インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─ 作:ダブスタ親父
伽藍の洞、柄なき刃
ラウラが私闘で敗北を喫した翌日。どこのクラスでもラウラが大口叩いた挙句に負けたと云う噂が流れている。
当事者であるセシリア・鈴の両名は頭に血が昇っていたとは言え、二対一で相手を一方的に痛め付けたと言う事が美談の様に噂されるのは良い気がしない。
それをひけらかす気にもなれず、聞いてくる生徒には否定しているが、否定して回ってもラウラが更に惨めになるだけだと思い、放置していた。
最後の当事者であるラウラはそんな噂には微塵も反応していない。昨夜、ラスティから受けた言葉の意味を探している。
『だがこれからは違う。誰かの価値観ではなく、自分の価値観で意味を探せ』
『力を振るう理由だ。守る為か、支える為か、並び立つ為か。君が自分で決めろ』
ラウラはこの言葉のお陰で視界に掛かっていた靄が晴れた様な、憑き物が落ちた様な感覚を覚えた。
その理由探しを今も彼女は頭の中で考えている。
......幾ら考えても思い付かん。力を振るう理由なんて相手を倒す為だけではいかんのか? ......いかんのだろうな、今のままで強くなれない、勝てないならあの男が言う様な意味を見付けるべきだ......
答えの出ない自問自答を続けているうちに頭がぼーっとしてくる。
「......聞くのが一番手っ取り早いが、それでは他人の理由を借りている。私は私の答えを出さなくてはな」
答えを誰かに聞ければ楽だと思う。その理由をそのまま借りて、自分の理由としてしまえば、考える苦悩も無いし、面倒な思考をしなくて済む。
だがそれでは変わっていない。教官であった織斑千冬の言葉をそのまま借りていた時から何も進歩していないでは無いか。だから自分で考える。
少しずつ確実に進める様に。
「周りを見て、答えを探そう」
ラウラは今また少しだけ前に歩き出した。
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午後の操縦実習。各専用機持ちが指導係となり、訓練機を使用する生徒を指導する。
今までは一夏やデュノア・セシリアは人気だが、ラウラは人気が無く、溢れた生徒を彼女が担当するという形だった。しかし、噂の影響か大人しくしているラウラをこれ幸いと今までのストレスを発散する為だけに彼女の元へ向かう生徒が見られた。
第二アリーナには訓練用ISが宙に軌跡を描いている。ラウラは地上から腕を組み、その挙動を監督していた。
「高度を維持しろ。推力が落ちてきているぞ」
淡々とした声。それはかつてのような怒声ではなかった。
空を飛ぶ生徒の機体がわずかに姿勢を崩す。
「ひゃ......!」
「慌てるな。右脚部スラスターの推力を絞れ。......そうだ」
彼女のアドバイス通りにした生徒の機体は持ち直す。
通信越しに安堵の吐息が漏れる。
やがて実習の小休止。ISを解除した生徒たちが地上に降り立つ。その中の一人が、どこか探るような笑みを浮かべて近付いてきた。
「ボーデヴィッヒさん、今日は怒らないんだね」
軽い声音。その続きの言葉をラウラは予測していた。
「昨日の噂、聞いたよ? なんか、ボコられたらしいじゃん? 強いって言ってたのにね」
周囲でくすりと小さな笑いが起きる。
以前のラウラなら
────規律を乱すな。訓練中だ。
そう一喝していただろう。だが今、口を開こうとして──止めた。
怒る理由が浮かばない。負けたのは事実だ。
......以前の私なら怒ることで自分の立場を保てただろう。だが、今はそれをしても虚勢を張るだけだ。周りから見れば滑稽だろう......
視線を向ける。睨んだつもりは無いが、ラウラは目付きが元々鋭い事もあって声を掛けた生徒は一瞬だけ怯む。
ラウラは一拍置き、静かに言った。
「......負けたから丸くなった訳ではない」
声は低いまま。
「だが、怒鳴ることが指導ではないと気付かされただけだ」
「......え?」
「貴様の欠点は姿勢だ。思考が先に崩れている。恐怖で身体を縛るな。恐れれば先に堕ちるぞ。数値で抑えろ。推力と角度を見ろ」
指摘は的確で、冷たい。だが感情で叩き潰す響きはない。
生徒は驚きから目を丸くするものの、素直に頷いた。
「う、うん......」
駆けて戻る背を、ラウラは無言で見送る。
……今のは、何だ......何故怒らなかった。......いや、怒れなかったのか......
軍人に甘さは不要だと、そう教えられてきた。それは恐らく間違いではない。だが。
──強さとは、誰かと並び立てることだ。
脳裏に蘇る声。
ラウラは拳を握る。以前なら迷いは無かった。
叩き潰せば良い。従わせれば良い。それで秩序は保たれた。
だが今は刃を振り上げる瞬間に、僅かな空白が生まれる。
......私は、何を守りたい?......
問いは浮かぶが、答えは無い。
模擬戦を見せるらしく、デモンストレーションとして選ばれたラウラは自らのISを展開する。
自問自答の迷いの中で、完全に模擬戦へと入り込めていないラウラ。
黒鉄の装甲が空気を裂いた。
「そこだ!」
ワイヤーブレードで対戦相手の一夏を捉える。対する一夏は雪片で丁寧に弾いて距離を詰めた。
「遅いッ!」
「懐に入られて手詰まりになると思ったかっ!」
プラズマ手刀を展開。一夏と衝突する。数度切り結んで距離を取り、一夏の出方を伺う。
かつての自分ならレールガンで牽制し、距離を詰めていた間合い。しかし今は最適解を探そうとしている自分が居る。
その事を認識したが故の遅れ。ラウラは躊躇した。一夏が迫っている事を認識出来ず、攻撃を食らう。
「ぐうっ......」
「...........なんでアイツ、ボーッとしてたんだ」
攻撃を食らってアリーナの壁に叩きつけられた彼女を見て、観客席がざわめく。
ラウラは体勢を立て直そうとした所で千冬が模擬戦を止めた。
「ラウラ、目の前の戦闘に意識を向けられないならISから降りろ。相手が怪我をする」
「...........はい」
ラウラはISを解除し、項垂れてその場から去っていく。心の中には蟠りだけが残る。
......以前の方が強かった...以前の方が迷いは無かった......
遠く、観覧席の端でラスティが壁にもたれ、腕を組んでいた。
瞬間、視線が合う。
「......」
「......」
彼は何も言わない。ただ、こちらを見ている。
......私の力の意味...どうするのが正解なんだ......
出ない答えに悩みながら去っていく彼女の背中はいつも以上に小さく見えた。
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寮の廊下は静かだった。
夜の帳が降り、談笑の声もまばらになった時間。ラウラは一つの部屋の前で立ち止まっていた。
部屋番号に間違いは無い。後はノックするだけ。だが指先が動かない。
......私は何を言いに来た?......
謝罪か。敗北の確認か。それとも─────
逡巡の末、拳で軽く叩く。
中から足音が聞こえ、扉が開いた。
「......貴女」
現れたのはセシリア。その奥から鈴も顔を覗かせる。
「何の用?」
警戒も敵意も、まだ消えてはいない。だが昨日のような剥き出しの棘ではない。
ラウラは数秒沈黙し、視線を逸らさずに言った。
「昨日の件だ」
空気が張る。
「私は負けた。それは事実だ」
「......それ、わざわざ言いに来たの?」
鈴が眉を寄せる。
「違う」
ラウラは小さく首を振る。
「私は貴様らを見誤っていた」
セシリアの表情が僅かに揺れる。
「強さを誇示するだけの存在だと......そう思っていた」
「......随分な言い草ですわね」
「......だが違った」
未だにこれを伝えるべきか迷っている。だが、動かなければ変わらない。待っているだけでは変えられないから間違いでも動くのだ。
「二対一でも勝つ為に全力を尽くした。感情に任せたとはいえ、勝負から逃げなかった」
沈黙。
ラウラは続ける。
「私は力の意味を理解していなかった。戦う理由も上に立つか、従わせるか、それしか知らなかった」
視線を二人へ向ける。
「だが貴様らは、横に並んで戦った」
セシリアと鈴は思わず互いを見る。
昨日の自分たちは、確かに怒りで動いていた。だが背中を預けることに迷いはなかった。
「......それが、何?」
鈴の問いは鋭い。
ラウラは僅かに息を吸い、頭を下げた。
「教えて欲しい」
二人が目を見開いて驚いた表情を浮かべる。
「どうすれば、私は他者と並び立って戦える様になる」
謝罪でも屈服でもない。
純粋な問い。
セシリアは暫くラウラを見詰めた後、小さく息を吐いた。
「......私達だって最初から出来た訳ではありませんわ。認められないと啀み合って、負けたくないとぶつかり合った」
「そうね。コイツにだけは負けたくないって思うし、負けたら負けたでムカつくから」
鈴が腕を組む。
「でもね。私達の目指す背中が同じだった事を知った」
「......目指す背中?」
「ラスティ先生よ」
即答。
思わずラウラの目が瞬く。
「あの人に認められたい。その為のぶつかり合いってのはお互い分かった上でやってるから」
セシリアが続ける。
「強くなる理由は、人それぞれですわ。守る為でも、誇りの為でも構いません。でも───」
ほんの少しだけ、柔らかく微笑む。
「“誰か”を基準にするのではなく、“誰と並びたいか”を考えるのも悪くありませんわね」
胸の奥で何かが静かに鳴る。
踏み潰したい相手でも無ければ、従わせたい相手でもない。ラウラは俯き、そして小さく言った。
「......感謝する」
ぎこちない。だが確かな言葉。
踵を返しかけ、ふと止まる。
「次は、一対一で戦え」
挑発ではない。
「本気で」
鈴がニヤリと笑う。
「上等じゃない」
セシリアも微笑む。
「逃げませんわよ?」
廊下を歩き出すラウラの背は、先程よりも僅かに伸びていた。
部屋の扉が閉まる。
鈴がぽつりと呟く。
「......なんか、丸くなった?」
「そうですわね。きっとあの人の影響でしょう」
セシリアは首を縦に振った。
「憑き物が落ちた顔していましたわ」
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遠くの廊下の角。
織斑千冬が壁にもたれ、腕を組んでいた。
「......自分で聞きに行ったか」
その隣で、ラスティが小さく笑う。
「良い成長だ。きっとボーデヴィッヒは良い答えを出すだろう」
「そうだと良いが......」
「出せるさ。迷って藻掻いて足掻いた先の答えは必ず身になる」
二人の視線の先、去っていく小さな背中は数時間前と比べ、大きくなっていた
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