インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─   作:ダブスタ親父

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新年明けましておめでとうございます。
 また新成人の方、おめでとうございます。

 年末年始忙しく、こんな時期の投稿になってしまいました。



初めまして、銀色の兎さん。

 初めまして、銀色の兎さん。

 

 シャルロット・デュノア──表向きは“シャルル・デュノア”として転入してきたその当日。

 ラスティ達は授業を終え、いつものように専用機持ちで行う強化訓練も終わらせ、いまは放課後の静かな職員室で報告書を作成していた。

 そんな中、隣で黙々とペンを走らせていた千冬が、ふいに息を吐き、ぼそりと呟く。

 

「......デュノアの件、どう処理するつもりだ?」

「別に。現状、何もする必要はないだろう」

 

 即答だった。

 ラスティは視線を資料から離さず、冷静な声で続ける。

 

「何もしていない生徒にスパイ疑惑を投げれば、怪しまれるのは寧ろこちらだ。無駄な火種は増やせない」

「......まぁ、確かにな」

「だからしばらくは静観だ。それに──餌は撒いてある。あとは、食い付いてくるかどうかだ」

「その余裕が、続けばいいがな」

 

 千冬が意味深な言葉を残す。

 ラスティは書類から顔を上げ、うんざりした表情で眉をひそめた。

 

「......また面倒事か?」

「あぁ、面倒事だとも」

 

 千冬は資料を閉じ、短く息を吐く。

 

「昔、私がドイツ軍の軍事教官をしていた頃の教え子がな......明日こちらへ来るらしい」

「教え子? 軍の?」

「そうだ。本来は今日来る予定だったんだが、昨日の飛行機が欠航になったらしくてな。今日の飛行機に乗って来るらしい。明日の早朝には学園へ着く」

「......それは確かに面倒そうだ」

 

 ラスティの声には、珍しく“本気の嫌気”が滲んでいた。軍人という物はいつどの世界でも時代でも面倒なのだ。ラスティは身をもって知っているからこその嫌気である。

 そんなラスティの反応を見た千冬は口元だけで苦笑する。

 

「覚悟しておけ。アイツは妙に私に懐いているからな。私と距離が近いお前も下手すれば敵扱いされるぞ」

「......もう勘弁してくれ」

 

 ラスティは天井を仰ぎ、静かに溜息をついた。

 デュノア家の問題に潜む火種。

 そして千冬の“教え子”という新たな爆弾。

 

 ────嵐の前触れは、意外なほど静かだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 転入初日の夜。

 シャルル──いや、シャルロット・デュノアは与えられた寮室のベッドの縁に腰を下ろした。

 部屋は静まり返っている。

 暖色の照明が柔らかく灯っているはずなのに、薄い影が床に落ちるたび胸の奥がざわついた。

 机の上には『シャルル・デュノア』と書かれた学生証が置かれている。

 その文字を見るたび、胸が酷く軋んだ。

 

 ......僕は、また嘘をついている......

 

 この学園に来たのは、父であるデュノア社のCEOからの命令だった。

 『織斑一夏を調べろ。男でISを扱える理由を探れ。必要ならば近付き、信用を得ろ』と。

 命令には、言外にもっと酷い意味が含まれている。

 それは理解していた。言われなくてもそう言っているのが手に取るように分かってしまう。

 肩を抱いた。制服の袖が僅かに震えている。

 

 ......こんな役、僕じゃなくていいのに......

 

 だけど逆らえない。昔からずっとそうだ。

 自分が「スパイとして適任」だと父は言った。

 理由は女性であることを隠し、都合よく“少年”として振る舞えるから。

 そんなもの、本当は誇りになどならない。

 ISのシェア数が世界三位という有数な巨大企業の父と国家の思惑のためだけに、自分という存在をねじ曲げられている。

 幼い頃からずっとそうだった。そうなる前に母は自分を連れ出して逃げた筈だった。けれど、母は死に連れ戻された先で待っていたのは最悪の環境。妾の子故の肩身の狭さに苦心した。

 それを少しでも外れれば「失敗」だと叩き折られる。

 だからここでも『シャルルとして振る舞う』以外の選択肢が無い。

 泣く資格すら無いとわかっている。

 けれど今日は、胸の奥にわだかまったものが耐えられず、シャルロットは膝に顔を埋めた。

 

 ......皆、いい人だった......ラスティ先生、あの人は僕の嘘の奥にある“何か”を見ようとしている気がする......

 

 千冬は言動は厳しいが、愛のある公平な人だった。

 生徒のみんなは優しく迎えてくれた。

 ラスティも発言は鋭いが、ちゃんと自分を見てくれていると思った。自分の奥底に仕舞った本心すら彼の一瞥だけで「見透かされているのでは」と思わされる程に。

 

 ......でも怖い。もし本当に見抜かれていたら? 僕はどうなる? 排除される? 軽蔑される? 分からない。助けを求めたくても求められない......

 

 そして──

 

 ......織斑、一夏......

 

 あの少年は何だろう。あそこまで無防備な人は初めて見た。良くもまぁ、初対面の人に対してあそこまで出来るのかと呆れすら抱く程に。

 任務対象なのに、利用するように言われているのに。

 近付くほど、自分の醜さを突きつけられているようで息苦しい。

 

 ......もし......もしバレたら......

 

 シャルルが偽名である事、女である事、スパイとして送られてきた事。

 一夏はどう思うのだろう。千冬やラスティはどう反応するだろう。

 

 ......軽蔑されるのが怖い。拒絶されるのが怖い......いつもこれだ......

 

 僕は僕が嫌いだ────

 

 父の命令に逆らえない自分。女である自分を隠し、嘘をつき続ける自分が嫌いだ。

 強くなんてない。本当はずっと壊れかけている。助けを求めたくて仕方が無い。

 彼女は滲む涙を手の甲で拭う。

 

 ......でも明日も笑わなきゃ......

 

 任務だから。

 義務だから。

 それしか自分の存在価値は無いから。

 自分の感情なんて、最初から存在してはならないのだ。小さく息を吸い込む。

 

 ......大丈夫……僕はシャルル・デュノア。父の命令を果たすためにここにいる......

 

 何度も、何度も、自分に言い聞かせる。

 

 ──本当の名前を、心の奥底へ押し込めながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日。ラスティに正体を看破されたのではないか──そんな不安を胸の奥に押し込め、平静を装って登校したシャルロット。

 しかし、彼女を待っていたのは更に予想外のイベントだった。

 彼女が転入してきた翌日に、まさかの新たな転入生。クラスメイトも教師陣も動揺を隠せない。

 そんな中、千冬が転入の理由を話し始めた。

 

「......本来なら昨日、デュノアと同時に転入予定だったんだが飛行機の欠航で今日になった。挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

 ラウラは軍人特有の硬質な足音を響かせ、一直線に教壇へ進む。その背筋は糸のように伸び、視線は刃物じみていた。

 シャルはその声音に、どこか軍隊特有の硬さを感じて眉を寄せた。

 この瞬間、一夏は自分の姉──千冬と繋がりのある人物だと察した。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 無駄のない自己紹介。刺すような雰囲気は確かに千冬のそれに似ている。

 教室中が緊張で固まる中、ラウラはゆっくりと一夏の前へ歩み寄った。

 

「......なんだよ」

「貴様が、教官の弟か?」

「だったら何だって?」

 

 次の瞬間、ラウラは腕を振りかぶった。その軌道は明らかに一夏の頬を狙っていた──が、その腕は途中で止まる。

 ラスティが無駄のない動きで掴み、捻り上げていた。その動きはあまりに速く、誰もがいつ動いたのか認識出来ない程だ。

 

「暴力は見過ごせないな、ボーデヴィッヒ。ここは君の居た軍じゃない」

「くっ......この程度の拘束、っ!」

 

 必死に振りほどこうとするラウラ。だがラスティは耳元で静かに、しかし冷たく告げる。

 

「やめておいた方が身のためだ。大人しく席に座るなら解く。だが、彼を殴るために暴れるなら、今すぐ肩を外して医務室送りにするぞ」

「......教師の言うことか!」

「最近の私は激務続きで寝不足気味なんだ。これ以上仕事を増やさないでくれよ」

 

 その声音には、いつも以上に重い威圧感が宿る。

 クラスの空気がわずかに震えた。あれを真正面から受け止めたラウラは相当な胆力だ、と皆が思う。

 

「さぁ、席に座れ。時間も押している」

 

 拘束を解かれたラウラは実力差を悟ったのか無言で席に戻る。

 ラスティは周囲を一度見渡し、静かに告げた。

 

「──さて。そろそろ学年別トーナメントの募集が始まる。皆には説明済みだとは思うが学年別トーナメントはタッグ戦だ。各々参加希望の場合はタッグを組む相手を見付けてからの応募が好ましい」

 

 ラスティの説明にクラスメイトが質問を投げ掛けた。

 

「ペアが見付からない人は参加出来ないって事ですか?」

「そういう訳では無い。勿論一人でも参加は可能だ。だがペアはトーナメント当日試合前にランダムで選ばれる......ぶっつけ本番の即席タッグで試合に臨む事になる。その自信がある者はそうすると良い」

 

 ラスティの言葉で皆の間に緊張感が走る。最後の一言でラスティが言外に参加するならちゃんとペアを見付けておけよと言っていると受け取ったのだ。

 周囲を見渡したラスティは小さく頷いて言葉を続ける。その瞬間、クラスの空気が真剣なものへと引き締まった。

 

「皆も今言った事の真意が分かった様で何よりだ。まだ時間はある。焦らずにタッグを組める相手を探せ。以上だ」

 

 ラスティはそう言い残して後を千冬に託して教壇から降りる。

 生徒たちは誰も声を出さず、ラスティの言葉の余韻だけが静かに残った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日の放課後。一夏達はいつもの特訓の為にアリーナに集まっており、指導を担当しているラスティの到着を雑談しながら待っていた。

 

「俺がセシリアと五分五分なのって何が理由なんだろ」

「そりゃアンタがセシリアの攻撃上手く避けないからでしょ?」

 

 一夏のボヤきに鈴はすかさず呆れた様子で鋭い一言を告げる。しかし一夏は納得いかない様に唸りながら天を見上げた。

 

「それもありますが、一番はBT兵器の特性を理解していないからでしてよ。負けるパターンは決まって私にばかり気を取られてBT兵器にやられていますわ」

「単純に一夏の剣技が問題では無いのか? 零落白夜が使えるなら瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰めて斬れば良いだろう」

 

 そう言って会話に加わった箒。鈴もセシリアもそれは違うと首を横に振る。

 

「そう単純じゃないんだなー、これが」

「随分と楽しそうじゃないか」

 

 ラスティは初めからそこに居た様な感じを出しながらそこに居る。皆がいつの間に来たのかと驚いている中で微笑みながら一夏の疑問に答えた。

 

「さて、それじゃまずは一夏の疑問に答えよう。一夏がセシリアとの勝率が五分五分なのはだな、銃火器の特性を理解していないからだ」

 

 先程、セシリアが言った意見と似たような意見がラスティから出る。それを聞いたセシリアは少し自慢げに胸を張った。

 

「銃火器の特性......ですか?」

「あぁ。丁度銃火器をメインに使っているデュノアもいる事だ、解説しよう」

 

 ラスティはスティール・ヘイズを腕部のみ部分展開するとMA-J-200 RANSETSU-RF(バーストライフル)を装備する。

 

「銃火器は火力と射程が強み。弾幕を張る事も出来れば牽制に使う事も出来る。作戦立案に大きく関わる部分だな」

「......銃の強さは理解しましたが、それがどうして勝負に直接関わるんですか?」

「確かにな、直接攻撃出来る近接武器の方がいい気がするな」

 

 未だに納得出来ない様子の箒とそれに同意を示す一夏。そこにシャルルが割って入った。

 

「それは違うよ、二人共。確かに近接武器は直感的に使えるし、細かい事考えなくても良いって利点もあるけど、銃火器の特性を理解せず挑めば良いように誘導されちゃうよ」

 

 ......やはりよく分かっている......

 

 ラスティは内心で関心しながらシャルルの言葉に補足を加える。

 

「デュノアの言う通りだ。現に一夏の勝率が五分なのはそれが原因。銃には人の思考を鈍らせる能力もある。自分は狙われている、次に銃声が鳴った時に自分は撃たれているかもしれない。......そういう思考がノイズになり、視野が狭まる」

 

 ......それに銃は引き金一つで人を殺せてしまう。殺意と人を撃つという事への罪悪感を麻痺させる。銃の本当の強さはそれだ。だが、これだけは言えんな......

 

 ラスティは口には出さず、本来の銃の強みを心で呟く。

 一夏達はラスティの解説で納得した様で、ラスティに礼を言って各々が準備を始めようとした時の事だ。

 

「あれは......」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ......」

「あれが一夏殴ろうとしてラスティ先生に腕捻り上げられたヤツ?」

 

 黒いISを纏ったラウラがアリーナへと現れた。威圧的で高圧的。有無を言わせない様な声音で一夏へ挑戦状を叩き付ける。

 

「私と戦え、織斑一夏」

「嫌だね、戦う理由がねぇよ」

「ならばそこに居る仲間を撃つと言ったら、どうだ?」

 

 ラウラは肩部のレールガンの銃口を一夏達へと向ける。ラスティは静観したままだが、シャルルの様子を見て口を出すべきじゃ無いと判断した。

 彼の目線の先に居るシャルルは生身の箒を庇う様な位置を取り、いつでも動ける様に準備していたからだ。

 

「......本気かよ」

「あぁ」

「...........その挑発、乗ってやる。と言いたい所だけど、俺は戦わねぇ。そんな脅し効かねぇよ」

 

 一夏はラスティの様な冷たさを持ってあしらうと訓練に戻ろうとする。その瞬間、貶されたと思い頭に血が昇ったラウラはレールガンを放った。

 全員、意識外からの攻撃に一瞬だが動きが遅れる。そこを警戒を解かずにいたデュノアがシールドで弾く。

 

「なっ!?」

「ボーデヴィッヒ、君は少し調子に乗り過ぎだな。教師である私が居るのを理解しての行動なら本国に君の行動を報告する」

「勝手にしろ。私は貴様やそこにいる教官の弟など認めない...........」

 

 吐き捨てて去っていくラウラにラスティは呆れてものも言えない。

 

「......済まないな、訓練に戻ろう。今日は前回の復習と一歩進んで遅滞戦闘をやるぞ」

 

 全員が気持ちを切り替えて訓練を再開した。

 

 




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