インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─ 作:ダブスタ親父
これからなんとか定期投稿出来る様に努力して参ります。
隠した本心、捨てては拾って 後編
重苦しいローター音が、雲海の上へ低く響く。
眼下には、月明かりを反射する白い雲海。
その上を、一機の大型輸送ヘリが一定の速度で飛行している。
ディノア社が所有している要人護送用の武装大型ヘリ。その目的地はフランス本国である。
ヘリ機内の貨物室の片隅で、一人の少女が膝を抱えていた。
少女の名はシャルロット・デュノア。
両手には拘束具。
足にも特殊な固定具が嵌められ、首元にはISの展開を阻害するための装置まで取り付けられていた。
周囲を取り囲むのは、完全武装したディノア社の警備兵達。
逃げ場など、最初から存在しなかった。
「...........」
シャルロットは俯いたまま、床を見つめる。
自分は、これからどうなるのだろう。それだけを何度考えても出てくる答えは一つだけだった。
ディノア社の研究施設へ送られる。その後は、二度と外へ出られないかもしれない。実験対象として扱われるのか。
それとも、今回の件を知っている人間として処分されるのだろうか。
「...........一夏」
ぽつりと、その名前が漏れる。
脳裏に浮かんだのは、IS学園で過ごした日々だった。
くだらないことで笑った。一緒に訓練した。喧嘩もした。
そして──初めて自分が自分らしく居る事が出来る場所だった。
あの場所へ戻りたい。もう一度、皆と笑いたい。
けれど───────
「......無理、だよね」
小さく呟く。
その言葉が、自分自身に言い聞かせるためのものなのか、それとも諦めるためのものなのか。
シャルロット自身にも分からなかった。
その時だった。
『──レーダーに高速熱源接近!』
突然、操縦席から怒鳴り声が響く。
『方位三時! 接近速度......なんだ、これ!?』
『IS反応は!?』
『確認できない! 速過ぎる!』
機内が一気に騒然となる。
シャルロットが顔を上げた。
「......なに?」
次の瞬間。爆発音が轟き、機体が大きく揺れた。
「きゃっ!?」
床へ身体を打ち付ける。
警備兵たちが慌てて立ち上がった。
「何が起きた!?」
「外壁損傷!」
「敵襲だ! ISを迎撃しろ!」
怒号が飛び交う。
警備兵の態勢が整う前に、ヘリの側面がまるで紙切れのように十文字に切り裂かれた。
「なっ......!?」
鋼鉄の装甲が宙へ吹き飛んだ。
激しい風が機内へと吹き込み、警備兵たちの身体を煽る。
そこから一機のISが入り込んだ。
蒼と黒の装甲。
右腕には
その全身から放たれる蒼白い光が、夜の闇を照らしている。
蒼いIS────スティール・ヘイズ。
「対象確認」
機械的な音声が響く。
「撃て!」
警備兵が一斉に銃を構える。だが狼狽える事無く、蒼い閃光が走らせた。
銃身だけが綺麗に切断された。
「な......!?」
「君達の仕事を邪魔する様で悪いが、命までは取るつもりは無い」
スティール・ヘイズの中から、聞き慣れた声が響く。
「それに銃口を向けられたまま、世間話をする趣味はないのでね」
次の瞬間、警備兵の一人が蹴り飛ばされた。
続けざまに二人目の腕を取り、床へ叩き伏せる。
最後の一人が銃を捨て、ナイフへ持ち替える。だが、その刃が届くより早く、彼の拳が胸元へ叩き込まれた。
「ぐっ......!」
兵士が膝から崩れ落ちる。
数秒。制圧に掛かった時間はそれだけだった。
シャルロットは呆然と、その光景を見ていた。
そして蒼い装甲の奥から、一人の男が姿を現す。
「やぁ、シャルロット」
いつもと変わらない。
まるで放課後の教室で声を掛けるような、穏やかな声だった。
「ファーストクラスにしては、見窄らしい客席だな」
「......ラ、ラスティ先生......?」
信じられなかった。
どうして。なぜ。
そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
「な、なんで......ここに......」
「おかしなことを聞く」
ラスティは苦笑する。
「言ったろう。皆と一緒に居たいか、と」
「......!」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥で、何かが崩れた。
「......っ」
堪えていたものが、一気に込み上げてくる。
「先生......僕は......」
「話は後だ」
ラスティはシャルロットの拘束具へ手を伸ばす。
「君のデュノアとしての役割は、ここで終わりだ」
バキンッと音を立てて特殊合金製の拘束具をまるで玩具のように引き千切る。
自由になった両手を見つめ、シャルロットは呆然とした。
「自由......?」
「ああ」
ラスティは左腕を差し出した。
「掴まっていろ」
シャルロットは一瞬だけ躊躇した。
けれどその腕を信じるように、しっかりと掴んだ。
「......うん」
ラスティはシャルロットの身体を抱き抱えると躊躇なく、開け放たれた機体側面から夜空へ飛び出した。
「きゃあああああっ!?」
「騒ぐな。舌を噛むぞ」
「無理だよぉぉぉっ!」
雲海へ向かって、二人の身体が落下していく。
猛烈な風圧シャルロットは反射的にラスティの身体へしがみついた。
「先生! 落ちてる! 私たち落ちてるよ!?」
「見れば分かる」
「分かってるなら何とかしてよ!」
「今する」
ラスティは右肩の
視線だけを背後へ向けた。
大型ヘリ。オートパイロットで目的地に到着されても何者かの襲撃があった事がバレる。それでは困る。
「......これで終わりだ」
狙いは燃料タンク。放たれたミサイルは狙い通りの場所に着弾。
大型ヘリが、夜空で大きく爆発した。
炎が夜空を赤く染める。
黒煙が雲海へ吸い込まれていく。
シャルロットは、ラスティの腕の中からその光景を見つめていた。
あの炎の中にはディノア社に記録された自分の人生がある。
父親に与えられた役割。命令。偽りの身分。
そして――シャルロット・デュノアという存在を縛り付けていた過去。
その全てが燃えている。
「私の過去......」
ラスティは何も言わなかった。
ただ、シャルロットを抱えたまま、夜空を進んでいく。
「もう振り返る必要はない」
静かな声だった。
「君を縛っていたものは、もうない」
「......先生」
「これから先は君が決めるんだ。自由にな」
シャルロットはしばらく黙っていた。
やがてラスティの胸元へ顔を埋める。
「......うん」
小さな声。
「......ありがとう」
それは、シャルロットが初めて自分の意思で選んだ言葉だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
──数日後。
日本某所。
篠ノ之束のセーフハウス。
「いい? シャルちゃん」
テーブルの上に置かれたノートPCを、束が楽しそうに叩いていた。
「今日から君は、イギリス・ウェールズ地方の歴史ある名家──『フィオナ家』の令嬢ね!」
「......令嬢?」
「そう!」
束は胸を張る。
「ただし!」
ニヤリと笑った。
「一週間前に完全に破産して、没落して、一族離散したことになってるけどね!」
「......」
シャルロットは苦笑した。
「それ、令嬢って言うのかな......」
「過去形なら言うよ!」
「そういう問題かなぁ......」
束は気にせず画面をスクロールしていく。
「出生記録よし! 幼少期の医療記録よし! 学業成績よし! 税務記録よし! 家族構成よし!」
「......」
「ウェールズの古い教会にある洗礼記録も、それっぽく整えておいたからね」
「そこまでやったのか」
ラスティが呆れたように呟く。
「もちろん!」
束は得意げに胸を張った。
「イギリス側のデータベースも全部確認済み。必要ならMI6が調べに来ても大丈夫!」
「......君は本当に敵に回したくないな」
「褒め言葉として受け取っておくね」
ラスティはため息を吐きながら、コーヒーを口に運ぶ。
そして、視線を隣へ向けた。
そこに座っていたのは、一人の少女。
金色の髪。
整えられたショートカット。
以前とは違う、清楚な女子学生用の服。
鏡を見るたびに、自分が別人になったような感覚があった。
「......変、かな」
シャルロットが不安そうに尋ねる。
「全然!」
束が即答した。
「むしろ似合いすぎて困るくらい! ね、ラスティ」
「私に振るか。......問題無い」
突然話を振られたラスティ。自分に視線が集まっている事に困り、一言だけ答えた。
「そう......?」
「彼はシャイなんだよ。似合ってるから安心してね。さ、あとは名前だけだね」
束が画面を閉じる。
「『シャルロット・フィオナ』」
その名前を聞いた瞬間。
シャルロットの胸が、僅かに高鳴った。
デュノア。それとは少しだけ響きが似ている。だから呼ばれた時、自分が自然に反応できる。
けれどそこに込められている意味は、全く違う。誰かに与えられた名前ではない。これから自分が生きていくための名前。
「シャルロット」
ラスティが呼び掛ける。
「学園では、私は君の叔父だ」
「......叔父さん?」
「そう。母親の弟という設定だ」
ラスティは少しだけ眉を寄せる。
「実家を失い身寄りをなくした君が、日本でIS学園の教師をしている親戚を頼って来日した。IS適性を持っている為、特例で編入する。という設定だ」
「分かった」
「そして何より重要なのは」
ラスティはシャルロットの目を見る。
「君はもう、デュノア社の人間ではない」
「......」
「誰かの命令に従う必要もない」
「......うん」
「だから、無理に演じる必要もない」
シャルロットは、少しだけ笑った。
「......それじゃ、演じる意味がないんじゃ?」
「それもそうだな」
ラスティも笑う。
「なら、一つだけ覚えておいてくれ」
「なんですか?」
「君はシャルロット・フィオナだ」
その言葉を聞いて少女は静かに頷いた。
「......うん」
一度、深く息を吸う。
「フィオナ家の、シャルロット・フィオナ」
そして。
「僕は今度こそ、自分の人生をこの名前と一緒に、精一杯生きてみるよ」
少し照れながら。
それでも、はっきりと。
「ね、叔父さん」
「......」
ラスティが固まった。
「どうしました?」
「いや」
咳払い。
「『叔父さん』か」
僅かに苦笑する。
「随分と、背中が痒くなる役回りを与えられたものだね」
「ふふっ」
シャルロットが笑う。
その笑顔には、もう以前のような怯えはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして数日後。
IS学園。教室。
「......シャルルが死んだ?」
「ニュースでやってたよ」
「フランス政府も正式に発表したって......」
「事故じゃなくて襲撃だったらしい」
教室内は、その話題で持ち切りだった。
一夏は窓の外を眺めながら、拳を握っていた。
「......シャル」
あいつが死んだ。そう思うだけで、胸の奥が重くなる。
短い付き合いだった。それでも一緒に戦い、背中を預けた仲間だった。
「......くそっ」
その時教室の前方。
千冬が教壇へ立った。
「静かにしろ」
一言。
それだけで教室が静まり返る。
「今日は我がクラスに、特例での中途編入生を紹介する」
「中途編入?」
ざわめきが広がる。
千冬が教室の扉へ視線を向けた。
「入れ」
扉が開く。一人の少女が教室へ入ってきた。
金髪のショートカットに清楚な制服姿。
誰もが一瞬、言葉を失った。
少女は教壇の前へ歩き、静かに振り返る。その姿を見た瞬間、一夏の胸が強く締め付けられた。
顔立ちが同じだった。髪の色も、目の形も、立ち方さえも。けれど、何よりも彼を動揺させたのは、その少女が教室へ向けた視線だった。
どこか懐かしくて、優しくて。失ったはずの誰かを思わせる視線。
「......っ」
一夏の目が見開かれた。
「シャ────」
背中を預け、共に戦い、そして失ったと思っていた存在。
その面影が、目の前の少女に重なっている。
理屈では分かっている。
シャルル・デュノアは死んだ。そう報じられた。
そうでなければ、あのニュースの説明がつかない。
それでも、目の前の少女がこちらを見た瞬間、胸の奥に生まれた感覚だけは否定できなかった。
あの時と同じだ。訓練の後、疲れた顔で笑っていた時と。
自分の不器用な言葉に、困ったように微笑んでいた時と。
――自分を、仲間だと言ってくれた時と。
「シャル......?」
一夏が、震える声で呼び掛ける。
少女はゆっくりと彼へ顔を向けた。
「......一夏?」
その声を聞いた瞬間、一夏の胸の奥で、張り詰めていたものが切れた。
間違いない。
声も。
呼び方も。
その一言に込められた、僅かな戸惑いも。
全部、知っている。
「シャルなのか?」
教室中の視線が、二人へ集まる。
箒は驚いたように目を見開き、セシリアは口元を押さえた。ラウラはただ少女から目を離さない。
誰もが、答えを求めていた。けれど、少女はすぐには答えなかった。ほんの一瞬だけ、視線を伏せる。
その表情に浮かんだのは、喜びだけではなかった。
失った名前への寂しさと捨てなければならなかった過去への痛み。それでも、ここへ帰ってこられたことへの感謝。
いくつもの感情が、静かに重なっていた。
『Charlotte Fiona』
少女はその名前を見つめる。
それは、誰かに押し付けられた名前ではない。
自分がこれから生きるために選んだ名前。
過去を消すためではなく、過去を抱えたまま前へ進むための名前だった。
そして少女は振り返る。
その顔に浮かんでいたのは、これまで一度も見せたことのないような、晴れやかな笑顔だった。
「初めまして、みんな」
少女は胸を張る。
「イギリスのウェールズから来ました」
一瞬だけ、その瞳が一夏を捉える。そしてラウラへ。セシリアへ。箒へ。次々に瞳を動かす。
ラウラの表情が、僅かに揺れた。
少女は、ほんの少しだけ口元を緩める。
「私の名前は、シャルロット・フィオナ」
そして。
「実家が没落しちゃって......そこのラスティ先生が私の叔父なので、身元引受人になって貰ってこの学園に来ました」
「...........」
教室が静まり返る。誰も、すぐには反応できなかった。
目の前の少女は、確かにシャルルではない。けれど、シャルルを知る者にしか分からない何かが、そこにはあった。
数秒後。
「お、叔父さん!?」
一夏が絶叫した。
「先生の姪っ子ォォォ!?」
「うるさいぞ、織斑」
千冬が冷たく言う。
「いやいやいや! だってシャルが! 死んだって!」
「その話は後だ」
教壇の後ろ。
腕を組んで立っていたラスティがゆっくりと口を開く。
「私の可愛い姪だ」
「可愛いって......!」
教室に、ようやくざわめきが戻る。
箒は困惑したまま少女を見つめ、セシリアは「まあ......」と小さく息を漏らした。
「一夏」
ラスティが一夏の肩へ手を置く。
「実家を失い、家族とも疎遠になった傷心気味の不慣れな子でね」
そして、ほんの少しだけ口元を緩める。
「あまり変な虫がつかないように、君も見張っていてくれよ?」
「俺が!?」
再び教室へ一夏の声が響き渡った。
その声に、少女が小さく笑う。
その笑い方もまた、一夏の記憶に残ったものと同じだった。
一夏は、少女を見つめたまま拳を握る。
聞きたいことは山ほどあった。しかし、辞めた。言えない事情があるんだろう。
本当に仲間だと思ってくれているのであれば、話したくなるまで待とう。一夏はそう思った。
それが、彼女にとって何よりも嬉しかった。
本物の「自由」を手に入れた少女は今、新しい翼を広げる。
大切な仲間たちの元へ。
――シャルロット・フィオナとして。
彼女はもう一度、生き始めた。
ありがとうございました。
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