インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─ 作:ダブスタ親父
クラス代表戦。
決着の気配が漂い始めた、その瞬間──空間が悲鳴を上げた。
アリーナを覆うエネルギーバリアが低く唸り、青白いノイズを撒き散らしながら亀裂を生む。
次の瞬間、天井を突き破るような光柱が轟音と共に落ち、中央の地面を焼き貫いた。
「な、何ですの!?」
「分かんない!」
鈴とセシリアが即座に距離を取る。しかし爆風の余波が二人のISを弾き飛ばし、抉れた地面が周囲へ降り注ぐ。
観客席が揺れ、悲鳴が連鎖して響く。学園始まって以来、一度も破られたことの無い防御フィールドが砕けた──その事実が、生徒たちの心を一瞬で恐慌へ変える。
白煙の向こうから、二つの影がゆっくりと姿を現した。
漆黒に近い灰色の機体。鈍い銀色に輝く機体。
どちらもデータベースには存在しない、“戦場の匂い”だけを纏った異物。
「識別信号......無し!?」
管制室に居た真耶が震える指で端末を叩くが、通信回線はノイズに塗り潰される。
彼女の背に冷汗が伝うのを本人も止められず、今はただ彼女達の無事を祈る事しか出来ない。
「鈴、無事ですの!?」
「なんとか! でも、あれ......完全にヤバい!」
黒と銀のISが無機質な光学センサーで二人を観測する。
そこには怒りも敵意もない。ただ──命令だけで動いている。そんな冷たい気配。
戦うしか無い事を悟った鈴が双天牙月を構え、臨戦態勢に入る。セシリアもBT兵器を展開し、互いの死角を埋めるように位置を調整した。
「やるしかないか......。セシリア、援護頼むわ!」
「ええ、もちろんですわ!」
セシリアの瞳が揺れた。目の前で弾けた閃光が、心臓の奥を焼く。
恐怖でもなく、怒りでもなく──ただ、胸の奥が何かを訴えていた。
『ここであのISを野放しにすれば被害は計り知れない』そう思うと自然と引き金に指が掛かる。
その直後。黒い機体の右腕が閃光を放ち、白熱のレーザーが一直線に空気を裂いた。
「────っ!」
セシリアが反応するより早く、鈴が防御シールドを展開し、その身体で受け止めた。
「くっ──ぐぅぅ!」
鈴の呻き声と共に衝撃が弾け、二人が吹き飛ばされる。
銀の機体が動き、背後へ回り込んだ影。狙いは鈴の首。
刃が振り下ろされる、その瞬間──空間が爆ぜた。
轟音と共に割り込んだ蒼の閃光───────
銀の刃を受け止めたのは一つのIS。蒼色の装甲が火花を散らしながら鈴の前に立ち塞がった。
「ラスティ先生っ!」
その姿を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。あの背中に、どれほどの戦場が刻まれているのだろう。鈴やセシリアはそう思った。セシリアの声にラスティはただ短く頷いた。
「君達が何者であろうと興味は無い。けれど、私の大切な生徒を危険に晒した。これは許す訳にはいかない。────武力行使させて貰う」
銀のISが即座に銃口を向け、青白いレーザーを放つ。だがラスティは既に踏み込んでいた。
背部スラスター全開で煙を裂いて二人の間に滑り込む。束が念の為にと搭載していた腕部エネルギーシールドを展開。
あまりの威力に身体が軋む。地面が砕け、足場が無くなっていく。しかし彼は一歩も退かない。
「重い......が、それが仇になったな!」
バレルロールで相手のレーザーを回避。左腕のスライサーが光刃を描く。
銀の機体が弾き飛び、
『なるほど......噂通り。IS学園に雇われた傭兵、ですか』
電子音を混じえた声が響く。ラスティはいつもより更に冷酷に無視して問い掛ける。
「貴様らの目的は何だ?」
『それを知ってどうするのかしら?』
ラスティはわざとらしく口元を歪めた。
「何、なんて事ない話さ。目の前に転がる小石に蹴躓くと憂さ晴らしの為に蹴飛ばしたくなる。その程度の事だ」
『随分と傲慢な男ね......』
銀のISが両腕を広げ、二本のブレードを展開する。
次の瞬間、超音速の突撃。
風圧だけでアリーナが裂ける様だ。
ラスティは即座に射撃体勢へ移り、
弾丸が敵の装甲を叩くが、速度は落ちない。
間合いへ踏み込まれる刹那、彼はブレードを
『踊りましょう、傭兵さん』
「踊りは苦手でね、踊るなら独りでどうぞ」
『ふふ......本当に面白くない男』
「ウケを狙う趣味は無くてね」
剣戟が交錯し火花が散る。一撃ごとに金属が悲鳴を上げ、衝撃で空気が震える。
一撃が命を削る密度で繰り出され、一つのミスがそのまま死に直結する状況。空間が軋み、衝撃波が地面を割る。
観客席からは避難出来ない生徒達の息を呑む音しか聞こえない。
鈴とセシリアは、遠くでその戦いを見つめながら息を呑んだ。
「やっぱ遠いわね......あの先生の背中は」
「それでこそ、目指す価値があるというものですわ」
だがその瞬間、黒いISが動いた。
鈴とセシリアへ砲口を向け──。
しかし、その光が放たれるより速く、横合いから飛来した
ラスティは戦いながらも視界の端で常に二人を捉え、守れる位置を取り続けていた。
「黒いの、邪魔だな......」
『目の前の敵から目を逸らすなんて!』
銀のパイロットがその隙を逃す訳が無い。叫びながら放たれた渾身の一撃は当たれば致命傷になりうる。
しかし、その一瞬すらラスティにとっては撒き餌。視線を外したのは誘い出す為だった。
「目の前の敵から目を逸らす? 君は致命的な勘違いをしている」
言葉と同時に武装を変更。──
銀色のISが間合いに入った瞬間、火薬が炸裂し、鋼鉄の杭が相手の腹部を刺し貫く。
絶対防御が起動し、衝撃を吸収するが──パイロットは痛みからその場に跪いた。
「私は始めからこの一瞬を待っていた。......君は私を男だからと侮ったな。だから負けるんだ」
ラスティは静かに息を吐き、視線を黒のISへ向ける。
黒いISは既に鈴とセシリアの攻撃によってかなり消耗しており、それを見た彼は彼女らへ任せる事にする。
「オルコット、凰。その黒いISは君達が倒せ。今の君らなら出来る。もし危なくなれば私が変わる。だからやれるだけやってみるといい」
ラスティのその言葉を聞いた二人は揃って再度気を引き締め直す。
「当然ですわ」
「行くわよ、セシリア。援護のタイミングは任せるわ。余っ程変なタイミングじゃなければ勝手に避けるから」
「誰にものを言ってるんですの? 完璧に援護してみせますわ」
ブースターを吹かして距離を詰めた鈴は双天牙月を連結させると回転しながら一撃を叩き込んで距離を取る。
追う手へ向かってセシリアはレーザーの雨を降らせ、腕部を破壊。直後、頭部へと完璧な狙撃で視界を奪った。
「ナイス! これで終わりよ!!」
双天牙月が唸りを上げ、黒いISへと重い斬撃が叩き込まれる。黒いISはゆっくりと崩れる様にその場に残骸が崩れ落ちた。
ラスティがゆっくりと歩み寄る。
「よくやった、二人とも」
「先生の方は......?」
「逃げられた。予備機でもあったんだろう。だが、生徒が無事ならそれでいい」
彼は二人の肩に手を置き、静かに告げる。
「今日は休め。報告会は後日だ」
こうして、学園史上初の“IS乱入事件”は幕を閉じた。
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乱入事件当日の夜。ラスティは学園地下にある倉庫へ千冬、真耶の二人と共にやって来た。
通された倉庫の中央には鈴が破壊したISの残骸。それを解析していた技術者が深刻な顔で説明する。
「これが今日乱入したISの残骸だが......おかしい。パイロットが居ない。パイロットが逃げた痕跡も無い。理解出来ない。君達三人ならば、と思って呼んだんだが......どうだろうか」
「私にも分かりません......織斑先生なら......」
真耶は静かに千冬の方を向くが、彼女も首を横に振った。
「いや、私も分からん。ISは人が操縦する。それが常識で、それ以上も以下もない。......ラスティ、お前はどう見る?」
技術者の問いに首を横に振る二人の視線を受けたラスティは確かに答えた。
「これにはパイロットは“乗っていた”。いや、“載せられていた”と言うべきか......」
「どういう意味だ?」
ラスティは残骸から頭部を引き剥がしてパーツを丁寧にバラす。
「このISのパイロットは生きる為に必要な器官だけを残し、それ以外を排除してある。これがその証拠だ」
すると中から出てきたのは人間の脳。そしてその他の臓器だった。技術者と真耶は「ヒッ」と小さく悲鳴を洩らし、口を押さえてトイレへと走り去る。千冬だけはその場に残った。
「何だこれはッ!? こんな......非人道的な......!」
怒りで拳を震わせる千冬に対してラスティは溜め息を吐いて現実を語る。
「貧困層じゃ珍しくもない現実だ。金も無く、学も無い。だが金を稼がなければ明日の飯すらままならない。そんな子供達に対して言うのさ『簡単にISパイロットになり、金を稼ぐ方法があるがどうかね?』と」
うんざりした様子でラスティは一度話を区切ると、近くにあったパイプ椅子に座り込んで言葉を続けた。
「そうして連れて行かれた子供達は麻酔をされ、目が覚めた頃には脳と生きる為の臓器だけとなり、仮想現実の中で休む事無く延々と訓練を続けさせられる。受け入れるボディが完成するまで」
「そんな......人間の所業じゃない......」
「人間は神にも悪魔にもなれてしまう。恐ろしい現実だ」
ラスティは遠くを眺めた。それはまるで目の前の現実から目を逸らす様で、しかしどこかその現実を受け止めている様な淋しい目をしている。
千冬はやるせない無力感に打ちひしがれる。しかし、何とか声を絞り出してラスティへ問い掛けた。
「それで......どうする? これを彼女達に......」
「言う必要は無い。言えば彼女達は何の罪も無い無垢な子供を殺してしまったという罪悪感で壊れてしまうだろう。特に自らの手でトドメを刺した凰は耐えられない」
ラスティはそう言って立ち上がり、その場から立ち去る。その背中はどこか小さく見えた。
ありがとうございました!
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ひとつひとつ読ませてもらって、次への燃料にしてますので、是非