夢は天下無敵の大将軍   作:金匙

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12:終幕

 

 

 覇王色の衝突により二つに割れた空の下、カイドウは全身から膨大な覇王色を滾らせるモモの助と鍔迫り合いながら獰猛な笑みを覗かせる。

 

「(将来有望、なんてもんじゃねェな……!)」

 

 覇王色の覇気、それは王の資質を持つものにしか扱えない生まれながらの強者の証。

 ロックスやロジャー、白ひげにビッグマム、そしておでん……カイドウの脳裏を過った豪傑たちは皆その覇気を宿し自在に扱っていた。

 

 当然、覇王色の真髄さえも発揮して。

 

「(お前もまとえるんだな……覇王色をッ!!)」

 

 視線の先には互いの得物が触れ合わずに激突している異常な光景。

 これこそが、威圧するだけの力しか持たないと言われる覇王色の覇気の真髄。

 数百万人の中から一人という覚醒者の中でも更に一握りの実力者しか扱えない───覇気の極地。

 

「(おでんの言葉は正しかった)」

 

 光月モモの助は窮地により覇王色を開花させた。

 そればかりか、目覚めたばかりのその覇気を己が武器にまとわせて、同じく覇王色をまとった自身と拮抗するという桁外れの才能を魅せている。

 

 あの時は興味を持ちこそすれ、内心では何をバカなことをと思ってしまっていたのは事実だ。

 幾ら才覚に溢れていてもただのガキにおれの首が獲れる訳がないだろう、と。

 

 しかし今、モモの助の刃は確とカイドウの命に手を掛けていた。

 自身に並ぶ覇気の極地に足を踏み入れて、おでんから技と刀と思いを受け継いで───この首を獲らんとその命を燃やしている。

 

 かつてない充足感がカイドウの胸を占めていく。

 あの時(おでんとの決戦)に零れ落ちた何かを拾い集める様に、カイドウの心にぽっかりと空いた穴が塞がっていくのを感じる。

 

 覇気とは意志の力。

 無意識に心理的負荷の掛かっていたカイドウの精神が満たされていくことで、著しく低下していたその覇気が肉体の負傷具合からは考えられないほどに増大する。

 

「ウォロロロ!」

「ッ……」

 

 拮抗していた覇王色の衝突は、互いに決着の付かぬまま双方の体が衝撃の余波を受けて後方に弾かれるという結果に終わった。

 

 ボタボタ、とおでんから受けた傷が無理をした結果だと言わんばかりに血を流して地面を濡らしていくが、それでもカイドウは何処か晴々としたような表情でモモの助を見据え笑っている。

 

「……どこまで強くなる? 光月モモの助」

「お前を討つまで」

「ウォロロロ、生意気さは健在だな」

 

 百獣のカイドウはもう二度と光月モモの助の実力を疑わない。

 僅か八歳にしてワノ国の未来を一身に背負ったこの小さな侍を、カイドウは光月おでんに代わる宿敵としてこの瞬間に認識を改めた。

 

「雷鳴八卦!」

 

 それを証明するように放たれたのは、先ほどのモモの助では防ぐことで手一杯だった不可避の速攻。

 更にギアを上げたカイドウが、覇王色までをも金棒にまとわせモモの助に迫る。

 

「おでん二刀流───」

 

 瞬きの後には視界を埋め尽くしているであろう金棒を前に、しかしモモの助の目に恐怖はない。

 必中必殺にまで昇華された一撃を、天羽々斬と閻魔を揺らして迎え撃つ。

 

「桃源白滝」

 

 体格差故に振り上げられるように放たれた金棒の下を更に腰を低く下ろしたモモの助が潜り抜け、その勢いのままに反撃の一閃が繰り出される。

 

「てめェ、また……!?」

 

 おでんから受けた傷目掛け、三度カイドウの胴体を両断するように斬撃が放たれる。

 内部破壊の流桜に覇王色をもまとったその一撃は、例え無傷であってもカイドウの肉体に傷を残すのは他ならないおでんが証明している。

 ならばそれを既に致命傷に近い傷跡に叩き込まれたらどうなるか……そんなことは戦に疎い子供ですら理解出来るだろう。

 

 ───即ち、絶対的な死の運命(さだめ)である。

 

「ヌゥッ!?」

 

 全細胞が危険信号を訴え、それに従うように刃と肉体の間に空を切った八斎戒が差し込まれる。

 鉄を打ち鳴らす音が木霊して互いの得物が衝突するが、咄嗟に受けたカイドウと全霊を乗せたモモの助とではその力の差は歴然。

 拮抗するまでもなく八斎戒を押し込まれたカイドウの体が、衝撃のままに吹き飛ばされ地面を転がっていく。

 

「閻魔───」

 

 追撃せんと振り被られた閻魔から滲み出す死の気配を受け、カイドウの体に悪寒が走る。

 あれは不味い、そう思った時には全神経を回避一点に費やしていた。

 

「一閃」

 

 開幕で放ったものとは比較にならない、目にも留まらぬ神速の一太刀。

 膨大な覇気をまとって振り下ろされたその一撃は、地獄の底まで斬り伏せるという謳い文句に相応しい切れ味を以って───その斜線上にあるもの全てを断ち切って見せた。

 

「出鱈目な!」

 

 その光景に冷や汗を流しつつ、それでもカイドウは笑みを絶やさず一向に戦意を衰えさせることはない。

 むしろ、それでこそだ、と言わんばかりに八斎戒に流される覇気は増大していく。

 

「お返しだ……金剛鏑!!」

 

 一回り以上膨れ上がったカイドウの腕力から放たれたのは、周囲の斬り倒れた木々をも呑み込んでモモの助に迫る竜巻の如き衝撃波。

 先の閻魔にも勝るとも劣らない一撃に九里の大地が揺れ動く中、モモの助はジッとその衝撃の塊を見据えて……何を思ったのか、避けることなく悠然と天羽々斬を構え微動だにしない。

 

「狐火流───」

「何の真似だ……?」

 

 その仁王立つような構えを忘れるカイドウではない。

 脳裏に自身の熱息(ボロブレス)を掻き消したあの技(焔裂き)が過ぎったが、あれは炎を断つことに特化した技であり衝撃波をどうこう出来る技ではない筈だ、とカイドウが眉を顰めるのも無理はなかった。

 

 しかし狐火流は、炎を斬り裂くことを奥義とする前に、炎で焼き斬ることを基本の型とする。

 ならばこそ、カイドウの目の前で天羽々斬から能力者かと疑ってしまうほどの膨大な炎を溢れさせるモモの助の姿は、初見のカイドウには驚愕こそあれどもその流派を知る者たちからしてみれば当然の理であった。

 

 溢れた炎が刀身を中心に渦巻いて形を成す。

 それは本家の狐火流には存在しない、モモの助が朧げな記憶を辿って再現した独自の技。

 最強の侍と称された始まりの剣士が扱った十二の型の一つ、その名は───

 

 

「灼骨炎陽」

 

 

 太陽を描くようにぐるりと振るわれた斬撃がより大きな竜巻となって衝撃を霧散させ、呑み込んだ木々たちは昴炎が跡形もなく焼き尽くしていく。

 

(ガン)擬鬼(モドキ)

「ッ、軍荼利龍盛軍!」

 

 透かさず閻魔を抜刀し二刀流に持ち替えて、モモの助が唖然とするカイドウ目掛けて銃弾の如く突貫する。

 その姿を見て我に返ったカイドウは、八斎戒を振り回し連続突きの乱打でモモの助を迎え撃たんとするが、

 

「一発も当たらねェだと!?」

「透けて見えてる」

 

 モモの助はその乱打を、まるで来る場所が分かっていると言わんばかりに紙一重で躱しながら距離を詰めていく。

 見聞色の覇気を極めた覇気使いは未来が視えるようになると言うが、その返答から察するに未来視とはまた別の何かをモモの助は視ているのだとカイドウは確信する。

 

「お前に何が視えてるってんだ……モモの助ェ!」

「ワノ国の夜明けだ」

「そんな未来は訪れねェ!」

「だから、お前を討つんだよ」

 

 全ての乱打を躱して懐に入り込んだモモの助が、無数の突きを浴びせてカイドウの巨体を空高くまで弾き飛ばす。

 当然突きの一つ一つに内部破壊の覇気が流されているため、打ち上げられたカイドウの口元からは血反吐が零れ大地を濡らしていく。

 

「終わらせるぞ、カイドウ」

「グッ……モモの助ェ……!」

 

 おでん二刀流、と全ての覇気を天羽々斬と閻魔に注いで再び九里の空に黒い稲妻が迸る。

 打ち上げられ落下するだけの状況下ではカイドウにこの一撃を避ける術はなく、体の内側から身を焼くように齎される痛みが龍の姿への変身を拒んで迎撃すらも許さない。

 

 カイドウの脳裏を、敗北の未来が強く駆け巡る───

 

 

「桃源十拳!!」

 

 

 鮮血が舞い、龍が地に堕ちた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 渾身の一撃を放ち、思わず膝をつく。

 覇気の使い過ぎで視界がぼやけ、意識が朦朧とする。

 透き通る世界を維持するのも、これ以上は限界だった。

 

「俺の勝ちだ……」

 

 確かな手応えと共にカイドウの『声』が消えるのを見届けた。

 しのぶからオロチが殺されたという報告を受けた以上、これでこの国には夜明けと共に自由が訪れるだろう。

 今頃ヤスさんがヒョウ五郎親分たちを解放するために兎丼に向かっている頃だ、数多の侍と侠客たちの力があればカイドウの残党の制圧もそう時間はかからないのは明白。

 後は二十年後の未来で父上たちを迎えるためにこの国を立て直して、またみんなで───

 

「ウォロロロ……夢は見れたか、モモの助」

 

「…………は?」

 

 あり得ない光景と共に、金棒が視界を埋め尽くした。

 

「ガッ!?」

 

 成す術もなくその一撃を喰らい、無様に地面に転がる。

 武装硬化も出来ず諸に受けた額から止めどなく血が流れるが、それでも痛みよりも何故という疑問が俺の全身を支配していた。

 そんな言葉なき問いに答えるように───龍と人の融合体のような見たことのない姿のカイドウが嗤う。

 

「人獣型……見せるのはお前で二人目だな」

 

 父から受けた傷と俺が新たに与えた傷の両方から夥しい血を流しながら、カイドウは俺の一撃をギリギリで人獣型になることで耐久力を確保し、更にその上から武装硬化を重ねることで死を免れたと語っていく。

 それでも死にかけたがな、と言いつつ、カイドウは動かない俺を見て勝利を確信しているのか機嫌良さそうに笑みを浮かべている。

 

「無理して立ちあがろうとするな……死ぬぞ?」

「それは、お互い様だろ」

 

 『声』が消えたからと気を抜いたことが悔やまれるが、それでもまだ決着はついていない。

 再び意識を集中して『透き通る世界』に入ってカイドウを見れば、既にカイドウも立っているのがやっとな死人同然の肉体だった。

 

「そうか……いや、その前に一つだけ聞かせろ、モモの助」

「?」

「おれの部下になる気はねェか?」

 

 部下になるなら空いた将軍の席に据えて命だけは助けてやる、と言葉を続けるカイドウに、何を言うのかと思えばと呆れてしまう。

 

「お前たちは父との約束を守らなかった……それが全てだ」

 

 そんな人間からの提案なんて欠片ほどの信頼も価値もない。

 例え俺がその提案を呑んで将軍の座についたとしても、カイドウは俺の命を助けるだけでワノ国の住人たちのことは奴隷として扱い気にも留めないことは自明の理。

 それではこの国にはいつまで経っても夜明けは訪れない。

 父も言っていたではないか、カイドウを討たなければ根本的な問題は何一つとして解決しないと。

 

 何より───

 

「お前は、今日ここで俺が討つ」

 

 再び天羽々斬と閻魔に覇気を流して抜刀する。

 今がカイドウを倒す千載一遇の好機、ここを逃せば次のチャンスは二十年後だ。

 俺は父上たちが戻ってくるまでの二十年この国を守り続けると誓ったが、それでも今カイドウを討てると言うのならそれに越したことはないはずだ。

 

「ウォロロロ……お前たち侍のそういう在り方は嫌いじゃねェ」

「俺はお前が大嫌いだよ」

 

 次の一手がお互いに最後の一撃になるのは間違いない。

 父上の奥義を以ってしてもカイドウに届かなかった以上、満身創痍ではあるが人獣型となり、より強度の増したカイドウを討つには今のままでは足りない。

 

 内部破壊の流桜と天羽々斬と閻魔の覇気まといを合わせた父上の奥義、それでもまだ足りないと言うなら……俺に出来ることは一つだけだ。

 

「今度こそ終わりだ、カイドウ」

「ああ……決着をつけようぜ、モモの助」

 

 桃源十拳の構えに、狐火流の炎をまとわせる。

 カイドウの肉体を覆う龍の鱗を超えて命を断つには斬撃だけでは届かない。

 ならば炎で龍の鱗を焼き尽くし、その先にある剥き出しの肉体を天羽々斬と閻魔で斬り伏せる。

 それこそが、今の俺が出せる至大至高の一振り。

 父上と錦えもんたちから教わった───俺の人生の集大成。

 

光月(・・)二刀流 奥義───」

「大威徳───」

 

 互いに全ての覇気を振り絞った、文字通り死力を尽くしての一撃になるだろう。

 先ほどのようにその一撃を躱してカウンターを決めれたらベストだったが……俺にはもうそんな余力は残っていない。

 

 天羽々斬と閻魔の力を借りてカイドウとの衝突に真正面から打ち勝ち、『透き通る世界』で肉体の一番脆い場所にこの一撃を叩き込む───それが出来なければ俺の負けだ。

 

「(父上、行って参ります)」 

 

 父から継承した二刀を握り込み、俺たちは同時に大地を蹴り上げた。

 

 

「桃源十拳!!」

「雷鳴八卦!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び二つに割れた空の下、交差した両者は互いに膝をつき……やがて一方が地に伏したことで決着と相成った。

 その死闘を讃えるように、月明かりだけが勝者を静かに照らし続けていた──────

 

 

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