インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─   作:ダブスタ親父

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白式VS青い雫

 白式VS青い雫

 

 織斑一夏とセシリア・オルコットの対決当日。アリーナへ向かうまでの僅かな時間、織斑一夏は控室でラスティの指示を受けながら訓練機である打鉄の最適化に神経を尖らせていた。

 しかし焦燥が指先を震わせ、普段なら難なくこなせる最適化の操作を何度も誤ってはやり直している。

 その様子を姉である千冬は静かに、だがその瞳には隠せないほどの不安を滲ませ見守る一方で、幼馴染みだと嘯く束の妹──箒は苛立ちを隠そうともせずジリジリと床を踏み鳴らしている。

 

「おい、ラスティ。本当に一夏は大丈夫なのか? この震えを見てみろ......酷過ぎるぞ」

 

 千冬の声には彼女にしては珍しく焦りの色が混じっていた。

 

「そうです! 貴方に師事すると言うから半信半疑ながらも見守っていましたが、本当に大丈夫なんですか!」

 

 箒の声音と言葉はいつもの刺々しさに輪をかけて鋭い。

 

「さぁ。大丈夫かどうか、それは一夏次第だ。やれるだけの準備はした。後は、信じて黙って見守ってやるだけさ」

 

 ラスティはそう言って漸く最適化を終えた一夏の肩を軽く叩いた。ラスティの接触に一夏はびくりと体を震わせる。

 顔を上げた彼の瞳には、先ほどの迷いは消え確かな決意の光が宿っていた。

 その強い光を見た千冬はそれ以上の言葉を飲み込んだ。今はただ弟の戦いを見守るしかない。しかし箒は納得がいかない様子で、依然として不満げな表情を崩していない。

 

「私が彼を教える事が、そんなに不満かな?」

 

 ラスティからの問い掛けに箒は警戒するように身を引く。

 

「どうしてそう思うんですか」

「顔に出ているさ。一夏が私に師事することを君は心底納得していない、とな」

 

 今は千冬と一夏が言葉を交わしている。その間、ラスティは自分の雇い主である束の妹である箒がどんな人物なのかを探るべく、密かに観察を続けていた。

 

「そうですね。申し訳ありませんが、私はまだ貴方を完全に信用した訳ではありません」

 

 箒は警戒の色を隠そうともせずに言い放つ。その射殺すような目線は姉の幼馴染みである千冬を彷彿とさせた。

 

「そうやってハッキリ言ってくれると、私としても有難いよ」

 

 ラスティはどこか楽しげに笑う。

 

「は? 罵倒に興奮を覚えるタイプですか? 気持ち悪いですよ」

 

 箒は露骨に嫌悪感を露わにし、身を寄せてさらに距離を取ろうとする。ラスティは苦笑しながら彼女の言葉を否定した。

 

「勘違いしないで欲しいな。君からの信用を得られないということは、私にはまだ何かが足りないという証明だ。ハッキリ言葉にしてくれるからこそ気づけることもある、ということさ」

「そんなもんですか」

「そんなもんさ」

 

 その時一夏がISを装着しアリーナへ向かおうとした瞬間、真耶が息を切らせて待機室に飛び込んできた。

 

「き、来ました!! 織斑君の、専用機!」

 

 彼女は到着するなり膝に手をつき、肩で激しく息をしている。その様子から、どれほど慌てて来たのか容易に想像出来た。ようやく息を整えた彼女が声を上げた。

 

「今来たのか!?  最適化も、一次移行も、まだ終わっていないぞ!」

 

 千冬の声には焦燥の色が濃い。それはその場に居た皆の言葉を代弁したものであった。

 

「ど、どうしましょうか……」

 

 真耶は狼狽え、縋る様にラスティを見た。しかし彼はどこか遠い一点を見つめている。一夏の専用機はラスティが学園に向かう前に束が必ず仕上げると約束して取り寄せたものだった。

 ISの産みの親である『あの』篠ノ之束が、ここまで作業を遅らせるだろうか。答えは否だ。既に完成させていたISを嫌がらせのようにこの土壇場で納品させたのだ。きっとそこには何らかの意図が存在している。ラスティは、その意図を冷静に読み解こうとしていた。

 

 ......束め。このタイミングで納品させるとは、一体どういう了見だ。土壇場で納品されたところで、困るのは一夏だ......。一夏が困る......そういうことか......

 

「仕方がない。一夏、今納品された君の専用機を装着して、アリーナへ出るんだ」

 

 ラスティの声は静かだが有無を言わせぬ力強さがあった。

 

「何を言っている! 最適化も一次移行も何もしていないんだぞ!? そんなISで出たところで、瞬く間にやられるだけだ!」

 

 千冬は彼の言葉が信じられないといった表情でラスティに詰め寄った。

 

「そ、そうです! せめてオルコットさんに連絡して......」

 

 真耶も不安げな声を上げる。千冬と真耶の言葉に、ラスティは一度頷いた。頷いた上で、その二人の言葉を鮮やかに切り捨て、第三の選択肢を提示した。

 

「確かに、その手もある。だが、アリーナの使用時間は限られている。それに、プライドの高い彼女がそんな提案を呑むとも思えない。だから出るんだ、一夏」

 

 一夏はラスティの真剣な眼差しを受け止め、問い掛けた。

 

「ラスティ先生。本当に、信用して良いんですか?」

「あぁ。私が君の戦っている最中に、最適化と一次移行の調整を終わらせるさ。すぐにやられるなよ?」

 

 ラスティは、そう言って僅かに笑った。そこには歴戦の兵士としての余裕が垣間見える。

 そんな彼の言葉に短いながらも師弟関係を築いて来た一夏は重く頷いて答えた。

 

「任せました」

 

 周囲がラスティの言葉に唖然としている中、一夏だけは彼の言葉を信じて納品されたばかりの鈍色のISを身に纏い、アリーナへと飛び出した。

 その背中を見送ったラスティは、すぐに納品されたばかりの専用機の設定に取り掛かった。

 

「間に合うのか!?」

 

 千冬の声は焦りと不安に満ちている。

 

「間に合わせる。君達は大人しく、一夏の戦いを見ていると良い」

 

 ラスティは、高速でキーボードを叩きながら、自信に満ちた声で言い放った。皆は、彼の言葉に促されるように、試合を映し出すモニターへと視線を向けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 待機室から慌てた様子でアリーナへと飛び出した一夏は鈍色のISを身に纏っていた。傍から見れば訓練機としても採用されている打鉄を元に急ごしらえでカスタマイズされた専用機のように見えるだろう。

 そんな彼の専用機とは対照的に青色の装甲を輝かせるセシリアの為だけに拵えられた専用機『ブルー・ティアーズ』を纏っている。

 彼女は一夏がどんなISを持ち出そうとも自分が負けるはずがないと高を括り、驕り切っていた。一夏へ向ける軽蔑の視線と嘲弄的な言葉が、それを雄弁に物語っている。

 

「あら、随分と遅れて出てきたではありませんか。尻尾を巻いて逃げ出したのかと思いましたわ。無様にやられる為だけにわざわざ出てくるとは......哀れでしてよ」

 

 自分は挑戦を受ける側であると信じて疑わないセシリアは美しい顔を歪めて嘲笑った。対する一夏はというと真っ直ぐ前を向く。

 

「まだ負けるって決まったわけじゃないだろ。俺は負けたくない。...だから本気で勝ちに行く」

 

 一夏はセシリアの挑発的な言葉に必死に食い下がる。そんな彼の言葉に変わらぬ表情で嘲た。

 

「本当に哀れですわ。自分がもう負けていることにすら気付いていないのですから」

 

 セシリアは憐れむような眼差しを一夏に向ける。彼女の言葉が終わると同時に、試合開始を告げるブザーがけたたましく鳴り響いた。

 瞬間、セシリアの構えるレーザーライフルが眩い閃光を放つ。寸分違わぬ正確な狙いから放たれたレーザーは一夏の肩を僅かに掠めた。ライフルの光を見た瞬間に回避行動に移っていなければ直撃していただろう。

 今度は一夏の番だ。左手に握られた短機関銃から、銃弾が雨のようにセシリアへと降り注ぐ。セシリアは銃弾を軽々と避けながら、背中に装備されたBT兵器を展開した。その瞬間こそが一夏が待ち望んでいたポイントだった。

 なぜ、BT兵器を展開した直後が一夏の狙いなのか。それは、試合前日まで遡る。放課後、訓練機での練習中のことだ。

 

「なんでサブマシンガンなんか必要なんですか? 相手はスナイパーライフルですよ? どう考えたって射程が……」

 

 一夏は訓練機を借りた訓練中、ラスティからの指示で短機関銃を装備する事を勧められた。そんな彼の指示に疑問を呈す。ラスティはそれに対して冷静に答える。

 

「撃ち合えという訳では無い。それは君が距離を詰めるための牽制に使うものだと思えばいい。短期間で射撃の技術を埋められないからな。下手でも弾をバラ撒いて距離を詰められればそれで良い。そして距離を詰めるポイントは一つ。彼女がBT兵器を展開した直後だ」

 

 そう言われていた一夏は左手の短機関銃から右手に握る雪片弐型へと意識を向ける。

 自分の姉が使っていた武装の強化発展型。間合いに入った瞬間に雪片を振り下ろす。しかし彼女はBT兵器を一機犠牲にして一夏の攻撃を防ぐ。

 

「っ......」

「距離を詰めれば勝機が見えると? 確かにそう思うのも無理はありません。ですが冗談もそこまで行くと滑稽でしてよ。ブルー・ティアーズは全距離対応兵器ですの」

 

 一夏の攻撃に対して嘲笑うかの様に背後からレーザーブレードを展開したBT兵器が襲った。回避が間に合わなかった一夏が怯んだ瞬間を彼女が見逃す筈も無い。

 

「だから言ったでしょう? もう負けているとッ!」

 

 BT兵器による飽和攻撃。逃げ場の無い一夏は彼女の攻撃を為す術なく食らってしまう。衝撃が全身を貫き、彼の意識は一瞬だけ真っ白に染まる。

 ISの防御があるものの、軽い爆風と熱風が肌を焼き、衝撃だけが遅れて津波のように押し寄せる。まるで、肉体を直接叩き付けられたかのような強烈な衝撃に一夏は顔を歪ませた。

 

「......ぐっ......!」

 

 喉の奥から絞り出すような呻き声が漏れる。視界がぼやけ、何が起こったのかすぐに理解できなかった。ただ、全身に広がっていく鈍い痛みだけが、今目の前に広がる現状が夢では無い事を嫌という程突き付けてくる。

 辛うじて顔を上げると、目の前には煙が立ち込めていた。先ほどのBT兵器の姿は見えない。代わりに地面にはいくつもの黒焦げの跡が点在し、攻撃の激しさを物語っていた。

 自分の機体である白式も各所に損傷を受けているのがわかる。鈍色の装甲は所々煤けて黒くなっており、攻撃を受け続けた装甲が溶解し、小さな穴が空いているのが見える。

 

「あら、まだ意識があったとは......もう終わったと思っていましたのに」

 

 ゆっくりとBT兵器を引き連れて降りてくる。そんな彼女の言葉なんて今の一夏には届かない。自分の専用機の設定はまだ終わらないのかと控え室で必死に作業しているであろう自身の師であるラスティに思いを馳せている。それと同時に彼女の言葉が脳裏を過ぎった。

 「もう負けている」──その言葉の意味を今になって痛感させられた。彼女には自分が必死に編み出した戦術は通用しないのだと。

 自分でも通用するという一瞬の隙、ほんの僅かな気の緩みが、致命的な結果を招いてしまったのだ。

 しかし、ここで意識を失うわけにはいかない。まだ、戦いは終わっていない。死に体な一夏は震える指先を必死に握り締め、膝に力を込めて身体を立たせる。損傷した機体をなんとか動かそうとするが反応は鈍く重い。

 白式も満身創痍だった。そんな一夏へと悪魔のような囁き。

 

「もう降参してはいかがでしょうか。一度でも私に迫れた事を誇って降参した方が身の為でしてよ」

 

 声と共に複数の光点が瞬くのが見える。今度は先ほど以上の数のBT兵器が一夏を取り囲むように出現したのだ。それぞれの機体が禍々しい砲口を向けている。

 

「終わりですわ」

 

 彼女の声は、勝利を確信したかのように、冷酷で、そしてどこか楽しげだった。無数の砲口が一斉に光を増していく。一夏は絶望的な状況の中で最後の抵抗を試みようと力を込めた。しかし、機体は悲鳴を上げるばかりで、思うように動いてくれない。

 

 ......ああ......、やっぱり、ここまでなのか......

 

 迫り来る光の奔流を前に一夏の脳裏には様々な思いが去来した。織斑千冬の厳しい顔、箒の心配そうな眼差し、そして自分のワガママに嫌な顔せずに親身になって付き合ってくれた恩師(ラスティ)の顔。彼には申し訳無いという思いで一杯であった。

 そして全てを諦めかけた、その瞬間───────通信が入る。

 

『済まない。漸く最適化と一次移行が終わった。君のISはもう一段階進化する。......目の前で勝利に酔った彼女に一泡吹かせてこい』

 

 ラスティからの短い通信。謝罪と報告、そして満身創痍の身体に染み渡る激励。通信が終わると一夏の機体は眩い閃光を放って姿を変える。

 背中の翼はより雄々しく、巨大化。各部装甲もより鋭利に変化。そして装甲の色が鈍色から純白へと変わる。それはかつて世界を変えた白騎士に通ずる物が見えた。

 

 




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