インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─   作:ダブスタ親父

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狼の牙

 狼の牙

 

 ラスティがこの世界に来てからの初任務を終えて一週間が経過した。保護した少女は束から『クロエ・クロニクル』という名前を与えられ、現在はラスティが補佐に回る形で束のお世話係になった。今までの生き残りを掛けた地獄の様な生活とは一転して平和で束に振り回される忙しない日々を送る事で心の傷も癒えてきていた。

 そんなある日の出来事である。束がクロエの専用ISを開発したからそれのテストを兼ねての模擬戦とISを使用し、ゲリラ活動に勤しむ反政府組織を潰して来いとの任務をラスティに与えた。

 ラスティは模擬戦であれば彼女(クロエ)を戦わせる事は構わないスタンスで居たが、戦場に出すとなれば話は別だ。現在、彼は雇い主である束と対立している。

 

「彼女を戦場に連れていくだと? 君は正気か? 戦場はそんなに甘い考えで出て良い場所では無いんだ」

「大丈夫だって。彼女のISには攻撃能力は無い。けどその代わりに防御能力は完璧だよ。君が全力で攻撃してもきっと貫けない程にね」

「そういう話では無いんだが......。こうなってしまえば君はテコでも動かないと言うのは知っている。今回は私が諦めよう」

 

 ラスティは「降参だ」と小さく呟きながら両手を上げて小さく首を横に振る。そんな彼を放置して束はクロエを呼び出し、彼女にこれから模擬戦を行う事を告げて先に準備させる為に地下に作った訓練室へと向かわせた。残されたラスティも準備の為に訓練室へと向かおうとする所を束に制止されて歩みを止める。

 

「どうした。私にも準備をさせてくれないか?」

「先に言っておくけど、彼女を目の見えないだけの少女だと思って甘く見ない方が良いよ。痛い目見るから」

「ほぅ......それは怖いな」

 

 ラスティは束の言葉を受け取りつつも、彼女の事だからどこか脅しも含まれているだろうと思っていた。そんなラスティの考えをクロエの専用機は粉砕したのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 地下の訓練室はISで模擬戦を行うには十分な広さを確保しており、壁や床、天井に使用されている材料もISの装甲と同等のもので、流れ弾が壁に当たっても問題が無い様に出来ている。

 ラスティが準備を終え、訓練室へと入ると既に準備を終えていたクロエの専用機が目に入った。束はクロエの専用機の防御能力は完璧だと言っていた。

 故に堅牢な見た目をしているのかと思っていたがどうやらそうでは無い。最低限クロエの体を覆う程度の装甲だけである。その他、特出するべき点は見当たらない。このISのどこに完璧な防御能力があるというのか。見た目だけでは判別が出来ないのだ。

 ラスティは警戒しつつスティール・ヘイズの戦闘システムを起動させた。武装は前回のバーストハンドガンやバーストライフルとは打って変わり、 SG-026 HALDEMAN(ショットガン)を両手に装備。近接武器もレーザースライサーからVvc-770LB(レーザーブレード)に変更。今回の模擬戦は束が製作した武装のテストも兼ねている為、ラスティはいつもとは違う装備で臨む。

 

「準備は良いか、クロエ?」

 

 ラスティは訓練室の中央に立つクロエに声を掛ける。彼女のISは依然として華奢な印象で、本当にあの装甲で攻撃を防ぎきれるのか疑念が拭えない。クロエはそんなラスティの心境を知らずのまま、彼の言葉に対して小さく返事をして頷く。

 それを確認したラスティは束へと合図を送ると束が模擬戦の開始の合図を出した。

 

「では始めようか」

 

 ラスティは言葉を発すると同時に大地を蹴り上げ、クロエに向かって一直線に突進した。彼のISのブースターは唸りを上げ、瞬く間にクロエとの距離を詰める。模擬戦とはいえ容赦はしない。全力で攻撃し、その防御能力を試すつもりだった。

 左腕のブレードを大きく振りかぶり、クロエのISの装甲目掛けて斬りつける。しかし何も起こらなかった。ブレードはクロエのISに触れる直前でまるで目に見えない壁に阻まれたかの様にピタリとその動きを止める。

 

 ......何だ......? 何故当たらない......?......

 

 ラスティは驚愕に目を見開く。見間違えや勘違いなどでは無い。確かに彼のブレードはクロエのISに届いていない。だからと言って物理的な障壁があるようにも見えない。空間そのものが歪んでいるかのような、奇妙な感覚だった。

 

「仕切り直しか」

 

 彼は体勢を立て直し、距離を取ると今度は両手のショットガンで相手の体勢を崩しに掛かる。しかし結果は先程のブレードと同じ。散弾はクロエのISに触れる事は無く、散弾はその場で勢いを失って地面に力無く落下。

 その様子を見たラスティは唸る様に呟く。

 

「これが束の言っていた完璧な防御能力、というわけか。厄介だな」

 

 見た目は頼りないIS。だが、その防御能力は想像を絶する能力である事は明らか。どのような原理でこの様な物理法則を無視した防御を可能にしているのか、全く見当もつかない。

 クロエは依然として微動だにせず、ラスティの攻撃を静かに受け止めている。鉄壁と言って差し支えない能力を誇っていた。

 僅かな苛立ちを覚えながらもラスティは攻撃の手を緩めない。ブレードによる斬撃だけでなく、右肩に装備された BML-G3/P04ACT-01(ホーミングミサイル)を放つ。しかしそれらの弾頭もクロエのISに近づくことすら出来ず、虚空で弾け飛んだ。

 

 ......まるで全方位にバリアが展開されているみたいだ。物理干渉は出来ず、エネルギー兵器ですら無効化させるとは......

 

 ラスティ‎は持てる手札を全て使い切り、八方塞がり。困ったように笑みを浮かべて目の前のISに視線を向ける。

 これほどの防御能力を持つISをなぜ束は攻撃能力を持たないと断言したのか。そして、こんなにも強力な防御力を持つISを戦場に出すことに何の躊躇いもないのか。様々な疑問が彼の頭を駆け巡る中、クロエが静かに口を開いた。

 

「ラスティ様。......もう終わりですか?」

 

 その声はどこまでも静かで、訓練室の中にでもはっきりと響いた。ラスティはその言葉に小さく息を吐いて深呼吸を一回。

 ラスティはスティール・ヘイズのブースターを再び起動させ、今度はクロエから距離を取る。弱点の無い兵器など有り得ない。どこかに必ず弱点がある筈なのだ。それを探る為の距離であった。

 

「いや、まだだ。だが......驚いたな。これほどの防御力を持つISは初めて見た。ACでもここまで鉄壁なものは無かった」

 

 ラスティは素直にそう認めざるを得なかった。束の言葉に半信半疑だった自分の認識がいかに甘いものだったのかを痛感させられた。

 

「君のISは、一体どういう仕組みになっているんだ? エネルギー兵器とはまた違う様だが」

 

 彼の問い掛けにクロエは何も答えなかった。恐らく技術的なものは束から教わっていないのだろう。ただその兵器の扱い方を教わっただけ。そんな感じが彼女からは見て取れた。

 ラスティは再び攻撃を仕掛けるべく思考を巡らせる。正面からの攻撃は通用しない。ならば、防御の隙間を探るしかない。

 しかし、あれほど完璧な防御をどうやって掻い潜るか。具体的な案はまだ彼の中には無い。その時、彼の脳裏にある考えが閃いた。

 

 ......攻撃は防ぐことができる。だが、動きはどうだ? 今の今まで動いてすら居ない。もしかしたら静止状態でしかあの兵器は使えないのかもしれないな......

 

 クロエのISを見る限り、機動力がある様には見えない。ラスティは自分の憶測が正しいのかもしれないと思い、彼女を動かす為の方法を考える。

 ラスティは再びスティール・ヘイズを駆り、今度はクロエの周囲を高速で旋回し始めた。目にも止まらぬ速さで動き回り、彼女のISの動きを牽制する。

 

「幾ら鉄壁だろうと、反応出来なければ無意味だろう」

 

 もし彼女がこの動きに対応できなければ、ほんの一瞬の隙を突いて攻撃を仕掛けることができるかもしれない。 実際、クロエのISはラスティの動きに追いついて居ない。

 ラスティは彼女の背後を取ると一気に距離を詰めてブースターの勢いを加えた蹴り。クロエは反応しきれず体勢を崩す。その瞬間を見逃す程ラスティは甘く無い。瞬時にチャージしたレーザーブレードでクロエを袈裟に斬る。攻撃は通った。たった一撃ではあるものの、確かに攻撃は通ったのだ。

 

 ......通ったか。やはりあのシールドは攻撃を認識する事でしか使用出来ない。逆を言えば反応出来ない速さでの攻撃をし続ける事でしか活路は見いだせないか......

 

 その時、ラスティはクロエのISの装甲の一部が微かに揺らめいている事に気付いた。それはまるで陽炎の様にほんの一瞬だけ現れては消える。不可思議な現象だった。そして、その揺らめきを見たラスティは全身に鳥肌が立つような、強烈な違和感を覚えた。

 彼の脳裏には過去の戦場で幾度となく感じた死の匂いが蘇る。それは明確な殺気ではない。もっと根源的な何か。AC乗りだった頃に数度経験した事のある感覚だった。その瞬間、クロエの静止していたISが信じられない速度で動き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ラスティが辛うじて捉えたのは一瞬の残像だった。クロエのISは先程までの静けさが嘘のように、弾丸と見紛うばかりの速度でラスティとの距離を詰めてきたのだ。

 

「速い...ッ!」

 

 咄嗟に防御の構えを取ろうとしたラスティだったが、間に合わない。クロエのISの装甲が僅かに開くとチェーンソーの様なパーツが展開され、スティール・ヘイズの装甲を切り裂いた。

 金属が軋む嫌な音と共に、衝撃がラスティの全身を揺さぶる。致命的な損傷は免れたものの、その速度と攻撃の正確さにラスティは息を呑んだ。

 クロエのISは一度攻撃を仕掛けると休むことなく次の攻撃へと移った。彼女の機体からは想像もできないほどの機動性と、研ぎ澄まされた刃のような精密な攻撃。ラスティは防戦一方となるしかなかった。

 

 ......これのどこが攻撃能力が無いと言うんだ。腕の装甲が一部持っていかれた......

 

 束の言葉が皮肉な響きを持ってラスティの脳内で反響する。確かに彼女のISには大口径の武装やエネルギー兵器は搭載されていないのかもしれない。だが、この近接戦闘能力は並みのISを遥かに凌駕している。

 クロエのISの攻撃は単調な斬撃ではない。関節の可動域を最大限に活かし、予測不能な軌道を描きながら、ラスティの装甲の隙間を縫うように襲いかかる。慣れた手付きで的確に急所を狙ってくるのだ。

 ラスティはスティール・ヘイズを操り、回避に専念する。だが、訓練室という限られた空間の中では、その高速機動を完全に封じる事は難しい。何度も装甲が薄い部分を掠められ、警告音がけたたましく鳴り響く。

 

 ......一体クロエは何者なんだ......? ただの研究対象としてあの場に居たという訳では無いのか?......

 

 目の見えない少女。それが、ラスティがクロエに対して抱いていた認識だった。保護した当初、怯えと不安に震えていた彼女の姿が、今となっては信じられない。ISを操るクロエはまるで別人だ。

 激しい攻防が続く中、ラスティは、クロエの攻撃パターンの中に、ある特徴がある事に気付く。彼女の攻撃は常にスティール・ヘイズの関節部分、あるいはセンサー類など機体の機能を停止させる可能性のある箇所を正確に狙っているのだ。

 

 ......まさか視覚がなくとも完全にこちらを把握出来てるという事か......

 

 その事実に気づいた瞬間、疑問に思う。もしもそうであるのなら彼女は一体どのようにしてそれを可能にしているのか。

 その疑問が頭を過ぎった直後、クロエのISの動きが一瞬だけ止まる。その隙を見逃す筈はない。ラスティはスティール・ヘイズのブースターを全開にし、クロエとの距離を一気に詰めた。

 体当たりをして体勢を崩し、両手のショットガンを全弾叩き込む。攻撃が通った様子は無く、ラスティは珍しく狼狽えて声を張り上げた。

 

「一体、どうなっているんだ? 彼女のISには攻撃能力が無いと言っていた筈だろう!?」

 

 ラスティの声に反応した束が彼の問いに答える。

 

「クーちゃんのISには確かに攻撃武器は無い。君が使ってるレーザースライサーとかレーザーブレードとかショットガンとかミサイルとかそういう兵器としての武器は一切搭載していない」

 

 その言葉と同時に、クロエのISの装甲が再び微かに揺らめく。そして、ラスティは理解した。

 

「ISは兵器では無い。宇宙活動用パワードスーツだったな」

「そう。ISは本来、兵器では無い。この先増え続ける人類の新たな新天地として宇宙での生活が待っている。その時、宇宙で今までみたいに破損したら一発アウトの宇宙服なんて着ていられない。大掛かりな作業になるからね」

 

 ラスティは勿論、クロエも動きを止め、息を整えながら彼女の言葉に耳を傾けて聞いている。

 

「そうならない為のISだ。だからクーちゃんのISはそのコンセプトに最も近いと言って良い。宇宙は何があるか分からない。故の防御能力とそれを応用したただのカッターが搭載されてる。君を追い込んだ武器の正体はそれだよ」

 

 ラスティは改めて束の言葉の意味を理解した。彼女のISは防御能力に特化している。それはISが宇宙で活動する為に必要な機能。そしてあの武器はそれの応用。確かに攻撃能力が無いというのも攻撃の為に搭載したものでは無いからそう言ったと解釈すれば納得出来た。

 

「分かった。確かに、君のISは脅威だ」

 

 ラスティは降参の意味を込めてスティール・ヘイズを解除。ラスティは同じくISを解除したクロエに問い掛ける。

 

「だが、なぜこんな力を持つ君を戦場に連れて行こうとするんだ? その防御力があれば、後方支援に回る方が安全だろう」

「束様の考える事は私には分かりかねます。恐らくご本人に聞いた方がいいかと思います」

「おや、もう終わりかい? ラスティにしては珍しいね、随分と早くお手上げとは」

 

 束はラスティとクロエのを交互に見ながら楽しそうに言った。

 

「どうやら理解したようだね。彼女の専用機であるシュヴァルツ・ヴォルフ。その実力を」

 

 それがクロエの専用ISの名前。名は体を表すとはよく言ったものだ。彼女のISは黒く、そして鋭い牙を持っていた。

 

「理解した。というよりは、圧倒された。と言うべきだな。ただの作業用工具にここまで追い詰められる事になるとは......」

 

 ラスティは苦笑しながら答えた。そして続けて思っていた事を告げる。

 

「だが、それでも私は反対だ。例えどんな力を持っていたとしても戦場だけは別だ。あんな場所に彼女を連れて行っていい筈が無い」

 

 束は呆気にとられ、キョトンとした顔をしたがすぐに元に戻り、ラスティの言葉を鼻で笑い飛ばした。

 

「危険? 何が危険だと言うんだい? 完璧な防御力を持つからこそ、戦場を駆け、味方を守る盾になる。それに......」

 

 束は、意味深な笑みを浮かべ、クロエのISをちらりと見た。

 

「彼女の牙は敵を確実に葬り去る。最高の武器にもなるんだよ」

 

 その言葉に、ラスティは再び、言いようのない不安感を覚えた。束は一体、クロエと彼女のISをどのような目的で利用しようとしているのか。

 そしてクロエ自身はそのことをどこまで理解しているのだろうか。

 

「だとしても、と言うヤツだ。戦場と言うものは君が想像しているよりも遥かに残酷だ。戦場に希望など無い。あるのはただ死という絶望だけ」

「...........」

 

 ラスティの言葉に束は今までの様子とは打って変わり、神妙な面持ちで彼の言葉に耳を傾けている。

 

「君が戦場に何を求めているのかは知らないが、あまり希望を持たない事だ」

 

 ラスティはそれだけ言い残して訓練室を後にする。だが、ラスティの中で生まれた疑問と懸念は消える事は無かった。

 




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