インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─ 作:ダブスタ親父
それでは、どうぞ!
教師の在り方
全ての試合が終わり、アリーナの使用可能時間が迫っていた為、その場で解散という形で今日の予定は恙無く終了。
生徒達は皆寮へ帰っていく中で数名の生徒だけがラスティと千冬の元を訪れていた。
「それで、私達になんの用かな。これから今回の報告書の作成があるんだが」
「俺達の試合、見ててどう思いました? それが知りたくて残りました」
「私もです。対戦してどう思われましたか?」
ラスティは一息吐いて千冬へと目線を向けると千冬はラスティの意思を汲み取り、談話室の鍵を取りに一度その場を離れる。
「今、千冬が談話室の鍵を取りに行った。そこで話そう」
「はい」
二人は返事をしてラスティの後を追う。途中で千冬も合流し、談話室に入ると椅子に座ってから話を始めた。
「さて試合の総評だったな。まずは一夏、君からだ」
「はい!」
「トラブルがあったにも関わらず、焦らず作成通りに試合を運んだ事は見事だった。そこは評価出来る点だ。だがエネルギー管理が杜撰だな」
一夏はラスティの言葉に「うっ」と小さく呻く。自分でも思う所があったのだろう。悔しさを顔に滲ませている。
「残量の管理を怠れば、戦術がどれだけ優れていても最後まで戦う事は出来ない。実戦でも相手は君のその隙を真っ先に突くだろう」
一夏は言葉を飲み込み、静かに頷く。その目は悔しさと自分の甘さを悟った痛みで僅かに揺れていた。
「......次からは、絶対に気をつけます」
「あぁ、それでいい。技術はあとからでも伸びるが心構えは今すぐでも直せるからな」
ラスティはそのまま隣に座るもう一人へと視線を向ける。澄んだ瞳がまっすぐにラスティを見返していた。
「君は一夏との試合はどうだったか覚えているか? オルコット」
「はい。私は......前半で優勢に立ったはずなのに、中盤以降で一夏さんに押し返されてしまいました。詰めが甘かったのだと思います」
「確かに、勝敗の結果だけ見ればそうだ。しかし──」
ラスティは一呼吸置いてから低く、しかし明瞭に続けた。
「相手が男だからと油断していた事を抜きにしても相手の動きの癖を素早く読み取り、あの短時間で戦術を組み立てたのは素晴らしい才能だと思う。だが、その分だけ油断も見えた。勝ち筋を自分で潰してしまったな」
「......!」
「自信を持つのはいい。だが、自信と過信は似て非なるものだ」
セシリアはぎゅっと拳を握りしめる。悔しさが滲むが、それでも瞳の奥に宿るのは諦めではなく、次に向けた闘志だった。
そんな彼女へとラスティは続けて自身との試合を振り返る。
「さて次は私との試合。修正点は殆ど一夏の時と同じだが、苦手な武装は無くしておいた方が良い。近接武器を苦手にしていると一夏や私の様な接近戦を得意としている者に距離を詰められた途端に勝ち筋が自ずと消える。それは危険だ」
「分かりました......克服出来るように努力します」
静寂がしばし談話室を満たす。千冬がその空気を和らげるように紅茶を二人に差し出しながら口を開いた。
「お前達二人共に言える事だが、これから先の成長を楽しみになる試合だった」
「珍しいじゃないか、千冬。君が褒めるなんて」
「放っておけ。......だが、それに浮かれて怠るなよ。次はより強くなっている事を望んでいるからな」
セシリアと一夏はそれぞれ自分のカップに手を伸ばしながら、静かに顔を上げた。
二人の目がラスティと千冬を真っすぐに見据える。
「ありがとうございました。......次はもっと良い試合をします」
「俺も、今日のことを全部活かして、もっと強くなります!」
ラスティは頷き、窓の向こうに目を向ける。西の空には夕日が沈み、空に深い朱が滲んでいた。
「......楽しみにしている。君たちの“次”を」
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談話室での事後評価を終え、今日の報告書を制作するラスティと千冬。
もう夜も更けて、既に職員室に残っているのはこの二人だけである。
「全く。貴様があんな事をしなければ今頃はベッドの上で眠れていただろうに」
「そう腐るな、千冬。君だって嬉しいんだろ? だから珍しく褒める様な事を言ったんだ」
「......皆まで言うな。そういう貴様はどうなんだ? 自分の弟子があそこまで結果を出したんだ。嬉しいんじゃないか?」
ラスティは手元の資料に一度目を落とし、少しだけ口元を緩めた。ペンをくるりと指先で回してから、静かに呟く。
「──そうだな。彼はよくやったよ。まさかあそこまで冷静に立ち回れるとは思っていなかった」
千冬は書類の山から視線を外すと、ラスティをじっと見つめた。ラスティはそんな彼女と目線を合わせる。
「やっぱり、アイツは貴様に似ている。無駄に背負い込む所とか最後まで足掻くところとか」
「『無駄に』は余計だ。それを言うなら頑固な所は君そっくりだ」
ラスティは笑いながら返すも、表情の奥にはどこか憂いが混じっていた。
「......だが、似てるというのは少し心配だ。彼には私みたいになってほしくはないんだ」
「傭兵にはなって欲しくないと?」
「そうだ。彼にはそれ以外の道もある。私に憧れを持ってくれるのは悪い気はしない。だが、彼にはもっと良い道がある」
ラスティの言葉が途切れる。ペンの動きも止まり、夜の静寂が二人の間を満たした。
千冬は一瞬だけ黙り込み、それから淡々と口を開いた。
「そうかもな。だが一夏も一夏で気付いている筈だ。自分と貴様との違いを。その間には高過ぎる壁がそびえ立っている」
ラスティは顔を上げ、千冬と視線を交わした。その表情には、言葉にはできない想いが滲んでいる。
──これが、彼らの選んだ“教育者”としての在り方なのだ。
「......明日も忙しくなりそうだな」
「その前に報告書を片付けろ。あと三枚残ってるぞ」
「全く......教師というものはこうも面倒だとはな」
二人の会話は、やがて再び静かな紙とペンの音に変わっていく。
窓の外では、夜の風が優しく木々を揺らしていた。
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薄明るい朝焼けが、整備室の大きなガラス窓を淡く染める。
まだ学園内が眠っている時間。コーヒーの湯気が立ちのぼる静かな室内で、機械の微かな作動音だけが響いている。
「相変わらず、朝が早いんだね。ラスティは」
束からの通信を受けたラスティは彼女からの言葉を受け取る。
いつもの冗談めかした調子。しかし、その瞳の奥にはどこか探るような色がある。
「メンテナンスは夜のうちに終えた。朝はチェックだけさ」
ラスティはスティール・ヘイズの装甲ユニットを指でなぞりながら答えた。その目はまるで、戦友に触れるかのように優しかった。
「メンテナンスもチェックも良いけどさ、報告書とやらは書き終えたのかい? 未完成だと多分、ちーちゃんものすっごく怒るよ?」
「完成はさせたさ。あの内容で納得するかどうかは彼女次第だ」
束もラスティがコーヒーを飲んでいたのを羨ましく思ったのか、珍しく自分でコーヒーを淹れるとカップを傾け、ラスティへと告げる。
「まだ教師になって数週間だけど、少し変わったね」
「そうか? 君ほどの人物が言うのならそうなんだろうな」
「いっくんはどう?」
束の問いにラスティは工具を止める。
「......悪くない。流石は世界最強の織斑千冬の弟と言った所だ」
「ラスティ。今の君がちーちゃんといっくんペアと本気で戦ったらどっちが勝つ?」
その声には、戯れのような軽さと決して誤魔化せない真剣さが混じっている。沈黙が流れ、時計の針が動く音だけが部屋の中に響く。
ラスティは溜め息を吐くとゆっくり腰を上げ、メンテナンス台に並ぶ部品に目を向けた。
「......十戦やれば十戦とも勝つとは言えないが、負ける事は無い。引き分けには持っていける」
「へぇ、随分と自分の実力を高く見てるんだね」
束はくすくすと笑う。けれどその笑いはどこか、安心した様にも見える。
「君がそこまで自信を持って言えるって言う事は良い事だ。まだまだあの二人には強くなって貰わないとね、せめて君と互角に戦えるレベルまで」
「そうなるのを楽しみにしているよ......」
ラスティは苦笑して答え、残っていたコーヒーを飲み干した。
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