夢は天下無敵の大将軍 作:金匙
月光に照らされた黒曜石の如き総髪。
研ぎ澄まされた殺意と強い覚悟が交錯した赫灼の双眸。
目測160程度しかない小柄な体格に帯刀された見覚えのある二振りの名刀。
自然体のまま油断なくこちらを見据える視線を受けて、なるほど、とカイドウは独白する。
「(……悪くねェ)」
一目で強者だと分かる佇まいに、八歳という齢でよくもここまで磨き上げたもんだ、とカイドウは感心すら覚えた。
物心ついた時から戦争国家で育ち戦いに明け暮れていたカイドウだが、それでも当時の自分と比べても目の前の子供の方が遥かに強いのは明白。
この時点で、カイドウにとって光月モモの助は光月おでんの息子として及第点に値していた。
「おれを討つ……ウォロロロ、お前みてェなガキに出来るとでも?」
「そう言った」
「……生意気な」
加えて、自分の力を微塵も疑わないその精神性もカイドウには好印象だった。
言わされた言葉じゃない、本心からそう思っているという自負がひしひしと伝わって来て───言葉とは裏腹にカイドウの口元が弧を描く。
第一印象は上々。ならば次は、その言葉に偽りがないか確かめさせて貰うとしよう。
八斎戒を構え、カイドウが駆け出した。
「雷鳴八卦!」
おでんとの戦いの傷が癒えていない今、自身の代名詞とも言えるその技は十全には程遠い威力だが……実力を計るという点で考えればこの程度でも申し分ないだろう。
そんな思いの元に振るわれた金棒は、しかし並みの侍たちを一発で気絶させるほどの威力を内包しており、一息で彼我の距離を詰める俊敏性も併さったことで反応すら許さない不可避の速攻と化す。
とてもではないが、八つの子供が受け切れるような攻撃ではないその一撃を───
「───いいぞ、小僧!」
抜刀し、武装硬化の施された天羽々斬が軽々と受け止めていた。
無様に喰らうでも避けるでもなく真正面から受け止めたモモの助の姿を見て、思わずとカイドウの顔が破顔する。
八斎戒と鍔迫り合う天羽々斬に込められた覇気は今の自身と渡り合うのに申し分なく、受け太刀してなお刃毀れはおろか歪みの一つも見せない武装硬化の練度はカイドウをして期待以上のものだった。
一合、二合、三合と互いの得物をぶつけ合ってもその衝突は拮抗し、幾度目かの衝突の後にカイドウの視界の隅で鯉口が切られる音が響く。
「おでん二刀流───」
「っ!?」
押し合うカイドウに戦慄が走る。
瞬きの後に抜刀された閻魔がモモの助の覇気を吸い出し、妖刀としての責務を果たさんとカイドウにその牙を向けていた。
その殺気の感覚を、他でもないカイドウが忘れるなんてあり得ない。
「おでん!?」
「──桃源十拳」
天羽々斬が拮抗していた八斎戒を押し上げて、閻魔と共にカイドウの肉体を斬り伏せる。
奇しくもそこはおでんがカイドウに刻んだ十字の傷と全く同じ場所。
他の箇所よりも格段に脆い弱点を的確に突いてきたモモの助の一撃にカイドウの顔が驚愕に染まり、焼け付くような内部からの痛みがその動きを致命的なまでに鈍らせる。
「(コイツ、おでんの流桜を……!?)」
「閻魔一閃───!」
足の止まったカイドウにその命を刈り取らんと閻魔が雄叫びを上げ、再び十字の傷をなぞる様に放たれた斬撃がカイドウの巨体を勢いのままに吹き飛ばす。
「ぐっ……」
斬り裂かれた包帯の下から、その傷を上書きするように付けられた斬撃の痕が流血と共に顔を覗かせる。
部下たちから無敵の肉体と謳われるその身体も内部からの破壊ばかりはどうにもならない。それを成し更にその肉体に残るほどの致命傷を与えたのが他ならない光月おでんであり───
「おれが、こんなガキから傷を……?」
内部破壊の衝撃からおでんの傷が開いただけであるため、実際に受けた傷は大したものではない。
しかし、それでも……確かに光月モモの助は自分の肉体に傷をつけて見せた。
この国ではおでん以外の誰もがなし得なかったことを、宿敵たるおでんの技と刀を受け継いで、自分の娘と同じくらいのその息子がやってのけた。
「───ウォロロロ……」
カイドウのボルテージが上がる。
「
視線の先には、連続した閻魔の使用による覇気の消耗で僅かに息を荒くするモモの助の姿。
閻魔を鞘に収め再び天羽々斬を手に自身の様子を窺っているその姿に、カイドウの口元が歪に釣り上がる。
「まだまだ戦れるよなァ? ……魅せてみろ」
この程度で終わってしまうなら興醒めもいいところだが、そうはならないと言う不思議な確信がカイドウにはあった。
故にこそ、小手調べはこれにて終い。
光月モモの助を自身と戦うに値する敵と認めたカイドウが、龍の姿となって天に昇っていく。
「龍の、能力者……」
天をも覆い隠すほどのその威容に、流石のモモの助も目を見張る。
おでんたちからしたら見慣れたその姿も、初見かつ実戦経験の浅いモモの助からすれば規格外もいいところだ。
呆然と自身を見上げるモモの助に若干気を良くしつつ、それでも容赦はしないとカイドウの口内に光が収束していく。
「凌いでみせろ───」
「……ッ!?」
九里の木々を粉砕しながら迫り来るその光景は正しく災害と呼ぶに相応しく、とてもではないが個人の力でどうにか出来る範疇だとは思えない。
瞬時にそう判断したモモの助が今ならまだ間に合うと回避に移ろうとして───脳裏に錦えもんの姿が過った。
『狐火流は炎で焼き斬り、また炎を斬り裂くことを奥義とします』
それはかつて戯れにと教えてもらった記憶の断片。
モモの助様でも直ぐには習得出来ますまい、と言われたことが切っ掛けで、密かにおでん二刀流の影で磨いてきたもう一つの流派。
ある程度形になったものの一度として実戦で試す機会が訪れなかったため、未だ成功体験のないその技を……モモの助はこの土壇場で放つ決意をする。
仮にこの業火を回避出来たとしても、二度三度と同じ技を打たれれば逃げ場がなくなり身を焼かれることは必至。
加えて後方には守るべき九里の郷と民たちがいるのだ、自分だけが助かる訳には行かない、と両親に打ち明けた矢先に民を危機に晒してはお笑い種にもなりはしない。
元より短期決戦で臨んだこの勝負、逃げの一手など時間の無駄でしかない。
何より───技のお披露目としてこれ以上の舞台はないだろう。
「狐火流」
武装色を天羽々斬に流し業火の前に仁王立つ。
自身を消し炭にせんと迫るその炎に恐れはない。
何故なら錦えもんは言っていた……狐火流に斬れぬ炎はない、と。
最も信を置く家臣がそう言ったのだ。
ならばこそ、疑う理由も恐れる理由もモモの助には皆無だった。
郷と民を守るため、この一刀にて証を示す。
「焔裂き───!」
白刃が煌めく。
「何ィ……!?」
布地を切り裂くように分かたれた業火が、まるで悲鳴を上げる様に宙に昇って霧散する。
その中心地には残心を取ったモモの助の姿があり、炎の只中にいたと言うのにその体には火傷どころか焦げ跡一つとして見受けられなかった。
「……斬ったのか、おれの
回避したなら分かる、耐え切ったとしてもまだ分かる、しかし……斬ったと言うのか? あの業火を───おでんですら喰らえば根性で乗り切ることしか出来なかった、おれの
「ウォロロロ……」
鼓動が高鳴る。
視界が色付いていく。
心の奥底にこびり付いた何かが剥がれていく。
おでんから受けた傷が疼いて仕方なかったのに、今はその疼きが嘘の様に消え去っていた。
「……モモの助」
竜の姿から人型に戻ったカイドウが、
『おれの息子を舐めるなよ』
脳裏を過ったおでんの言葉に笑みを深める。
降り立ったカイドウが見据えるのは、宿敵を想起させる天賦の才を持った侍の姿ただ一つ。
金棒を構え、胸に渦巻く激情のままにカイドウは駆け出した。
「雷鳴八卦!!」
「ぐっ……!?」
先ほどとは速度も威力も段違いのその一撃に、咄嗟に武装硬化で差し込んだ二刀も虚しくモモの助の体が彼方まで吹き飛ばされる。
幾度も地面を転がり、幾本もの木々を薙ぎ倒してようやく動きを止めたモモの助だったが……休んでる暇はないぞと言わんばかりに距離を詰めたカイドウから金棒が振り下ろされ、避けれないと判断して天羽々斬で受け止める。
「ウォロロロ、苦しそうだな」
タガが外れたようなカイドウの過剰な覇気と膂力を前に、何もかもが劣るモモの助に成す術はない。
押し潰されそうになるのを歯を噛み締めながら耐え続けるが、その状態が長くは持たないのは火を見るよりも明らか。
突然ギアを上げたカイドウに胸中で困惑しながら、押し合いは不利だと断じたモモの助が金棒の側面に刀身を滑らせてその軌道を地面へと逸らし離脱する。
「ハァ、ハァ……」
「上手く逸らしたようだが……そんな
轟音と共に陥没した大地から八斎戒を振り上げて、再び龍の姿となったカイドウが
息を整える間もないカイドウの攻勢に、震える膝を叱咤したモモの助が何とか立ち上がって焔裂きの構えを取り迎え撃とうとするが、
「
「焔裂───!?」
覚束ない足取りは焔裂きを成すための踏ん張りを利かせることが出来ず、足を滑らせたモモの助の体を業火が覆い尽くした。
「うぅ……ぐぁ……焔、裂き!!」
武装色で全身を硬化することで一時的に業火を凌ぎ、そのまま焔裂きを放って体を覆う炎を霧散させることに成功したが、それでも完全には防ぎきれなかったのかその額には火傷の痕がくっきりと残り痛々しく刻まれていた。
そして───
「雷鳴八卦」
額の痛みに悶絶する暇もなく、人型に戻ったカイドウの金棒がモモの助に直撃した。
◇◇◇
『いいか、モモ。大切なのは正しい呼吸と正しい動きだ』
『覇気を血管の一つ一つまで認識して流せるようになれ』
『そうすれば最小限の動作で最大限の力を引き出す事が出来る』
『閻魔みたいな妖刀と呼ばれる奴らは、何も所有者憎しで覇気を吸い取ってる訳じゃねェ』
『奴らはただ刀としての自分の役割を、どの刀よりも生真面目に果たそうとしているだけなんだ』
『覇気をまとい力に変えるという正しい呼吸と、それを以って相手を斬り伏せるという正しい動き』
『それと全く同じことだ』
『余分を捨てろ。その時、その瞬間に必要なもの以外は全て閉じてみろ』
『───そうすれば、お前の言う『透き通る世界』が見えてくるかもしれない』
◇◇◇
思えば、この戦いだけでも兆候はあった。
焔裂きを最初に放った時は、ただ炎を斬るということだけに集中してそれ以外の感覚を閉じた。
カイドウのギアが上がった瞬間のあの一撃は、本来であれば刀を差し込む余裕すらなかった。それでもギリギリで防ぐことが出来たのは、あの瞬間はただそれだけを考えてあらゆる思考を閉じたからだ。
額から流れる血が時間が止まっているかのように遅く感じる。
カイドウだけじゃない、今の俺には自分の体すらも透けて見えていた。
額の傷はそこまで大きくないから軽い止血程度で問題はない。
今受けたカイドウの金棒も咄嗟の武装硬化が間に合ったから致命傷には至ってない。
これならまだ───俺は十分戦える。
「……死に損なったか?」
立ち上がった俺を見てカイドウが振り返る。
視界に映るカイドウの姿はよく生きているな、と思うほどの傷だらけの満身創痍で、特に父上から受けたであろう十字の傷が酷かった。
先ほどギアを上げたのはかなり無理をしていたのだろう、完全に開いた傷口からは血が止めどなく溢れていた。
「せめてもの情けだ、おれの手で楽にしてやる」
カイドウが金棒を振り上げる。
迎え撃とうと天羽々斬と閻魔を抜刀して───彼らに二つの覇気が流れていることに気付く。
一つは普段から流している武装色で、もう一つはそんな武装色よりも遥かに濃くて大きい……見取り稽古の時に見せて貰った父上のような覇気。
彼らはこの大きな覇気を少しでも俺から吸い上げようとしていて、けれど満足いく量にまで届かなくてその分を武装色で補っているように思えた。
この覇気が欲しいのだろうか……?
そう思い体内に意識を巡らせ覇気の出所を探してみたが、その覇気の大元がある場所は僅かに蓋が開いたままで、まだ完全には開き切っていない状態だった。
開ければどうなるか分からない、と危機感を抱きながらも、彼らがカイドウを斬り伏せるためにこの覇気を求めているならば是非もない、と俺は一片の迷いもなく覇気を塞ぐ蓋に手を掛ける。
「覇王色だと……!?」
こじ開けた蓋から溢れ出した覇気は、正しく暴風だった。
お前にはまだ早いと言わんばかりに体内で荒れ狂い、今にも体の中で爆発してしまいそうなほどに覇気が膨れ上がっていく。
しかし、このままでは不味い、とは不思議と思わなかった。
「これが、欲しかったんだろ?」
天羽々斬と閻魔に問い掛ければ、歓喜に打ち震えるかのように肯定される。
俺にはこの覇気を制御することは出来ないが、それでもこの覇気を彼らに流すことは出来る。
体の中で覇気が膨れ上がると言うならば、この覇気を必要とする彼らに出力し続ければいい。
ずっと父上の覇気を吸い続けてきた彼らには、俺の覇気程度を制御することなんて赤子の手を捻るよりも些細なことだろう。
天羽々斬と閻魔の呼吸を途切れさせず、彼らの動きに反射し続けろ───それ以外の余分は切り捨てて、俺はただカイドウを討つことだけを考えればいい。
「おでん二刀流」
「モモの助ェ……!」
この覇気と『透き通る世界』を使い熟して、カイドウに打ち勝つ。
二十年なんて待つ必要はない。
今、ここで俺がワノ国に夜明けを齎すんだ。
「桃源十拳!!」
「雷鳴八卦!!」
『透き通る世界』の開眼による覇王色の完全解放、新たな王の誕生を祝うように黒い稲妻が九里の空を迸り───