陰の実力者に起こされて!   作:tubaki7

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Stage1

 暗い世界で声がした。行かねばならないと叫ぶ声だ。その声に向かって手を伸ばす。触れた背中は暖かく、どこか知ったような温もり。「ありがとう」と返し振り返れば、その顔は感謝ではなく驚愕に変わり、そしてまたすぐ何かを察したように笑った。そんな、困り顔のにも似た笑顔に返す言葉はない…いや、正確には持ち合わせていないといった方が正しいか。ともあれ、()は己がいるべき場所へと帰って行った。

 

 役目は、果たせただろうか。心残り(・・・)があるとはいえ、なんとも女々しい。あれだけの言葉を吐いておきながら、結局は見ていることに徹してしまった。逃げ出したと言われても、何も言えはしない。とはいえ、彼らが無事に明日を迎えられるのであれば、それ以上に自分にとっての幸せはない。愛すべき人達が、守りたかった世界が、平和へと向けて一歩ずつ歩みを進めている。であれば、過去の人間である自分がそこに居てはならない。どこであれ、存在してはならない。だからこそ、僕は―――私は(・・)願った。

 

 

  ―――みんなが僕を、忘れますように…。

 

 すべては、うたかたの夢のように。夢であるように。そう、願いを込めて。そして、その願いは聞き入れられた…聞き入れられた、はずだった(・・・・・)

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

 心地よい、優しい声に導かれて意識が浮上する。いつの間にか眠っていたのか、はたまた考え事をしていたのか。どちらにしても僕はこの心配そうに覗き込む少女に、いらぬ気を使わせてしまったようだ。

 

「すまない、考え事をしていた。問題ないよ」

 

 気にしないでくれと片手を挙げることで大丈夫だと伝えると、安心したような表情で一歩下がる。刹那、ふわりと香る石鹸のような、爽やかな匂いが鼻孔を抜けた。オシャレというものに、僕が知る中では一二を争うほど気を使っている彼女のことだ。きっと新しい香水を購入したのだろう。

 

「ベータ、新しい香水かい?」

 

 気づいたことを口にしてみれば、まるで花でも咲いたかのように笑顔を深くかぶったフード越しからのぞかせる。よほど嬉しかったのだろう。齢相応といえばそうだが、テンションが上がって目を輝かせながら本当かとこちらに詰め寄るその姿は、少し幼く映る。薄い水色の髪に、特徴的な尖った耳。エルフというこの世界独特の種族の彼女は、普通の人間とは一線をかいた美しさを持つ。それが故に、今の彼女から見れる意外な姿にギャップを感じた。

 

「やはり、お気づきになっていただけたのですね…!」

 

 女の子は、些細な変化にも気づいてほしいものなんだよ。そう言われた経験がなければ、おそらく彼女の香水の変化にも気づけなかっただろう。やはり、過去の記憶があるというのは悪くない。いいことばかりでも、ないが。

 

「報告の続きを頼むよ」

「はっ、はい。我が“シャドウガーデン”は、昨夜“ディアボロス教団”の研究施設を襲撃、壊滅。残念ながら目ぼしい成果は得られませんでしたが、すべてはシャドウ様の計画通りです」

「うん。“悪魔憑き”の実験施設か…生存者は?」

 

 僕の言葉に、ベータは首を横に振る。

 

「人間や亜人などといった存在は確認できませんでした。代わりに、犬や鳥といった動物の亡骸が多数発見されています」

「動物実験だとしても、なんとも胸糞悪い話だ。ほかには?」

「はい。続いてですが―――」

 

 その後もベータからの報告を受け、ひとしきりの任務を終えると彼女は窓から夜の闇へと消えていった。音もなく、まるでそこに最初から存在しなかったかのように姿を消すその所作は、さすが“七陰(ナンバーズ)”というべきか。

 

「あ、もう終わった?」

 

 ベータが姿をけしてから数秒後、なんとも抜けた声とともに黒髪の少年が買い物袋を片手に部屋の中へと入ってきた。

 

「終わったじゃないだろシド。少しはリーダーとしての振る舞いをしてやったらどうなんだ?彼女たちだって、僕よりはキミの方がいいだろう」

「んなことはない。それよりも見てくれ!」

 

 そう言って興奮気味に買い物袋の中身をテーブルにぶちまける。中から出てきたのは、なにやら筒状のものに、導火線のような紐がついている。見た目は、ともすればダイナマイトに見えなくもないが、市場で、堂々と売られていて。しかも学生という身分の僕らが容易に入手できるものなんてたかが知れている。ということいは、これがそこまで物騒なものではない。

 

  購入したのが、シド・カゲノーという頭のネジが二、三本吹っ飛んだ少年でなければの話だが。

 

「これさ!キミの登場の時に使えないかな?」

 

 嫌な予感が少し当たった気がして、深くため息をつく。話を聞けば、それは発煙筒らしく着火すればあたりに煙をまき散らすだけのものらしい。それを大量に買い込んで何をするのかと思えば…。

 

「…シド。僕はたしかに協力するとは言った。だがキミの理想とやらにはやはり抵抗がある」

「えー、いいじゃん。それに、満更でもないでしょ?」

 

 …少し痛いところを突かれた。だがそれを表に出してはまた何か厄介ごとに巻き込まれてしまうのでここはポーカーフェイスを維持することに専念する。ニヤニヤしながらこちらを覗いてくることに少しばかりのイライラを募らせるも、こうなったら長いということは知っているので、またため息をついて背中を向ける。

 

「そこまで派手にしないなら、許可しよう」

「ホント!?」

「ああ。ただし、加減はしてくれよ?きみだけならともかく、最近の七陰のみんなは僕に対してこう、少し遠慮がなくなってきているきがするからな」

「いいんじゃない。それに、みんながそうなったって事はキミを受け入れてくれてる証拠じゃないか」

 

 そう、何だろうか。そうだといいんなと思う反面、また(・・)繰り返してしまうんじゃないかという恐怖もある。だが、それを和らげてくれるだけの安心感が、なぜかこの少年にはあった。シドの言葉に振り返れば、こちらに手を差し出すシド。その瞳は黒色ではなく、彼のもう一つの顔が表に出ているという表れの赤に染まっていた。声も少し 低く、言葉遣いもどこか強者を思わせるような圧さえ感じるものとなっている。

 

「これからも、我が半身としてともに覇道を歩んでもらうぞ?ライ」

「…それは、命令かい?」

「いや…いうなれば、契約だ」

「…いいだろう。契約しようじゃないか」

 

 初めて彼に出会ったとき、運命にも似た感覚を感じた。その時も、こんな月がこうこうと輝く夜だった。これは、僕が陰の実力者を目指す奇妙な思考の男と。それに賛同し暗躍する少女たちの物語。色づいた世界の旅の果てでもう一度見つけた、新たな物語。

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