インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─ 作:ダブスタ親父
隠した本心、捨てては拾って 中編
──数日後。フランス。
雲一つない青空の下、一台の黒塗りの高級セダンがゆっくりとディノア社本社ビルの正面玄関へと滑り込む。
世界シェアで三本の指に入る世界有数の大企業────ディノア社。
その本社だけあって、入口には武装警備員が常駐し、来訪者は二重三重の本人確認を受けなければ建物の中へ入ることすら許されない。
後部座席のドアが開く。
降り立った男は、濃紺のスーツを着こなし、革靴を静かに鳴らしながら歩き出した。
無駄のない所作。隙のない姿勢。まるで一流企業の重役そのものだった。
「ようこそディノア社へ。本日はどのようなご用件でしょうか」
受付係が営業用の笑顔を浮かべる。
男は胸ポケットから名刺を一枚差し出した。
「アーキバス・コーポレーション。兵器運搬部門のラスティ・シュヴァルベと申します」
受付係の表情が僅かに変わる。
「アーキバス......?」
「えぇ。我が社は現在、新型ISフレームを開発中でして、共同開発のご提案で本日はこちらに。よろしければ責任者へ取り次いで頂きたい」
未知の巨大企業。その名前だけで十分だった。
受付係は慌てて内線へ手を伸ばす。
ラスティはエントランスの高級ソファに座り、ただ答えを待つ。
数分後。
ラスティは役員専用エレベーターへ案内されていた。
......やはり計算通りだな......
胸中で短く呟く。
餌は食い付いた。あとは釣り上げるだけだ。
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応接室。
豪華な調度品が並び、大きな窓からはパリの街並みが見える。
ディノア社の幹部が数名、向かいに腰掛けていた。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「こちらこそ、お時間を割いて頂きありがとうございます」
ラスティは資料ケースを机へ置く。
「我が社では既存ISを凌駕する新型フレームを開発中です。本日は技術提携について────」
淡々と資料を説明する。
もっとも、その内容は半分以上が作り話だった。嘘を信じ込ませるには僅かな真実を織り交ぜると効果的である。傭兵時代に身に着けた処世術。
幹部達は食い入るように資料を見る。
誰一人、ラスティ自身を見ていない。
......視線は資料に集中。警備は入口に二名だけ......
視界の端では監視カメラの位置を確認。
非常口。通風口。消火設備。その全てを一瞥し、頭の中へ叩き込む。
「少々失礼」
席を立つ。
「化粧室をお借りしたい」
「どうぞ、ご案内を──」
「結構です」
微笑だけを残し、部屋を出る。
ドアが閉まった瞬間。
ラスティの目から営業用の笑みが消えた。
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廊下を歩く。角を曲がり、人気がなくなる。
ネクタイを緩めたラスティは腕時計の側面を軽く押した。
『通信接続』
耳へ小さな電子音。いつも通りの声音の彼女。
『聞こえるよぉ〜。予定通り?』
「ああ」
ラスティは歩みを止めない。
「任務を開始する」
『監視カメラは今から三十秒だけ止めるね』
「十分だ」
曲がり角。その先に警備員が一人。
「失礼」
すれ違った次の瞬間、指輪型のスタンガンが脇腹へ突き刺さる。
「が......っ」
悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる。ラスティは倒れた男を素早く物陰へ運び込む。
「眠っていろ」
そのまま社員証だけを拝借し、先を急いだ。
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『右へ二十メートル』
束の声が導く。
『その先がシステムルーム』
認証装置に社員証を通す。緑のランプが点き、姿を表したのは指紋認証だ。
「やはり二重認証か」
『そこは任せて』
束の声と同時に認証端末が点滅する。
数秒後。
緑色に代わりロック解除。
「仕事が早いな」
『誰に言ってるのさ』
お互い軽口を叩きながらもシステムルームへの侵入に成功した。
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システムルーム。
社内サーバーの冷却音だけが響く部屋の奥へ進み、制御端末にラスティはUSBメモリを差し込んだ。
画面に表示されるディレクトリの一覧。
/EXEC_ONLY
├── Procès-verbal_du_Conseil.docx
├── Sujet_Charlotte_Dunois.pdf
├── Projet_EVE.pdf
├── Résultats_Expérimentaux.xlsx
├── Financement_Gouvernemental.docx
├── Opération_Académie_IS.pdf
└── Protocole_d'Élimination.pdf
どれも機密区分『NIVEAU EXÉCUTIF』。
一般社員が触れることすら許されない最上位権限のデータだった。
「......当たりだな」
ラスティは迷うことなく『Procès-verbal du Conseil』と記されたファイルを開く。
画面に映し出されたのは役員会議の議事録だった。
政府主導による極秘研究。男性へのIS適性付与実験。追加予算承認。
淡々と並ぶ文章に、命という概念は存在しない。ただ数字だけが評価基準だった。
ラスティは無言でページを送る。
次に開いたのは、『Sujet : Charlotte Dunois』。そこには一人の少女の経歴がまとめられていた。
妾の子に確認された高いIS適性。
貴重な適性保持者につき実験対象から除外。
IS学園潜入任務へ転用。目的は日本IS技術および織斑一夏に関する情報収集。
「......そういう事か」
シャルロットは妾の子だから保護されたわけではない。
高いIS適性という価値があったから、生かされた。利用するために。
「......最初から、駒として使うつもりだったか」
さらにページを送る。
政府との資金提供契約。
研究費の流れ。
違法実験の隠蔽手順。
作戦失敗時の責任は全てディノア社が負うこと。
必要な情報だけを拾い読みし、ラスティはUSBへ視線を移した。
画面にはコピーの進行状況が表示されている。
23%
『コピー完了まで一分十二秒』
束の声が耳元へ届く。
『思ったより大物だったねぇ』
「ああ」
ラスティは短く答える。
「これだけあれば十分だ」
USBの中へ、一つ残らず証拠が吸い上げられていく。
41%
58%
73%
束が通信で少し緊張した声を出す。
『ラスティ、動きがあったよ』
「何だ」
『漸く警備員が一人お寝んねした事に気付いたみたいだね。館内の巡回が増えてるよ』
ラスティは画面を見たまま答える。
「予定通りだ」
コピーは続く。
91%
96%
100%
完了と同時にUSBを抜き取り、胸ポケットの中に仕舞う。
束から相手警備員の無線を傍受したと内容を聞かされる。
『警備体制を第二種へ移行します』
『不審者侵入の可能性があります』
指紋一つ残さないよう軽く端末を拭き、システムルームから出る。
「これから撤収する。相手はもう俺が侵入者だという事に気付いている頃だろう」
『ぽいね。君の姿を見た社員に聞き取りをしてる。真正面からは出れないよ。最短ルートは......』
束は彼の言葉を肯定する。最短ルートを探し始めようとすると先にラスティがルートを提案した。
「非常階段を使って降りる事だろうな。車の用意を頼む」
『はいはーい。裏に回しとくよ』
そこで無線は終了。
ラスティは誰にも見られ無いように非常階段に出る。
「二十階か......仕方ない。アレを使おう」
ラスティは左手首に装着したバングルへ指を添える。
カチリ、と小さな作動音。
次の瞬間、極細のワイヤーが射出され、非常階段の支柱へと正確に絡み付いた。
固定を確認すると、ラスティは躊躇なく手すりを越えると重力に身を任せ、一気に降下。
風がスーツの裾を激しくはためかせる中、バングルに内蔵された制御機構が速度を自動で調整し、数階分を一息に滑り降りる。
途中でワイヤーを切り離し、新たな支点へ撃ち込む。その動作を幾度か繰り返しながら、一気に地上へ降下。その時間僅か二十秒。
「ふぅ......」
着地と同時にワイヤーを巻き取り、何事もなかったかのように袖口へ収める。
耳元から束の声が聞こえた。
『タイミングぴったり。十時の方向だよ』
視線を向ける。
裏口脇の道路へ、一台の黒塗りのセダンが滑るように停車した。
運転席の窓がゆっくりと下がる。
「お迎えに上がりました、お客様♪......って、時間切れだね」
悪戯っぽく笑う束の声。
その直後、建物の上階から警報が鳴り響いた。
『侵入者を確認! 裏口へ向かった!』
『各班、直ちに包囲しろ!』
警備員たちの怒号が響く。
ラスティは振り返ることなく車へ歩み寄り、後部座席へ滑り込んだ。
ドアが閉まるのと同時に束がアクセルを踏み込む。
タイヤが低く鳴き、黒いセダンが加速する。対して逃がすつもりのないディノア社は正面玄関から数台の警備車両が飛び出す。
バックミラーを覗いた束が肩を竦めた。
「やっぱり追ってきたねぇ」
「想定内だ」
ラスティはシートへ深く腰を預ける。
「君なら逃げ切れるだろ」
「誰に運転させてると思ってるのさ」
束がアクセルを踏み込む。
タイヤが甲高い音を立て、セダンは交差点へ飛び込んだ。
後続車も追従する。だが束は信号の切り替わる一瞬を見逃さず、黄色へ変わる寸前に交差点を突破。
追跡車は赤信号に阻まれ、急ブレーキを余儀なくされる。
「はい、おしまい」
束がハンドルを切る。
セダンは地下駐車場へ滑り込み、そのまま反対側の出口から一般車両の列へ紛れ込んだ。バックミラーから警備車両の姿が完全に消える。
そしてそのまま空気を切り替える。
「......収穫は?」
束が前を向いたまま尋ねる。
ラスティは胸ポケットからUSBを取り出し、軽く振ってみせる。
「十分過ぎるほどに」
「シャルロット・デュノアねぇ......彼女、どうなの?」
その名前を口にした瞬間、車内の空気が少しだけ重くなる。
「彼女は利用されていただけだな。彼女に拒否権は無かったと見える」
束は少しだけ黙った。
「......そっか。なら、迎えに行かなきゃね」
ラスティは窓の外へ視線を向ける。
「......あぁ」
窓の外を流れるフランスの街並みを眺めながら、ラスティは静かに目を閉じる。
車は夕暮れの街へと溶け込むように走り去っていった。
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