インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─ 作:ダブスタ親父
嵐の前の静けさ
ラウラが一夏達へとレールガンを放った翌日。
まるで何事もなかったかのような静かな朝だったが、その静けさがかえって不気味でもあった。
報告書を作成していたラスティへと千冬が声を掛けた。
「昨日、揉め事があったそうだな。何があった?」
「......君の教え子とやらが一夏達へレールガンをぶっ放したぞ」
「なっ......あのバカ者......それで、お前はどうしたんだ?」
言葉を詰まらせた千冬は眉間に手を当てながら困った様子で告げる。
そんな彼女の期待を裏切る様にラスティは淡々と答えた。
「何も。ただ見てた」
「それでも教師か、貴様は」
千冬は思わず身を乗り出すように問い詰める。
「誰も警戒していなければ止めたさ。だが、デュノアだけは状況を読んでいた。篠ノ之を守る位置に立ってな。あれなら任せても良いと判断した」
彼の説明を聞いた千冬は納得した様で彼の隣に座って大きく溜め息を吐く。
「はぁ......どうしたものか......」
「ボーデヴィッヒの事か? どんな教え方したらあんなじゃじゃ馬に育つんだ?」
ラスティの問いかけに千冬は恥ずかしそうに自虐的に笑いながら昔話を始める。
「......恥ずかしい事にな、ドイツに居た頃の私は力こそが全てだと本気で思い込んでいた。今思えば馬鹿らしい。だが、その考えを色濃く受け継いだのがラウラだ」
「なるほど......だから君を崇めてる訳か」
「あぁ。今考えても恥ずかしい......」
ラスティは安心させるように思わず千冬の肩へ手を置く。
千冬はわずかに肩を震わせ、目を瞬かせた。
「力が無ければ何も成せない。だが、信念が無ければ力は暴力となる。彼女はそれをまだ知らないだけだ。これからこの学園で教えていけばいい」
「......そうだな」
ラスティはそう言って席から立ち上がると報告書を提出する為にその場を後にした。
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その日の夜。ラスティが寮の見回りをしていると寮内の談話スペースの椅子に座り、項垂れていたシャルルを発見した。
既に消灯時間は過ぎている為、見過ごす訳にもいかないラスティは彼女へ声を掛ける。
「デュノア、どうかしたか? 消灯時間は過ぎているぞ」
「あ、すみません先生......」
この世の終わりだと言いたげな深刻そうな顔を見て、ラスティは一夏に女である事がバレたのだろうと察した。
そんな彼女を放置すればきっとこのまま海に身投げでもしかねない。ラスティにそう思わせる程酷い顔をしている。
「私も鬼じゃない。悩みを持った生徒を叱るつもりは無いさ。だがここは些か冷える。私の部屋に来ると良い。コーヒー位は出すぞ」
「......ありがとうございます」
そう言って部屋に案内するとインスタントのコーヒーを出す。それを素直に受け取ったシャルル。彼女に安心を与える為、ラスティは先に口を付けた。
「......それで、どうしてあそこに?」
「えっと......実は私......女なんです。デュノア社の命令で一夏か先生に接触して、男なのにISを起動出来る理由を見付けてこいって......」
ラスティは黙って話を聞きながらコーヒーを啜った。彼女はマグカップを覗き込み、水面に映る自分の顔を眺めている。
「バレちゃったらここにいられないから......だから......」
「......デュノア。身投げでもして終わらせるつもりだったのか?」
「えっ......」
「そんな事を考えている顔だ。......傭兵だったからな、嫌でも知るのさ。任務を果たせなかった者の末路を。良くて死ぬまで拘束され、最悪の場合......命は無い」
ラスティの言葉はシャルルの確信を突く。彼女は言葉を受け、視線を落として小さく頷いた。
「はい......その方が良いんじゃないかって......」
「それは君が決める事だ、好きにすると良い。だが...君の本心はどうなんだ?」
「え? 本心...?」
「そうだ。君の今の感情は頭で理性的に考えたものだろう。バレたから殺される。殺される前に自分で終わらせようと理性的に考えた結果......」
シャルルへと諭すように告げるラスティは穏やかではあるが、はっきりとした声音で続ける。
「理性では無く、本能的に考えるんだ。君は本当に心の底から本能的に死を望んでるのか?」
問いかけられたシャルルは、喉を震わせながら声を搾り出す。
「そんな訳......ないじゃないですか......! 僕はまだ生きていたい。この学園に居たい! ......皆と一緒に居たい......」
涙が零れる。
「それが君の本当の答えだ。その為にどうしたい?」
シャルルは声を荒らげながら偽る事無く、自分の本心を心から吐き出した。
「自由になりたい、誰にも何も指示される事無く、僕の意思で僕の為だけの人生を生きたい!」
「その為に出来る事を考えよう。私も協力する」
「何で......? 先生の事も騙してたのに......」
涙を拭いながら素直に疑問をぶつける彼女にさも当たり前だと言わんばかりにラスティは答える。
「私は教師だからな。生徒が迷うなら導こう。間違えるなら正しい道を教えよう。共に悩み、答えを出そう。それが教師というものだろう?」
「先生って騙される事多いんじゃないですか? 僕が嘘付いてる可能性もあるのに」
何とか空元気で笑うシャルル。そんな彼女に対してラスティは小さく微笑む。
「そうかもしれない。だが、君は嘘で死ぬ覚悟を決められる様な人間では無い事は分かる。......今日はもうこの部屋で寝ると良い。私は仮眠室にでも行く」
ラスティはそう言って部屋を出ていく。そんな彼の背中へとシャルルは声を掛けた。
「ラスティ先生、ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早い。救われたかどうかを決めるのは、これからの君自身だ」
ラスティは軽く手を挙げると、静かに扉を閉める。その後ろ姿にはどこか優しさが含まれていた。
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翌日は何のトラブルも無く授業を終えた。ラスティは日報を書きながらシャルルを助ける為の方法を模索している。
......協力する、と言ったは良いが良い案が出ないな。彼女を死んだ事にするか、裏で糸を引いているであろう彼女の父親を失脚させる以外の方法が出ない......
「どうしたものか......」
「珍しいな、お前が泣き言とは。らしくない」
ボソッと呟いた独り言を聞いた千冬が心配そうな顔をしながらラスティへと話し掛ける。
「そうか?」
「あぁ。力になれるか分からんが、話位は聞けるぞ」
彼女の言葉に対し、気になっていた事を一つだけ問う。
「この学園の生徒は何故他所の国の人間に狙われたりしないんだ?」
「何を言っている?」
「他国の国家代表候補生を暗殺する人間は居ないのかって事さ」
ラスティのストレートな言葉に千冬は呆れた様子で答えた。
「お前の様な発想をするヤツが居たんだろうな......。この学園を創立する際、規則に組み込んだんだ。この学園に居る間、どの国家も生徒には手出し出来ない様にな」
「なるほど......だからデュノアには手を出さない訳か......」
「...........とうとうバレたか」
ラスティのその一言で察した千冬。
「そうか」
それ以上何も言わず、千冬は椅子の背に体を預ける。
その仕草には制止よりも覚悟を測る色があった。
「お前なら百も承知だろうが一つ忠告しておく。デュノアを守ろうとすれば、お前は国を相手取る事になるぞ」
「覚悟の上さ」
即答だった。
千冬はわずかに目を細める。
「早いな。まだ“何をするか”も決めていない癖に」
「だが、手を貸すと決めた以上は無碍にも出来ない」
「......それが一番危険な考えだ」
千冬はそう言い、机を指で軽く叩いた。
「国家は人を守らない。利用する。特に才能があればあるほど、選択肢は奪われる」
「だからこそだ」
ラスティは視線を逸らさずに言った。
「彼女は選ばされている。自分の意思で戦っている訳じゃない。そんな事を続ければ心は磨耗し、やがて自分が死んでいく。自分が自分じゃ無くなるんだ」
「......そのお陰で死なずに済んでいるとしたらどうする」
試す様な視線。ここの返答次第ではきっと止められる。そう察したラスティはゆっくりと答える。
「少なくとも、今のままよりはマシだろう。彼女は皆と一緒に居たいと言った。それはきっと本心だ」
一瞬、沈黙が落ちる。
やがて千冬は、疲れた様に息を吐いた。
「お前がそこまで踏み込むなら、一つだけ覚えておけ」
「何だ?」
「この学園の規則は生徒を守る為の物だ。それ以外には適応されないぞ」
煮え切らない返答を続ける彼女に対して結論を急かす。
「つまり?」
「お前が動くなら、私は教師としては関われない。関われるのは──個人としてだけだ」
それは限界であり、同時に最大限の譲歩。
ラスティは小さく笑った。
「十分だ。最初から一人でやるつもりだった」
「馬鹿が......」
千冬はそう呟きながらも、止めはしなかった。
「もし、相手が接触して来るとしたらトーナメントの時になる。外部の人間が大勢入ってくるからな」
「......覚えておく」
ラスティは再びペンを取り、日報の続きを書き始める。
だが、その視線は既に文字の向こうを見ていた。
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放課後のアリーナ。タッグマッチの練習の為に鈴とセシリアはそれぞれやって来ていた。
別に彼女達はペアを組むつもりは無かった。別々にペアを探し、対戦する事にならば全力で潰す。そのつもりでいたのだ。
「アンタも来たのね」
ぶっきらぼうに鈴は吐き捨てた。対するセシリアも言葉を返す。
「鈴さんこそ、まだペアも居ませんのに。まさかとは思いますが、一人で戦うおつもりで?」
「うっさいわね! アンタだってペア居ない癖に随分な口ぶりじゃない」
「私はすでにルームメイトをペアにお誘いしましたわ」
セシリアの返答に、鈴の眉がぴくりと跳ね上がる。
「嘘でしょ......アンタにそんな器用な真似が出来るなんて。てっきり一夏と箒に張り付いてるだけかと思ってたわ」
「えぇ。ですから、まずはお友達作りから始めてみてはいかがかしら」
低く、抑揚のない声がアリーナに落ちた。
「二人でそれなら私一人で十分だな」
振り向いた鈴の表情が一瞬で険しくなる。
「......はぁ? アンタ、誰に向かって言ってんのよ」
声を荒らげる鈴の横でセシリアも眉を吊り上げ、金髪を揺らして一歩前に出る。
「随分と自信がおありですのね。そのプライドがどこまで続くか見物でしてよ」
ラウラは二人を交互に見渡し、短く鼻を鳴らした。
「事実を述べただけだ。連携も取れず、互いを牽制し合っているだけだろう。そういうのは弱者の傷の舐め合いだ」
「......ッ!」
鈴の歯が鳴る。
「ムカつく言い方するじゃない......」
「事実を言っているだけだ。弱者は弱者らしくしておけとな」
ラウラは淡々と言い放つ。
「だが、暇つぶし程度にはなるだろう。二人で私に挑め、それで勝てたなら、私の言葉を撤回しよう」
セシリアは一瞬だけ鈴の方を見る。
鈴も同時に視線を返した。
──気に食わない。
──でもここで引く理由もない。
「......いいわ」
鈴がその挑発に乗る。
「舐め腐ったその態度、ボッコボコにして泣きっ面に変えてやる」
セシリアは小さく息を吐き、唇に挑発的な笑みを浮かべる。
「でしたら一時休戦ですわね、鈴さん」
「言っとくけど、終わったらアンタも敵だから」
「承知していますわ」
二人が並び立ったのを見て、ラウラの口元が僅かに歪む。
「ほう......」
次の瞬間、ラウラは静かに告げる。
「──来い。思い上がった弱者に真の強者の摂理を教えてやる」
二対一という変則タッグマッチの火蓋が切って落とされた。
ありがとうございました。
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