インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─   作:ダブスタ親父

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織斑一夏を勝たせる術

 織斑一夏を勝たせる術

 

 一夏からセシリアに勝たせて欲しいと言われてから三日が経過。三日間の間、セシリアは至って普通に授業に参加していた。単位に響くとラスティが宣言したからこそ自身が勝利し、単位を与えられてからサボるつもりなのだとラスティは理解した。

 

「さて。今日の授業だが、ちょっと趣向を変えてみようか」

 

 ラスティはそう言ってA4サイズのレポート用紙を全員に配る。配り終えた後に彼は今からやる事の説明を始めた。

 

「これから君達には一つの映像を見てもらう。回数は二回。一回目は通しで映像を見せる。二回目は途中で映像を切って音声のみだ」

「先生! これって何の意味があるんですか?」

 

 一人の生徒の質問にラスティは少しだけ考えてその質問に答える事を拒否して、映像を流す準備を始める。

 

「他者に意味を委ねるな。君は他者に言われた事を無条件で鵜呑みにするのか? 例えば私が嘘の意味を答えたとして、それが本当の意味だと思うのか? それはとても危険だ。自分で考える事に真の意味は宿る」

「...........」

 

 彼の言葉に質問をした生徒のみならず、教室全員が言葉を失う。ラスティはそれだけの威圧感を持っていたからだ。

 誰かに意味を委ねた人物を見て来た。戦う理由も、生きる意味も、命令に従う意味も。何もかもを他者に委ねた大馬鹿者を知っている。そうだったヤツらは皆漏れなく死んだ。そうなって欲しくないからこそ、厳しく自分で意味を得る人間に育てなければならない。

 

「映像スタートだ。良いか、一回目の映像は絶対に見逃すな? メモも禁止だ」

 

 そう言って始まった映像はプロサッカーの試合映像。それも俯瞰視点の定点カメラでは無く、選手視点の試合映像であった。敵味方入り乱れ、素早く首を振っているのか他の選手の姿がハッキリ映る時間の方が短く感じる。

 映像は五分ほどで終わり、ラスティはもう一度映像を再生させ、丁度半分程から音声のみになった。残り半分を音声のみで聞いた後でラスティは映像を止めてから生徒に告げる。

 

「さて今の映像。暗転してからゴールまでのワンプレーだが、ゴール直前の選手の位置を俯瞰視点で書き直してくれ。味方を青、敵を赤だ。視点カメラを着けていたのは青色のユニフォームの選手だ。始め!」

 

 ラスティが手を叩いたのと同時に生徒達は一斉にレポート用紙に配置を書きなぐり始めた。脳をフル回転させて記憶の中にある色を皆が思い思いに記載していく。やがて記入が終わった生徒がぐったりした様子でレポート用紙を提出していった。

 

「授業はこれを提出次第終わりだ。しっかりと復習はしておく様にな」

 

 授業が終わって職員室に戻るとレポート用紙をチェックしているラスティ。一人ひとりの答えを見ていき、どの程度正答出来ているのかをパーセンテージで算出していく。

 

「流石にまだ難しかったか。50パーセントを越えてくる生徒はまだ居ないのも仕方ないな」

 

 一人職員室で作業をしながら呟く。そうして確認していると85パーセントを叩き出す生徒が出た。

 

「オルコット......。流石は国家代表候補生という事か。初回でこれだけの好成績を残せるのなら才能は申し分無いな。こっちは織斑か......織斑もオルコットには及ばないが良い成績を残せている。これならばオルコットにも届く筈だ」

 

 一夏の成績を見て、今後の育成方針を決めるラスティ。きっとその時の彼の表情は恐ろしい笑顔だったのだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 放課後、一夏を映像室に呼び出したラスティ。呼び出された一夏は何がこれから始まるのか不安な様子。そんな少年を安心させるかの様にラスティは今日の授業で使用したレポート用紙を彼に見せた。

 

「それって今日の......」

「そうだ。これは俯瞰力を試すテストだった。俯瞰力は自分が目で見た情報を俯瞰視点でもう一度再現させる力の事を言う。ここまでは分かるだろう?」

「はい」

「これが君の結果。正答率は76パーセント。周辺は合っているが、遠くに行くほど間違いが顕著だ。オルコットはその逆でな、遠くに行くほど正答率が高く、近付くほど間違っている。何故そうなると思う?」

 

 ラスティの問いに一夏は少し考えて答える。

 

「遠くを見てるか近くを見てるかの違い......ですか?」

「それもある。だが、それだけじゃない。オルコットは遠くを見ることに意識を割いている分、近くの情報が疎かになっている。君は逆だ。目の前の情報は正確に捉えられているが、全体像を把握するのが苦手な様だ。......恐らくは二人とも見ていないという訳ではない。見えていても処理出来ていないというのが正しいな」

 

 ラスティはそう言って手に持っていたレポート用紙二枚を彼の座る机の上に置く。それを見比べる一夏は言われた通り、全く真逆の答え方をしている事に気付いた。

 

「これは君たちの『視点』の違いを表している。俯瞰力は単に広い範囲を見る力ではない。自分が見ているものを、あたかも上空から見下ろしているかのように捉え、それぞれの位置関係や全体像を正確に把握する力の事でもある」

 

 ラスティは言葉を続ける。

 

「君は目の前の事に集中するあまり、全体の中での自分の位置や、周囲の状況を見失いがちだと言う事。オルコットは逆に広い視野を持つことは得意だが、細部への注意が散漫になりやすいという事になる。どちらが良い悪いではない。だがISを操縦する上でこの俯瞰力は非常に重要になる」

 

 一夏は、ラスティの言葉を真剣に聞いていた。初めて聞く「俯瞰力」という言葉の意味と、それが自分自身の操縦にどう影響するのかを理解しようとしていた。

 

「例えば複数の敵機と同時に戦う場合を考えてみろ。君は目の前の敵機に気を取られ、背後から迫る敵機の存在に気付くのが遅れる可能性がある。対してオルコットは全体の配置は把握できても、個々の敵機の動きを正確に捉えきれずに攻撃を回避しきれない可能性がある」

 

 ラスティは、一夏の目を見つめて静かに言った。

 

「俯瞰力は訓練で鍛える事は出来る。焦る必要はない。これから少しずつ訓練していけば良い」

 

 一夏の表情からは先ほどの不安の色は消えたが、すぐにセシリアに勝てる様になるのかどうか分からない。少しずつとはどれだけの期間なのかをラスティに問う。

 

「因みにその訓練ってどのくらいの期間続ければ?」

「さぁな。俯瞰力を身に付ける速度は人によって違う。こればかりは訓練を続けるしかない」

「でも俺はオルコットに勝ちたいんです。地道に訓練するのも大事なのは分かってます。あと四日で対戦なのに、何とかなりませんか?」

 

 一夏の言葉にラスティは少し考える。今まで短期間で強くなりたいなんて思う事は無かったし、実戦に勝る訓練は無いと思っている。

 勝ち方を問わなければ色々と方法は思い浮かぶが、生徒にそれを教えるのも気が引ける。四日という短期間で強くするのは至難の業だなとラスティは内心で呟いて一夏へと答えた。

 

「まだIS乗った事の無い初心者が候補生とは言え、国家代表との実力差を四日で埋めるというのは不可能に近いな」

「そんな......何とかならないんですか」

「ならない。そもそもオルコットの専用機がどんな機体なのか分かるか? 何も情報が無ければ対策を立てる事も出来ない。それを自分の頭に叩き込んでからだ。......自分の身体を気にしろよ」

 

 ラスティはそう言って一夏の肩を叩いて映像室から出ていく。独り、部屋に置いていかれた一夏は肩を落として項垂れる。

 

「そう言えばここって映像室だったよな。オルコットの入試の映像とか見れたりして......」

 

 机に備え付けられているPCを起動させ、ドライブ内に保存されているファイルを一つずつ確認して何か手がかりはないか。

 そう思った一夏は机に備え付けられているPCに手を伸ばし、それらを一つ一つ、丁寧に確認していく。彼女の名前もしくは入学試験の名前が入ったファイルはないか。

 藁にも縋る思いで調べていくとパスワード付きのファイルが一つ。そのファイルの名前は各学年専用機データという名前であった。

 

「パスワードなんて分かんないぞ......どうすれば......」

 

 一夏は急に何故かラスティが最後言っていた言葉が気になり、叩かれた箇所に触れると一枚の付箋が落ちる。

 

「......この付箋の数字がパスワードって事か」

 

 付箋に書かれた数字を打ち込むとロックが解除されてファイルが解放される。ファイルの中には学年毎のファイルがあり、一年生というファイルを開くとセシリアの名前を見付けた。

 

「あった...! これで対策立てられる!」

 

 喜んで小さくガッツポーズをしながら画面に書かれた情報を持っていた手帳に書き写していく。

 先程出て行ったフリをしたラスティは必死に書き写している一夏の背中を見て小さく笑う。

 

「まずは第一段階はクリアだな。次は対策か。難しいだろうが、考えてやらないとな」

 

 呟いて映像室から出ていくと千冬が仁王立ちで待っている。表情からも怒っているのは明らか。ラスティは内心で溜め息を吐いて、帰る為にも彼女の方へと歩いていく。

 

「あまり感心しないな。一人の生徒に入れ込むなんて」

「君の弟から「オルコットに勝たせてくれ」と頼まれてしまったからな。頼まれた以上、邪険にするのも忍びない」

「そういう話では無い。一夏には人に頼らず強くなって貰いたいんだ。そうでなければ意味が無い」

「それが君のご家庭の教育方針という事か? だとしたら他所の家庭に口を出す真似はしないさ」

 

 千冬の怒りの矛先から流れる様に躱して帰路に着くラスティ。千冬も安心して一夏の居る映像室に向かおうとした。その瞬間、ラスティが振り向く事もせず思い出したかの様に彼女へと告げる。

 

「千冬。君はどう思っているか分からないが、自分独りで辿り着ける強さには限界というものがある。それだけは理解しておいた方が良い」

 

 ラスティの言葉を受けた千冬は痛い所を突かれた様な表情を浮かべて去っていく彼の背中を眺めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日の放課後。いつもと同じように授業後のレポートを確認していた時、一夏がやって来て数枚が束になったレポート用紙を提出した。

 

「これは?」

「俺なりに考えたオルコット対策です。見てください」

 

 一夏が提出したレポートを受け取って一通り目を通してみる。レポートを手に取り、真剣な眼差しで読み込む。時折、眉をひそめたり、小さく頷いたりしながら、一言一句丁寧に確認していく。

 彼が思案した対策は限られた時間で彼なりに必死で考えて対策を練ったのだと伝わってくる。穴は多いが、理にかなっている箇所も見受けられた。

 

「確かに悪くは無い......」

「本当ですか!」

「穴は多いがな。これを元に対策を練ろう」

 

 ラスティはレポート用紙を置いて赤ペンで上から追記していく。

 

「まずは一夏。オルコットの専用機はどういう機体か説明出来るか?」

「はい! オルコットのブルー・ティアーズは狙撃銃とBT兵器を使った遠距離狙撃型のIS。遠距離がアイツの得意な距離、なら俺は狙撃銃使えない位の距離まで詰めればまだ勝機を掴めると思うんです」

 

 一夏の言葉にラスティは内心で一理あると頷く。だがやはりそれだけでは足りない。それを本人に指摘する。

 

「一夏、君の言う通り、オルコットの『ブルー・ティアーズ』は遠距離戦に特化した機体だ。狙撃銃の射程と精度、そしてBT兵器の火力は目を見張るものがある。近距離に持ち込むことが出来れば確かに勝機は見いだせるかもしれない。だがな」

 

 ラスティは持っていたペンを置いて、一息吐いて言葉を続けた。

 

「オルコットはただ遠距離から一方的に攻撃してくるだけではない。彼女は高い機動性と、近距離でもある程度の戦闘能力を持っている事を忘れていないか? それに、BT兵器は遠距離だけでなく近距離での牽制にも使える。安易に近づこうとすれば、思わぬ反撃を食らう可能性もある」

「っ!」

 

 一夏の表情が少し曇る。ラスティはそれを見て分かりやすいヤツだなと思いながらも彼の肩を叩く。

 

「だが、落胆するにはまだ早いぞ。君の考えたこの『距離を詰める』という基本方針は間違っていない。問題はどうやってその距離まで安全に近づくか、そして、近づいた後にどうやってオルコットの攻撃を防ぎ、反撃に転じるかだ」

「......はい!」

 

 一夏の瞳に再び光が戻る。この分かり易さは彼の長所なのだろうとも思うが、ポーカーフェイスに徹する事もまた戦う上で重要になってくる。それも彼に教えなければなと誓うラスティ。

 

「ここからが対策の本番だ。君の考えを叩き台にして、より具体的で、より実現可能な戦略を練り上げていくぞ。例えば接近するまでのルートの選定、オルコットの射撃を予測し回避する動き、そして、近距離での有効な攻撃手段......。一緒に考えていこう」

 

 ラスティは再びレポートにペンを走らせる。

 

「まずは、オルコットの機体の特性を深く理解する必要がある。狙撃銃の種類、BT兵器の射程と操作範囲。そして『ブルー・ティアーズ』の機動性。分かっている範囲で良い。全部話してくれ」

「ブルー・ティアーズの狙撃銃はレーザーライフルで、射程は目測じゃ何とも......。弾速はレーザーだから実弾よりは速いと思います。BT兵器も同じで射程は分かりません。操作範囲は入試試験だとアイツの前の空間5メートル位で操作してました。あと気になった事が一つあります」

 

 ラスティは一夏の話す内容をレポートに追記。一夏の気になる事という言葉に反応してペンを止めた。

 

「気になる事?」

「アイツ、BT兵器を使ってる時だけ動いてないんです。動けないのか動かないのか分からないけど、兎に角動きを止めてるんですよ」

「なるほど......それは使えるかも知れないな」

 

 ラスティはそう告げてフッと静かに笑うのだった。

 

 




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