インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─ 作:ダブスタ親父
授業開始
織斑一夏が敗北を喫し、ピットへと戻って来た。彼は悔しさを顔に滲ませ、それを周りに悟られまいと項垂れている。だがその場に居る誰もがそれを看破しており、何も言わずにただ彼がピットからフラフラと出ていくのを見送った。
彼が出ていった後のピットはとても静まり返っている。しかしその静寂を破ったのは彼の幼馴染みである箒であった。
「負けた位でウジウジと......私、一夏の所に行ってきます」
「............辞めておけ」
出ていこうとする箒を制したのは千冬。彼女の肩を掴んで首を横に振る。それが何故だか分かっていない様子の箒は声を荒らげて千冬へと問う。
「何故ですか!? 千冬さんだって思う所はあるでしょう! 勝てなかった事は事実です! それをいつまでも引き摺って見苦しいですよ! あんな再戦まで言い出すなんて一夏らしくない!」
「......それだけ自信があったと言う事だ。事実としてエネルギー残量の管理さえちゃんと出来ていれば一夏はオルコットに勝っていた。オルコットですら最初は自分が負けたと思っていた筈だ」
千冬の言葉にそれでも納得出来ない様な様子を見せる箒にトドメと言わんばかりにラスティが言葉を掛けた。
「一夏がどれだけ本気だったのか、それすら分からない様ではまだまだ未熟な証拠だな。彼は彼なりに自分で頭を使い、人を使い、短い期間で死に物狂いで戦術を叩き込んだ」
「......それがなんだって言うんですか」
「それが分からないから未熟なのさ。男ならば、誰もが持っている物を全く考慮していない」
ラスティはそう言ってスティール・ヘイズを装着してアリーナへと伸びるカタパルトへと足を固定した。
箒は不機嫌そうに準備を終えたラスティへと問い掛ける。
「何ですか? 誰もが持っている物って」
「プライド以外に何がある」
ラスティは平然と答えてアリーナへと飛び出して行った。
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ラスティはアリーナの地面に着地して挑戦者の登場を待つ。システムを戦闘モードに移行させたのと同時にセシリアが遅れて登場した。
遅れてやって来た彼女に対してラスティは一夏に対して彼女が告げていた言葉をそのまま返す。
「やぁ、オルコット。てっきり逃げたのかと思っていた所だ」
「そんな無様な真似する訳がありませんわ。貴方の方こそ降参するのなら今の内でしてよ」
「オルコット。君は一つ重大な勘違いをしている様だ」
セシリアの挑発に対してラスティはいつも通りに淡々と言葉を返す。
「何がですか」
「私は君と戦うつもりは無い。今から行うのはただの授業の延長だ」
「何を......」
「私から言わせて貰えば、君は甘く見積もり過ぎている」
セシリアが「何を」と言い返す前に試合開始のブザーが鳴る。ラスティはブザーが鳴り終えたと同時に動き出す。
セシリアはラスティの奇襲に一瞬だが反応が遅れた。ブザーと同時に放たれた
「っ......このっ!」
セシリアは咄嗟に防御姿勢を取る。しかしラスティの動きは既に次へと移行していた。
「くっ!」
間一髪でセシリアは機体を捻り、
まるで呼吸をするかのように流れるような連携動作。それは彼女が今まで経験してきたISの戦闘とは一線を画す。洗練されたアセンブルと戦術の結晶。
「これでは、まるで......!」
セシリアは驚愕し、目を見開く。彼女の脳裏に浮かんだのはIS学園入学前に訓練を受けていた際に対戦した自国の国家代表との模擬戦の光景だった。
あの時の国家代表はまるで彼女の思考を読み取っているかのように的確な攻撃を仕掛けていた。今、目の前のラスティの動きはまさに当時の国家代表となんら変わらない。
彼は追撃の手を緩めない。セシリアが後退する度に彼女の機体を予測不能な軌道で追従し、絶えず攻撃を浴びせ続ける。
セシリアは防戦一方となり、まともな反撃の機会すら与えられない。彼女のシールドエネルギーは見る見るうちに減少していった。
「......だから甘いと言っただろう、オルコット」
ラスティの声が通信回線を通してセシリアの耳に届く。その声には一切の感情が読み取れない。ただ淡々と事実を告げるかのようだ。
「君はISの性能に頼り過ぎている。そして相手の動きを予測する事なく、ただ反応しているだけだ。それではいつまで経っても本物の強さには辿り着かない」
セシリアは歯を食い縛る。彼女はIS操縦者として、国家代表候補生として、これまでに数々の賞賛を受けてきた。しかし今、目の前のラスティはそのプライドを根底から打ち砕こうとしている。
勝てる相手だと高を括っていたのは事実だ。傭兵で世界各国の戦場を戦い歩き、実力を付けたとは言え所詮はその程度。
自分の様な専用のカリキュラムを組まれた訳ではない。徹底的にデータ管理され、効率的な動き方と武装回しを元に立てられた戦術。彼にはそれがある訳では無い。なのになぜ届かないのか、彼女は焦燥感に駆られていく。
「終わりだ」
ラスティは最後にセシリアの隙を突いた。セシリアがバリアを再展開しようとした一瞬の硬直。その瞬間を逃さず、ラスティは機体を急加速させてセシリアの懐へと飛び込む。そして最後と言わんばかりにフルチャージした
セシリアの中に諦めが過ぎる。相手は命の取り合いを経験している。勝った負けたの次元にいる相手では無い。自分では勝てないと悟った彼女はせめて最後に一矢報いる為に得意では無いが故に嫌厭していた武装を取り出し、
「ふむ。ようやくその気になったか」
攻撃を止めたラスティはセシリアとのすれ違いざまに僅かだが視線を投げただけ。だがその刹那、彼女は感じた。
氷のような静けさと、業火のような実力差。
「しかし......遅かったな」
ラスティの機体が旋回する。完全に死角に入られたセシリアは防御姿勢に移ろうとする───だが遅い。
「そんな......!」
セシリアは視界の中でラスティの機体が再度姿勢を取り直すのを見た。彼は一切の無駄も誇示もなく、ただ冷静に“勝利”を積み上げているだけだった。
「君は確かに才能がある。だがその才能に胡座をかいた。慢心した......違うか?」
セシリアの口が悔しさに震える。図星だった。今まで彼女が敗れたことなど数えるほどしかない。自分の立場が揺らがない様に勝利を積み重ねることしか頭になかった。自分より優れた誰か──例えば目の前の男のような存在に敗北する事に怯えていたのだ。
ラスティは静かに、最後の一撃へと移る。
「悪いが、授業はここまでだ」
彼の機体が、後方のブースターを全開にして突進する。その動きには一切の猶予は無く、回避も許されない。
そして───────
《シールドエネルギーゼロ》
ブルー・ティアーズの装甲が光を放つとシステムが強制停止。ISは待機状態へと姿を戻し、アリーナ全体に敗北を示す警告音が鳴り響く。
セシリア・オルコットの敗北がここに決定した。
アリーナの観客席は静まり返り、その圧倒的な戦闘の余韻だけが残っている。
「なんで......私が負けた......?」
這い蹲るセシリアの目に涙が滲む。勝つために積み上げてきた日々と自分が選ばれたというプライド。それが一撃ごとに削られていった。彼女の中で何かが崩れる音がする。
目の前に現れたラスティが無言で手を差し伸べた。
「立て。ここで這い蹲ったままでいるには......君はまだ若い」
「...........なんで。私は貴方を下に見ていた。そんな相手に何故手を差し伸べるのですか」
「私は教師だからな。生徒が何を言おうと、何をしようと教え導く立場にある。当たり前の事だろう?」
その言葉は勝者の傲慢でも哀れみでもなかった。ただの真実。そして、今のセシリアにとって、何よりも悔しいほど優しい言葉。
彼女は震える手で、その手を取った。
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