東方鬼哭累   作:アイコラ

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第2話 人里にて

早朝、魔法の森を抜け、人里へと向かう道中。アリスは無言のまま、淡々とした足取りで進んでいた。村瀬仁はそんな彼女を横目で見ながら、先ほどまでいた場所を振り返る。

 

「そういや、アリスさんは平気なんだな」

「……何が?」

「この森だよ。昨日見ただろ、俺の症状。でも、あんたはケロッとしてる」

 

 アリスは少し考えるように視線を落とし、それから小さく笑った。

 

「当たり前よ。私は魔法使いだもの」

「魔法使い……?」

 

 仁は眉をひそめた。そんなファンタジーじみた存在が目の前にいるのかと疑問に思うが、この奇妙な世界に放り込まれた時点で、そんなことを考えても無駄だと悟る。

 

「魔法使いなら、こんな瘴気なんて気にならないわ。むしろ、ここは私にとって住みやすい場所なのよ」

「そうかよ……。ま、そりゃ住んでる時点でそうなんだろうけどな」

 

 そんな会話をしながら森を抜けると、徐々に開けた土地が広がり、人里の輪郭が見えてきた。田畑の向こうに、木造の建物が整然と並ぶ。

 

「そういえば、あなたの名前をまだ聞いていなかったわね」

「村瀬仁だ」

「ふぅん、村瀬仁……。覚えておくわ」

 

 そう言うと、アリスは静かに微笑んだ。

魔法の森を抜け、ようやく見えてきた人里の門。木造の頑丈な門の脇には、武装した門番の姿があった。アリスは門が見えると立ち止まり、ふっと小さく息をついた。

 

「ここまでね。……人里に着いたら、まずは役場に行くといいわ。あなたのような外来人は、まずそこで登録されることになっているから」

 

 その言葉に、村瀬仁は軽く顎をしゃくった。

 

「助かったよ、アリスさん。世話になったな」

「……そうね。これから大変だと思うけど頑張って」

 

 アリスはそう言って仁を見つめた。その視線には、どこか複雑なものが滲んでいる。仁がそれを不審に思う前に、アリスは踵を返し、魔法の森の方へと戻っていった。

 

(……なんだ、あの目は)

 

 少し胸に引っかかるものを感じながらも、仁は人里の門へと向かう。門番の男は、彼の姿を認めると、呆れたように息を吐いた。

 

「お疲れさん。お前、外来人だろ? 向こうの役場で手続きがあるから。その様子じゃ道中襲われなかったのか。運がいいなお前」

「俺はまだ何にも言ってねぇぞ」

「大体わかるよ。1週間に1回はお前みたいなやつが来るんだ。そうするたびに役場まで案内するのが俺の役目さ。……外来人って言葉に聞き覚えは?」

「親切な人に色々説明してもらったからまぁ……、その人にここまで案内もしてもらったしな」

「人間じゃないだろ、そいつ。この世界にいる人間のほとんどがこの人里で暮らしてる。ほんとに運がいいなお前」

 

 仁は内心でアリスのことを思い浮かべた。

 

「……そうかもな」

「俺は金子ってもんだ。お前と同じ外来人さ」

「村瀬だ」

 

 金子と名乗る男に連れられ、人里の中へと足を踏み入れる。歩きながら仁は金子の話を聞いていた。

 

「ここに来た外来人はみんな朝から晩まで働く。外の妖怪から保護してやる、って名目でな。仕事はいろいろあるが主な作業は土地の開墾になる。毎日キツイがちゃんと金ももらえるし、飯も食える。……まぁ、しんどい作業ってことには変わりないが」

「それで……? 俺はどこに連れてかれんだ?」

「役場だよ。あっちで言う市役所みたいなもんさ。外来人の登録もそこでやってる」

 

そう話しているうちにメインストリートと思われる大通りに出た。そこは賑わっており、露店や商店が並び、人々の活気が溢れていた。だが、金子はそこを避けるように、狭い路地へと進んでいく。

 すれ違う人々の視線が、どこか冷たい。遠巻きに観察され、囁かれる声が聞こえた。

 

「なんか視線を感じるんだが……、あまり歓迎されてない感じか?」

「……まぁな。そこらへんも、ここで生活していくうちに段々とわかってくるよ」

 

 そう話しているうちに、役場と思われる建物に着いた。他の建物よりも大きく、装飾も立派だ。中に入るなり、禿げた役人の男が不機嫌そうに近づいてきた。

 

「おい、何でここにいる。門番の仕事はどうした」

「いや外来人がこの人里にたどり着きましてね、ほら彼が。それでここまで案内してたんですよ」

「チッ……またか。おい名前は」

「……村瀬仁」

 

 鼻息を鳴らしながら、役人は奥へと消え、すぐに戻ってきた。

 

「新しい外来人だな。仕事場を案内してやるからついてこい。それと金子、お前は早く持ち場に戻れ」

「はい、すぐにでも。じゃあ村瀬、がんばれよな」

 

 金子と別れた後、仁は役人の案内で長屋の並ぶ一角へと連れてこられた。

 

「ここらはお前たち外来人が住む区画だ。……着いたぞ、今日からここがお前の家だ。大事に使えよ。それと今から早速仕事だ」

 

 そして、村瀬仁の過酷な人里での生活が始まった。

 

 

 

 

最初の仕事は耕作地での作業だった。

 人里の外れ、鬱蒼とした森の近くに広がる開墾地。ここが外来人の労働場所だった。何人かの外来人が鍬を握り、黙々と畑を耕している。仁も鍬を手渡されるがやる気が起きない。

 

「よそ見してる暇はねえぞ」

 

 隣で作業していた中年の男が低く呟く。その言葉の意味を理解する間もなく後ろから大きく怒鳴られる。

 

「おい、新入り! さっさと働け!」

 

 監督役らしき男が鋭く命じる。村瀬は無言で鍬を握り直し、作業に戻った。だが、その作業が長く続くことはなかった。

突如、背後で異様な咆哮が響いた。

 

「――ッ!?」

 

 振り向くと、獣のような妖怪が田畑の端から飛び出してきた。毛むくじゃらの体、鋭い爪、そして血走った目。耕作地を襲う妖怪だと瞬時に理解する。

 

「う、うわあああっ!」

 

 周囲が散り散りに逃げる中、近くで作業していた中年の男が、足を滑らせて尻餅をつく。そのまま妖怪が飛びかかる。

 

「クソがッ!」

 

 仁は咄嗟に鍬を握り直し、獣に向かって振るった。鉄の刃が妖怪の鼻先をかすめ、獣が一瞬たじろぐ。その瞬間、仁は即座に男の腕を掴み、無理やり引っ張った。男の足が地を離れ、獣の牙がわずかに空を切る。地面に転がる男を見て、獣は舌打ちするような唸り声を上げると、再び森の中へと消えていった。誰もが村瀬の姿を見つめている。

静寂が戻る。

 

「……お前、命知らずだな」

「うるせぇよ」

 

 

 

 

その夜。

 

「おい、さっきのおっさんじゃねえか」

 

 昼間に助けた男が近寄ってきた。酒の入った茶碗を片手に、ニヤリと笑う。

 

「命の恩人に礼を言わねぇとな。あんた、大したもんだ」

 

 外来人たちが住まう区画その中心に建つ食事処で、昼間の男と向かい合う。他にも室内には、同じような境遇の者たちが集まり、その日得た日当をもとに食糧を口に運んでいた。

 

「助けてもらったお礼にな、いくつか情報をくれてやるよ。ホントはタダじゃないんだぜ?」

「……情報ねえ」

 

 男は周囲を見渡してから酒を片手に、小声で語り始める。

 

「まず、里の奴らのことだ。俺たち外来人に対して……まぁ、良い感情は持ってねえな」

「だろうな。態度見りゃわかる」

「ここは村社会だからな。余所者を受け入れようとしない。排他的なのさ。俺たち外来人はただの駒だ。危険な仕事、汚い仕事は全部押し付けられる。死のうが知ったことじゃねえってわけだ。祭祀料を稼ごうにも、その日の生活で精いっぱいで毎日クタクタよ」

 

男はどこか恨めしそうに愚痴をつぶやく。

 

「……祭祀料?」

「あぁ、まだ知らねえのか。外の世界に帰るには、ここから東の端っこにある博麗神社に行かなきゃならねえ。そこで博麗霊夢って巫女に頼むしか方法はねえ。頼むにも条件があってだな、それが大量の祭祀料、つまり金だ」

「ほかに方法はないのか?」

「あったらとっくにみんな試してる。里から一歩でも出てみろ、今日の昼みたく妖怪どもに襲われるのが関の山さ」

「今日みたいなことはよくあるのか?」

「毎日じゃねえが、しょっちゅうある。ない日はラッキーって程度だ。たいていまだ危機感の薄い新参者から死んでいく。そう考えると……あんたは生き抜く才能があるな」

 

 酔いが回ったのか段々と男の目が座っていく。

 

「それと付き合う人間は選べよ? この世界に迷い込んだ奴はみんな外の世界で何かしらワケありだ。それに外来人の内でも派閥がある」

「派閥?」

「要は、外の世界に帰ろうとするグループと、幻想郷に残ると決めて人里で地盤を固めようとしているグループさ。多かれ少なかれみんなどっち派か、意識してるはずさ」

「おっさんはどうなんだ」

「俺か?俺は残留派だ。向こうに戻ったとこで何にもないからな。それに生きてる間に祭祀料が集まるとも思えん」

「ほーん。それで……? 俺を勧誘しに?」

「いやいや。別に違う派閥だからと言ってみんな仲悪いわけじゃねえさ。……まぁ、リーダー同士は違うがな。ようはみんな潜在的に意識してることだから、あんたも意識しとけってことだよ」

「なるほどな」

 

 男はさらに顔を近づけ、低く囁く。酒の匂いが鼻を突いた。

 

「ここだけの話、残留派のリーダーには気をつけろよ。なんだって元ヤクザだって噂だ。それに、天狗とも取引してるらしいぜ」

「天狗?ここには天狗もいんのか?」

「窓から見えるか?あの山で集団生活してるらしい。……とにかく残留派のリーダーには気をつけろ。強力なバックもいるし、目をつけられたら何されるか分かんねえ」

 

 一通り話し終えたのか、男は物思いにふける。しばらく沈黙が続いた後、男はぼそりと呟く。

 

「……まぁ色々話したが、今日はほんとに運が良かった。死なずに済んだからな」

「そんなにか」

「まぁな。一月で二、三人は必ず、多いときじゃ十人前後だ」

「……帰れた奴はいねぇのか?」

「数えるほどだな。ほとんどはここで骨を埋めることになる」

 

 酒をあおり、男は言葉を続けた。

 

「幻想郷に適応するか、元居た世界に帰るか……どちらを選ぶにせよ、生き抜く覚悟が必要だぜ」

 

 仁は無言で食事に戻った。彼の心の中で、迷いが生まれ始めていた。

 

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