インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─   作:ダブスタ親父

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 本格的に冬が来ましたね。私、お恥ずかしながら寒暖差で風邪を引いてしまいました。読者の皆様も体調には気を付けて生活してくださいね。


この先

 この先

 

 ラスティがダリル・ケイシーの拷問を行ってから数日が経過した。

 もう終わった事の筈だが、彼はずっとナーバス気味になっている。慣れない拷問という行為とそれに伴った始末書と報告書の作成で寝不足だからだった。

 それに加えて転入生がやって来るというのだから始末が悪い。

 

「......で、何故私にばっか面倒事を振るんだ? 君も一年一組の担当だろう? 千冬」

「......私も私で手一杯なんだ。この転入生、事情が面倒臭いからな」

 

 ラスティは眉を顰め、珍しく彼女を責めるような言葉を口にする。

 この女が「面倒臭い」と言う時は、たいていロクなことにならない。ラスティはこの数ヶ月で彼女の性格を理解しつつあったが故の気付きだ。

 

「......また束の(ヤツ)絡みか?」

「察しが早くて助かる。と、言いたい所だが今回は違う。フランスからの転入生だ」

「真っ当な転入生なんだろうな? 『お荷物』か『厄介者』ならもう間に合っている」

「どちらも当たらずも遠からず、という所だな。姓はデュノア。フランスの代表候補生だ」

 

 その名を聞いた瞬間、何か引っ掛かる物があったラスティの眉がぴくりと動く。

 

「......デュノア? あのデュノア社の人間という事か? 何かの冗談だろう? ISの世界シェアトップの会社の人間が何の用でここに来るんだ?」

「私もそう言ったんだがな。『国際交流を兼ねた親善』だそうだ」

 

 千冬の声音は淡々としていたが、僅かに疲れが滲んでいた。

 ラスティは椅子にもたれ、重い息を吐く。

 

「......政府関係者の言う『親善』ほど信用できない言葉もないな。どうせ裏がある」

「同感だ」

 

 二人の短い沈黙。

 窓の外では放課後のグラウンドが淡く赤く染まっていた。

 ラスティはペンを転がしながら、半ば独り言のように呟く。

 

「......暫くは平穏な日々とやらが続くと思った私が馬鹿だったな」

「全くだ。そんな中で悪いが、トラブルメーカーのアイツからこれを渡された」

 

 そう言って彼女が取り出した書類は二枚。両方ともフランスからの転入生の情報が書かれている。

 

「なぜ同じ内容の紙を二枚......ん、なんだこれは?」

「そうだ。ここに来る予定だった『彼女』は何故か『彼』になっている」

 

 二人が気付いた点は性別と氏名。フランスから学園に送られてきた書類には性別は男と記載され、氏名は『シャルル・デュノア』となっている。

 しかし、束が送ってきた書類は性別が女、氏名は『シャルロット・デュノア』と記載されているのだ。

 互いに視線を交わし、乾いた笑いを漏らす。

 

「面倒事が増えるとは......」

「......お前はどう思う? なぜこんな事をするのか」

「決まっているだろう? 一夏に接近する為だ。一夏は生徒の中では唯一男でISを動かせる。何かしらの情報を得る為だと見るのが妥当だな」

 

 千冬は彼の言葉に対して疑問をそのまま口にした。

 

「なぜ一夏なんだ? お前もいるだろう」

「私は教師だからな。接近出来る時間が限られていると判断されたんだろう。生徒間なら余程の事が無い限り基本は団体行動だ。接近し放題だ」

「だが、一夏に対して尋問してもあのバカは何も答えられない筈なんだがな......」

 

 彼女は呆れた様子で溜め息を吐く。一夏は未だに自分がなぜISを動かす事が出来るのか判明していない。何となくでISを動かしているのだ。

 故にもしも尋問されたとしても、何も答えられる情報は無い。そう判断している千冬に対して、ラスティは淡々と告げる。

 

「知識はそうかもしれん。だが、遺伝子情報は嘘を吐かないだろ?」

「な、何を......」

「ハニートラップ、というヤツさ。まぁ真偽はなんであれ、性別を偽ってまでこの学園に来ると言う事は何かしら胸の中に抱えてるだろうな」

 

 ラスティはそう告げる。

 千冬は眉を顰めたまま、紙を握り締める。

 

「......なるほど、確かに遺伝子情報を狙う手はある。だが、少し考え過ぎじゃないか? 普通の生徒はそんな事しないだろう」

「勿論、普通はしないだろうな」

 

 ラスティは立ち上がり、窓の外を見やる。夕陽が落ちかけ、グラウンドには長い影が伸びている。彼の目には、戦場で見慣れた赤と黒の混ざった色彩ではなく、どこか柔らかい色合いが映っていた。

 

「......もし本当に目的が文化交流だけなら、歓迎すべき相手かもしれんが」

「手放しに歓迎出来る相手では無いから束はこの情報を寄越したんだろうな」

 

 千冬の声には、半分諦め半分警戒の色が混じっていた。ラスティは苦笑し、椅子に腰掛け直す。

 

「兎に角、まずはこの転入生の監視だな。一夏への接触を極力減らせる様に部屋割りも考えるしか無い」

「......あぁ。何か策を講じなければな」

 

 千冬は紙をまとめ直し、机の上に置いた。彼女の動作には疲労が滲むが、瞳には鋭い光が宿っている。さすが束の親友だとラスティは心の中で思った。

 その時、廊下からかすかに靴音が聞こえた。二人は瞬時に顔を上げる。

 

「......来たか」

 

 廊下の向こうからゆっくりとした足取りで現れたのは噂の人物だった。

 身長はやや低く、整った顔立ちの少女──あるいは少年のようにも見える中性的な転入生だった。制服の着こなしは完璧で、目の端に微かに警戒心を宿している。

 ラスティは至って普通を装いながら少女の姿を視界に捉えた。千冬も同様に様子を伺っている。

 

「シャルル......いや、シャルロット・デュノアか」

 

 微かに笑みを浮かべる彼女の表情には、まるで戦場で鍛え抜かれたような冷静さがあった。だが、どこか少年らしい無邪気さも残っている。その微妙なバランスが、二人には逆に警戒を呼び起こす。

 

「......なるほど、あの容姿では確かに男とも女とも言えるな」

 

 ラスティは小さく呟き、深く息をつく。千冬も同意するように軽く頷いた。

 

「さて......どう手を打つか」

 

 これから起こるトラブルと新たな戦いの序章に、緊張の糸が張られていくのを感じながら───────

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日。朝の一組教室はいつになく騒がしかった。

 いつもならば朝の挨拶すら億劫がる女子たちも、この日ばかりは妙に落ち着きがない。

 理由は簡単だ。

 新しい転入生──それも、国外から来る“代表候補生”がやってくるという噂が、昨日から学園中に広まっていたからだ。

 

「ねぇねぇ、今日来る子って男なんだって!」

「ほんと!? え、一夏くん以外に男が!?」

「マジかよ、これで一夏くんの貴重価値が下がるわね〜」

 

 黄色い声と笑い声が飛び交う。

 当の一夏はと言えば、机に頬を突っ伏しながら情けない顔をしていた。

 

「......頼むから、目立つ奴じゃありませんように......」

 

「無駄な祈りですわね、一夏。貴方以上に目立つ人間なんてそうそう居ませんわ」

「セシリアの言う通りだな、お前の姉は世界最強のブリュンヒルデで、オマケにお前自身は男でISを動かせるんだからお前の方が目立つだろう?」

 

 セシリアと箒の皮肉に一夏が頭を抱える。

 教室の喧噪が頂点に達しかけたところで、重い足音が響いた。

 

「静かにしろ」

 

 その一言で教室の空気が一瞬で凍りつく。

 織斑千冬。彼女の威圧感だけで生徒たちの動きが止まり、視線が一斉に教壇へ向かう。

 その隣には、無表情で腕を組んだラスティが立っていた。

 普段は教官棟にいる彼がここに居るだけで、生徒たちの緊張は更に増す。

 

「今日からこのクラスに新しい生徒が加わる。フランス代表候補生、シャルル・デュノアだ。入れ」

 

 千冬が一歩退くと、扉が開き、金色の髪を持つ転入生が現れた。

 空気が一瞬で変わる。

 整った顔立ち、落ち着いた物腰、そして柔らかな声。

 

「フランスから参りました、シャルル・デュノアと申します。これからよろしくお願いします」

 

 その声は、丁寧でありながらどこか硬い。

 完璧に整えられた発音、姿勢、所作──だが、それが“訓練”によるものだと気付いた者は、この場ではラスティと千冬だけだった。

 

 ......なるほど。初対面の印象作りまで徹底している。やはりただの学生の立ち居振る舞いじゃないな......

 

 彼の思考を読み取ったかのように、千冬が横目で視線を寄越す。

 二人は言葉もなく、互いに警戒を確認し合った。

 

 一方、教室はというと──

 

「わぁ......綺麗な顔してる......!」

「フランス人って本当に絵になるのね......」

「ていうか、声もいい!」

 

 女子たちの間に小さなどよめきが走る。

 そして、全員の視線が当然のように一夏へと集まった。

 

「な、なんで俺を見るんだよ......」

 

 「比較対象だろうな」と揶揄う様に呟くラスティの小声を千冬はこっそり肘で突いて止める。

 

「シャルル、席は織斑の隣だ。分からないことがあれば彼に聞け」

「はい、ありがとうございます」

 

 完璧な返答と共に、シャルル──いや、シャルロットは軽く一礼し、一夏の隣の席に腰を下ろす。それだけで周囲の女子が小さく息を呑んだ。

 ラスティはその様子を静かに観察していた。

 だが、ただ観察するだけではない。彼の視線は、表情のわずかな“緩み”や“影”を拾っていた。

 

 ......笑顔の裏が、少し硬い。偽装だ。自分がここに居る理由を完全に割り切れていない......

 

 彼は無言のまま腕を組み直す。

 千冬が教壇から生徒たちに指示を出しながらも、ラスティの横顔を盗み見る。

 

「何か気付いたか?」

「多少は。あの子は何かを覚悟した目をしている。でも、それを完全には受け入れていない」

「つまり......“命令”と“良心”の間か」

「ああ。放っておくと、どちらかが壊れる」

 

 千冬は短く息を吐いた。

 ラスティの言葉は、何度も修羅場を潜った男のそれだった。

 そして、二人が再び教室へ視線を向けた時、シャルルと一夏が何やら談笑していた。

 

「へぇ、フランスの代表候補生って事はセシリアとか鈴みたいなエリートって事だよな」

「ええ、まあ......。でも、僕はまだまだだよ。“特別”じゃないから」

 

 シャルルの微笑みは穏やかだが、その裏に微かな寂しさが混じる。

 一夏はそれに気づかないまま、照れくさそうに笑い返す。──ラスティだけが、その目の奥に潜む影を見ていた。

 使命と良心。その狭間で揺れる瞳を。

 

 ......あの少女はきっと酷い現実を見てきたんだろう。でなければあんな目にはならない......

 

 不意にあの夜の記憶が蘇る。ダリル・ケイシーを拷問した夜──その手に残った血の温度と人の肉を叩いた感触。

 ラスティは胸の奥で、静かに自嘲した。

 

 ......あの子も、きっと似たようなものか......

 

 千冬が彼を見やり、何かを言おうとした時、鐘の音が鳴り響いた。

 授業の開始を告げる音だ。

 ラスティは短く伸びをし、廊下へ出る前に小さく呟いた。

 

「千冬。......君の想像以上に“危うい”ぞ」

「危うい、ね。何が?」

「任務を果たせば、壊れる。果たせなくても、壊れる。......そういう目だ」

 

 ラスティの言葉に千冬は無言のまま頷いた。

 ラスティは視線をシャルルへ戻す。

 窓際の席、一夏の隣。あの小さな笑顔は、仮面のように静かだった。

 

 ......戦う理由を持てない人間ほど脆いものはない......

 

 そんな言葉を心の中で呟く。そしてラスティは何を狙ってこの“仮面の少女”を送り込んだのかを確かめる決意を固めるのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 放課後。

 教官棟の会議室には、重たい沈黙が漂っていた。

 千冬が持ち込んだ資料を机の上に広げながら、ラスティは窓際に立ち、外の夕焼けを眺めていた。

 

「......で、明日の合同演習だが」

「シャルロットをどう扱うか、だろう?」

 

 ラスティが答えると、千冬は静かに頷いた。

 

「今日のあの子の様子、どう見えた?」

「随分と自然に見える様に“訓練されてる”。姿勢、視線配り、歩幅......全部が教育されている人間の動きだ」

「ふぅ......やはりそうか」

 

 千冬は資料を静かに閉じ、腕を組む。

 

「操縦技術はどうだろうか」

「あの様子なら問題無いだろう。寧ろ優秀と言っても良い。が、気になるのは──」

「“揺らいでいる”という点だな」

 

 千冬の言葉にラスティは目を細めた。

 

「任務に迷いがある。あの子は恐らく、一夏に接触し、何かしらのデータを入手する事を正しい事だと思ってない。だが命令だから動いている。......その矛盾がいずれ戦闘に出る」

「明日の演習で、それが顕著になると?」

「あぁ」

 

 彼の考えに対し、疲れた様子で千冬は深く息をつく。

 

「また面倒な火種を抱え込んだな、我々は」

「燃え上がればそれを落ち着かせる。それが私達教師の仕事だろう?」

 

 軽口のような言葉だったが、その声音はどこか鋭かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日。二組との合同演習前。

 既に何人かの生徒は演習場に集まっており、各々友人同士で雑談を楽しんでいる。そんな中、件の二人は未だに姿を表していない。

 ラスティは腕を組み、冷静に観察している。

 

「......あの二人はまだ更衣室から出てこないのか」

「恐らくデュノアの転入を知った他学年の生徒や他クラスの生徒から追われているんだろうさ。学園には男性更衣室は無いし、アリーナに来ないと着替えられないからな。......少し更衣室へ様子を見に行ってくる」

「あ、あぁ。何かあったら直ぐに呼べ」

 

 千冬の言葉を背に受けて更衣室へと向かうラスティ。アリーナの倉庫を突貫工事で男性更衣室へと改修した為、アリーナからは少し歩く。

 薄暗い廊下を歩いて更衣室へと到着すると軽くノックをして声を掛けた。

 

「二人共、そろそろ演習時間になる。遊んでいる暇は無いぞ」

 

 一夏から謝罪の言葉が扉越しに聞こえ、別段トラブルが起きている訳では無い事を察したが、念の為に更衣室の扉を開けて中に入る。

 

「全く......早く集合して貰わないと予定が狂う。一夏、君も姉上からの拳骨は喰らいたく無いだろう?」

「は、はい......」

 

 一夏は駆け足でアリーナへと向かっていく。そんな背中を見届けて、もう一人の『彼』を待った。

 

「遅れてすみませんでした。僕が着替えに手間取ってしまって......」

「何、仕方の無い事さ。こんな環境で慣れない事もあるだろう。だが今回でトラブルに巻き込まれる事が分かっただろう?」

「はい」

「ならば、次回以降はそうならない様に行動する事を心掛ける事だ。行きたまえ」

 

 『彼』も見送り、更衣室を一瞥してからラスティも皆の元へ向かう。彼が到着した時には全員が綺麗に整列し、指示を待っていた。

 

「千冬、君の手腕には感服するよ。流石だ」

「話を聞く時くらいは黙るように教えただけだ。雑談は後だ。今日やる事を説明しろ」

 

 千冬との軽口をそこまでにラスティは今日の訓練内容を話し始める。

 

「さて...今日の訓練内容だが、今月末に学年別タッグトーナメントが開催されるのは皆知っての通りだと思う。各学年の専用機持ちや希望者がそれぞれペアを組み、トーナメント形式で勝敗を競う。それを踏まえてまずはタッグでの戦い方を君達に見学して貰う」

 

 ラスティはそう言って千冬から手渡されたバインダーに書かれたメンバーを読み上げた。

 

「今から名前を呼ばれた者は前へ。......凰鈴音」

「はい! ......おっ先ぃ〜」

 

 名前を呼ばれた鈴はご機嫌な様子で小さくガッツポーズをすると前へ出ていく。それを相変わらずだなと受け流しながらラスティは続けて名前を呼び上げる。

 

「セシリア・オルコット」

「はい! 一夏、お先ですわ」

 

 セシリアも鈴と似たような反応を見せる。

 

「......織斑一夏」

「はい!」

「そして最後に......シャルル・デュノア」

「は、はい!」

 

 二人はほぼ同時に前に出て来る。こうして四人の専用機持ちが出揃った。口火を切ったのは鈴だ。

 

「それで? この四人でタッグマッチって事ですか?」

「そうだ。本来は山田先生と私でタッグを組む予定だったんだが、山田先生は来客対応で席を外せなくてな。専用機持ちが四人もいるのに二人だけ選んでは勿体無いだろう?」

「なるほど。で、ペアは? アタシとセシリアがタッグですか?」

 

 鈴の質問責めにラスティは嬉しそうに溜め息を吐いて答えた。

 

「君は急ぎ過ぎだな。だがその通りだ。オルコット、凰タッグと織斑、デュノアのタッグで戦って貰う。五分間、準備時間を与える。その後にタッグマッチだ」

 

 ラスティの言葉にそれぞれ四人は二組に分かれ、準備を始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 五分後。それぞれ準備を終えた四人は専用機を展開し、相対する。

 

「へぇ......シャルルってISの扱いが思ったより板についてるんだな」

 

 一夏が素直な感想を漏らす。

 シャルルは軽く笑う──が、ラスティはその笑顔のわずかな“緩み”を見逃さなかった。

 

「い、いや......その、まあ、僕ってほら、デュノア社の人間だからさ、見て育って来たから見慣れてるってだけだよ!」

 

 声が少し硬い。

 刹那、仮面に罅が入る。それを見逃さなかったラスティは歩み寄り、小声で問う。

 

「......緊張しているのか?」

「っ──」

 

 シャルルの肩が僅かに跳ねた。

 彼の表情が一瞬だけ強張る。

 それを見たラスティは続ける。

 

「戦うのが怖いんじゃない。“戦わされる”のが怖いんだろう?」

 

 その一言に、シャルは息を呑んだ。

 

「な、何を......」

「今は答えなくて良い。だが、今の君は危ういぞ」

 

 ラスティの笑みは薄く、どこか苦い。

 シャルルはすぐには返事が出来ず、視線を伏せた。

 そんな彼の肩を軽く叩いて離れて行く。そうして試合開始を宣言する。

 

「さぁ、タッグマッチ開始だ」

 

 教官席へ戻りながら、千冬へ声を掛ける。

 

「今日の演習、あの子の本性が出るぞ」

「あぁ。......問題は、それを受け止められるかだな」

「壊れたら直せばいい。だが──」

 

 ラスティの視線は、シャルルの背中を射抜くように向けられた。

 

「“壊れる前に救えるか”は、別の話だ」

 

 千冬はわずかに目を細めた。

 ラスティは腕を組み、静かに呟く。

 

「──さあ、シャルロット。隠せるものなら隠してみろ」

 

 その瞬間、合図の電子音が鳴り響き、試合開始の幕が切って落とされた──

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 電子音が鳴り、空気が震える。

 四機のISが一斉に跳び上がり、距離を取りながら初手の間合いを測っている。

 ラスティは目を細め、じっと観察していた。

 

 ......さぁ本当の自分を見せてくれ......

 

 先に動いたのは鈴だ。

 

「いっくわよセシリア! まずは押し込む!」

 

 風を切り、距離を詰めて双天牙月を振るう。ノーガードで喰らえば一溜りも無い一撃。だが迎え撃つのは一夏だ。

 

「鈴、行くぞッ!」

 

 刃同士が激突し、火花が飛び散る。

 その後ろで、シャルルとセシリアが互いに射撃を撃ち合う形になった。

 青いレーザーと黄金色の弾丸。

 互いの軌跡が交差し、訓練場の空間が一瞬で戦場に変わる。

 観戦していた千冬が低く言う。

 

「......開幕からパワー勝負か。ま、まだまだ未熟な専用機持ち同士だとこうなるのも必然か」

「あぁ。しかし──」

 

 ラスティの視線はシャルだけを追っていた。そこで見付けた違和感を口にしようとして止める。

 セシリアが撃ってくる。BT兵器もフル稼働させてまるで鳥籠の様だ。しかし、シャルはそのすべてを紙一重で回避しながら、返射を続ける。

 その動きは誰もが見蕩れる程に美しい。だが、その美麗さとは裏腹に、何かが“ズレて”いた。

 

 ......足の運びが無駄に軽い。重心が後ろ寄り。逃げ腰だな......

 

 ラスティの眉がわずかに動く。千冬も気付いたらしく、ラスティが言葉を止めた理由が分かった。

 

「......デュノア社の訓練を受けた身体の割には、妙に......遠いな」

「あぁ。攻める技量はある。本人の能力も優秀だ。装備も良い性能をしている。だが本人が“踏み込む覚悟”を持てていない」

 

 一夏と鈴の激しい殴り合いが響く中、シャルルはまるで“触れれば壊れるガラス”のように繊細に動き続けている。

 そんな彼女を見てセシリアが叫ぶ。

 

「逃げてばかりでは勝てませんわよ、シャルル!」

「っ......!」

 

 その言葉はかつて自分が告げられた。その一言が彼の胸に刺さったようで、シャルルの動きが一瞬止まる。

 その一瞬を──今のセシリアは見逃さない。

 

「撃ち抜きますわ!」

 

 青光が奔り、シャルルへ直撃するレーザー。

 シャルは反射的にバリアを展開して防いだが、そのタイミングで“手の震え”が出ているのをラスティは確かに見た。

 

 ......出たな。“揺らぎ”が......

 

「案外早かったな」

 

 ラスティは小さく呟いた。そんな彼の言葉は隣に座る千冬にも聞こえる事無く消える。

 そんなラスティの言葉など露知らず、シャルの内心は揺れていた。

 

 ......本当に、僕は......なんで戦ってるんだ? 織斑一夏から......データを......取る、なんて......多分、あの人は気付いてるんだ......だから......こんな......

 

 視界が乱れ、胸が痛む────

 

 手が震える────

 

 指先が冷たい────

 

 

 セシリアの追撃が迫る度“任務”と“良心”がぶつかり合う感覚になる。

 

 ......やっぱり......僕なんかが......

 

 様子を見ていたラスティは呟いた。

 

「千冬。......今すぐ壊れる事はないが」

「あぁ。自分の矛盾に心ごと押し潰されているな」

「問題はこの戦闘の“どの瞬間”でそれが表に出るか、だ」

 

 シャルは更に後方へ下がり、一夏との距離がどんどん離れていく。

 それは、シャルが“無意識に距離を取ってしまう相手”が一夏だという証左だった。

 ラスティは腕を組んだまま、ツンと鼻で笑う。

 

「......隠し通せれば良いな、シャルロット」

 

 ラスティの言葉と同時にセシリアが呼ぶ。

 

「鈴、押しますわよ! 一気に畳み掛けますわ!」

「任せなさい!」

 

 ライフルを構えていた今までとはうってかわり、装備を近接用ブレードへと変更し、二人の火力が合流する。互いに刃をぶつけ合い、共に成長し続けた二人の猛攻が一夏とシャルルを圧倒し始めた。

 シャルの震えはもう隠せない。

 一夏が叫ぶ。

 

「シャルル! 大丈夫か!?」

 

 その声で──

 シャルルは“完全に俯瞰を失った”。

 ラスティは小さく吐き捨てる。

 

「......そこだ。決定的な隙」

 

 千冬の目が鋭く光る。

 

「ここから先は──一夏がどう動くかだな」

 

 ラスティは静かに頷く。

 

「ああ。だがあの子を救えるのは、“戦い”じゃない──」

 

 ラスティは雲一つない晴天で日に照らされるアリーナを眺めて告げた。

 

「信頼だ」

 

 その瞬間、一夏の反撃虚しく一夏・シャルルペアの敗北が決定した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 専用機持ち達による模擬戦終了後、ラスティが総評を始める。

 

「さて見てもらった通り、タッグマッチはペアとの連携、アイコンタクトが重要になる。君達はまだISの操作を覚える事が優先されるだろうが、覚えておいて損は無い。いずれ役に立つからな。それでは、訓練を始めよう」




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