かれる。

 そんな事を言われても、一体どうすればいいと言うのだろう。

 

「さて、少々無駄話が過ぎましたね。リュウタロウ様、どうぞこちらへ」

 

 と、リュウタロウの悩みを無駄話とバッサリ切り捨て、アカネが向かうのはすぐ近くにあったモノレールの支柱。

 一体何があるのだろうと思いながら着いていくと、アカネが何かしらのリモコンを操作した瞬間、支柱から機械音が鳴り響き、幾重にも重ねられた芸術的な仕掛けが次々と動いて……最終的に、実にメカメカしい隠し通路が現れた。

 

「……製作者の趣味が全開だな」

 

 それは『凄いは凄いしカッコいいが明らかに無駄な部分が多過ぎる』という感想をリュウタロウなりにオブラートに包んでの表現であった。

 

「動いてくれる分には良い方ですよ。中には趣味を全開にし過ぎて本来の用途が阻害されているものもあれば、完全に消えて無くなっているものもしばしば……」

「うわぁ」

 

 これには流石のリュウタロウもドン引きせずにはいられない。

 やはり馬鹿と天才は紙一重という事なのだろうか。

 

「……一応聞いておくが、それは商品か?」

「はい……その、私も二週間ほど前まで中等部であった身ですので詳しい事はあまり知らされておりませんが、それでも注文した製品に注文していないはずの自爆ボタンが付けられており、誤作動を起こして……という事件が何件か……」

「………………………そうか」

 

 リュウタロウは詳しい調査の後、行動を起こす必要を認めた。

 作った生徒達に悪意は無いどころかむしろ善意であるのだろうが、流石にこれでは注文した方が可哀想である。

 

「……その、お手柔らかに」

「まぁ、そうしよう」

 

 悪意は無いのだから、まぁ、軽い注意くらいでいいだろう。

 それで被害が少しでも減ってくれれば万々歳だ。

 

「で。俺はこの下に行けば良いのか?」

「はい。この先に地下通路が広がっていますので、今から私が言う順に向かって下さい」

 

 そう言って、アカネはポケットから一枚のメモを取り出す。

 

「真っ直ぐ行って五番目に通路を左に曲がった後にその突き当たりを左、少し歩きますと階段が見えて来ますのでそれを一階分上がり、その後右に進んで四番目の通路を左に。すると3機のエレベーターが見えるのでその真ん中を利用して、ボタンを1、2、1、0の順で押し、移動。そうしますとミレニアムタワー下まで移動することができます。そしてエレベーターから出て左側に進んで階段から今度は2階分下に────」

「もうそのメモをそのまま寄越せ」

 

 半ば奪い取るようにしてアカネからメモを受け取る。

 すると、5センチ四方ほどのその紙の中にはそれはもうビッシリと道順が書き込まれていた。

 

「……どうなってるんだここの地下は。何が目的でこんなに複雑になった」

「その、色々な方が勝手に地下室を作ったり地下通路を作ったりして、それが繋がった結果です」

「崩れたりしないのか」

「そこはその、ミレニアムは最新鋭の技術の集う場所ですので……」

「………………」

 

 リュウタロウはもはや何も言うことができなかった。

 何だその滅茶苦茶はと言いたくなったが、自分自身も大概滅茶苦茶だったからだ。

 

「……まぁ、いい。とにかくこの道順で進めば良いんだな?」

「はい。そのはずです」

「ならばそうしよう。……さて、それではな。また縁があれば会おう」

「お待ちしております。それでは、お気をつけて」

 

 アカネに見送られ、リュウタロウは地下通路へと潜ってゆく。

 目的のハッカーは、もう目前にまで迫って来ているようだった。

 

 

 

 

 

 

 大半のミレニアム生徒にとって、犯罪王リュウタロウは興味の対象であり、インスピレーションの源泉でもあった。

 ある者はその圧倒的な身体能力に新たなパワードスーツの着想を見出し、ある者はその強靭すぎる防御力を突破するための研究を始め、またある者はリュウタロウを捕えることの出来る拘束装置の開発に乗り出した。

 

 そんな現状であったからこそ、犯罪王リュウタロウのミレニアム来訪は、大半のミレニアム生徒にとって非常に嬉しい吉報であった。

 データを取りたい生徒が計測機器を抱え、研究の結果を試したい生徒が見るからに凄まじい兵器を取り出し、開発している装置を試したい生徒がその装置を大急ぎで仕上げる。

 犯罪王来訪から一日二日の間、ミレニアムはまさにフィーバー状態にあった。

 

 しかし、その熱狂に冷水を浴びせかけたのが生徒会こと、セミナーだ。

 彼女らは突如としてミレニアム中に厳戒令を発出し、ミレニアム生徒の移動、実験を始めとした様々な行為に制限を加え、更にはリュウタロウへの干渉を完全に禁止したのだ。

 

 普通に考えるのならば、これは極めて合理的かつ妥当な判断であると言える。

 何せ犯罪王リュウタロウは50億もの懸賞金をかけられた、空前絶後の大犯罪者。

 リュウタロウの標的になる理由は明言こそされているものの非常に曖昧で、何がトリガーとなって暴れられるかが分からない以上、初手で普段からやらかしてばかりの天才どもを封じ込めにかかるのは、確かに最適解であった。

 

 しかし、そうされて納得がいかないのがミレニアムの天才ども。

 降って湧いた大チャンスを棒に振れと言うセミナーの指示に不満は爆発。

 セミナーには内部からの批判が殺到した。

 

「まぁ、こうなるってわかってたよね。うん」

 

 天才どもによる無駄に洗練された攻撃力高めのサイバー攻撃を片手間に防ぎつつ、呑気にそんな事を呟くのはセミナー会長。

 もう二年以上も紙一重な連中を相手取り続けていたベテランは、厳戒令を出すべきだと言う意見を聞き入れた瞬間からこうなる事を完全に予期していたのだ。

 だからこそ、物理的な攻撃を防ぐためにすぐにC&Cをミレニアムタワーに呼び寄せたし、こうして攻撃に備えてすぐに対処することも出来たのである。

 

「………………っ」

 

 しかし、そうもいかなかったのがセミナー副会長こと調月リオ。

 合理性の怪物であり、尚且つ相手の感情を知識として理解はできても共感はできないというコミュニケーション障害を抱える彼女にとって紙一重どもの反抗は予想外そのものであり、予めファイアウォールを用意していたこともあって対処こそできたものの、元々かなり衰弱していた彼女の精神に対する背後からの一撃は、そのメンタルを大きく削った。

 それこそ、膝を抱えて蹲りたくなってしまう程に。

 

「ふぅ…………ッ」

 

 さて、一体何故リオの精神が元々弱っていたのかと言えば、それは単純なリュウタロウへの恐怖心のせいであった。

 

 合理性に基づいた判断しか下す事の出来ないリオであるが、そうであるからこそどの場面においても最良の選択肢を選び続けていたという自負があったし、それこそが最善で、正しい行動をしたと自信を持って言うことが出来た。

 

 だが、リュウタロウ相手にはそうもいかない。

 リュウタロウの判断基準は法ではなく、酷く曖昧なもの。

 しかし、世間はリュウタロウの判断を全て善であると認めている。

 それが明確に罪を犯したという情報が無い会社であったとしても、それっぽい事をしたという情報だけで破壊されてしまい、そしてそれが正義であるとされている。

 

 であれば、自分はどうなのだろうか?

 自分が最善であると思っていた選択の数々は、犯罪王にとって悪なのか?

 

 リオは他人の考えに共感できない。

 リオは合理性以外の判断基準を持たない。

 そうであるからこそ、リオは自身が粛清対象であるという可能性を拭いきれなかった。

 

 そして、自身が粛清されれば、幾ら自分が合理的でも、世間全体からは悪とされてしまう。

 今まで積み上げて来た全てを失い、誰からも否定されてしまう。

 

 「………………ッ」

 

 そう考え出してしまうと、嫌な想像は止まらない。

 どんな時にも気は休まらず、不安で不安で仕方がない。

 自身の心の平穏のためにも、リオは一刻も早くリュウタロウを追い出す必要があった。

 

「…………っ」

 

 もはやじっとしてなどいられない。

 バッと立ち上がると、リオは手腕だけは確かな天才ハッカーのもとへ足早に歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方。時を同じくして、地下の一室では一組の男女が向かい合っていた。

 男はここ数ヶ月で台頭した超極悪犯罪者にして、キヴォトス全土にもその名を響き渡らせる犯罪王、瀬治山リュウタロウ。

 女はミレニアム史上でも片手で数えられる程度の人数しか得ていない『全知』の学位を戴く、ミレニアム最高のハッカー、明星ヒマリ。

 最高の身体と最高の頭脳、そんな二人が、ついに邂逅を果たしたのだ。

 

「お待ちしておりました。リュウタロウさん。私こそが天才病弱美少女ハッカー、明星ヒマリです。難しい試練だったでしょうが、よくぞここまで辿り着きましたね」

 

 そう言ってリュウタロウに拍手を送るヒマリ。

 袖から覗く腕と手はあまりにも細く、リュウタロウがほんの少し握るだけで折れそうであった。

 他にも車椅子に座っているところ、全身の肌が蝋のように白いところ、また膝掛けをしているところから、きっと満足な運動が出来ない肉体なのだろうとリュウタロウは察する。

 ただ、リュウタロウはそれを憐れだとは思わない。

 何故ならば彼女は電子の世界では誰よりも自由なのだから。

 

「……天才美少女ハッカーに自己紹介は不要だろうが、一応しておこう。犯罪王、瀬治山リュウタロウだ。そして試練の方だが……まぁ、難しかったのでズルを使わせてもらった」

「おや、ズルなどと。随分とご謙遜なさるのですね。私は別に手段など指定していないのですから、この場に辿り着いた時点であなたは立派に試練を突破してことになるのですよ?」

「…………」

 

 正直なところあまり納得は出来なかったが、これ以上続けても面倒なだけだと悟ったリュウタロウは納得したことにする。

 

「まぁいい。そんな事より……」

「ええ、わかっております。わかっておりますとも。協力の話でしょう? 電話口でもお伝えしましたし、そのためにこうしてここまで来ていただいたのです。今更断りは致しません。この明星ヒマリ、あなたの活動に協力して差し上げましょう」

「ありがたい」

 

 リュウタロウは頭を下げる。

 

「いけませんね、仮にも王の名を冠する方がそう簡単に頭を下げてしまっては。ええまぁ私が王すら平伏させてしまうほどの才気に溢れた存在であるという事でもあるのでしょうが、やはり不都合です」

 

 感謝を伝えるための行為だったが、しかしどうにもヒマリ的にはよろしく無かったらしい。

 リュウタロウはすぐに頭を上げる。

 

「では、次から気をつけよう」

「是非ともそうしてください。さて、では早速ですが協力内容……もとい、契約内容について確認を行いましょうか。……あ、勿論この場での会話内容はログを残しておきますので、安心して下さい」

「ああ」

 

 幾らでも改竄できるログに安心も何もあったものでは無いが、まぁその時はその時である。

 

「まず基本的な部分としては、私があなたに情報とサポートを提供する代わり、あなたは私が要求した場合、その指示を受けて行動する。ここはいいですね?」

「構わない。ある程度の活動の自由さえあり、俺の犯罪王としての矜持に抵触しないものであれば大抵の指示を聞き入れよう」

「はい、ありがとうございます。これさえ受け入れていただけたのならば、私としてはこれ以上は望みません。まぁ強いていうのならば……私の期待を裏切らない事、でしょうか?」

「それはこちらとて同じことではあるがな」

 

 リュウタロウはヒマリの情報収集能力を目当てにこの場に訪れている。

 ネットサーフィンで得られる情報くらいしか集められません、では困るのだ。

 

「ええ、ではお互い様、と言うことで。是非とも良い関係を築きましょう」

「……ああ。そうなると良いな」

 

 互いに握手を交わす。

 手袋越しに触ったヒマリの手は、やはり酷く儚いものに感じられた。

 

「さて、それでは契約締結ということでこちらを渡しておきましょう」

 

 パッと、ヒマリが手を離し、車椅子の傍から取り出したのは、見るからに高性能であるのが伝わってくるようなインカム。

 

「こちら『超天才美少女ハッカーヒマリちゃんインカム』になります。基本的にここから通話しますので、四六時中装着しているようにお願いします。そこのボタンを押せばそちらから私に通話をかけることも可能ですので、寂しくなった時に電話をくれても構いません。まぁ私が出られるかはわかりませんが。あ、充電等は不要です。太陽光さえ当てれば勝手に充電されるので」

 

 どうやらソーラー充電機能を搭載しているらしい。

 ソーラー充電で満足に動かせるのは腕時計程度のものだと思っていたが、ミレニアムではもう電話も出来てしまうようだ。

 流石は最先端技術である。

 

「中々に良いものだな」

「そうでしょうそうでしょう。少々友人の力を借り……ああ、そうでした。その友人が一度犯罪王に会いたいと言っていたのでした。では早速そのインカムの試運転も兼ねて、リュウタロウさんをその友人の元まで案内して差し上げましょう。さ、インカムを装着して下さい」

「あ、ああ……」

 

 言われるがままにインカムを装着する。

 

「『あー、あー、聞こえますね?』」

「ああ。聞こえる」

「『それは重畳。では行きましょうか。まずはそこの扉を出てから左側にお願いします』」

 

 そうして指示を受けつつ、ヒマリの友人が居るという方向に向けてミレニアムの地下を行く。

 リアルタイムで指示を受けての行動は、メモを読みながらの移動よりも圧倒的に楽だった。

 そうしてリュウタロウがサポートのある環境の快適さに感動していると……

 

「ん?」

「なっ……」

『おや?』

 

 何やら黒髪の女と遭遇した。

 デカい。何がデカいってとにかくデカい。

 リュウタロウは思わず視線がそちらに持っていかれそうになるが、しかし強い意志でその視線を女の赤い目に固定する。

 その時に気付いたが、頭に光輪が浮かんでいるので、どうやら彼女も生徒であるらしい。

 どう見てもそうは見えないが。

 

「犯罪王、リュウタロウ……何故ここに……まさか、私を……」

『……ああ、成程。リオに遭遇しましたか』

 

 成程、コイツがネルの言っていたリオかとリュウタロウは思う。

 確か次期会長とか言われていたはずだ。

 

「……ふむ」

 

 しかし、それにしてもとんでもない怖がり方だ。

 本当に心の底からリュウタロウを怖がっているのが分かる。

 表情にはあまり出ていないが、今にも泣き出してしまいそうだ。

 

『無視して下さい。彼女が用があるのは私ですので』

「了解した」

 

 ヒマリからの指示を受け、リュウタロウは彼女の横を通り抜けようとする。

 

「ま、待ちなさい! 犯罪王リュウタロウ!」

 

 瞬間。リオがリュウタロウを引き留めるが、しかし無視しろという命令があったので、リュウタロウは無視して先を急ぐ。

 

「ッ、ネル! リュウタロウが地下通路に侵入しているわ! 今すぐに向かってちょうだい!」

 

 すると、背後の方で何やら通信を取っているのが聞こえて来る。

 どうやらネルに助けを求めたらしい。

 まぁ、どうせネルに助けを求めたところでネルはもうリュウタロウの協力者のようなものであるのだが────と、リュウタロウが思った次の瞬間。

 

「ッ!」

「よう、また会ったな!!」

 

 爆発音と共に天井が崩落し、ネルが降ってきた。

 相変わらずのメイド服にスカジャンで、両手には鎖で繋がれた二丁のサブマシンガン。

 そして顔には好戦的な笑み。

 どうやら今日のネルは実に『やる気』があるらしい。

 

「あ、本当に居た! 久しぶりー!」

 

 そしてついでと言わんばかりに降って来たのは、最近かなりご無沙汰だった一ノ瀬アスナ。

 相変わらずの露出の多い服にミッチミチに肉を詰めている姿が目に毒だ。

 着地の時にぶるんと揺れたたわわなど特に目に毒である。

 まぁそんなものに気を取られていれば痛い目を見るわけだが。

 

『はぁ、本当に面倒な事をしてくれましたね……仕方がありません。友人には悪いですが、またの機会ということにして頂きましょう。リュウタロウさん。その二人を適当にあしらって、スタディーエリアを離脱して下さい』

 

 まぁ、それが最適解であろう。

 

「すまんが二人とも、今日はそれどころではない。すぐに退散させてもらおう」

「連れねぇ事言うんじゃねぇ! 折角アスナも居るんだ、思いっきり遊ぼうぜ!」

「そうだよ! 私リュウタロウに会うの2ヶ月ぶりくらいなのに!」

「残念だがまた今度だ」

 

 地面を蹴り、ネル達が降ってきた穴の方へ飛び上がる。

 そうして穴の縁を掴み、上へと上がろうとするが……

 

「させねぇよ!」

「うおっ」

 

 と、ネルとアスナによる一斉射撃によって、掴んでいた部分ごと下に落とされてしまった。

 そうして空中でバランスを崩したリュウタロウが背中から床に落ちると、起き上がる前にネルがリュウタロウに馬乗りになって二丁のマシンガンを連射する。

 

「いえーい!」

 

 そしてついでと言わんばかりにアスナもリュウタロウの顔目掛けて手に持ったアサルトライフルを連射する。

 正直痛い。

 

「……ぬぅ」

 

 何とか抜け出したいリュウタロウだったが、しかし抜け出そうにもネルが馬乗りになっているせいで動きづらい。

 しかし一応脚は自由なので、このまま立ち上がってネルごと逃げ去ってしまおうか、と。

 そう思って身体を捩る。

 

「……んお? 何だこの硬い……ッ!? うおおおおおおおおおおッッ!?」

 

 すると、何故かはわからないが急に雄叫びを上げてネルが飛び退いた。

 

「あれ!? なんで!? そうしておけばリュウタロウは動けないって言ってたのに!」

「どうしたのってばばばばばば馬鹿野郎! 言わせんじゃねぇよ!」

「「?」」

 

 ネルは顔を真っ赤にして怒っているが、何がそんなに気に食わなかったのだろうか。

 何か知っていないかとアスナの顔を見てみるも、アスナの方も何もわからないらしい。

 全く理由がわからず、二人して首を傾げる。

 

「何でお前はわかってねぇんだよ!? こ、こんな戦闘の最中に、おっ、おっ勃てやがって!?」

「?」

『え? 何をしているんですか?』

 

 ネルがこちらに指を刺して怒鳴り、アスナが首を傾げ、インカムから冷えた声が聞こえて来る。

 しかし勿論であるがリュウタロウはそんなことしていない。

 それどころか今のリュウタロウには性欲というものが存在するかどうかすら怪しいわけであるが……

 

「……ああ、そういう事か」

 

 そう呟いて、リュウタロウは腰から自らの銃、ジャガーノートを取り出した。

 正直ミレニアムに来てから一回も取り出していなかったのですっかり忘れてしまっていた。

 

「わぁ! おっきい!」

「お前が感じたのは多分これだろう。勘違いさせるようで悪かったが、ただの銃だ」

『銃……? ああ、確認しました。確かに大きいですね』

 

 バン、と見せつけるように天井に向けて撃つ。

 それだけで、天井の一部が大きく崩落した。

 

「なっ、なぁっ……!?」

「それではな」

 

 ネルが真っ赤な顔でこちらを指さして震えているが、まぁ、好都合だ。

 その隙に地面を蹴って、今度こそ天井に開いた穴から脱出する。

 

「あっ、待って!」

 

 急いでアスナが撃ってくるが、もう遅い。

 リュウタロウは既に地上に出て、全力疾走を始めていた。

 ミレニアム全体を揺るがすような絶叫が聞こえてきたのは、そのおよそ5秒後であった。

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